舞HIME –another elements- 第24話「玖我なつき」
「まさか彼が、私たちに敵対意識さえ見せていたとは・・」
シアーズの上層部、会長である父親と連絡を取っていたアリッサ。深優を通じて父親の声が伝わってくる。
「デルタ、彼を不知火堅共々、処分する必要がある。深優、そしてアルテミスの力で彼らを殲滅してほしい。やってくれるね、アリッサ。」
「はい、お父様。」
父親の指示に、アリッサが笑顔で頷く。
デルタはシアーズに対しても敵意を示す存在。シアーズ財団はそう決定し、アリッサと深優にその破壊を任せた。
「ではお嬢様、私が命令を遂行いたします。」
「いいえ、深優。ここは私が。」
命令を受けて行動を開始しようとした深優を呼び止めて、アリッサが行動することを告げる。
「オーファンを使うのですか?でもデルタも堅も、オーファンの記号を埋め込まれた、オーファンやワルキューレを超える力を備えています。」
深優が問いかけると、アリッサは遠くを見つめるような眼差しで、外の風景を見つめた。
「アルテミスを使用します。」
「お嬢様!?アルテミスはこれからのための力!ここで使用しては、お嬢様の身に・・!」
アリッサの言葉に深優が声を荒げる。彼女の反応にアリッサが微笑む。
「確実にデルタを破壊しなければ、これからのことにも支障をきたすことになるわ。」
「お嬢様・・・」
困惑の面持ちを見せる深優。彼女の心境を察しながら、アリッサは歩き出した。
「黄金の時代を迎えるため、私たちは力を惜しんではいけないのです・・・」
デルタによって重傷を負った堅を連れて、千草は病院に駆けつけた。彼女の想いとペガサスの速さもあって、彼は医者の懸命な治療によって一命を取り留めたのだった。
「命に別状はありません。肩の傷もさほど深いものではありませんでした。」
医者が千草に言った言葉だった。その内容の中には、堅が九死に一生を得たのは、並外れた自然治癒力が最大の要因ということも含まれていた。
千草はそれが、オーファンの力によるものだと確信していた。彼の体に埋め込まれた異形の怪物の記号で、人間の体内に存在している能力が向上している。
それが瀕死とも思えた彼の傷を塞ぎ、再生へと導いていた。
眠りについている堅のいる病室から出てきた千草。そこで彼女は、廊下で待っていた舞衣、なつき、命と会う。
「舞衣さん・・なつきさん・・命ちゃん・・・」
「堅くんの具合は・・・?」
困惑を浮かべる千草に、舞衣が同様に困惑を見せながらたずねる。
「傷はそれほど深くないそうです。多分、オーファンの力で、傷の治りが早くなってると思うんです。」
「オーファンか・・」
千草の説明になつきが呟く。
オーファンは異形の怪物。その再生能力が、堅の傷を塞いでいたと思うと、彼女は皮肉に感じてならなかった。
「自分も復讐の相手と同じで、今回その力で助けられることになった。腹が立たないわけがない。だが、アイツがそう簡単に気に病むヤツではないことは、お前が1番分かっていることだろう?」
なつきの指摘に、千草はおもむろに笑みを見せて小さく頷いた。
「でも、これからどうするんだ、千草?」
命が唐突に千草に問いかける。すると彼女は思いつめた面持ちを見せる。
「私は、デルタと戦います。みんなの想いのために。」
「覚悟はもうできてるってわけか。」
さらになつきに問われ、千草が真剣な顔で頷く。
「待って、千草ちゃん!」
そこへ舞衣が彼女を呼び止める。すると彼女は舞衣、なつき、命に視線を送り、微笑む。
「お兄ちゃんを頼みます。いつもムチャばかりしますから、見ててあげてください。」
「ダメだよ、千草ちゃん。1人で戦うなんて・・」
それでも彼女を止めようとする舞衣。しかし彼女の気持ちは変わらない。
「お兄ちゃんの妹ですから。それに、デルタと戦う前に行くところがありますので。」
