舞HIME –another elements- 最終話「HIME」

 

 

 お父さんとお母さんが死んだため、私とお兄ちゃんは貴典さんの家に住むことになった。

 それからしばらくして結衣さんと出会い、私たち4人の幸せは続くはずでした。

 でもHIMEの運命が、その想いを壊してしまったのです。

 そして風華学園に行って、舞衣さんやなつきさん、命ちゃん、巧海くん、晶くんと出会って、お兄ちゃんと再会しても、その運命は付いて回ってくるのです。

 運命は突然に、時に理不尽な形でやってくる、とても意地悪なものです。

 でも出会いや発見が運命でも、それから先は自分たちの力で切り抜けられるはずです。

 たとえ運命でも、知っていたなら何とかすることもできると、私は信じてます。

 みんなも信じているはずです。

 お兄ちゃんも。

 

 波動の刀と氷の刃を握り締めたまま、堅とデルタは対峙していた。過去と運命を賭けた2人を、満身創痍の千草が困惑の面持ちで見つめていた。

「お前に待っているのは死の運命しかない。ならばせめてもの情けだ。オレが直接お前を葬り去ってやる。」

「理由はどうあれ、いつかお前とケリをつけるときが来ると思ってたよ。」

 鋭い視線を送りながら近づくデルタ。2人の距離が狭まる。

「お前はなぜ人間にこだわる?なぜ本能に抗おうとするのだ?オーファンの本能に従い、全てのHIMEを滅ぼし、千草を最後の1人とすれば、お前は死の運命から救われるのに・・お前は死ぬのが怖くないのか!?」

「怖いさ。誰だって死ぬのは怖い。けどな・・想いを失くしたまま生きるくらいなら、死んだほうがマシだ!」

 ねめつけるデルタに、堅は顔色を変えずに言い放つ。

「バカだな、お前は・・周りの仲間のために、お前は死を受け入れるというのか・・・」

 呆れた面持ちを見せるデルタに、堅は笑みをこぼした。

「オレは死なないさ。オレが死んだら、オレを信じてくれるたくさんの人の想いが死ぬからな。」

 彼には死と隣り合わせになっている覚悟と、その死と運命を乗り越えようとする勇気と優しさを持っていた。自分を支えてくれる人たちのため、彼は生きることを決意する。

 生きるため、デルタと戦い、倒すことを決意するのだった。

「ならオレが、その想いの全てを打ち砕いてやる。」

 言い放つデルタと堅がすれ違い、再び距離を取る。そして振り返り、手にしている刃の切っ先を互いに向ける。

(お兄ちゃん・・・)

