舞-乙HiME -Wings of Dreams-
24th step「アリカ・ユメミヤ」
長い時間に渡って、ミコトとの勝負を繰り広げたセン。数回攻撃をかすかに当てる程度に留まったが、彼は確かな手ごたえを感じていた。
「ホントにすごいわね・・ミコト相手にここまでやるなんて・・・」
舞衣が唖然となりながら感嘆の声をもらす。その言葉にセンは苛立ちの素振りを見せる。
「けどこれだけやってまともに入れられなかったんだ。多分、クサナギを使っても、互角になるかどうかさえ・・」
「そんなことはないぞ、セン!お前は強いし、いいヤツだぞ!うんっ!」
しかしミコトはセンを褒めるが、センは喜ぶ様子を見せなかった。
「ところで、本気でずっとここにいるつもりか、テメェらは?」
センが改めて問いかけると、舞衣は微笑んで答える。
「ミコトのオトメだし、まだまだ考えなくちゃいけないこともあるしね。弟のことが気がかりだというのも否めないけど・・」
「弟?弟がいるのか・・?」
眉をひそめるセンに、舞衣は小さく頷いた。
「いつもいろんなことで思いつめちゃって、それであたしの前だと甘えてきたりもして・・・元気にしてると思うんだけど・・巧海・・・」
「巧海?もしかしてテメェ、ジパングの・・?」
センの言葉に舞衣は頷く。ここで彼は彼女がジパングの舞衣姫であることを知った。
「そうか・・オレも妹がいる。けどオレはそいつのそばからずっと離れてた・・・オレがいなくても大丈夫だと思ってたのもあるが・・・」
「だったらその妹さんのそばに戻ってあげたら?あなたの前では平気そうに見えても、実はけっこう心配していると思うよ。」
「そんなもんか・・・テメェらはどうするか知らねぇが、オレは行くぜ・・」
センが小さく笑みをこぼすと、舞意も笑みを返した。
「いつかアイツの前に顔出してやれよ。いくらあの小娘のオトメでもな。」
「ありがとう。みんなにもよろしくね。」
見送る舞衣とミコトに振り向き、センは笑みをこぼす。そしてガルデローべを目指して、彼は歩き出した。
チヒロたちから離れ、アリカ、マシロ、ルナは森の中で足を止めていた。そこでアリカは、沈痛さを噛み締めているルナを見つめていた。
「ルナさん、あなたはチヒロちゃんとチグサちゃんが尊敬している人です。だからもうこれ以上2人を、みんなを悲しませるようなことをしないでください・・・!」
「その気持ちは分かっているつもりです。でもアリカさん、もう私には逃げ道はないのです・・」
アリカの悲痛の声だが、ルナは聞き入れようとしない。
「たとえヴィントブルームの女王でも、蒼天の青玉が相手でも、私に敗北は許されない・・・マテリアライズ!」
ルナの呼びかけを受けて、白夜の翡翠が反応し起動する。純白のマイスターローブを身にまとった彼女が、戸惑いを浮かべているアリカを見据える。
「アリカさん、オトメを目指しているなら、私と全力で戦いなさい。そうでなければ、あなたの夢は私に砕かれることになるわよ。」
「ルナさん・・・」
ルナの言葉に、アリカが歯がゆさをあらわにする。
「どうしても戦わなくちゃいけないんですか・・・なら私はみんなを守るために戦います!チヒロちゃんもチグサちゃんも、ルナさんも私が守ってみせる!」
「そうじゃ!よく言ったぞ、アリカ!」
決意を口にするアリカに駆け寄り、マシロは蒼天のGEMに口付けをし、認証を与える。
「行くぞ、アリカ!」
「うんっ!マテリアライズ!」
マシロの声にアリカが答え、マイスターローブを身にまとう。蒼天の青玉の力を発揮するアリカに向けて、ルナが飛びかかり拳を繰り出す。
アリカも拳を出して迎え撃つ。蒼天の青玉と白夜の翡翠。2つの石の力がぶつかり合い、激しい火花を散らす。
その反動で突き飛ばされながらも、すぐに体勢を立て直すアリカとルナ。2人はそれぞれのエレメントを具現化して手にする。
「オトメとマスターは命を、互いの痛みを共有するつながりを持っている。でも心の痛みまで、共有できると思う?」
「ルナさん・・・はい。私はみんなと分かり合えると思います。痛みも、気持ちも・・でもそれはオトメだからじゃない。みんなが私を信じてくれて、私もみんなを信じているからです・・・!」
