魔法少女リリカルなのは&エメラルえりな -stageZERO-
第4話「スバルとエリオ」
人にはそれぞれ、譲れない何かがある。
正しいと思っていたことが、間違いへとつながっていくことがある。
それは埋められない大きな溝を作ることにつながる。
その間違いを正しくすること。
分かり合うこと。
それは、互いの思いをぶつけ合うこと・・・
魔法少女リリカルなのは&エメラルえりな、始まります。
決意を新たにしたライムは、ハイネに機動六課出向の申し出をした。ハイネとはやてはこれを了承し、ライムは正式に六課のメンバーとなった。
上位レベルの局員は、周囲へ被害を及ぼさぬよう、出力リミッターがかけられ、魔力の威力を制限される。なのはたち機動六課の隊長たちもその制限にあり、ライムも例外ではなかった。
出力リミッターの解除の権限は、部隊長であるはやてに対してはクロノとカリムに与えられており、なのはたちフォワード陣の隊長に対してはこれにはやてが加わる。ハイネ隊に所属していたライムへの権限は、その隊長であるハイネが持っていたが、彼女が六課に加わるのを気に、はやてたちも持つこととなった。
こうして正式に機動六課の一員となったライム。彼女の新たな人生の幕が上がろうとしていた。
デパートでの立てこもり事件が解決した直後、ライムが突然シグナムに殴りかかった。彼女の憤りの意味を耳にして、シグナムだけでなくティアナも驚いて眼を見開く。
「僕も聞いてるよ・・あのときの出来事を・・・」
ライムが言いかけた言葉。それが何を指し示していることなのか、シグナムは理解していた。
それはティアナにまつわることだった。自分の力とその成長に疑問を感じていたティアナは、任務でのムチャや過度の自主練習を行い、それを危惧したなのはに打ちのめされてしまう。それに納得ができず反論と自分の気持ちを言い放ったティアナは、シグナムからの叱責を受けた。
なのはの過去を知り、なのはとの話し合いでティアナは彼女と和解し、一件は解決したかに思われた。
だがライムは納得していなかった。彼女はティアナを打ちのめしたときのなのはの態度を快く思っておらず、またそのときのシグナムの叱責を許せないでいたのだ。
「貴様も、あのときのティアナと同じことを言うのか・・死ぬ気で努力しなければならぬと、本気で思っているのか!」
ライムの叱責に反感を覚えたシグナムが、彼女に殴り返す。
「お前ほどの者が、なぜそのようなことを考える!?そんなのは浅はかな逃げ口上でしかないのだぞ!」
「ふざけるな!」
反論するシグナムにさらなる怒りを覚え、再び殴るライム。そしてシグナムの胸倉をつかみ、鋭く睨みつける。
「あのときのお前の態度は、努力することを真っ向から否定した考え方!それこそが逃げ口上じゃないか!」
怒鳴るライムだが、シグナムも彼女の胸倉をつかみ返す。
「では貴様は、己の力量を超えた無謀を犯して、ムダに命を落とすことが正しいというのか!?」
「何でそこに結びつくんだよ!?・・お前には失望したよ・・強くあろうとしていたお前が、強くなることを諦めるような腑抜けたことを言うなんてな!」
「もうやめてください!」
一触即発の状態にあるシグナムとライムに呼びかけたのはティアナだった。その声に2人が手を止める。
「シグナム副隊長とライム執務官の気持ちは分かります・・ですが、あたしのためにこんな争いをしないでください!」
込み上げる涙をこらえながら訴えかけるティアナ。怒りをそがれたライムはシグナムから離れ、憮然さを隠せないままこの場を後にした。
「シグナム副隊長・・ライム執務官・・・」
スバルが困惑の面持ちを浮かべて視線を巡らし、立ち去っていくライムを見送っていた。
機動六課にまた、新たな波紋が生じた。
そのわだかまりが残ったまま、数日が経過した。ライムははやて、ジャンヌ、明日香とともに聖王教会を訪れていた。
ミッドチルダ北部のベルカ自治領に本部を築いている聖王教会は、危険度の高いロストロギアの調査と保守を目的としている。聖王教会、聖王騎士団所属のカリムとその秘書を務めているシャッハ・ヌエラは、はやてやクロノたちと交流がある。
「お久しぶりですね、騎士はやて。」
「久しぶりやね、カリム。今日は新入メンバーを連れてきたよ。」
カリムと再会の抱擁をすると、ライム、ジャンヌ、明日香を紹介する。ただジャンヌと明日香はカリムたち聖王教会と面識があった。
「はじめまして。時空管理局執務官、小室ライムです。」
