舞HIME –another elements- 第17話「楯祐一」
「そんな・・貴典さんと結衣さんにそんなことが・・・」
堅の話を聞いた千草が沈痛の面持ちを見せる。
「お兄ちゃんがいなくなって2、3日したくらいに、お兄ちゃんから貴典さんと結衣さんが死んだって聞いたけど、まさかそんなことが起こってたなんて・・」
「オレはHIMEやオーファンに関することを、オレなりに調べてみた。もちろん一番地もな。そして、貴典と結衣さんを死なせたヤツの手がかりが、少しだけどつかめることができた。」
おにぎりを食べ終わった堅が、そのカバーごと手を握り締める。
「右手が黒く左手が白いオーファン。炎と氷を操り、HIMEやチャイルドを凌駕するほどの能力を備えている。」
「フンッ!結局は、そのときに見たヤツの姿と能力しか分かっていないことだな?」
堅の言葉をなつきが鼻で笑う。堅がムッとした顔をするが、あえて反論しなかった。
「それで、アンタはこれからどうすんの?」
碧がぶっきらぼうにたずねると、堅は立ち上がって空を仰ぎ見る。
「オレはそのオーファンを倒すつもりだ。ヤツはまた誰かを傷つける。復讐という目的を差し引いても、オレにはヤツを倒す理由がある。」
「けどその復讐が、君の本来の目的なんじゃないの?」
彼の決意の言葉に割り込んできたのは、木の枝の上から彼らを見下ろしていた凪だった。
「とりあえず、話は聞かせてもらったよ。」
「盗み聞きとはな。つくづくアンタは勝手なマネをしてくれるな。」
「盗み聞きとは心外だなぁ。これから君がすることを確認しておきたくてね。」
ムッとする堅に、凪がからかうように返答する。堅はひとつ吐息をもらして、
「まぁ、別に聞かれても不利になるわけでもないし、同情や賛同を求めているわけでもねぇ。ただ、オレはオレのやるべきことをやるだけだ。」
堅の言葉を聞いて、凪は枝の上に立ち笑みをこぼす。
「そのオーファン、一応は見つけといてあげるから。」
「けど教えてやらないと。いいよ、別に。アンタたちに頼るつもりなんて、初めからないからな。」
堅が鋭い視線を向けると、凪は不敵な笑みを浮かべて、飛び上がって姿を消した。
「その意見には私も賛成だ。凪や一番地の連中のいいようにされるのは、私は我慢ならない。」
なつきも不敵な笑みを見せて立ち上がる。
「とにかく、ヤツはオレが倒す。誰にも邪魔はさせない。」
そう告げて堅が立ち去ろうとすると、千草が彼を背後から抱きしめて止める。
「ダメだよ、お兄ちゃん!そんなこと考えないで!」
「千草・・?」
彼女の悲痛な声に、堅が沈痛な面持ちを見せる。
「そんなことをして、貴典さんや結衣さんが喜ぶと思ってるの!?それでお兄ちゃんは幸せでいられるの!?」
兄の背にすがりながら、涙ぐむ千草。歯がゆい表情を見せるも、堅は、
「分からない。確かにオレもそう思う。そんなことが幸せに結びつくとは思っていない。けど・・!」
言い放った堅が、締め付けるように自分の胸に手を当てる。
「オレの中にある憎しみが、オレをそうさせるんだ・・・」
蝕むように心の中に宿るわだかまりを感じながら、堅は1人、この場を後にした。
気落ちの面持ちを浮かべながら、堅は風華学園の校庭の脇の道を歩いていた。
(何でアイツらに、こんなこと話したんだろう・・別に助けてほしかったわけでも、同情してほしかったわけでもないのに・・)
彼の中に苛立ちや後悔が湧き上がる。過去を告げたことで、本当の自分を知られたと彼は思っていた。
それでも戦うしかない。貴典と結衣が喜ばなくても、戦わなければならないとも思っていた。
途方に暮れるように歩いていた彼は、空を仰ぎ見ていた楯の姿を発見する。
「アンタ・・」
「お前は・・・」
堅と楯はほぼ同時に互いの姿に気付く。
困惑の面持ちを見せたまま、向かい合う2人。苦悩を抱えていたため、うまく言葉を切り出すことができない。
そんな沈黙を破って、先に口を開いたのは楯だった。
「ここ最近、おかしな事件が起きて、何だか落ち着かない雰囲気になってきたな。」
「あぁ。生徒の何人かも、アンタみたいに不審に思ってるのも少なくなくなってきたな。」
歯がゆい顔つきを見せる楯に淡々と答える堅。
「教えてくれ。いったい何が起こっているのか。裏山の火事や吸血鬼事件、円盤生物事件。おかしなことが頻繁に起こりすぎだ。」
「知ってどうするんだ?」
「そ、それは・・・」
言いとがめる堅に、楯は言葉を詰まらせてしまう。