ルナの問いかけにはじめは戸惑いを見せるも、アリカは真剣に答える。
「ならその心の痛みを、私に伝えてみなさい!マシロ女王のオトメ、アリカ・ユメミヤ!」
ルナは今までにないほどの感情の表面化を見せ、エレメントの2本の小太刀を構えて飛び掛る。アリカもブルースカイスピアを振りかざし、これを迎え撃つ。
小太刀の1本を蒼い刀身で受け止めるアリカ。さらに振り下ろされたほう1本の小太刀も、エレメントを振り上げて受け止める。
2本の小太刀を受け止めたまま、アリカがルナを押し返す。そして怯んだルナに向けて蒼い刀身を突きつける。
ところがルナは身を翻して攻撃をかわし、アリカに向けて小太刀を振りかざす。
「ぐっ!」
その一閃が右腕をかすめ、アリカがうめく。その痛みが伝達して、マシロも顔を歪める。
着地して振り返ったルナが、態勢を整えるアリカを見据える。
「あなたの潜在能力は眼を見張るものがある。マイスターとして申し分がないほどにね。でも本当に勝敗を分ける要因は経験よ。いつもやる気がなかった私だけど、中途入学したあなたに負けているとは思っていない!」
感情をあらわにするルナが飛び掛り、小太刀を振りかざす。細身の刀身はアリカに傷を負わせ、彼女を、マシロを苦しめる。
劣勢を強いられているアリカとマシロだが、2人とも心は折れず、一歩も引かない。その2人の思いに、ルナは徐々に動揺を覚えてきていた。
「私は諦めない。チヒロちゃんもチグサちゃんも、センも頑張ってるんだから・・私も負けられない!」
アリカは力を振り絞り、上空へ飛翔する。そして構えたブルースカイスピアに力を込めると、蒼い刀身が光を宿していく。
「行け、アリカ!わらわとお前の力を見せるのじゃ!」
マシロがアリカに向けて呼びかける。力を注がれたブルースカイスピアが巨大化していく。
「アリカさん、あなたの全力、私の全力が受け止める!」
ルナが2本の小太刀の柄を合わせて双刀の剣を成す。そしてその剣を回転させ、アリカの一閃に備える。
「いっけぇ!」
エレメントのエネルギーの放出を駆使して、アリカがルナに向かって突っ込んでいく。爆発的なブルースカイスピアの突進を、ルナが全力で受け止める。
激しい火花と轟音が響き渡り、周囲にも影響を及ぼしていた。その中でアリカが、ルナの防御を打ち崩す。
(そんな・・・!?)
アリカの突進に弾き飛ばされたルナが驚愕を覚える。だがその直後、手にしていた双刀をアリカに向けて投げつける。
「危ない、アリカ!」
マシロの声にアリカが振り向く。だが体勢が整わず、ルナの攻撃をかわしきれない。
「ボルト・ブラスター!」
そこへ電撃を帯びた一条の砲撃が飛び込み、アリカに向かっていたエレメントを弾く。驚きを浮かべるアリカとマシロが振り向くと、その先にはシスカとドギーの姿があった。彼女の放った砲撃が、ルナの決死の攻撃を阻んだのだ。
「油断大敵よ、アリカさん。」
「シスカさん・・」
微笑みを向けるシスカに、アリカも笑みを返す。吹き飛ばされたルナが大木に叩きつけられ、動けないでいた。
「ルナさん・・・」
アリカはルナに振り返り、沈痛な面持ちを浮かべる。苦い勝利に、彼女たちはこれ以上笑顔を見せられなかった。
ケインの放つ炎に翻弄され、チヒロは追い込まれていた。彼女の肌のところどころに火傷がつけられていた。
「これで分かっただろ。オトメの力や破邪の剣を使っても、テメェはオレには勝てねぇ。」
「たとえ敵わないとしても、私は諦めるわけにはいかない・・・お兄さんが帰ってきたときに、情けない私を見せるわけにはいかないから・・・!」
嘆息をつくケインに、チヒロが言い返す。満身創痍の体に鞭を入れて、彼女はクサナギを構える。
「その気構えは誉めておく。だがそれをオレに見せるのは、寿命を縮めることと同じだ。」
「私たちルシファーに見せるのも、な。」
ケインが言い放ったところで、ギースが姿を現した。ふらついているチヒロを見つめて、ギースは不敵な笑みを見せる。
「クサナギをこちらに渡せ、チヒロ・ゲイ・ハワード。そうすれば命だけは助けてやる。」