そういって千草は舞衣の制止を振り切って、1人で病院を出て行った。舞衣は彼女を困惑の眼差しで見送ることしかできなかった。
一方、デルタは憤慨の面持ちを浮かべていた。初めての敗北を受け、かつてない屈辱を感じていた。
自分が絶対的な存在だと信じて疑わなかった彼は、この敗北に憤りを感じていたのだ。
「バカな・・・オレが・・オレがやられるだとっ!」
虚空に響き渡るデルタの絶叫。それはHIMEを倒すことへの敵意の表れだった。
HIMEの敗北はその想い人の死を意味している。それはそのHIMEの絶望を導くことだった。
その悲痛と悲しみを心の糧にするため、デルタは再び行動を開始しようとしていた。
千草は風花邸に来ていた。そこで彼女は、真白と二三に自分のすることを告げた。
「そうですか・・あなたは、あなたのすべきことを見つけたのですね。」
真白が沈痛の面持ちで千草に問いかける。
「はい。私のこのHIMEの力は、お兄ちゃんに対する想いでできています。そしてこの戦いは、その想いを賭けた、その想いのためのものです。」
自分の胸に手を当てて、千草は決意を2人の使える。
「でも未だに信じられないです。私が負けたら、お兄ちゃんは、消えていく私の想いと運命をともにするんですよね・・・?」
「もしあなたが、堅さんを心から想っているなら・・」
覚悟を決めてたずねる千草に、真白は沈痛の面持ちで答える。
「あなたは想いで、運命が変えられると思いますか?」
今度は真白が千草に問いかける。千草は少し考えてから答える。
「自信はありません。でも、もしも運命を変えることと自分たちの幸せを守ることが同じだったら、私はそのために戦います。」
「千草さん・・・」
「・・心が壊れちゃったら、生きてることになりませんから・・・」
困惑を隠せない真白に、千草が満面の笑みを見せる。それは彼女が決意を内に秘めている証だった。
想いを賭けながら、それを守るために戦うHIME。千草は今、この戦いの局面を目の当たりにしていた。
運命と向かい合う覚悟と、運命に立ち向かう勇気。それらを今の彼女は兼ね備えていた。
彼女は小さく頷いてから、1人部屋を出た。
「彼女を信じましょう。あの2人なら、この運命を切り抜けられます。」
「真白様・・・」
彼女がいなくなったところで、真白が二三に微笑んで呟く。彼女の信頼を感じて、二三は紅茶の用意を始めた。
病院を出て街外れの公道にいた舞衣たち。なつきが自分のバイクにエンジンをかける。
「ところで、これからどうするの、なつきは?・・命も、碧ちゃんも・・・?」
舞衣がみんなにこれからのことをたずねる。デルタと戦うにしろ、他のことをするにしろ、とりあえずは確認を取りたかったのだ。
「お前はどうするつもりなんだ、舞衣?」
「私は・・・」
逆になつきに問いかけられ、舞衣が少し考える。しかしなつきが彼女の答えを待たずに口を開く。
「私は今までどおり、私の戦いをするだけだ。もしデルタ・シアーズが立ちふさがるなら、私はヤツと戦い倒す。」
「なつき・・・」
「だが堅と千草はデルタと戦おうとするだろう。自分たちのために、自分の幸せを守るために。私にもあの2人にも、今はやるべきことがある。そのために戦おうとしている。」
なつきの決意を聞いた舞衣。物悲しい笑みを見せて、小さく頷く。
「なつきは強いね。迷いがなくて。私なんか、今もどうしたらいいのか、正直よく分かんないんだよね・・」
巧海のために頑張ってきた彼女。そんな彼女にHIMEやオーファンといった戦いの運命が降りかかった。
望んで受け入れたわけではないことにも振り回され、彼女の葛藤はさらに強まっていた。
それでも、守りたい確かなものが存在している。それは巧海だけではない。
「お前にも、戦う目的があるはずだ。」
なつきが言いかけると、舞衣は安堵の笑みを浮かべる。そして彼女の肩に碧が手を当て、命も優しく微笑む。
「千草ちゃんを守ってあげよう、舞衣ちゃん。私も協力するから。」
