舞-乙HiME -Wings of Dreams-
25th step「セン・フォース・ハワード」
オトメの運命によって命を落としたルナ。彼女の死に涙する人は少なくなかった。
その中で最も悲しみにくれていたのはチヒロとチグサだった。2人にとって「お姉さま」という存在だけにとどまらず、悲しみや辛さを受け止めてくれた大切な人でいてくれたのだ。
寮の自分たちの部屋で悲しみを拭えずにいる2人。チヒロが唐突に写真立てを手にして写真を見つめていた。面倒くさそうな面持ちで写真に写っているルナの姿が、彼女の悲しみをさらにあおっていた。
「ルナお姉さま・・・お姉さまがいなくて辛いけど・・私たちはオトメになります・・ルナお姉さまの気持ちを、心にとどめて・・・」
その写真立てを胸に当てて、チヒロは改めて、オトメという夢を追い求めることを決意するのだった。
しばらく部屋の中にいると、ドアがノックされた。チグサが顔を上げ、チヒロがドアを開けると、アリカ、二ナ、エルスティンの姿があった。
「チヒロちゃん、チグサちゃん、外に出てみようよ♪」
アリカが笑顔で誘うが、チヒロもチグサも物悲しい笑みを浮かべるばかりだった。
「私もルナお姉さまと同じ気持ちになりそう・・アリカちゃんみたいになれたら、どんなにいいかなって・・」
「そんなに思いつめることはないわ、チヒロ。アリカを見習ったら、何をするかわかったものじゃないわ。」
「もう、二ナちゃんってば〜・・」
二ナがチヒロに励ましの言葉をかけると、アリカが肩を落とす。そのやり取りに、エルスティンだけでなくチヒロもチグサも笑みをこぼしていた。
「とにかく、悲しい顔をするくらいなら笑顔でいる。そのほうがルナさんのためになると思うから・・」
アリカも続いて励ましの言葉をかけると、チヒロとチグサは涙ながらに微笑みかけた。
「そうだね・・ようし!二ナちゃんやアリカちゃん、チヒロに負けないように頑張るからね。」
「言ったわね、チグサ。私も負けないから。」
「うんっ・・一緒にオトメになろう、チヒロちゃん、チグサちゃん♪」
チグサ、チヒロ、アリカが手を取り合い、それぞれの決意を確かめ合った。オトメを目指す少女たちの心は、揺るぎないものとなっていた。
この日も請求書の山に頭を悩まされていたマシロ。その傍らでミコトが寝転がっていて、センは窓越しにヴィント市を見つめていた。
「はぁ・・片付けても片付けても増える一方じゃ・・セン、少し手伝ってくれぬか?」
「オレはテメェほど器用にできちゃいねぇ。オレにやらせたら今よりひどくなるぞ。」
ため息をつくマシロに、センは憮然とした態度で答える。彼は唐突にミコトに眼を向け、いぶかしげな心境に駆られる。
(こうしている間も、テメェはコイツを通じてオレたちを見ているのか・・・)
黒き谷にとどまっている舞衣とミコトを気にかけるセン。
ルシフェルが解散した後から、いや、ハワード家から出て行ったときから、彼は目的も当てもなくさまよっていた。思い描く「夢」を見失い、何をしていけばいいのか、些細なことさえ見つからないままだった。
だが今は、小さなものだがやるべきものがある。それに向かって突き進んでいける。センの中に、確かな決意が生まれつつあった。
「あああ!もうよい!このままでは頭の整理がつかぬ!少し外の風に当たってくるぞ!」
鬱憤を爆発させたマシロが神をかき、席を立つ。
「どこに行くんだ?」
「どこでもいいじゃろう!」
「ガルデローべならオレも行くぞ。アイツのツラを1回見たくなったんでな。」
センのこの言葉にマシロが口ごもる。そそくさに出て行く彼女に、彼とミコトもついていった。
アリカたちに導かれて、チヒロとチグサは寮の外に出ていた。清々しいそよ風を受けながら、2人は大きく深呼吸をする。
「いい風、いい天気。いい気分になりそう。」
チグサが大きく息をついて感嘆の声を上げる。
「そうね。こういう羽休めも、たまにはいいかな。」
チヒロもチグサに同意して頷くと、アリカが2人に寄り添ってきた。
「やっぱりチヒロちゃんとチグサちゃんは仲良くしていたほうがいいよ。」
「ア、アリカちゃん・・・」
笑顔を見せるアリカに、チヒロが照れ笑いを浮かべる。
「あ、あんまりしつこく注意してこなければ、ずっと前に仲良くなれたはずなんだけど・・」
