舞HIME –another elements- 第1話「不知火堅」
あの人は優しい人でした。
自分のことよりもまず、友達や知り合いのことを考える人でした。
私はその人に憧れを抱いてました。時々「愛」っていう感情まで芽生えたとも思えました。
たとえこの気持ちがその人に届かないとしても、私は一向に構いませんでした。
だけど、その人はある出来事をきっかけに、その優しい心を閉ざしてしまいました。
「復讐」というものを持って、その人は私の前から姿を見せなくなってしまいました。
この世界には、「オーファン」と呼ばれる異形のモンスターが存在していた。些細なものから命を奪うものまで、人々に様々な被害をもたらす。
オーファンの出現と被害は、主に「風華学園」で多く見られている。
その事件の被害者たちは、「一番地」と呼ばれる組織によって保護される。そしてその事件に関する記憶を全て消し去り、社会に送り返されていた。
結果、オーファンの存在を知っているのは、一番地、風華学園に属する一部の人間だけである。
しかし、一番地に記憶を消されなかった人間が1人いた。
一番地の施設のひとつが、突如爆発、炎上を起こした。
炎の吹き荒れる施設内を逃げ惑う人々。その人々がしりもちをつきつつ、驚愕しながら見つめる視線の先、炎に包まれた部屋の中には、1人の青年が立っていた。
青年は紅く光りだしている眼から涙を流しながら、施設の人々を見据えていた。
「オレは、相手を傷つけることだけを考えて戦ったことはない。だけど、今は違う。オレは、アンタたちを殺す!」
青年の眼が大きく見開かれた直後、施設の人々の恐怖が途切れた。そして青年は燃え上がる炎の中で姿を消した。
一番地は全力で青年の行方を追ったが、いまだ彼の消息はつかめていない。
風華学園。小等部、中等部、高等部を擁す大型私立校。その規模故に、学園とその付属施設等でひとつの巨大な街を形成している。
その高等部の1年B組に1人の男子が転入してきた。
不知火堅(しらぬいかたし)。少し逆立った茶髪をした長身の青年である。
教室内の生徒たちは期待や困惑など、いろいろな様子を見せていた。
堅は担任に促されて、後ろの席についた。気さくに思える彼の態度に、生徒の反応は賛否両論だった。
授業の合間の休み時間、堅は好奇心から、この教室の出席簿を開いていた。そこには座席表が挟まれていて、彼はそれを見ていた。
そこで彼は1人の生徒の名前に眼が留まる。この日出席してなく、机も使われた形跡が少ない座席である。
座席表からは「玖我(くが)なつき」と明記されていた。
「なぁ、ちょっと。」
そこで堅は、丁度教室に入ってきた女生徒2人に声をかける。
「この玖我なつきって人、今日は休みなのか?」
「玖我さん?うん、そうよ。時々休むことがあるのよ。」
「病気でもないのに休みが続いて・・」
「なるほど・・サンキュ、ありがとな。」
堅が礼を言うと、女生徒たちは笑みを返してその場を離れた。彼女たちをしばし見送ってから、堅は再び座席表を、玖我なつきの名に眼を向けた。
何か事情があるに違いない。堅は彼女を気にかけていた。
風華学園の男子寮。堅はそこで新しい生活をすごそうとしていた。
彼が住む部屋には既に生徒がいて、堅は彼のルームメイトとなる。
武田将士(たけだまさし)。高等部3年で剣道部の主将である。
「ちわーっす。よろしくお願いします、先輩。」
堅が気の抜けた挨拶をしながら部屋に入ってくる。
「おう!気合が足りないぞ、後輩!何事も心・技・体を心がけなければならないぞ!」
剣道着姿の将士が、堅に竹刀を向けてきた。気合の入った彼の言動に、堅は一瞬唖然となる。
「あ、もしかして剣道部っスか?オレも剣術はけっこうやれるほうなんスよ。」
が、すぐに笑みを見せる堅。その反応に将士がきょとんとなる。
