舞HIME –another elements- 第3話「結城奈緒」

 

 

 舞衣の両手両足に装備された炎をまとった腕輪を見て、堅が驚愕を覚える。

 これはHIMEが力を発動した際に具現化される「エレメント」と呼ばれる武具に属している。チャイルドは基本的にこのエレメントとセットで形成される。

 怪物との距離を置いて、舞衣は地面に足をつく。堅も体勢を整えて、彼女から離れる。

「大丈夫、不知火くん?」

「あっ・・ああ・・・」

 舞衣の心配の声に、堅が困惑を込めた返事をする。

「下がってて。」

「おい、舞衣ちゃん・・・!?」

 堅の前に立った舞衣が、眼前で咆哮を上げる怪物を見据える。意識を集中させる彼女の腕輪が、さらに回転を速める。

「カグツチ!」

 その呼びかけの直後、彼女と怪物の間に炎が巻き起こり、そこから竜のようなものが出現する。

 白い胴体と尾、黒い翼、突起のある口には1本の剣が突き刺さっている。舞衣のチャイルド、「カグツチ」である。

「す、すごい・・・これが舞衣ちゃんの・・・あんなものを隠し持っていたのかよ・・・!?」

 神々しくも思える炎の竜に堅は唖然となる。竜は剣を突き立てられた口を開き、白い吐息と鋭い牙を見せる。

 怪物が荒々しく咆哮を上げながら飛びかかってくる。そこへ竜が口から炎の球を放つ。

 その威力のある炎を受けた怪物。絶叫を上げながら、燃え盛る業火に焼かれながら崩れ落ちていく。

 怪物が倒れたことを見つめていた舞衣が力を抜く。腕輪、そして炎の竜が姿を消す。

 舞衣の顔には困惑が浮かび上がっていた。普通の人間の常識では計れない未知の力を見せることになったのだから。

 そんな気持ちを抑えて、彼女は振り向いた。堅は動揺を見せたまま、動こうとしない。

「不知火くん、大丈夫・・・?」

 舞衣がゆっくりと近づき、堅に手を差し伸べる。しかし堅はその手を払う。

「えっ・・!?」

 舞衣の困惑が一気にふくれ上がる。払われた手を押さえて見つめる彼女に、堅は苛立った様子でゆっくりと立ち上がる。

「まさか、アンタまでHIMEだったなんてな・・」

「HIMEを知ってたの・・・?」

 鋭く睨んでくる堅に対し、舞衣は何とか声を振り絞る。

「HIMEの存在は知っていた。けどまさかアンタがそうだとは思いもしなかった。しかも、あんなチャイルドを秘めていたなんてな。」

 感嘆を思わせる堅の言葉。しかし彼の感情はそれとは全く違うものだった。

「けど、オレはHIMEを認めない。自分の大切なものを戦いに賭けるなんてな!」

 堅のこの言葉に、舞衣の困惑が頂点に達する。彼女はHIMEの力を覚醒した際に言われたことを思い出していた。

 それは、HIMEの戦いに身を投じるならば、自分の1番大切なものを賭けることになるというものだった。

 だが、堅はそのリスクと現象を納得していなかった。その言葉の真意を、今の舞衣は目の当たりにはしていなかった。

「HIMEの力は、周りのみんなを不幸に陥れる。だからHIMEを出さずにオーファンを叩き潰す。」

「待って・・!」

 憤りを見せる堅を、舞衣は戸惑いながら呼び止める。

「私は、好きでHIMEになったわけじゃないのよ・・・私の中にこの力があって、それがオーファンと戦うために、この学園を守るためのものだって聞かされて、それで・・」

「だから、知らなかったと言って、見逃して欲しいとでも思ってるのか!?」

 堅の怒りがさらに強まり、舞衣は押し黙ってしまう。

「アンタがその力を使ったってことは、その力を認めたってことになるんだ!アンタはいつしか、その力を受け入れたんじゃないのか!?あんな強力なチャイルド出して、オーファン倒して、それで“知りませんでした”で済ませるのかよ!」

