舞HIME –another elements- 第2話「鴇羽舞衣」

 

 

 半透明の刀を怪物目がけて振り下ろす堅。その刀の威力に押され、怪物が浜辺に叩きつけられる。

 後退し着地した堅が、倒れた怪物を見据える。怪物がゆっくりと体を起こし、彼に苛立ちを見せるその頭部には、彼に斬られてできた傷から血があふれ出ていた。

 堅はすかさず飛びかかり、怪物の頭部に突きを見舞った。脳天を貫かれた怪物が絶叫を上げ、再び倒れこんで今度こそ動かなくなる。

 絶命した怪物は紫炎に包まれ、完全な消滅を引き起こした。堅となつきはその消え行く姿を見つめていた。

「やはり、こいつはオーファンか。」

 呟いた堅が力を抜く。持っていた半透明の刀が霧散して消えていく。

「お前、何者だ?お前もオーファンのことを知っているようだが?」

 なつきが堅に問いかける。デュランは既に姿を消していた。

「そういうアンタこそ、まさかHIMEだったとはな。」

 その問いかけに堅は苛立たしく答える。

 HIME。高次物質化エーテルの略語で、想いを物質化する力とその能力者をいう。なつきが呼び出したデュランは、HIMEによって具現化される形成体、チャイルドの一種である。

「私の質問に答えろ。その力はHIMEやオーファンのものとは違う。それはいったい・・」

「答える必要はないね、アンタたちHIMEには!」

 差し出されたなつきの手を払い、堅が言い放つ。彼の顔は苛立ちで満たされていた。

「HIMEは愛だ恋だといって戦って、誰かを不幸に陥れている!自分の大切なものを戦いの賭けの対象にして!・・オレは、HIMEの存在を絶対に認めない!HIMEの力なんか借りずに、オレがオーファンを倒す!」

 堅はそう言って自分のバイクに向かって駆け出す。そして間髪入れずにメットを被って、即座に走り出していった。

 なつきはその去りゆく姿をただ見つめるだけだった。彼が見せた力の謎と怒れる表情を気に留めながら。

 

 バイクを走らせる堅の苛立ちは高まっていた。気を引かれていた少女が、自分が不快に思っていたHIMEだった。

(どうしてこんなところにまでHIMEが・・オーファンがこの辺りにいるのはよく分かってたが・・・!)

 胸を締め付けられるような激情。それに顔を歪めながら、彼は寮に戻っていった。

 そして寮の前に到着し、堅はバイクのエンジンを切った。疲れきった体を引きずって、メットを外しながら寮内に入る。

(ハァ・・今日は最後の最後で、イヤな日になっちまったなぁ・・すぐに寝るとするか・・)

 頭を押さえながら自分の部屋に戻っていく堅。

「ただいまぁ、せんぱ〜い・・・」

 完全に気の抜けた挨拶で部屋に入る堅。転ばないように部屋を確認すると、そこには2人の少女がいた。

「えっ・・?」

 堅と少女のうちの1人が生返事をする。改めて見渡すと、そこは彼の部屋ではなかった。壁の色彩、置いているもの。明らかに彼の部屋ではない。

「あれ・・部屋、間違えたかな?・・けど、それでも女子がいるなんて・・・」

 堅が混乱しながら、どういう状況下にいるのか認識し始める。

 この部屋にいる少女2人には見覚えがあった。一方はレストランにいた女子たちの中の1人、そしてもう一方はそこのウェイトレス。名前は美袋命と鴇羽舞衣。

「もしかして、オレ・・部屋どころか、男子寮と女子寮さえも間違えたとか・・・」

 堅の頬に冷や汗が伝う。舞衣が恥じらいを感じて頬が徐々に赤くなる。

「イヤアァァ!!」

 悲鳴が部屋中に響き渡り、堅と命が驚きの顔を浮かべる。その声は寮の廊下にももれ出していた。

「な、何の騒ぎ!?」

 それを聞きつけた声が部屋に届く。我に返った舞衣は、慌てて玄関に飛び出て堅を引き込む。そして扉を半開きにして、悲鳴を聞きつけて出てきた千絵とあおいと眼を合わせる。

「どうしたんだ、舞衣?今、悲鳴が・・」

「あ、ううん、何でもないの!蜘蛛が出てきたと思ったんだけど、勘違いだったみたい・・」

 あおいがたずねると、舞衣は笑顔を作って事実をそらす。

「ん?誰か来てるのかい?」

「えっ!?ううん、誰も来てない!私と命だけ!」

「そう・・」

 千絵とあおいは納得したのか、舞衣から離れていった。それを見送って、舞衣も部屋の扉を閉める。

 しかし千絵は簡単には引き下がらなかった。あれだけ慌しい様子を見せている舞衣のことを気に留めない彼女ではなかった。

「ん〜、これは面白い情報があるようだね〜。」

 

