舞HIME –another elements- 第11話「菊川雪之」

 

 

 千草は学園の裏庭の中を駆けていた。プリスを殺され、彼女はHIMEばかりでなく、堅さえも信じられなくなっていた。

「お兄ちゃん・・どうして・・・」

 眼から大粒の涙をこぼして、千草が打ちひしがれる。

「わたし・・どうしたらいいの・・・何を信じたら・・・」

 完全に心を閉ざしてしまった千草。その悲しみを押し隠しながら、彼女は再び歩き出した。

 悲痛さを表に出さないように、ふと空を見上げた。彼女の眼に、神々しく輝いている月とともに、赤々と光る星が映し出されていた。

 

 それから3日がすぎた。風華学園内は穏やかな日常が繰り返されているように見えた。

 しかし、登校してくる生徒たちの中に千草の姿はなかった。巧海や晶の通う教室にも彼女は来てはいなかった。

 舞衣も命も気がかりになっていた。2人は巧海と晶に、千草のことを聞いた。

「ダメだよ、お姉ちゃん。千草ちゃん、学園にも来てないみたいだよ。」

「そう・・ありがとう、巧海。」

 巧海の沈痛な答えに、舞衣は笑みを見せて頷いた。

「どうしたの、お姉ちゃん?確かに千草ちゃんのことは、僕も晶くんも心配してるんだけど。」

「うん・・千草ちゃん、寮の部屋を訪ねても、閉じこもって出てこないようなのよ・・」

 心配は募るばかりだった。プリスが死んでから、千草は寮に戻ってきたものの、それ以来部屋に閉じこもって出てこないのである。

「堅くんも元気がなくなってたみたい・・・」

「2人の間に、何かあったんですか?」

「えっ?うん、まぁ・・」

 晶の問いかけに舞衣は小さく頷いた。堅と千草の決裂に、HIMEが大きく関わっていることを、彼女の口からは言えなかった。晶も同様の力を持っているとも知らずに。

「ところで、堅さんはどうしてるの?」

 巧海が問いかけると、舞衣は少し戸惑ってから答えた。

「うん・・私の知り合いが様子を見に行ってくれるって。同じクラスでもあるし。」

 笑みをこぼすものの、心配であることに変わりない。舞衣と命は再度、堅の様子を確かめようと巧海と晶と別れた。

 

 堅は学園に来ていた。しかし完全に意気消沈した面持ちで、教室内の空気も重くしていたようにも感じられた。

 そんな彼の様子をうかがおうと、なつきが近寄ってきた。

「ずい分と腑抜けになったものだな。」

 不敵に笑ってみせるなつきに、堅は顔を向ける。

「何だ?・・からかって笑おうと思ってきたのか?」

 堅があざ笑うと、なつきはきびすを返して背を向けた。

「勘違いするな。腑抜けになったお前をからかったところで何の意味もない。まして、私にそんな主義はない。」

「なっちゃん・・・」

「そのくらいのことで戦う気力を失うヤツなど、構っている暇は私にはない。」

「そのくらいのことだと・・!?」

 なつきのこの言葉に苛立つ堅。彼女の胸ぐらをつかみ、鋭い視線を向ける。

「アンタに何が分かる・・・オーファンやHIMEの力で全てを失ったオレの気持ちが・・・アンタなんかに!」

 憤慨して叫ぶ堅。しかしなつきは顔色を変えない。

 周囲が困惑を感じ始めていることに気付き、堅は我に返る。

「ちょっと!やめなさい、アンタたち!」

 そこへ碧が教室に入ってきて、堅となつきを引き離す。

「どうしたの、アンタたち!」

 碧の問いかけに対し、堅は歯がゆい表情を見せる。2人から離れ、何事かと様子を見に来た舞衣と命を突き放しながら教室を出て行く。

「堅・・・」

 困惑の呟きをもらす命。立ち去っていく堅と教室内のなつきと碧を見比べながら、舞衣も戸惑いを感じていた。

 その傍らの野次馬の中で、雪之もその様子に沈痛な面持ちを見せていた。

 