ライムがカリムに向けて敬礼を送る。従来の敬礼は挙手の指を伸ばすものだが、ライムのは人差し指と中指を伸ばすものとなっていた。これは元々はハイネが行っていたものだが、彼と長年任務をこなしてきた中で、彼の敬礼が板についてしまったようである。
「騎士ハイネから話は伺っています。あなたに対する限定解除の権限、私が受け持っています。」
「そうですか。僕もようやく決心がつきましたよ。僕の力がどこまで及ぶか分かりませんけど、全力でやっていきたいと思います。」
互いに笑顔で話を弾ませると、カリムとライムが握手を交わす。だがはやてに眼を向けたカリムから笑みが消える。
「これまでの一連の事件、いくつか謎が浮き彫りになってきてますね。」
「あの兵士・・完全な機械ベースですが、戦闘機人とは全くの別格のようやね。おそらくは量産型・・」
カリムが口にした言葉に、はやても真剣な面持ちで頷く。兵士に関するデータを映したビジョンが現れると、ジャンヌが話を切り出す。
「あの兵士、コードネームが“ファントム”と判明。それぞれ3色3種が存在します。赤は炎属性と格闘、黄色は雷属性とスピード、青は水属性と特殊効果にそれぞれ特化しています。」
「なるほど。あのAMFは、特殊魔法に特化した青のファントムによるものだったのですね。」
それを聞いて、シャッハが納得の様子を見せる。
「ファントムには、それぞれ異なった弱点も存在することになります。炎が水に弱いように。3種が入り混じっていても、順々に弱点を突いていくことが正攻法でしょう。」
「ファントムを想定したシュミレーションの構築とそのための訓練、臨機応変を重視したスタイルの習得を心得たほうがええわけやね。」
続けて明日香、はやてが説明を付け加える。
「私たちのほうでも調査を行っていきましょう。みなさん、くれぐれも用心を怠らないようにしてください。」
カリムが頷いて呼びかけると、はやてたちも笑顔を見せて頷いた。
その後、はやてたちはフェイトと合流。彼女の運転する車に同乗することとなった。
だがライムだけは所有しているバイク、ゲイルチェイサーに搭乗していた。ゲイルチェイサーは元々は陸戦局員のサポートを目的に開発されたものであり、空戦局員が常用することは滅多にない。
(ライム、あなたのほうがスムーズに走れるから、先に行ってもいいよ。)
(そうかい?じゃ、僕のほうからなのはたちには伝えておくよ・・それじゃお先に。)
フェイトの言葉に甘えて、ライムは先に機動六課本部に向かった。
六課本部の駐車場にゲイルチェイサーを止めて、降りる。
「サンキュ、ゲイルチェイサー。またよろしくな。」
“Thanks.”
感謝の言葉をかけるライムに、ゲイルチェイサーが答える。気持ちを新たにしながら、ライムは本部内に向かった。
だが本部内の玄関広場では騒動が起こっていた。広場の中央で、スバルとエリオが口論を繰り広げていた。
「何かあったんだい?これはちょっと・・」
ライムが近くにいたなのはに声をかける。なのはが困り顔を浮かべたまま事情を説明する。
「ライムちゃん、実は模擬戦で衝突して、それがきっかけでケンカになっちゃって・・私やヴィータちゃんが止めようとしても止まんなくて・・」
「なるほど。そこまでになっちゃうと、頭に血が上ってそう簡単には止まんないだろうな。無理矢理止めても一時凌ぎだし、逆効果になりかねない・・よし。ここは僕が・・」
なのはから事情を聞いてライムは、うろたえて止めに入れないでいる人々の見つめる中、スバルとエリオに歩み寄った。
「君がちゃんとよく見ていなかったのが悪いんじゃないか!」
「それはあなたでしょう!僕はティアナさんの指示を聞いて動いていました!」
声を張り上げて反論するスバルとエリオ。ティアナとナディアが呼びかけるが、2人の抗争は止まらない。
そこへライムが現れ、スバルとエリオの上着の襟をつかみ上げた。
「えっ!?」
「ラ、ライム執務官!?」
突然のライムの登場に、スバルとエリオが驚く。ライムは不満の面持ちを見せながら、2人に声をかける。
「これはどういうことなんだ?君たちがケンカしてるせいで、みんなが困ってるじゃないか。」
ライムが叱責の言葉をかけると、スバルとエリオは声をかけることができなくなり、押し黙るしなかった。
「詳しい事情は知らないけど、これ以上ケンカを続けるなら、僕もそれなりの対応を取らせてもらうよ。」
ライムが釘を刺したことでこの場は落ち着いたが、いつまた一触即発の状態になるか分からないことは彼女にも理解できた。
