舞HIME −elemental destiny- 2nd step「reason」

 

 

 一番地の拠点となっているビルの奥底。その中の部屋の1つに、黒い制服に身を包んだ青年がいた。

 神崎黎人(かんざきれいと)。彼こそが世界の混乱を引き起こした「黒曜の君」である。

 微笑を浮かべる彼の眼の前には、1つのカプセルがあった。透明な溶液を含んでいるその中には、1人の少女が一指まとわぬ姿で入れられていた。

 巧海を失い、自暴自棄に陥ってしまった舞衣である。彼女は一番地の軍に連行された後、黎人の意向でこの部屋に連れてこられたのである。

 溶液の中に漂う彼女の眼には生の輝きがない。生きながら死んでいたのである。

「もはや舞衣HIMEは僕のものとなった。巧海くんを失い、彼女は生きる希望さえも失くしている。」

 黎人が舞衣を見つめて、淡々と呟く。しかし彼女はその声を耳にしてもいない。

「もう彼女は僕のものだ。HIMEとしての力は期待できないけど、それでも僕を満たしてくれることだろう。」

 そして彼は彼女に背を向け、さらに続ける。

「この世界はもうダメだ。いかに人間が理不尽で不完全か。言葉ひとつで僕に踊らされる始末だ。この矛盾に満ちた世界をリセットして、僕と僕の新しい妻が理想の世界を築いていく。舞衣さんとともに・・」

 混乱に満ちている世界を理想のものへと作り変えるため、黒曜の君、黎人は動き出した。

 

 同じビル内にあるHIMEの特別部屋。そこでは一番地に組するHIMEたちが、風華のHIMEたちを屈服させようと考えあぐねていた。

 腰まである長髪に気品のある顔立ちをしていて、優雅さと優美さを兼ね備えている大人びた女性、藤乃静留(ふじのしずる)。シスター、真田紫子(さなだゆかりこ)、おさげをした少女、美袋命(みなぎみこと)、そして奈緒がこの部屋にいた。

 静留と紫子は外を眺めている。命は剣を握り締めてじっと何かを見据えている。そんな中で、奈緒がため息をひとつついて、1人部屋を出る。

 その廊下の壁にもたれかかっている黒髪の少年が、不敵な笑みを浮かべて彼女に声をかけてきた。

「ずい分と頑張っているようだね、奈緒ちゃん。」

 少年、京野庵(きょうのいおり)に奈緒がムッとした顔をする。

「どうしようとあたしの勝手でしょ?いちいち口出ししないでよね。」

「お前のやり方に口出しはしないさ。けど分かってるよな?お前のお袋が一番地の病院に搬送されていることを。」

 その言葉に奈緒が顔色を変える。

「オレたちとの約束。風華の全てのHIMEを倒せば、お前のお袋を優先的に保護すると。」

 庵の言葉に奈緒が息をのむ。彼女たち親子は男たちの目論みを受け、結果彼女の母親は長い入院を余儀なくされていた。その母親を助けると約束で、彼女は一番地の下で戦っていたのである。

「けどHIMEが負け、そのチャイルドが倒れれば、その想い人も消えることになる。つまりジュリアが倒れれば、お前のお袋も・・」

「アンタに何が分かる!」

 からかうように言う庵に、奈緒が憤りをあらわにする。

「マジで覚悟してやらないと、寝首をかかれるぞ。」

「・・・あたしは絶対にやられない!」

 歯がゆい気分を感じる奈緒が親指を噛む。それを見て庵が振り返り、部屋を離れていく。

「だったら、やられないようにやってみそ。」

 忠告する庵を、奈緒が鋭い視線で見送っていた。

 廊下を進む彼は、その途中で白髪の少年を眼にする。炎凪(ほむらなぎ)である。

「けっこう挑発的だね、庵。」

「戦うきっかけと意気込みを与えただけにすぎねぇよ、凪。」

 互いにからかうような笑みを向ける凪と庵。

「HIMEは世界のために滅ばなくちゃなんない。そのためにはHIME同士で潰し合いをやってもらったほうがいいからね。まさに相殺さ。」

「よくもまぁそんな悪知恵が働くね。ある意味感心しちゃうよ。」

「お前に言われたくねぇよ。」

 凪の言葉に庵が声を荒げる。

「オレはお前のように気まぐれで非暴力的じゃない。使える手段は全て使い切るのがオレの理想のやり方だ。」

「フフフ、何でもいいけど、張り切りすぎて、墓穴を掘らないでよね。」

「そういうお前こそ、後でわめかないよう、心がけてみそ。」

 屈託のない会話を終えて、凪と庵はすれ違い、姿を消した。

 

