舞-乙HiME -Wings of Dreams-
19th step「ハルカ・アーミテージ」
ヴィント市郊外から響き渡ったマシロの悲鳴。その声は、センを捜索していたチヒロたちの耳にも届いていた。
振り返った彼女たちの眼に、立ち上る煙が映る。
「あの煙・・もしかしてセンがあそこに・・!?」
思い立ったアリカが、煙のほうへ駆け出した。
「あっ!アリカちゃん!」
彼女を追ってチヒロとチグサも駆け出した。
ケインの放った炎の矢を受けて、センは倒れて動かなくなってしまった。その姿にマシロは愕然となる。
「セン、いくらオレがナノマシンの力を得たからといえ、まさかここまで落ちぶれていたとはな。」
ケインはあきれ果てながらセンの、そしてマシロの前に立つ。
「そ、そなた、わらわに何をするつもりじゃ・・・!?」
「フン。テメェみてぇなヤツに手を出してもつまらねぇ。オレが始末するのはセン、テメェだ。」
ケインがセンに向けて右手を向けると、マシロがセンをかばい立てする。
「何をする・・こやつは傷だらけではないか・・・!」
「・・どけ。邪魔をするなら、テメェも死ぬことになるぞ。」
悲痛さを浮かべるマシロに、ケインは容赦なく右手を向ける。しかしマシロは退こうとはしない。
「そのつもりなら・・遠慮なくやってやるよ。」
ケインがマシロに向けて炎を放とうとしたとき、ミユがケインに打撃を与える。突き飛ばされながらも体勢を立て直すケインに、今度はドギーが大剣を振りかざす。
炎を駆使して身を翻すケインが、ミユとドギーを見据える。
「百鬼夜行をぶった斬る!ドギー・バウンディが、貴様の好きにはさせんぞ!」
「フン。どいつもこいつも、邪魔するなっていうのに・・・」
言い放つドギーを前に、ケインはため息をつきながら炎を灯す。
「分かっちゃいねぇな・・・!」
臨戦態勢に入るケイン、ドギー、ミユ。マシロはこの戦況を固唾を呑んで見守るしかなかった。
「マシロちゃん!」
そのとき、センを捜し求めていたアリカたちが駆けつけてきた。
「アリカ・・?」
アリカの登場にミユが眉をひそめる。チグサがケインを見据え、チヒロとアリカがセンに駆け寄る。
「お兄ちゃん!しっかりして、お兄ちゃん!」
「セン・・・!」
チヒロがセンに呼びかけ、アリカが歯がゆい面持ちでセンを見つめる。傷つき倒れたセンの姿を目の当たりにして、アリカは決意する。
「マシロちゃん、認証を!」
アリカの呼びかけに、マシロだけでなく、チヒロたちも驚きを見せる。
「ば、馬鹿者!ここにはシスカのマスターのドギーがおるのじゃぞ!それなのに・・!」
「そんなことを言ってる場合じゃないよ!このままじゃセンが・・みんなが・・・!」
言いとがめるマシロだが、センたちを助けたいとしているアリカは聞き入れなかった。
「ったく!どうなっても知らんぞ!」
腑に落ちないながらも、マシロはアリカのピアスに取り付けられた蒼いGEMに口付けし、認証を果たす。そしてアリカは、右手に炎を灯しているケインの前に立ちはだかる。
「マテリアライズ!」
呼びかけとともに、アリカが蒼のマイスターローブを身にまとう。蒼天の青玉の力を発動させたアリカに、ケインは眼を見開いた。
(蒼天の青玉・・この娘に受け継がれているのか・・)
胸中で呟きながら、ケインは身構えるアリカを見据える。
「制服からコーラルかと思っていたが・・まぁいい。邪魔するヤツは誰だろうと容赦しねぇ。」
ケインがアリカに向けて炎を解き放つ。アリカは飛び上がってかわそうとするが、炎は舞い上がって彼女を捉える。
「くっ!」
かすかだが炎を浴びて苦悶の表情を浮かべるアリカ。契りによって彼女と命を共有しているマシロも、その苦痛に顔を歪めていた。
(すごい火・・そう何回も受けるわけにはいかない・・・!)
一気に決着をつけようと、アリカはエレメントを手にする。彼女の力を受けて、ブルースカイスピアが巨大化する。
(全力で来るか・・ならオレも全力でねじ伏せる!)