そこでライムはシグナムと眼が合う。まだわだかまりが拭えていないため、2人は互いを鋭く見据えるばかりだった。
ライムの姿をじっと見つめて、ティアナは困惑を募らせていた。
その日の夜、ライムは寮の外に出ていた。気持ちの整理とイメージトレーニングのためである。
ハイネ隊では半年に1度、武装隊員の体力テストがある。厳しく険しい特務に耐えられるかどうか、体力的なふるいにかけられることになる。
執務官を含めた隊長格は一応はこのテストから除外されている。体力よりも指揮能力を求められるからだ。
入隊してから、ライムはこのテストを欠かさず受けてきた。隊長や執務官とて決して他の隊員に負けてはならない。そう思っていた。
機動六課に異動しても、ライムの自分への方針に変わりはなかった。努力することが強くなる道。彼女はそう考えていた。
その中で、ライムは昼間のスバルとエリオのことを気にしていた。癖が強く荒削りなところが見られるものの、チームワークのよさは他の小隊に負けず劣らずだとなのはから聞かされていた。
「どんなに仲がよくても、1度こじれると元に戻すのは簡単じゃないもんなのかな・・・」
いつしか駐車場に来ていたライムは、独り言を呟く。彼女の前にはゲイルチェイサーの姿があった。
「ゲイルチェイサー、お前に分かるか?」
“It doesn't teach though it knows.(知ってるけど教えない。)”
「えっ?・・おいおい、冷たいこと言うなって。もしかして、僕みたいな航空魔導師に使われてるから、不満なんだろ?」
“It is not because of this, and I do not understand either.(そういうわけではないが、私も分からないのだ。)”
「なぁんだ。お前にも分からないのか。やっぱ自分で考えないとダメってことか・・僕って、考えるのが苦手なんだよなぁ・・」
ゲイルチェイサーと対話しながら、ため息をつくライム。膨らむ悩みが一向に解決しないことに、彼女は少なからず思い悩んでいた。
そのとき、ライムは後ろから近づいてくる足音に気付いて振り向く。そこにいたのはティアナだった。
「ティアナ?・・どうしたんだ、こんな時間に?」
一瞬驚きを見せるも、ライムはティアナに笑顔を見せる。
「ライム執務官、少し、よろしいでしょうか・・・?」
「“ライム”でいいよ。僕はあまり堅苦しいのが苦手だから・・」
断りを入れてくるティアナにライムが迎える。
「これ、陸上局員のサポートのために設計された新型ですよね?これ、ライムさんの・・?」
「うん。ゲイルチェイサーだよ。」
ゲイルチェイサーに興味を示したティアナに、ライムが紹介する。
「よろしく、ゲイルチェイサー。」
“Nice to meet you.(はじめまして。)”
ティアナが挨拶をすると、ゲイルチェイサーも答えた。笑みをこぼしていたティアナだが、徐々にその笑みが曇る。
「ライムさん、いろいろ聞きたいことがあるんですけど・・・」
「聞きたいこと?」
ティアナの言葉にライムが疑問符を浮かべる。
「はい・・なぜライムさんは、シグナム副隊長を・・」
ティアナが言いかけたこの言葉に、ライムが深刻な面持ちを浮かべる。切り出しているのは、数日前のこと。ライムがシグナムに反発したことだった。
ライムがシグナムに責めたのは、ティアナに対する叱責があまりにも不条理に感じられたからだった。だがなのはが打ちのめしたのも、シグナムが叱責したのも、自身への劣等感にさいなまれたティアナの焦りが原因であり、なのはもシグナムも矛盾はない。
それでもライムは許せなかった。その叱責が、努力を根底から否定した行為に思えてならなかったからだ。
「結局はみんな、僕の勝手な言い草なのかもしれあいね・・」
「えっ・・・?」
物悲しい笑みを浮かべて言いかけるライムに、ティアナが戸惑いを見せる。
「僕は昔から感情的になりやすくてね。ムチャクチャなことを言われると、自分のことじゃなくても、頭に血が上って突っかかってしまう・・君のお兄さんのときだって・・」
胸のうちを明かすライムに、ティアナは戸惑いを覚える。
「みんなのために戦って命を落とした人に、役立たずなんていうなんて・・我慢がならなかった。何も考えられなくなった・・そして、大人気なかったと後悔することにもなった・・」
自分自身の行為に毒づきながらも、ライムはティアナに笑みを見せる。
「そんなこんなで謹慎してた僕を訊ねてきたのは君だった・・君の言葉に、ホントに励まされたよ・・」