 堅の怒りの叫びが、舞衣の心に突き刺す。

 HIMEやオーファンの話を聞かされたり思い返されたりすると、自分はいつも被害者だと思っていた。全て自分が望んだことではないと思っていたからだ。

 しかし、そんなのは言い訳にしかならない。力を抱えたまま、いつまでも素通りすることはできない。

 そう思ってしまったら、今までの自分が変わってしまうと思えてしまう。今までいた世界が違って見えてしまう。

 舞衣の心は荒波のように大きく揺さぶられていた。

「勝手な言い分をしたって、結局自分からは逃げられないんだよ。そして、これがオレなんだよ・・HIMEやオーファンのために辛い思いをしたオレの姿なんだよ・・・」

 うめくように声を振り絞る堅。

 彼がかつてHIMEのために悲しい思いをしている人間の1人であると、舞衣は痛々しく感じていた。

「オレがオーファンを倒す。これ以上、オレみたいに悲しい思いをする人を作らせない。」

 そう言い放って、堅は横になっているバイクを起こし、エンジンをかける。

「最後に聞かせて。今のあの力は何なの?HIMEやそれに似た力にも思えないし。」

 舞衣は堅に、彼の力について聞いた。

 HIMEは基本的に少女にしか見られていない。明らかに堅が扱える力ではない。

「波動だ。」

「波動・・?」

 堅の言葉に舞衣が疑問符を浮かべる。

「空気が波のように振動し動くのを波動だってことは知ってるよな?」

「え?う、うん・・」

「オレが今使ったのは、その波動を活用した力で、空気を収束させて刀を形作ったんだ。それ以外にも、この力を使った技もいくつか持ってる。」

 堅は説明しながら、手のひらで空気の流れを作り出す。収束された空気は、舞衣の眼にもはっきりと見えるほどになっていた。

「これでいいだろ?オレは帰る。今日は疲れたよ。体も心も・・・」

 丸く描いていたその空気を握りつぶすように霧散させ、堅はバイクに乗ってその場を後にする。舞衣はただ彼を沈痛の面持ちで見守るしかなかった。

 今度こそ男子寮に帰ろうとしていた堅の心は完全に揺らいでいた。その日のうちに2体のオーファン、2人のHIMEと遭遇したからである。

「ここには、オレの信じられるものはないのか・・・?」

 信頼を失うのではないかという心境で、彼はスピードを上げた。

 

 その翌日の昼休み。

 学園の高等部裏になつきはいた。その傍らの花壇には1人の男がいた。

 迫水開治(さこみずかいじ)。舞衣の弟、巧海のクラスの担任である。

「あの男のことをどう思う?あの不知火堅を。」

「分かりませんねぇ。私も一目置いて調べているのですが・・」

 なつきの問いかけに迫水は淡々と答える。

「とにかく、油断はできませんねぇ。オーファンを退け、HIMEのことまで知っているとは。」

 その言葉になつきは小さく頷く。

 迫水は彼女の情報源だった。一番地の謎に迫っている彼女に情報を提供しているのだ。

 様々な情報を得て、彼女は一番地の奥底に忍び込もうと目論んでいた。

「ん?誰か来たみたいですね。」

 視線だけを移した迫水の声に、なつきも振り向く。その先の道を歩いてくる1人の青年がいた。

 風華学園の制服は着ていない。シャツにジーンズ、サングラスと、ラフな格好だった。

「こんなところで高等部の生徒さんの相談相手ですか?中等部教師の、迫水開治先生。」

 青年が気さくな態度で迫水に声をかける。

「オレ、不知火堅と言います。いつも妹の千草がお世話になってます。」

「あぁ、あの不知火さんですか。あの子には全く敵いませんよ。私のことをアフロ、アフロとしつこく言ってきて・・」

「えっ?アイツ、そんな失礼やらかしてるんスか?」

 苦笑いを見せる迫水に、堅は一瞬焦りの表情を見せる。

「ハハハ、参ったなぁ・・・それはさておいて・・」

 苦笑を終えた堅がサングラスを外す。同時に彼の顔からは笑みが消えていた。

「アンタ、オーファンや一番地についていろいろ調べているみたいだな。」

 堅の問いかけになつきが眉をひそめた。迫水は平然を装っていたが、胸中では動揺が広がっていた。

「何を調べ、何を企んでいるのか。そんなことはオレにはどうでもいいことだ。アンタたちの邪魔をするつもりはない。けど、オレの邪魔はしないでくれよな。」

 堅の発した意外な言葉に、迫水は胸中で安堵した。しかしなつきは彼の言動に疑念を抱いていた。

「どういうつもりだ、お前は?HIMEを認めないとも言っていたが。私が一番地に踏み込もうとしているのを認めているような言い草だな。」

「ああ、確かにHIMEには納得していない。けどそれは一番地に対しても同じことさ。」

 なつきの指摘を堅は鼻で笑い、あざけるような態度で彼女に振り返った。

「オーファンの事件が起きたら早速出動。で、その被害者たちを保護したように思わせて、実はその事件に関する記憶を消すことも行っている。そんな意味のない作業を繰り返すのがヤツらのやり口なんだよ。」

