舞HIME –another elements- 第21話「珠洲城遥」

 

 

 あの人はとても苦しんでいました。

 自分の中にある憎しみに振り回されて、周りにいる人たちを傷つけてしまっていました。

 でもその憎しみを、あの人は自分でもどうにもならなかったのです。

 やめさせてあげたい。呼びかけて励ましてあげたい。

 でも、私の声はあの人に届きませんでした。

 

「今、何て・・・!?」

 堅が発した言葉に、舞衣が驚愕する。彼は自分の命を絶ってほしいと言い出したのだ。

「何で・・・何で堅くんを・・・!?」

 信じられない面持ちで、舞衣が堅に叫ぶ。堅は歯がゆさを感じながら、うめくように語りかける。

「落ち着いて聞いてくれ・・・オレの体の中には、オーファンの記号が埋め込まれているんだ。」

「えっ・・!?」

 堅の告白に、舞衣が再び驚きの声を上げる。

「オレがオーファンやチャイルドと戦えたのは、オーファンの記号のおかげらしい。けどオーファンの凶暴性がオレの中の憎しみに反応して、暴走を引き起こしてる。このままじゃ、オレは自分の憎しみに操られて、どうすることもできなくなり、みんなを傷つけてしまう。」

 再び自分の胸を押さえて言い放つ堅。舞衣は完全に動揺してしまい、後ずさりしそうになったところを何とか踏みとどまった。

「だから、オレを早く殺してくれ。でないとオレは、見境なくみんなを・・・!」

 舞衣に必死に頼み込む堅。しかし彼女はそれを受け入れることができなかった。

「ダメ・・できない・・・そんなことをしたら、千草ちゃんが悲しむよ!」

 堅の頼みを拒む舞衣の眼には涙があふれていた。それでも堅は彼女の願いを聞き入れるわけにはいかなかった。

「今のうちにやらないと!オレが自分の憎しみを抑えられるうちに!でないとみんなを傷つけることになる!舞衣ちゃんも、なっちゃんも、たっくんも!」

 この言葉に舞衣は巧海のことを思い返す。彼女は弟である彼のために今まで頑張ってきた。

 もしも堅の憎悪が暴走すれば、彼もその手にかけられるかもしれない。彼女にとってそれは避けたい事態だった。

 舞衣は意識を集中して、カグツチを呼び出そうとする。炎の竜の力なら、戦意を失っている堅を焼き尽くすことは造作もないことだった。しかし彼女はチャイルドを呼び出すことをためらっていた。

「ダメッ!やっぱりできない!堅くんを殺すなんてムリだよ!」

「舞衣ちゃん・・・!」

 躊躇を表す舞衣に、堅が声を荒げる。

「あなたはオーファンじゃない!人間だよ!たとえ体はオーファンでも、優しさも心も持ってるから!あなたは人間だから、私にはムリだよ・・・!」

 沈痛の思いを抱える舞衣が、カグツチを呼び出すことをやめる。戦意を喪失し、エレメントの腕輪も消える。

「舞衣!」

「お兄ちゃん!」

 そのとき、命と千草の声が響いてくる。妹の声を耳にして、堅が再び顔を歪めてうめく。

 落ちぶれた兄の姿を見せまいと、彼はきびすを返して、広場から駆け出した。

「堅くん!」

 舞衣の呼びかけは堅には届いていない。追ってきたなつきたちが来たときには、既に彼の姿は見えなくなっていた。

 そんな彼らのやり取りを、デルタは影から見届けていた。

 

「フッ、こんな展開に進んでいくとはな。だが、これもオレの考えていた推測のうちにすぎないがな。」

 廃墟にいたデルタが、事の成り行きから笑みをこぼしていた。その傍らには、アリッサと深優の姿もあった。

「でもこのまま放置しておいていいのでしょうか?不知火堅はあなたと同じようにオーファンの力を宿している。また、鴇羽舞衣さんの力も、HIMEの中でも飛び抜けている。この2人は、私たちに敵対する勢力の中でも脅威といえます。」

