舞-乙HiME -Wings of Dreams-
21th step「カナデ・エリザベート」
「チグサ・・どうしてあなたまで・・・!?」
チグサがルシファーと行動をともにしている。眼の前で起きているこの出来事を、チヒロは信じられない気持ちでいっぱいだった。
「チヒロ、私、ルナお姉さまについていくことにしたから・・」
「ついていくって・・・あなた、何を考えてるのよ!?・・お兄さんを傷つけたルシファーに、どうして・・・!?」
チグサの言葉にチヒロが声を荒げる。
「だって!・・ルナお姉さまは、私を支えてくれたお姉さまだから・・・!」
チグサの悲痛の言葉にチヒロは眼を見開いた。チグサはルナを心の底から尊敬していたのだ。たとえその手が悪意に染まっているとしても。
「私はアンタや二ナちゃん、トモエちゃんのように成績がいいわけじゃなかった。そんな私を、夢を諦めない人間にしてくれたのはルナお姉さまの励ましだった。ルナお姉さまがいたから、私は頑張ってこれた・・・だから!」
チグサは手にしていた棒のエレメントを握り締め、困惑しているチヒロを鋭く見据える。
「たとえチヒロ、アンタでも邪魔するなら!」
いきり立ったチグサが棒を振りかざし、チヒロに飛びかかる。だが振り下ろされたそのエレメントを、割って入ってきた刃が阻む。
「えっ・・!?」
驚きを覚えながら、チグサはとっさに後退する。彼女とチヒロの間に割り込んできたのは、マイスターローブをまとったシズルだった。
「シズル、お姉さま・・・!?」
シズルの乱入に、チヒロとチグサが驚きを見せる。シズルは驚く様子を見せず、チグサとルナを見据えている。
「気張りおし、チヒロさん。チグサさん、まやかしの想いに惑わされてはなりません。」
シズルが当惑しているチヒロとチグサに呼びかける。しかしチグサは不快感をあらわにする。
「まやかし!?・・何を言うんですか、シズルお姉さま!ルナお姉さまは、オトメになる夢を諦めようとしていた私を励ましてくれた、私の夢の恩人なんです!」
「チグサさん!」
「たとえシズルお姉さまでも、ルナお姉さまの否定はさせない!」
「チグサ!」
シズルとチヒロの呼びかけに、チグサは聞く耳を持たない。感情の赴くままに飛びかかるチグサに向けて、シズルはエレメントを振りかざす。
コーラルオトメのチグサでは、マイスターオトメのシズルに敵うはずもなかった。長刀の一閃で、チグサの攻撃は簡単にはね返されてしまった。
冷淡に振舞ってみせながら、長刀の切っ先をチグサに向けるシズル。そこへ小太刀の形をした2本のエレメントを構えて、ルナが立ちはだかった。
「これ以上、チグサを傷つけさせるわけにいきませんよ、シズルお姉さま!」
ルナは言い放つと、小太刀の1本をシズルに突きつける。シズルは長刀でその一閃を防ぎ、反撃の一閃を繰り出す。
ルナはその一撃を2本の小太刀で受け止めて、ルナは距離を置いた。
「経験ではあなたのほうがはるかに上ですが、私もこれでもマイスターオトメです。今までの私と思って、甘く見ないでくださいよ。」
「ルナさん、あなたが面倒見がよく、誰にも優しく接してくれはったいうんは知ってます。せやから、もう1度戻ってきてくれはりますか?」
シズルがルナに手を差し伸べるが、ルナはそれを頑なに拒む。
「もう戻れないんです、お姉さま・・・私はマスター・ギースのオトメ。あなたとはもはや敵対関係にあるのです・・・!」
ルナはけん制の一閃をシズルに放つと、チグサを連れてこの場を立ち去る。シズルは追おうと思ったが、あえてそれをせず、不敵な笑みを浮かべているギースに振り返る。
「うちのかわいい後輩たちにあんなことして、ただで済む思うてはりますん・・・!?」
「フフフ。嬌嫣の紫水晶ともあろう者が、ひどく感情的だな。押し殺していても私には筒抜けだ。」
鋭い視線を投げかけるシズルだが、ギースは悠然さを崩さない。
「安心しろ。その憤怒、彼女が受け止めてくれるだろう。」
そう告げると、ギースは音もなく姿を消した。戦意が消えたことを察して、シズルはエレメントを下げて息をつく。
その傍らで、チヒロは悲痛さにさいなまれていた。兄、センの負傷、ルナとチグサとの対立。様々な出来事を前に、彼女の心は強く打ちひしがれていた。
その翌朝。チグサもルナも学園には戻ってこなかった。
ひどく落ち込んでいるチヒロの沈痛さに、アリカ、二ナ、エルスティン、イリーナも心配で仕方がなくなっていた。
「チヒロちゃん、辛いね・・私も見てて辛くなりそうだよ・・・」
