舞HIME –another elements- 第16話「幸村結衣」

 

 

「ただいまぁ。」

 堅がぶっきらぼうな態度で帰宅する。既に貴典も千草も帰宅して家にいた。

「あ、ただいま、お兄ちゃん・・あれ、結衣さん?」

 出迎えてきた千草の眼に、堅と一緒にいる結衣の姿が飛び込んでくる。

「うん。ちょっとそこでバッタリ会っちゃって。貴典は?」

 結衣が問いかけると、居間から貴典が姿を見せる。

「一緒に来てたなんて・・ん?どうしたんだ、浮かない顔して?」

「えっ・・?」

 貴典の唐突の問いに、結衣が虚を突かれたようにきょとんとなる。しかしすぐに小さく笑みをこぼして、

「何でもないよ、何でも・・」

 思いつめた彼女を見て、堅と貴典が困惑を見せる。

 堅はその理由が分かっていた。そして貴典も薄々彼女の気持ちを悟っていた。

 

 日も落ちて薄暗くなった夜の草原。満月の光だけが、その草原を淡く照らしていた。

 その中心に1人の男が立っていた。黒いコートを着用しているが、彼の髪は真っ白だった。

「ここに住んでいたのか、HIMEの1人が。中にはワルキューレと呼ぶ人間もいるが。」

 男は口元に指を当てながら微笑を浮かべ、丸い満月を見上げていた。

「さて、そのHIMEを滅ぼしたとき、誰が消えるのかな?」

 男は微笑を崩さずに振り返り、町のほうに向かって歩き出した。

「この眼で直に見れればいいのだが。」

 

 次の日曜日。堅は家で受験勉強。千草は家の家事を手伝っていた。

 貴典は部活のために学校に行っていた。屈託のない生活の日々が繰り返されているように思われた。

 しかし堅はひとつの考えを巡らせていた。結衣が人知を超えた力を持っていたことだ。

 波動の武術を会得した堅であるが、それは波動の原理を応用したもので、その元を辿れば人の力でしかない。しかしHIMEの力は人のものとは思えない何かが働いている。

 想像を大きく超えた何らかの動きに、堅は一抹の不安を抱えていた。

「お兄ちゃん、これから買い物に出かけるから、留守番よろしくね。」

 そこへ千草がドアをノックしながら、声だけかける。

「あ、オレが行ってくるよ。」

 堅は椅子から立ち上がり、部屋のドアを開ける。

「でも、お兄ちゃん勉強中じゃ・・」

 困惑を見せる千草。すると堅が笑みを見せる。

「いや、ちょっと気分転換をしたいとこだったんだ。そのついでに行ってきてやるよ。」

「そう・・じゃ、お願いね、お兄ちゃん。」

 千草は堅に買い物を任せ、そのリストを書いた紙と必要分のお金を手渡した。

 

 正午、貴典は午前中のみの部活を終えて、帰宅しようとしていた。そんな彼は学校の正門に差しかかったとき、結衣の姿を見つけて足を止める。

「結衣!」

 貴典が声をかけると、結衣は振り返って大きく手を振ってくる。

「貴典!」

「お前も部活だったのか。わざわざ、オレを待っててくれたのか?」

「うん。うまく時間も合ったことだしね。一緒に帰ろう。」

「あぁ。」

 結衣の誘いを心から受ける貴典。2人は横に並んで帰路に着く。

「ところで結衣、昨日は堅とどこに行ってたんだ?」

「えっ?」

 貴典の唐突な質問に、結衣が驚きの反応を見せる。

「違うよ。たまたま堅くんを見つけただけ。あなたの家から少し離れた草原で。」

「あの草原か?あそこで昔はよく遊んだなぁ。堅と千草ちゃんと。結衣と会ったのは、あそこで遊ばなくなってからのことだから。」

 結衣の話を聞いて、貴典が昔を懐かしむ。昨日の堅と似たような顔をしてると結衣は思った。

 事故で両親を亡くした堅と千草を、森家が引き取った。以来、彼と貴典は兄弟同様に育てられ、無二の親友としても確立したのだった。

 同じ年頃、同じ屋根の下で過ごしている影響か、2人の解釈は似通っていると思えることが結衣にはあった。

 2人はその草原の前までやってきていた。そこで2人は足を止めて、果てしなく広がる草木を見渡す。

「楽しかったな、あの頃は。まぁ今も十分楽しいけど。子供でしか楽しめない楽しみは、今じゃ堪能できないのかも。童心に帰っても気休めぐらいにしか。」

 その光景を見て、貴典が呟く。すると結衣が笑みをこぼして、

「でもその思い出で誰かを信じることもできるんだから。大切にしたいね。」

「あぁ。」

 頷くと突然、貴典が結衣を抱きしめた。あまりに突然のことで、彼女は頬を赤らめたまま言葉がでなくなってしまった。

「今のお前との時間も、オレは大切にしたいと思ってる・・」

(貴典・・・)