 アリッサが推測を語ると、デルタは不敵な笑みを彼女たちに向ける。

「確かにあの2人は高度なポテンシャルを備えている。いくらオレでも、2人が徒党を組めば勝機は減少するだろう。ならその2人が敵対し、一方が消えればどうなるか。」

「なるほど。同士討ちというわけですか。」

「今、堅は自分を呪い、死を望んでいる。彼が消えたところで、オレが舞衣HIMEにとどめを刺してやる。」

 右手に黒い炎を灯して、デルタが不敵に笑う。彼の目論みどおりに事は進んでいた。

 

「なるほど。アイツの体にはオーファンが宿っていたのか・・」

 舞衣の話を聞いたなつきが小さく頷く。

 ひとまず女子寮の舞衣と命の部屋に来ていた彼女たち。外は既に日が落ちて薄暗い夜になっていた。依然として堅の行方は分かっていない。

「自分が憎しみに操られて、誰かを傷つける前に、私に殺してくれって言ってきたの。でも、私にはできなかった・・」

 沈痛の面持ちで語る舞衣に、命も困惑を浮かべていた。その中で、最も堅を心配していた千草の心は重く沈んでいた。

「千草、そんな顔をするな。千草が悲しむと、私も悲しい。」

 命がたまらず千草を励ます。しかし千草の悲しみは消えない。

 堅は千草を避けていた。その行為がさらに彼女の心を痛めていた。

 そんな彼女の心境を悟りながら、なつきは唐突に立ち上がる。

「なつき?」

 舞衣が疑問符を浮かべて彼女を見上げる。

「アイツがどこにいるか、もう少し見てくる。あのバカ、このままじゃどこかで倒れるぞ。」

 そういってなつきは部屋を出た。彼女も堅が気がかりだった。

 千草は途方に暮れていた。堅に襲われた雪之は意識を失っている今、ダイアナの力を頼ることはできない。彼の捜索の手立てを失い、どうすることもできないでいた。

 

 その頃、楯は病院にいた。足の怪我を診てもらっていたのだ。

 今回の診察を終えて病院を出ようと廊下を歩いていると、彼の横目に遥と雪之の姿が飛び込んできた。雪之はベットで眠っていた。

「あっ、珠洲城先輩・・?」

 足を止めて声をかける楯に、思いつめた面持ちを見せていた遥が振り向く。

「祐一さん・・・」

 呟くように声をもらす遥。彼女の様子と眠っている雪之を見て、楯はただならぬ様子を感じていた。

「先輩、これはいったい・・?」

 楯の問いかけに、遥は真剣な眼差しで答える。

「襲われたのよ、アイツに・・不知火堅に・・!」

「えっ!?あの不知火に!?」

 うめく遥に驚く楯。

「えぇ!どういうつもりかは知らないけど、いきなり雪之をこんな目にあわせたのよ。見つけたらタダじゃおかないから。」

 苛立ちを隠せない遥。しかし楯には彼女の言葉が信じられなかった。

(そんな・・・アイツが、菊川を襲ったって言うのか・・・!?)

 困惑と重い空気に包まれる病室。楯がふと外に眼を向けると、雨が降り出していた。

「雨か・・・」

 降りしきる雨を見つめて、楯は困惑を感じていた。

 

 女子寮の自分の部屋に戻った千草は、携帯電話をひたすらかけていた。相手は兄の堅である。

 彼女は何度も電話をかけていたが、彼からの連絡はない。それでも話がしたくて、彼女はひたすら電話をかけ続けていた。

(お兄ちゃん・・・お願いだから出て・・・)

 切実な想いを胸に秘めて、千草はさらに電話をかけた。

 

 大きな木に背を預け、堅は座り込んでいた。降り注ぐ雨に打たれている彼は、千草からの電話に気付いていた。

 彼女からの電話は、日が落ちてから何度もかかってきていた。それを拒んできた堅だったが、ついに電話に出た。

“お兄ちゃん、お願い!どうしても話がしたいの!もう1度戻ってきて!”

