舞HIME –another elements- 第18話「深優・グリーア」
「シアーズ・・お前、シアーズと言ったな?」
デルタと名乗った男に、なつきが鋭い視線を投げかける。デルタは不敵な笑みを崩さない。
「シアーズ財団に属している人間か?」
彼女のこの言葉に、デルタは眼を閉じて答える。
「少し違うな。確かにシアーズの名は持っているが、オレはシアーズの直属ではない。はっきり言えば、オレはシアーズに雇われているだけだ。」
「シアーズに雇われている?」
デルタの言葉になつきが眉をひそめる。それを気にしながら、デルタは話を続ける。
「オレの目的とシアーズの目的が一致したにすぎない。財団が何を企んでいようとオレには関係ないし興味もない。」
「そうか・・つまり、お前はシアーズの企みに深く関与していない。そういう解釈でいいのか?」
なつきはそう言い放ち、エレメントの銃を出現させて銃口をデルタに向ける。しかしデルタは余裕を見せたままである。
「シアーズがオレに言い渡した依頼。それはHIMEの拘束、及び破壊だ。」
デルタの黒い右手から、漆黒の炎が出現する。それを見てなつきも身構える。
「お前もオレの手にかかるがいい、玖我なつき。このデルタの力を受けて。」
その黒い炎から火の粉を放つデルタ。なつきは横に転がってそれを回避し、彼に発砲する。それを彼は動く動作をさほど見せずにかわす。
「デュラン!」
体勢を立て直したなつきがデュランを呼び出す。銀色の狼は、背の銃砲をデルタに向けていた。
「ロードシルバーカートリッジ!ってぇ!」
なつきの号令で、デュランが銃砲から弾丸を発射する。その弾丸はデルタに向かう直前で、水晶の刃となって拡散する。
「ムダだ。」
デルタは向かってきたその刃の群れに黒い炎を放つ。水晶の刃はデルタの炎に包まれて蒸発する。
「なっ!?」
攻撃をかき消されたなつきが驚愕を見せる。
「ブラックデルタ。オレの右手から放たれる地獄の業火に等しいこの炎は、生半可な耐久力では防ぎきれない。」
黒い炎を収束させるデルタが、なつきに対して不敵な笑みを見せる。
彼の右手には、温度、燃焼力がともに高い炎、ブラックデルタが収束されている。彼の意思ひとつで、ありとあらゆるものを焼き尽くしてしまう。
「そしてこの左手からは、極寒の冷気、ホワイトデルタが放たれる。」
デルタが左手をかざすと、その手のひらから白銀の冷気が収束される。
ホワイトデルタ。デルタの左手から放たれるこの冷気は、あらゆる熱を奪い去り、普通の人間がまともに受ければ数秒で凍死するほど強力なものである。
その冷気によって生み出された氷の刃が、なつきとデュランに向けて放たれる。
しかしその刃の群れが、放たれた斧によって阻まれる。なつきとデルタがその斧が戻っていくほうに振り向くと、愕天王を駆る碧の姿があった。
「愕天王・・杉浦碧か。」
新たなHIMEの出現に、デルタは不敵な笑みを浮かべて呟く。
「ここはいったん退いたほうがいいわ!あの男の力は普通じゃない!」
「くっ!」
碧の指示に、なつきはうめきながら頷く。
「ロードフラッシュカートリッジ!」
デルタに向けてデュランが閃光弾を発射する。炸裂した閃光は、逃亡するなつきと碧の姿を包み隠していた。
やがて光が治まったとき、デルタの視界からHIMEたちの姿は消えていた。しかし彼の顔から余裕は消えていなかった。
「わざと逃がしましたね?」
そこへ深優が現れ、デルタに声をかける。デルタは笑みを消さずに振り返ると、深優は淡々と続ける。
「あなたはあの閃光をものともせず、玖我なつきの位置を把握していた。その気になれば、あなたは彼女を捕獲することも可能だったはずです。」
「フッ。そう簡単に事を進めてしまったらつまらないからな。オレの戦いはまだ始まったばかりだ。じっくりと楽しませてもらうさ。」
