舞HIME –another elements- 第6話「アリッサ・シアーズ」

 

 

 あかねのチャイルド、ハリーを滅ぼし、和也を死に至らしめた深優。その狂気の刃の矛先が、アリッサに敵意を見せた堅に向けられていた。

(なんてこった・・・HIMEの力に勝るとも劣らない動き・・・)

 堅が深優の力に脅威を抱く。彼女の刃が不気味に光る。

「この剣は、高次物質化エーテルを無力化できます。つまり、HIMEやチャイルドを倒すことができるのです。」

 深優が淡々と語りかける。しかし堅にはそれを気にかけている余裕はなかった。

(HIMEの力を無効にし、破壊する武器・・あの子のチャイルドを破壊したのもアイツなのか、深優ちゃん・・・!)

 答えが返ってくるはずのない問いかけを、堅は胸中でかけた。

「あなたは私たちの弊害となる存在と認識します。新たなる黄金の時代を迎えるため、あなたを破壊します。」

 深優が左手の刃の切っ先を堅に向ける。

(とにかく、この速さを何とかしないと、確実にオレの負けになる!)

「イチかバチか、やってみるかねぇな!」

 覚悟を決めた堅が、傷ついた体に鞭を入れて立ち上がる。そして再びかがみ込み、右手の中に集中させた波動を右足に当てる。

 彼の両足に、荒々しい空気の流れが渦を巻く。

「いったい、何を・・・?」

 その様子に舞衣が動揺を見せる。アリッサと深優は顔色を変えない。

「10秒だ。」

 堅が深優に向けて、右手の人差し指を突きつける。

「10秒以内にケリをつける。できなきゃオレは力を使い果たし、勝機を失くすからだ。」

「どういうことですか?」

「これからやる技は、10秒間、オレの脚力を一気に増大させ、はやぶさのような機敏な動きを可能にする。ただし10秒すぎると、オレは力を使い果たし、波動の力はしばらく使えなくなる。つまり、コレで決められなかったら、オレの負けが確定するってわけだ。」