「感謝したのはあたしのほうですよ・・お兄さんのために、あそこまで怒ってくれるなんて・・・」
「そういわれると、あのときやったことは、逆に後悔すべきことじゃなかったのかもしれないね・・・」
ティアナに励まされて、ライムが照れ笑いを浮かべる。だがすぐに真面目な心境で話を続けた。
「そういえばあの抗議のとき、ティアナは言ったね。自分は凡人。スバルやエリオのような爆発力も、キャロのようなレアスキルもないって・・」
ライムの指摘にティアナは押し黙ってしまう。その反応を肯定と見て、ライムは話を続ける。
「僕もそうなんだよ。君の言う凡人の1人ということさ。」
「えっ?でも、ライムさんは難事件や厳しい任務をいくつもこなしてきてるって聞いてます。なのはさんやフェイト隊長のように・・」
「・・確かに周りは高く評価してくれてる。でもそれは、僕の努力の賜物だと思ってる・・」
弁解を入れようとするティアナに、ライムは優しく語りかける。
「魔導師になったばかりの僕は全くの素人。みんなに後れを取ってたよ・・僕はなのはやはやてのような才能があったわけでも、フェイトやジャンヌのように経験を積んでいたわけでもない。だから必死に努力して、強くなって、ここまで上ってきたわけだよ。」
ライムの心境を知って、ティアナは戸惑いを隠せなかった。ライムは自分の手のひらを見つめて、さらに続ける。
「努力を頭ごなしに否定するのは、成長することを諦めたヤツの言い分だ。だから僕は・・」
ライムは言いかけて、見つめていた右手を握り締める。彼女の心境を理解して、ティアナは笑みをこぼしていた。
その翌日、ライムはあることを思い立っていた。訓練の最後を飾る団体模擬戦を行おうとしていたフォワード陣のところへ、彼女はジャンヌを連れてやってきた。
「どうしたの、ライム?私まで呼び出して・・」
「ジャンヌ、ちょっと体を動かすことになりそうだよ。」
疑問を投げかけるジャンヌに、ライムが気さくに答える。2人が来たのに気付いて、なのはたちが振り向く。
「あれ?ライムちゃん、どうしたの?」
「なのは、せっかくのところ水を差すようで悪いんだけど・・」
疑問を投げかけるなのはに、ライムが笑みを浮かべたまま言いかける。
「これから模擬戦を始めるんだろ?・・今回は、僕が相手をさせてくれないかな?」
「えっ・・!?」
ライムの突然の申し出になのはだけでなく、フェイトとヴィータ、スバルたちも驚きを見せる。
「おい、ライム、何を考えてるんだよ・・・!?」
「この機動六課の面々の戦力をある程度把握しておきたいと思ってね。ジャンヌも一緒だから、多勢に無勢ってことはないだろうけど・・」
問い詰めるヴィータにライムが気さくに答える。
「大丈夫。僕に任せて。厳しいけど退屈しない対戦になると思うから。」
「どういう内容を練っているのか、聞かせてもらえないかな、ライムちゃん?」
スバルたちに笑みを向けるライムに、なのはが深刻な面持ちで訊ねる。訓練であるため、遊び半分でやっては効果がないからだ。
「なのはたちの訓練の内容はだいたい把握してるよ。ただ、今回はちょっと趣向を変えるよ。」
ライムはなのはたちに説明しながら、ポケットに入れていたバッチを制服の胸ポケットに付ける。ハイネ隊のエンブレムが施されているものである。
「30分以内に、このバッチを奪い取ること。ただしできなかったらペナルティが出るから覚悟してかかるように。あと、ジャンヌも君たちの妨害する役に回るから、僕ばかりに気を取られるのもNGだよ。」
「えっ?・・でも、そんな目的の模擬戦でいいのでしょうか・・・?」
「これから君たちは、いろいろな任務をこなすことになる。保護しなければならないものを誰かに奪われ、追跡しなければならない。どんな相手にも、どんな状況にも、必ず切り開ける道がある。」
エリオが口にした疑問に、ライムが気さくに答える。
「君たちはなのはやフェイト、ヴィータたちからいろいろなことを学んだ。それをフルに活かして、僕たちに挑んできてくれ。」
「ライムさん・・・」
ライムの言葉にスバル、ティアナ、ナディアが困惑を覚える。
(あたしが、ライムさんと勝負・・・)
憧れの相手と模擬戦を繰り広げることになり、ナディアは困惑とともに期待を感じ取っていた。
「開始は今から10分後。それまでにやっておきたいことがあったら、しっかりやっておくように。」
「やっておきたいこと?」
ライムの言いかけた言葉に疑問を返すスバル。だがライムはきびすを返して彼女たちの前から離れてしまった。
