舞HIME –another elements- 第19話「デルタ・シアーズ」

 

 

 1人、森をさまよっていた堅。驚愕の光景を目の当たりにしたため、精神的に追い詰められた彼の意識はもうろうとしていた。

 やがて意識が遠のき、彼は倒れた。その眼前には、不敵な笑みを見せるデルタの姿があった。

 

 一方、堅を追って千草や舞衣たちは学園内を駆け回っていた。しかし堅が行きそうな場所を探し回っても、彼の行方を発見することはできなかった。

 仕方なく彼女たちはひとまず、風花邸の花園に集まることにした。

「お兄ちゃん、いったいどこに行っちゃったの・・・」

 千草が沈痛の面持ちを見せる。それを見て、舞衣たちも困惑を隠せなかった。

「いったい、どこに行ったんだ、あのバカは。」

 なつきがムッとしながら愚痴をこぼす。しかし彼女なりに心配していると分かっているので、千草は反論しなかった。

「お兄ちゃんに何かあったんです。だから・・・助けなきゃ、お兄ちゃんを・・!」

 千草はたまりかねて、再び歩き出した。しかし外ではなく、風花邸の正面玄関に向かって。ノックもせずにドアを開けると、そこには二三の姿があった。

「ノックもしないで入るのは、あまり感心しませんね。」

「あ、すいません・・」

 笑顔で注意する二三に、千草が小さく笑みを見せながら謝る。邸宅の中に消えていく彼女たちを見送ってから、舞衣も後に続いた。しかしなつきと命はその場に残ることにした。

 

 堅は暗闇の中を1人駆けていた。

 何もない暗闇の世界を、ひたすらに走り抜けていた。

 しかしいくら進んでも行き着く先は何もない。闇だけが広がっていた。

 徐々に不安になり始めた堅の眼に、千草の姿が飛び込んでくる。

「千草・・!」

 堅は困惑を拭えないまま、千草に近づいていく。

 そのとき、堅はその上空で、燃え尽きるペガサスを目の当たりにする。

「なっ・・!?」

 堅は驚愕を覚えた。ペガサスに起こっていたのは、チャイルド、HIMEの想いの死だった。

 愕然となる彼の前で、ペガサスが破裂するように消えていく。

 絶望感に駆られた堅が、おもむろに自分の両手を見つめた。その両手が光の粒子になって霧散していく。

 一気に恐怖が押し寄せ、彼は深い闇を感じていく。そして意識を失う直前、彼は自分の体が霧散していくような感覚を覚えていた。

 