そう告げて、デルタは深優の前から立ち去っていく。彼のHIMEに対する策略が動き始めた。
堅は黎人とともに、人だかりから離れた学園内の道の真ん中に行き着いた。そこで足を止めて振り返り、堅は黎人に問いかけた。
楯との試合に使った竹刀は、既に道場に返していた。
「アンタも知ってたんスね?舞衣ちゃんがHIMEだってことを。」
「うん。僕も知ったときは驚いたよ。でも、舞衣さんは舞衣さんだということに変わりはない。僕はそう思っている。」
黎人が微笑むと、堅も笑みをこぼす。
「信じてるんスね、舞衣ちゃんのことを・・」
「君は信じていないのかい?それとも、他に想いを寄せている人がいるのかい?」
物悲しい笑みを見せていた堅に、黎人が笑みを消さずにたずねる。しばらく思いつめた面持ちのまま沈黙してから、堅は口を開いた。
「想いっていうのは、呪いと同じなんスよ・・」
「呪い?」
堅の言葉に黎人が眉をひそめる。
「誰かを想うことは、その相手と自分を縛るのと同じなんスよ。その呪いを解くには、その想いを遂げなくちゃいけない。けど、相手に死なれたり裏切られたりしてその想いを遂げられなかったヤツは、一生呪われたままなんだ。」
「・・どうして、そう思うんだい?」
「いや・・ちょっとイヤなことがあって・・・そのせいか、誰かを心から信じてやることができないみたいで・・」
沈痛の笑みを消さない堅の心境を黎人は悟った。彼は信じていた人を何らかの形で失っていると彼は思った。
「でも、こう思えないかな?想いって、辛かったり悲しかったりもするけど、嬉しかったり熱くなったりする。」
黎人のこの言葉に、堅は彼に振り返る。しかし胸の中にある悲痛を完全に拭い去ることはできないでいた。
「そうッスね・・いつか、そんなふうに思えて、誰かを心から信じられるヤツを見つけられるときが来るって・・・」
信じたいという願い、信じることへの不安が堅の心を駆け巡っていた。貴典と結衣を失った堅には、その交錯が強かった。
その困惑を振り払おうとしながら、堅は黎人は笑みを見せた。
「何かあったときがあったら、舞衣ちゃんを守ってやってほしいッス。アンタはオレよりもしっかりしてて真面目で、情があって顔もいいんだから。」
おだてているつもりで言った堅だったが、黎人は真面目に聞いて頷いた。
「分かったよ。君も君のやるべきことを見つけるといい。僕たちには、時間はまだまだあるんだからね。」
そういって黎人は空を仰ぎ見る。彼や堅たちはまだまだ長い人生を送ることになる。その長い時間の中で、たくさん学び、たくさん悩むことになる。
この苦悩や不安も、その時間の中の一抹にすぎない。
「いろいろありがとうッス。えっと・・」
「神崎黎人。よろしく、堅くん。」
感謝の言葉をかける堅に、黎人が笑顔で名乗る。
「あぁ、どうも・・」
堅が苦笑いしながら、小さく頷く。そしてきびすを返して駆け出し、黎人から離れていった。
デルタから逃げ延びたなつきと碧。2人は呼吸を整えてから、元の場所を見据えていた。
デルタやシアーズの人間が追跡をかけてきている様子は見られなかった。
「ふう。何とか難を逃れたわね。それにしても、とんでもない相手だったわねぇ。」
「まさか、デュランのシルバーカートリッジをこうも簡単にはね返してしまうとは・・」
碧が安堵の吐息をもらし、なつきが舌打ちする。そんな彼女たちを見つけて、舞衣と命が駆け寄ってきた。
「なつき、碧ちゃん!・・いったい、どうしたの、コレ!?」
舞衣の声に2人が振り返る。
「あぁ。オーファンにやられた。」
「オーファンに?」
うめくように言うなつきに、命がオウム返しをする。
「しかも今までの中でもおそらく最強の。右腕が黒く左腕が白い・・」
話を続ける碧。
「それって、堅くんが探してるオーファンじゃ・・!?」
さらに驚きの声を上げる舞衣。