 淡々と説明する堅が、ひとつ不敵な笑みを浮かべる。

 今から使う技は、まさに諸刃の剣だった。成功すれば勝利するが、失敗すれば確実な敗北につながる。

 彼は大勝負に出ていたのだ。

「オレが一歩動き出せば、引き金は引かれる。アンタはオレから逃げ切れるかな?」

 眼つきを鋭くしたと同時に、堅は一歩踏み込んだ。その直後、彼は今までにない機敏な動きを開始した。

 深優も警戒して跳躍を行うが、眼にも留まらぬ堅の打撃に叩き落される。

 一瞬で攻撃を受け、深優が眼を疑う。しかし間を置かずに移動を行う。

 機敏性、五感、機動力、俊敏性。持てる全てを活用する深優。しかしそれでも、堅の高速を振り切ることができない。

 速く威力のある足の打撃を受け、彼女は吹き飛ばされる。木々の枝をなぎ払い、丘の上に昏倒する。

「深優!」

「深優さん!」

 叫ぶ舞衣。アリッサが困惑の表情を浮かべて、倒れた深優に駆け寄る。

 そんな2人の前に、堅が一気に駆け下りてきた。しかしその直後、彼の足をまとっていた波動の渦が紅く染まりだし霧散する。

 力を発動して10秒が経過し、その効果が切れたのだ。

 彼は息を荒げながら、動けないでいる深優を見下ろす。彼女の左腕は元に戻っていて、戦意も消え失せていた。

 そんな彼と彼女の間に、アリッサが割り込んでくる。彼女は深優をかばおうと堅の前に立ちはだかった。

「い、いけません、お嬢様・・早く、お逃げ・・・」

 苦痛に耐えながら深優がアリッサに逃げるよう促す。しかしアリッサは逃げようとしない。

「いいえ。深優は私に手を差し伸べてくれた人です。ここであなたを失うわけにはいきません。」

 あくまで深優を守ろうとするアリッサ。たとえ体にムリをさせても戦うことを心に決めていた。

 そんな彼女を鋭く見据える堅。彼には主従や仲を理由に、倒すべき敵を放置するつもりはなかった。

「ダメ、不知火くん!アリッサちゃんも深優さんも、本当は心優しい人たちだよ。私は、そう信じてる・・」

 舞衣も必死の思いで堅に呼びかけた。しかしそれを理由に躊躇を持つつもりは彼にはなかった。

 ところが、堅はアリッサに危害を加えようとも、深優にとどめを刺そうともしない。

「安心しろ。今のオレにはアンタたちを倒せる力はない。」

「えっ・・?」

 堅の唐突な言葉に、アリッサと舞衣が眉をひそめる。

「言っただろ?今の技を使って、オレは持てる力を使い果たした。アンタたちを追い込んだものの、倒すには至らなかったということだ。」

 そういって堅は振り返り、アリッサたちに背を向けた。

「オレはこれで退散する。けど、ひとつ聞いておきたいことがある。オレはあるオーファンを探している。右手が黒く左腕が白いオーファンだ。」

「・・いいえ。知りません。」

「・・・そうか・・・」

 アリッサの返答を聞いて、堅は小さく頷いた。そして無言のまま丘を降りていく。

 舞衣もしばし戸惑いを感じながら、アリッサと深優に眼を向けた後、堅の後を追っていった。

「不知火くん・・・」

 舞衣の困惑の混じった声が、堅の耳に届く。

「アイツはオレの敵であるオーファンの仲間だ。けどあのオーファンのことは知らないようだ。」

「どうして、オーファンを狙ってるの?」

 舞衣は唐突に堅に問いかける。堅は振り向くことなく、それに答える。

「オレの親友を、死に至らしめたからだ。」

「えっ・・・?」

 堅の悲痛を込めた言葉に、舞衣の困惑がさらに広がる。

「お兄ちゃーん!」

「まいー!」

 そこへ千草と命が声をかけてきた。2人に眼を向けた堅と舞衣に笑顔はない。

「お兄ちゃん、大丈夫?元気ないみたいだけど?」

「えっ?そんなことねぇさ。オレはいたって元気さ。」

 千草に作り笑顔を見せる堅。しかしその奥底にある沈痛さを、彼女は感じ取っていた。

 そのとき、白い制服とメガネを着用した集団が現れ、堅たちを取り囲んだ。

「な、な、何だ・・!?」

 突然慌しくなる事態に、堅が切羽詰った表情を浮かべる。何事か分からず、千草と命は唖然となっていた。

「し、執行部!?」

 舞衣が集団の登場に困惑する。

「ここにいましたか、不知火堅さん。」

 執行部の生徒の集団をかき分けて、1人の女子が前に出てきた。軽いウェーブのかかった髪、黄緑をベースにした制服を着ていた。

「我々生徒会執行部とご同行願います。」

「なっ!?何で・・!?」

 突然の連行の要求に、堅が驚きの声を上げる。しかしその女子、珠洲城遥(すずしろはるか)は真剣な眼差しを崩さずに続ける。

「2日前の夜、あなたが女子寮に入り込んだという目撃証言を聞きまして。詳しい事情をお聞きしたいので。」

「なっ・・・!」

 誤って女子寮に入ってしまったことを堅は思い返していた。

(い、いつの間にバレたんだ!?・・まさか、あの2人が・・!)

 堅の脳裏に、千絵とあおいの顔がよみがえってきた。彼女たちは堅が女子寮に入ってきてしまったとき、彼のいた舞衣たちの部屋の玄関のドアに聞き耳を立てていた。

 彼女たちが口外し、いつの間にか執行部にも伝達してしまったのだろうと堅は推測した。

「それから、鴇羽舞衣さん、美袋命さん、不知火千草さん、あなた方からも事情をうかがいたいので、任意同行をお願いします。」

「はいぃ!?どうしてですか!?」

 遥の言葉に、今度は舞衣が驚きの声を上げる。

「堅さんはあなたの部屋に入り込んだ。その際あなたは彼をかくまい、部屋に招きいれた。もしも彼をかばうつもりでしたなら、あなたたちも同罪ということになるわよ。」

「違うよ。オレが脅して、隠れさせたんだよ。」

 遥の指摘に堅が言い放つ。彼は疑いの眼を向けられた舞衣たちをかばおうとしていた。

「とにかく、事情は生徒会室で聞くことにします!」

 きっぱりと言い放つ遥の率いる執行部に連れられて、堅たちは渋々この場を後にした。

 