 これから繰り広げられる戦いを、千草は沈痛の面持ちで見守るしかなかった。

 先に仕掛けたのは堅だった。彼の波動の刀が振り抜かれ、デルタの氷の刃と衝突する。

 2つの刃が摩擦を起こして、火花を散らす。堅とデルタがすれ違い、再び距離を取る。

「力が増してきているな。人間としてはな。せめてオーファンの力、殺意を解放したらどうだ?これでは勝負にならないな。」

 振り返ったデルタが不敵に笑う。人として戦おうとしている堅をあざけっていた。

「オレは人間として戦う。もう自分の憎しみに操られたりしない。」

 堅がそれに真剣な眼差しで答える。

「それが、アイツらや、オレを信じてくれる人たちのためになるなら・・・」

 堅は左手で、首から提げている2つのロケットを取り出し見つめる。

 1つには貴典と結衣の写真が、もう1つには堅と千草の写真が収められていた。堅の中にある過去、現在、未来がその2つの証となっている。

 それらは同時に、彼が人である証をも示していた。記憶と心があるから、人としてこの場にいられる。彼はそう信じていた。

 堅の脳裏に、様々な記憶が蘇ってきた。

 HIMEの運命によって命を落とした貴典と結衣。

 風華学園にやってきて、復讐に駆られていた自分を助けてくれた舞衣、なつき、命。

 傷ついた自分を支えてくれた巧海、晶、楯、遥、雪之。

 そして心の底から想ってくれた千草。

 様々な人たちに支えられて、堅はここにいることができた。

「オレを見くびっているのか、それとも本気で持てる本能と力を放棄するというのか。どちらにしても、見下げ果てたものだな。」

 彼の決意をあざ笑い、デルタが氷の刃を振り抜いた。猛吹雪が堅に向かって襲いかかる。

 堅はこれを波動の刀で受け止める。しかし吹雪の勢いに押されて吹き飛ばされる。

 すぐに体勢を整えて着地する堅。そこへデルタが氷の刃を振り上げて飛び込んできた。

 次々と繰り出されるデルタの攻撃を、堅は必死の思いで受け止めていく。しかしなかなか反撃に転ずることができないでいた。

 やがてデルタの強烈な力に押されて、堅が再び吹き飛ばされる。

「ぐっ!」

 体に響く痛みに堅がうめく。追い詰められ、徐々にダメージが蓄積されていく。

「いい加減、本能に従って力を解放したらどうだ?でなければ死ぬことになる。」

「解放?オレは最初から全力だぜ。」

 ねめつけるデルタに、堅は笑みを作って言い放つ。この姿こそが、人としての彼の全力なのである。

「そこまで愚弄してくるとはな。いいだろう。お前への未練は何もなくなった。」

 デルタが右手を掲げて、黒い炎を放つ。ブラックデルタが堅に襲いかかって焼き尽くす。

 強い燃焼と火力に見舞われて、堅が怯む。それでも傷ついた体に鞭を入れて立ち上がり、デルタを見据える。

「お前に待ち受けているのは、運命の死。どんな形であれ、お前は死からは逃れられない。オレが、逃がしはしない。」

 笑みを消して、デルタが堅との距離を詰めていく。

 その傍ら、2人を見つめている千草に、デュランに乗ってなつきと舞衣が駆けつけてきた。

「千草!」

「千草ちゃん!」

 2人の呼びかけに千草が振り向く。

「舞衣さん、なつきさん・・」

「どうなってるんだ!?・・・堅・・・!」

 状況を把握しようとするなつきの眼に、堅とデルタの姿が映る。

「お兄ちゃんが、私を助けてくれたんです。でも、押されてて・・」

 千草が困惑の面持ちで舞衣たちに説明し、再び堅とデルタに振り向く。

「舞衣、私とデュランの力はここまでだ。堅と千草を助けてやってくれ・・・」

 なつきの言葉に、舞衣は無言で頷き、堅とデルタの動きをうかがう。

 堅は刀を振り上げて、デルタに飛びかかる。その振り下ろされた刀を、氷の刃が打ち払う。

 刀は氷の冷気と強度によって、波動の刀が折れる、刀身が跳ね上げられて宙を舞う。

 それを気に留めず、堅は足に力を注ぐ。

(10秒間、これに全てを賭ける!)

 波動の力を込めた脚力を発動し、デルタに蹴りを見舞ってひとまず距離を取る。そして間髪入れずに距離を詰め、さらに蹴りを繰り出す。

 ところが、眼にも留まらぬほど速い足を、デルタは簡単にかわしてしまう。

(なっ!?)

 堅が胸中で驚愕する。まず捉えることができないはずのこの高速の脚力を、デルタは見切っていた。

 毒づきながらも堅はさらに攻撃を繰り出していく。しかしデルタはことごとくかわしていく。

 そしてデルタは、速い動きの堅に右拳を叩き込む。痛烈な一撃に、堅は眼を見開く。

 その右手から黒い炎、ブラックデルタが放たれ、堅が身を引く。

(このままじゃ時間切れになる!)

 一瞬焦りを感じながら、堅は次の一撃に全ての力を込める。最速で、最大の威力を持たせて、最後の一蹴を繰り出す。

 しかしその一蹴を、デルタは黒い右手で受け止め、そのままつかんでしまった。

(オレの全力の蹴りが・・!)

 驚愕する堅。デルタは受け止めた彼の右足をつかんだまま、彼を振り下ろす。

 体勢を崩されて、堅は地面に叩きつけられる。全ての力を使い果たし、両足を取り巻いていた波動の渦が紅く染まり、霧散する。

「堅くん!」

「お兄ちゃん!」

 舞衣と千草が叫び、たまらず堅に向かって駆け出す。巻き起こる砂煙の中で、堅が仰向けに倒れている。

「その程度の速さではオレには追いつけない。もっとも、オレの速さも瞬間移動まではいかないがな。」

 満身創痍の堅を見下ろして、デルタが不敵に笑う。全ての力を消費した堅には、もはや反撃の手立てさえ失っていた。

(このままじゃ堅くんが・・・何とかするしかない!)