ケインも右手を握り締めて、炎を拳に収束させる。アリカのGEMがカウントをはじめ、力の放出を告げる。
「いっけぇ!」
「終わりにしようぜ。」
アリカとケインが同時に飛び出す。蒼い輝きを帯びたブルースカイスピアと炎の拳が激突し、赤と蒼の火花が散る。
やがて膨大な爆発が起こり、アリカとケインが弾き飛ばされる。互いを見据えながら距離を置く2人。
そこでアリカが、エレメントに亀裂が生じていることに気付いて眼を見開く。ケインも右手に激痛を覚えて顔を歪めている。
(マイスターのエレメントに傷が付くなんて・・この人、強い・・・!)
(なんて小娘だ。オレの炎の拳を打ち破るなんてよ・・危うく右手がイカレちまうとこだった・・・!)
アリカとケインが互いの力を脅威と感じ毒づく。これ以上の戦闘が困難と感じたケインは、右手にかすかに灯っていた炎を消す。
「今日はここまでだ。続きは次にしといてやる。」
アリカたちに言い放つと、ケインは再び炎を発して姿を消した。戦いを終えたアリカは、半壊したエレメントを軽く下げる。
同時に、意識を失っていたシスカが眼を覚まし、体を起こす。
「シスカ、気が付いたか・・」
ドギーがシスカに駆け寄って声をかける。意識を確立させて、彼女はマイスターローブを身に着けているアリカを眼にする。
「アリカ、さん・・・!?」
オトメの力を解除するアリカの姿に、シスカは動揺を隠せなかった。
それぞれの戦いを終えたケイン、カナデ、ギースは再び集合していた。ケインはアリカとの戦いで負傷した右手を押さえながらも、平然を装っていた。
「手ひどくやられたものだな、お前は。だがそのくらいでは、少し時間を置けば自己修復で済むだろう。」
「フン。皮肉なもんだ。全てを混乱させてるナノマシンで、この腕の痛みが治るんだからな・・」
不敵な笑みを浮かべるギースに、ケインは憮然とした態度で答える。
「それにしても、まさか蒼天の青玉が契約に使われてるなんてね。五柱だけじゃなく、あのアリカって子まで加わったら、少し厄介ね。」
カナデがため息をつくが、ギースは悠然さを崩さない。
「まだまだ打つ手はある。既にガルデローべ内に同士が紛れ込んでいる。その者なら、いくら蒼天の乙女であろうと・・・」
勝機を見出している様子のギース。するとケインは舌打ちしてこの場を立ち去ろうとする。
「くだらねぇ。オレはオレで勝手にやらせてもらう。言っておくが、オレはあの娘に右手をやられたことにムカついてはいねぇ。そもそもオレは、ナノマシンそのものが気に入らねぇだけだからな。」
そういってケインはギースとカナデの前から去っていった。
「あらあら。ずい分と意固地なことね・・それで、その刺客さんはどんな人なの?」
「すぐに分かる。少し様子を見ているがいい・・」
カナデの問いかけに、ギースは笑みを消さずに答えた。
アリカとマシロが契約しているのを目の当たりにして、チヒロたちは動揺を隠せなかった。アリカとマシロも、内密にしていた契約を見せることになり、困惑していた。
特にマイスターであるシスカに見られたことは痛恨だと感じていた。とんでもない大問題になると彼女たちは不安でたまらなかった。
重くのしかかる沈黙を破ったのは、シスカのため息だった。
「まさかアリカさんが契約していたとは・・しかもあの蒼天の青玉。マスターはマシロ女王なんだから・・」
「こ、これは成り行きで仕方なく・・・」
マシロが必死の思いで弁解しようとする。
「成り行きねぇ・・まぁ、こうなってしまったんだから、今さら何を言っても後の祭りにしかならないわね。」
シスカが半ば呆れた様子で呟く。
「お願いです、シスカさん!みんなには言わないで!もしこのことが学園長やシズルさんたちに知れたら・・!」
「お、お願いじゃ!契約を解く方法、教えてはくれぬか!?」
「わ、わ、わっ!2人いっぺんに言わないで!」
問い詰めてくるアリカとマシロを慌てて制するシスカ。気を落ち着けてから2人を見つめる。
「えっと、契約の内密と、契約の解約だったわね・・・」
シスカの言葉にアリカとマシロが固唾を呑む。
「どっちかだけだったら、私たちは受け入れる。」
「どっちか・・」
「ひとつ・・・」