ライムが提示した10分間。新人メンバーの中でリーダーシップを取ることが多いティアナは、ライムに関する情報を記憶から引き出していた。
あるだけのそれらを整理し、彼女はスバルたちに告げる。
「ライムさんは、速さにおいては時空管理局の中では右に出るほどがないほどよ。リミッターがかかって魔力ランクが3ランク下がってるものの、それでもあたしたちに追いつけるかどうか分からない。」
「全力を出せば、光の速さになるかもしれないとも噂されてますし。」
ティアナの説明にナディアが付け加える。
「無闇に追いかけても振り切られるだけ。常に動きを読んで予測して、先手を取っていくわよ。」
「スピード戦ですか・・・分かりました!やりましょう!」
ティアナの呼びかけにエリオが意気込みを見せる。
「それじゃ、それぞれの細かい説明をするわ。しっかり頭に入れておいて。」
ティアナからの指示を、スバルたちはしっかりと頭に入れた。
同じ頃、ライムとジャンヌも模擬戦に向けてウォーミングアップを行っていた。その横ではシャリオが仮想フィールドを展開していた。
「ライムさん、ちょっと聞いてもいいですか?」
「ん?」
シャリオが訊ねると、ライムが体を動かしながら疑問符を浮かべる。
「どうしてこのようなことを?・・スバルたちの訓練は、基本的になのはさんやヴィータさんが教えることになっているんですけど・・」
「いや、あの子たちの力を知っておきたいと思ってね。データとか観戦とかじゃなく、実際に体感してね。」
シャリオの問いかけにライムは淡々と答えていく。
「これから苦楽をともにしていく仲間だ。性格、癖、戦闘スタイル、ある程度のことは知っておく必要があると思うから・・」
「やれやれ。おめぇのバトルマニアっぷりにはついていけねぇよ。」
ライムの考えを聞いて、ヴィータが苦笑いを浮かべる。
「ところでヴィータ、あの子たちのレベルはどのくらいなんだ?」
「あぁ。いつもあたしらが打ちのめしてるからな。そう簡単に壊れるほどやわじゃねぇよ。」
「そうかい。だったら余計な気遣いはいらないか。」
「ん?」
ライムの安堵にヴィータが疑問符を浮かべる。
「ケガさせないようにうまく手加減しなくちゃなんないかなと思ったんだけど、それは逆に失礼だったみたいだ。」
「あんま甘く見ないほうがいいぞ。アイツらは立派なストライカーだ。」
微笑みかけるライムに、ヴィータも自信を見せる。ウォーミングアップを終えたライムとジャンヌが仮想フィールドの市街地を見据えた。
「さて、楽しいゲームを始めるとしましょうか!」
仮想の市街地の中央に集まっていたスバルたちの前に、バリアジャケットを身にまとったライムとジャンヌが降りてきた。
「君たち、準備はいいな?手加減せずに、君たちの持てるものを、僕たちにぶつけてほしい。」
「はいっ!」
ライムの呼びかけにスバルたちが答える。ライムとジャンヌがそれぞれのデバイス、クリスレイサー・ソリッドとシャイニングソウルを手にして、身構える。
「それじゃ、始めるよ!」
ライムが言い放つと、持てる力を解放する。彼女の足元に白の魔法陣が出現する。
魔法陣は魔法術式によってその形が異なる。ミッドチルダ式は二重の正方形を含んだ円状、ベルカ式は頂点に円を持つ正三角形、グラン式は頂点に円を持つ正方形(ひし形)である。また魔法陣の色は、術者の魔力光の色と同じである。
ライムは眼つきを鋭くすると、素早く移動する。眼にも留まらぬその速さにスバルたちが眼を見開く。
周囲から迫る空気の流れに気付いて振り向くスバルが、飛び込んできたライムを視認する。だが反応は間に合わず、ライムの一蹴による衝撃で吹き飛ばされる。
「スバル!」
「スバルさん!」
ティアナとエリオが声を荒げる。振り向いてくるライムに向かって、エリオが飛びかかる。
「ストラーダ!」
“Jawohl.”
エリオの呼びかけにストラーダが答え、カートリッジを装てんして威力を高める。だがその突進をライムは身を翻してかわし、クリスレイサーの光刃をストラーダの刃に引っ掛けて、エリオの体勢を崩す。
勢いのまま倒れ込むエリオ。ティアナがとっさに銃型インテリジェントデバイス「クロスミラージュ」の引き金を引く。
追跡効果を備えた魔力の弾を、ライムはクリスレイサーを振りかざして弾く。その中の1発がティアナの前方の地面に飛び込み、彼女が爆発で吹き飛ばされる。
「ティアナさん!・・こうなったら、行くよ、シティランナー!」
“Ja.”
