舞-乙HiME -Wings of Dreams-
22th step「ナツキ・クルーガー」
ルナがナツキとシズルを足止めしている間に、カナデとルナは医務室にたどり着いた。そして迷うことなく医務室に飛び込んだ。
「えっ!?ちょっと・・!」
突然入ってきたカナデに驚くヨウコだが、カナデに痛烈な一撃を受けて気を失う。
「すみません、ヨウコ先生。今は眠っていてもらいますよ。」
倒れたヨウコに妖しく呼びかけるカナデ。そしてナノマシンの力で右手を刃に変形し、センがいると思われるベットを突く。
だが人を切り裂いた手ごたえをカナデは感じなかった。眼を見開いた彼女がベットのシーツを払うが、そこには人の姿がない。
「センが、いない・・・!?」
カナデはたまらず医務室を見回した。しかし中にセンの姿はどこにもない。
「気絶させるべきじゃなかったわね。これじゃセンとクサナギの行方が分からない・・・!」
ヨウコに眼を向けて毒づくカナデ。チグサが医務室の前の廊下から見渡してみるが、そこにも誰もいない。
カナデが医務室から廊下へと出たときだった。暗闇の続く廊下から、チヒロが姿を現した。
「チヒロ・・・」
チグサがチヒロの登場に当惑を見せる。歩みを止めたチヒロの手には、クサナギの柄が握られていた。
「チヒロ、センさんはどこなの・・どこに隠したの!?」
チグサが問い詰めるが、チヒロは鋭い視線を返すだけだった。
「そのクサナギはセンさんが使ってきたものでしょ!?アンタが隠したのは分かってるのよ!」
「お兄さんならいないよ。私やヨウコ先生が来たときには、もう医務室にはいなかった。このクサナギだけ残して・・・」
声を荒げるチグサに、チヒロは歯がゆい面持ちで答える。クサナギを握る手にさらに力がこもる。
「お兄さんがどうなったのか、どこにいったのか、私にも分からない。でもお兄さんは必ず帰ってくる。私はそう信じてる・・・だからお兄さんの代わりに、私は戦う・・・!」
チヒロの持つクサナギから光刃が出現する。ナノマシンをインストールしている者ならば、破邪の剣を扱うことはできるのだ。
「認証を与えられていなくても、その破邪の剣で対抗できる。そう思ってるのかしら?」
クサナギを構えるチヒロをカナデがあざ笑う。それに構わずにチヒロがカナデに向かって飛びかかる。
カナデはその一閃を軽々とかわすと、チヒロの腹部に打撃を与える。苦痛に顔を歪めたチヒロがその場でうずくまる。
「ウフフフ。破邪の剣は確かに強力。私たちやアスワドが求めているほどにね。でも動きはついていけてない。剣に振り回されているって感じね。」
カナデが妖しく微笑みかける先で、チヒロが苦痛にあえぐ。
「センは後でゆっくり探すことにして・・チグサ、チヒロにとどめを刺しなさい。」
カナデの言葉にチグサが当惑をあらわにする。
「あなたが見限ったクラスメイトを、あなたの手で葬ってあげなさい。それがクラスメイトの友情ってものよ。」
カナデの呼びかけにチグサは戸惑いを覚える。決別し敵対したとはいえ、何のためらいもなくかつての友を手にかけられるチグサではなかった。
その心境を気に留めず、カナデは右の手のひらから金属の刃を出現させた。ナノマシンによる肉体の金属化を駆使して生み出された刃を、カナデはチグサに渡す。
「時間がたてば消えてしまうけど、しばらくは武器として十分使える代物よ。それでとどめを。」
カナデに呼びかけられるまま、チグサは刃を手にしてチヒロを見据える。
「チヒロ、できれば私はアンタにこんなことしたくない・・でもルナさんを敵に回すアンタは、私たちにとって邪魔なだけなのよ・・・!」
チグサが金属の刃を振り上げ、チヒロを見据える。
そのとき、チグサの持つ刃が、電撃を帯びた閃光で弾き飛ばされる。眼を見開いたチグサが振り返ると、エレメントの杖を構えているマイスターローブ姿のシスカがいた。
「チグサさん、やめなさい!これ以上踏み込んだら、取り返しがつかなくなってしまうわ!」