「そうね。でもこれは、彼女が自分で立ち直るしかない・・」
エルスティンの心配に二ナが口を挟む。
「チヒロは人一倍責任感が強いから、私たちが励ましても、効果は薄いわ。できれば手助けしたいとは思ってはいるけど・・・」
「大丈夫。チヒロちゃんなら、またいつものような笑顔を見せてくれるはずだよ。」
二ナの呟きにアリカが笑顔を見せて答える。すると二ナは呆れ顔を見せる。
「全く。その自信はどこから来るのかしら・・」
「もう、心配なくせに〜、二・ナ・ちゃん♪」
「あはぁっ!」
にやけたアリカが二ナの背中を指でそっと撫でると、二ナがいやらしいあえぎ声を上げる。その直後、弱点を攻められた二ナがアリカに振り返り、眼をつり上げる。
「アーリーカー!」
突っかかってきた二ナから笑顔を振りまきながら逃げるアリカに、エルスティンが笑みをこぼし、イリーナが苦笑いを浮かべていた。しかしチヒロは沈痛さを隠せないままだった。
その傍らでそんな彼女の様子を、トモエは小さくあざ笑っていた。
その日のひと通りの授業を終えても、チヒロの苦悩は治まらない。夢遊病者のような様子を見せながら、彼女は医務室に向かっていた。
だがその途中の廊下で、トモエが彼女を呼び止めた。
「もしかしてセンさんに会いに行くつもりですか、チヒロさん。だったらやめておいたほうがいいですよ。」
微笑みかけてくるトモエに、チヒロは眉をひそめて足を止める。
「センさんはかつて破邪の剣を盗んだルシフェルだった人。もしも会ったら、あなたまで辛い思いをすることになりますよ。」
「勝手を言わないで・・・お兄さんは心優しい人よ・・何の事情も知らないで、分かったようなことを言わないで!」
トモエの言葉に憤慨をあらわにして、チヒロは悲痛さをかみ締めて駆け出していった。
(まぁいいわ。お兄さんと同じ苦しみか、お兄さんと離れ離れになる寂しさか。どっちにしても無様なものね、チヒロさん・・・)
シズルに気に入られている人は全て敵。苦悩し迷走するチヒロの姿を見て、トモエは歓喜の微笑を浮かべていた。
素直にセンに会うことができないでいたチヒロ。どこに向かっているのか、どこへ向かおうとしているのか、それさえ分からないまま、彼女は学園の敷地内を迷走していた。
何かをして体を動かしていなければ、立ち止まってしまったら、降りかかってくる悲しみと非情さに心が押しつぶされてしまう。その心境が彼女から冷静さを奪っていた。
いつしか学園を飛び出したチヒロの前に、1台の車が走りこんできた。思わずしりもちをついたチヒロがここにきてようやく我に返る。走っているうちに道に飛び出してしまっていたのだ。
「あ、危ないではないか!・・・あ、あなたは・・」
窓を開けて顔を出したサコミズが、チヒロの姿を見て眉をひそめる。同様に窓から顔を出したマシロも、チヒロの姿を見て驚きを見せた。
眼を覚ましたものの、完全に意気消沈してしまっているセン。彼の様子を気にしたマシロが、ミコト、アオイ、サコミズとともにガルデローべを訪れたのだった。
チヒロとともに医務室に駆け込んできたマシロは、センの姿を見るなり、憤慨をぶつける。
「お前、いつまでそうやって腑抜けてるつもりじゃ!仮にもお前はわらわの護衛ではないか!そんな調子で務まると思っておるのか!?」
あえて突き放す言い方をして見せるマシロだが、センは全く反応を見せない。ミコトが頭の上に乗っても、その様子は変わらない。
それを見かねたマシロは、ただただため息をつくしかなかった。
「あっ、マシロちゃんも来てたんだ。」
その医務室にアリカが現れ、マシロとチヒロが振り返る。
「アリカ、何とかならんのか?このままではわらわまで参ってしまいそうじゃ。」
呆れ顔を見せるマシロの言葉を受けて、アリカがセンの前に立つ。
「マシロちゃん、チヒロちゃん、悪いんだけど、2人だけで話をさせてほしいんだけど・・・」
「アリカ・・・分かった。じゃが、必ず何とかするのじゃぞ・・」
念を押すマシロに頷くアリカ。マシロとチヒロはひとまず医務室を出ることにした。
医務室にはアリカとセンだけとなり、静寂だけが包み込んでいた。
「セン、何があったのか教えてもらえないかな・・・?」
アリカが優しくセンに呼びかける。
「悩みは1人で抱え込まないで、みんなで解決したほうがいいってばっちゃも言ってたよ。」
真剣にセンの心を向き合おうとするアリカ。センは重く閉ざしていた口を開いた。
「テメェ、誰かを殺したことがあるか?」
