-乙HiME -Wings of Dreams-

20th step「ルナ・ゼロス」

 

 

「何を、しているのですか・・・!?」

 医務室での光景を目の当たりにしたチヒロが驚愕を覚える。彼女の前に、センにナイフを向けているルナの姿があった。

「そのナイフは何なんですか・・・お兄さんに、何をするつもりなんですか!?」

 チヒロはたまらずルナに問い詰める。ルナは困惑の面持ちを彼女とチグサに見せていた。

「アンタたちだけには、知られたくなかった・・・私が信頼していたアンタたちにだけは・・・」

 ルナは悲痛の面持ちを浮かべて、動揺しているチヒロとチグサに飛びかかり、ナイフを突きつけようとする。

「そこまでどす!」

 そのナイフを突き出した彼女の右手を、シズルが受け止めていた。

「あっ!」

「シズルお姉さま!」

 シズルの登場にチグサとチヒロが驚きを見せる。シズルの手を振り払って、ルナが後退する。

「これはあんまり穏やかではあらしまへんなぁ。場合のよっちゃ、容赦しまへんえ。」

 鋭く見つめてくるシズルに、ルナが焦りの色を見せる。

「まさかシズルお姉さままで見られるなんて・・いつ気付いてました?」

「それは秘密どす。」

 ルナの質問をはぐらかすシズル。おそらく自分がガルデローべに入学して間を置かずに気付いていたと、ルナは胸中で思っていた。

「ルナさん、なんでセンさんにそへんなこと・・?」

 シズルが問いかけると、ルナは沈痛の面持ちのまま、胸元から純白の宝石を取り出し、彼女たちに見せる。

「それは・・・!?」

 その宝石にシズルが眼を見開く。ルナが見せたのは行方が分からなくなっていたマイスターGEMの1つ「白夜の翡翠」である。

「私はある人物をマスターとして契約を果たしています。私がセンさんを狙ったのは、そのマスターの命令なのです。」

「マスターって、いったい・・・!?」

 ルナの言葉にチヒロは困惑をあらわにする。

「ここまで明るみに出てしまっているのですから、言っておきます。私のマスターは、ルシファー統率者、ギースです。」

 ルナの言葉にチヒロが驚愕を覚える。ルシファーを統率しているギースと、ルナは契約を交わしていたのだ。

「ウソ・・ウソよ!ルナお姉さまが・・ルシファーの仲間だったなんて・・・!?」

 チヒロが信じられない気持ちに駆られて、悲痛の叫びを上げる。彼女の姿を見て、ルナも困惑を隠せなかった。

「このGEMに刻まれた契約が、マスター・ギースに仕えている何よりの証拠。今は認証を得ていないけど、このまま黙って捕まるつもりもない。」

 チヒロに言いかけた直後、ルナは医務室の窓を破って外に飛び出す。シズルがたまらず追いかけるが、彼女は既に校舎の外に出てしまっていた。

 夜の学園から去っていくルナを、シズルは窓越しから見送るしかなかった。

「信じられない・・ルナお姉さまが、お兄さんを・・・」

 チヒロは困惑を拭えないまま、未だに眠っているセンを見つめていた。

「とにかく、ルナさんの行方を追いますえ。チヒロさんとチグサさんは寮へ・・」

「私も探します、シズルお姉さま!」

 チヒロが同行を願い出るが、シズルは受け入れなかった。

「あなたは今は疲れてはるやろ。ムリをしたらあきまへん。ここはうちらが何とかするさかい。」

 微笑むシズルの言葉を、チヒロは渋々受け入れることにした。その傍らで、チグサはルナに対する思いを胸に秘めていた。

「これは・・何があったの・・!?」

 そこへヨウコが医務室に戻ってきた。シズルは彼女に深刻な面持ちを見せて声をかけた。

「引き続き、センさんをお任せしますわ。」

 そういうとシズルは医務室を後にして、学園長室へと向かった。

 

 センの抹殺に失敗したルナは学園を飛び出し、ヴィント市の郊外に行き着いていた。一息ついているところへ、カナデが姿を現した。

「セン・フォース・ハワードの暗殺に失敗したみたいね。」

 妖しく微笑むカナデに、ルナは眼を見開き、恐る恐る振り返ってくる。

「安心しなさい。別に失敗してはいけないことでもないようだし、むしろこれはこれで面白いことになるって言ってたわ。」

「・・ずい分寛大なんですね、マスターは・・」

 満面の笑みで答えるカナデに対し、ルナは後ろめたい面持ちを見せる。

「ルナ・ゼロス・・パールでは最下位だけど、トリアスに頼られるほどに面倒見のいい生徒。それなりに人望も厚い。あなたを慕っている人も少なくないはず。その人たちが、学園内で内紛を引き起こしてくれれば・・」

