舞HIME –another elements- 第4話「炎凪」

 

 

「な、奈緒ちゃん・・・」

 凪に促されて裏路地にやってきた舞衣と命。そこでは奈緒と堅が対立していた。チャイルドと波動の刀を駆使した、ただならぬ対立である。

「またおせっかいなのが来たみたいね。やぁ、お久しぶり。」

 奈緒が舞衣に対して不機嫌な態度を取り、それから命に手を振って微笑む。命は活気のある態度でそれに答える。

「こんなところに人が集まってくると、かえって迷惑。ウザいんだよ、アンタ。」

 困惑を隠せないでいる舞衣をねめつける奈緒。

「もう気分が悪くなるから、今ここでやっちゃおうかな。」

「ちょっと待った。」

 エレメントの鋭い爪を光らせる奈緒。そこへ凪が呼び止める。

「HIME同士の争いはご法度。前にも言ったはずだよ。」

「そんなことは私には関係ないわ。2度と余計なお世話ができないようにしとかないとね。」

 凪の言葉に耳を貸さず、舞衣に敵意を見せる奈緒。

「やめろ、奈緒!舞衣は私の友達だ!奈緒、お前もだ!」

 奈緒と舞衣の間に命が割り込む。しかしそれで争いが収まる様子は見られず、一触即発の状態にあった。

 そのとき、この裏路地に風圧が広がった。鉄パイプの山が揺れ、凪は一瞬ふらついた。

 風圧の中心には堅がいた。彼は刀を地面に突き刺し、風圧を巻き起こしたのだった。

「フフフ・・ったく、どいつもこいつも、オレを無視して勝手に話を進めやがって・・人を怒らせるのが得意と見たぜ・・」

 堅は苛立ちを込めた苦笑を舞衣たちに見せ付けていた。周囲にいる全員が彼に注目する。

「それに、きれい事を並べるのは、HIMEのお家芸だな!自分だけの解釈を、他人に押し付けて傷つけて苦しませる!自分たちだけが特別な存在だからって、そんなことまで認められるとでも思ってるのか!」

 憤慨する堅が刀を引き抜き、舞衣、奈緒の順に切っ先を向けていく。すると奈緒がため息をひとつつく。

「あ〜あ、何だかバカバカしくなってきたわ。もう私帰るわ。それじゃあね〜。」

 奈緒がジュリアとエレメントを消して、呆れた態度できびすを返す。

「おいっ!ちょっと待て!」

 堅がさらなる憤りを感じて、刀を突きつけようとする。そこへ凪が不敵な笑みを浮かべて割り込んできた。

「HIMEはとても大事な子たちなんだ。僕にとっても、学園にとっても。」

「それがどうした!HIMEが戦いに入れば、必ず不幸が起こる!HIMEの出る幕はない!オレがオーファンを倒す!」

「きみ1人じゃムリだよ。オーファンに対する有力な対抗手段はHIMEの・・」

 凪が言い終わる前に、彼の頬に風が行き過ぎた。

 堅は波動を操り、刀の刀身を伸ばしたのだ。その切っ先が凪の背後の壁に傷を残す。そして彼の頬にかすり傷を負わせる。

「物事をアンタたちの思惑ひとつで勝手に進めるな。そういうのはウンザリしてるんだよ。」

 鋭い眼つきの堅が、低い声音で凪に言い放つ。しかし凪は全く動じていない。

「とりあえず今回は収集がついたね。ご苦労さん、舞衣ちゃん。」

 凪が舞衣に満面の笑みを向け、安堵の言葉をかける。そして音も立てずに、路地の暗闇に溶け込むように姿を消した。

 しばしの沈黙が訪れた。思いを遂げられない虚無感だけが残っていた。

 その沈黙を破ったのは、命の腹の虫の音だった。

 場の空気が一気に緩んだ気がして、堅と舞衣はきょとんとなって命を見つめる。堅の波動の刀は、その拍子で消えてしまっていた。

「か、堅、お前は千草の兄上なんだろう?だったら、堅は千草にとって立派な兄上だ。だから元気を出せ。うん。」

 命が命なりに堅を励まそうとする。しかしいつの間にか自問自答のような感じになり、勝手に頷いていた。

「そうだ!堅、また舞衣のごはんを食べろ!そうすれば堅も元気になるぞ!」

 歓喜満載の表情を浮かべている命。

「おい・・コリャ、色気より食い気だな。まるで絵に描いたみたいな・・・」

「うん・・・私も、そう思う・・・」

 堅と舞衣が命に聞こえない声をかけ合い呆れる。そんな2人を見て、命は眉をひそめていた。

「ふう・・・オレもやる気がそがれちまった。オレも帰るわ。」

 堅はため息をついて、寮に戻ることにした。舞衣が沈痛な面持ちをしているのを心の片隅に置きながら。

 