 風華のHIMEにおける召集会。その事前打ち合わせを行っていた遥と雪之。

 行き当たりばったりとも思えるような遥と、それをそわそわした面持ちで受け答えしている雪之。そんな2人に、1人の少女が駆け込んできた。

 黒髪をおさげをした、笑顔が似合う女の子。扇の妹、京極千尋(きょうごくちひろ)である。

「遥さん、雪之さん!」

「あ、千尋ちゃん・・」

 声をかけてきた千尋に雪之が振り向く。

「大変ですね。HIMEや風華の人たちをまとめ上げるのは。」

「確かにね。でも遥ちゃんがいろいろ頑張ってくれてるから。私も頑張らなくちゃって思うの。」

 千尋の言葉に、雪之が小さく微笑みながら答える。

「大丈夫よ、千尋、雪之!この珠洲城遥が、みんなをまとめ上げてみせるわよ!」

 そして遥が胸を張り、意気込みを見せる。

「理事長も負けて、鴇羽さんも捕らわれの身。しかもあのぶぶづけ女が、よりによって一番地に寝返るなんて!情が厚く仕事熱心なのが、あの女の美点だったのに!」

 静留のことを思い返し、彼女は苛立ちを感じ出す。千尋も雪之も動揺を隠せなかった。

 静留はなつきのことを想い、あえて一番地の側についた。そしてなつきを救おうと呼びかけているが、一番地に敵意を抱いている彼女はこれに応じなかった。

 それ以後も2人は拮抗したまま現在に至る。しかし遥はこの静留の言動に見下げ果てていた。

「昨日はすみません。お兄ちゃん、みんなのためになろうと必死だったんです。」

 千尋が兄、扇の行為を詫びると、遥と雪之が眉をひそめる。

「口が悪くて自分勝手で、人に指図されるのが嫌い。でも絶対に誰かを裏切ったりしない人なんです。特に和也さんやあかねさんにはとても気を利かせていて、2人が結ばれることを誰よりも願っているんですよ。」

 兄のことを想いながら、千尋は語りかける。彼女も扇の無事と、和也とあかねが結ばれることを心から願っていた。

「しかし彼の勝手な行動が、私たち全員を危険にさらすことになりかけないのよ!これからはそんな勝手はジサイしてもらわないと!」

「それは・・」

「それは自粛ですよ、遥さん。」

 遥の間違いを、雪之の代わりに千尋が指摘する。そのため、雪之と遥が一瞬呆然となる。

「あんまり他の人のことを悪く言うのはよくないですよ。他は他。今はこの風華の人たちを守ることを考えましょ。」

 励ましの意味を込めて、満面の笑顔を見せる千尋。そんな彼女の言動に、遥と雪之も張り詰めていた不快感を和らげることができた。

「そうです!ルールと風華の平和を守るため、私たちは戦わなくちゃいけません!ですよね、遥さん?」

「えっ?えぇ・・・」

 ビシッと人差し指を突き立てて決意を見せる千尋に、遥はただ頷く。彼女をおだてているつもりだったのだが、うまく乗ってくれなかったようだ。

 

 静かに流れていく雲をなつきは見つめていた。彼女は今、HIMEとしての力を発動できないでいた。

 彼女の唯一の親友だった静留が、彼女の敵対する一番地に組したため、信じるものを見出せないでいた。

(静留・・お前は何を考えているんだ・・・アイツなら、何て言っただろうか、舞衣・・・)

 捕らわれのHIME、舞衣のことを考えるも、なつきは迷いを振り切ることができないでいた。

 

「あのときは悪かったな、カズ。けどオレは間違ったことはしてねぇと思ってる。」

「扇・・・」

 扇の言葉に和也が戸惑いを見せる。彼らは風華の地の裏山に来ていた。そこはあかねが初めてハリーを呼び出した場所でもあった。

「なぁカズ、お前、あかねがHIMEだって知ったとき、どう思った?」

「えっ?」

 扇の唐突な問いかけに、和也が一瞬呆然となる。しかしすぐに笑みをこぼす。

「正直驚いたよ。あかねちゃんがHIMEだったなんて。でも、たとえそうでも、あかねちゃんはあかねちゃんだって。」

「そうか・・・」

 あかねを想う和也の言葉に、扇は不敵に笑ってみせる。

「オレは始めはHIMEなんかに全然興味がなかった。そんなもん、どうでもいいと思ってた。けど、あかねや千尋がHIMEだと知ったときには、そんなことを言ってられなくなった。」