シスカが呼びかけるが、チグサは戸惑いを見せるも受け入れようとしない。遅れてドギーも大剣を手にして駆けつけ、カナデを見据えて不敵に笑う。
「女子供を相手にするのは気が引けるが、相手がお前なら気に病むことはないな。」
「あらあら。勇ましいことね。でもそのほうが張り合いがあるわね。」
妖しく微笑むカナデに、ドギーが大剣を向ける。
「百鬼夜行をぶった斬る!ドギー・バウンディ、行くぞ!」
ドギーが大剣を振りかざしてカナデに飛びかかる。右手を金属の刃に変えて受け止めようとするカナデだが。重みのある大剣の一閃が刃を叩き折る。
すぐに腕を再生してみせるも、激痛は免れない。激しく押し寄せる痛みにカナデは顔を歪めていた。
「力のある攻撃を真っ向から受けるべきではなかったわね・・・!」
カナデはあえぎながら、視線を巡らせる。チヒロはシスカによって保護されていた。
「誰かに傷つけられるくらいなら、私が・・!」
チグサが刃を握り締めて、満身創痍のチヒロに向かって飛びかかる。
「チグサ!」
そこへ飛び込んできたのはカタシだった。カタシはチグサが突き出した刃を、ミロクの光刃で受け止める。
「お、お兄ちゃん!?」
「やめろ、チグサ!チヒロちゃんを、みんなを傷つけるな!」
驚愕するチグサに、カタシが必死に呼びかける。
「裏切るな!お前のことを大事に思ってる、みんなの気持ちを!」
言い放ったカタシがミロクを振りかざし、チグサが持っていた刃を弾き飛ばす。その圧力に押されて、チグサが突き飛ばされる。
「もうやめるんだ、チグサ!オレを、みんなを思っているなら、こっちに戻ってくるんだ!」
カタシが困惑しているチグサに呼びかける。するとカナデが2人の間に割って入ってくる。
「今日はここまでよ。行くわよ、チグサ。」
カナデは困惑しきって動けなくなってしまっているチグサを抱えて外を飛び出した。ルシファーに身を置いている妹に、カタシは歯がゆさを隠せなかった。
「ところで、センはどうしたんだ?」
カタシがチヒロに問いかけるが、彼女は沈痛の面持ちを浮かべてうつむく。
「お兄さんはいないよ・・このクサナギを残して、いつの間にかいなくなってました・・・」
チヒロの答えにカタシは愕然さをあらわにした。
辛くもギースを退けたアリカとマシロ。マイスターローブを解いたアリカは、マシロとともに医務室へと向かっていた。
その途中、彼女たちは飛翔して去っていくルナの姿を目撃する。さらに足を速めると、戦いを終えたナツキとシズルの姿を見つける。
「ナツキさん、シズルさん!」
アリカの呼びかけを受けて、ナツキとシズルが振り返ってくる。
「アリカ、マシロ陛下・・・!?」
ナツキが2人の登場に声をもらす。
「これは・・ここで何があった・・!?」
マシロが2人に向けて問いかけると、ナツキは医務室の方向へ眼を向ける。
「ルシファーが、また襲撃に現れた・・・」
「ルシファー・・・ナツキさん、大変なんです!センが・・!」
そこへアリカがナツキに問いかけてきた。しかしナツキは微笑みかけてきた。
「センならシスカとドギー殿が向かっている。私たちも医務室に行こう。」
「はいっ!」
ナツキの指示にアリカが頷いた。
そこへシスカが駆け込み、彼女からの報告にナツキたちが驚愕を覚えた。
それから数日が経過した。ガルデローべ、ヴィントブルームが捜索に当たっているが、センの行方はつかめていなかった。
チヒロやカタシから心当たりのある場所を聞いてそこへ向かったが、そこにもセンの姿はなかった。
完全に落ち込んでしまっているチヒロに、アリカたちは必死の思いで励まそうとしているが、効果はなかった。
ナツキもそんなチヒロの様子とセンの消息に頭を抱えていた。
「このままではセンも、チヒロも・・・」
「焦りは禁物どすわ、ナツキ。焦っても何にもなりまへん。」
ため息をつくナツキに、シズルが優しく声をかける。
「国中を探しても未だに行方が分かりません。既に国を出てしまっているのでは・・・」
マリアが言葉を濁すと、ナツキは深刻な面持ちになる。