 カナデがガルデローべを見据えて笑みを強める。その笑みが主であるギースの言動を代弁しているようにルナは感じていた。

「またひとつ、混乱が広がっていくわ・・・」

 そういうとカナデはルナの前から去っていった。ルナは困惑を浮かべたまま、しばらくこの場を動くことができなかった。

 

 先ほどの医務室でのルナの言動は、シズルからナツキへと伝わっていた。

「まさか学園内に、ルシファーのメンバーが紛れ込んでいたとは・・・」

「うちも迂闊でした・・少し様子を見ようと思ってしまったことが裏目に出てしはりました・・・」

 責任を痛感するナツキとシズル。その中でナツキがシズルに笑みを見せる。

「お前のせいではない。お前は懸命な判断を下していた。それを責める者などいない・・・」

 シズルに励ましの言葉をかけると、ナツキは再び深刻な面持ちを浮かべる。

「とにかく、今はセンのそばに、マイスターオトメの誰かを置いたほうがいい。せめてセンが眼を覚ますまでは・・」

「そうやな・・また、うちが様子を見てきますわ。」

 ナツキの言葉に頷いてから、シズルは学園長室を出ようとしたときだった。

 ナツキに向けて連絡が入り、彼女が応答する。ヨウコからだった。その内容は、センが眼を覚ましたことだった。

 

 センが傷つき倒れ、ガルデローべに運ばれたことを聞いたカタシ。様子を見ようとしていた彼だが、ナギは了承しなかった。

「あのセンがやられて、しかもガルデローべも危ない状況にあるんだ。様子見ぐらいいいじゃないか。」

「ダメだよ。君は僕のボディーガードなんだから。今は君にここを離れられるわけにはいかないんだよ。」

 ナギが気さくな態度で答えるが、カタシは引こうとしない。

「1回だけ見に行くだけだから。あれでもアイツはオレのダチなんだからさ。」

「ダメ〜。」

 あくまで外出を許可しないナギに、ついにカタシは笑みを消す。

「今、ガルデローべやヴィントブルームが危険になっているのは、アンタも知ってることだろ。学園にはチグサや二ナちゃんがいるんだ。守るためにも、誰かが行くべきだ。」

「分かっていないようだね。君は僕のボディーガード。僕を護衛することが最優先事項のはずだろ?それとも、まさか僕を裏切るつもりは・・」

 ナギが言いかけたところで、カタシはミロクの光刃を出現させて床に突きつけた。カタシの表情は憤慨に満ちあふれていた。

「分かっていないのはアンタのほうだ!ボディーガードはオトメとそのマスターほど親密な契約を交わしちゃいない!利害の不一致で簡単に契約の破棄や解消ができるんだぜ!」

 怒りをあらわにするカタシに、ナギが唖然となる。光刃を消したミロクを収めると、カタシはナギに背を向ける。

「アンタとの契約はこれまでだな。後はウォン少佐か、さもなかったら他の護衛に頼るんだな。」

 そう言い放つと、カタシは部屋を出て行った。止めても聞かないと踏んだナギは、ただただため息をつく。

「やれやれ。彼も強情な人だ。まぁいいさ。代わりは彼らに頼るとしますか。」

 ナギは窓から外を見つめ、自らの勢力を絞り込むことを決めた。アルタイと、影の勢力、シュバルツに。

 