 風華学園生徒会。生徒指導に務める彼らの拠点となるこの生徒会室に、堅たちは連れてこられていた。

 しかしここに連れられてきたのは彼らだけではなかった。

「ちょっと、つまんねぇこと聞きますが・・」

「つまらないことは聞かないでください。」

 質問をしようとした堅に、またもきっぱりと言い放つ遥。それをとりあえず無視して、堅は話を続ける。

「何で、なっちゃんがいるんです?」

「だから“なっちゃん”て呼ぶな!」

 改めて問いかけた堅に向かって叫んだのは遥ではなく、彼の隣の椅子に座っているなつきだった。

「玖我さんは別件で呼び出したのです。遅刻、無断欠席、バイク登校、私に対する侮辱罪、その他諸々に対してのものです!」

「侮辱罪って、それって遥ちゃんの個人的なことじゃ・・」

 遥に言い寄ったのは、そばにいたもう1人の女子だった。クセッ毛のあるショートヘア、小さなメガネをしていて、オドオドした面持ちをしている女子。

 高等部1年、菊川雪之(きくかわゆきの)である。

 雪之のかけた言葉に対し、遥は一瞬ムッとした表情を見せる。が、すぐに堅に視線を向け、話題を戻す。

「男子の女子寮への立ち入りは禁止になっています。不知火堅さん、あなたにはしかるべき処分を与えますので。」

「ち、ち、ちょっと待ってくださいよぉ。そんときオレは疲れてて、間違って女子寮に来てしまったんですよ・・・って、ただのいいわけにしかならないか・・」

 席を立って弁解を試みる堅だったが、通用しないと思い肩を落として落胆する。完全に諦めの面持ちになっていた。

「た、頼みますから、退学だけはやめてください。オレ、やっとこの学園に入れたんスから。それ以外だったら、どんなことでもしますから。」

 必死の思いで頼み込む堅。その悲痛さと必死さは、彼の落胆の表情を見ても明らかだった。

 遥はため息をひとつついてから、再び口を開いた。

「反省の色はあるようですね。分かりました。退学まではいたしません。」

「ホ、ホントッスか!?地獄に神とはこのことッスね!」

「“地獄で仏”ですよ。」

 堅の間違いを雪之が指摘し、堅は一瞬唖然となった。そこへ遥が、

「ただし、あなたにはある場所に行ってもらいますよ。」

「ある場所?」

 その言葉に堅が眉をひそめる。しかし舞衣と千草は冷や汗を浮かべていた。

 そのとき、この生徒会室に、2人の男子と1人の女子が入ってきた。堅たちの視線が彼らに注がれる。

 1人は顔立ちのいい黒髪の青年で、黒をベースにした制服を着ている。校内の女子たちの注目の的となっている生徒会副会長、神崎黎人(かんざきれいと)である。

 もう1人の男子は、堅と似たような少し逆立った茶髪をした青年。高等部1年、楯祐一(たてゆういち)である。

 そして女子のほうは、腰まである長髪に気品のある顔立ちをしていて、優雅さと優美さを兼ね備えている大人びた女性である。生徒会会長、藤乃静留(ふじのしずる)である。

 堅の視線が、微笑ましくしている静留に留まった直後、

「あ、母ちゃん・・・」

 堅のもらした言葉の直後、生徒会室の空気が一気に崩壊した。

 

 長い長い沈黙を打ち破ったのは、なつきの爆笑と黎人と静留当人の微笑だった。堅を含めた他の生徒たちは皆、呆れを混ぜた唖然を抱えていた。

 堅に関しては、さらにひたすらな後悔の念が混ざっていて、赤面するしかなくなっていた。

「最悪だ・・・よりによって生徒会長をお袋呼ばわりしちまうなんて・・・愚の骨頂だぁ・・・」

「気にへんといて。間違いはどなたはんにかてあるさかい。」

 落ち込む堅に向けて静留は朗らかな笑みを送る。しかし彼の自暴自棄は治まらなかった。

「アッハハハハ!まさか静留のことを母親だとはな!」

「笑うな!思いっきり大恥かいてんだからよ!」

 未だに笑っているなつきに、堅が顔を赤らめながら怒鳴りつける。

「アハハ・・そんなに似ていたのかな?不知火くんのお母さんっていうのは。」

 微笑を抑えようと苦笑いを浮かべながら、黎人が堅に問いかけた。

「あ、はい。ホントにお袋に似てて・・・あ、いや・・」

 堅はそれに答えながらも、再び戸惑いを見せる。その傍らで、千草は思いつめた面持ちになっていた。

 2人の実の両親は、千草が生まれて1年後に事故で亡くなっている。それ以後、その両親の友人夫婦に引き取られ、今まで生活してきたのである。

「とにかく、移動しますよ、不知火堅さん!」

「堅でいいッスよ。」

 何とか本題に戻そうとする遥。堅がぶっきらぼうに言いながら立ち上がる。

「では、私はこれからやることがあるので。」

 そがれた話題に乗じて、なつきが席を立って生徒会室を出て行く。

「あっ!玖我さん!」

 遥が呼び止めるが、なつきは聞かずに出て行ってしまった。

「なぁ、その“しかるべき処分”を受ける場所に向かいましょうよ。時間をムダにするっていうのはどうかと。」

 堅が口を挟むと、遥はムッとした表情を見せる。一触即発の雰囲気に、千草と雪之はただそわそわするばかりだった。

 