 千絵たちを何とかごまかした舞衣が安堵の息をつく。それを見た堅も大きくため息をつく。

「オレのバカ・・よりによって女子寮に入り込んじまうなんて・・これでオレは痴漢扱いされて、執行部に摘発。教会で懺悔させられて、挙句の果てには退学・・」

 精神的に追い詰められ、堅の顔が硬直する。

「ああ、ヤバイ!これじゃもうこの学園には・・!」

 自暴自棄に陥って頭を抱えるしかなくなる。

「おい、どうした?頭痛いのか?」

 そんな彼に、命が眉をひそめて近寄ってきた。彼女の姿が眼に入った彼が、胸中で呆れながら、

「ああ。いろんな意味でな・・」

 その返答に、腕組みしてさらに眉をひそめる命だった。

「あのぉ・・コッソリ抜け出しちゃえばいいと思うんだけど・・・?」

「あ、そうかっ!」

 戸惑い気味の舞衣の言葉に、堅は思い立ったように手を打つ。開き直りにも思える彼の反応に、舞衣の困惑に呆れが加わった。

 そのとき、腹の虫の音が部屋に響いた。舞衣の視線がきょとんとしている命に移る。

「舞衣、早くごはんにしようよぉ・・」

 腹を空かせた命が、参った顔をして舞衣を見つめる。

 するとまた新しく腹の虫の音がした。それは堅のものだった。

「ウフフ、よかったら食べてく?丁度できたところなの。」

 思わず自分の腹に手を当てる堅に、舞衣は笑みをこぼした。

「えっ?いいのか?オレは招かれざる客だぜ。」

「いいのよ、成り行きだからね。こういうときは、素直にお言葉に甘えるものよ。」

「そうかい?じゃ、遠慮するわけにはいかないな。」

「そうだ。一緒に食べよう。舞衣のごはんは本当においしいぞ。」

 どこか自慢げに頷く命。舞衣に教えられながら、自分の分の食器を出す堅だった。

 

「ふう。ホントにうまかったよ。」

 食事を終え、堅が感嘆の声をもらす。

「だから舞衣のごはんはおいしいって言ったんだぞ。」

「命ったら、そんな大げさな・・」

 命の満足げに頷く姿に、苦笑いを浮かべる舞衣。すると堅が、

「いや、アンタの料理はホントによかったよ。こんなうまいの食ったのは、妹の作る料理以来だ。」

「えっ?不知火くんに妹がいるの?」

「ああ。舞衣ちゃんや命ちゃんに負けないくらいかわいい妹だ。ハハ・・」

 問いかけてきた舞衣に笑みを見せる堅。

 そのとき、部屋のインターホンが鳴り響いた。

「はーい。」

 舞衣が立ち上がり、玄関に向かって足早に進む。

(誰だろう、こんな時間に?・・もしかして、千絵ちゃんたちがまた・・!?)

 一抹の不安を抱えながら、舞衣は玄関のドアを開けた。そこにいたのは千絵やあおいではなく、青い髪の中等部の女子だった。

「え?あなたは・・?」

「あ、ここ、美袋命ちゃんの部屋ですよね?」

 少女は舞衣の顔を見つめてから、部屋の奥をのぞき込む。すると命が顔を出してくる。

「あ、おお、千草(ちぐさ)じゃないか!もしかしてお前も舞衣のごはんを・・」

 笑顔を見せる命に、舞衣もその少女も苦笑いを浮かべる。

「ん?千草?」

 その名前に眉をひそめて、堅も顔を出す。その直後、堅と千草の顔が硬直する。

「あああぁぁぁぁーーー!!!」

 2人は互いを指差して大声を上げる。

「ち、千草!?」

「お、お兄ちゃん!?」

「えっ!?」

 2人の声に、今度は舞衣が驚きの声を上げる。

「お兄ちゃん!なんで女子寮にいるのよ!」

「ち、千草だって、どうしてこんなところに!?・・お前、風華に来てたのか!?」

「だってお兄ちゃん、あれから全然連絡取れないし、私がこの風華学園に入学してたの、言えなかったのよ!」

 対面した途端、いきなり口論を始めてしまう堅と千草。

「ね、ねぇ?もしかして不知火くんの妹って・・?」

 困惑している舞衣が問いかけると、2人が同時に彼女に振り向く。

「ああ。この千草だ。連絡ひとつよこさないですまないとは思ってたけどさ。まさかこんなところでこんな形で会うなんてなぁ。」

 堅が気さくな笑みを見せながら、未だにムッとしている千草に眼をやる。

「と、とにかく、千草ちゃんだっけ?上がって。」

「え?あ、はい。あ、これ、私が作ったんです。命ちゃん、よく食べるからたくさん作ったんですけど、これならみんなにも分けられますね。」

 そういって千草はひとつの袋を取り出し、中身を舞衣に見せた。中にはクッキーがたくさん入っていた。

「うわぁ、おいしそう。千草ちゃんが1人で?」

「はい。わたし、料理得意なんですよ。でも命ちゃん、舞衣さんのごはんのほうがおいしいって。」

 満面の笑みを見せている命に眼をやりながら、千草は舞衣に促されて部屋に入っていった。

 