 ケインとの戦いで傷ついたセンが、ようやく眼を覚まし、ベットから体を起こしていた。体の痛みを苦にしていない様子だったが、意気消沈さは抜けていないようだった。

 医務室に来ていたナツキとシズルも、センのこの様子に深刻さを感じていた。

「これはただごとではあらしまへんなぁ・・」

 シズルが心配の声をかけてみるが、センは気にとがめていない。

「セン、いったい何があった?お前のその様子、体の傷より心の傷のほうが辛そうだが・・」

 ナツキに呼びかけられて、センは重く閉ざしていた口をようやく開いた。

「オレはどんなことに手を染めても、人殺しだけはしねぇって心に決めてた・・けど、オレは・・・」

 センは自分の両手を見つめて体を震わせる。自分を責める彼を見て、ナツキは事の深刻さを痛感していた。

「お前の気持ちは分かる。だがいくらお前や私たちが悔やんだとしても、失った命は帰らない。どうしてもその者の死を悔やむなら、その者の分まで生き抜くんだ。」

「フン。簡単に言ってくれるぜ。命を軽く見てるくせによ・・・!」

 鋭い視線を向けてくるセンだが、ナツキは動じる様子を見せなかった。

「ここの現状は不安定にある。アリカやカタシ、チヒロのことを思うなら、お前も戦ってほしい・・・」

 そう告げてナツキは医務室を後にした。しかしセンが気力を取り戻すことはなかった。

 

 アルタイ王城の外に出て、セルゲイは夜風に当たっていた。ガルデローべに対するケインの言動を、セルゲイも気がかりになっていたのだ。

「ケイン、何がお前を駆り立てている?・・オトメやナノテクノロジーを壊滅することに何の意味があるというのだ・・・?」

「それはこっちが聞きたいぜ。」

 独り言を呟いていたところを返事され、セルゲイは眼を見開いて顔を上げる。大きく跳躍して、ケインがセルゲイの前に降り立った。

「ケイン・・・!?」

「どうやら腑抜けになっちまったのは、テメェだけじゃねぇようだ。」

 舌打ちを見せるケインの言葉を意味深に捉えるセルゲイ。

「アイツもアイツでずい分と腑抜けちまった。アイツもテメェも、昔のほうがまだ覇気があったぜ。」

「お前、誰かを、何かを思いやることが弱さだと思っているのか・・・!?」

 反論するセルゲイだが、ケインはそれを鼻で笑った。

「ここまで堕ちたとはな・・もはやテメェじゃ役不足なんだよ・・・」

「貴様・・・!」

「さっきセンをやった後、ガルデローべの生徒がやってきた。その中に、ヴィントの女王と契約を結んでたヤツがいた。しかも蒼天の青玉でだ。」

 ケインの言葉にセルゲイが驚愕を覚える。

「いくらマイスターの力を備えていたとはいえ、コーラルの娘があれほどの力を発揮するとは思わなかったぜ。だがこのまま終わらせはしねぇ。いつか必ずこの借りは返すつもりだ。」

「やめろ・・・!」

 不敵に笑うケインに、セルゲイはついに憤りを覚え、銃を取り出してケインに銃口を向ける。

「アリカには、手を出させないぞ・・・!」

「悪くはねぇ。だがノースハウンドには遠く及ばねぇよ。あの娘に妙な感情を抱いている時点で、テメェはノースハウンドとは呼べねぇんだよ・・・!」

 鋭い視線を向けるセルゲイに、ケインも鋭い視線を返す。

「今テメェとやり合うつもりはねぇ。あの娘とやり合ったせいで、オレの右手はボロボロだ。回復するまでに少し時間がいる。」

「ならここで貴様を捕縛する。このまま貴様の暴挙を許すつもりはない。」

「そうはいかねぇよ。右手は痛みは引いてねぇが、力を使えねぇわけじゃねぇ。テメェを火だるまにするくらいできるんだからよ。」

 言い放つケインの右手には、かすかだが炎が灯っていた。その衝動を目の当たりにして、セルゲイは銃の引き金を引くことができなくなっていた。

「あの娘の後は、テメェでもやってやるよ。いつでも相手してやってもいいがな。死にたかったらな・・・」

 セルゲイに言い放つと、ケインは再び跳躍してこの場を後にした。歯がゆさをかみ締めながら、セルゲイは銃をしまう。

(このままでは二ナやアリカたちが・・だが、このアルタイを離れるわけには・・!)

「こんなところで何やってるんスか?」

 思いつめていたセルゲイに声をかけてきたのは、ナギとの契約を破棄してきたカタシだった。気さくな態度のカタシに、セルゲイが困惑の面持ちのまま振り返る。

「カタシ、ここで何をしている・・・!?」

「いやぁ、利害の不一致でさ。ナギ殿下の護衛を辞めてきた。」

「辞めたって、お前・・・!?」

 声を荒げるセルゲイに、カタシは気さくな態度から真剣な態度へと改める。

「ウォン少佐、オレは今からガルデローべに向かう。アンタの代わりに二ナやアリカを守ってやるさ。」

 カタシの言葉にセルゲイは深刻さを隠せなかった。

「アンタはアルタイの大使館だ。軍人であるアンタには、この国のためにしなくちゃならないことがある。けど、殿下には気をつけろ。」

 カタシは言いかけて穂を進め、セルゲイの横に並んだところで立ち止まる。

「何を企んでるのか、誰と組んでるのか、分からないぜ・・・」

 その言葉にセルゲイは眉をひそめた。彼も薄々、ナギの動向に不審さを感じている節があったのだ。

 娘を思う養父の思いを背に受けて、カタシはガルデローべに向けて歩き出した。

 