 その日の昼休み、詩帆を連れた楯に呼び止められる舞衣。用件は隣のクラスのいざこざについて聞くことだった。

 舞衣は堅と千草がすれ違いをしていることを話した。妹のためにしたことが逆に彼女を傷つけることになり、何をしたらいいのか分からなくなっていたことを。

「そうだったのか・・それでアイツは、イラついちまったわけか。」

「千草ちゃんも学園には来てないみたいなのよ。ずっと寮の自分の部屋に閉じこもっているみたいで・・・」

 沈痛の面持ちを見せる舞衣の話を聞いて、楯も詩帆も困惑する。

「私も命も何とかしようと思ってるんだけど、私たちに会いたがらないみたいで・・・」

「そう・・・だったら千草ちゃんのことは詩帆に任せて!」

 舞衣の話を聞いた詩帆が、喜び勇む。

「し、詩帆!?」

 驚く楯。舞衣もさらに動揺を募らせる。

「詩帆なら千草ちゃんのこと、励ましてあげられるかもしれないしね。お兄ちゃんは堅さんをお願いね。」

「えぇ!?何でオレが!?」

 やる気満々の詩帆に、楯が反論の声を上げる。すると詩帆がムッとした顔をする。

「“妹”のことは詩帆が、“お兄ちゃん”のことはお兄ちゃんが励ましてあげるのが筋ってもんでしょ!」

 詩帆に言い寄られて、楯は参った顔をする。

「分かったよ。その千草って子のことはお前に任せる。もしアイツを見つけたら、オレに知らせろよ。」

 詩帆に、そして舞衣と命に言いつけて、楯は堅を追った。

 

 教室を飛び出した堅は、学園の図書館の横の林道にやってきていた。人のあまりいないその場所で、彼は苛立ちを押し殺していた。

(オレはこれから、どうすればいいんだ・・何が正しいことになるのか・・・)

 彼の心は大きく揺さぶられていた。

 しかし今までしてきたことをかなぐり捨てることはできない。心の揺らぎの原因は、その交錯にあった。

「!」

 そのとき、堅はただならぬ気配を感じ取った。

「これは、オーファンか・・!?」

 真剣な眼差しになって、堅は止めていた足を再び動かした。道から外れた木々の中で、周囲の気配を探っていく。

 そこへ木々をなぎ倒して、1体の巨大な怪物が姿を現す。長い尾が特徴の獰猛な獣だ。

「くそっ!」

 舌打ちをしながら、堅が波動の力を解放して、空気の刀を発動する。そして跳躍して、刀を怪物の頭部に叩きつける。

 強い衝撃を受けて、怪物が前のめりに倒れる。危機を察知して、その長い尾を振りかざすが、堅の抜刀で切り倒される。

 怯んでいる怪物に向けて、堅は刀を振り上げる。しかしその刃が振り下ろされない。

 彼はオーファンを倒すことをためらっていた。彼の脳裏に、プリスを失い悲しむ千草の顔が蘇る。

 悲しみ打ちひしがれる妹の姿。それを脳裏に焼き付けてしまった彼は、何の躊躇もなくオーファンを倒すことができなくなっていた。

 そのとき、強烈な何かに堅は叩きつけられる。踏みとどまり、視線を向けると、切り落とされたはずの怪物の尾が生え変わっていた。

「ぐっ!トカゲみたいなヤツだ・・!」

 毒づく堅に、怪物が尾による攻撃が繰り出される。堅は回避行動を取るばかりで攻撃をせず、防戦一方を強いられた。

 やがて刀を弾かれ、尾に叩きつけられて倒される。まだ立ち上がる気力はあったが、精神的に完全に参ってしまっていた。

 迷いを抱えた彼が顔を上げると、怪物が振り上げた尾を振り下ろそうとしていた。

 そのとき、怪物に向けて無数の氷の刃が降り注がれる。怪物の全身が一気に凍てつき、動かなくなる。

 そこへ1体の狼が突進し、怪物を粉砕する。なつきのチャイルド、デュランだった。

 怪物を打ち砕いたデュランは、後退してなつきの横に着地する。

「なっちゃん・・・」

 茫然自失となっている堅に、なつきは憮然とした態度を取っていた。

「呆れたな。私と初めて会ったときのほうがまだ勢いがあったぞ。」

 なつきにあざ笑われて、堅は歯がゆい気分を噛み締めるしかなかった。

 そのとき、再び木々が吹き飛ばされる。そこから先程と同じ姿かたちの怪物が出現する。

「ちっ!もう1体いたのか!」

 舌打ちするなつきが、怪物を見据える。

(ここは退いたほうが得策か!)

「ロードフラッシュカートリッジ!」

 なつきの指示を受けて、デュランが背の銃身に弾丸を装てんする。

「ってぇ!」

 その銃口から発射されたのは、まばゆい光を放つ閃光弾だった。

(眼くらましの弾か!)

