舞HIME –another elements- 第25話「不知火千草」
デルタの挑戦を受けて、人気のない草原に移動した舞衣、なつき、命、碧。不敵に笑うデルタを迎え撃つべく、身構えて見据える。
「ここなら誰もいない。派手に戦っても、それほど騒ぎにはならないだろう。たとえ悲劇に満ちあふれても。」
デルタが右手に黒い炎を灯して、HIMEたちに敵意を示す。
「戦っても騒ぎにならないか・・なら、気兼ねする必要は全くないな。」
なつきも不敵に笑って、エレメントの銃を握り締める。
「あぁ、そうだ。全力でかかって来い。でなければ、チャイルドだけでなく、全てを失うことになる。想いも、命さえも。」
デルタが不気味な形相を浮かべて、炎を舞衣たちに向けて放つ。彼女たちはとっさに動いて、これをかわす。
「カグツチ!」
「デュラン!」
「愕天王!」
舞衣、なつき、碧がそれぞれチャイルドを呼び出す。命も剣を手にしてデルタを見据えている。
「私は負けない!私の心のために!」
千草と巧海のことを想い、舞衣が炎の竜を駆って先攻を切った。
デルタとの戦いに向かう堅は、一路、風花邸に来ていた。笑顔で出迎えてくれた二三に対し、彼も笑みをこぼす。
真白の私室に案内されたところで、彼は笑みを消す。彼には彼女の口から聞き出して確かめたいことがあった。
「あなたがここにいらした理由は分かっています。媛星、HIMEの運命についてですね?」
真白が静かにたずねるが、堅は鋭く見つめたまま反応を見せない。これを肯定と見て、彼女は話を続けた。
「媛星はこの世界に接近し、やがてこの世界を滅ぼすことでしょう。それを止めるのは戦いに生き残ったHIME、1人だけです。そのHIMEはある運命と引き換えに、媛星の力を手にするのです。」
「あぁ。もしこのまま複数のHIMEが生き残っていれば、世界は滅びる・・こんなふざけたことが許されてたまるか!」
激昂に駆られた堅が真白に向けて叫ぶ。感情の赴くまま、彼の周囲に風がわずかに舞う。
「相変わらず危なっかしいねぇ。大人しく本も読めないよ。」
そこへ凪が無邪気な笑みを見せて声をかけてくる。しかし堅は振り返らない。どこか遠くを見据えていた。
「でも許される許されないの問題じゃない。自分の想いとその相手の命を賭けて戦い、最後の1人にならない限り、世界は崩壊する。それがHIMEの運命なんだよ。」
「運命の一言で身勝手を肯定するな!」
憤った堅がついに凪に振り返る。しかし凪は顔色を変えず、あざけるような笑みを浮かべている。
苛立ちを見せる堅だが、すぐに気を落ち着けてひとつ吐息をつく。
「ホントはここでアンタたちをブッ潰したいところだけど、オレには今、しなくちゃなんないことがあるんだ。デルタと、オレの過去と想いにケリをつける・・・!」
内にある決意を告げる堅。それが周りに伝わらなくても、言わずにはいられなかった。それが自分への戒めとしていた。
「確かにアイツの想いはオレと一心同体となってる。ペガサスが死ねばオレが死ぬのも分かってる。けど、オレとアイツの想いは、こんな運命や茶番に振り回されるほど弱くはない。切り抜けられる手段が必ずあるはずだ。」
「そんなものはないよ。君が生き残るには、君の妹が戦って勝ち残るしかない。」
「いいや、必ずある。オレたちの未来につながる方法を、オレが見つけ出す。」
「だからそんなのはないって。」
「なくても見つけ出す!」
半ば呆れた態度を見せる凪に、堅がさらに言い放つ。彼の心はもはや完全に揺るぎないものとなっていた。
「命や心が、運命というだけで好き勝手にされるのは我慢がならないんだ。だから、オレがその答えを見つけ出すんだ・・・」
そういって堅は歩き出し、二三と凪の横を通り過ぎる。そして廊下に出ようとしたところで、真白が声をかける。
「私たちはあなたたちを信じています。たとえ奇麗事と罵られても、あなたたちの想いを信じたいのです。」
本当に奇麗事に聞こえて苛立ちを感じながらも、堅は彼女の願いを切実に受け止めて押し黙る。
少し前の自分なら、怒って真白たちを突き放していただろう。この風華学園で、たくさんの人たちに出会ったことで、誰にも負けない優しさを持つことができた。
いや、それ以前から彼は優しさを持っていた。今まで気付かなかっただけなのである。