 千草のクッキーをつまみながら、舞衣たちは会話を弾ませていた。そのほとんどは乙女たちの料理に関する話で、堅はなかなか話に入り込めないこともあった。

 しばらくして、千草が堅に近づいて、声をかけてきた。

「ところでお兄ちゃん、お兄ちゃんは今までどこに行ってて、何をしてたの?」

 堅はその問いかけに一瞬戸惑いを見せたが、笑みを作って答えた。

「ちょっとした野暮用だ。って言っても、勝手気ままにやってきただけなんだけどな。」

「野暮用で、2年も?」

「ああ、そうだ。けど、お前に連絡をよこさなかったのはホントに悪かったと思ってる。すまねぇ。」

「もういいよ。今はこうしてちゃんと会えてるんだから。」

「あまりに不可抗力な成り行きだけどな。」

 笑顔を見せる千草に苦笑する堅。

「ねぇ、お兄ちゃん・・これからは、ずっと一緒だよね・・?」

 千草は物悲しく微笑みながら、堅に願った。堅も千草の願いを感じ取っていた。

「悪いが、そいつは保障できねぇ。それに、2年も心配させるヤツよりも、他にいいヤツをそばにいさせるほうがずっといいはずだろうに。」

 出来損ないの兄を頼っても仕方がない。兄に頼らず、別の人間を頼りにしたほうがいい。それが堅の思いだった。

 2人の願いと思いは相対的なものになっていた。

「さて、オレは招かれざる客だ。いい加減退散しないとな。」

 堅は立ち上がり、玄関のほうへ振り向く。

「じゃ、私が送っていくね。また何かあったら困るもんね。」

 舞衣も立ち上がって指摘し、堅はまたも苦笑するしかなかった。

「あ、そういえば私が来たとき、原田さんとあおいさんが聞き耳立ててましたよ。」

 唐突にもらした千草のこの言葉を耳にした途端、堅と舞衣の髪が一気に逆立った。

 

 舞衣が様子を見に行くと、案の定、千絵とあおいが聞き耳を立てていた。舞衣はわざとらしくないようにしながら2人を追い返し、それから堅とそそくさに外に向かった。

 その慌しい2人の出て行く姿を、命と千草は呆然と見送るだけだった。

 しばらくの沈黙を置いて、命が千草の顔を見つめた。

「よかったな、千草。お前の兄上が見つかって。」

「えっ?」

 命の唐突な言葉に千草が戸惑う。普段の無邪気な笑みとは違う、物悲しさを込めた笑みを命は浮かべていた。

「私にも兄上がいる。でもどこにいるか分からない。私は兄上を探してる。」

「へぇ、命ちゃんにもお兄ちゃんがいるんだぁ・・」

「でも千草の兄上は見つかった。私の兄上も必ず見つかる。うんっ!」

 再び普段見せている笑顔に戻って、自分で納得する命。彼女の言動を目の当たりにして、千草は思わず笑みをこぼした。

「そうだよね・・・やっぱり“お兄ちゃん”はいいよね。命ちゃん、私も応援するね。命ちゃんのお兄ちゃんが早く見つかるようにね。」

「そうか。応援してくれるか。千草、お前はいいやつだ。」

 励ます千草の手を取って、命が満面の笑みを見せる。彼女は心から感謝と喜びを感じていた。

 遠く離れていても、兄妹の絆は決して途切れることはない。妹としての兄に対する想いが同じであることを改めて認識して、千草も心から喜んだ。

 

