舞HIME −elemental destiny- 4th step「zips」
エレメンタルスライガーの攻撃で崖から投げ出された祐一と舞衣。海に落下したものの、彼らは何とか難を逃れることができた。
「助かったのか・・・舞衣!しっかりしろ、舞衣!」
祐一が呼びかけるが、舞衣は眼が虚ろで反応がない。
毒づいた彼は振り向くと、その先には小さな空洞があった。
「あそこに行くしかないか・・・」
脱力しきっている舞衣を抱えながら、祐一は海から上がって空洞に入る。彼らの衣服に染み付いている海水がこぼれて、赤茶けている地面をぬらす。
(すっかりぬれちまったなぁ。このままじゃ風邪をひいちまう。)
苦笑いを浮かべて上着を絞る祐一。しかし事態はそれほど安直ではなかった。
問題は舞衣だった。和也の上着を着せられているだけの状態で助けられた。その上着も海の水にぬれていた。
(ヤバい!熱が上がってる!)
悪化していく事態に、祐一が焦りを見せる。何とかして火を焚かなければ、舞衣が危ない。
彼女のHIMEとしての力なら炎を灯すこともできるが、満身創痍に陥っている彼女にそんなことはさせられない。
周囲を見回しても、火付けになるものは見当たらない。そもそも着火するものさえ持っていない。
(どうしたらいいんだ・・どうしたら・・・くそっ!こうなったら!)
祐一は毒づきながら、ぬれた自分の衣服を脱ぎだす。そして舞衣に羽織られている上着も脱がす。
一糸まとわぬ姿の彼女の肌に自分の体を密着させる祐一。自分の体温で彼女を温めようと考えたのだ。
冷えていこうとしている彼女の体を必死の思いで抱きしめる祐一。
(舞衣・・しっかりするんだ・・・!)
切実に彼女のことを想う祐一。剣道よりも、詩帆よりも、今は彼女を助けたいという一心しかなかった。
(あれ・・わたし・・・?)
もうろうとした意識の中で、舞衣がそのぬくもりを思い出していく。
(分かる・・・私、この感じを知ってる・・・)
徐々に意識を覚醒させ、ゆっくりと顔を上げる。その視線の先で、祐一が必死の面持ちを見せていた。
(ゆう・・いち・・・?)
祐一の顔を見て、舞衣は沈痛さと懐かしさを感じていく。しかし素直にその気持ちを受け入れることができなかった。
彼女の脳裏に巧海の笑顔が蘇る。体の弱い彼のため、彼女は必死に頑張ってきた。
しかし彼はもういない。晶の想い人として消えてしまった。舞衣は大切なものを失い生きる希望さえ失くしてしまっていた。
だが、まだ大切なものを全て失くしていない気がしていた。心の奥に閉じこもりたいと思っていた中、彼女の脳裏に祐一の顔が浮かんでいた。
想いたい。しかし想うわけにはいかなかった。自分の想いが、HIMEの想いが諸刃の剣となって、祐一を殺すことになるかもしれなかった。
しかしそのぬくもりから離れたくなかった。
“お姉ちゃんの、本当にほしいものは、何?”
巧海の言葉が脳裏をよぎる。その言葉が、彼女を素直にさせた。
互いの唇が接近し、そして重なる。今、祐一と舞衣の想いがひとつとなった。
(今、私がほしいものは・・・祐一・・・)
彼女はこの想いを、心の中で声にして繰り返していた。
日はすっかり落ち、薄闇が広がっていた海岸沿い。戦場を抜けた千尋と遥は扇、なつき、そして自暴自棄に陥っているあかねと合流した。
「そんな・・・ハリーがやられて・・和也さんが・・・」
千尋が和也の消滅を聞かされて、眼に涙を浮かべる。
“碧さんも深優さんにやられて・・・”
雪之もダイアナを通じて、悲痛の言葉を口にする。重い空気に包まれている中、沈黙を破ったのは遥だった。
「あかねさんは私が運ぶわ。みんなは祐一さんと舞衣さんを探してちょうだい。雪之、指示を頼んだわよ。」
“うん、遥ちゃん。”
遥が全員に指示を送り、雪之が笑みを作って頷く。なつきたちも頷く中、扇は苛立ちの表情を見せていた。
「ケッ!誰に向かって指図してんだ。」
愚痴をこぼしてこの場から離れる扇。しかし彼が本当は祐一と舞衣を助けたい一心であることを分かっていたので、千尋も雪之も反論しなかった。
「まだ近くに一番地の兵士があるはずだ。気をつけろ。」
なつきもそう言って、舞衣たちの行方を追う。千尋も、あかねを抱えた遥も。
闇と静けさが包む夜の空洞。舞衣は祐一に抱かれながら眼を覚ました。その眼には、生の輝きが戻っていた。
(祐一・・・)
彼女の眼に祐一の顔が映る。彼は必死になって彼女を助け、守ろうとした。
「祐一のおかげで、私、帰ってこれたよ・・・ありがとう・・・」
自分を助けてくれた彼に、彼女は満面の笑顔を見せる。そして和也の上着に手を伸ばし羽織る。まだ乾いてはいなかったが、着れないほどではなかった。
空洞から出てみると、外はすっかり日が落ちて、静かに揺れる波の音だけが聞こえてきた。
「雪之、ちゃん・・・」
唐突に雪之を呟くように呼ぶ舞衣。ダイアナの力を得て、この声が届いているはずである。
その声は、しっかりと雪之はつかんでいた。
“ま、舞衣ちゃん・・!?”
