舞-乙HiME -Wings of Dreams-
16th step「チエ・ハラード」
破邪の剣の1本、ミロクを構えるカタシに、センは驚愕していた。
「カタシ、本気なのか・・・テメェはオレを・・・!」
苛立ちを覚えたセンもカタシに対して身構える。しかしカタシは顔色さえ変えない。
「やめて、お兄さん!カタシさん!」
チヒロが悲痛の叫びを上げるが、センもカタシも動じない。
緊迫した空気のこの場所に、チヒロたちを追ってきたチグサが駆けつけてきた。チグサは対立するセンとカタシに、現状が飲み込めず、動揺を浮かべる。
「お兄ちゃん、センさん・・・これは、どういうことなの・・・!?」
チグサがたまらずチヒロに問い詰める。するとチヒロはチグサから視線をそらすばかりだった。
「私にもどういうことなのか分からない・・でも2人を止めなければならないことは確か!」
思い立ったチヒロが、センとカタシを止めようと前に出るが、そこへナツキが立ちはだかった。
「どいてください、学園長!このままではお兄さんが・・!」
チヒロが声を荒げるが、ナツキは退こうとはしない。その間にも、カタシがセンに向けてミロクを振り下ろしていた。
センは反撃に出ず、カタシの攻撃をかわしていく。2人は徐々に通りから離れていく。
クサナギとミロク。2つの光刃がぶつかり合う森林の中で、センとカタシがにらみ合う。
「カタシ、どういうつもりだ!?いつまでもふざけたマネをしてると、こっちも容赦しねぇぞ!」
「セン、話を聞け。とりあえずやられたフリをしてくれ。」
苛立ったところへカタシが小声で呼びかけ、センは当惑を見せる。しかしすぐに憤慨の面持ちを浮かべる。
「何を寝言ほざいてやがる!そんなくだらねぇマネ・・・!」
「話は後で全部する。ここはいったん引いてくれ・・・!」
あくまでセンに言い放ちながら、カタシはセンを突き飛ばす。2人はスラム街の川沿いの通りに来ていた。
「“風の通路”で待ってる。お前は先に行ってくれ。」
「誰に向かって指図してんだ・・・!?」
カタシの呼びかけにセンは悪ぶる。そんな2人を追いかけて、アリカ、チヒロ、チグサ、ナツキ、シズルが駆けつけた。
彼女たちの到着を横目で確認したカタシは、センに向かって駆け出した。突き出されるミロクの光刃を、センがクサナギで受け止める。だがその突進力に押されて、センは川へ投げ出された。
川の中に落ちたセン。アリカたちが駆け寄って彼の行方を追うが、姿の影も形も見えない。
「お兄さん・・お兄さん!」
チヒロが呼びかけるが、センは川から上がってこない。
「市内に非常線を張るんだ。センの行方を追うんだ。」
「了解しました。」
ナツキの指示にサコミズが動き出す。悲痛さを隠せないチヒロは、何振り構わずに川に飛び込もうとしたところをチグサに止められる。
「放して、チグサ!このままじゃお兄さんが!」
「ダメだってば、チヒロ!この広い川、探してるうちに溺れちゃうって!」
チグサの制止を受けながらも、センを探そうとするチヒロ。しかし彼女は肩をつかまれ、頬を叩かれる。
我に返ったチヒロの眼に、沈痛の面持ちのシズルの顔が飛び込んできた。
「シズル、お姉さま・・・!?」
「気をしっかり持ち、チヒロさん。センさんは必ず生きてますわ。せやから、あなたがしっかりせんとあきまへん。」
シズルの激励を受けて、チヒロは眼からあふれていた涙を拭う。落ち着いた彼女を見て微笑んだシズルが、川をじっと見つめているカタシに近寄った。
「センさんを逃がしましたね?」
小声で問いかけてきたシズルに、カタシは観念したとばかりに笑みをこぼす。
「アンタには何でもお見通しか。それで?アイツの逃走の片棒を担いだオレを捕まえるかい?」
ふざけ半分に言いつけてきたカタシだが、シズルも笑みを崩さない。
「せやね・・責任として、あなたがセンさんを見つけてくれはりますか?あなたのほうが彼について詳しいさかいに。」
「ハハ・・了解しましたよ、シズルさん。」