「そうだっ!舞衣は笑っているほうがいい!舞衣が喜ぶと私も嬉しい!舞衣が悲しむと私も悲しい!うんっ!」
「碧ちゃん・・命・・・」
仲間たちに励まされ、舞衣は笑みをこぼした。
「ありがとう、みんな・・私にも、今は戦う理由がある・・・」
数々の思いを胸に秘めて、舞衣は決意を見せる。思いはそれぞれでも、力を合わせることができる。そのための仲間がそばにいる。
「ずい分とにぎわっているようだな、HIMEの方々。」
そのとき、鋭い声がかかり、舞衣たちが振り返る。その先には、不敵な笑みを浮かべているデルタの姿があった。
「デルタ・シアーズ・・」
なつきが低い声音で呟き、バイクを降りる。いつでもエレメントとチャイルドを呼び出せるよう、意識を集中する。
「場所を変えようか。そのほうがお前たちも遠慮がなくなるだろう。」
デルタの誘いに、舞衣たちは同意の意思を見せた。
千草をかばってデルタの攻撃を受け、瀕死の重傷を負った堅が、病院の病室のベットで眼を覚ました。おもむろに体を起こし、自分が置かれている状況を確かめる。
(そうか・・オレはデルタにやられて・・生きているのか・・・)
自分の安否と記憶を確かめながら、堅は左手の握力を確かめる。しかしデルタによって腕をやられているにも関わらず、左手を動かしても痛みや違和感を感じない。
(き、傷が治ってる!?・・氷の刃が刺さったのに、そんなに時間がたってないのに・・・)
早すぎる完治に困惑する堅。いたって健全な状態だった。
ベットから降りて部屋を出て、そのまま廊下を進んでいく。動いても左肩に違和感を感じない。
これがオーファンの記号によって強化された自然治癒力によるものだとは、彼は知る由もなかった。
しばらく廊下を進んでいくと、堅はとある病室の中に眼を留める。そこにはベットに入っている雪之と、彼女に言い寄っている遥の姿があった。
堅は2人の姿を眼にしながら、あえてこの場を離れることにする。
「不知火堅!」
しかし遥が彼に気付いて、病室から飛び出してくる。彼女の呼びかけに、堅が足を止めて振り返る。
遥は苛立った様子で堅を睨みつけていた。その理由を分かっていた堅は思いつめた面持ちを見せる。
オーファンの凶暴性と自分の殺意に駆られたため、彼は雪之を含めたHIMEたちを傷つけてしまった。遥が堅に怒号を表しているのは当然のことだった。
「堅さん・・・」
雪之がそわそわした面持ちで、部屋から顔だけをのぞかせて堅を見つめていた。
「アンタが雪之にしたことは、どうあっても許されないことよ。もう雪之には近づけさせない。指一本触れさせないから!」
堅から雪之を守るように、遥が右手をかざす。彼に敵意を示しながら、彼女は必死になっていた。
堅はひとつため息をもらしてから、改めて遥と雪之を見つめる。
「分かってる。オレが全部悪いんだ。アンタの言うとおり、オレはユッキーの親友でいる資格はない。」
「そんな、堅さん・・・!」
諦めの言葉をかける堅に、雪之が動揺を見せる。
「まぁ、何にしても、けじめぐらいは、ちゃんとつけないとな。」
ひとつ笑みを見せて、堅が遥と雪之に近づく。彼の言動に遥が身構える。
2人の眼前まで進んだところで、堅は足を止める。
「オレを殴れ。好きなだけ、気がすむまで殴れ!」
堅が覚悟を決めて言い放つ。その言葉に遥が困惑するが、すぐに気を落ち着けて彼を見据える。
「ではお言葉に甘えさせてもらいましょうか!」
彼の言葉を受けて、遥が彼の右頬を思い切り叩いた。
師匠に殴り飛ばされた堅が顔を上げる。その視線の先には、鋭い眼つきで見下ろしてくる師匠の姿があった。
「堅、お前にはまだ、心の弱さが満ちている。ここでは迷ってはいけないのだ。」
「師匠・・」
鋭い師匠の言葉が、堅の胸に突き刺さってくる。
「私もお前も人間だ。時に迷い、時に悩むことがある。だが、迷ってはいけないときに迷うことは、人として恥じることなのだ。」