 和也に語りかけながら、扇が振り返る。その視線の先、竹やぶの中からあかねが駆け寄ってきていた。

「ほっとけなくなっちまったんだよ・・・千尋も、お前もあかねも・・・」

「扇・・・ありがとう。」

 感謝する和也に、扇は照れ隠しのつもりで憮然とした態度を見せる。それを見て和也と、振り返ってきたあかねが微笑みかける。

「じゃ、オレは戻るぜ。不幸になったら、ただじゃおかねぇからな・・・」

 そう言い残して立ち去ろうとする扇。すると千尋が呼吸を荒げながら駆け込んできた。

「千尋?」

 忙しない面持ちの彼女に、扇が眉をひそめる。

「お兄ちゃん、あかねさん・・居場所が分かったんです・・舞衣さんの・・!」

「何っ!?」

 千尋の言葉に扇が驚く。あかねと和也も動揺を見せた。

 

 一番地の動向をうかがいながら、舞衣の行方を追っていた雪之。そしてついに、彼女のチャイルド、ダイアナの胞子が彼女の姿を捉えたのだった。

 彼女の報告を受けて、風華のHIMEたちが緊急招集された。

「本当なのか、雪之、遥?舞衣が見つかったというのは・・」

 なつきの言葉に雪之が頷く。

「舞衣ちゃんは一番地のセントラルビルに捕まっています。助けるのは多分困難になると思います。」

 彼女の説明に、他のHIMEたちは息をのんだ。祐一も詩帆も戸惑いを隠せなかった。

「それでも、舞衣を助けないといけない。理事長がいない今、アイツの力が何より必要なんだ・・・」

 祐一がうめくように言いかける。真剣な面持ちで周囲が頷く中、扇が憮然とした態度を見せていた。

「確かにテメェの言うとおりだが、テメェのやるべきことは違う。」

 言い寄る扇の視線が、祐一から詩帆に移る。

「ここはオレに任せろ。鴇羽舞衣はオレが助けてくる。」

「オレも行くよ。」

「私も。」

 決意を告げる扇に、和也とあかねが前に出てきた。

「お前ら・・・いいのかよ・・もしあかねがやられたら、カズが・・・」

「いつまでも扇くんに助けられるわけにいかないよ。私も戦いたいの。」

「僕も扇やあかねちゃんと一緒に戦いたい。足手まといになるかもしれないけど、それでもあかねちゃんを守りたいと思うから・・」

 困惑を見せる扇に、あかねも和也も決意を見せる。周囲も真剣な面持ちで彼を見つめていた。

「ケッ!勝手にしな。」

 そう言い放って、扇は照れくさそうにその場を離れた。彼のHIMEたちに対する思いを、周りは理解していた。もちろんあかねも和也も、千尋も。

「私も行きますよ。あかねさんも和也さんも戦うんです。HIMEである私も、舞衣さんを助けたいです!」

 千尋も戦うことを決意する。すると碧と遥が笑みを見せて頷く。

「頑張んなさいよ。私もみんなもアンタをしっかりサポートするからね。」

「そうよ。敵の位置とかは、雪之がしっかり把握して教えてくれるからね。」

 遥の言葉を受けて、千尋は微笑んで雪之に振り向く。雪之も笑みを見せて小さく頷く。

「それじゃ、HIME戦隊、出撃よ!」

「はい、碧さん!」

 碧の意気込みを込めた号令に、千尋も同じように人差し指を突き立てる。すっかりその気になっている2人に、周囲は半ば呆れた面持ちを見せていた。

 

「ハァ。全く相変わらずね、アンタも。」

 白衣に袖を通した女性、鷺沢陽子(さぎさわようこ)が、先程の碧の意気込みに呆れ、ため息をついていた。

 陽子は碧の友人で、現在この風華の医療を務めていた。風華の人々が信頼を寄せている人間の1人だった。

「舞衣さんを助けに行くのね?」

 陽子が訊ねると、碧は真剣な眼差しを向けて頷く。

「理事長さんが負けた今、舞衣ちゃんが唯一の可能性だから。あたしはそう信じてる・・」

 碧の思いに陽子も小さく微笑む。2人とも舞衣のことを信頼していた。

 しかし碧の想い人は、恩師でもある佐々木(ささき)教授である。この風華の地にはいないが、この戦いが終わったら会いに行こうと彼女は考えていた。

「さて、そろそろ出陣と行きますか。仕切ってるあたしが出てこないと、みんなの立つ瀬がなくなるからね。」

 碧が椅子から立ち上がり、気合を入れなおす。

「私からは、あんまりムチャしないでよっていうのが本音だけど、アンタは言うこと聞きそうもないよね。」

「そういうこと。それじゃ、行ってくるね。」

 苦笑いを見せる陽子に見送られながら、碧は一番地に臨むHIMEたちの待つ場所に向かっていった。

 