 眼を伏せてうめく堅を。高速で突っ込んでくるデュラン。その背に乗るなつきに手をつかまれ、彼はその場を離脱した。

 

 明かりがすっかり消えていて、真っ暗になっていた部屋。その傍らで千草はうずくまっていた。

 じゃれてきていたプリスを堅に殺され、彼女はどうしようもない悲壮感に包まれていた。

 そんな中、部屋にチャイムの音が鳴り響いた。すると千草は耳を伏せた。

 チャイムがなったのはこの日初めてではなかった。舞衣、命がそれぞれ違う時間でたずねてきたが、HIMEである彼女たちに打ち明けることができなかった。

 今度もHIMEの誰かではないかと思い、彼女は対応しなかった。

「千草ちゃーん!」

 そこへ明るい声がかけられる。千草はその声に聞き覚えがあった。宗像詩帆である。

 千草は立ち上がり、ゆっくりとドアを開いた。詩帆の周囲にHIMEがいないことを確かめるために。

「し、詩帆ちゃん・・・」

 千草が詩帆の顔を見て困惑の面持ちを見せる。周囲にHIMEがいないことに胸中で安堵しながら。

「千草ちゃん、みんな心配してるよ。お兄ちゃんも千草ちゃんのこと・・」

「舞衣さんも、ですか・・?」

 千草の返答に詩帆が言葉を失う。

「詩帆ちゃん、私はお兄ちゃんだけじゃなく、舞衣さんや命さんも信じることができないんです。私の大切なものを傷つけて、あの人たちは・・・」

 押し寄せてくる悲痛さを抑え切れず、千草は詩帆を振り切って部屋を飛び出した。彼女のこぼした涙を眼にして、詩帆は沈痛さを感じ、その場を動くことができなかった。

 

 堅の戦意喪失、千草の悲壮を、真白と二三は凪を通じて耳にしていた。風花邸の私室で、真白は困惑の面持ちを見せ、凪は笑みを浮かべて窓越しに外を眺めていた。

「ずい分と覇気がなくなっちゃったようだね。なつきちゃんの言葉を借りれば、腑抜けというところだけど。」

 無邪気な笑みを、振り向き様に真白たちに見せる凪。すると真白は沈痛の面持ちで、

「彼は今、戦うことに迷っているのです。今まで進んできた道が、誤ったものではないかという疑念を抱いているのです。」

「で、どうするの?また誰かに連絡する?」

 凪がからかうように聞いてくる。

「いえ。今回は様子を見ましょう。彼が決意を取り戻すことを信じて・・」

 真白の言葉を受けて、凪はひとつ吐息をもらした。

「それもいいかもね。時期に“蝕”もやってくることだし、ハンパな覚悟のままじゃダメな気もするしね。」

 凪も小さく頷いて、事の成り行きを見守ることにした。今までそうしてきたように。

 

 オーファンから逃げ延びた堅となつき。校舎裏の隔たりで足を止め、緊張を解く。デュランは既に姿を消していた。

「どうした?・・お前はこのまま立ち止まっているつもりか?」

「・・くっ・・・!」

 あざけるなつきに、堅は苛立ちを噛み締めるしかなかった。

 そんな2人の姿に、傍らの道を進んでいた雪之が気付く。

「玖我さん・・堅さん・・・」

「ユ、ユッキー・・?」

 困惑の面持ちを見せる雪之に、堅も同様に困惑を見せる。するとなつきは立ち上がり、不敵な笑みを彼に送る。

「とりあえず私は退散する。もう助けてはやらないぞ。」

 そう言い放って、なつきはその場を後にした。そこには堅と雪之しかいなくなった。

「どうか、したのですか・・・?」

「いや・・・」

 雪之の心配の声に対し、堅は明かさないように思ったが、小さく微笑んで話す決意をする。

「実はな・・妹に嫌われちまって・・それでオレ・・どうしたらいいのか、このまま自分のすべきことを続けてもいいのか分からなくなっちまって・・」

「そうなんですか・・・」

 堅の話を聞いて、雪之は沈痛さに襲われる。

「それでも、信じたいというのは、ただのわがままにしかならないのでしょうか・・・?」

「えっ?」

「自分のしていたことが間違いだったと思うなら・・それを直して新しく進めばいいと思うのですが・・・」

 必死に願いを述べる雪之に、堅の心は揺らぐ。

(そうだ・・オレにはしなくちゃならないことがあるんだ・・・迷ったなら迷えばいい。間違いに気付いたなら正せばいい・・だけど、いつまでも立ち止まったらいけないんだ・・・!)