自分より他人を優先してしまう。その結果からなのか、辛いものを全て自分に背負い込ませてしまっていた。その辛さや悲しみを、何かを傷つけることでしか解消できなかった。
しかし今は違う。今の彼には、信じ合える確かなものが存在している。舞衣、なつき、巧海、雪之、そして千草。
その信じるもののために、彼は戦うことを選ぶ。決意と思いを胸に秘めて、彼は部屋を出て行った。
「あ〜あ、最後までガンコだったね、堅くん。」
ひとつため息をつく凪。すると真白と二三が微笑む。
「でも、彼なら運命を変えられるかもしれません。」
「へぇ。信じちゃってるんだ。でも根拠は?」
またもからかってくる凪に、真白は微笑んで答えた。
「彼らには、運命に立ち向かう勇気と、運命に負けない強さを持っていますから。」
彼女の言葉を他人事のように聞く凪。しかし彼女の願い、堅やHIMEたちの想いは本物だった。
風花邸を飛び出し、自分のバイクの置いてある学園裏門付近にやってきた堅。メットを手に取ったところで、彼は被るのをやめる。
彼が振り返った先には、困惑の面持ちを浮かべている楯がいた。楯は堅に数歩近づいてから、重く閉ざしていた口を開く。
「行くのか・・・?」
「あぁ・・・」
楯の問いかけに堅は小さく頷いた。
「お前言ったよな・・オレには迷いがある。覚悟がないって・・・」
楯が眼を背けて、悲しい笑みを浮かべる。
「いつかオレに、覚悟や勇気が戻りたいと思ってる・・・」
「・・・オレも信じることにするよ。舞衣ちゃんか詩帆ちゃん、アンタがどっちを選ぶにしてもだ。」
励ましのつもりで言った堅の言葉。しかし楯は困惑を深めていた。
幼なじみの詩帆と、転入してきた舞衣。普段は迷惑に思えることがあるが、時に放っておけないときがある。
いつかは一方の想いを選び、もう一方を突き放さなければならない。その苦渋の選択のとき、覚悟と勇気が必要となるだろう。
そんな彼の気持ちを察しながら、堅も悲しい笑みを浮かべる。
「想いは呪いと同じ。オレ、最初はそう思ってたんだ。けど、想いは辛かったり悲しかったりするけど、嬉しかったり熱くなったりする、らしいよ。」
「お前・・・」
「今のオレには、守ってやりたい確かなものがある。こういうのも、“想い”っていってもかまわないよな・・・」
互いに笑みを見せる堅と楯。
「どんなことがあっても、どんな道を選んでも、絶対に負けるんじゃないぞ。」
楯にそう告げて、堅はメットを被り、バイクを走らせた。走り去っていく彼を、楯は笑みを浮かべて見送った。
各々のチャイルドとエレメントを振るい、デルタに挑む舞衣たち。しかし精神的に追い詰められているデルタの真の力を前に、彼女たちは劣勢を強いられていた。
「愕天王、吶喊!」
愕天王を駆って、碧がデルタに向かって突進する。しかしデルタはそれを跳躍してかわし、黒い炎、ブラックデルタを放つ。
「うわっ!」
黒い炎に巻かれた愕天王が怯んで地面に叩きつけられる。その拍子で碧が振り落とされる。
「碧ちゃん!」
彼女に向けて叫ぶ舞衣。
「ううぉぉーーー!!!」
命が叫びながら、剣を振りかざしてデルタに飛び込んできた。デルタは振り返り、白い左手で氷の刃を作り出し、彼女の攻撃を受け止める。
「ぐっ!」
うめく命に、デルタが不敵な笑みを見せる。
「ホワイトデルタで作り出された氷は、生半可な冷気と硬さではないぞ。」
デルタが命の攻撃を受け止めながら、黒い右手をかざしてブラックデルタを放つ。黒い炎に巻かれながら、命が吹き飛ばされる。
「命!」
舞衣がカグツチを駆って、デルタを見据える。白い吐息をもらして咆哮を上げる炎の竜を、デルタは不敵に笑って見据える。
カグツチが炎の球を放つ。それをデルタが黒い右手をかざして、ブラックデルタで迎え撃つ。
「試してやろう。カグツチの炎とオレのブラックデルタ。どちらが強き炎か。」
笑みを強めるデルタ。紅と黒。2つの炎が激しく衝突し、荒々しく火花を散らしていく。
「反発する力が衝突したらどうなるかな。」
そこへなつきがデルタに狙いを定める。
「デュラン!ロードシルバーカートリッジ!」
彼女の号令で、銀の狼の銃砲に弾丸が装てんされる。
「ってぇ!」
そして弾丸が放たれ、無数の水晶の刃となってデルタに向かっていく。
(ホワイトデルタの死角となる右方向から撃ってきたか。)