 黎人のいる部屋。不敵な笑みを浮かべて何かを待っているように思える彼の部屋に、ハイネがノックもせずに入ってきた。

「ノックもしないで人の部屋に入るのは感心しないね。」

 黎人がからかうように声をかけるが、ハイネは気にせずに近くのソファーの腰かける。

「気にするなよ。オレは別に他人の考えに興味はないし、ケチをつける気にもならない。ただ、オレは敵を倒せればそれでいいんだよ。」

「それは、その敵が僕でも構わないと?」

「成り行き次第だな。オレは強い相手を倒したいんだ。たとえそれがHIMEでもオーファンでも、お前さんでも。」

 敵を倒すことに喜びを感じているハイネ。相手が黒曜の君であろうと物怖じは全く見られない。

「お前さんが黒曜の君だろうと神埼黎人だろうとオレには関係ない。ただ勘違いしないでもらいたい。オレはお前さんの部下じゃない。ただ目的が同じなだけの話さ。」

 不敵に笑うハイネに、黎人も同様に不敵に笑う。

「ヴェステンフルス隊長、全部隊、出撃準備完了しました。」

「だからそんなにかしこまらなくていいって。」

 軍人の言葉に、ハイネが憮然とした態度を見せながら立ち上がる。そして笑みを浮かべたままの黎人に視線を向ける。

「裏切られても、寝首をかかれるなんてことがないようにな。」

 そう告げて、ハイネは軍人とともに部屋を出た。この一番地を狙ってくるHIMEたちの来襲に備えて、彼は戦いに赴いた。

 

 大海原を見渡せる海岸。碧がやってきたその場所には、既にあかね、和也、扇、千尋、なつき、遥、雪之が待っていた。

「みんな揃ってるようだね。準備はできてる?」

「ケッ!おせぇんだよ。」

 碧が声をかけると、扇が憮然とした態度を見せる。

「私はここで相手と皆さんの位置や状況を伝えていきます。」

 雪之が前に出て周囲に笑みを向ける。

「頼りにしてるわよ、雪之。アンタの・・えっと・・・」

「ナビゲーションのことかな、遥ちゃん?」

「そ、そう、それよ!」

 激励の言葉をかけようとして、逆に雪之の指摘を受けて、照れ笑いを見せる遥。その姿に周囲が笑みをこぼす。

「すまないな。私に力が戻っていたなら。」

 その中で、なつきがみんなに苦笑を見せる。HIMEとしての力を出せないでいる彼女は、ここに残るしかなかった。

「テメェはここで見物してろ。オレが潰してやるからよ。」

 彼女に言い放って、扇は海へと視線を移す。他のHIMEたちも同じほうへと振り向く。

「それじゃ、HIME戦隊の出撃よ!」

 碧の号令で、HIMEたちが各々のチャイルドを呼び出す。千尋も狐の姿をしたチャイルド、レオナを呼び出す。

 なつきのデュランやあかねのハリーのように機敏な動きが可能となっているレオナ。その主な能力は変身である。

 その姿かたち、その声質まで、ほとんどそっくりに化けることができる。しかし思考や運動能力はレオナのままなので、変身による強化は見込めないのである。

 兄、扇と風華の人々のため、千尋も戦いに赴くのだった。

 

「いいかい、命?これからやってくるHIMEたちを倒すんだ。」

「はい、兄上。」

 一番地のビルの大講堂で、黎人が命に指示を送り、彼女は剣を握り締めたまま頷く。

「では深優、あなたもお願いしますね。」

「はい、アリッサお嬢様。」

 その傍らで、金髪の少女、アリッサ・シアーズの指示を受ける水色の髪の少女、深優(みゆう)・グリーアが微笑んで頷く。

 アリッサはシアーズ財団の娘で、その姿とすばらしき歌声から「黄金の天使」と称されている。深優はシアーズと彼女の護衛を請け負っている。

 彼女も命とともに、HIMEを迎え撃つべく前線に向かった。

「ついに見つかってしまったか。まぁ、いつかこうなるとは思ってたけどな。」

 庵が憮然とした態度で、黎人に声をかける。

「口の聞き方には注意したほうがいいな、庵。」

「口が悪いのは、アンタと凪がよく分かってると思うんだけど。」

 互いにからかうように言いかける黎人と庵。そんな言葉のやり取りを、凪が笑みを浮かべながら見つめていた。

(時は近い。舞衣HIMEを巡って、他のHIMEたちが争う。運命が、終局に向けて拍車をかけるか。)

 これから起こる戦いの行く末を、黎人が笑みを見せながら巡らせる。HIMEを含めた全ての人々の命運が、彼の手のひらの上で繰り広げられようとしていた。

 

 

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