「確かにこの学園で起こってるのは、ほとんどが尋常じゃないものだ。それはアンタも何となく分かってるんだろ?」
「あぁ・・・」
「それじゃ、それらに首を深く突っ込むってことは、それなりの覚悟がいるってことも分かってるよな?」
困惑の拭えない楯に、堅は真剣な眼差しを送る。
「ただ事じゃないことは、それなりの覚悟がいる。それもなしに関わろうとすれば、真実が分からないばかりか、周りの足を引っ張ることにもなりかねない。アンタに、その覚悟があるのか?」
堅は楯を鋭く睨みつけた。貴典と結衣を失い、復讐を誓ったときの眼つきで。
「あぁ。ある。」
「ホントにそうか?」
楯に対してさらに問いつめる堅。
「口先だけなら何とでもなる。オレを打ち負かしてみろ。アンタが勝ったら、好きなだけ質問に答えてやる。オレの知ってることに限るが。」
「負けたら、どうなんだ?」
「別に。どうにもならない。強いて言うなら、生半可な気持ちで関わるなって言ってやる。」
うめくように言う楯に、堅は今度は気さくな笑みを見せる。
「分かった。やってやる。種目は何がいい?」
「何でもいいさ。アンタの好きな、やりやすいものでいいぜ。」
言い放つ堅に、楯は小さく頷いた。
風花邸前の花園。その中心に千草、舞衣、なつき、命、碧はいた。
「まさか、堅くんにそんな過去があったなんて・・」
「私も知らなかったんです。お兄ちゃん、そんなこと、ここに来ても言ってくれなかったから。」
沈痛の面持ちになる舞衣と千草。2人の表情を見て、命と碧も困惑を浮かべる。
「それで、これからどうするんだ?」
そこでなつきが口をはさみ、千草が彼女に振り返る。
「堅はお前が戦うことを望んでいない。お前を傷つけたくないと思っているのだろう。だが、お前自身はどう思ってるんだ?」
なつきの問いかけに、舞衣たちも千草に注目する。すると千草は思いつめた顔をして、
「私も、本当のところ、どうしたらいいのか分からないんです。ただ、私は戦いから離れて、お兄ちゃんと普通に暮らしたいと思ってます。でも、それを守るために戦いたいというのが、私の正直な気持ちです・・」
自分の気持ちを伝える千草。彼女の心境は決意よりも迷いのほうが強く残っていた。
「よく考えることね。アンタのたった1回きりの人生だからね。でも、私や舞衣ちゃんたちがいることも忘れないでね。いつでも力になってあげるから。」
碧がそんな千草の両肩に優しく手を当てる。
「ありがとうございます、杉浦先生・・」
その励ましを受けて、千草は満面の笑みを浮かべた。
そのとき、邸宅裏の林から轟音が鳴り響き、舞衣たちが振り向く。
「あの爆発は・・!?」
その衝動に千草が叫ぶ。いきり立ったなつきと命が、真っ先にその方向に駆け出した。
「なつき!命!」
舞衣と碧、千草もその後を追う。
剣道部の道場。主将である武田を筆頭に、この日も厳しい稽古が行われていた。
その道場に、堅は1人やってきた。
「おう、不知火。」
堅の姿に気付いた武田が声をかける。
「やぁ、先輩。力が入ってるッスね。」
「この前の練習試合は助かったぞ。前日に出場するはずだったヤツ1人が怪我してしまったとき、お前が助っ人に来てくれたからな。」
「へへ・・そりゃ、どうも。」
武田の声に、堅が気さくな笑みをこぼす。
「ところで、ちょっと道場にある竹刀を2本貸してくれないッスか?」
堅の頼みに、武田だけでなく道場内の部員たちも眉をひそめる。
「ここの竹刀は学園の備品だぞ。気軽に使っていいもんじゃ・・」
「いや、ちょっとあるヤツと試合をすることになっちゃって。」
苦笑を浮かべた後、真剣な眼差しを向ける堅。その心境を悟り、武田も頷く。
「分かった。だが、相手は誰なんだ?」
武田の問いかけを聞いて、堅は道場の名札を見渡してから答えた。
「先輩のよく知ってるヤツッスよ。」
林の中に現れたオーファンは、頭部に1本、背に数本の角が生えたサイのような姿をしていた。そのオーファンを、駆けつけた舞衣たちが発見する。
「なるほど。サイのようなオーファンかぁ。だったら私の愕天王と根競べと行きますか!」
碧が不敵な笑みを浮かべて、エレメントの斧と愕天王を呼び出す。そしていきり立っているオーファンと対峙する。
その傍らで、千草は密かに決意を秘めていた。
(私も戦わなくちゃいけない気がする。どんなことをしても、貴典さんも結衣さんも、あの楽しい日々も帰ってこない。それでも、貴典や結衣さん、お兄ちゃんのためにも、私は戦う!)