「クサナギを!?・・冗談じゃないわ!これはお兄さんの心が宿ってる・・あなたたちに渡すわけにはいかない!」
ギースの言葉をチヒロは突き放す。その返答にギースは笑みを消す。
「あくまで私たちに逆らうつもりか・・・チヒロを殺せ、ケイン!」
ギースがケインに呼びかけるが、ケインは不満を見せて舌打ちをする。
「偉そうに言ってんじゃねぇよ。オレはテメェの手下じゃねぇ。気分が萎えるんだよ。」
ケインはそう言い放つと、不機嫌な様子でギースから離れていく。
「まぁいい。私の手で息の根を止めてやろう。敵対勢力は排除しなければならないのだ。」
ギースは右手を掲げて、手のひらの上で振動波を練り上げていく。身構えているものの、チヒロは危機感を覚える。
そのとき、振動波をチヒロに放とうとしていたギースが突然殴られ、突き飛ばされる。死を覚悟していたチヒロがうっすらと眼を開くと、そこには見知った姿があった。
「お兄さん・・・!?」
チヒロは一瞬戸惑いを見せたが、眼の前の人物の姿を確かめて笑みを浮かべる。現れたのは彼女の兄、センだった。
「お兄さん・・・!」
チヒロがたまらず喜びをあらわにして呼びかけるが、センはその声を気に留めず、ギースを鋭く見据えていた。
「チヒロ、クサナギをオレに渡せ。後はオレがやる。」
センはギースに眼を向けたまま、チヒロに左手を差し出す。チヒロは微笑んだまま、いったん光刃を収めたクサナギの柄を渡す。
「チヒロ、チグサと一緒に学園に戻れ。コイツはオレが相手をする。」
「お兄さん・・・はいっ!」
センの声にチヒロは頷き、チグサの元へと駆け寄っていった。
「セン・・今更戻ってきたところで、お前にはもはやできることはない。」
起き上がったギースがセンに不敵な笑みを向ける。
「勝手なことぬかすな。オレのすることはオレが決める。」
センが低い声音で言い放つと、クサナギに光刃を灯してその切っ先をギースに向ける。
(オレは分かった気がする・・オレがしなくちゃなんねぇことが何なのか・・・)
クサナギを握るセンの手に力がこもる。
(先のことは分からねぇ。ただ・・オレはオレの大切なものを守りたい・・・)
そんな中で、センは胸中で自身の決意を確かめる。
(命を落としたヤツには本気ですまないと今でも思う。だが、それでもオレは先に行く。たとえわがままだとしても、オレは先に進んでいく・・・!)
センがクサナギを振りかざし、ギースに向けて飛びかかる。
「いかにお前が心を決めようとも、お前が私に勝つことなどできんぞ!」
ギースが笑みを強め、センに右手をかざす。手のひらから放たれる重力が、センの振り下ろすクサナギの光刃を受け止める。
重力と光刃の衝突で激しく火花が散る中、ギースが左手を掲げ、センに上から重力を叩き込む。一直線に向かっていたセンの体を重力の重さがのしかかる。
「お前では私の重力を乗り切ることはできない。このまま押しつぶされるがいい!」
突進をかいくぐったギースが、右手をも駆使して重力を増加させる。さらなる重圧に、センがついにひざをつく。
「このまま押しつぶされて、己の無力さを呪うがいい!」
「くだらねぇなぁ・・・」
高らかと言い放つギースに、センが鋭く言いかける。
「こんなくだらねぇ攻撃じゃ、オレは止めらんねぇよ・・・!」
センの心に呼応するように、クサナギの光刃が光を強める。力を受けた刃は、ギースの放つ重力をはね返す。
「バカな!?私の二重の重力をはねのけるなど・・!?」
驚愕するギースに向けて、センが再びクサナギを振り下ろす。ギースはその一閃を重力の壁で受け止める。
だが強化されて光り輝く光刃が、重力の壁を突き破り、ギースの右肩を切り裂く。ナノマシンを制御している「CEM」の効果で痛みは軽減されているものの、この攻撃の激痛でギースは顔を歪める。
「お、おのれ、セン!・・このままでは済まさんぞ・・・必ず、必ずお前をこの手で・・・!」
傷ついた肩を押さえながら、ギースが憤りをあらわにして、センの前から立ち去っていった。クサナギを下げて、センは一息つく。
(けじめをつけなくちゃならねぇな・・ケイン、テメェもそう思うだろ・・・)