 千草の必死の思いを込めた声が、堅の耳に響いてくる。しかし堅の気持ちは変わらない。

「千草・・もう電話するな・・・オレはもう、オレじゃない・・アニキでも、人間でもない・・・」

 そういって堅は電話を切った。千草の悲痛の呼びかけを耳にしながら。

 その後、堅はいつも首から下げている2つのロケットを取り出した。ひとつには堅と千草、もうひとつには貴典と結衣の写真が入っていた。4人で撮った最初で最後の写真をコピーしたものを切り抜いて収めたのである。

 彼は4人の思い出を思い返していた。辛いことや楽しいことを、この4人で過ごしてきた。

 しかしその日々は戻らない。そして自分も、その思い出の中にも戻れない。

 大切な記憶を心の奥に押し込んで、堅はロケットのふたを閉じた。

 そして彼は携帯電話を取り出した。

 

 外に出ると言ったものの、降りしきる雨のため、なつきは寮の出入り口で足止めを余儀なくされていた。

 堅はどうしているのだろうか。千草は彼をどんなふうに心配しているのだろうか。

 そんなことを考えながら、なつきは雨が弱まるのを待つ。しばらく待っていると、1人の女子が駆け込んできた。

 紅い髪の中等部の生徒、結城奈緒である。

「アンタ・・」

「お前・・」

 互いが眼を合わせたところで、眉をひそめるなつきと奈緒。しばらくしたところで、ほぼ同時に不敵な笑みを浮かべる。

「まさかアンタがこんなところで雨宿りなんてねぇ。」

「さすがの夜行性女も、雨には勝てないようだな。」

 互いに愚痴をぶつけ合うなつきと奈緒。

「全く。雨には降られるわ、アンタには会うわ、アイツにはまたやられるわ。ホント、サイテーだわ。」

 奈緒が頭に手を当てて、呆れるような仕草をする。

「イライラしてくるのよねぇ。アンタでストレス解消させてよ。」

「ほう?だったらそろそろ決着をつけようじゃないか。」

 再び互いに不敵な笑みを浮かべ、臨戦態勢に入るなつきと奈緒。

 そのとき、携帯電話のベルが鳴り響き、2人が確認する。鳴っていたのはなつきの携帯電話だった。

 相手は不知火堅。

「おい、お前、どこにいるつもりだ!?」

 なつきが声を荒げる。奈緒も眉をひそめながら、彼女たちの話に耳を傾ける。

“なっちゃん、アンタに頼みたいことがあるんだけど・・”

「お前の頼みは聞かん。すぐに千草のところに帰れ。見ていられないぞ。」

 弱々しく語りかける堅に、憮然とした態度で言うなつき。すると堅が笑みをこぼしてくる。

“聞く気がないなら、独り言だと思って聞き流してくれ・・”

 あくまで言おうとする彼に、彼女はため息をもらして耳を傾ける。

“頼みたいことは2つある。1つは、千草のことを守ってくれってことだ。”

 淡々となつきに告げる堅。なつきは顔色を変えずに聞く。

“もう1つは・・オレを殺してほしいってことだ。”

 2つ目の頼みごとを耳にして、なつきは息をのんだ。それを悟っているのか、堅はさらに続ける。

“舞衣ちゃんから話は聞いてると思うけど、オレの体にはオーファンの記号が埋め込まれている。その凶暴性のせいで、オレは力を抑えることができない。みんなを傷つけてしまう前に、アンタの手でオレを殺してくれ・・”

 そう告げて堅は電話を切った。降りしきる雨の音だけが、彼の耳に響いていた。

 

 堅の頼みごとを耳にしたなつきは困惑を隠せなかった。しかし奈緒は彼女に不敵な笑みを見せてきた。

「聞いたわ。アイツからの電話・・丁度いいじゃない。いい加減ウザいと思ってたからね。今度こそやってやるわ。」

 奈緒が右手の指を動かしながら、さらに笑みを強める。

「けど勘違いしないでくれない?アンタの仲間になるってわけじゃないから。」

「それはこっちのセリフだ。目的が同じなだけ。一時的に手を組むだけの話だ。」

 言い寄ってくる奈緒に、なつきは憮然とした態度で答える。しかしなつきは困惑を隠せないまま、携帯電話をしまった。

 

 失踪した堅を気に留めながら、舞衣、命、千草はいつもどおりに通学していた。しかし兄のことが心配でたまらず、千草は勉強に集中できなかった。

 そんな彼女を心配そうに見ていた巧海。放課後の学園正門で、そのことを舞衣に話すと、彼は堅が行方不明であることを聞かされた。

「そうか・・堅さんが・・だから千草ちゃん、ずっと悲しい顔をしてたんだね。」

 物悲しい笑みを浮かべる巧海。

(どこにいるのかな・・・晶くんなら、うまく探して見つけてくれるかもしれないけど・・・)