雪之の驚きの声が聞こえ、舞衣も一瞬驚きを見せるが、すぐに笑顔を見せる。
「雪之ちゃん、私の声、聞こえてる?」
“はい!聞こえてます!”
「みんなは・・みんなはどこにいるの!?」
“みんな、あなたと祐一さんを探しています。すぐにそちらに向かわせます。”
「ありがとう、雪之ちゃん・・・」
雪之の導きで、舞衣は安堵を見せる。そのとき、空洞の上のほうから爆音が響いてきた。
舞衣たちの無事と位置を雪之から知らされたなつきたち。しかしその直後、一番地の兵士たちが彼女たちに攻撃を仕掛けてきた。
その中には紫子と、憤りをあらわにしている奈緒の姿もあった。
「こんなところで何やってんの、アンタ?」
奈緒がエレメントの爪を口元に当てながら、なつきをあざ笑う。反撃に転じたかったなつきだが、今の彼女にHIMEとしての力を振るうことができなかった。
扇もプルートを振るって迎撃に出ていたが、多くの軍人を相手になつきたちに加勢できないでいた。
「レオナ!」
千尋がエレメントの槍を構え、狐の姿をしたチャイルド、レオナとともに奈緒に向かって駆け出す。しかしそれに気付かない奈緒ではなかった。
「こっちはアイツの相手をしてんだよ・・ジュリア!」
奈緒は蜘蛛のチャイルド、ジュリアを呼び出しつつ、突き出された千尋の槍を飛び上がってかわす。そこへジュリアの糸状の粘液が降りかかり、千尋とレオナを捕まえる。
「キャッ!」
体を拘束されて悲鳴を上げる千尋。
「千尋!くっ!」
扇も千尋の危機に気付くが、向かってくる軍人を振り払うことができない。
「ウザいねぇ。あたしが息の根を止めてやるよ!アンタへの見せしめにね!」
奈緒がなつきをねめつけながら、エレメントの爪を千尋の頬に当てる。力を使えないなつきは、ただうめくしかなかった。
そこへ炎の球が奈緒に向かって飛び込んでくる。後退して回避した彼女の前で、千尋とレオナを縛っている糸が火球が焼き切る。
奈緒だけでなく、千尋となつきも眼を見開いて、炎の飛んできたほうに振り返る。そこには炎の腕輪をまとっている舞衣の姿があった。
「ア、アンタ・・・!?」
「あれは・・・」
「舞衣・・舞衣!」
舞衣の姿に奈緒が驚愕し、千尋となつきが歓喜の笑みを見せる。
「ゴメンね、みんな・・・でも私、戦うよ!」
千尋となつきに笑みを向ける舞衣。そして立ちはだかる軍人を見据えながら意識を集中する。
「カグツチ!」
舞衣の呼びかけで、炎をまとった白い翼の竜が姿を現す。彼女のチャイルド、カグツチである。
神々しい竜の姿に、軍人たちに動揺が走る。ただ1人、奈緒だけが鋭い眼つきを舞衣に向けていた。
「後からのこのこやってきて目立ってんじゃないよ!」
うめくように言い放つ奈緒。ジュリアがカグツチに向けて粘液を吐き出すが、カグツチは上昇して回避する。
「舞衣!チャイルドと同化しろ!」
「えっ・・!?」
なつきが呼びかけ、舞衣が驚きの面持ちを見せる。
「HIMEとひとつとなることで、チャイルドの力が一気に増強される。」
なつきの言葉を受けて、舞衣は彼女に向けて小さく頷いてみせる。
「カグツチ!」
そしてエレメントの腕輪の浮力を使って飛び上がり、竜の体に溶け込むように入り込む。
(こ、ここは・・・)
舞衣が眼にしたのはカグツチから見た視界だった。その影に、一糸まとわぬ姿の彼女が淡く光りだして映されていた。
これがチャイルドとの同化現象である。具現化された想いとの一体化は、HIMEとその想いの力を絶対的に増大させるのである。
舞衣はカグツチが翼をはためかせるイメージを組み込んだ。すると現実のカグツチも、彼女のイメージ通りに翼を羽ばたかせる。その風に煽られて、軍人たちが怯みだす。
(すごい・・これが、チャイルドとの同化なの・・・!?)