 堅は遥と雪之に案内されて、処分を受ける場所に向かっていた。舞衣、命、千草への容疑は晴れ、別れることとなった。

「いいですか?たとえ不可抗力だったとしても、規則はしっかりと守ってください。あまり繰り返されるようでしたら、最悪の措置も考慮していただきます。仏の顔も2度までですよ。」

「3度までだよ、遥ちゃん・・」

 遥の注意の中にある間違いを指摘する雪之。しかし遥は聞いていないようだった。

「あなたがこれから行く場所は、ここです!」

 しばらく歩いたところで、遥がひとつの建物を指差した。

「き、教会・・・?」

 それは学園の施設とされている教会だった。堅がその建物を目の当たりにして唖然となる。

「まさか、教会でオレの罪を懺悔しろと・・」

「あながち間違いではないです。あなたはこれから、シスターの指導を受けてもらいます。たっぷりと。」

 冷や汗を浮かべる堅に語る遥。その最後の言葉が意味深に思えてならない堅だった。

 扉を開け教会内に入ると、その奥には1人のシスターがいた。シスターは堅たちに振り返り、朗らかな笑みを見せてきた。

 真田紫子(さなだゆかりこ)。風華学園の生徒のカウンセラーを兼任している教会のシスターである。校則違反をした生徒に対しては、その聖母の笑顔を見せながらの説教を行ったりもしている。

「お話はうかがっています、不知火堅さん。」

 紫子が堅のきょとんとした顔を見るなり微笑ましくするが、すぐに頬を赤らめる。

「いけません!いけません!男の方が女の園に足を踏み入れるなんて、そんなハレンチな・・!」

「あ、あの・・・」

 赤面する紫子に、堅が困惑するばかりだった。

「17歳の少年少女は、常に健全であらねばありません!清く正しく美しく、私もそんな17歳の乙女の心を持っているのです。」

「おいおい・・・」

 紫子の天然ぶりに、堅ばかりでなく、遥も雪之も呆れだしていた。

「シスター!堅さんの処分をあなたに一任いたします!」

 その呆れを払拭しようと、遥は紫子に詰め寄った。

「あら、すいません。では不知火さん、あちらのほうでゆっくりとお話をうかがいましょう。」

 我に返った紫子が、教会内の奥の部屋に通ずる扉に眼を向けた。

「何なんスか、あの部屋は?」

「懺悔室です。そこでシスター紫子がお話をうかがいますので。」

 堅の問いかけに雪之が笑みを作って答える。

「シスターの説教は長いですから、心してくださいね。」

 そう付け加えた言葉に、堅に一気に緊張が走った。もはや言い逃れも逃げ道もなく、彼はただ、紫子の長い説教を受けることとなった。

 

 学園を見つめる1人の人影。人影は学園内を見渡して、不敵な笑みを浮かべていた。

「なるほど。これがHIMEを集めている拠点か・・」

 人影は高揚感のあまり、独り言をもらす。その周囲に人は見当たらない。

「それに、ついにここに来たようだな、不知火堅。」

 人影の笑みが次第に強まる。

「クフフ・・あれから2年になるのか・・いや、3年か?・・まぁいい。」

 些細な疑問を浮かべつつ、すぐに笑みを取り戻す。

「すぐに接触してもいいが、それではつまらない。少し遊ばせてもらうとしようか。」

 人影が興味津々な呟きをもらす。その背後に不気味な形状をした新しい影が現れる。

「この風華学園に、新たな恐怖を与えることで・・・」

 

 

次回

第7話「真田紫子」

 

「恐怖の円盤生物?」

「絶対に失いたくないもんだな、親友は。」

「神は皆に救いの手を差し伸べてくれることでしょう。」

「神はいないよ。もしもいたなら、アイツらを救ってくれたはずだ。」

 

 

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