 「秘密の忍者」である晶への信頼を、巧海は胸に秘めていた。

「ところで、千草ちゃんはどうしてるの?」

「それが、ホームルームが終わった途端にそのまま帰っちゃったんだ。元気がないままだった・・・」

 舞衣の問いかけに、浮かない顔を見せて答える。

「もしかしたら、堅さんを探しに行ったんじゃ・・」

 呟いた巧海の言葉に、舞衣は一抹の不安を感じる。

「あっ!お姉ちゃん!」

 彼の呼びかけを聞かずに、彼女は学園に戻っていった。

 

 木陰で横たわっていた堅は、いつしか眠ってしまっていた。眼を覚ましたときには、既に日が傾きかけていた。

 その先には1人の人影があった。眼を凝らすと、その人物の姿がはっきりとしてくる。

 黄緑の制服、左腕には腕章をつけていた。珠洲城遥である。

「こんなところにいたんですね、不知火堅さん。ずい分と探したわ。」

 遥が高飛車な口調で言い放ち、堅を見下ろす。薄らいでいる意識を覚醒しながら、堅は重い体を起こしてゆっくりと立ち上がる。

「雪之を傷つけたのはアンタね?」

 浮かび上がっていた不敵な笑みが消え、苛立ちをあらわにする遥。

「アンタのしたことは、絶対に許されないことよ!この珠洲城遥が、アンタに制裁を下すわ!」

 鋭く言い放つ遥。しかし堅はため息をひとつついて、彼女に背を向けた。

「ユッキーを傷つけたオレが許せないのは分かる。けど、アンタじゃオレは倒せないし止められない。」

「勝手を言ってくれるわね!私を見くびってるの!?」

 淡々と告げる堅に、遥はさらに憤慨する。

「あんまりオレを刺激しないでくれ・・火傷程度じゃすまないぞ。」

「ふざけないで!」

 いきり立った遥が、立ち去ろうとする堅に向かって走り込み、飛び蹴りを見舞う。しかし堅はこれを身を翻してかわす。

「やめとけって言っただろ。」

 鋭く言い放つ堅。振り向きかけた遥の眼に、瞳を紅くする彼の顔が映る。

 狂気に駆られた堅が波動の力を解き放つ。とっさに回避しようとする遥だが、その衝撃を受けて吹き飛ばされる。

 地面に伏せる遥を、堅は鋭く見下ろす。彼女はうめきながら、傷ついた体に鞭を入れる。

「アンタじゃ力不足だ。オレを倒せはしない。」

「フフフ・・ずい分と言ってくれるじゃないの・・・」

 低い声音で言い放つ堅に、遥が笑いを浮かべながら立ち上がる。

「私はアンタみたいに弱い人間じゃない・・私は珠洲城遥・・私は正しい・・私は負けない・・・雪之のためにも・・この学園の規律と未来のためにも・・・私は、アンタには負けないのよ!」

 笑みを崩さずに、傷つきながらも前に進む遥。そして前のめりに倒れるように、彼女は頭突きを見舞った。

 彼女の決死の攻撃を受けた堅が、顔を歪めて苦悶の表情を浮かべる。しかしそれは彼女の頭突きによる痛みではなかった。

 雪之に対する友情が、殺意に囚われている彼に歯止めをかけていた。優しい心と憎悪が葛藤し、激しい苦痛を与えていた。

「堅!」

 そこへライダースーツ姿のなつきが駆け込んできた。彼女に気付いた堅は、たまらずその場から離れる。

 とっさに状況を把握しようとするなつき。

「く、玖我なつき・・・」

 彼女の姿に視線を向けた遥が、脱力してその場に倒れる。

「珠洲城・・・!」

 彼女に駆け寄ろうとしてそれをやめるなつき。きびすを返して、堅を追いかけていった。

 