 意識を取り戻した堅は、恐怖心から荒い呼吸をする。そして彼は自分が手足を拘束されていることに気付く。

 落ち着こうとしながら、彼は周囲を見渡した。見覚えのない薄暗い部屋だった。

「ようやく眼が覚めたようだな。」

 そこへ声がかかり、堅がそこへ視線を向ける。そこには不敵な笑みを浮かべて見つめてきているデルタの姿があった。

「アンタ、これはどういうつもりだ!」

 憤慨した堅が、デルタに向かって叫ぶ。デルタは不敵な笑みを崩さない。

「お前が突然倒れてきたのでな。暴れられでもしたら困るので、とりあえずこうさせてもらったがな。」

「ふざけるな!こんなもの、オレの波動で・・!」

 波動の力を使おうとして、堅はそれをやめる。

「そうだ・・あのとき、ペガサスを助けるために、力を全て使い果たしちまったんだ・・・!」

 思い返した堅がうめく。波動の俊足を使用してからそれほど時間は経過していない。

「それに、たとえ力が使える状態にあったとしても、お前は力を使えない。」

「何っ!?」

「この張り付け台には、力の増強を感知すると電流を流すように設計してある。集中力を拡散されて、うまく力を使えない。」

 そこへデルタが堅に言い放つ。堅はデルタによって捕らえられてしまっているのだ。

「いったいどういうつもりだ!オレを捕まえて何を考えようっていうんだ!」

 堅が問いつめてくると、デルタは彼に近づいてくる。

「そういきり立つな。お前を救ってやろうというんだ。」

「何だと・・!?」

 デルタの目論みが分からず、堅が言葉に詰まる。するとデルタが話を続ける。

「お前は見たはずだ。お前の体が消えかかるのを。」

「何・・!?」

 この言葉に堅が驚愕をあらわにする。

「お前は今、HIMEの想いの対象となっているんだ。そう、お前の妹、不知火千草のチャイルドは、お前への想いの移し身となっている。」

「千草が・・ペガサスが・・・」

「そう。もしもペガサスが破壊されれば、お前も消滅することになる。お前の親友のようにな。」

 あざけるように言い放つデルタに、堅はさらなる憤怒をあらわにする。

「勝手を言うな!貴典と結衣さんを死に追い詰めたのはアンタだろうが!」

「クフフフ、確かにお前の親友を殺めたのはオレだ。それを改めることはないし、お前がオレを恨むのは当然だ。だがオレを恨めば、お前自身も恨むことになる。」

「次から次へと勝手なことを!」

「教えてやる。お前とオレは、言わば兄弟のようなものだ。」

 デルタのこの言葉に堅が愕然となる。彼の疑いの眼差しを受けながら、デルタは彼に背を向ける。

「オレはHIMEを滅ぼすため、シアーズ財団の技術によって生み出された存在だ。人工オーファンの記号を埋め込まれ、オーファンやチャイルドをも凌駕する力を得た。」

「それがどうした!アンタがオレの敵であることに変わりはない!」

「だが、オレがその第一号というわけではない。オーファンと人間の融合と共有は、以前にも行われていた。」

 デルタ再び振り返り、堅に不敵な笑みを送る。

「不知火堅、それがお前であり、森貴典だ。」

 この言葉の意味がはじめは分からず呆然となっていたが、堅は次第に憤りを感じ出す。

「どこまでふざけている気だ!オレが・・オレがオーファンだなどと!」

「信じたくないだろうが、これは事実だ。お前はガイア、貴典はオウガとして、オーファンの記号を埋め込まれた。お前がオーファンやチャイルドと戦えたのは、波動の力ではない。」

「何・・・!?」

「オーファンの中には、物理的に接触することが可能なのもいるが、基本的に普通の人間の力では接触は不可。波動の力も例外ではない。にも関わらずお前が戦えたのは、お前の中のオーファンの記号が順応していたからだ。お前はオレやオーファンに対する憎しみに駆られることがあるだろう?その憎悪が歯止めの利かない力となったのは、オーファンの記号の順応の何よりの証拠だ。」

 デルタの告げる真実に、堅は絶望感に襲われていた。憤りは消えなかったが、反論できないでいた。

「オーファンの凶暴性がお前の殺意と交じり合って、お前は強大な力を解放している。しかし感情に流されている状態での発動のため、お前自身でも制御することができないでいる。ということだ。」

「つまり、オレとアンタは同じ境遇の仲だから、アンタに協力しろとでも・・・ふざけるな!アンタなんかに・・!」

「仮にそれを除いたとしても、お前はこれから、HIMEを倒さなければならなくなる。」

「何だとっ!?」

 驚愕と憤慨をあらわにする堅に対し、デルタは薄暗かった部屋の窓のカーテンを開けた。まばゆい光が差し込んで堅が眼を伏せるが、再び開いた瞳に、日が沈みかけている空が飛び込んでくる。

「媛星・・HIMEにしか見えない紅い星・・だが、あれは決して希望の星などではない。世界を滅ぼす赤色巨星だ。」

「そんな・・媛星が・・・!?」

「媛星が月との蝕に入り、この星に激突すれば、世界は滅びる。この最悪の事態を止めるには、世界にいるHIMEたちの中から1人を決定し、他のチャイルドを滅ぼすしかない。」

「バカな・・・HIMEを滅ぼして、最後の1人を決定するだと・・・!?」

 デルタから語られる真実が、次々と堅に驚愕を与えていく。

「妹のチャイルド、あるいは妹自身が何らかの形で死んだとき、その想いの矛先であるお前は消滅することになる。」

「アンタ・・・!」

「お前がオレを恨もうというならそれでいい。お前がオーファンであることを認めないというならそれでもいい。だが、お前の妹、不知火千草以外の全てのHIMEを滅ぼすこと。それ以外にお前に生き残れる術はない。」

 精神的に追い詰めていくデルタの言葉。絶望の中に堕ちた堅は、再び意識が遠のいていた。

 