「ずい分と調べているようだな。そうまでしてお前は何をしようというんだ?」

 不敵に笑うなつき。堅はしばし間を置いてから口を開いた。

「オレはあるオーファンを探している。右腕が黒く左腕が白いオーファンだ。普段は人の姿をしていて、人ごみに紛れている可能性が強い。」

 そういって堅はなつきと迫水に視線を向ける。

「知らないな。」

「私も知りませんねぇ。」

 2人とも知らないという。嘯いているのかもしれないが、堅はそれを疑う気にはならなかった。

「そうか・・・」

 堅は再びサングラスをかけ、きびすを返して立ち去ろうとする。

「止めないんですか?彼、私たちのことをいろいろ知ってますし・・」

「放っておくさ。」

 淡々を言ってきた迫水の言葉を、なつきは一蹴する。

「もしも私たちを止めるつもりなら、アイツは今ここで止めに入っただろう。今は自分のしたいことをしようと考えてるんだろう。」

 なつきは不敵な笑みを浮かべたまま、堅を追おうとさえしなかった。敵か味方か、それが判別するまで、彼女はあえて彼の行動を見送ることにした。

 

 その日の夕方。堅はバイト先の定食屋で仕事に励んでいた。親戚の知り合いが経営している店で、彼や客たちに愛想を振りまいていた。

「はい!焼肉定食、ハンバーグ定食、どうぞ!」

 この日も堅は声を張り上げて仕事に精を出す。

「アハハ、今日も力が入るねぇ、堅。そんなに力むと続かないよ。」

 定食屋のおばさんが気さくな笑みを見せる。堅は大丈夫だという意味で笑みを返す。

 そんなにぎやかな時間が続き、客の波が次第に引いてきた。

「ご苦労さん、堅。今日は上がっていいよ。」

「はいよ、おばちゃん!」

 おばさんに促されて、堅は仕事を切り上げた。

 こういった日常が、満足と幸せをもたらしている。周りから見ればそう見えたかもしれない。

 しかしこれが堅の心を満たすには至らなかった。

「はぁ。今日も力入れすぎたかな・・」

 風華街を通る堅が苦笑いを浮かべる。生活費を稼ぐがために、彼は必要以上の力を注いでしまっていた。それが自分の欠点だと分かっていたが、それでも止められないでいた。

「!」

 そのとき、堅は街の中で何らかの力を感じ取った。

(この力・・・オーファンか、HIMEか・・)

 彼は力の正体を探り始める。群集の中に能力に長けた何かが潜んでいる。

 そして彼の視線が、何かを狙っている雰囲気をかもし出している赤髪の少女に止まる。制服からして風華の中等部の女子だと分かる。

 堅は真剣な面持ちで、その少女に近づいていく。彼の接近に気付いた少女は、ひとつ笑みを向ける。

「あら?なかなかいい男ね。これも運命の巡り合わせかな?」

「その制服・・アンタ、中等部だろ?」

 堅が指摘すると、少女はクスッと微笑んだ。

「時間ある?これからそこら辺、歩いてみない?」

 少女の誘いに堅は小さく頷いた。胸中に警戒心を抱きながら。

 少女の名は結城奈緒(ゆうきなお)。風華学園ではアイドル的存在とされている彼女。その魅力に、高等部の男子や教師さえも虜になるほどだった。

 しかし転校してきたばかりだった堅は、彼女のことを知らなかった。

 しばらく彼女に案内されて道を進んでいくと、そこは人気のない裏路地だった。

「こんなところに何かあるのか?まさかその年で“秘密の隠れ家”を持ってるなんてんじゃないよな?」

 堅がふざけたことを言ってみせる。すると奈緒が突然微笑をもらし始めた。彼の言ったことが面白かったわけではない。

「ンフフフ・・何バカなこと言ってんの?ホント、笑っちゃうわ。」

「あ、今時そんなこと考えるヤツ、子供でもいないか。アハハ・・」

 苦笑を浮かべる堅。そのとき、彼をあざ笑う奈緒の背後に不気味な何かが現れる。

 堅はその姿に眼を見開く。それは蜘蛛を思わせる姿をした怪物だった。下腹部からは剣が尾のように伸びてきていた。

(これはオーファン!?・・いや、チャイルドだ!)