「えっ?・・そんなことないよ。誰かにケガさせたこともない、かな・・・」
思いがけないセンからの問いかけに、アリカは戸惑いながらも答える。
「殺したいと思っていなくてもか?」
「もちろんだよ。」
センの問いかけにアリカが真剣に頷く。
「前にミス・マリアから、戦争のことを聞いたよ。昔はオトメが戦争に出されて、オトメ同士で戦ったことも聞いたよ。それを聞いて私、何が何でもオトメになりたいって思ったの。オトメになって、戦争をさせないように。」
「フン。テメェも戦争否定派か。けどもし知らないうちに、誰かを殺しちまってたら、テメェはどうすんだ?」
センの言葉にアリカは戸惑いを覚える。しかしすぐに気持ちを落ち着けて答える。
「もしもそうだったとしたら、私は素直に謝りたい。そして私は背負っていくよ。その人の命も、思いも・・」
「・・テメェはいいよな。考え方が単純でよ・・・オレはそこまで割り切れねぇよ・・自信がねぇんだ・・いつ誰かを傷つけたり、裏切っちまうか分からねぇ・・・」
「セン・・・」
沈痛さを見せるセンに、アリカも困惑を浮かべるだけだった。
センの心境を知ったアリカは、ひとまず医務室を出た。そしてマシロとチヒロとともに、寮の出入り口まで足を運んだ。
「ゴメン、マシロちゃん、チヒロちゃん。力になれなくて・・・」
「気にしないで、アリカちゃん。こういうことは、私がやらなくちゃいけないことなのに・・・」
謝罪するアリカに、チヒロは沈痛の面持ちのまま弁解する。その横でマシロは不機嫌な面持ちを浮かべていた。
「問題はセンじゃ。いい加減立ち直ってもらわねば。性根の腐った護衛を持つ女王などと言われたくはないぞ。」
愚痴をこぼしているものの、マシロもセンを気にかけていると、アリカもチヒロも分かっていた。
「お兄さん、早く立ち直って・・ルナお姉さまやチグサがいなくなって、お兄さんまでこのままだったら、私・・・」
「気にすることはない。センはもはや生きることを放棄している。」
チヒロが沈痛の言葉を呟いたとき、ギースが彼女たちの前に姿を現した。
「あ、あなたは・・・!?」
「また会ったな、チヒロ・ゲイ・ハワード。そしてはじめまして、マシロ・ブラン・ド・ヴィントブルーム、アリカ・ユメミヤ。私はルシファー統率者、ギース。」
ギースが不敵な笑みを浮かべながら、アリカとマシロに名乗る。
「お前たちが蒼天の契りを交わしていることは分かっている。その力、新たなる世界の確立のために役立ててみないか?」
「なんじゃと・・!?」
ギースのいざないにマシロが驚きを見せる。
「マシロ女王、ヴィントの状勢が思わしくないことは、お前自身がよく分かっているだろう。しかしそれを打開する目処は未だにたっていない。」
ギースの指摘にマシロは動揺を覚える。巧海にも指摘された国内の不安定さを、彼女は改めて思い起こされた。
「我々と手を組もう。私たちなら、この状勢を覆すことを約束しよう。新たなる世界の姿が、貧しさを噛み締めている人々の心をも救うのだ。」
「そんなの、信じられないよ!」
そこへアリカがギースに反発する。
「あなたはセンを傷つけ、ルナさんやチグサちゃん、チヒロちゃんまで傷つけようとしている!そんな人が、みんなを救ってくれるはずなんてないよ!」
「ほう?」
「あなただけは、絶対許さない!」
笑みを崩さないギースにアリカが言い放つ。
「マシロちゃん、こっち!」
「えっ!?アリカ!?」
アリカの呼びかけに流される形で、マシロも慌てて駆け出した。ミコトがギースに向かって飛びかかるが、ギースは簡単にかわして2人が去ったほうに眼を向ける。
「お前たちの誘いに乗ってやる。試してやろう、蒼の力を。」
ギースはアリカとマシロが駆けていった森林地帯へと移動を開始した。
彼が追いかけてきていることを確かめながら、アリカとマシロは林の中を駆けていく。周囲に人がいないことを確かめてから、彼女たちは立ち止まり振り返る。
「ここなら誰も見てないよね。それでは認証を。」
「もう、ずうずうしいヤツじゃ、お前は。」
微笑みかけるアリカに、マシロは呆れながらも認証を与える。追いかけてきたギースを見据えて身構える。
「マテリアライズ!」
アリカの呼びかけを受けて蒼のGEMが起動する。マイスターローブを身にまとった彼女に、ギースが再び笑みを見せる。
「これが蒼天の青玉のオトメの姿か。ケインを退けたその力、我が手中に。」
ギースがアリカに向けて右手をかざす。すると彼女は何かに押されるような圧迫感を覚える。
(お、重い・・!)