 風花邸にて、千草は真白に事態を説明した。デルタの出現、兄の消息など、知りうることの全てを伝えた。

「そうですか・・・デルタ・シアーズ・・彼の力はHIMEにとって恐ろしい脅威でしょう・・・」

 沈痛の面持ちを見せる間白。千草も舞衣も思いつめた顔を見せる。

「まずは堅さんを見つけるのが先決です。デルタと戦うなら、多大な戦力が必要になるでしょう。」

「はい。お兄ちゃんはとっても強いですから・・でも、何かイヤな予感がするんです。」

 千草は自分の胸に手を当てて、不安を打ち明ける。そして腰かけていた椅子から立ち上がり、部屋を出ようとする。

「私、また探してみます。誰か、見てるかもしれませんし。」

 真白、二三、舞衣に振り返った千草の顔には、笑みが浮かんでいた。

 千草には当てがあった。特定の人物の位置を捜索するにうってつけの人に心当たりがあったのだ。

 それをあえて舞衣たちに告げず、千草は部屋を出て行った。

 

 デルタから逃れた雪之は、遥の指示が未だに続いている執行部室に戻っていた。

「もう、不審者は未だに見つかりもしない。いったい、どこに行ってしまったっていうの。それにしてもあのぶぶづけ女、こんな事態に何をしてるのかしら?」

 遥の焦りは、いつしか生徒会長の静留への愚痴へと変わっていた。困った顔をするものの、雪之はこれを聞き流していた。

 そんな中で、雪之はデルタや堅、千草のことを思い返していた。驚異的な力を見せ付けていたデルタ。自分と同じHIMEだった千草。そして堅と千草の安否。気がかりなことがあった。

「何はともあれ、まだまだ情報が必要なことは確かね。どんな些細なことでもいいからね、雪之。って、聞いてるの?」

「えっ?・・うん、聞いてる。」

 考え込んでいたところを遥がたずね、雪之が一瞬きょとんとしたがすぐに頷いた。遥は彼女の様子を気に留めていないようだった。

「小さなところからコツコツやるのが調査の鉄則よ。善は回れってね。」

「善は急げ、急がば回れ、だよ。」

 遥の言葉の誤りを小さくツッコミを入れる雪之。

 そのとき、部室のドアをノックする音が響いた。

「もう、またあの不知火堅かしら?」

 遥が少しムッとした面持ちでドアを開ける。しかしそこにいたのは堅ではなく千草だった。

「あ、あなたは・・?」

「千草ちゃん!」

 遥が眉をひそめたところで、雪之が声を荒げる。

「雪之さん、ちょっとお話があるんですが・・」

「えっ?」

「ん?」

 千草の呼びかけに雪之が生返事をして、遥が疑問符を浮かべた。

 

 千草に呼ばれた雪之は、中央棟裏に来ていた。

「雪之さん、無事だったんですね。あなたもHIMEだっていうのも驚いちゃいましたけど。」

 雪之の無事に照れ笑いで喜びを表す千草。堅から雪之のことは聞かされていたが、HIMEだということまでは聞かされていなかった。

「千草ちゃんも無事でよかったです。でも、堅さんは・・?」

 雪之がたずねると、千草が沈痛の面持ちに変わる。

「それが、あの後別れてしまって、どこにいるかも分からないんです。だから、他のHIMEの力を借りたいと思ってるんです。円盤生物事件のとき、お兄ちゃんにその場所を教えてくれた、ダイアナっていうHIMEを。」

 千草の心当たりは、円盤生物の居場所を突き止めたHIMEだった。そのHIMEなら、兄の居場所を探し出せると考えたのだ。

「ダイアナは、私のチャイルドだよ。」

「えっ?」

 雪之の告白に千草が驚く。それを証明しようと、また堅を探すべく、雪之は両腕を組んで意識を集中する。

「ダイアナ。」

 彼女の足元の地中に、ダイアナが出現し触手を展開する。同時に彼女の周囲に、エレメントの鏡も出現する。

 ダイアナが胞子を拡散させて、学園じゅうの情報を汲み取っていく。その映像が鏡に映し出される。

 千草は真剣な面持ちで捜索を行っている雪之を見つめていた。彼女は友情を大事にし、堅の無二の親友となってくれた。だから必ず助けになってくれると信じていた。

 やがて雪之の視線が止まる。鏡の1枚に堅の姿が映し出された。

「いた!」

「えっ!?」

「正門の辺り。学園から外に行こうとしてる。」

 汲み取った情報を千草に伝える雪之。堅は夢遊病者のような足取りで、学園から出ようとしていた。

「追いかけます!ありがとうございます、雪之さん!」

「このまま堅さんの行方を追いかけますので。」

 千草と雪之が同時に頷く。千草は堅を追いかけて走り出した。

 