クサナギの光刃を消して、センはケインに対して感情を噛み締めていた。
センの攻撃で傷つき、撤退を余儀なくされたギース。苦痛に顔を歪める彼の前に、ケインが立ちはだかった。
「ルシファーのリーダーが無様だな。」
「そ、想定していなかったことだ・・まさかセンが、これほどの力を発揮してくるとは・・・!」
冷淡に言い放つケインに、ギースが息を荒げながら言い返す。
「おのれ、セン・フォース・ハワードめ!このままでは済まさん!この私が必ず引導を・・!」
言いかけていたギースが、突如体に激痛を覚える。ケインが炎を放って、背後からギースの胸を貫いていたのだ。
「ケ、ケイン、何のつもりだ・・・!?」
「言ったはずだ。センはオレが倒すと。テメェがセンに手を出すつもりなら、オレはテメェを始末してやる。」
うめくギースにケインが鋭い視線を向けていた。
「ケイン、何をしているのか分かっているのか・・私が倒れれば、ルシファーが、世界の安泰が・・!」
「関係ねぇよ・・・!」
声を荒げるギースを貫いている炎にケインはさらに力を注ぎ、炎を暴発させる。その爆発を直に受け、あえいだギースが地面に叩きつけられる。
その爆発によってギースの体内にあったCEMが破壊された。インストールされた者の全機能の起動の役割も担っているCEMが破壊されたことにより、ギースは絶命していた。
「テメェなんかにセンはやらせねぇ。アイツをブッ倒すのはオレだ・・・!」
ケインは事切れたギースに言い放つと、1人この場を後にした。
「ぐっ!」
全ての力を出しつくし、動くのもままならなくなっていたルナが、突然の激痛に顔を歪める。
「ルナさん!?」
アリカがたまらずルナに駆け寄った。彼女は無意識にマイスターローブを解除していた。
「ルナさん、しっかりして!どうしたんですか!?」
アリカが呼びかけるルナの体から淡い光があふれてきていた。ルナが力なくアリカに声をかける。
「マスター・ギースが亡くなられたようです・・アリカさん・・・」
「それじゃ、ルナさん・・・!?」
死を迎えるルナに、アリカがたまらず叫ぶ。戸惑いを見せているシスカとドギーに、チグサを抱えたチヒロが駆けつけてきた。
「ルナお姉さま・・・ルナお姉さま!」
チヒロがチグサを抱えたまま、アリカに支えられているルナに駆け寄った。
「お姉さま・・・イヤ・・イヤッ!」
消えていこうとしているルナに、チヒロは悲痛の声を上げていた。続けてニナ、エルスティン、イリーナ、そして彼女たちの連絡を受けたナツキとシズルが駆けつけてきた。
「これは・・・!?」
眼前の光景にナツキが当惑を浮かべる。ルナがアリカに向けて微笑みかけ、自分の気持ちを伝える。
「私はオトメになることへの思いが強くなかった。何もかも、面倒なことに関わりたくなかったから・・そんな中でアリカさん、オトメになることに前向きだったあなたに、私は無意識にひかれていたのかもしれない・・」
「ルナさん・・・」
「私もあなたみたいになれたら、どんなによかったか・・・あなたはやる気のなかった私さえも、その気にさせていたのよ・・・」
微笑みかけるルナに、アリカが沈痛の面持ちを浮かべる。同様に涙を浮かべているチヒロにも、ルナは微笑を向ける。
「チヒロ、あなたとチグサは私の自慢の後輩よ。だから絶対に争ったりせずに、しっかりオトメになりなさい・・・」
「ルナお姉さま・・私・・・私は・・・!」
「私が叶えられなかった夢を・・みんなは叶えて・・・オトメになって、みんなを大事にして・・・」
チヒロたちに全てを託して、ルナは光となって消失する。
「ルナお姉さま・・・お姉さま!」
消えていったルナに、チヒロが悲痛の声を上げる。アリカもシスカも悲しみを隠せず、涙をこぼしていた。
そして眠りについているチグサもまた、眼からうっすらと涙をこぼしていた。
次回
「もう、どこにも行ったりしないよね・・・?」
「一緒にオトメになろう、チヒロちゃん、チグサちゃん♪」
「ああなることは、ルナも分かっていたことよ。」
「オトメの力を否定しないテメェに、未来はねぇ。」
「未来ならつかんださ・・もう迷うことはねぇ・・・」