痛烈な重みにアリカが苦悶を浮かべる。同時にマシロも苦痛を覚えて顔を歪める。
「ナノマシンで肉体を強化された私は、重力を操ることができる。Gの強弱や方向を自由に変えることで、そのGは強大な武器となる。」
ギースは説明を加えながら、左手をかざして重力を振り落とす。上からの重力にのしかかられ、アリカが地面に叩きつけられる。
「さぁ、見せるがいい!お前のオトメとしての潜在能力を!」
高らかに言い放つギース。アリカが力を振り絞り、魔性の重力に抗う。
そして右手に力を込めて一撃を繰り出すアリカ。ギースは重力操作を中断してこれをかわす。
重圧から解放されたアリカはエレメントを手にする。力を注がれてブルースカイスピアが巨大化する。
ギースは左手で、エレメントから繰り出される攻撃に備え、右手でアリカに重力を向ける。再び重圧にさいなまれるも、アリカは怯まずにギースに飛びかかる。
「私は負けない!みんなのために、ここで負けるわけにはいかない!」
全力で突進を仕掛けるアリカに対し、ギースが重力で壁を作る。だが彼女の力は重力の壁を突き破り、彼を突き飛ばす。
蒼天の一閃がギースの左肩を切り裂いた。その肩を押さえて、ギースが苦痛に顔を歪める。
重圧に耐えたアリカ、その痛みを共有していたマシロも息を荒げていた。
「まさかこの私の重力を凌駕するとは・・蒼天のマイスター、これほどのものとは・・・!」
ギースがアリカの力に脅威を覚える。だがすぐに不敵な笑みを取り戻す。
「だがお前たちが寮から離れたのは、こちらとしては好都合だ。今頃カナデたちが、センの抹殺とクサナギの奪取に向かっているはずだ。」
「そんな・・!」
ギースの言葉にアリカとマシロが驚愕を覚えた。
アリカたちが寮から離れた頃、ルナとチグサは学園の医務室に侵入しようとしていた。その途中で、彼女たちの前にカナデが姿を見せてきた。
「やっぱり来たのね。せっかくだから私も一緒に行くわ。」
カナデの言葉を受けて、ルナは無言で頷いて彼女に駆け寄る。だがチグサは戸惑いを見せて駆け寄ろうとしない。
するとカナデが妖しい笑みを浮かべて、チグサに手を差し伸べる。
「いらっしゃい、チグサ・・・」
カナデのいざないに誘われるまま、チグサは導かれていった。
カナデも医務室へと向かおうとしたとき、彼女はふと立ち止まり、ゆっくりと振り返る。その先にはナツキとシズルの姿があった。
「お前たち、これ以上このガルデローべで勝手なマネはさせんぞ。」
ナツキがカナデたちに向けて鋭く言い放つ。そしてナツキはチグサに眼を向ける。
「チグサ、ルナ、眼を覚ますんだ。お前たちが今していることは、乙女として恥ずべき行為だ。お前たちに、道を外してほしくはない。」
ナツキが切実な思いで呼びかけ、チグサが困惑を見せる。しかしルナは顔色を変えずに首を横に振る。
「対立することになっても、五柱2人に私が敵うとは思っていません。でも、私にはこの道しかないのです!」
ルナがナツキとシズルに対立の意思を見せる。
「認証は受けています。だからすぐにでも戦えます・・・マテリアライズ!」
ルナが純白のマイスターローブを身にまとい、ナツキとシズルを見据える。
「カナデさん、チグサ、ここは私が!」
「ルナお姉さま!」
カナデたちを先に行かせようとするルナにチグサが声を荒げる。
シズルがたまらずカナデを追いかけようとするが、ルナに阻まれる。その間にカナデとルナが医務室へと駆け込んでいく。
「敵わなくても、ここであなたたちを足止めするぐらいならできます!」
「そうか・・あくまで私たちと敵対しようというのか・・ならばこちらも迷いを捨てよう!」
ルナとナツキが互いに言い放つ。
「マテリアライズ!」
ナツキとシズルが呼びかけ、マイスターローブを身にまとう。「氷雪の銀水晶」と「嬌嫣の紫水晶」。2人の五柱がルナの前に立ちはだかった。
次回
「センが、いない・・・!?」
「お兄さんの代わりに、私は戦う・・・!」
「やっと眼が覚めたのね?」
「テメェは・・・?」
「センもチヒロも、アイツのように迷っているのかもしれない・・・」