シズルの申し出に、カタシは笑みを浮かべながら答える。光刃を消したミロクをしまい、彼は川に背を向ける。
「チグサとチヒロちゃん、頼んだぜ。」
カタシの言葉にシズルは頷く。それを確認した彼は、センを追って駆け出した。
「カタシさん・・・」
去っていくカタシを見送りながら、チヒロは困惑を隠せないでいた。
捜索の警戒網を広げていくヴィント市の郊外。その川からセンが這い出してきた。
センは近くの排水溝へと忍び込み、冷たいコンクリートの壁に寄りかかる。
「くそっ!・・ここからなら、“風の通路”に行けそうだな・・・」
センは毒づきながらも、光刃の消えているクサナギを握り締めて、排水溝を駆け込んでいった。
ナツキ、シズルに促されて、チヒロたちはガルデローべの教室に戻ってきていた。センがルシフェルのリーダーだったという噂は、学園内に広まってしまっていた。
「あっという間に広まってしまったという感じね。」
二ナが淡々と告げる。沈痛の面持ちを浮かべるチヒロを、アリカたちが励ます。
「だ、大丈夫だよ、チヒロちゃん。センがそう簡単に死んだりするわけないよ。だってクサナギで私たちを助けてくれたんだから。」
アリカの言葉に励まされ、チヒロは何とか笑顔を取り戻す。そこへトモエが妖しい笑みを見せながら近寄ってきた。
「バカな人ね、センさんは。チヒロさんのお兄様でありながら、犯罪に手を染めるなんて・・・」
トモエのあざけるような言葉に、二ナとチヒロが眉をひそめる。
「どんな罪もどのように隠しても意味はない。罪を犯した人はいつか裁かれるものなのよ。」
センを侮蔑するようなトモエの言い分。その言葉に憤慨したチヒロが彼女の頬を叩く。
一瞬苛立ちの眼差しをチヒロに向けるトモエ。彼女を叩いた手を押さえて、チヒロが悲痛の面持ちを見せる。
「私のお兄さんのことを何も知らないで、勝手なことを言わないで!お兄さんはいつも悪ぶった態度を見せるけど、本当に悪いことをする人ではないわ!」
憤慨の言葉を言い放ち、チヒロは悲痛さを拭いきれず教室を飛び出してしまう。
「あっ!待ってよ、チヒロ!」
チグサがたまらずチヒロを追いかけ、アリカもたまらず続く。
「ト、トモエちゃん、大丈夫・・・?」
エルスティンが心配の声をかけると、トモエは微笑んで答える。
「えぇ、大丈夫よ・・ごめんなさい。私がいけなかったのね。チヒロさんの気持ちを考えずに・・」
詫びの言葉を口にするトモエ。だが彼女は胸中では悪びれてはいなかった。
カタシとセルゲイが、センがルシフェルに身を置いていたことを話していたのを盗み聞きしたトモエは、ナツキたちマイスターオトメに報告。自分の謀略を指摘してきたセンへの報復を企んだのだ。
センがルシフェルのリーダーであることは紛れもない事実。報告したのが自分だと分かっても、誰も自分を責めることはできない。トモエの策略は成功へと向かいつつあった。
兄が悪者扱いされていることに悲痛さを隠せないでいたチヒロ。涙ながらに廊下を駆け抜けていくと、彼女はとある生徒とぶつかってしまう。
衝突の反動でしりもちをつくチヒロ。顔を上げた彼女の眼の前には、きょとんとした面持ちのチエの姿があった。
「チ、チエお姉さま・・・」
驚きの面持ちを見せるチヒロに、チエは微笑んで手を差し伸べた。
「どうしたんだい、チヒロちゃん?何だかワケありみたいだけど?」
「チエお姉さま・・お兄さんがヴィントブルームやガルデローべに追われて・・私、どうしたらいいのか・・・」
困惑するチヒロの心境を知って、チエは優しく声をかけた。
「チヒロちゃんの兄さんなんだろう?だったら信じてやらないと、お兄さんを。」
「チエお姉さま・・・」
チエの励ましの言葉に、チヒロが落ち着きを取り戻して笑みを見せる。
「心配に気が向きすぎてもよくない。とりあえず少し休んでからだ。何をするにしても。」
「ありがとうございます。でももう大丈夫です。チエお姉さまのおかげで、大分気持ちが楽になりましたから。」