「ペガサス!」
その思いを強くして、千草は短刀とペガサスを呼び出す。
「カグツチ!」
「デュラン!」
舞衣もなつきも各々のチャイルドを呼び出す。命も剣を握り締めて身構える。
「愕天王、吶喊!」
先攻した碧が、オーファンに向かって突進した。
学園の中に、2本の竹刀を持って現れた堅。そこには楯が待っていた。
真剣な眼差しを向ける2人の青年。堅は持っていた竹刀の1本を楯に手渡す。
「アンタが剣道部にいたことは、オレもさっき聞いた。」
堅の言葉を耳にして、楯は歯がゆい面持ちを隠せなかった。
彼はこの学園の剣道部の中で指折りの実力者だったが、怪我をきっかけにして自暴自棄に陥ってしまった。それは周囲に威圧感を与えるほどだった。生徒会に拾われても、その迷いはなかなか治らなかった。
そんな彼を必死に励まし続けたのは、幼なじみの詩帆だった。
「悩んだりすることは悪くない。オレもそういう時期は何度かあったからな。けど、迷っちゃいけないときにも迷っちまうのはいただけないな。」
「あぁ・・そうだな・・」
鋭く言い放つ堅に、楯はうめくように頷く。
2人は間合いを取り、竹刀を構えて相手を見据える。
「ハンパな覚悟じゃ、この先足手まといになるし、その前にオレにも勝てねぇ。アンタの本気を、オレにぶつけて来い。オレも剣道や剣術に長けてるからな。」
互いに身構え、相手の出方をうかがう。周囲には既に人だかりができていることなど気に留めずに。
その騒然とした場を見かねて、遥が人だかりをかき分けてきた。その後に雪之も続く。
「これはいったいどういうことなの!?こんな勝手なことをして!」
「ち、ちょっと遥ちゃん・・」
雪之の呼び止めも聞かず、遥は人ごみを抜け出して、楯と堅を見据える。
「あなたたち、やめなさい!こんなことを・・!」
「悪いけど、これはオレと楯の勝負だ。邪魔しないでくれ。」
言い寄ってくる遥に、堅は淡々と言い放つ。しかし遥は引き下がらない。
「そうはいきません!執行部の権限をもって、その勝負を行わせるわけには・・!」
「やらせてあげましょう、珠洲城さん。」
そこへ静留と黎人もやってきて、試合の中止を呼びかけていた遥を呼び止める。
「何が事情があるさかい。見届けてあげましょう。」
「ですが、会長・・!」
「あの2人が、ふざけてこんなことをすると思うかい?きっと、何か深い意味があるんだろうね。」
見守ることにした静留に遥が抗議すると、黎人が彼女を言いとがめる。
「何ぞあったときには、私が責任を取ります。」
そう告げて事の成り行きを見守る静留。黎人もそれに同意する。腑に落ちないながらも、遥も見届けることにした。
愕天王の突進と命の抜刀に吹き飛ばされる怪物。
「ロードクロードカートリッジ!ってぇ!」
そこへなつきの号令を受けたデュラン、舞衣の駆るカグツチが追い打ちをかける。弾丸と火球が怪物への追撃となる。
そして千草のペガサスが突っ込んでくる。金色の角が怪物の体を貫く。
絶叫を上げる怪物が絶命し、紫煙に包まれて消滅する。着地したペガサスと千草が、舞衣たちに振り返る。
「舞衣さん、なつきさん、私も戦います。お兄ちゃんが不快に思っても、私はお兄ちゃんや、みんなを守っていきたい。私やみんなの暮らしの日々を、守るために・・」
真剣な眼差しを他のHIMEに送る千草。彼女の決意を聞いて、舞衣も小さく頷いた。
楯と向き合い、竹刀を持って構える堅。彼の脳裏に、波動の武術を伝授してくれた師の言葉が蘇る。
それは、武術の全てを教わった後のことだった。
“堅、これでお前に教える武術はない。最後に、このことをお前に教えておく。”
(心を直接突くような師匠の言葉・・今でもハッキリ覚えてる・・)
“私はお前に教えたのは、単なる力だ。お前自身が道を切り開くためのきっかけを与えたの過ぎない。”
(そうだ・・この力は師匠がオレに与えた力じゃなく、オレ自身の力だ・・)
“お前の選択で、その力は白にも黒にもなる。しかし、お前の選択で私に汚点がつくことはない。”
師の言葉が次々と堅の脳裏を駆け巡っていく。