「おう、お前も剣道か何かやってたのか?だったらオレたち剣道部に入ったらどうだ?歓迎するぞ。」
「そうしたのは山々なんスけど、オレ、いろいろやらなくちゃいけないことがあるから。バイトで生活費を稼がなきゃなんないし。まぁ、助っ人ぐらいだったらいつでも参加するけど。」
堅が苦笑いを浮かべると、将士は残念そうな顔をする。
「そうか・・まぁ、気が変わったら声をかけてくれ。待ってるからな。とにかくよろしくな。」
「ウィッス。よろしくお願いします。」
互いに笑みを見せる2人。
「さて、ちょっと出かけてくるッス。」
「ん?どこに行くんだ?」
きびすを返して外に出て行こうとする堅を将士が呼び止める。
「散歩しながら街を見てくるんスよ。この学園、街規模でいろんな施設しょい込んでるから、ちょっと興味があるんスよ。それじゃ!」
堅はそういって部屋を出て、街へと繰り出したのだった。
堅はこの街にやってくる際、バイクも持ってきていた。彼の最高の移動手段である。
彼は自分のやるべきことのため、浪人して高校入学を2年遅れていた。その間、彼は入試勉強の合間を縫ってバイクの免許を取得していた。
免許取得後、ツーリングが彼の趣味のひとつとなった。その趣味を織り交ぜながら、堅は街を走っていた。
新しく訪れた街の風景に、彼は新鮮さを感じていた。コンビニ、レストラン、林道などの施設や場所に、彼は退屈しないという期待を抱いていた。
その途中で、彼は空腹を感じてきた。空いた小腹を埋めるため、彼は丁度通りがかったレストランで軽食を取ることにした。
「いらっしゃいませー。1名様・・・あ、不知火くん・・・?」
レジ前にやってきたウェイトレスが疑問符を浮かべてきた。
「え?オレのこと知ってるのか?・・もしかして、学校の女子か?」
堅がきょとんとしながらたずねると、ウェイトレスは小さく頷いた。彼女に合わせて視線を移すと、そこには学校の女子が数人座っていて、その中のメガネをかけた女子が手を振って笑みを向けていた。
「やぁ転校生くん、こんなところで会うとはねぇ。」
「いったいどういうことなんだ?だってアンタら、オレのクラスじゃないだろ?」
「千絵の情報網を甘く見ちゃダメだよ。あなたのことはあたしたちに知れ渡ってるよ。」
原田千絵(はらだちえ)に代わって自慢げになる茶髪の女子、瀬能(せのう)あおい。
「ったく、参ったな。くれぐれも面倒な噂はやめてくれよな。ややこしいのは嫌いなんでな。」
苦笑いを浮かべる堅が、あまり期待せずに言いとがめる。
「それにしても、ここには女生徒が多いな。校風とかにも影響してるんだろうけど。」
堅が千絵たちを見回しながら呟く。元々女学院だった風化学院は、その歴史から女生徒の割合が多い。
その中で、堅の視線が、周りのことなど気にせずにパフェをほおばっているおさげの少女に止まる。制服からして中等部の女子だろう。
(色気より食い気だな、こりゃ・・・)
何事か分からずに見つめ返してくる女子、美袋命(みなぎみこと)に、堅は半ば呆れた様子を見せていた。
「ところで、ご注文は何にするの?」
先程のウェイトレスが堅に注文を聞く。
「ああ。フレンチトーストを1つ・・・オレは不知火堅。アンタは?」
「私?私は鴇羽舞衣(ときはまい)。」
堅は千絵たちからいろいろなことを聞かされた。家族のこと、趣味など、彼は答えられることには答えた。
そしていつしか時間がたつのも忘れていた彼は、時計を見るや、すぐに席を立ってしまった。
「いろいろ楽しかったよ。そろそろ出るとするよ。」
「そう?まぁいいや。続きは後日に聞くことにしようか。」
「後日?アハハ・・・」
堅はただ苦笑いを浮かべるしかなかった。自分の食べたものへの支払いを済ませ、店の外に出る。
そしてメットを被ってバイクを走らせ、夕暮れ時の道路に消えていった。