エアリーズにも協力してもらい、シスカとドギーも捜索を行っているが、彼らからの連絡はない。センの本来の出身国であるジパングに赴いた可能性もあるが、オトメ制度に懐疑的な見解を持っているジパングは、他国への干渉、介入を一切拒絶しているため、仮にそこにセンがいたとしても情報入手は極めて難しいだろう。
ルシファーやシュバルツの襲撃がないのが、不幸中の幸いである。
「もしかしたら・・・」
ナツキが唐突にもらした声に、シズルとマリアが眉をひそめる。
「センもチヒロも、アイツのように迷っているのかもしれない・・・乙女として何をなすのか、何をなすべきなのか・・」
呟くとナツキは、立てかけていた写真立てに眼を向けた。そこには彼女がコーラル生、シズルやハルカがパール生だったときの写真が収められていた。
オトメという夢を追いかけた懐かしい思い出。その中には、ナツキの同期であり、巧海の姉である鴇羽舞衣(ときはまい)の姿もあった。
(アイツはもう、答えを見つけたのだろうか・・・)
行方不明のセン、ルシファーの味方となったチグサとルナが気がかりになり、チヒロ授業には集中することができなくなっていた。やっとのことでこの日の授業を終えた彼女は、1人寮の自分の部屋に戻っていた。
いつもならいるはずのチグサがこの部屋にいない。ひとたび会えばケンカになっていたが、いつも絶やさなかった彼女の笑顔がここにはない。
1番頼りたいと思っている兄もそばにいない。
かつてない孤独感にさいなまれて、チヒロは誰もいないこの部屋で悲痛さを噛み締めていた。
しばらく時間を忘れていると、突然誰かが部屋に飛び込んできた。うつむいていたチヒロが顔を上げると、アリカが笑顔を見せてきていた。
「チーヒーローちゃん♪いきなりだけど来ちゃった♪」
無邪気に微笑むアリカに、チヒロがきょとんとなる。部屋の外ではエルスティンとイリーナが苦笑いを、二ナが呆れ顔を浮かべていた。
「アリカ、いきなり人の部屋に入り込むのはやめなさい。子供じゃないんだから。」
「もう、二ナちゃんってば。しんみりしてたらチヒロちゃん、元気にならないよ。」
二ナの口出しにアリカがふくれっ面を見せる。そのやり取りを目の当たりにして、チヒロは当惑している。
「チヒロちゃん、ここで1人で悩んだって始まらないよ。外に出よう。そして思いっきり羽を伸ばそう。」
アリカが笑顔のまま、チヒロに手を差し伸べる。しかしチヒロはその手を取ろうとしない。
「ダメだよ、アリカちゃん・・今の私には、何をしたらいいのか分からない・・オトメを目指す理由さえ、見えてこなくなってしまった・・・」
皮肉めいた微笑を浮かべるチヒロ。彼女は何に対しても自信を失くしてしまっていた。
「だったら手探りにでも、理由を見つけ出すしかないわね。」
そこへ二ナが慄然とした態度でチヒロに声をかける。
「理由が見つかって迷いが晴れるって言うなら、そうしたほうがいいわ。でも自分1人で抱え込んだって限界があるわよ。」
「そうだよ、チヒロちゃん。センさんもチグサちゃんもルナお姉さまも、必ずここに帰ってくる。だから元気に迎えてあげよう。」
二ナに続いてエルスティンが笑顔で励ます。
「うん。同じエアリーズ出身のガルデローべの生徒なんだから、もっと自分に自信を持って。」
イリーナも続いてチヒロを激励する。
「自信を持ちすぎて、ときどき発明に失敗したりもしてるようだけど。」
「もう〜、二ナちゃん、それ言わないで〜・・」
からかい半分で言ってのける二ナに、イリーナが肩を落とす。それを見てアリカとエルスティンが笑みをこぼす。
「ありがとう、みんな・・・そうだよね・・私がしっかりしないと、お兄さんに愛想をつかされてしまうよ・・」
「その意気だよ、チヒロちゃん。みんなで頑張っていこう♪」
素直に感謝するチヒロに、アリカが満面の笑みを見せて頷いた。気持ちを切り替えるため、チヒロはいったん窓から外を眺めた。
そのとき、彼女は眼前の光景に眼を疑った。見下ろした学園の庭園に、チグサとルナの姿があった。