 シズルの呼びかけを受けて、チヒロはチグサとともに寮の部屋に戻っていた。ベットに横たわるものの、センのことが気がかりでなかなか寝付けなかった。

 何度もベットから起きて洗面所の前に立ち、鏡に映る自分の顔をじっと見つめていた。

 そして何度目かの起床からベットに戻ろうとしたときだった。

「あれ・・・?」

 チヒロはチグサがいないことに気付く。部屋中を探してみるが、どこにも彼女の姿はない。

「チグサ・・・!?」

 チヒロはたまらず部屋を飛び出し、チグサを探して駆け出した。廊下を駆け抜けていくうちに、彼女は寮の外に飛び出してしまう。

 息を絶え絶えにしながらもチヒロはチグサを求めて周囲を見回す。

(チグサ、こんなときに何をしてるのよ・・・!)

 胸中で愚痴をこぼしながらも、チヒロはさらに探し続ける。

 ふと唐突に、チヒロはチグサがセンのところに向かったのではないかという疑問を覚える。医務室に向けて移動しようとしたときだった。

 チヒロの前に、うつむいているルナの姿があった。ルナはゆっくりと顔を上げて、戸惑いをチヒロに見せる。

「ルナ、お姉さま・・・!?」

「フフフフ。お前か、センの妹にして、ハワード家の娘であるチヒロ・ゲイ・ハワードは。」

 当惑するチヒロが背後から声をかけられる。振り返るとそこには1人の男がいた。

「あなたは・・・!?」

「はじめまして。私はルシファーのリーダー、ギース。チヒロ、お前のお兄さんには十分世話になったよ。」

 自己紹介するギースに、チヒロが憤りをあらわにする。

「あなたが、あなたたちがお兄さんを・・・!」

「ルシフェルのリーダーだったセン。是非私たちの同士になってくれればと思ったんだが・・」

「お兄さんや私は、あなたなんかに絶対屈しないわ!」

「そうか・・組む気がないならそれでいい。だが私たちと敵対することは、お前が慕っていたルナとも敵対することになる。」

 ギースの言葉にチヒロが当惑する。振り返った先にいるルナは、変わらない沈痛の面持ちを浮かべていた。

「ルナさん、本当にルシファーのメンバーなんですか!?・・私たちを騙してたんですか・・・!?」

「騙していたという点は違うわ。あなたたちのことは、心の底から思いを寄せていたわ。後輩としても、乙女としても。」

 問い詰めてくるチヒロに、ルナが深刻な面持ちで答える。

「私はマスター・ギースのオトメ。このルシファーに身を置く者・・私はこの手を汚す以外に、生きることができない・・・」

 ルナは髪をかき上げ、ピアスに取り付けられているGEMに呼びかける。

「マテリアライズ!」

 白いマイスターGEMが反応すると、ルナの体を純白のマイスターローブが包み込む。その白き乙女の姿に、チヒロは驚愕する。

「この白夜の翡翠に刻まれた契約の刻印と、このマイスターローブが何よりの証拠。マスター・ギースこそが、私の主・・」

「そういうことだ。もはやルナはお前の知っているオトメではない。それに、こちらは思わぬ収穫を得ているのだ。」

 ギースが不敵な笑みを見せると、ルナの後ろからチグサが姿を見せてきた。彼女はコーラルローブを身につけ、重い視線をチヒロに向けていた。

「チグサ・・・!?」

 チグサまでがルナと手を組んだことに、チヒロは動揺を隠し切れなかった。

 

 

次回

21th step「カナデ・エリザベート」」

 

「チグサ・・どうしてあなたまで・・・!?」

「ルナお姉さまがいたから、私は頑張ってこれた・・・」

「あなただけは、絶対許さない!」

「試してやろう、蒼の力を。」

「いらっしゃい、チグサ・・・」

 

 

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