堅が探し求めていたオーファン、デルタ・シアーズがHIMEに戦いを挑んできたのだ。
「とにかく、堅くんや千草ちゃんには黙っていたほうがいいかも。もし知ったら彼、何をするか分からないから・・」
不知火兄妹に対し、デルタのことを伏せることを提案する舞衣。新たな火種の予感を感じ、彼女は不安を胸によぎらせていた。
黎人と別れた堅は、寮に戻ろうとし、その途中で千草と出会う。彼女は兄を笑顔で迎えてくれていた。
彼はとりあえず妹に引っ張られながらの寄り道を決め込むことにした。
「ねぇ、お兄ちゃん・・近いうちに、私と一緒に夜ご飯を食べにいかない?」
「え?」
唐突な千草の言葉に、堅がきょとんとなる。
「最近、あんまり一緒に食事とかしたことないし。一緒にいたのは、遊園地に行ったのが最近だし。寮も別々だし。だから、たまには一緒に夕食の時間をすごしたいと思って・・」
千草の切実な願い。兄をここまで思っていることに、堅は安堵の笑みをこぼしていた。
「いいよ。一緒に行ってやる。」
「ホント!?」
堅が了承すると、千草が満面の笑顔で喜ぶ。そこへ堅が彼女に人差し指を突きつける。
「ただし、オレが指定する店でな。その代わり、オレがおごってやるよ。」
「でも、どこにするの?」
千草がたずねると、堅も満面の笑みを浮かべて答える。
「オレたちがよく知ってるレストランだ。」
その言葉に、千草は理解して大きく頷いてみせる。
屈託のない兄妹の会話を続ける堅と千草。しばらく歩いていると、彼らは舞衣たちを発見する。
「あ、舞衣さんたちだ。舞衣さーん!命ちゃーん!」
千草が舞衣たちに向かって呼びかける。
「おっ!千草!堅!」
命が両手を大きく振って答える。
そんな中で、舞衣たちが何か思いつめた面持ちをしていることに堅は気付いた。
「みんな揃ってどうしたんだ?HIMEのこれからについて考えてたのか?」
堅がからかうように言ってみせる。舞衣となつきがムッとすると思った彼だったが、彼女たちは不機嫌になる様子を見せない。
「ホントに何かあったのか?」
「えっ?ううん、何でもない。何でも。」
本気で聞いてくる堅に、舞衣は首を横に振る。
「何でもないのか?あのデルタとかいう・・んぐっ!」
そこへ口を挟んだ命の呟きに、舞衣は慌てて彼女の口を手で塞ぐ。
「デルタ・・!?」
その言葉に、からかい気分だった堅から笑みが消える。
「おい、今、デルタって言わなかったか・・!?」
「堅くん・・!」
剣幕を見せる堅が、困惑する舞衣に突っかかる。
「アイツはどこだ!?どこにいたんだ!」
「よせ、堅!」
舞衣に言い寄る堅をなつきが呼び止める。堅が苛立ちを込めた顔をなつきに向ける。
「舞衣と命はアイツには会っていない。アイツはHIMEである私を狙ってきた。いや、私だけではなく、HIMEそのものを狙ってきたのかもしれない。」
なつきの弁解を聞いて、堅が舌打ちして歩き出す。
「堅くん!」
舞衣が呼び止めるが、堅は聞かずに行ってしまう。
「待って、お兄ちゃん!」
千草もたまらず彼の後を追う。兄妹をただただ見つめていた舞衣が、なつきと命に振り向く。
「なつきも命も不器用ね。私の気遣いをムダにしないでよね。」
注意を促す舞衣に命が落ち込むが、なつきは聞き入れている様子はない。
「そんな気遣いはただの気休めにしかならないぞ。いつか堅はデルタと接触することに変わりはない。アイツが諦めない限りは。」
うめくように呟くなつきに、舞衣は困惑を見せる。なつきの言うことに間違いはなかったが、受け入れることに不安を感じていた。
堅が復讐心に駆られて、その憎悪に歯止めがかからなくなることを恐れているのは、彼女だけでなかった。
「早く追いかけたほうがいいわね。あのデルタ、かなりヤバいから。」
碧の言葉に舞衣と命が頷く。
「ったく。しょうがないなぁ。」