「あれは、チグサちゃん・・!」
アリカたちも2人の姿を目撃して驚きを見せた。チヒロがたまらず部屋を飛び出し、アリカたちも慌てて後を追いかけた。
チヒロの手にはクサナギが握られていた。本来ならガルデローべに返却されるべきなのだが、彼女の決意を信じたシズルの見解を受けて、あえて彼女に預けることとなった。
寮を飛び出してきたチヒロが、チグサとルナを見据える。
「チヒロさん、これが最後の招きです。アリカさんたちもよく聞きなさい。」
ルナがチヒロに、そしてアリカたちに呼びかける。
「私たちルシファーと手を組みなさい。そうすればあなたたちの納得できる有意義を約束しましょう。」
ルナが切実な心境でチヒロたちに呼びかける。
「ルシファーの一員となれば、オトメになることも確実。いいえ、その気になればそれ以上の存在にもなれるのよ。」
「ルナさん、オトメを、私たちの夢を勘違いしてませんか・・・!?」
その呼びかけに、アリカが反論する。
「夢を叶えられることはすばらしいことです。でもそのためには様々なことを乗り越えなくちゃならない。簡単には叶わない、一生懸命になって叶えるから、夢っていいなって思うんです。」
「確かにその通りね。オトメになれるのは、このガルデローべの入学生のうちのほんのわずか。それだけの価値がある。その困難な道のりを乗り越えたからこそ、その本当の価値観を実感できるのです。ルナさんも、その価値観はお分かりになれると思いますが・・」
アリカに続いて二ナが呼びかける。純粋に夢を追い求める彼女たちの思いに、ルナは困惑を見せた。
ルナはアリカや二ナのように、何らかの理由や思いがあってガルデローべに入ったわけではない。始めはオトメになれれば面倒が軽減されると気軽な気持ちで入り、次第にその可能性が薄らいだと感じてくると、オトメになることでさえ面倒に思い始めてきていた。
全ては面倒なことから離れようという考えからだった。
「私もあなたたちのように、自分や自分の夢と向き合える人間になりたかった・・・」
ルナが物悲しい笑みを浮かべると、チグサがアリカたちの前に出る。
「チヒロ、私が相手だよ。あなたをルシファーに入れられないのなら、全力であなたを倒す・・・!」
「チグサ、それがあなたの考えなの?・・ルナお姉さまのためなら、何もかも捨ててしまってもいいの・・・!?」
いきり立つチグサに、チヒロが悲痛の言葉を返す。しかしチグサは受け入れようとしない。
「ルナお姉さまが、今の私の大切なものだから・・・」
「あなたは本当に大切なものが何かを間違ってる・・・思い出して、チグサ・・・!」
互いの思いを言い放つと、チグサがコーラルGEMに呼びかける。
「マテリアライズ!」
チグサがコーラルローブを身につけ、棒のエレメントを手にしてチヒロを見据える。かつての親友と戦うことを決意したチヒロは、手にしていたクサナギに光刃を灯した。
眼を覚ましたとき、センははじめ自分がどうなったのか分からなかった。生きているのかさえ、意識がはっきりするまで分からなかったほどだ。
自分が置かれている場所に手のひらを付けてみる。砂地や地面ではなく布生地。ベットかその類の上だった。
「ここは・・・?」
センおぼろげながらも体を起こし、自分がいる場所を確かめようとする。ひとまず外に出てみると、そよ風の流れる草原があった。
草原だけでなく、山や谷が点在し広がっていた。山地と思われるこの場所から、センは不思議な感覚を覚えていた。自分の中にある何かが変わっていくような、不可解な感覚だった。
「あっ、やっと眼が覚めたのね?」
その感覚に浸っていたセンは、後ろから声をかけられる。
「テメェは・・・?」
振り返ったセンは、その先にいる少女に眉をひそめた。
次回
「テメェはこんなところで何をしてんだ?」
「あなたは夢と恋、選ぶとしたらどっち?」
「アンタだけには!」
「オレがやるべきことが何なのか、分かった気がする・・」
「燃え尽きろ、ヤツの妹よ・・」