 ノックもせずに生徒会室に入ってくるなつき。生徒会室には、窓越しから外を眺めて物思いにふけっている静留しかいなかった。

 なつきの入室に気付いて、静留は彼女に振り返る。

「どへんかしたの、なつき?」

「ちょっとパソコンを借りるぞ、静留。」

 聞いてきた静留に断って、なつきは机の上のパソコンの電源を入れる。

「かまわへんけど、何に使うの?」

「前にも言ったはずだ。あまり私に関わるなって。」

 さらに聞いてくる静留に、なつきは淡々と答える。しかし興味津々に見つめてくる静留。

「不知火堅について調べるんだ。」

 腑に落ちない面持ちになりながらも、なつきは静留に答えてやる。

 

 この日の夜も、奈緒は獲物となる男を狙って街に出ていた。その辺りを歩き回っていれば、どこかで必ず男が寄ってくる。

 色気やかわいさに惹かれてくる男たちを誘い込んで、魔手にかける。それが奈緒の日常だった。

 この日は気分を変えて、あえて人のいないほうへと歩いてみた。しかし案の定、言い寄ってくる人さえ見当たらなかった。

「やっぱ、こんなところじゃ誰も来ないか・・」

 嘆息をもらしながら、奈緒は人ごみのある通りに向かって進んでいく。そしてひとまず裏路地の中にある小さな広場にたどり着く。

 そこで奈緒は足を止めた。その広場に1人の男が立っていた。

 その男に奈緒は見覚えがあった。彼女の行く手をことごとく阻んできた不知火堅だった。

「そんなとこで何やってんの、アンタ?また私の邪魔をしようっての?」

 奈緒があざけるように言い放ち、鋭く見据える。しかし突っかかってくるはずの堅が何の反応も示さないことに、彼女は不審に思っていた。

 しばらく見据えていると、背を向けていた堅が振り返ってきた。その眼は血のように紅く染まっていた。

「アンタはHIME・・オレが倒さなくてはならない存在・・・」

 呟く堅の右手に空気の流れが収束していく。

「アンタを倒す以外に、オレの未来はない!」

 堅はいきり立って、具現化させた波動の刀を握り締めて、奈緒に向かって飛びかかった。

「ジュリア!」

 危機を感じた奈緒は、エレメントの爪をまとい、ジュリアを呼び出して飛び上がった。チャイルドの蜘蛛を駆り、奈緒が広場を見下ろす。

 その直後、堅が彼女の眼前まで詰め寄ってきた。彼は獲物を狙う鷹のような鋭い視線を放ち、刀を振り下ろす。

 強烈な衝撃を受けて、ジュリアが吹き飛ばされる。近くの建物に叩きつけられるジュリア。路地の細道に倒れた奈緒は、すぐさま立ち上がって姿を消す。

(くっ!前よりも力が上がってんじゃない。ホント、今日はサイテーね。)

 毒づきながら、奈緒はジュリアを消して、吹き上がる煙に紛れてこの場を離れた。

 吹き荒れる煙の中、奈緒の行方を追う堅。しかし既に彼女はこの広場にはいなかった。

 舌打ちをして、堅もこの場から姿を消した。

 

(そうだ。HIMEと戦え。HIMEを滅ぼせ。)

 廃墟の建物から事の成り行きを見守っているデルタが不敵に笑う。

(ガイアであるお前とHIMEが戦う。これがオレの目論みなのだ。)

 堅とHIMEが衝突する状況を、彼は楽しんでいた。

(2者が戦うことでの迷い。そして一方が倒されたことでの悲しみと苦悩。心、魂、命が堕落していく様を見届け、感じ取ることがオレの喜び。)

 次第に口から哄笑がもれてくる。

(堅が死ねば千草が悲しむ。チャイルドが死ねば想いの相手が死ぬ。どちらにしろ、この事態はオレに多大な歓喜を与えてくれることだろう。)

 期待に胸を躍らせ、デルタは建物を立ち去った。事の成り行きを高みから見届けるために。

 

 

次回

第20話「藤乃静留」

 

「まさかなつき、不知火堅くんが好みなんどすか?」

「アイツが好きなのは千草のほうだ。」

「やめて、お兄ちゃん!」

「HIMEはオレが倒す。千草のために!」

「兄さんを想う妹のためにすることは、その兄さんのためにすることと同じなのよ。」

 

 

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