なつきもぶっきらぼうな態度を見せながらも、渋々頷いて舞衣たちに続いた。
遥の指示を受けて、執行部員たちがいっせいに執行部室を出て行く。
風華学園内に不審な人物を見かけたという知らせを受けて、遥を筆頭に執行部が動き出したのである。
「不審者は白い髪に黒いコートの男性。学園の中等部校舎付近から図書館前に移動しているみたいだよ。」
パソコンに収められている情報を確認する雪之。
「どういうつもりでやってきたかは知らないけど、いい度胸じゃない。この風華学園執行部に堂々と良からぬことをしようだなんて、不届き千本よ!」
「不届き千万だよ、遥ちゃん。」
雪之が口を挟むが、遥は聞いていない様子だった。
そこで部屋の扉が開く。遥と雪之が振り向くと、ぶっきらぼうな態度を見せる堅の姿があった。
「これはどうしたのです、不知火堅さん?」
「いやぁ、この前はホントに悪かったッス。」
以前に執行部の注意を受けたときのことを、堅が苦笑を浮かべて詫びる。
「で、ワリィついでなんスけど、ユッキーをちょっと借りたいんスけど。」
「えっ?」
堅のこの言葉に、遥と雪之が同時に疑問の声をもらした。
堅に連れられて、雪之は屋上にやってきていた。HIMEを快く思っていない彼に、彼女は不安を隠せなかった。
「実はユッキーに探してほしいヤツがいるんだ。」
堅がそんな雪之に、小さく笑みを見せる。
「右手が黒く左手が白い男。この学園のどこかにいるみたいなんだ。」
「でも、それだけじゃ情報不足ですよ。不審者だとは思いますが・・・そういえば私たち今、不審者を探してるところなんです。」
「不審者?」
雪之の言葉に堅が眉をひそめる。
「お兄ちゃん!」
そこへ彼を追ってきた千草がこの屋上にやってきた。
「千草!?」
堅が驚きの顔を見せると、千草がムッとして彼に詰め寄った。
「お兄ちゃん、ダメだよ!1人でデルタって人と戦うなんて!」
「ちょっと、千草・・!」
叫ぶ千草に、堅が気まずそうな面持ちを見せて雪之に視線を移す。すると千草が気まずそうな顔をする。
HIMEに関することを雪之に聞かれてしまったと思ったからだった。彼女もHIMEであることを知らずに。
「オレを探しているなら、わざわざ探す必要はない。」
そこへ別の人の声がかかり、堅たちが出入り口に振り向く。
そこには黒いコートを着た白髪の男が、不敵な笑みを浮かべて立っていた。
「久しぶりというべきか、不知火堅。」
平然と言い放ってくる男に、堅は笑みをこぼしていた。
「クフフフ・・あぁ、ホントに久しぶりだったよ・・・今まで探し続けてきた・・アンタを!」
堅は一気に殺気立って、波動の刀を握り締めてその男、デルタに飛びかかった。
「お兄ちゃん!」
千草の呼びかけに耳を傾けず、堅は刀を振り下ろす。それをデルタは黒い炎をまとった右手で受け止める。
「なっ!?」
「これがお前の力か。なかなかだ。だがオレには及ばない。」
驚愕を浮かべる堅に向けて、笑みを強めるデルタ。まとう炎を強めて、堅をあしらう。
「があっ!」
堅が痛烈な熱量にうめいて転倒する。波動の力でまとわり付く炎を振り払う。
「お兄ちゃん!・・ペガサス!」
千草が兄の危機を悟って、たまらずペガサスを呼び出す。ペガサスは不敵に笑っているデルタの前に立ちはだかる。
「やめろ、千草・・そいつは・・!」
満身創痍に陥っている堅が呼びかけるが、ペガサスはデルタに向かって突進する。そこへデルタの黒い炎が放たれ、天馬の行く手をさえぎる。
攻め手を欠かれた千草。ペガサスが彼女の眼前に舞い戻る。
「まさかお前の妹もHIMEだったとはな。お前の周りには悲劇が転がっているようだな。」
うずくまっている堅をあざけるデルタ。右手をかざし、ペガサスに右手をかざす。
そのとき、デルタは眉をひそめて足元に視線を向ける。つるのようなものが足元に巻きついていた。