 堅は怪物の正体に気付いた。奈緒はHIME。背後にいるのは彼女のチャイルド、ジュリア。

「やっぱり、さっき感じた力の持ち主はアンタだったか。」

「ん?」

 堅の言葉に奈緒が眉をひそめる。彼はその反応を気にせず、さらに続ける。

「もしかして、アンタはいつもこうやって・・・!?」

「そうよ。いつもこうして男を騙して、痛い目にあわせてるってわけよ。」

 視線を鋭くする堅に、奈緒が哄笑を上げる。彼女の左手には、爪の鋭いエレメントが装備されていた。

「男ってバカばっかね。色気ひとつでコロッと騙されるんだからね。」

「そうか・・・」

 低くうめく堅の周囲に半透明の空気の渦が巻き起こる。それに奈緒が眉をひそめる

「それが、アンタの理屈ってわけか・・・」

 その空気が収束し、半透明の刀を具現化させる。

「・・・ブッ潰す!」

 その切っ先を奈緒に向けてから、堅は真正面から飛び込んだ。するとジュリアが胸部を開き、そこから粘液が吐き出される。

 空気に触れた粘液は糸状になって、堅を取り込もうと伸びていく。それを堅は身をひるがえして回避し、ジュリアの頭部目がけて刀を振り下ろす。

 奈緒の意思で回避行動を取ったものの、紙一重の差で攻撃を受けたジュリア。その反動でそばに壁に倒れ込む。

 自分のチャイルドから堅に視線を移した奈緒が舌打ちする。

「そんなんじゃオレは止められないぜ。懲りないと本気で叩き潰すぞ。」

 堅が奈緒に刀の切っ先を再び向ける。

「あ〜らら、そんなことされちゃうと困るんだけどなぁ。」

 そのとき、どこからか堅と奈緒に向けて声がかかる。2人が振り向くと、鉄パイプが山積みにされた場所には、白髪の中等部の男子がからかうような笑みを浮かべて座っていた。

「何だ、アンタは?オレはコイツの相手をしているんだ。身勝手な考えしてるHIMEのな。」

 堅が言い放つと、少年は微笑をもらす。

「身勝手とはずい分な言い分だね。でも、HIMEをあんまりいじめないで欲しいもんだね。」

「どういうつもりだ?アンタもHIMEに関わりのある人間か?」

「それは教えられないね。秘密や隠し事を素直に教えてあげる気にはなれないよ。それより、HIMEは僕たちにとっても大切な存在なんだ。あんまり傷つけちゃダメだよ。」

「聞いてあげません。どこの馬の骨とも分からないヤツが。」

 堅が少年に向けていた視線を奈緒に戻す。

「ンフフ、自己紹介ぐらいはしておかないとね。僕は炎凪(ほむらなぎ)。よろしく。」

「自己紹介どうも。けど邪魔はしないでくれ。これはオレとそいつの勝負なんだよ。」

 気さくな言動を見せる凪と、聞く耳を持たない態度を取りながらしっかりと聞いている堅。

「あんまり面倒をかけないで欲しいね。僕は暴力はあまり好きじゃないんで。」

「悪いけど、オレは他人の都合に合わせてやる人情は持ち合わせていないんでね。」

「不知火くん!」

 そのとき、その裏路地に舞衣と命が駆けつけてきた。

「えっ?舞衣ちゃん?」

 堅が彼女たちの出現に驚きの表情を見せる。

「僕が呼んだんだよ。君たちを何とかして欲しいって。」

 そんな彼に凪が笑みを見せる。

「ハァ・・アンタはオレに手間をかけさせたいのか・・・?」

 状況がややこしくなっていくのを感じ、堅はため息をつくしかなかった。

 

 

次回

第4話「炎凪」

 

「きれい事を並べるのは、HIMEのお家芸だな!」

「お兄ちゃん、何だかムリしてるみたいなんだよね。」

「女の子にそんなことしたら、きみ、モテないよ。」

「どこまで身勝手なことをすれば気が済むんだ!」

「あなたが、不知火堅さんですね・・?」

 

 

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