シスカの返答にアリカとマシロは困惑を見せる。
「だって契約の解約は、あなたたちと私の一存だけで決めて行えるものではないわ。必ずガルデローべのマイスターオトメと話し合う必要がある。だから内密にするなら解約には同行しない。」
「そ、そんな・・・」
シスカの見解に気落ちするマシロ。するとシスカはマシロの肩に手を添える。
「それに、今はまだ解約しないほうがいいと、私は思いますよ。」
「なぬっ?」
微笑むシスカに、マシロとアリカだけでなく、チヒロとチグサも驚きを見せる。
「その蒼の力、これから必要になるときがくる。さっきのような人たちがまだこの辺りにいるみたいだし、他に脅威がないわけじゃないし。」
「シスカさん・・・」
「あなたに期待しているのは多いんだから、しっかりね、小さなマイスターオトメさん。」
シスカの笑顔の激励に、アリカも満面の笑顔を見せて頷いた。その横でマシロは不満そうな面持ちを浮かべていた。
(そう。あなたを評価しているのは、シズルお姉さまやハルカお姉さまだけじゃないのよ。)
シスカもアリカの夢を目指す姿に、胸中で期待を寄せていた。
「とにかく、今はチヒロさんと協力して、センさんをガルデローべか、ヴィントブルームに運びましょう。運良く急所が外れていましたし、ナノマシンで強化されている自然治癒力で回復している最中でしょう。」
「分かりました。チヒロちゃん、チグサちゃん、行こう。」
「えっ?あ、うん・・」
アリカの声にチヒロは頷く。親友たちの助力を受けながらセンを運ぼうとしたとき、チヒロは唐突にセンの顔を見た。
(お兄さん・・こんなに傷だらけになって・・・でも大丈夫。私が、私たちが助けるから・・・!)
心ひそかにセンを想いながら、チヒロはセンを運ぶ。その様子を見つめてから、シスカは安堵の吐息をつく。
「ふぅ。一時はどうなることかと・・・」
「さてはお前、契約の解消の方法を知らないのでは?」
ドギーが問いかけると、シスカは気まずい表情を見せる。
「し、仕方ないじゃない。恋や婚約をしない限りオトメを辞めたいなんて言うことまずありえないし。オトメって配偶いいんだから。」
「分かってるさ。稼ぎたいから、お前はオトメになって、賞金稼ぎのオレと契約を交わしたんだからな。」
片言になっているシスカに、ドギーは苦笑を浮かべて答えた。懸命になっているアリカに安堵して、ミユはアリッサとともにこの場を立ち去った。
チヒロたちによってガルデローべに運ばれたセンは、ヨウコの治療を受けて医務室で眠っていた。チヒロたちの帰還を、ナツキ、シズル、カタシ、そしてルナが迎えた。
「感謝いたします、シスカ、ドギー殿。」
「お気になさらず、学園長。たまたまこちらで仕事がありましたので。」
ナツキの言葉にシスカが微笑んで答える。
「それにしても、センがここまで深手を負うとは・・」
「相手の力が脅威だったというのもありますが、それ以前に、彼は精神的に追い込まれていたようです。何かを恐れているような・・」
シスカの言葉にナツキが眉をひそめる。
センは人間を殺めたことで絶望にさいなまれ、戦うことができなくなってしまっている。しかしそのことは現時点で誰も知らない。
「とにかく、今はゆっくり養生しはったほうがいいどすわ。」
シズルの言葉にナツキとシスカは頷く。
「シスカ・ヴァザーバーム、ドギー・バウンディ、ガルデローべに力を貸しましょう。」
「ご協力、感謝する。」
敬礼するシスカにナツキも合わせる。
「エアリーズへ連絡させてください。旨を伝えておきたいので。」
「あぁ。頼む。」
ナツキからの了承を受けて、シスカは電話の受話器に手を伸ばした。
医務室で眠っているセンを、チヒロは沈痛の面持ちで見守っていた。そこへヨウコが彼女に声をかけた。
「チヒロさん、そろそろ寮に戻ったほうがいいわ。」
「ヨウコ先生・・・分かっています。でも、お兄さんのことが・・・」
ヨウコの言葉を素直に受け入れられないでいるチヒロ。
「あなたの気持ちは分かるけど、今はあなた自身の体を休めたほうがいいわ。あとは私が診るから、あなたは1回、寮に戻りなさい。」
「先生・・分かりました。お願いします・・・」
ヨウコにセンを任せて、チヒロは渋々医務室を出る。するとその廊下ではチグサが待っていた。