「カグツチ!」

 そんな彼と千草を守るため、舞衣はなつきに託された力を振り絞り、炎の腕輪と炎の竜を呼び出す。神々しい姿を現すカグツチが、剣の刺さった口を開いて白い吐息をもらす。

 舞衣がデルタに狙いを定めると、カグツチが火球を放つ。

「余力すら残っていないというのに、オレに敵うと思ったか!」

 笑みを強めるデルタが右手をかざし、黒い炎を放つ。カグツチの火球がブラックデルタにかき消され、舞衣もその炎に振り払われる。

「舞衣さん!」

 見上げる千草が叫ぶ。カグツチとともに、舞衣が地面に落下する。

「これで終わらせてやる。このミックスデルタを受ければ、何もかも消え去ることだろう。未練はないだろう。大切な人もついてくるのだからな。」

 掲げられたデルタの両手に、熱気と冷気が収束して神々しい光となる。その脅威を千草、舞衣、なつき、そして後から駆けつけた碧、命が見上げる。

(何とかしないと・・・私が、お兄ちゃんやみんなを・・・!)

 千草が堅に眼を向けながら、打開の糸口を探る。

(私がお兄ちゃんやみんなを守らなくちゃ!私が守りたいから・・みんなが幸せになってほしいから・・これが私の願い・・私の想い!)

 千草は持てる力の全てを振り絞り、短刀と天馬を呼び出した。金色に輝く彼女のHIMEとしての力。

 たとえデルタに及ばなくても、自分の大切な人たちを守りたい。その一途な想いを胸に、彼女は立ち上がる。

「千草・・・オレはまだ、諦めるわけにはいかない・・・お前や、みんなを守りたい・・・みんなの想いを!」

 堅も立ち上がり、千草の持つ短刀の柄に触れる。するとその短刀の刀身に輝きが宿る。

「えっ・・!?」

 堅と千草が驚きの声を上げて、その短刀に眼を向ける。

(HIMEの力は想いの力・・・もしかしたら!)

「ペガサス!」

 思い立った堅が天馬の背に触れる。すると天馬の翼と角にも同様の光が宿った。

「ペガサス?」

 ペガサスの変化に千草が眼を疑う。

 彼女の天馬が神々しい光に包まれ、その形を変えていく。そしてその姿が、徐々に人のものへと変化する。

 やがて弾けるように光が消えると、そこには白い翼を生やした女性がいた。長い髪の色、瞳の色は、千草の駆るペガサスと同じだった。

 その天使とも思える姿の女性は、まさにペガサスだった。

「ペガサス・・・!?」

 堅と千草がその輝かしく変化した天馬の姿に魅入られる。

「これが、ペガサスなの・・・!?」

 舞衣もなつきもその姿に驚きを見せる。

「まさか・・・チャイルドが進化した・・・想いを受けて・・・!」

 デルタもペガサスの変化に動揺を隠せなかった。

 悠然と立つ天使がペガサスだと悟って、千草は真剣の面持ちを見せる。

「行くよ、ペガサス。デルタを倒そう。」

 千草が声をかけると、ペガサスは彼女と堅に振り向いて小さく頷く。そして翼を大きく羽ばたかせて、デルタに向かって飛び上がった。

 デルタは即座に臨戦態勢に入って、向かってくるペガサスを迎え撃つ。しかし彼が身構えるより速く、ペガサスの伸ばした右手からの衝撃波が放たれる。

「何っ!?」

 吹き飛ばされるデルタが驚愕してうめく。そんな彼に、ペガサスがさらなる衝撃波を繰り出す。

 堅や舞衣たちに対して機敏な動きを見せていたデルタが、進化したペガサスに対してなす術を失いかけていた。

(まさかオレが追いつけないなど!)