同化の力に、舞衣自身も驚きを感じていた。そしてすぐに戦いに意識を傾けて、焦りを浮かべている奈緒に視線を移す。
「行くよ、カグツチ!」
舞衣の呼びかけを受けて、カグツチが剣の刺さった口を開いて咆哮を上げる。
(このままでは奈緒さんが・・!)
その事態を見かねた紫子は、エレメントの弓矢を構えて、カグツチに向けて放つ。しかしその矢は竜には命中しなかった。
紫子は助けたかった。ただし奈緒だけでなく舞衣も。彼女は自らの想い、ヴラスを犠牲にして、2人の想いと命を守ろうとした。
しかしヴラスは反射的に、攻撃態勢に入っているカグツチに幻覚を見せようとする。しかし舞衣と同化している竜に効果がなかった。
放たれた火球がヴラスを一気に焼き尽くす。やがてその炎が青白いものへと変わる。紫子の想いの消滅である。
(石上さん・・・)
自分の想い人の名を胸中で呟きながら、紫子は涙をあふれさせている瞳を静かに閉じた。
舞衣が紫子に気を取られているのを見計らって、奈緒がなつきに攻撃を仕掛けようとしていた。エレメントの爪を揺らめかせる赤髪の少女を、なつきはじっと見据えていた。
(私にも、大切な想いがある。それを守るために、HIMEは今を生きて戦っている。いや、HIMEだけじゃない。人は何かを守るために常に戦っている。)
自分の右の手のひらを見つめ、決意を秘める。
(静留・・お前もそう思うだろう・・・?)
親友である静留のことを想い、なつきは意識を集中する。エレメントの銃が、今まで発動できなかったHIMEの力が出現する。
その銃をいきり立っている奈緒に向けて、さらに意識を集中する。
「デュラン!」
彼女の呼びかけで、背に銃身を武装した銀色の狼、デュランが姿を現す。
(戻ってきてくれたんだな、デュラン・・・行くよ!)
自らのチャイルドが戻ってきたのを喜んだのもつかの間、なつきは戦いに意識を戻す。
「GO!」
なつきの号令でデュランが駆け出し、困惑する軍人をなぎ払い、ジュリアに突進する。
「くっ!このぉ!」
奈緒がムキになり、ジュリアが粘液を吐き出す。これをデュランは素早い身のこなしでかわしていく。
「デュラン!ロードシルバーカートリッジ!ってぇ!」
そして背の銃身に弾丸が装てんされ発射される。その弾丸が当たる直前で弾け、水晶の刃の群れとなってジュリアの体を貫く。
「あっ・・・!」
絶命し青白い炎を巻き上げて朽ちていくジュリアを目の当たりにして、奈緒が絶望してその場に座り込む。
「ジュリア・・・ママ・・ママァァーーー!!!」
悲鳴を上げてうなだれる奈緒。悲惨とも言える彼女の姿を、なつきは戦意を消してじっと見つめていた。
(お前にはすまないことをしたと思う、奈緒・・・だが、私はここで立ち止まっているわけにはいかないんだ・・・!)