「やっぱりセンさんのことが心配なんだね・・」
気さくに振舞ってみせるチグサだが、チヒロは困惑を見せてうつむいてしまう。
「ルシフェルっていうののリーダーだったっていうのは、ただの噂じゃないみたいだね・・だけど、私はそんなこと気にしない。口は悪いけど、アンタの自慢のお兄ちゃんなんでしょ?」
「そ、そうよ・・私のお兄さんなんだから・・・悪ぶってはいるけど、悪いことをする人ではないわよ・・・」
心配の言葉をかけるチグサに、チヒロは皮肉を言い放つ。しかしチグサは笑みを消さない。
「分かってる。センさん、お兄ちゃんとそっくりなんだもん。いつも悪ぶったりやる気のないこと言うけど、心の優しい人だって。それにアンタとの腐れ縁も長いし、アンタの気持ちは分かってるつもり。」
「チグサ・・・あなたって人は・・・」
チグサの言葉に一瞬呆れた様子を見せるも、チヒロは彼女の励ましの言葉を快く受け入れた。
ガルデローべの学園長室で、シスカはエアリーズへの連絡を取っていた。ユキノとハルカが、シスカの連絡を直に受けていた。
事情を聞いたユキノは、真剣な面持ちで頷いた。
「分かりました。あなた方はガルデローべに留まってください。ただし、私たちは直接には介入はしません。」
「はい。これからは私が、ユキノさんやハルカお姉さまの代わりに・・」
ユキノの言葉にシスカも真剣に返す。
「いい、シスカ?私を尊敬してるっていうなら、あなたの気合と根性!見せてあげなさい!あなたは私の自慢の後輩なんだから。」
「はいっ!任せてください、ハルカお姉さま!」
ハルカの激励を受けて、シスカが意気込みを見せる。ケインとの戦いで淀んでた揺らぎを彼女は払拭していた。
その日の夜、チヒロはチグサとともにルナの部屋に来ていた。チヒロのそばにいてほしいというチグサの申し出に、ルナは面倒くさそうな態度を見せながらも、2人を部屋に招き入れることにした。
「まぁ、そういうことなら別に構わないわよ。めんどくさいけど。」
「ありがとうございます、ルナお姉さま。」
頭をかくルナに、チグサが感謝の言葉をかける。その傍らで、チヒロは沈痛さを拭えないでいた。
「大丈夫よ。チヒロのお兄さんには、ヨウコ先生がついてるし、一応ナノマシンをインストールしてるんでしょ?だったらひと安心じゃないの。」
「ですが・・・」
チヒロに言いとがめるルナだが、チヒロはそれでも納得できない様子だった。観念したような面持ちを浮かべるルナが、ひとつ息をつく。
「分かったわ。面倒だけど、私が1回様子を見てくるから。チグサ、チヒロを見ててちょうだい。」
「分かりました。チヒロのことは私がしっかり見てますから。」
ルナの言葉を受けて、チグサが意気込みを見せる。苦笑を浮かべながら、ルナは部屋を出た。
夜中のガルデローべは静寂に包まれていた。勉学などに励む生徒のいる部屋の明かりがついており、ミス・マリアが見回りをしている以外に、学園内の動きは見られていない。
その中で、ヨウコはセンの様子を見ていた。満身創痍の彼は、未だに眼を覚ます様子はない。
そして彼女はふと彼の前から席を外し、医務室を出る。医務室は彼以外、誰もいなくなった。
その医務室へ、何者かがノックもせずに入り込んできた。その人物は足音を立てずに忍び込み、センの寝ているベットの前で立ち止まる。
そこで、あらかじめ持ち合わせていたナイフを手にして、センに切っ先を向ける。
「あれ?ヨウコ先生、いないんですか?」
そのとき、女子の声がかかり、同時に消されていた医務室の明かりがつく。突然のことにその人物が驚き振り返る。
「お兄さん?・・・えっ・・・!?」
医務室に入ってきたのは、センのことが気がかりでたまらなかったチヒロと、彼女を追いかけてきたチグサだった。医務室の中での様子に2人は眼を疑った。
眠っているセンにナイフを向けていたのは、彼の様子を見ると行って寮の部屋を出ていたルナだった。
次回
「何を、しているのですか・・・!?」
「アンタたちだけには、知られたくなかった・・・」
「アンタとの契約はこれまでだな。」
「チグサ・・・!?」
「私はこの手を汚す以外に、生きることができない・・・」