「な、何を言ってるのよ!あなたが落ち着きのない行動ばかりするからでしょう!」
つんけんとした態度を見せるチグサに、チヒロが抗議の声を上げる。するとチグサが反発し、口喧嘩が始まってしまった。しかしチグサの悪ぶった言動が照れ隠しであることは、アリカも二ナもエルスティンも分かっていた。
しばらく言い合ったところで、チヒロとチグサが突然言葉を途切れさせる。ここでルナが2人の喧嘩の仲介に入ってくるが、もうその姿はない。
「・・・いい加減、割り切らなくちゃいけないね・・・」
「そうね・・あまりルナお姉さまに甘えるのはよくないわね・・・」
互いに照れ笑いを浮かべるチグサとチヒロ。
「まったく、相変わらずじゃのう、お前たちは。」
そこへマシロが落胆の面持ちで姿を現した。遅れてミコトを頭の上に乗せたセンもやってきた。
「お兄さん・・・」
兄の登場にチヒロは戸惑いを見せる。センは憮然とした態度で彼女たちに眼を向ける。
「その様子なら、気にすることもなかったな。そうだろ、カタシ?」
「えっ?」
センが左方に眼を向け、チグサが戸惑いの声を上げる。振り返った先から、カタシが姿を見せてきた。
「やっと戻ってきたか、セン。やれやれ。お前にはいつも手を焼かされるな。」
はじめ呆れた面持ちを見せるカタシだが、すぐに真剣な面持ちを見せる。
「セン、チグサ、オレはナギ殿下の護衛を辞めてきた。」
「お、お兄ちゃん・・」
カタシの突然の言葉に、センは顔色を変えなかったが、チグサが当惑をあらわにする。
「まぁ、利害の不一致ってところか。どうも考えが合わなくてな。まぁ、他の要人の警護でも請け負ってみるかな。」
カタシが苦笑気味に答えると、動揺の色を隠せないニナに近づいた。
「君の親父さんの依頼なら大歓迎だって、言っておいてくれないかな?いろいろと馴染みがあるからな。」
「それは構いませんが・・よろしいのですか?ナギ大公の護衛を断るなんて・・」
ニナが心配そうに答えると、カタシは憮然とした態度を見せる。
「言っとくが、オレは絶対主義者じゃない。たとえ交渉相手が王様でも世界の支配者でも、オレの考えと全然合わない相手との契約はまっぴらゴメンだ。オレはあくまで絆が第一だからさ。」
「しかしそれは違うのではないでしょうか・・・?」
「君は君。オレはオレ。解釈の違いなんて、誰の間でも起こるもんだよ。」
カタシに完全に諭されて、二ナはこれ以上言葉を返せなかった。
「オレはしばらく旅に出て、少し気持ちを整理してこようかと思う。セン、お前はどうするんだ?」
カタシがセンに眼を向けると、センは憮然とした面持ちを崩さずに視線を外す。チヒロやアリカたちも固唾を呑んで見守る。
「・・先のことは分からねぇ。だが、今のオレにもやらなくちゃなんねぇことがある。テメェと同じ気持ちの整理だ。」
「それなら私も・・!」
センが答えると、チヒロがたまらず口を挟む。
「私にもこれからやらなくちゃならないことがある。そうでしょ、チグサ・・?」
チヒロが眼を向けると、チグサも真剣な面持ちで頷く。
「これはルナお姉さまのため、そして私たちのためだから・・・」
決意を見せるチグサとチヒロを前にして、センも小さく頷いた。するとカタシがセンに近寄り、ミロクの柄を取り出した。
「とりあえずお前が持っててくれ。オレが持ってたら甘えそうになっちまうからな。」
「オレは使わねぇよ。オレにとっても邪魔なだけだ。」
カタシがミロクを託そうとすると、センが憮然とした態度で突き放す。
「使う気がないなら、預かっててくれるだけでいい。後で返してくれればいいんだ。」
「フン・・勝手を言ってくれるな、テメェは。」
カタシの言葉を受けて、センはミロクの柄をしまう。そしてカタシはセンに向けて拳を向ける。
「絶対死ぬんじゃねぇぞ。お前を心のよりどころにしてるヤツは少なくないんだからな。」
「気持ち悪いこと言ってんじゃねぇよ。オレは群れるのが嫌いなんだよ。」
悪ぶった返事をするも、センも拳を突き出す。互いの拳を合わせて、それぞれの決意を確かめる。
するとチヒロが沈痛の面持ちでセンに駆け寄ってきた。
「お兄さん・・もう、どこにも行ったりしないよね・・・?」
妹の一途な思いに対して、センは憮然さを崩さずに答える。
「さぁな。オレと周りの気分次第だな。」