デルタが振り向くとそれらは屋上から校舎の下に続いていた。雪之のチャイルド、ダイアナの触手が彼の足を捉えていた。
「堅さん、千草ちゃん、ここは私が・・!」
雪之が堅たちに逃げるように促す。
「分かりました、雪之さん!」
「け、けど、それじゃユッキーが・・!」
頷く千草と納得しようとしない堅。それでも千草は堅を引き連れて、ペガサスに乗ってこの場を後にする。
それをデルタは見送るだけで、彼らを追おうとはしなかった。
「なぜ、追おうと考えないんですか?」
雪之が真剣な面持ちで問いかけると、デルタは彼女に不敵な笑みを送る。
「すぐに片付けてはつまらないからな。それに、2人はオレのサポートが待ち構えているはずだからな。」
そう言い放って、デルタは炎を放ってダイアナの触手を振り払う。驚愕する雪之の眼の前で、デルタは炎の中から姿を消した。
デルタから逃走していた千草は、安全な場所を見つけてペガサスを下ろした。追ってきていないことを悟って、彼女は安堵の吐息をつく。
「ふう。何とか逃げられたけど・・」
逃げてきた方向を見て、千草と堅が沈痛の面持ちになる。彼らをかばってデルタと対峙している雪之が気がかりだった。
「!」
そのとき、堅は鋭い視線を感じて、その方向に振り向く。そこには深優が彼らを見据えていた。
「深優さん・・・?」
千草が困惑の眼差しを深優に向ける。雪之に続いて彼女にもHIMEであることを見られてしまったのだ。
しかし堅の面持ちは違った。HIMEを滅ぼすことのできる彼女を、彼は危機感を覚えていた。
「不知火千草さん、あなたを処分いたします。」
Multiple
Intelligential
Yggdrasil
Unit
千草に言い放った深優の臨戦態勢のスイッチが入る。左手を刃に変形させて、堅たちに向かって飛び込んできた。
「千草!」
「お兄ちゃん!」
堅と千草が同時に叫ぶ。千草が傷ついた堅を突き飛ばし、刃を振り上げる深優に対し身構える。
短刀で振り下ろされた刃を受け止めるも、強い衝撃で吹き飛ばされる。その反動で、ペガサスがたまらず飛行を始める。
しかし深優はそれを見逃さず、刃を振り上げる。高次物質化能力の無力化を備えた刃が、ペガサスの体をかすめる。
「ぐっ!」
その瞬間、堅は激痛に襲われてうめき出した。心臓を握られているような不快感が彼に苦痛を与えていた。
その痛みに耐えながら、彼は上空を見上げる。深優が怯むペガサスに追い打ちをかけようとしていた。
(このままじゃ、ペガサスが・・千草の想いが・・・!)
彼の脳裏に、和也とあかね、貴典と結衣の悲劇が蘇る。危機を感じた堅は、波動の力を足に収束させる。
10秒間、脚力を全開させる波動の技を使い、一気に深優に詰め寄る。
彼女に一蹴を見舞い、ペガサスから突き放す。彼女は近くの林に叩き込まれ、堅もその下の地面に着地する。
足をまとっていた波動の渦が紅く染まり霧散する。脱力した堅に、再び胸の痛みが襲いかかってくる。
(な、何だ・・この痛みは・・・!?)
痛みの正体が分からず、堅が呼吸を整えながら胸を押さえていた右手を見つめる。
そこで彼は驚愕して眼を見開いた。その右手が一瞬、光の粒子になって霧散しそうになるのを目の当たりにする。
再び彼の脳裏にHIMEの悲劇が蘇る。自分も、貴典や和也のように絶命して消えてしまうのだろうか。
「お兄ちゃん!」
そんな彼に千草と、彼らを追ってきた舞衣たちが駆け寄ってくる。彼は彼女たちに支えられながら体を起こす。
しかし堅は千草と舞衣の手を振り払い、1人でどこかへ行ってしまう。
「お兄ちゃん!」
叫ぶ千草の視線の中で、堅が林の中へ姿を消した。
次回
「助けなきゃ、お兄ちゃんを・・!」
「お前とオレは、言わば兄弟のようなものだ。」
「ふざけるな!アンタなんかに・・!」
「HIMEを滅ぼすこと。それ以外にお前に生き残れる術はない。」