「裏」風華学園物語
〜会長の秘密〜
私立風華学園。
この学園には様々な謎が潜んでいる。
生徒1人1人における謎から、学園全体に及ぶほどの謎まで存在している。
この話は、そんな数々ある謎の1つである。
茶道部が主に使う道場。その庭の片隅の草木の中に隠れている2人の生徒がいた。
1人は軽いウェーブのかかった髪、黄緑をベースにした制服を着ていて、もう1人はクセッ毛のあるショートヘア、小さなメガネをしていて、オドオドした面持ちをしている。
高等部3年、珠洲城遥(すずしろはるか)と、1年、菊川雪之(きくかわゆきの)である。
彼女たちはとある人物の不審な様子を見かねて、この道場に調査を伸ばしたのだった。その人物は、生徒会会長、藤乃静留(ふじのしずる)である。
腰まである長髪に気品のある顔立ちをしている彼女は、普段は優雅さと優美さを兼ね備えている大人びた雰囲気をかもし出しているが、最近彼女の様子に異変が見られるようになった。
その真相を確かめるため、遥と雪之はこの道場に来ていたのである。
静留は居間でお茶をたしなめているようだった。彼女の影から、浴衣を着ているようだった。
「あのぶぶづけ女、この珠洲城遥が必ず真相を突き止めてやるんだから。そして今度こそ眼にモノ見せてやるんだから。」
「落ち着いて、遥ちゃん。見つかっちゃうよ。」
苛立ちをあらわにしている遥を、雪之が困惑の面持ちでなだめる。何とか気を落ち着けて、遥は再び静留の様子をうかがう。
しばしお茶を満喫してから、静留は立ち上がる。そして奥の戸を開けたところで、彼女の動きが止まる。
「なつき、アンタはわいのモン・・誰にも渡しまへん。」
彼女のかすかな声が、遥の雪之の耳に届く。
「わいがなつきを守ります。なつきを邪魔するモンは全部許しまへん。」
囁くような言葉の後、静留が奇妙な動きを見せ始める。その様子に、遥が眼を凝らす。
「は、遥ちゃん・・・!」
外に出て行くといわんばかりの勢いになっている彼女を、雪之は何とか制する。
「放しなさい、雪之!この事態、見過ごすわけにはいかないわ!あれは我が学園に対して明らかな象徴の行為!」
「嘲笑だよ・・・」
もはや勢い任せになっている遥の間違いを、雪之が半ば呆れながら指摘する。
「と・に・か・く!このハレンチを放っておくわけにはいかないのよ!」
雪之の制止を振り切ろうとしながら、遥が道場に向かう。しかし勢いあまって前のめりに倒れてしまう。
その騒々しさに気付いて、静留が障子が開かれる。焦りの表情で顔を上げる遥と雪之の眼前で、彼女が鋭い視線で見下ろしていた。
「あちらでお話しましょうか?」
相手を威圧するような面持ちのまま、静留は遥と雪之を招き入れた。
2人が連れてこられたのは、道場の庭である。その中心で、遥が静留を鋭く睨みつけて、雪之が2人の様子を困惑の面持ちで見つめていた。
「あなたのしていることは、明らかにハレンチな行為!生徒会長としても、学園の1生徒としても!」
苛立ちの言葉を言い放つ遥。しかし静留は顔色を変えない。
「第一、あれは何なの!?形としては玖我(くが)なつきだけど・・!」
そして遥が、先ほど静留がいた居間を指差す。そこには1人の女子の石像が置かれていた。
その姿は高等部1年、玖我なつきだった。その石像は棒立ちをしていて、きょとんとした面持ちを浮かべていた。
「あれは正真正銘のなつきです。わいがなつきをあへんなふうにしたのよ。」
「えっ!?もしかして、本物の玖我さんなんですか!?」
妖しい笑みを見せる静留に、雪之が動揺を表す。
「そんな非現実的なことがあるわけないでしょ!」
それを遥が真っ向から否定する。しかし静留は笑みを消さない。
「あれは間違いなくなつきや。わいが石に変えたのよ。それに・・」