 毒づきながらも、デルタは何とか衝撃波をかいくぐる。そして右手をかざして黒い炎を放つ。

 しかしブラックデルタを受けても、ペガサスには効果が見られない。苛立ちを見せ始めるデルタが、左手に氷の刃を握り締めて飛びかかる。

 それをペガサスは簡単に受け止める。デルタが力を込めて力押しをするが、全く効果がない。

 必死になるデルタに、ペガサスが衝撃波を放つ。吹き飛ばされたデルタが踏みとどまり、無表情で見せてくる天使に鋭い視線を向ける。

「想いが、優劣を乗り越えたというのか・・・運命さえも切り抜けるというのか!」

 激昂するデルタが両手を掲げ、熱気と冷気を収束させる。

「これで終わりだ!最大威力のミックスデルタを!」

 叫ぶデルタが光の球をペガサスに向けて放つ。

 千草が堅を見て頷く。堅も彼女の想いを悟って、頷く。

「ペガサス!ゴールデン・スマッシュ!」

 2人の声が重なると、ペガサスの両手に光が宿る。天使の動作に合わせて、その光が弓矢へと形を変える。

 そしてその光の矢を、ミックスデルタに向けて放つ。2つの光が衝突し、眼をくらますほどの閃光が放たれる。

 その光の中からペガサスの金の光の矢が飛び出してきた。

「なっ・・!?」

 驚愕するデルタの体を、光の矢が貫いた。大きく眼を見開いたまま、デルタが地上に落下する。

 倒れた男の姿を、堅や千草だけでなく、舞衣たちも見つめる。デルタはペガサスの攻撃を受けて、動かないままである。

「やったのか・・・デルタを・・・」

 堅が信じられないような面持ちを浮かべる。

 ペガサスの強さと想いが、デルタの脅威を撃退したのである。

「!」

 そのとき、堅はただならぬ気配を感じ取った。

(これはオーファンじゃない・・・HIME・・エレメント!)

 その正体を感じ取った堅が、上空を見上げる。オーファンの記号によって強化されている彼の視力が、はるか上空の、大気圏上に浮遊している衛星を捉えた。

 それは衛星ではなかった。人工的に生成されたアリッサのチャイルド、アルテミスだった。

「マジかよ!上から攻撃する気か!」

「えっ!?」

 堅の叫びに千草たちが驚き、上を見上げる。彼女たちの眼にはまだアルテミスの動きが見えてはいない。

「ペガサス、空を狙え!お前なら、あの衛星が見えてるはずだ!」

 堅の指示を受けて、ペガサスが上空を見据える。その直後、雲ひとつない青空に、太陽とは別にきらめく光が現れた。

 

 その頃、デルタの戦況をうかがっていたアリッサと深優。デルタの力が弱まったのを見計らい、アルテミスを発動させて堅もろとも葬ろうとしていた。

「デルタ・シアーズ、不知火堅を破壊します。アルテミス、黄金の雷。」

 アリッサがリボンを解き、右手を上空にかざす。彼女の金色の髪が輝きを放つと同時に、アルテミスも同様の稲光を宿し始めた。

 

 ペガサスが上空に向けて、光の弓矢を構える。しかし天使はアルテミスの気配を感じ取っているだけで、正確な位置までは把握できていなかった。

(くそっ!ペガサスより、あの衛星のほうが速い!)

 毒づく堅の見つめる先で、アルテミスから放たれる閃光が徐々に強まる。彼らに向けて接近しているのだ。

 ペガサスが光の矢を放とうとしているが、黄金の雷への対処が間に合わない。

 そのとき、何者かが閃光の前に立ちふさがった。

「デルタ!?」

 堅をはじめ、HIMEたちも眼を疑った。敵対していたはずのデルタが、閃光を受け止めていた。しかし力を使い果たしている彼に、この閃光をせき止めるのは不可能だった。

「早く撃て!でなければ、お前たちは塵となるぞ!」

 デルタが堅たちに言い放つ。

「お前たちの想いの力がどれほどのものか、直に証明してみせろ!」

「デルタ・・・」

 デルタの叫びに、堅と千草が困惑を覚える。敵対していた相手のために、彼は今、体を張っている。

(想いは力となり、運命さえも凌駕する。HIMEの運命には誰も逆らえないと思い込んでいたオレに対し、お前たちは想いで立ち向かってきた。その力、運命の凌駕の証明を、お前たちの想いで確かめさせてもらうぞ!)

 堅と千草の動向を気にかけて、デルタは不敵に笑った。その直後、彼の姿が黄金の閃光の中に消えた。

「デルタ!」

「ペガサス!ゴールデン・スマッシュ!」

 叫ぶ堅。千草が号令を送り、ペガサスが黄金の矢を放つ。

 神々しくきらめく光。その眩しさに舞衣たちも眼を背ける。荒々しい衝動が周囲を揺らし、轟音を鳴り響かせる。

 やがて閃光が消え、荒野に静けさが戻る。堅たちが視線を戻した先には何もなかった。

 デルタの姿は閃光の中で消えていた。かすかな気配さえも感じない。黄金の雷と光の矢によって完全に消滅してしまった。

(デルタ・・・アンタ・・・)

 堅は胸中でデルタのことを思い返す。

(アイツも抗っていたのかもしれない・・・HIMEと、死の運命から・・・だから、オレの中の憎しみの力を求めたんだ・・・)

 自分の胸に手を当てて、堅はうめく。デルタも想いに死を与える者として、死の運命を隣り合わせにしていたのだ。

 想いを深く愛しているからこそ、その想いを傷つけてしまう。大切なものがないから、他の人たちのそれらを壊してしまう。

 HIMEである結衣や千草を想っていたからこそ、その不条理な運命を嫌悪していた堅のように。

 そのことを、堅は切実に思い、胸に留めた。

 