 貴典の切実な願い。結衣はその願いを受け止めて呟いたが、声にはなっていなかった。

 そのとき、草原のほうで轟音が鳴り響いた。貴典と結衣が振り向くと、そこには両手のはさみを大きく掲げている、カニのような巨大な怪物が咆哮を上げていた。

「な、何だ、あのバケモノは!?」

 貴典がその怪物に驚愕を覚える。

「・・オーファン・・」

「えっ?」

 結衣の呟きに貴典が眉をひそめる。

“もしアイツに、アンタがHIMEっていうのだってことを知られるときが来るかもしれねぇ。”

 彼女の脳裏に、HIMEの存在を知ったときの堅の言葉が蘇る。いつか自分の正体が、貴典に知られるときが来るかもしれない。

(やるしかない。もしあたしが逃げても、あのオーファンに貴典が・・)

 彼女の中に決意が宿る。今がそのときだ。

(あたしも、貴典を守ってあげたい!)

「イーグル!」

 結衣が叫びを上げると、彼女の手元にエレメントの槍が出現し、前方に巨大な鷹、イーグルが出現する。

「なっ・・!?」

 貴典が鷹の姿に驚愕を覚える。イーグルは大きく翼をはためかせ、怪物に向かって飛び込んでいく。

 しかしそこへ怪物がはさみを振り下ろしてくる。イーグルは上空に飛翔してこれを回避する。

 再び咆哮を上げる怪物を、結衣はじっと見据える。構えた槍を、怪物のひとつの眼を狙って投げつけた。

 槍は的確に怪物の眼を射抜く。激痛を覚え、怪物が絶叫を上げる。

「今よ、イーグル!」

 結衣のかけ声を受けて、イーグルが加速しながら降下する。その鋭い爪で、怪物の体を切り裂く。

 痛恨の痛手を受けた怪物が昏倒し、絶命して消滅する。結衣は草原の地に足をつけるイーグルに駆け寄っていく。

「イーグル、今日もありがとうね・・」

 結衣がイーグルの頭を撫でると、イーグルは嬉しそうに彼女にじゃれてくる。

 そんな中で、貴典がその光景を呆然と見つめていた。人間の常識では計れない出来事が眼の前で繰り広げられていたからだ。

「結衣・・これは、いったい・・・!?」

 困惑に包まれながら声をかける貴典に、結衣が沈痛の面持ちで視線を向ける。

「貴典、これがあたしのホントの姿なの・・あたしはHIMEで、イーグルを一緒にオーファンっていう怪物と戦っているの・・」

「HIME・・オーファン・・!?」

 結衣の説明に、貴典が眉をひそめる。

「貴典は、こんなあたしは嫌いだよね・・こんなあたし、怖いよね、貴典・・・」

 物悲しい笑みを見せる結衣。貴典に嫌われてしまったものと思えてならなかった。

 人の理解を超えた存在は、人に恐怖を与えることもある。彼の間に深い溝ができてしまったと彼女は感じていた。

 しかし貴典は小さく笑みをこぼし、

「お前がそんな力を持ってたのは正直驚いたよ。でも、オレはそんなことでお前を怖がったりしない。」

 真剣な眼差しを送りながら、貴典は結衣に近づいていく。そして戸惑いを見せている彼女を優しく抱きとめた。

「たとえ人を超えていても、人間じゃなくても、お前はお前だ、結衣。」

「貴典・・・」

 貴典の告白が、結衣は何よりも嬉しかった。HIMEの力を心から受け入れてくれる人を見つけられて、彼女は感謝の気持ちを感じていた。

 