日が落ち始めたところで、堅はバイクのライトに明かりを付ける。そして赤信号で停車したところで、彼は横で同様に止まっているもう1台のバイクに気付く。
ダークブルーをメインカラーにしているバイクとライダースーツ。堅はそのバイクを見て、思いつめた面持ちになる。
「アンタ、ずい分荒っぽい運転してるなぁ。」
堅が声をかけると、そのライダーは彼に振り向いてきた。
「どういうことだ?」
「オレ、昔バイク屋でバイトしてたことがあるんだ。だからバイクを見ただけで、その持ち主がどんなヤツか、分かっちまうもんなんだよ。」
「フッ、きれい事を言ってくれるな。まるで、私の考えをお前は分かってるという言い草だな。」
「全部分かるってわけでもないけどさ。それに、他人のことをあんまりとやかく言うつもりもないけど、アンタの運転は危なっかしい。まるで子供の運転だな。」
自分の考えを相手に伝える堅。彼も免許を取って間もないが、好きなバイクに関する知識は誇りにできるものだと自負していた。
「だったら見せてくれないか?“大人の走り”ってヤツを。」
ライダーがあざけるように言い放つと、堅は小さく頷いて見せた。その直後に、信号が赤から青に変わった。
まず堅がバイクを走らせ、ライダーがその後に続く。
この信号を超えれば、道は横道のない海岸沿いの1本道が続いている。注意を払ってスピードを出す人も少なくない。
堅もスピードを上げ始めた。それに乗じてライダーもスピードを上げる。
先行はされているものの、ライダーは堅についていっていた。スピードとその走りには負けてはいない。
そして大きなカーブを曲がりきると、なぜか堅は停車していた。
(諦めたか。それとも故障でも起こしたか。)
しめたと思ったライダーは、スピードを緩めずに直進する。そして堅を抜こうとした瞬間、突然堅に飛びかかられた。
堅とともに押し倒され、バイクもそのまま横転する。
「な、何をする!?」
ライダーが憤慨して堅に言いかかる。彼は道路の先に視線を向けていた。
そこには道路を横断していた猫たちがいた。おそらく家族の大移動なのだろう。堅は猫たちを無事に渡らせるために、その手前で止まっていたのだった。それに気付かずに走りこんできたライダーを、彼は身を呈して止めたのだった。
「お前、そのために私を・・・?」
困惑を見せるライダー。堅の手を振り払い、自分のバイクに歩み寄り、ひとまずメットを外す。
長い青髪をなびかせ、大人びた雰囲気を放つ少女の顔が現れる。
「女・・・?」
堅が思わず口ずさみ、続けてメットを外す。少女がその一言にムッとする。
「何だと思っていたんだ?」
「あ、いや・・まぁいいや。オレは不知火堅。アンタは?」
照れ隠しに笑う堅に対し腑に落ちない面持ちをしながら、少女は顔を背けながら、
「私はなつき。玖我なつきだ。」
「玖我?ああっ!休んでたヤツか、アンタ?オレ、1年B組に新しく転入してきたんだ。よろしくな。」
堅が気さくな笑みを見せながら、握手を求めて手を差し伸べる。しかしなつきはそれを拒む。
「私は群れるのは嫌いだ。それに、私にあまり関わると、ロクなことにならないぞ。」
「ロクなことねぇ。やめろといわれたら余計に首を突っ込みたくなるのが男の性ってヤツだ。」
親しくなることを嫌うなつきに対し、気さくなことに言ってくる堅。完全に好奇心に駆られていた。
「・・勝手にしろ。」
なつきは呆れ半分、諦め半分な態度でバイクを立て直す。
「そうさせてもらおうかな、なっちゃん。」
「その“なっちゃん”というのはやめろ。気がそがれ・・」
「勝手にしろと言ったのはアンタだぜ。」
なつきの言葉をさえぎって、なおも笑みを崩さない堅。休息の意味を込めて、2人はひとまず近くの浜辺にバイクを寄せることにした。
この日の夜の空は雲がなく、星がところどころに瞬いていた。静かに流れるさざ波を、堅となつきは見つめていた。
