舞HIME –another elements- 第15話「森貴典」

 

 

 私とお兄ちゃんは、幼いときにお父さんとお母さんを亡くしました。

 それで私たちは、お父さんの友達であるおじさんに引き取られることになりました。

 おじさんには1人の息子さんがいました。

 お兄ちゃんと同じ背格好に見えました。

 年齢もお兄ちゃんと同じ。

 名前は、森貴典(もりたかのり)さん。

 

 おじさんに引き取られてから7年。

 私とお兄ちゃんは、貴典さんに彼女ができたことを知りました。

 お兄ちゃんを引っ張り出して、私はその真相を確かめました。

 そしてついに、2人が付き合っていることを目撃したのです。

 でも、そこで私たちが後をつけてきていたところを、貴典さんたちに見つかってしまいました。

 付き合っていた女性は、流れるような長い黒髪をしていて、大人にも思えるほどに綺麗で素敵な人でした。

 名前は、幸村結衣(ゆきむらゆい)さん。

 

 結衣と知り合った堅と千草。貴典も混ぜて、4人の新たな生活の日々が始まった。

 時にはショッピングをして、時には遊園地や映画館に行って、かけがえのない時間を楽しんだ。

 そんなひと時の中でやったテニスを終えて休息を取っていた間の談話だった。

「アハハ、堅は走りと武術には長けてるけど、球技はオレには及ばないな。」

「言ってくれるじゃないか、貴典。」

 からかう貴典に苦笑を浮かべる堅。そんな2人のやり取りを、千草と結衣が微笑みながら見つめていた。

「ねぇ、4人一緒の写真でも撮っとこうか。」

 そこで結衣が堅たちに呼びかけて、バックからカメラを取り出した。

「え?今からか?」

 貴典がきょとんとしながら、喜びを見せている結衣を見つめる。

「撮っておきたいのよ。思い出の1枚をね。」

 そういって土台となる場所にカメラを置いて、タイマーをセットする結衣。

「さぁ、お兄ちゃんも貴典さんも並んで、並んで。」

 千草も結衣に便乗して、堅と貴典を促す。そして結衣と千草がベンチに座り、堅と貴典がその後ろに立つ。

 やがてタイマーが入り、カメラのシャッターが入る。

「これでみんなの写真ができたね。」

 カメラを手にとって満面の笑みを見せる結衣。そんな彼女の姿に、堅も千草も貴典も安堵していた。

 しかしこの写真が4人で撮った最後のものだとは、彼らは知る由もなかった。

 

 それからしばらくたったある日、千草は結衣に呼ばれて、2人だけの買い物に呼ばれた。2人は女性だけでしか堪能できないことをして、このひと時を楽しんでいた。

 いくつかの店を回った後、2人はレストランで休憩を取った。そこで結衣はチョコレートパフェを、千草はバナナパフェを注文した。

「ところで結衣さん、貴典さんと付き合って、どのくらいになるんですか?」

 千草が唐突に結衣に問いかける。結衣は頬を赤らめて、思い返すように答える。

「んっと〜・・3ヶ月ぐらいになるのかなぁ・・?」

「そうなんですかぁ・・・あと、お兄ちゃんのことが好きになったりしたことあります?」

「ええっ!?」

 思いもよらなかった千草の問いかけに、結衣が赤面する。しかしすぐに落ち着いて、

「そんなことないよ。確かに堅くんもいいとは思うけど、貴典のほうが1枚上手かな?貴典は堅くんと比べて頭もいいし、しっかりしてるし・・あっ、でも堅くんがダメだっていうわけじゃないから。」

 慌てて弁解しようとする結衣。千草はそれを見て思わず笑みをこぼす。

「分かってますよ。お兄ちゃんはだらしがなくて無鉄砲で、口が悪くて感情的で。でも、友達や家族のためにいつも体を張ってくれる。いじめられてた私を助けてきたり、貴典さんをかばって傷だらけになって帰ってきたり。」