毒づくデルタがあえてカグツチの炎に押される。そしてその炎の球と水晶の群れの衝突へと導く。
「お遊びはこれまでだ。仲間の力同士、無様に衝突するがいい!」
デルタが哄笑を上げ、驚愕する舞衣となつきに狙いを定めて、高らかと左手をかざす。
「ホワイトデルタ!」
冷気を収束させた氷の刃の群れを、2人のHIMEに向けて放つ。とっさに回避行動をとって、氷から免れる2人。
「まだまだ甘いな。いくらお前たちでも、オレの最大の力から逃れることはできない!」
デルタが両手を掲げて、炎と冷気を収束させた光、ミックスデルタを解き放つ。膨大な威力の閃光が、カグツチとデュランの中間の地面をえぐり取っていき、激しい爆発と轟音を引き起こす。
その衝撃に巻き込まれて、舞衣となつきが吹き飛ばされる。デルタの強大な力の前に、彼女たちHIMEはうつ伏せに倒れるだけだった。
巻き起こる砂煙。揺らぐ風。
不敵に笑うデルタの眼下で、傷ついた舞衣たちが倒れていた。チャイルドを破壊されなかったものの、彼女たちにはもはや立ち上がることさえままならなかった。
「これで終わりだ。チャイルドを倒さなくても、お前たち自身を滅ぼせば、その想いの命は消える。その心にとどめを刺してやろう。」
左手に氷の刃を握り締めて、デルタがゆっくりと近づく。すると彼の眼前で、舞衣がふらつきながら立ち上がる。
「ほう。ミックスデルタを受けて、立ち上がる力があるとはな。これも想いが成せる力か。」
彼女の力を見据えて、デルタが感心する。彼女は息を荒げながら、デルタを鋭く見据える。
「負けられない・・・私には、守りたいものがある・・・だから、諦めるわけにはいかない・・・!」
必死の思いでデルタに言い放つ舞衣。巧海のため、堅のため、千草のため、楯のため、彼女は傷ついたからに鞭を入れて、デルタに立ち向かおうとしていた。
「その心身の強さには敬服に値する。だが、この事態を打開する余力は、お前たちにはない。」
再びエレメントの炎の腕輪をまとう舞衣に、デルタが氷の刃の切っ先を向ける。彼女の中に、死ぬかもしれないという不安と覚悟と立ち向かいたいという勇気が葛藤する。
デルタが勝ち誇った笑みを見せて、氷の刃を振り上げる。
「待ちなさい!」
そこへ声がかかり、デルタが動きを止める。彼と舞衣が振り向くと、そこには千草の姿があった。
「千草ちゃん・・・」
「不知火千草か・・」
当惑する舞衣。笑みをこぼすデルタ。
千草はデルタに向けて、鋭い視線を送っていた。
「あなたを倒します、デルタ・シアーズ・・」
「ほう?・・ずい分と強気だな。やってみるがいい。」
デルタが黒い炎を灯して千草を威嚇する。
「ペガサス!」
千草は意識を集中して、短刀と天馬を呼び出す。そして天馬の背に乗り、デルタに向かって飛び込んでいく。
しかしペガサスはデルタの横を行き過ぎ、そのまま飛び去っていく。
(あれだけの大口を叩いて、逃げるとは思えない。誘っているのか・・・)
舞衣から視線を外し、千草の姿を追うデルタ。
(いいだろう。お前の勇気がどれほどのものか、オレが見定めてやろう。)
不敵な笑みをこぼして、デルタが千草の後を追った。自分に対する危機感が和らいだため、舞衣は思わず体の力を抜いた。
千草の後を追おうとするが、思うように力が入らず、前に動くこともままならない。
「ち・・千草ちゃん・・・」
必死の思いで前に出ようとする舞衣。前に倒れかかろうとしたとき、なつきが彼女の体を支える。
「なつき・・・」
戸惑いを見せる舞衣に、なつきが首を横に振る。
「お前の気持ちは分かる。しかし、私たちには余力が残っていない。」
「でも、このままじゃ千草ちゃんが・・・」
なつきの制止を振り切って、舞衣が千草のところへ向かおうとする。
「ムリをするな。私がアイツのところまで連れてってやる。」
「なつき・・・」
小さく微笑むなつきの言葉に、舞衣が足を止めて振り向く。
「私がデュランでお前を運んでいる間に、お前は体力を回復するんだ。おそらく私はもう、お前を連れて行くだけで精一杯だ。」
「なつき・・・ありがとう。」
力添えをしてくれるなつきに、舞衣は微笑んで感謝の言葉をかけた。
舞衣たちからデルタを引き離した千草。森から外れた荒野で止まり、デルタを迎え撃つ。
彼女の姿を捉えたデルタが、彼女の眼前で足を止める。過去と運命の因果でつながっている少女と男が対峙する。