涙ぐむ奈緒を哀れみながら、なつきは振り返ってこの場を後にする。返り討ちにされることを恐れてか、軍人たちは銃を向けることさえできないでいた。
一番地の通信機関。その中央会議室に呼び出された黎人の見つめる3つの画面には、3人の中老の男たちの顔がそれぞれ映し出されていた。
彼らは黎人の犯した失態を言及していた。
「これはどういうことなのかな、ブラックプリンス?」
「杉浦碧、日暮あかねの2人のHIMEを倒したことは賞賛するが、プルートを奪われ、鴇羽舞衣をも奪還された。」
「いくらあなたといえども、人々の非難を受けることは免れませんな。」
男たちが自分たちの見解を黎人に言い放つ。しかし黎人は動揺した様子を一切見せず、さらに不敵な笑みを見せる。
「ご安心ください。失態をさらすことになりましたが、それでも我々の優位に変わりはありません。既に打つ手は整っています。」
黎人のこの言葉に男たちは渋々頷いた。
連絡を終え、会議室から出てきた黎人。その外の廊下には凪とハイネが待っていた。
「お偉いさんのお話は終わったのかい?」
凪がからかうように声をかけると、黎人が不敵な笑みを向けてくる。
「あんな口先だけのおじさんたちの言うことなんか聞く必要ないぜ。命令通りにしなきゃ何もできない弱い連中のアホどもとは違うだろ?」
ハイネも愚痴るように声をかける。黎人はその言葉にあまり気にした様子は見せなかった。
「愚問だな。僕はあんな愚民に振り回されたりはしない。この世界は矛盾と不条理で満たされている。故にこの世界はもうダメだ。僕が新しい世界を築くのだ。」
「なんだかねぇ。案外ダメなのはお前のほうだったりして。」
からかうつもりで返事するハイネ。すると黎人が鋭い視線を向けてくる。
「冗談だよ。あんまり気にすんなよ・・それはそうと・・」
苦笑いを黎人に向けるハイネ。そして、剣を抱いたまま立っている命に視線を移す。
「譲ちゃん、お前は“ここ”にいるんだろ?舞衣ってHIMEじゃなく、アニキのほうに。」
「わ、私は・・!」
ハイネの指摘に命が声を荒げる。しかしハイネは淡々と続ける。
「割り切れよ。オレたちは今戦ってて、舞衣たちHIMEと対峙してるんだからさ。お前も舞衣よりアニキを選んだんだろ?でないと、死ぬぞ。」
気さくな態度から徐々に冷淡さを見せながら、命に忠告をするハイネ。
「ところで、少し前に庵が静留さんを連れてったよ。デモ隊の撃退に行くって。」
そこへ凪が黎人に報告を伝える。
「デモ?風華のヤツらか?」
問い返してきたのはハイネだった。凪は彼に振り向いて、
「いや。こっち側の。数は少数。多分、僕たちのやり方に文句を言ってきてるんだろうねぇ。」
「そうかい。じゃオレの出番はないな。」
凪の答えにハイネは呆れた素振りを見せ、その場を立ち去る。彼は静留1人で十分治まると推測していた。
そしてその推測は見事に当たるのだった。
デモを引き起こそうとしている人々が集まってきている広場。彼らの前に庵と静留が立っていた。
「何チンタラやってんだ!」
「早くしないと媛星がぶつかっちまう!」
「一番地はオレたちを見捨てるのか!」
デモ隊が自分勝手なことを言い放ってくる。この事態に庵は呆れるしかなかった。
「ったく。自分たちが守られてるってのを棚に上げて、勝手なことばかり言ってくる。困った、困った。」
庵がため息混じりに愚痴をこぼし、静留に視線を向ける。彼女は苦笑を浮かべたまま、エレメントの長刀を出現させて、柄の先端を地面に突き立てる。
「お引取り願いましょうか。ギャーギャーやかましい。うちは急かされるんは嫌いどす。」
動揺を見せる人々に静留が低い声音で言い放つ。
「清姫。」
彼女が呼びかけると、その背後から巨大な影が出現する。人々が動揺を超えて恐怖を見せ始める。
蛇の頭と体をした6つの姿。静留のチャイルド、清姫(きよひめ)である。
「いつ見ても絵になる姿だねぇ。それじゃ、オレはこれから用事があるから。」
唸り声を上げる清姫を一目見てから、庵はこの場を立ち去った。彼が数歩歩いた直後、広場に悲鳴が上がり、そして静かになった。デモ隊の末路を分かっていたかのように、彼は不敵な笑みを浮かべた。
広場は無残な光景と化していた。地面はところどころでえぐれ、デモ隊は全員倒れて動けなくなっていた。
立っていたのは静留だけだった。唸りを上げている清姫の眼前で、彼女は戦意を消して遠くを見つめていた。
(なつき・・・必ずアンタを、うちのもんにしてみせます・・・)
一途な愛と想いを心に秘めて、彼女はこの場を立ち去った。彼女を突き動かしているのは、欲情とも思えるなつきへの愛だった。