「炎凪ってヤツの居場所、知ってたら教えてくれ。」

 翌日の昼休み、堅が舞衣に向けて発した言葉がそれだった。彼女は昼食を取ろうとしていた千絵とあおい、命とそそくさに別れ、堅を引っ張って図書館前に連れてきた。

「んもう、なんで私に聞いてくるのよ。アンタのことだから、その直感か何かで分かるんじゃないの?」

「いや、アイツがアンタのこと、嬉しそうに話しかけてきたから。だからアンタに聞けばすぐに分かると思って。」

 ムッとする舞衣に、堅が淡々と話す。その言葉に彼女はさらに呆れて頭に手を当てる。

「だったら理事長のところに行ったら?」

「理事長?風華学園、風花真白(かざはなましろ)理事長か?」

「うん。あの人がこの学園にHIMEを集めてるのよ。」

「知ってる。」

 舞衣の言葉にあっさり頷く堅。

 風花真白。前理事長の孫で、若干11歳で現在の風華学園の理事を務めている。

「そうだ。理事長がHIMEを集めてるんなら、その理事長に問いつめればいいんだ。この学園やHIMEのことを聞き出して・・」

「そうやって無闇に首を突っ込むのはよくないよ。」

 堅の提案に口をはさんだのは舞衣ではなかった。図書館前のそばの1本の木の枝に腰かけている少年だった。

「ア、アンタは・・!」

「凪くん!」

 炎凪の登場に、堅と舞衣が振り向く。

「やぁ、舞衣ちゃん。」

 凪が舞衣に向かって満面の笑顔を見せて手を振る。

「ほう。わざわざそっちから出てきてくれるなんてな。単刀直入に言うぞ。アンタたちは何を企んでるんだ?」

「それは秘密さ。」

 堅の率直な質問。しかし凪は答えない。

「言ったはずだよ。あんまり首を突っ込むのはよくないって。これは僕たちとHIMEの問題なんだから。」

「オレも言ったはずだ。勝手に物事を進めるなって。」

 凪の言葉に堅が苛立つ。

「HIMEを集めて戦わせて、そいつの気持ちさえ無視して・・巻き込まれたヤツはたまったもんじゃない!」

「不知火くん・・」

「そうだ。決め付けられたといったら、あれはオレが小学生だったとき・・」

「小学生?」

「黙って聞け。大事な話だ。」

 いつもよりさらに険しい顔を見せる堅に、舞衣と凪が聞き耳を立てる。

「小学生のとき、風邪で休んでたらオレは勝手に班長にされた・・・あのときと同じ気分なんだろうな。」

「それはちょっと違うんじゃないかな・・」

 あくまで真剣で言ってきた堅のこの言葉に、半ば呆れながらも苦笑いを見せる舞衣。

「おもしろい!おもしろいぞ!」

 それに喜びをあらわにしていたのは、突然現れた命だった。

「み、命!?アンタ、いつの間に!?」

 彼女の登場に舞衣が驚きの表情を浮かべる。

「アンタ、千絵や千草ちゃんたちと一緒だったんじゃないの!?」

「千絵たちはまだごはんだぞ。私は早く終わったんで、舞衣を見に来たんだ。それにしても、堅はおもしろいことをしてきたんだなぁ。うんっ!」

「おもしろくねぇよ。すっごいひどい思いしたんだからよぉ。」

 舞衣の問いかけに元気に答える命。しかし命の感嘆の声に堅は呆れ、ぶっきらぼうな態度を取る。

「とにかく、オレは理事長に一言言ってくる。オレが謎をいろいろ聞き出してやる。」

「だから無闇に首を突っ込んじゃダメだって。」

 話を戻そうとする堅を、凪が再び呼び止める。

「これは君の手に負えることじゃない。君は人の話を聞いてないのかな?」

「聞いてあげません。」

 凪の言葉を堅があっさりと一蹴する。

「聞く耳を持たない理由は2つ。1つは一番地のやり口が気に食わないから。オーファンの事件もみ消して、被害者の記憶いじくって。まるで犯人の証拠隠滅なんだよ。」

 苛立つ堅が、平然と微笑んでいる凪を睨みつける。

「もう1つはアンタのツラが気に食わないから。小学生のとき、オレを勝手に班長にしたヤツに似てる。いろいろ知ってるクセして、すっとぼけたり白々しくしてるところなんかそっくりだ。」