静留は言いながら、ふと右側を指差した。その先の正面玄関には、もう1体の石像があった。
ふくらみのある胸とショートヘアをした女子。その姿は同じ高等部1年、鴇羽舞衣(ときはまい)である。
「ま、舞衣ちゃん・・・!?」
雪之がその石像を見て愕然となる。その反応を楽しんでいるのか、静留が再び微笑む。
「鴇羽さんもめんこいから、つい石に変えてもうたさかい。」
「いい加減にしなさい!これ以上くだらないことを言うのは見苦しいだけよ!」
微笑む静留に、遥はついに怒りを爆発させて詰め寄った。
「私がそんな根拠のないことを信じるとでも思ってるの!?生徒会や執行部に散々心配をかけといて、挙句の果てにそんな余命幾ばくもないことを!」
「世迷言だよ、遥ちゃん!・・じゃなくて、ダメだよ、遥ちゃん!」
間違いを指摘しながらも、雪之が遥を呼び止める。しかし遥は静留から引き下がろうとしない。
「おだまり!この女は自分の立場をわきまえずに、こんなくだらないことをしてるのよ!全く、見下げ果てた生徒会長ね!」
怒号を上げる遥。静留は呆れた面持ちでため息をつく。
「アンタの出る幕やあらへん。大人しく帰りやす。あんまり人のすることに首を突っ込んでほしくあらしまへん。」
静留が警告の意を込めて低い声音で言うが、それでも遥は引き下がろうとしない。
「見苦しいわね!言い返せなくなったら、今度は“帰れ”ですって!見苦しいわね!」
「ギャーギャーやかましい。」
なおも言い放ってくる遥に向けて、静留が右手を伸ばして指差す。
「どへんしても帰らへんとゆーなら、仕方あらしまへん。」
そう言って、彼女は右足を強く踏んだ。すると遥と雪之の足元から灰色の霧が吹き出してきた。
「な、何なの!?」
彼女たちが驚きの面持ちを見せる。霧は一気に2人の体を包み込んでいく。
「手荒なことはしたくへなんだけど。アンタはこのまんま黙ってくれはるとは思えへんから。」
静留が妖しい笑みを浮かべて見つめる先で、遥と雪之が咳き込む。しかし彼女たちの驚愕はこれからだった。
ふと見た自分の右手が灰色に変わっていることに気付き、遥が眼を疑う。
「こ、これって・・!?」
遥がその変化に驚愕の声を上げる。右手だけでなく、体のところどころが灰色の石に変わり、思うように動かせなくなっていた。
「ふ、藤乃さん、もしかして本当に・・!?」
雪之も動揺をあらわにしながら、静留に問いかける。すると彼女は再び呆れた面持ちを見せる。
「そやさかいにそへんだと言っとるではおまへんどすか。」
彼女の見つめる中で、遥と雪之が徐々に体の自由を奪われていく。そんな中で、2人が振り返って互いを見つめる。
「は、遥ちゃん・・・」
「雪之・・しっかりしなさい・・・こんなことで・・・負けちゃ・・・」
遥と雪之が必死の思いで手を伸ばす。しかし2人の手が届く前に、2人の動きが止まる。
既に2人の体は首から上を残して全て石化していた。やがて遥の強きな瞳も、雪之の困惑を浮かべている瞳も、生の輝きを失う。
やがて霧が晴れ、そこから灰色に染まった遥と雪之が現れる。手が届きそうで届かない2人の姿を見つめて、静留が微笑を浮かべる。
「あ〜あ、とうとう石になってしまやはったね。知らへんほうがいいことかたーるとゆーのに。」
またも呆れた態度を見せながら、動かなくなった遥の頬に手を伸ばす。
「安心しよし。アンタも鴇羽さんと一緒に置いてあげまんねん。これでちびっとはそろっとなりまひょ。」
これから静寂になると安心して、静留は居間のほうに振り返る。そこには石化しているなつきが立っている。
「なつきはうちのもんどす。うちは、なつきは愛してます・・・」
一途な想いを胸に秘めて、静留はなつきのいる居間に戻っていく。
遥や雪之、舞衣の想いさえも掌握して、彼女はなつきへの気持ちをあらわにするのだった。