ナディアの呼びかけにブーツ型アームドデバイス「シティランナー」が答える。足の裏の部分にあるブースターを併用して、彼女は大きく飛び上がる。
「シャトルスパイク!」
空中から急降下しながら、ナディアが飛翔したライムに一蹴を繰り出す。だがライムはこれも軽々とかわし、同じく攻撃を繰り出そうとしていたロッキーに、ナディアが衝突してしまう。
“Silver Lancer.”
ライムは地上に向けて銀の光の矢を放つ。矢の群れは地面に叩き込まれ、その衝撃でキャロが吹き飛ばされる。
相手を軽くあしらい、ライムが地上に降り立つ。その様子をジャンヌは見据え、胸中で分析する。
(レベルは上がってるけど、スタイルは相変わらずというところだね。それに今のは挨拶代わり。攻撃を直接当てず、わざと外して衝撃で吹き飛ばしたり、相手の攻撃を逆に利用したりしてる・・これでみんなは、改めて気を引き締めることになる。)
ライムの心境を察して、ジャンヌが微笑む。
(ライムらしいね。相手の力を最大限に引き出して、それと真っ向からぶつかっていく。それはお互い、強くなっていくことにつながっていく・・・)
ライムの言動に触発されるように、ジャンヌもシャイニングソウルを構えた。
「それじゃ、こっちも動き出すからね!」
魔法を発動するジャンヌの足元に、黒紫の魔法陣が出現した。
陣形を立て直し、スバルたちがライムに向かっていく。ティアナの放った誘導弾「クロスファイアシュート」が包囲網を作り、移動の範囲を狭めようとする。
だがライムは素早い身のこなしで、その包囲網を軽々とかわしていく。しかもライムが攻撃をしていないにもかかわらず、誘導弾が爆発を引き起こす。
「えっ!?」
その出来事にティアナが一瞬驚きを見せる。だがすぐに冷静さを取り戻して、今起きたこの現象を分析する。
(これはライムさんの攻撃じゃない。眼に見えない空間魔法による弾丸が、あたしの砲撃を崩してる・・それを仕掛けているのは・・!)
思い立ったティアナは、この介入を仕掛けた者、ジャンヌの存在を把握していた。
ジャンヌは衝撃、空間、重力をつかさどる魔法を使う。見えない弾丸「インパルスシューター」が、ティアナのクロスファイアシュートを撃ち抜いていたのだ。
(みんな、気をつけて!ジャンヌさんが見えない包囲網を敷いてきてるわ!)
(ジャンヌが!?)
ティアナの念話を聞いて、ロッキーが驚く。
(衝撃から生み出された魔法弾。1発の威力はそれほどでもないけど、眼に見えない分、命中率が極めて高い。)
(でも空気の塊とあまり変わらない。空気の流れを辿っていけば、何とか位置を把握できるかもしれない。)
(衝撃弾の対処は私がやります。その間にみなさんはライムさんを。)
ティアナの言葉にスバルとキャロが呼びかける。
(ティアナさんはうまく包囲網を狭めてください。あたしとスバルさん、エリオさんとロックさんが、その隙を突いてライムさんを狙います。)
(ナディア・・・分かったわ。あたしとキャロが援護に回る。スバルたちはライムさんのバッチを奪うことに専念して。)
(了解!)
ナディアの呼びかけをティアナが受け入れ、指示を出す。全員が息を合わせ、立ちはだかるライムとジャンヌに挑む。
ティアナがさらに誘導弾を放ってライムを追い込み、キャロの「錬鉄召喚」によって呼び出された鉄の鎖「アルケミックチェーン」が、ジャンヌのインパルスシューターを阻む。
移動の範囲を狭まれるライムに向かって、スバル、エリオ、ナディア、ロッキーが旋回し、隙を狙って攻撃を仕掛ける。ストラーダによる突進とブレスセイバーによる一閃を、ライムは飛翔してかわす。だがそこには光の道「ウィングロード」を展開して駆け抜けてきたスバルが攻め込んできた。
「ぐっ!シルバーフィスト!」
スバルが繰り出してきた拳に、ライムも魔力を込めた拳で迎え撃つ。手に魔力を集中する技術を会得していたライムは、拳を叩き込む「シルバーフィスト」と手でつかんで握りつぶす「シルバーパルム」と使い分けている。
スバルとライムの一撃がぶつかり合い、激しく火花を散らす。それでも2人とも怯まず、前に突き出そうとしていた。
「ディバイン・・」
(まさか!?)