 2つ目の理由を聞いて、舞衣が苦笑いを浮かべる。凪は相変わらずの笑みを見せたままである。

「というわけでオレはアンタたちの言うことは聞かない。遠慮なく行かせてもらうぞ。」

「私も行くわ。私も聞きたいことがあるし。」

 理事長邸に向かおうとする堅に、舞衣がついていこうとする。しかし堅は彼女を手で制する。

「アンタは来るな。命ちゃんを捕まえとかないとな。それに聞きたいことがあるなら、後にしてくれ。」

 堅に言いとがめられて、舞衣は命に振り向く。命は舞衣に視線を向けられて、きょとんとしている。

 彼女たちは堅が立ち去るのをただ見送るだけだった。

「ふぅ。やれやれ。相当のガンコだねぇ。手に負えないなぁ。」

 凪は堅の言動に苦笑いを浮かべていた。

 

 堅に言いとがめられて、命を連れて千絵たちのところに戻ろうとしている舞衣。そこへ千草がそそくさに駆け寄ってきた。

「舞衣さーん!命ちゃーん!お兄ちゃんはー?」

 千草が舞衣たちに向かって叫んでくる。舞衣は千草の問いかけに首を横に振る。

「ちょっとやることがあるって。ところで千絵とあおいちゃんは?」

「先に教室に戻りましたよ。それにしても・・お兄ちゃん・・・」

 舞衣の質問に答えつつ、千草は物悲しい笑みを見せる。

「どうしたんだ、千草?元気がないみたいだが?」

 命が気になって聞いてくる。

「お兄ちゃん、何だかムリしてるみたいなんだよね。」

「ムリ?」

 千草の沈痛な言葉に、舞衣と命がオウム返しする。

「ここで再会してから、お兄ちゃん、ときどき深刻そうな顔してるのを見かけるんです。ううん。私から離れたときも、そんな顔をしてました・・・」

 千草の兄に対する困惑。舞衣はそれがよく分かっていた。

 堅は一番地とHIMEを強く嫌悪している。HIMEである舞衣にもその矛先が向けられたほどだ。

 しかしそれを話すことはできなかった。千草を危険に巻き込むわけにはいかないと彼女は思っていた。

「わたし、お兄ちゃんを探してみます。舞衣さんたちは、教室に戻ってて構いませんから。」

「ち、ちょっと千草ちゃん!」

 舞衣の呼び止めも聞かず、千草は駆け出してしまった。

「命、アンタは戻ってなさい。」

「私も行くぞ。」

「ダメ。ここは私に任せて。」

 舞衣に言い聞かせられて、命は頷いた。それを確認して、舞衣は千草を追いかけた。

 

 理事長宅、風花邸。春夏秋冬、それぞれの季節に咲く多種多様の花を生けている花畑を設けているその豪邸の前の道を堅は進んでいた。

 彼は気さくな態度を装おうと、サングラスをかけていた。制服にサングラスは似合わないだろうと彼自身も思っていたが、自分の心境を押し隠すつもりで、これをかけていた。

「へぇ。ここが理事長の・・・なかなかのもんだなぁ・・」

 花の咲き乱れている花壇を見渡して、堅が感嘆の声をもらす。そんな気持ちを抱えながら、邸宅の正面玄関にたどり着く。

 その扉を2回ノックする。

「はーい。」 

 すると応対の声がかかり、ゆっくりと扉が開く。ふわりとしたピンクのショートヘアの女性が、中から顔を見せる。

 彼女の格好は完全なメイド服だった。おそらく理事長の使用人なのだろうと堅は思った。

「あの、どちら様でしょうか?」

 メイドは笑顔を見せながら堅にたずねた。

「こんちは〜。理事長のお宅は、ここでいいんスよね?」

「はい、そうですが・・?」

「時間があるなら、ちょっとお話したいことがあるんスけど・・?」

 堅がサングラスを外しながら、メイドに頼み込む。すると彼女は満面の笑顔を見せて、玄関を開けて彼を通した。

 