「アルテミスの最大出力による照射。目標、不知火堅、デルタ・シアーズのうち、デルタの消滅のみを確認。」

 状況を収集した深優が、アリッサに向けて説明する。

「不知火堅をはじめ、ワルキューレたちの反応を確認。動きはありません。」

「そうですか・・・ワルキューレの力を覚醒させたようですね。」

 報告を受けて、アリッサが小さく微笑む。

「いかがいたしますか?今なら私の力で一掃することも可能ですが・・」

「いいえ。やめておきましょう。」

「お嬢様・・・」

 深優の言葉に、アリッサが首を横に振る。

「今、私たちがしなくてはならないのは他にあります。行きましょう、深優。黄金の時代を迎えるため、バルハラの門を開くために・・・」

 そう告げてアリッサは歩き出した。深優も彼女に続く。

「全部隊、戦闘準備。完了次第、別命あるまで待機。」

 シアーズの軍に向けて、深優が命令を送る。シアーズ全土による作戦が行われようとしていた。

 

 戦いを終え、千草が堅に駆け寄る。彼は彼女を優しく抱きとめた。

(運命は絶対的なものじゃない。オレたちが強く想えば、乗り越えることができるんだ・・・)

 堅は胸中で呟きながら、すがりつくように抱いてくる千草の顔をうかがう。

(そう思うだろ・・貴典、結衣さん・・・)

 語りかけるような面持ちで、彼はロケットの1つを手に取った。その中には貴典と結衣の写真が収められていた。

 もうその思い出の中には戻れない。たとえ何らかの形で2人が生き返ったとしても。

「今までありがとう、貴典、結衣さん・・・楽しい思い出・・・」

「えっ・・・?」

 唐突に呟いた堅に、千草が一瞬きょとんとなる。彼女の眼の前で、堅が首から提げていた2つのロケットを外す。

「舞衣ちゃん!なっちゃん!」

 そしてそのロケットをそれぞれ舞衣、なつきに放り投げる。2人は両手で受け取る。

 舞衣には堅と千草の写真が、なつきには貴典と結衣の写真がそれぞれ収められたロケットが渡された。それぞれ今と過去を彼は2人に託したのだった。

「しばらく預かっててほしい。オレと、千草の想いが込められている。」

 笑みを見せる堅に、舞衣となつきが少し呆然となる。命が興味ありげにそのロケットを見ようとしていて、碧はじっと堅と千草を見つめている。

 今を精一杯生きている舞衣。過去を追い求めているなつき。堅は2人に、自分たちの今と過去を預け、未来に進む決意をしたのである。

「分かった、堅。お前の過去、私が預かる。だが、また私の前に現れたとき、これをお前に返す。」

「あぁ。」

 不敵な笑みを見せるなつきに、堅は頷いた。千草も彼女と舞衣に想いを預けることを決めて、小さく頷いた。

「さて、オレたちは行くとしようか。」

「えっ?う、うわっ!」

 堅は気さくな笑みを浮かべた直後、千草を抱きかかえる。突然の抱擁に戸惑いをあらわにする千草。

「お兄ちゃん、恥ずかしいよ・・」

 千草が顔を赤らめるが、堅は彼女を下ろそうとしない。

「それに、行くってどこに・・・?」

 真面目な面持ちになって、彼女は改めて問いかける。じっと見つめる舞衣たちを背に堅は歩き出し、答える。

「家だよ・・オレたちの家に・・・」

「家って・・・帰るんだね、家に・・」

「いや・・“帰る”んじゃない。“行く”んだよ。オレたちの未来にある、オレたちの居場所、オレたちの“家”に・・」

 互いに微笑みかける堅と千草。

「お前がお姫様なら、オレはお前の王子様になってやりたい・・・」

「お兄ちゃん・・・」

「・・ちょっと、カッコつけすぎたかな・・・けど、これがオレの正直な気持ちさ・・・」

 満面の笑みを見せる千草に、堅は少し照れ笑いを見せてから、その想いを告げる。

 そして2人は歩き出した。自分たちの想いの先にある未来に向けて。

 

 私たちは行きます。

 私たちが信じている、想いと未来の先にある居場所に。

 いつか私の想いと一緒に、私もお兄ちゃんも消えてしまうかもしれません。

 それでも信じたいと思います。

 運命も死も乗り越えて、私たちの想いが実ることを。

 これが一途な、私の“想い”です・・・

 

 

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