 女子寮から慌てて出てきた堅と舞衣。バイクを運びながら、林道で足を止める。

「ふう。ここまでくれば一安心だな。けど、明日になってバレてる、ってことになってるかも・・・」

 安心しているのか不安になっているのか分からない様子を見せる堅。それを見て舞衣が微笑む。

「あなたってホントに面白いね。落ち込んだと思ったらすぐに元気になっちゃうんだから。」

「そ、そうか?」

 舞衣の言葉にきょとんとなる堅。

「ホント、あなたみたいにまっすぐ前を目指してる人はうらやましいな。」

「えっ・・?」

「わたし、ここに来ていろんなことがあって、それでいろいろ迷ったり悩んだりしてる。千草ちゃんに慕われながら、自分も自分の道を迷わずに進んでる。」

 ため息混じりの笑みを見せる舞衣。堅もそれを見て沈痛の面持ちになる。

「私にも弟がいるの。でも病弱で、あの子もとっても悩んでるみたい・・それでも私を慕ってくれるあの子に、私は少しでも力になろうとは思ってる・・」

 舞衣はそんな弟、巧海(たくみ)のために、数多くのバイトや仕事をやってきている。それも全て巧海のためにしていることだった。

「オレは、アニキ失格だよ・・」

「えっ?」

 堅がもらしたこの言葉に、舞衣が当惑を見せる。すると堅が悲しい笑みを浮かべて、

「理由はどうあれ、オレはアイツから離れたヤツだ。アニキとしてやるべきことを放り出して、自分のしたいことをやってる。こんなヤツがアニキなわけがねぇよな・・」

「そんなことないわよ・・」

 自分の未熟さを感じていた堅に、舞衣が励ましの言葉をかける。

「どんなことがあったって、あなたと千草ちゃんは兄妹。それは変わりない。」

「舞衣ちゃん・・・」

 兄妹の絆を呼びかける舞衣。

 姉である自分を心から感謝している巧海の存在。その関係と酷似していると彼女は思っていた。

 そんな彼女の思いに、堅は戸惑いを隠せなかった。

「!」

 そのとき、堅はただならぬ気配を感じ取った。真剣な眼つきで周囲の林を見渡すが、人のいる様子は見られない。

「どうしたの、不知火くん?」

 堅の尋常じゃない様子に舞衣が戸惑う。彼女に全くかまわず、堅はなおも周囲を見回す。

 そのとき、林道の木々をなぎ払って、何かが堅たちの前に突っ込んできた。砂煙をまとって現れたそれは、異様な形をした怪物だった。

「えっ!?」

「ま、またコイツか!」

 舞衣と堅が驚愕の声を上げる。怪物が彼らに顔を向け、不気味な口から吐息をもらす。

「舞衣ちゃん、危ない!こっちに!」

 堅が舞衣の腕をつかんで、バイクに飛び乗る。メットを彼女に預け、間髪置かずにエンジンを入れる。

「それを被って、しっかりつかまってろ!」

 堅が声を荒げながら舞衣に指示し、アクセルを利かせてバイクを走らせる。バイクは一瞬前輪を持ち上げてから、全速力で突き進む。

 しかし怪物の動きも速く、2人の背後の地面を強く叩いた。その衝撃でバイクは前のめりになり、その勢いで転倒する。

「うわっ!」

 堅も舞衣もそのまま投げ出され横転する。大した怪我や痛みはなかったが、堅は気を抜かずに顔を上げ、迫ってくる怪物を見つめる。

「戦うしかないか・・!」

 堅は毒づきながら立ち上がり、右手に力を込める。周囲の空気が収束し、半透明の刀を具現化する。

「これは・・」

 舞衣がこの刀に驚きを見せる。

 堅はその刀を構え、怪物に向けて飛びかかった。その勢いのまま刀を振り下ろす。

 しかし、鈍い音を立てるだけで、刀は怪物に傷ひとつつけることができない。

「何っ!?ぐわっ!」

 驚愕する堅が怪物の前足に弾き飛ばされる。刀を地面に突き立てて体勢を整える。

「くっ・・なんて硬い体をしてるんだ・・物理的な攻撃ではまともに通じないだろう・・」

 舌打ちしながら思考を巡らせる堅。その隙を突いて、怪物が堅に向かって飛び込んでいく。

(しまった!)

 油断を突かれた堅。怪物の突進に対する回避が間に合わない。

 しかし、堅は難を逃れていた。自分が元いた場所をなぎ払う怪物の姿が遠ざかり、堅は眼を疑った。

 視線を移すと舞衣の顔があった。彼女が堅の左手を取り、怪物から引き離したのだった。

 彼女の両手、両足にはそれぞれ炎をまとった腕輪が点在していた。その腕輪が回転することで、彼女は空中浮遊を可能としていた。

(まさか・・・!?)

 堅は舞衣のこの姿に驚愕を覚えていた。

(これはエレメント・・・まさか舞衣ちゃんも、HIME・・・!?)

 舞衣の力を目の当たりにして、堅の心は大きく揺らいだ。

 

 

次回

第3話「結城奈緒」

 

「ここには、オレの信じられるものはないのか・・・?」

「私にはやらなければならないものがある。お前もそうなんだろ?」

「男ってバカばっかね。色気ひとつでコロッと騙されるんだからね。」

「それが、アンタの理屈ってわけか・・・」

「・・・ブッ潰す!」

 

 

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