「ところで、お前はどうしてそこまで私に対して首を突っ込んでくるんだ?」
なつきが唐突に堅にたずねてくる。
「オレはな、周りにいるヤツで何か起こったら、放っておけないタチでな。お節介とか余計なお世話とかだとも自分でも思うんだけどな、オレがそうしたいから。」
堅はそれを気さくに受け答えする。その返答に再びムッとなるなつき。
彼は人一倍優しさが強かった。たとえ相手が迷惑だったとしても、放っておけない人間だった。
時々学校を休んで孤立しているなつきのことが、堅は気がかりで仕方がなかった。
「なるほど。なんだかんだと言っておきながら、結局お前も自分のしたいことをやっている。お利口な理由をつけるか、黙ってやるかの違いだけだ。」
不敵に笑って勝手に納得するなつき。堅はその言動に反論しなかった。
そしてなつきは再び夜空を見上げた。彼女の眼には、星々の中に紅く光るひとつの星が見えていた。
「私には、どうしてもやらなくてはならないことがある。そのためなら、私は手段など選ばない。」
改めて真剣な眼差しで語るなつき。その目的のため、彼女は命がけのことに飛び込もうとしていた。
「オレもだ。」
堅の返答になつきの視線が彼に移る。
「オレもやらなくちゃなんないことがあって、ここにやってきた。どうしてもやらなくちゃいけないことが。」
堅も自分の決意をなつきに伝える。彼の顔からは普段の気さくな笑みは消えていて、真剣だった。
「!」
そのとき、堅は何らかの力を感じ取った。人間のものとは違う、異質の力だった。
その直後、彼らの眼前の浅瀬が爆発を起こした。海水が飛び散り、とっさに眼を伏せる堅となつき。
彼らの視線の先には、異形な姿をした怪物が立ちはだかっていた。例えるなら、それはサメに近い姿の獣だった。
「コイツは・・・!?」
堅がその怪物に驚愕を覚える。なつきは冷静に、その怪物を見据えていた。
「おい、お前はすぐに逃げろ。下手をすれば、死ぬぞ。」
「何を言ってんだよ。女のアンタに守ってもらってそのまま逃げたら、男がすたるってもんだ!」
なつきの呼びかけを聞かず、堅は無謀にもその怪物に向かって走り出した。すると怪物が両前足を浅瀬に叩きつけてきた。
「おわっ!」
その衝撃で堅が浜辺に弾き返される。砂と海水の雫が浜辺に降りかかる。
「おいっ!・・くっ・・」
なつきが舌打ちしながら、眼前の怪物を見据える。咆哮を上げている怪物に向けて、
「デュラン!」
叫んだなつきから、淡く輝くもうひとりの彼女が現れ、水晶となって弾ける。そして1体の獣となって彼女の前に現れる。
それは機械の狼だった。銀色の体、背には2つの銃身がセットされている。
「ロードシルバーカートリッジ!」
なつきの号令で、デュランの銃身に、脚に装備された特殊弾が装填される。
「ってぇ!」
その銃口から弾丸が発射され、氷の牙となって怪物に向かう。その牙が怪物に命中し、爆発を引き起こす。
しかし怪物はまだ動きを見せていた。とっさに回避行動を取ったのか、デュランの攻撃は致命傷には至らなかった。
(外したか!)
毒づくなつきが、再び怪物に向けて攻撃を加えようとする。
そのとき、怪物に向かって飛びかかるひとつの人影が現れた。
「何っ!?」
驚愕したなつきが、攻撃をためらう。
そこには堅の姿があった。彼は右手に何かを握り締めていた。
剣か棒を持っているように見えた。なつきが眼を凝らすと、彼は半透明な刀を握っているのが見えた。
「またみんなを不幸に陥れるのか、アンタたちは!」
堅の叫びが、夜の浜辺にこだました。
次回
「ああ、ヤバイ!これじゃもうこの学園には・・!」
「あなたみたいにまっすぐ前を目指してる人はうらやましいな。」
「オレは、アニキ失格だよ・・」
「オレは、HIMEの存在を絶対に認めない!」