「うん、それは私も貴典から聞いた。」

 千草の言葉に苦笑する結衣。

「多分お兄ちゃん、貴典さんと結衣さんの幸せを、心の底から願ってると思うんです。そして私も・・」

「千草ちゃん・・」

 千草の思いを聞いて、結衣が笑みをこぼした。

「私も応援しますから、結衣さん!貴典さんと結衣さんが結ばれて、結婚できるように!」

「ち、ちょっと千草ちゃん!?結婚だなんてまだ気が早いよ!」

「いいえ、そんなことないです!私とお兄ちゃんは信じてますから!」

 そわそわする結衣に、自信ありげに言い放つ千草。そんな彼女の願いを受けて、結衣は笑みを見せた。

「ありがとう、千草ちゃん・・堅くんにも、よろしく言っておいてね。」

「はいっ!」

 感謝の言葉をかける結衣に、千草は満面の笑みを見せて頷いた。

 

 一方、1人買い物に出ていた堅。その帰り、彼の通っている中学の前を通りがかり、そこで彼は部活を終えてきた貴典の姿を見つける。

「あ、貴典。」

「堅、1人で出かけてたのか?」

「あぁ。千草も結衣さんと一緒に出かけちまったからな。おじさんの頼みで買い物に出てたんだ。」

 堅が説明すると、貴典は小さく頷いた。

「ちょっと、時間いいか?」

「えっ?・・ああ。」

 貴典の唐突な呼びかけに、堅も頷いた。

 2人は学校から少しはなれた場所に位置する草原までやってきた。幼い頃から千草と3人でよく遊んだ場所である。

「ガキのときはよくいろんなことしてたな、ここで。」

 堅が昔を思い返しながら草原を見回す。貴典もその光景に感嘆を覚える。

「あぁ。今度は結衣も入れて、ここに来たいものだよ。」

「そんなこと言っていいのかい?お前は結衣さんと2人だけの時間を過ごしてたほうがいいよ。」

 気さくな笑みを見せる堅。すると貴典が思いつめた面持ちになる。

「あのさ、堅・・オレ、時々こう思うことがあるんだ・・オレはアイツが思うほど、強い男なのかなって・・」

「貴典・・・」

「お前は波動の武術や剣術を習って、鍛錬して強くなった。けどオレは文武両道でしっかりしてるだけで、それ以外の取り得は何もない。だから・・オレも強くなりたい・・アイツのために。」

 密かに決意を見せる貴典に、堅も思いつめた表情を見せる。

「それだけあれば、お前は十分にすごいヤツだよ。少なくても、オレよりもずっとな。」

「堅・・」

「お前と結衣さんはお似合いの2人だ。これからも、オレがしっかりサポートしてやるよ、お二人さん。」

 堅の励ましを受けて、貴典は改めて笑みを見せる。そして堅に向けて手を差し伸べる。

「これからも友でいてくれよ、堅。」

「・・あぁ!」

 差し出された友の手を握り締めて、堅は歓喜を込めた返事をする。

 

 その日の夜。堅たちはいつもと変わらぬ夕食を取っていた。ただひとつ違ったことは、そのテーブルには結衣が座っていたことだった。

 彼女はおじさんの誘いで貴典の家にやってきていた。時々呼ばれては夕食をいただいていたのだ。

「ありがとう、おじさん。今夜もお誘いいただいてしまって。」

「いいんだよ。結衣ちゃんには貴典がお世話になってるんだから。」

「おいおい、父さん・・」

 礼を言う結衣に気さくな笑みを見せるおじさん。すると貴典が苦笑を浮かべる。

「ところで、そろそろ高校受験のシーズンが迫ってきてるな。貴典と結衣ちゃん、堅くんは志望校とかは決まってるのかい?」

 おじさんが真面目な顔になり、堅たちに問いかける。すると貴典が先に、

「あぁ。オレ、風華学園に行こうと思ってるんだ。」

「風華?あの有名な風華学園かい?」

「あそこはいろいろと施設もあって学力も高めなんだ。それで、結衣も偶然にも風華に行くって決めてたんだ。」

 貴典がそういうと、結衣が照れるように微笑んだ。

「いいなぁ。風華かぁ。オレみたいなバカには到底行き着けない境地なんだろうなぁ。」

 その傍らで、堅が頬杖をついてぼやいていた。

「大丈夫だよ。お兄ちゃんも頑張れば、絶対に風華学園に入れるって。」

 千草が励ますが、気休めになるのかさえ危ういほど、堅はますます憂鬱になってしまった。

「あまり思いつめるな。要は自分の進みたい道に進めるか。それが勝負の分かれ目なんだよ。堅くんもそのために頑張れれば、勝利者になれるんだよ。」

 おじさんの言葉でも、堅の落ち込みは直らなかった。

 