魔法を発動させようとしていたスバルに、ライムが眼を見開く。
「・・バスター!」
「ブレイドスマッシャー!」
スバルの砲撃の直前にライムは後退し、とっさの砲撃を放つ。ブレイドモードのクリスレイサー・ソリッドから放たれる「ブレイドスマッシャー」は、発射までも時間が短いが威力が他の魔法と比べて劣るため、威嚇に使われることが多い。
2人の砲撃がぶつかり合い、爆発を引き起こす。だがスバルの砲撃には威力が残っていたが、ライムに回避される。
近くの建物の中に身を潜めて、スバルたちの陣形の建て直しを見計らうライム。
(伊達になのはに憧れてないわけだ・・ディバインバスター。いや、差し詰めリボルバスターといったところか。)
ライムが胸中でスバルの脅威に焦りを覚える。スバルだけでなく、ティアナやエリオたちも油断できない相手であるとライムは実感していた。
(ライム、大丈夫?)
(ジャンヌ・・うん、僕は平気。ちょっと驚いただけさ。)
そこへジャンヌからの念話が飛び込み、ライムが答える。
(これはうかうかしてる場合じゃないかも。下手をしたら一気に追い抜かれてしまいそうだ。)
(なのはたちがしっかりと鍛えてあげているからね・・残り15分。ここからが正念場だね。)
(よし。僕たちも気を引き締めていこう。このゲーム、つまらなくするわけにはいかないからね。)
思い立ったライムが戦意を再び高める。スバルたちも次の一手を撃つべく臨戦態勢に入っていた。
しばしの沈黙を破って、スバルが飛び出してきた。真っ直ぐ向かってくるスバルに対し、ライムも迎撃の一閃を繰り出す。
だが、一閃が命中したはずのスバルの姿が霧のように消える。
(これは!?・・幻術魔法か・・!)
眼を見開いたライムが後退して、相手の出方を伺う。
今のはティアナが発動した幻術魔法「フェイクシルエット」による幻影だった。肉眼による視認やセンサーを欺くことに有効な幻術だが、この魔法を使う者は稀である。
(こんな手を打ってくるとは。ジャンヌの見えない攻撃の対抗ってことか・・だけど・・)
物陰から次々と姿を現してくるティアナを見据えて、ライムが思い立つ。これらは1人を除いて幻術による偽者ばかりである。
ライムは肩の力を抜いて、眼を閉じた。彼女は視界にいる虚飾に惑わされず、五感を研ぎ澄ました。
「そこだ!」
思い立ったライムがクリスレイサーを振りかざす。放たれた一閃が、本物のティアナの眼前の地面に飛び込んだ。
「ティア!」
怯むティアナにスバルが叫ぶ。
「どういうことなんだ!?肉眼や通常のセンサーでも判別できないティアナさん幻影が・・!?」
真っ直ぐ本物を狙われたことに、エリオが驚愕を覚える。
(五感を研ぎ澄まして、本物のあたしの気配と位置をつかんだ・・これが鍛錬を続けてきたライムさんの凄さ・・・!)
ティアナは胸中でライムの力量を痛感していた。だが彼女は怯むことなく、練り上げて仲間たちに伝達した作戦の続行を意識する。
ライムに向かって、スバル、エリオ、ナディア、ロッキーがそれぞれ四方から飛び込んでくる。ライムが飛翔して回避行動を取ると、ロッキーが振りかざしたブレスセイバーの光刃が鞭のように伸ばす。
足を狙ってきた光の鞭を、ライムは身を翻してかわす。そこへエリオとナディアが各々のデバイスを振りかざしてきた。
“Stahlmesser.”
“Shuttle blade.”
ストラーダの斬撃とシティランナーによる蹴り上げがライムを狙う。だがこの2つの攻撃が捉えたのは、ライムのスピードによって生まれた残像だった。
(速い!)
この速さにエリオが毒づく。だがライムの進行方向を逃さず把握していた。
これまでジャンヌの介入がない。キャロとフリードリヒがインパルスシューターを細大漏らさず捉えて行く手を阻んでいたのだ。
ウィングロードを滑走し、スバルがライムに飛びかかっていく。
「リボルバーシュート!」
接近しながら砲撃を放つスバル。ライムが横に飛び退いてかわすが、ロッキーが飛び込み、間髪置かずに光刃を振りかざしてきた。
「スパーキングトラスト!」
ロッキーが突き出した光刃の突きが、クリスレイサーの光刃を叩く。その衝撃でライムが体勢を崩す。
“Speerangriff.”
そこへエリオがストラーダを構えて突っ込んできた。
“Mirage wall.”