「それはどういたしまして。」
チヒロに感謝されて、チエが笑みをこぼした。
「チヒロちゃーん!」
そこへチヒロを追いかけてきたアリカとチグサが声をかけてきた。2人が到着したところで、チエは彼女たちに呼びかけた。
「アリカちゃん、チグサちゃん、チヒロちゃんのこと、しっかり支えててくれるかい?」
「もちろんですよ、チエ先輩。チヒロちゃんとセンのことは、私がついてますから。」
チエの言葉にアリカが笑顔で頷いた。すばらしい仲間に支えられていることを実感して、チヒロは笑みをこぼしていた。
その日の夜、カタシはヴィント市の地下の下水道を進んでいた。華やかに見えるヴィント市の表向きの姿とは対照的な、薄汚れた雰囲気が漂っていた。
しかしこの地下通路と脇を流れる水路からは鼻に付くような臭いはなく、子供の秘密基地にするには格好の場所にも思えた。
その通路の最果てまで行き着いたカタシ。そこからは外の様子をうかがうことができ、ヴィント市郊外の光景が見渡せた。
「ずい分懐かしいな・・昔はよくここに来て、ミス・マリアにどやされたっけか・・」
幼い頃を思い返して、カタシが思わず笑みをこぼした。
ここは彼の秘密の場所だった。しかしその場所に通っていることがマリアに見つかり、ひどく説教された。そのときはひどく泣いたが、今となっては彼のいい思い出となっていた。
風通しのいいこの場所を、カタシは「風の通路」を呼ぶことにした。彼がこの場をそう呼んでいることを知っているのは、彼以外ではセンだけである。
しばらく風の通路からの眺めを堪能していると、足音が徐々に近づいてきていた。カタシが振り返ると、薄暗い通路からセンが姿を見せてきた。
「やっぱ覚えてたか、セン。よかったよ。」
「ここはオレにしか教えなかったよな。話し合うには十分な場所だってことか。」
笑みを見せるカタシに、センが憮然とした態度を見せる。
「どういうことか、聞かせてもらうぞ。なぜガルデローべやヴィントブルームがオレを狙う?」
センの質問にカタシは笑みを消し、深刻な面持ちで答える。
「セン、お前がルシフェルに属していたことが、ガルデローべにバレたぞ。」
カタシのこの言葉にセンが眉をひそめる。
“どうしても心の内に隠しておきたいことも、いつか誰かに知れ渡っちまうときが来る。”
ヴィント市においてのカタシの言葉が、センの脳裏によみがえってくる。
自分がルシフェルのリーダーだったことを、センは悪く思っていない。ただ、自分の道をひたすら突き進むことしか彼は考えていなかった。
「ケッ!ずい分と虫のいい考え方だな。オレがルシフェルだったって知っただけで、手のひらを返しやがって。」
愚痴をこぼすセンに、カタシはため息をついてから告げる。
「セン、このままヴィントやガルデローべにいるのは危険だ。お前はとりあえずエアリーズに行け。」
「何?」
カタシの指示にセンが眉をひそめる。そして再び舌打ちをしてカタシに鋭い視線を向ける。
「誰に向かって指図してんだ。オレがどうするかはオレが決める。」
「このままだとお前だけじゃない。チヒロちゃんにまで危害が及ぶかもしれないんだぞ。お前だけの観点だけで状況を見るんじゃない。」
「ケッ。仕方ねぇな。これからしなきゃなんねぇこともねぇしな。暇つぶしに向かうとするか。」
愚痴りながらも渋々従うことにしたセンに、カタシは安堵の笑みを浮かべた。
「エアリーズには、オレが連絡しておく。もちろんチヒロちゃんにも伝えとくよ。」
カタシの気遣いの言葉を受けて、センは悪ぶった態度を見せながら、この「風の通路」を後にした。
センの行方の求めての警戒網を、ナギもセルゲイも察していた。緊迫した状況を見守るナギから離れ、セルゲイはガルデローべの庭内からヴィント市を見つめていた。
風雲急を告げる状況に、彼は深刻になっていた。
(セン、お前は今どこにいる・・早く手を打たないと、最悪、取り返しが付かなくなってしまうぞ・・)