 なつきから逃走を図った堅。林の中をかけていた彼の眼前に、鋭い何かが通り過ぎる。

 足を止めて振り返った彼の眼に、赤髪の女子の姿が映る。

「結城奈緒・・・」

 呟いた彼の前で、奈緒が不敵な笑みを浮かべている。両手にはエレメントの爪が装備されていて、背後にはジュリアが立ちはだかっていた。

「アンタ、死にたいんだって?」

 爪を動かしながら、奈緒が言い放つ。そこへ堅を追いかけてきたなつきが到着する。

「奈緒・・なっちゃん・・・なるほど。この2人、オレを倒すために手を組んだのか・・」

 敵意を見せる2人のHIMEの行動を察した堅。湧き上がってくる殺意を必死に抑えながら。

「私は舞衣のように甘くはない。」

 なつきがエレメントの銃を出現し、銃口を堅に向ける。奈緒も既に臨戦態勢を取っていた。

「望みどおりにしてやる!」

 2人の声が重なった。殺意に囚われ始める堅に、なつきと奈緒が飛びかかった。

 

 授業を終えてから、堅の行方を単独で探し求めていた千草。そんな彼女が、突然林のほうから轟いた轟音に気付いた。

「もしかして、お兄ちゃん!?」

 千草は林に向かって駆け出す。その途中、彼女の前に異様な姿かたちをした怪物が現れる。

「オーファン・・・邪魔しないで!」

 千草はいきり立って、とっさに短刀とペガサスを呼び出す。ペガサスは頭部のある黄金の角を怪物に向ける。

「ペガサス・ゴールデンスマッシュ!」

 千草が叫び、ペガサスが光り輝く角から一条の矢を放つ。矢は怪物の頭部に突き刺さり、一気に貫通する。そして絶叫を上げながら、怪物は絶命して霧散する。

 オーファンを倒した千草だが、その勝利に浸らず、ペガサスに乗ってさらに林を突き進んでいった。

(お兄ちゃん、無事でいて!)

 彼女を突き動かしていたのは、兄に対する想いだった。しかしその想いが彼に死の恐怖を植えつけていたことを、彼女は知る由もなかった。

 

 なつきのデュラン、奈緒のジュリアの猛攻に、堅は防戦一方だった。しかしこの展開は彼の望んでいることだった。

 死を望んでいた彼はあえて攻めようとせず、ひたすら彼女たちの攻撃を受け続けていた。

 デュランの突進を受けて大木に叩きつけられ、そこでジュリアの粘液に襲われる。束縛され、身動きが取れなくなる。

 彼の力なら、糸状になって巻きついている粘液を振り払うことは可能だった。しかし攻め気を失っている彼にそれはできなかった。

 戦意を喪失している彼の前に、デュランが立ちはだかって背の銃身を向ける。

「とどめは任せるけど、外すんじゃないよ。」

「貴様に言われるまでもない・・デュラン!ロードシルバーカートリッジ!」

 奈緒の言葉を聞き流しながら、デュランに号令を送る。デュランの銃身に、水晶の刃を込めた弾丸が装てんされる。

「覚悟はいいな、堅?」

 鋭い視線を向けるなつき。堅は彼女の言葉に答えず、張り付けられているように束縛されたまま動かない。

「ってぇ!・・んっ!?」

 なつきが発射を命じた瞬間、デュランが横から強い衝撃を受ける。その衝動で体勢を崩され、発射された水晶の弾丸が、標的である堅を外す。

「なっ!?」

 なつきと奈緒が虚を突かれる。デュランに突進してきたのは、千草のチャイルド、ペガサスだった。

(千草!)

 千草が駆けつけたのに気付いたなつきは、とっさにエレメントの銃を堅に向ける。しかし飛びかかってきた千草に阻まれる。

「ダメッ!やめて、なつきさん!」

「は、放せ、千草!」

 悲痛の叫びを上げながらなつきを押さえる千草。必死に振り払おうとするなつき。

 妹の乱入で、堅へのとどめが阻まれたのだった。

 

 

次回

第22話「鴇羽巧海」

 

「たっくんはオレが預かった。」

「お兄ちゃんは絶対に死なせません!」

「あのバカ、揃いも揃って!」

「千草ちゃんのためにも、そばにいてあげなくちゃ!」

「舞衣ちゃんは、たっくんの最高の姉ちゃんさ。」

 

 

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