「なかなかいい花々ッスね。心が洗われるみたいな・・」

 案内される堅が、メイドに感嘆の言葉をかける。

「ええ。真白様の好みに合わせて、私が世話をしているのです。」

 それに笑顔で答えるメイド。

「ところで、名前を聞いてもいいッスか?オレは不知火堅。」

「私は姫野二三(ひめのふみ)です。」

 堅の問いかけに、二三が満面の笑顔で答える。そんな屈託のない会話をしているうち、2人はとある部屋の前で足を止めた。

「真白様、高等部の生徒がお話があるとたずねてきました。」

「どうぞ。」

 部屋の中にいる人物に声をかけて、二三は扉を開ける。

 その部屋は落ち着きのある雰囲気を持っていて、接客も食事も落ち着いてできそうにも思える場所だった。

 その中心では、窓越しから外を見ている、車椅子の少女がいた。

「あなたが、不知火堅さんですね・・?」

 少女は振り返りながら、当惑する堅に声をかける。水色の髪をしたその少女は、どこか大人びた雰囲気を持っていた。

「ウッス。アンタが理事長の風花真白さんッスね?」

 堅が気さくな態度で少女、真白に声をかける。しかし真白は真剣な眼差しを崩さなかった。

「あなたのことはいろいろ聞いています。不知火千草さんの兄ということも。」

「いやぁ、そこまで言わなくても・・・それはさておいて・・」

 いったん照れ笑いを見せた後、堅は真剣な顔になる。

「アンタ、この学園にHIMEを集めてるようだな。」

 その言葉を聞いて、二三が動揺の色を見せる。しかし真白は顔色を変えない。

「アンタたちのことは大体調べてある。アンタたち一番地のやり口もな。」

 堅の顔に苛立ちが浮かぶ。

「HIMEの力とその代価のことは当然知ってるんだろ?HIMEの想いが形となったのがチャイルド。そいつが破壊されると、その想いの源となっている人物も死ぬ。HIME自身ではなく、HIMEの想う人がだ。」

「はい・・確かにそうです・・」

 真白は沈痛の面持ちで堅の言葉を聞いていた。彼女とて、HIMEの代償を快く思っているようではなかった。しかしそれで納得する堅ではなかった。

「何でだよ・・何でそのHIME以外の誰かが、その代価を支払わなくちゃいけないんだ・・何でそんな不条理な力を、有効活用されてるんだ!」

「堅さん・・」

「冗談じゃない!そいつの力が死んだせいで、そのとばっちりで殺されちゃたまったもんじゃない!浮かばれないにもほどがある!」

 堅は憤りをあらわにしながら、徐々に真白に歩み寄っていく。

「にも関わらず、アンタたちはその力を、そのHIMEを集めて何を企んでるんだ!誰かを不幸に陥れようとでも考えてるのか!」

「違います。この学園を狙うオーファンから、世界を守るために、HIMEたちの力が必要なのです。」

「みんなを傷つけておいて何が平和だ!」

 堅は激情に駆られて、真白をつかみかかった。

「真白様!」

 二三がたまりかねて声を荒げる。

「どこまで身勝手なことをすれば気が済むんだ、アンタたちは!」

「やめてください!」

 怒号を見せる堅を、二三が必死に押さえて間白から引き離す。すると怒りで我を忘れていた堅が我に返る。

 真白はただただ彼の顔を見つめていた。彼女の顔からは、明らかな困惑と悲痛を表していた。

「す、すまない・・つい、頭にきちまって・・・」

 当惑する堅が真白に謝罪する。落ち着きを取り戻したと見て、二三が彼を解放する。

「けど、アンタたちのしてることには賛同しない。記憶をいじくってあやふやにしたり、そいつの気持ちを考えずに巻き込むなんてやり方は、オレには納得できない。」

 堅は振り返り、真白と二三に告げる。

「ホントにみんなのことを思っているなら、考え直すべきだ・・」

 そう言い残して、堅は部屋を立ち去っていく。彼の眼にはかすかに涙がこぼれていた。

「真白様、大丈夫ですか!?」

「え、ええ。私は大丈夫です。」

 二三の心配の声に、真白は笑みを作って答える。しかしすぐに思いつめた顔を見せる。

「彼は、とても辛い境遇を経験しているのでしょう。そうでなければ、あそこまで感情的になるはずはありません。」

 堅の心境を悟って、真白は心苦しかった。オーファンやHIMEの中で、彼の身に何かが起こっているのは明らかだった。

 

 風花邸から腑に落ちない態度で出てきた堅。その玄関前に立っていたのは、不敵な笑みを浮かべている凪だった。

「女の子にそんなことしたら、きみ、モテないよ。」

「アンタに言われる筋合いはないね。」

 凪のからかうような言動を、堅は軽くあしらってそのまま邸宅を後にした。

 堅は校内の道を進みながら、迷い移ろっていた。

 自分が正しいとは思っていない。しかし、間違っていることを正しいと認めたくない。それが彼の正直な気持ちだった。

 彼の心には、不条理に対する憤りが広がっていた。

 いろいろと思考を巡らせていくうち、堅はいつしか学園の裏山に入り込んでいた。

 照らされた日の光も、緑に茂った木々の葉にさえぎられている。堅はその林道を、考えなしの進んでいた。

 そして彼は、その裏山の竹林にたどり着いた。風に揺られる竹の音が、静かに行き届いていた。

「!」

 そのとき、堅はその竹林に宿る力の気配を感じ取った。

 

 

次回

第5話「日暮あかね」

 

「カズくん・・・カズくん・・・」

「君にも見えたんだね。ここでおきた出来事を。」

「おいっ!何やってんだ、お前は!」

「お兄ちゃんは、ホントはとっても優しいんです。」

「賭けるのは君の命じゃない。君の最も大切にしているものの命だよ・・」

 

 

その他の小説に戻る

 

TOPに戻る

inserted by FC2 system