 それから貴典と結衣は、2人だけで外に出て夜空を見ていた。夜空には星たちがきらめき散りばめられていた。

「きれいな空だね。思わずつかみたくなっちゃいそうだよ。」

 両手を広げて微笑む結衣に、貴典も苦笑をもらす。

「あたしたちも、あんな星たちみたいに輝けるかな?」

「そうだなぁ・・でもあそこで人が輝いているとしたら、天に昇っていった人ばかりじゃないのか?」

 胸を躍らせていた結衣に、貴典が沈痛の面持ちで呟く。その言葉に結衣は戸惑う。

「人間はあくまで人間だ。宇宙に飛び上がる知性や技術があり、結果宇宙(そら)に飛んだこともあるが、人間の能力だけで行ったことはない。人間は未だに重力に縛られている弱い生き物なんだよ・・」

「貴典・・」

「それでも、まだ可能性があるなら、オレでも強くなれるなら、強くなってお前を守ってあげたい。結衣、そんなオレを見守っていてほしい。」

 貴典は決意を込めて、結衣を優しく抱きとめる。困惑を見せるが、彼女はその抱擁に身を委ねる。

「あたしもだよ、貴典。あたしもあなたを守っていきたい。一緒の時間をすごして、幸せになりたいと思ってる・・・」

「・・ありがとう、結衣・・・」

 夜空の星のように、2人の思いは光り輝いていた。

 そんな2人の姿を、堅と千草は家の2階のベランダから見下ろしていた。

「なかなかすばらしきことで。」

 堅が笑みを浮かべて、ぼやくように呟く。

「でもいいの、お兄ちゃん?お兄ちゃんも結衣さんのこと・・」

「いいんだよ。結衣さんは貴典のことが好きなんだ。貴典も結衣さんのことが好き。だったら、優しく見守ってやるのが友というもんだ。」

 沈痛の面持ちになる千草に、堅はぶっきらぼうな態度で答える。

「でも、お兄ちゃんの気持ちはどうなるの・・?」

「たとえあの2人が結ばれても、アイツらがオレの親友であることに変わりはねぇ。2人が幸せになってくれることが、オレの幸せにもなるんだよ。」

 微笑みながら、堅は愛し合う貴典と結衣を見守る。

 それが堅だった。いつも周りの悩みや思いに力添えする人だった。しかし裏を返せば、自分を優先しない控えめな人にも見て取れた。千草にはそう思えてならなかった。

 