 結衣と貴典の告白を、買い物に出かけていた堅は目撃していた。しかし大きな問題にならなかったと分かり、彼は安堵して笑みを浮かべ、2人をこのまま見守ることにした。

 そのとき、草原の草木を風が大きく揺らした。一瞬眼を背けていた堅が視線を戻すと、2人は突如現れた1人の男と対峙していた。

 黒いコートを着用した白髪の男は、結衣とイーグルを見つめて不敵に笑う。

「ついに見つけたぞ、HIME。」

「あ、あなたは・・?」

 男に向けて、結衣が困惑を浮かべながら問いかける。

「オレはデルタ・シアーズ。HIMEを滅ぼす者だ。」

 デルタと名乗ったその男は、両手を掲げてみせる。その右手は黒く左手は白かった。特殊な手袋を装備しているようにも見えたが、その詳細は分からない。

「お前のチャイルド、お前の思いを壊すことで、オレの心を満たす。オレの心の糧となるがいいさ。」

 そういってデルタが結衣たちに向かって駆け出す。貴典が驚き、結衣がとっさに構える。しかし向かってきたはずのデルタの姿が突然2人の視界から消える。

「えっ・・!?」

 相手の姿を見失った彼女が視界を巡らせる。

「どこを探しているんだ?」

 その声に驚愕を覚えながら、結衣がとっさに振り返る。彼女たちの背後に、悠然と立っているデルタの姿があった。

「そんな!いつの間にそこに!?」

「この程度の速さについてこれないとはな。なら散りゆく前にオレの力を少しだけ見せるとしようか。」

 デルタが振り向き、黒い右手を構えるその手から黒い炎が灯る。

 その炎を翼を羽ばたかせているイーグルに向けて放つ。

「イーグル!」

 結衣の声でイーグルが上空に飛翔しようとする。しかし黒い炎は鷹を追尾し、その体を焼く。

 炎に包まれたイーグルが悲鳴を上げる。

「イーグル!」

 眼を見開く結衣。炎を振り払おうとして脱力して落下していくイーグルを見つめて、デルタが哄笑を上げる。

「いくら動きの速い鳥でも、炎に焼かれれば激痛に見舞われ、動きが鈍る。そしてオレの力は、狙った標的を決して外しはしない。」

 デルタの掲げた白い左手から冷気がほとばしる。そしてそれは形を成し、氷の刃となって握られる。

 そしてその刃を落下する鷹に目がけて放つ。刃は的確にイーグルを捉え、その体を貫く。

「イーグル!」

 眼の前で起こった出来事が信じられず、結衣が愕然となる。白い刃に射抜かれたイーグルが、紫煙に包まれて光の粒子とともに姿を消す。

 彼女の眼から涙があふれ出す。呆然のまま貴典に振り向く。

「貴典・・イーグルが、イーグルが死んじゃった・・消えちゃったよ・・・」

「結衣・・・ぐっ!」

 悲痛の声をもらす結衣に困惑していた貴典。だがそのとき、突如彼は胸を強く締め付けられる不快感に襲われる。

「貴典・・!?」

 結衣はさらに信じられない光景に襲われる。倒れる貴典に思わず駆け寄っていた。

「貴典!」

 それを見ていた堅もたまらず駆け出していた。力を失くした親友の体に手を差し出す。

「貴典!しっかりしろ、貴典!」

 堅が必死に貴典に呼びかける。貴典がもうろうとした意識の中で、堅と結衣に手を差し伸べる。

「堅・・結衣・・いろいろすまなかった・・・」

 小さく微笑む貴典だが、力を失くした手が草原の草花の上に落ちる。

「貴典!おい、貴典!」

「ねぇ、起きてよ、貴典!」

 堅と結衣が涙ながらに呼びかけるが貴典は眼を覚まさない。それどころか、彼らはさらなる驚愕の出来事を目の当たりにする。

 貴典の体が突然、光の粒子となって崩れていく。堅と結衣の手から彼の姿が弾けて消える。

「貴典!」

 堅が大きく眼を見開いて、貴典が消えたその場所を見つめていた。そして大粒の涙を眼からあふれさせて、草原に轟くほどの悲鳴を上げた。

 その悲劇の光景を見つめながら、デルタは不敵な笑みを浮かべて姿を消した。

 

 それから自暴自棄に陥った堅は、何とか自分の意思を保とうとしながら買い物を済ませ、家に戻ってきた。貴典を失った結衣は、まるで夢遊病者のように草原から立ち去っていった。彼女の悲しみが悲痛なまでに分かっていた彼は、彼女を呼び止めることができず、彼も親友を失ったことでまた途方に暮れていた。

「お兄ちゃん、おかえりー。」

 そんな堅を迎えてくれたのは、事情を何ひとつ知らない千草だった。彼女の笑顔を見るのは、今の彼には辛いことだった。

「どうしたの、お兄ちゃん?元気ないけど・・何かあった?」

 沈痛の面持ちを浮かべている堅に、千草が疑問符を浮かべて聞いてくる。すると堅は何とか笑みを作って、

「いや、何でもないさ。」

「そう?・・ところで、貴典さん知らない?ちょっと用事があるんだけど・・」

 千草のその言葉で、心の奥に伏せていた悲しみに堅は再び襲われる。しかしすぐに我に返って、

「さぁ。オレは会わなかったけど・・」

 そういって堅は振り返り、再び外に出ようとする。

「また出かけるの?」

 千草がそんな彼を呼び止め、聞いてくる。

「あぁ。もしかしたらどっかで会うかもしれねぇ。用事ならオレがやるか、伝えてくるから。」

 堅がそういったので、千草はその用件を彼に伝えた。もう彼らの心の中にしか存在しない親友に向けての伝言を。

 