ライムはとっさに反射効果を備えた氷の壁を展開して防御を敷く。だがエリオの一撃はその壁を突き破り、威力が衰えながらもさらに突き進んでくる。
ライムはクリスレイサーでエリオの突進を受け止める。だが受け止めきれず、彼女は突き飛ばされて体勢を崩される。
そこへスバルが飛び込み、ライムの胸のバッチに手を伸ばす。ライムの体勢が整わない間に、スバルがバッチを奪い取った。
「やった!」
ナディアが思わず喜びを口にする。ライムがバッチを奪われ、雌雄が決された。
地上に降り立ったライムとジャンヌが安堵の笑みをこぼし、肩の力を抜く。
「・・まんまとやられたね・・・模擬戦終了。君たちの勝ちだよ。」
ライムが模擬戦の決着を宣言した。その直後、緊張の糸が切れたかのように、スバルたちがその場で脱力する。今まで教わってきたこと、培ってきたものを出し尽くした表れだった。
それが限界を超えることだった。自分がムリだと心の底から思った地点から一歩でも先に進めば、それはそのときの自分の限界を超えたことになる。
勝利したことに喜びを感じていたスバルたち。だがティアナは戸惑いの色を浮かべていた。
(あたしが、あたしたちが勝ったの?・・ホントにライムさんたちに一糸報いたっていうの・・・?)
この勝利の実感が湧かず、クロスミラージュを手にする自分の手を見つめるティアナ。そこへライムが歩み寄り、ティアナの肩に手を添えてきた。
「どうしたんだ?ミッションコンプリートだってのに・・」
「いえ・・何だか、実感が湧かなくて・・だから素直に喜べなくて・・・」
笑顔を浮かべて声をかけてくるライムに、ティアナが苦笑いを浮かべる。だがライムは笑顔を崩さない。
「結果は出てる。君たちはジャンヌの妨害を振り切り、僕の動きをつかんでバッチを奪った・・君の作戦と、君たちのチームワークでもぎ取った勝利だよ。」
「ライムさん・・・ありがとうございました・・・」
ライムに励まされて、ティアナは感謝の言葉をかけて一礼する。彼女の眼からは大粒の涙がこぼれてきていた。
「それじゃ、今日の僕からの訓練はここまでだ。クールダウンして、しっかり体を休めておくんだよ。」
「はいっ!ありがとうございました!」
ライムが周囲にも呼びかけ、スバルたちが答える。ライムはジャンヌとともにこの場を離れ、観戦していたなのはたちのところに向かった。そこにはいつしか、シグナムの姿もあった。
「ちょっとハードになっちゃったかな・・・?」
「ううん。ライムちゃんらしいかなって・・」
声をかけてきたライムに、なのはが微笑んで答える。だがシグナムと眼を合わせると、ライムは真剣な面持ちを浮かべてきた。
慄然さを浮かべているシグナムの眼前に近づくライム。一触即発の雰囲気の中、ライムが口を開いた。
「僕は誰も傷ついてほしくない。ムチャをしなきゃ守れない命なら、僕はムチャでも何でもやってやる。どこまでも強くなる。たとえみんなに危ないとかわがままだとか言われても、後悔はない・・・!」
「・・それがお前の揺るぎない信念というものか・・・」
ライムの決意を聞いて、シグナムが鋭く答える。するとライムは自分の右手から光の刃を具現化させる。
その光刃で、ライムは長くまとめていた髪を切り落とした。切られた髪とひとつにまとめていた髪留めが地面に落ちる。
ライムは落ちた髪留めを拾って握り締めながら、なのはたちに呼びかける。
「これからもよろしくね、みんな!僕はもう迷わないから!」
ライムは高らかに自分の気持ちを言い放つ。あまりに突拍子に響いた声に、なのはたちは当惑を浮かべる。
同じく当惑していたスバルとエリオが、互いに視線を向け合う。いつしかわだかまりが消えていたことを感じた2人は、笑みをこぼしていた。
「これからは、ちゃんと仲良くやっていかないとね。」
「ティア・・・」
「ティアナさん・・・」
そんな2人の肩にティアナが手を乗せてきた。彼女に声をかけられて、スバルとエリオは落ち着きを取り戻した。
「すみません、スバルさん。これからはちゃんと周りを気にかけますから・・」
「ううん。悪いのはあたしのほうだよ、エリオ。今度から気をつけるから・・」
謝罪の言葉をかけたエリオとスバルが、仲直りの意味を込めて握手を交わした。チームワークが強まったことを実感し、彼らは自信を感じていた。
抱え込んでいた迷いを振り切り、新たなスタートを切ったライム。同時に、エースたちと機動六課の新たなスタートともなった。
だが、彼らを取り巻く問題や事件は、まだまだこれからだった。
次回予告
偽りとののしられる悲しみ。
機械であることへの歯がゆさ。
その気持ちは、本人でなければ分からないのかもしれない。
それでもその人に言ってあげたい。
「あなたはあなた」と。
明日に向かって、イグニッションキー・オン!