“お前の道だ。お前が選べ。そして、その道を進むと決めたのなら、迷わずにひたすら突き進め。”
師の強い意思が堅を突き動かす。そんな彼に、楯が駆け込んで竹刀を振り下ろしてきた。
それを堅は竹刀を振り上げて払う。眼を見開く楯と鋭く見据える堅の上空で、跳ね上げられた竹刀が回転し、地面に落ちる。
あまりにも一瞬なことだった。力の差を見せ付けられたかのように、楯は愕然となってその場を動けず、堅は竹刀を収めて小さく一礼する。
「アンタにはまだ迷いがある。そんなハンパな覚悟じゃオレを倒すこともできず、この先関わっても何もできないままに終わる。」
困惑の面持ちを浮かべる楯に、堅は鋭く言い放つ。
「お兄ちゃん!」
そこへ2人の勝負を見ていた詩帆が、たまりかねて楯に駆け寄った。
「お兄ちゃん・・・堅さん、これはどういう・・!」
「いいんだ、詩帆・・」
堅にムッとする詩帆を楯が言いとがめる。
「でも、お兄ちゃん・・!」
「いいんだ、オレが言い出したことだから・・・すまない、不知火・・」
抗議をやめない詩帆をなだめて、楯が堅に小さく頷いてみせる。すると堅は顔色を変えずに、詩帆の頭に優しく手を当てる。
「謝るのはこっちのほうだ。すまない、詩帆ちゃん・・後は頼んだぜ、“お兄ちゃん”を・・」
楯と詩帆に謝罪して、堅は落ちた竹刀を拾う。そして振り向いて2人に笑みを送る。
すると堅は、周囲に人だかりができていることに今頃になって気付く。恥ずかしさを感じてムッとする。
「おい、何見てんだよ、アンタたち!見せモンじゃねぇよ!」
堅が言い放つと、群集が分かれて彼を通す道を作る。そこを通ろうとしたところで、彼はふと足を止める。
彼の視線に、静留と黎人の姿が映ったからだった。
「こんな野暮なことを見過ごすなんて、アンタたちも人が悪いなぁ。」
苦笑を浮かべる堅に、静留と黎人は微笑む。
「あんはんはそへんなしょーもへん理由でこへんなことはせえへん。そへん思っただけです。」
「何か考えがあってしたことなんだろう?それなら、僕もあえて見届けることにするよ。」
生徒会を指揮する立場にいる2人に言われて、堅は苦笑するしかなかった。
「なつきのこと、よろしくお願いします。」
なつきのことを静留に言われ、一瞬眉をひそめるも、堅は小さく笑みを見せる。
「あと、舞衣ちゃんのこともね。」
そこで黎人が舞衣のことを切り出してきたため、この場を立ち去ろうとした堅が再び足を止める。
「アンタ・・」
疑念を抱きながら振り返った堅の眼に、微笑んでくる黎人の顔が映っていた。
オーファンとの戦いを終えたなつきは、舞衣たちと別れ、バイクで学園を後にしようとしていた。近くで人だかりができていたが、気にはなっていたが紛れる気にはなれなかった。
群れることを嫌っていた彼女は、その騒ぎを見に行く気にはならなかったのだ。
しかし彼女は一抹の困惑を抱いていた。堅と千草の近くで起こったHIMEの悲劇。彼は自分と同じ、復讐のために戦い今まで生きてきていた。
自分と同じ境遇を経験した彼に、なつきは困惑を拭えずにいられなかった。
メットを手に取ったところで、なつきは1人の男が見つめていることに気付き、メットをバイクの上に置いた。
黒いコートを羽織った白髪の男は、なつきを見て不敵に笑っていた。
「お前がデュランを駆るHIME、玖我なつきだな?」
「だとしたら何だというんだ?」
平然と声を返してくるなつきに、男は笑みをさらに強める。
「オレはデルタ・シアーズ。HIMEを滅ぼす者だ。」
男がかざした両手に、なつきは眼を見開いた。
(黒い右手と白い左手・・まさかこの男が・・!?)
彼女の脳裏に、堅が語った男、貴典と結衣を消した男のことが蘇る。
堅が追い求めていた大敵、デルタがなつきの前に姿を現した。
次回
「今まで探し続けてきた・・アンタを!」
「誰かを想うことは、その相手と自分を縛るのと同じなんスよ。」
「想いって、辛かったり悲しかったりもするけど、嬉しかったり熱くなったりする。」
「不知火千草さん、あなたを処分いたします。」