 思い出の草原の先にある小さな崖。その前の道に堅はやってきていた。

 その下の海岸も、彼と貴典、結衣、千草の思い出の場所のひとつだった。しかしそれはもう思い出でしかなかった。

 悲しみを拭い去れないでいる彼が視線を崖に戻すと、その先端に結衣の後ろ姿があった。

「結衣さん・・・」

 堅が声をもらすと、結衣が振り返り、沈痛の顔を彼に見せる。

「堅くん・・・」

 返してくる結衣の声も弱々しかった。彼女の頬を涙があふれていた。

「HIMEの力を、イーグルを呼び覚ましたとき、あたしは言われたの。1番大切なものを賭けることになるって。」

 物悲しい笑みを浮かべて語る結衣。堅は胸を締め付けられる思いに陥って、声を返すことができなかった。

「チャイルドはHIMEの想いが形となったもの。それが壊されちゃったら、その想いを寄せている相手の命も消えちゃうの。」

「だから、イーグルが消えて、貴典が消えたっていうのかよ・・・そんな・・そんなバカな!」

 堅が再び信じられないという面持ちを見せる。

「堅、もうあたし、生きていけないよ・・・貴典のいない、この世界じゃ・・・」

 絶望感で満たされているにも関わらず、結衣が満面の笑みを見せる。そんな彼女の体が後ろに倒れる。

「結衣さん・・・!?」

 堅がたまらず駆け出し、手を伸ばしていた。しかしその手は結衣には届かなかった。

 驚愕を覚える彼の眼下で、結衣が崖から落下して、海に姿を消す。

「結衣さん!」

 悲痛の叫びを上げる堅。彼は貴典だけでなく、結衣までも失ってしまった。

「バカヤロー・・アンタまで死ぬことはないだろ・・・バカヤロー・・・!」

 崖の上で地面に拳を打ち付ける堅。彼を打ちのめす悲しみは、徐々に憤りへと変わっていく。

 そんな彼の背後には、大勢の軍人が並んでいた。その1人に麻酔を打たれ、彼は意識を失った。

 

(オレはどうしたらいいんだ・・・)

 薄らいでいる意識の中、堅が胸中で呟く。

(貴典を失って、結衣さんまで失った・・・こんなことが許されていいのか・・・)

 彼の心の中に、次第に憎悪が湧き上がってくる。

(あの男・・あの男が出てこなければ、2人は今も幸せでいられたのに!)

 彼の感情の糸が音を立てて切れた。

(許せない!)

 

 気絶させられた堅は、一番地の研究施設に送り込まれた。そこでHIMEやオーファンに関する記憶が消されるはずだった。

 しかし研究員が彼の意識にアクセスした瞬間、彼は目覚めた。眼光を紅く染め上げて。

 彼の周囲に凄まじい振動がほとばしり、精密な機械を次々と破壊していく。その爆発と炎上に研究員たちが巻き込まれていく。

 一番地は堅の中で膨らんでいた殺意を解放してしまった。歯止めが利かなくなって暴走する彼の力によって、施設は血と炎の海と化した。

「オレは、相手を傷つけることだけを考えて戦ったことはない。だけど、今は違う。オレは、アンタたちを殺す!」

 堅の殺意が、悲しき記憶を消し去ろうとした一番地の人間を抹消した。紅蓮の炎の中で研究員たちを全滅させ、彼は1人、この施設から抜け出した。

 

 それからあの人は、今まで暮らしていた場所から姿を消しました。

 消し去ることが困難な悲しみと怒りを宿しながら、1人だけで歩き始めました。

 大切なものをなくしたあの人を動かしていたのは、「復讐」という連鎖でした。

 今までの楽しい日々に別れを告げて、彼は戦う道を選んだのです。

 

 

次回

第17話「楯祐一」

 

「アンタにはまだ迷いがある。」

「教えてくれ。いったい何が起こっているのか。」

「貴典や結衣さん、お兄ちゃんのためにも、私は戦う!」

「お前がデュランを駆るHIME、玖我なつきだな?」

 

 

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