センのこの言葉にチヒロは安堵の笑みをこぼした。わざと悪ぶっていて、本心ではみんなと一緒にいたい気持ちだということを彼女は分かっていた。
「さて、オレはそろそろ行くぞ。安心しろ。オレは必ずここに戻る。ちゃんと生きてな。」
そういうとセンは1人でこの場を離れた。カタシもチヒロもアリカたちも、彼をただ見送ることしかできなかった。
敵対の意思を示し、ギースを抹殺したケイン。ガルデローべの霊廟を鋭く見つめている彼の背後に、カナデが姿を現した。
「ギースを、そしてルナを殺したのね?」
カナデが妖しく微笑むと、ケインは振り返って鋭い視線を向ける。
「別に私は2人がどうなろうと関係ない。あなたと同じ、同士じゃなくて協力者だからね。」
「そうか・・ならテメェにも用はねぇ。オレはオレの好きにさせてもらう。」
「それは構わないけど、私の邪魔だけはしないでちょうだいね。」
からかうように言いつけるカナデだが、ケインは気にしている様子はない。
「強すぎる力は何でもぶち壊しちまう。普通に考えられる代償以上に被害を出しやがる。だから・・!」
ケインは右手から炎を発し、敵意をあらわにする。
「毒をもって毒を消し去ってやる。ナノマシンという毒でな・・・!」
「・・・そろそろお客さんがお目見えになりそうだから、私は退散させてもらうわ。」
カナデはふと別方向に眼を向けると、ケインから離れていく。
「2人とも仲良くしなさいよ。」
「くっ・・!」
ケインがたまらず炎を放つが、カナデは軽やかにかわしてこの場を去っていった。毒づくケインだが、間を置かずに振り返る。
その先には、ゆっくりと近づいてくるセンの姿があった。
ガルデローべからエアリーズに戻ってきていたシスカとドギー。ルシファー、ルナ、そしてセンに関する報告を受け、ユキノは深刻な面持ちを浮かべていた。
「セン・フォース・ハワード・・ハワード家を出てから国々を転々とした後、ルシフェルに加わる。同じメンバーであるケイン・シュナイダーが、ガルデローべから破邪の剣、クサナギを強奪。彼の言動を止めようとして、センさんは彼を手にかけてしまう。それからルシフェルを脱退・・」
ユキノが報告書の1枚を手にして読み上げていく。
「それからしばらく消息を絶ち、ヴィントブルームに行き着く・・・」
「彼も迷っていたようです。特にケインとの確執以来、人を傷つけることをひどく恐れているようです。先の1件でそれが確信になりました。」
ユキノの言葉にシスカが真剣に答える。
「でも、どうしてエアリーズに戻ってきたの、シスカ?まだケインとあのカナデ・エリザベートはまだガルデローべを狙っているのよね?」
そこへハルカが疑問符を浮かべてシスカに問いかけてきた。するとシスカは真剣さを抱いたまま微笑む。
「私がそばにいたら、チヒロさんとチグサさんが甘えてきそうな気がしましたので・・何かありましたら、ナツキ学園長やシズルお姉さまがついてますし。それに・・」
「あの2人もセンという男も、どうやら吹っ切れたようだ。それほど心配することではないだろう。」
シスカに続いてドギーが付け加える。2人の見解を聞いて、ユキノは微笑んで頷く。
「ここはガルデローべとヴィントブルームに任せましょう。ですが、あくまで警戒は怠らないよう。」
「分かっていますよ、ユキノ大統領殿。賞金稼ぎとして、伊達に危険を渡り歩いてきたわけではありませんから。」
「百鬼夜行をぶった斬る。オレの剣はまだまださび付いてはいませんぜ。」
ユキノの指示に、シスカとドギーが頷く。ハルカも歓喜を覚えて自信のある頷きを見せていた。
ガルデローべの庭園を訪れていたチヒロとチグサ。2人しかいないこの場所で、彼女たちはある人物を待っていた。
「覚悟は決まった。マシロ様から認証をもらった。」
「仮契約で、本当は内緒だけどね。」
自信の笑みを浮かべるチグサにチヒロが付け加える。
「もう後戻りはできないわよ、チヒロ。」
「してもしなくても、ミス・マリアからの大目玉は免れそうもないわね。」
チヒロが落胆の面持ちを浮かべて肩を落とすが、チグサは気にしている様子はない。
こうしてしばらく待っていると、近くの木陰からかすかな音がする。2人が振り返ると、カナデが姿を見せてきた。
「ここでわざわざ私を待っていてくれてたわけ?」