「迷ってはいけないとき・・・」
「人はこの一生の中で必ず、持てる全てを賭けて挑む戦いに直面する。苦渋の選択、運命、不条理な出来事が容赦なく降りかかってくる。だが、いずれも強い意思を秘めていれば、切り抜けられぬものはない。」
師匠の言葉が、ひしひしと堅に伝わってくる。
「強い心を持て、堅。剣術にも柔術にも、あらゆる武術で心・技・体の志が存在する。お前はこの修行で強き体と、それによって振るう技を得る。」
師匠が振り返り、堅に背を向ける。
「だが、いかに私がよき師範だとしても、人の心までは完全に強くすることはできない。己自身で切り抜けるべきことだからな。だから堅、強き心を持て。そして揺るぎない信念を抱け。」
そう言い放って師匠は道場に戻っていった。その教えを受けて、堅は胸に手を当てた。
自分のすべきことに直面したとき、決して迷ってはならない。師匠の教えを深く心に刻みつけ、堅は強く生きていくことを決意するのだった。
遥に思い切り頬を叩かれた堅。その勢いで、彼はうつ伏せに倒れる。
力なく立ち上がり、鋭く遥を見据える堅。そこへ彼女がさらに叩いてくる。
その光景が見るに耐えなくなった雪之が、思わず口を手で塞ぎそうになる。周囲の人々もその騒然に注目し出す。
「そんなもんなのかよ・・・効かないな、全然!」
呼吸を荒げる堅が強がりを言い放つ。それが遥の憤りを逆撫でする。
激情をあらわにした彼女が突っ込み、頭突きを見舞う。額に強い衝撃を受けて、堅がしりもちをつく。
「アタタタ・・何て頭突きだ・・・さすがに効いたぁ・・・」
堅が赤くなった額に手を押さえて、ゆっくりと立ち上がる堅。遥も必死になったために、息が荒くなっていた。
「もうやめて!堅さん、遥ちゃん!」
そのとき、たまらず雪之が叫び、堅と遥が彼女に振り向く。
「そんなことをしたって、辛くなるだけだよ!私のために、これ以上争わないで!」
「雪之・・・」
「ユッキー・・・」
涙ながらに言い放つ雪之に、遥と堅が動揺を浮かべる。メガネを外し涙を拭う彼女に、遥がポケットからハンカチを取り出して手渡す。
「しっかりしなさい、雪之。こんなところで泣いてちゃダメでしょ。」
「ありがとう・・ゴメンね、遥ちゃん・・・」
少し呆れた面持ちを見せる遥に、雪之は笑顔を浮かべる。
「悪かったよ、ユッキー。けど、これはけじめなんだ。オレにとっても、遥にとっても。」
「おだまり!勝手な言い分で自分を肯定しないでちょうだい!アンタのしたことは、その程度で消えるほど甘いものではないのよ。」
謝罪する堅に、遥がなおも言いかかる。真剣な眼差しを向ける2人に、雪之も動揺を隠せなかった。
「これで少しは気が楽になったかな。さて、そろそろ出かけるとしますか。」
開き直りとも思えるような気さくな態度を見せて、堅が歩き出す。
「どこに行くの、堅さん・・?」
「雪之・・!」
問いかける雪之。彼女を呼び止める遥。
堅はひとまず足を止めて、2人に笑みを見せる。
「ちょっとやらなくちゃいけないことがあるんだ。どうしても・・・!」
徐々に声音を鋭くして、堅は前を向き、再び歩き出す。雪之が困惑の面持ちで、遥が腑に落ちない面持ちで彼を見送る。
デルタとの決着を付けるため、彼もまた決戦に身を投じようとしていた。
お兄ちゃんは歩く。
いろいろな思いを抱えて、戦うことを選んだのです。
こんなことをしても、貴典さんや結衣さん、みんなが喜んだりはしない。
それはお兄ちゃん自身も分かっていました。
それでも、戦わなくちゃいけない。
それも覚悟しなくちゃいけないことも分かってました。
このときの私と同じように、お兄ちゃんは決意して、戦う道を選んだのです。
次回
「あなたを倒します、デルタ・シアーズ・・」
「それがHIMEの運命なんだよ。」
「運命の一言で身勝手を肯定するな!」
「諦めるわけにはいかない・・・!」
「私は負けない・・運命にも、あなたにも、私自身にも!」