 それからしばらく日にちがたち、堅は思い出の草原に1人で来ていた。

 彼はそこで貴典や千草とすごした日々を思い返していた。

 年月がたつに連れて、貴典が遠い存在になっていくように思えていた。しかしそれは悲しいことではなく、むしろ誇るべきことだった。

 親友が立派になっていくことが、堅は何よりも嬉しいことだった。

「こんなところで何してるの?」

 そこへ結衣が通りがかり、堅に声をかける。堅はその声に振り返る。

「結衣さん・・・?」

 堅がきょとんとした面持ちを見せていると、結衣が微笑んでくる。

「いいところね。気持ちが和らいでくる。」

「あぁ・・ここ、ガキの頃によく遊んだとこなんだ。千草と、そして貴典と。」

「えっ?貴典と?」

 結衣が興味を持ったように微笑むと、堅も笑みをこぼす。

「ホントはアンタと貴典と2人、あるいはオレと千草と4人でここを見せたかったんだけどな。」

「えっ・・マズかったかな、あたしがここに来ちゃ・・?」

 気まずそうになる結衣の顔を見て、堅が苦笑をもらす。

「そんなわけねぇだろうに。けどまぁ、貴典にはナイショだな。」

「そうね。」

 互いに笑みをこぼす2人。それから結衣は青空を仰ぎ見る。

「ところで、堅くんはあの星が見える?」

「あの星?」

 結衣に唐突に言われて堅が眉をひそめ、彼女が示す先を見据える。しかしその先には空とわずかな雲があるだけで、星と呼べるものは点在していない。

「何にもないぞ。オレ、これでも視力はいいほうなのに・・」

「そう・・あたしにしか見えてないのかなぁ・・」

「どんな星なんだ?」

「紅いひとつの星なんだけど・・」

「ふぅん・・明けの明星・・というわけじゃないみたいだな・・」

 眼を細める堅は、未だに空を眺めていた。結衣の示した星が、彼女のような乙女でなければ見えないものだということも知らずに。

 そのとき、草原を地震が揺るがした。堅と結衣が困惑しながら、周囲を見回して警戒する。

「な、何か、大きいぞ・・」

 揺られながら堅が呟く。すると2人の眼前で、巨大な黒い影が現れる。

 影は徐々に形を変え、巨大な前足をした淡い緑の体色をした怪物となる。

「な、何だっ!?」

 堅がその怪物に驚愕する。怪物は荒い吐息をもらして、2人にゆっくりと歩み寄ってくる。

「堅くん、ここはあたしに任せて逃げて!」

 結衣が怪物を見据えながら、堅に逃げるよう促す。しかし堅は逃げようとしない。

「バカ言うな!アンタを置いてオレだけ逃げたら、男がすたるし貴典に顔向けできねぇよ!」

 そう言い放って、堅は波動の力を解放し、半透明の刀を具現化して握り締める。

 自分のために体を張って戦おうとしている。その彼の姿を、結衣は彼の背後から見守っていた。

「ありがとう、堅くん・・でも、これはあたしが戦わなくちゃいけないことなのよ・・」

「えっ・・?」

 結衣の言葉に眉をひそめる堅。彼女は瞳を閉じ、意識を集中させる。

 すると彼女の右足の甲が紅く光りだす。そして彼女の手元に長い柄の槍が出現する。

「ゆ、結衣さん・・・!?」

 堅がこの出来事に眼を疑った。結衣は怪物に槍の矛先を向けながら、困惑の表情を浮かべる。

「これがあたしの力・・もう1人のあたしなの・・・」

 彼女の告白に、堅は戸惑うしかなかった。何とか迷いを振り切ろうとしながら、彼女は怪物に飛びかかり、持っていた槍を叩きつけた。

 怪物は怯みながらも、倒れるのを踏みとどまった。着地した結衣が再び意識を集中する。

「出てきて、イーグル!」

 彼女の呼びかけを受けて、上空に大きな両翼がきらめいた。散りばめられるような輝きを放ち、金と黒で彩られた巨大な鷹が姿を現す。

 鷹は大きく身をひるがえして、鋭い爪で怪物の体を切り裂く。絶叫を上げて昏倒した怪物が紫煙に包まれて消滅する。

 戦いが終わり、肩の力を抜いた結衣がひとつ息をつく。すると持っていた槍も大きな鷹も姿を消した。

 困惑したままの堅に振り返り、結衣は覚悟を決めて告げた。

「実はあたし、HIMEなんだよ・・」

「HIME・・?」

 結衣の言葉の意味が分からず、堅が疑問符を浮かべる。

「中にはこの力を高次物質化能力っていう人もいるわ。その力を受けて“想い”が形となったのがチャイルドとエレメント。あたしのは槍と、鷹のイーグル。」

 結衣は自分の胸に手を当てて、堅に語りかけた。HIME、エレメント、チャイルド、媛星。知っていることを全て彼女は話した。

 波動の武術を会得している彼なら、必ず力になってくれると思ったからである。そしてこのことは、貴典には知られたくないと結衣は思っていた。

「なるほど・・分かった。貴典にはあえて言わないことにする。」

「堅くん・・・」

「けど、もしアイツにバレたら・・いや、多分アンタがそのHIMEっていうのだってことを知られるときが来るかもしれねぇ。そんとき、アンタはどうすんだ?」

 困惑を込めた堅の問いかけ。その言葉に結衣も困惑を見せた。

 

 あの人は自分の気持ちに整理がつかない状態にいました。

 自分が知ってる常識からかけ離れた力を目の当たりにしたからです。

 それでも何とかしたいという気持ちは変わりませんでした。

 親友のため、自分のため、彼も戦うことを決めました。

 でも、近いうちにその思いが壊れてしまうなんて、そのときのあの人たちは知りもしませんでした。

 

 

次回

第16話「幸村結衣」

 

「ついに見つけたぞ、HIME。」

「こんなあたし、怖いよね、貴典・・・」

「たとえ人間じゃなくても、お前はお前だ。」

「そんなバカな!」

「堅、もうあたし、生きていけないよ・・・」

 

 

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