 自分のすべきことに気付く堅。これ以上大切なものを失いたくない。自分と同じ悲しみを他の人に味合わせたくない。

 彼は胸中で改めて決意を固めた。

 しかし、彼が今抱えている問題は、

「千草・・・」

 千草の心の行方である。オーファンへもHIMEへも敵視している彼女の心を救えるかどうか、彼はまだ自信がなかった。

「だったら、私に任せてもらえないでしょうか?」

「えっ?ユッキーに?」

 いつもは内気なはずの雪之のやる気に、堅が眉をひそめる。

「いくら生徒指導も行っているからといって、まさか生徒1人のためだけに生徒会が動くとでもいうのかい?」

「大丈夫です。堅さんはここで待っててください。」

 そういって雪之は堅から離れていった。心の底からの笑みを見せながら。

 

 堅と別れ、1人で高等部校舎の屋上にやってきた雪之。瞳を閉じ、意識を集中する。

(友達になってくれた堅さんのためにも・・)

「ダイアナ。」

 雪之のささやきを受けて、彼女のチャイルド、ダイアナが姿を現す。ダイアナは体から胞子を放出し、学園じゅうに拡散する。

 そしてその胞子を通じて、彼女の周囲に展開されたエレメントの鏡に学園の様子が映し出される。

 雪之は眼を凝らして、千草の行方を追った。

「千草ちゃん!」

 鏡の中の1枚から、雪之は千草を発見した。

 

 女子寮から少し離れた場所に位置する小さな広場。寮を飛び出した千草は、そこへ訪れていた。

 彼女はどうしたらいいのか分からず、日が落ち始めているこの場所で途方に暮れていた。

 自分の居場所さえ見失ってしまい、彼女はさらに塞ぎ込んでいた。

 そのとき、周囲からうめき声が響き、千草に緊張が走る。不安のまま辺りを見回す。

 すると木々を突き抜けて、怪物が咆哮を上げながら姿を現す。トカゲの姿をしたオーファンである。

「か、怪物!?」

 千草がオーファンを目の当たりにして、後ずさりを始める。その怪物からは、プリスの面影は一切感じられなかった。

 怪物が唸りを上げて、千草に牙を向ける。そのとき、銀色の狼の姿をした何かがその怪物に突っ込んでくる。

「えっ!?」

 その光景に千草が驚きの声をもらす。着地したその狼、デュランはなつきの横に後退する。

「あ、あなたは・・・」

「腑抜けになったアイツの代わりに、私がオーファンを倒す。それだけだ。」

 困惑を見せる千草に、なつきは言い放って怪物を見据える。

「行くぞ、デュラン!ロードシルバー・・ぐっ!」

 デュランに氷の弾丸を放つよう指示をしようとしたなつき。そのとき、後方から現れたもう1体のトカゲの怪物にデュランがのしかかられる。

「デュラン!・・もう1体いたのか・・!」

 攻撃を阻止されてうめくなつき。地面に押し付けられて、起き上がることができないデュラン。

(どうしよう・・あの人・・お兄ちゃんの代わりに戦って・・私のために傷ついてる・・・)

 悪戦苦闘するなつきを見て、さらに困惑する千草。

(私の・・せいで・・・)

 いつしか自分を、自分の無力さを呪い始める。

「それは、ダメ!」

 心の底から叫ぶ千草。そのとき、彼女の右のわき腹に紅い光が輝く。

 光っているのは星の紋章だった。彼女の強い想いを受けてまばゆい光を放っていた。

 その直後、彼女の両手に2本の短刀が出現する。それを握り締めて、千草は怪物を見据える。

「まさか、お前・・!?」

 その姿になつきが驚愕する。千草が出したその短刀は、HIMEの力によって生み出されるエレメントの一種だった。

 

 HIMEの力を解放した千草の姿を、ダイアナを通じて雪之も目撃していた。動揺を浮かべながら、その光景をじっと見つめていた。

(そんな・・千草ちゃんも、HIMEだったなんて・・・!?)

 困惑しながら、真剣な眼差しで怪物と対峙している千草の姿を、雪之はじっと見つめていた。

「ユ、ユッキー・・!?」

 そのとき、背後から声がかかり、雪之が振り向く。その先には、堅の姿があった。

「堅さん・・・!?」

 雪之の困惑がさらに広がる。自分の本当の姿を、彼に見られてしまったのである。

 堅も同じく動揺を浮かべていた。雪之が自分が嫌悪していたHIMEであることに愕然としていた。

 そのはずだった。

 苛立ちしか感じないはずだったのに、堅は小さく笑みをこぼしていた。

「アンタだったのか、ユッキー。いや、ダイアナって言ったほうがいいかな?」

 堅は円盤生物事件の中で、円盤生物の行方をつきとめ、それを彼や舞衣たちに知らせてくれたダイアナと名乗る人物を思い返していた。その人物が今、彼の眼前でその力を解放していたのだ。

 笑みを見せる彼に対し、雪之は困惑を隠せない面持ちを見せていた。

 

 

次回

第12話「姫野二三」

 

「アンタは何のために戦ってるんだ?」

「“頑張れ”っていうの、言うのも言われるのも無責任なんだよな。」

「それでも頑張るしかないだろ。」

「私はもう、通りすがりじゃないから・・」

「オレは迷わない。何をしなくちゃいけないのか、分かった気がするからだ。」

 

 

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