カナデが妖しく微笑みかけるが、チヒロもチグサも真剣さを崩さない。
「あなたとは、いつか決着をつけたいと思っていました・・カナデお姉さま・・・」
「お姉さま、ねぇ・・そう呼ばれたのは本当に久しぶりって気がするわ・・・」
チヒロの言葉にカナデがため息をつく。
「私には絶対の自信があった。だけど私はオトメにはなれなかった。この不条理な現状を壊して、私たちが新しいナノテクノロジーを築き上げるのよ。」
「そんなのは逆恨みだよ!たとえオトメになれなくても、その才能と成績を認めていい仕事ができるって!それなのに、オトメや周りのみんなのせいにして、何もかも壊そうとして・・!」
カナデの言葉に反論するチグサ。だがカナデは笑みを消さない。
「今更だからいうけど、今の私は、オトメそのものに対して疑念があるのよ。」
カナデの言葉にチヒロとチグサが固唾を呑む。
「オトメは絶対的な力を持つ。ほとんど国範囲の継承という形でね。だけどそれが国と国の対立に持ち出されたらどうなると思う?」
「戦争・・・」
動揺するチヒロに、カナデが小さく頷く。
「ひとたびオトメ同士が戦えば、最悪、竜王戦争や十二王戦争のような悲惨な時代に逆戻りよ。そんな事態にならないためには、“オトメ”そのものをなくすしかない。」
「それはあなたの中にあるナノマシンも同じことが言えるでしょう?」
カナデの言葉にチヒロの反論する。
「オトメに関わらず、強い力は使い方を間違えれば、争いや戦争に発展してしまう諸刃の剣なんです。でも私たちの気持ちしだいで、その力を抑え込んだり、みんなや平和のために使うこともできるのです。」
「ウフフフ。奇麗事を言うじゃないの。世界はそんなに甘くないのよ。」
「甘いか辛いかなんて関係ないよ!あくまで自分の気持ちだってことだよ!」
あざ笑うカナデにさらに反論するチグサ。するとカナデは小さく頷いてみせる。
「まぁ仮に自分の気持ちで何とかなるとしたら、ルナはそれほどの強い心を持っていなかったことになるわね。」
「なっ・・!?」
カナデのこの言葉にチヒロとチグサが憤りを覚える。
「契約下にあるオトメとマスターは一心同体。ああなることは、ルナも分かっていたことよ。それなのに半分無理やりに契約をさせられて、マスターの死に巻き込まれて・・」
「ルナお姉さまの悪口はやめて!」
チヒロがついに感情をあらわにする。
「お姉さまも葛藤していたのよ!オトメを目指すガルデローべの生徒として、どうあるべきだったのか・・・私もオトメになるために、多くのことを見つめてみたい・・・!」
「私もオトメになるために、もっといろんなことを学んでいきたい!たとえそれがどんなに辛いことでも・・・!」
それぞれ胸のうちにある決意を告げるチヒロとチグサ。2人の真剣な面持ちを見て、カナデが笑みを消す。
「いいわ。なら教えてあげる。あなたたちがどれほど無力な存在なのかをね!」
言い放ったカナデが右手を金属の刃に変える。
「マテリアライズ!」
認証を受けていたチヒロとチグサもコーラルローブを身にまとい、カナデの攻撃に備えた。
ガルデローべを見つめていたケインの前に現れたセン。2人の青年が鋭い視線を向け合っていた。
「テメェはもう終わりだ。何をしようと、オトメの力を否定しないテメェに、未来はねぇ。」
「未来ならつかんださ・・もう迷うことはねぇ・・・」
言い放つケインに、センは小さく笑みをこぼして答える。
「オレは何のためにあるのか、何をしていくのか分からないまま、世界をさまよっていた。だが今のオレは、その答えを見つけたような気がする・・」
「ならオレが教えてやるよ、セン・・テメェのそのくだらねぇ答えに、未来なんてねぇってことを・・・!」
互いに言い合うと、ケインは右手を掲げて炎を灯し、センもクサナギの柄を手にする。
「気を抜くんじゃねぇぞ、セン。」
「テメェもな、ケイン。」
ケインの炎がさらに強まり、センの持つクサナギに光刃が発せられた。2人の心と力の衝突が今、始まろうとしていた。
次回
「アンタなんかには、絶対負けないんだから!」
「私もオトメになるために、全力で戦うから!」
「テメェは世界がどうなってもいいのかよ!?」
「みんなが幸せでいてくれる・・それがオレの夢だ・・・」
「お兄さんやみんなのために、私はオトメになります・・・」