「なるほど。舞衣HIMEたちから離れ、1人だけの死を望んだか。」
不敵に笑うデルタ。しかし千草は否定も肯定も示さない。
「分かっていると思うが、お前の兄は死の運命から逃れることはできない。お前のチャイルド、あるいはお前自身が死ねば、堅も道連れとなる。」
「うん。私に、たくさんの人の想いがかかってる。だから・・・!」
千草は2本の短刀を振りかざし、柄を合わせて双刀の剣とする。
「私は負けない・・運命にも、あなたにも、私自身にも!」
そしてその剣をデルタに向けて投げつける。デルタはそれを軽々とかわすが、剣は回転を止めずに舞い戻ってくる。
「甘い。」
デルタは後方から迫ってきた剣さえも、飛び上がってかわす。そこへ千草を乗せたペガサスが突っ込んできた。
「単調な攻めだな。」
デルタが前方に右手を振りかざし、黒い炎をまき散らす。しかし千草は立ち止まろうとしない。
「ペガサス!ゴールデン・スマッシュ!」
ブラックデルタの真っ只中に飛び込もうとする直前、ペガサスが頭部の黄金の角から一条の光の矢を放つ。矢はまかれたデルタの炎を貫いて、デルタに向かって真っ直ぐに飛んでいく。
虚を突かれたような面持ちで、矢を紙一重でかわす。そして白い左手で千草の右腕をつかむ。
「しまった!」
「まさに一矢報いたというところか。だがこのホワイトデルタは、冷気を扱うもの全てを掌握できる。」
デルタが力を込めると、つかまれている千草の腕が徐々に氷に包まれていく。
「氷の刃を作り出すだけが、オレの左腕ではない。」
ホワイトデルタは、捕らえた千草を、彼女の天馬ごと氷漬けにしてしまった。氷塊に閉じ込められた彼女を支えながら、デルタが不敵に笑う。
「このまま放置すれば、体温低下か窒息で命を落とすだろう。だが、それでは退屈な結末だ。」
デルタは氷塊に右手を当て、黒い炎を放つ。
「オレの氷は、このブラックデルタが、それ以上の熱気でなければ解かせない。」
黒い炎が虚空に巻かれる。凍結から解放された千草とペガサスが落下して、地面に叩きつけられる。
千草は息が絶え絶えになっていた。ペガサスが倒されなかったものの、もはや余力さえ残っていない状態だった。
「ここまでオレを追い詰めたのは賞賛しよう。だがこれで終わりだ。お前の想いと、お前の兄とともに消えるがいい。」
デルタが両手を掲げて、熱気と冷気を収束させる。
「このミックスデルタでな!」
そしてその光を高らかと掲げ、満身創痍の千草にとどめを刺そうとする。
そのとき、そこへ一条の鋭い空気が飛び込んでくる。デルタは即座に光を消して、その刃をかわす。
着地したデルタ、身を起こした千草が振り返ると、その先にはバイクに乗った人物がいた。メットを被っていたが、白のTシャツと藍のジーンズ、右手に握られている半透明の刀から、その人物が誰かがすぐに分かった。
「不知火堅・・・生きていたのか・・・」
「お兄ちゃん・・・」
デルタがうめくように、千草が困惑の面持ちで呟く。堅は被っていたメットを外して、その顔を現す。
「待たせたな、千草。これ以上は傷つけさせないぞ、デルタ!」
堅が不敵な笑みを見せて、刀の切っ先をデルタに向ける。デルタは彼を鋭く見据える。
アクセルを全開にして、刀を構えながらバイクを走らせる。前輪を上げつつ、デルタに向けて刀を振り下ろす。
これをかわすデルタ。着地した堅が転回して、再びバイクを突進させる。
白い左手で氷の刃を作り出し、それを堅に繰り出す。
「なっ!」
驚愕する堅の眼前で、刃がバイクの機体をえぐる。その衝動で堅が前のめりに投げ出される。
横転しつつもすぐに立ち上がる堅。その眼の前で、デルタの攻撃によってバイクが爆発を起こす。
「あっ・・・!」
思わず声を荒げる堅。デルタが氷の刃を握り締めたまま、堅に振り返る。
「あくまでオレに敵対しようというのか・・ガイア、不知火堅・・・」
普段浮かべている不敵な笑みを見せずに、デルタが堅を見据える。想いと運命を賭けて、2人が決戦の火ぶたを切ろうとしていた。
次回
「お前は死ぬのが怖くないのか!?」
「想いを失くしたまま生きるくらいなら、死んだほうがマシだ!」
「お前の過去、私が預かる。」
「これが、ペガサスなの・・・!?」
「お前がお姫様なら、オレはお前の王子様になってやりたい・・・」