センのことを気にかけ、セルゲイは困惑する。彼もカタシとセンの仲を取り持っていた人間の1人だった。気さくに話しかけてくるカタシとは違い、センは憮然とした態度を見せるばかりで、時折何かに大きな敵意を見せる一面もあった。
昔の自分を思い返しているような感覚に陥り、セルゲイは苦笑をもらした。
「アルタイ大使館のテメェが、こんなところで何をしている・・・?」
そこへ鋭く低い声がかかり、セルゲイは眼を見開いた。振り返ると、そこには白髪、黒いサングラスとライダースーツの青年が立っていた。
「まさか少佐にまでのし上がっていたとはな、セルゲイ・ウォン。」
「お前、生きてたのか・・・!?」
青年の登場にセルゲイは驚愕する。青年はサングラスを外して、再びセルゲイに鋭い視線を向ける。
「けど、ずい分と腑抜けちまったもんだな。“ノースハウンド”と呼ばれていたとは思えないくらいにな。」
「黙れ、ケイン・・・!」
青年、ケインの言葉に、今度はセルゲイが鋭い視線を向ける。しかしケインは全く動じない。
「オレが用があるのは、テメェでもノースハウンドでもねぇ。ナノテクノロジーを強く管理しているガルデローべだ。」
「何を企んでいる、お前・・!?」
互いに鋭い視線を向けあうケインとセルゲイ。ケインはきびすを返すと、セルゲイに背を向けて答える。
「ナノマシンなどといったくだらねぇものがあるから、この世界は狂っちまうんだよ・・オレはそいつをブッ潰す。」
「お前、何を・・!」
「今のオレを止めることはテメェにはできねぇ。たとえノースハウンドであってもな。」
呼び止めるセルゲイの言葉を聞かずに、ケインは歩き出す。ケインの右手から炎が発せられ、風に流されることなく揺らめいていた。
その頃、ガルデローべ当てに1枚の手紙が送られてきた。差出人は「K」と称し、こう書き加えていた。
“ガルデローべ、お前たちが保管している破邪の剣の強奪、あるいは破壊のために参上する。抵抗するならば、その命はないものと思え。”
センの捜索に慌しくなっている最中のガルデローべへの挑戦状。得体の知れない相手に、ナツキは苛立ちを覚えていた。
「次から次へと、問題が舞い込んでくる。」
「破邪の剣を狙う言うてはるんやったら、センさんも危なくなってきますわね。」
頭を抱える心境のナツキに、シズルもため息をつきながら答える。
「とにかくセンの捜索を急ぐんだ。そしてカタシも見つけ次第連絡してくれ。」
「ナツキの言葉やったら、うちは構いまへん。」
ナツキの指示を受けて、シズルは学園長室を後にした。ナツキもヴィント市を警戒している兵士たちに向けて連絡を取ろうとしていた。
ヴィント市は未だに兵士たちの警戒網が解かれていなかった。騒然とした市内の状況に、市民も動揺の色を隠せなくなっていた。
その通りの路地の影に隠れながら、センは兵士たちの様子を伺っていた。同時に彼は目的地への方向と筋道を見据えていた。
彼はエアリーズへ行くために、港を目指そうとしていた。だが港の近くにも兵士たちがいて、なかなか近づくことができないでいた。
「おやおや、何だかずい分とお困りなようね。」
そのとき、突如背後から声がかかり、センが眼を見開く、振り返るとそこには妖しい笑みを浮かべているカナデの姿があった。
「テ、テメェ・・こんなところで何してやがる・・!?」
「ウフフフ。そう怖い顔しないでよ。私はあなたと話しをしに来たのよ。正確には私の仲間が、だけどね。」
「何・・!?」
カナデの言葉にセンが眉をひそめる。彼女の背後から、1人の男が姿を見せてきた。
「何だ、テメェは?」
センが問いかけると、その男、ギースが不敵な笑みを浮かべて答えてきた。
「はじめまして、と言っておこうか、セン・フォース・ハワード。私の名はギース。」
ギースが自己紹介をして、小さく頭を下げる。
「単刀直入に言おう。セン、我々“ルシファー”の仲間にならないか?」
ギースが告げた言葉にセンが眉をひそめる。ルシフェルの後続の組織として成立した「ルシファー」が、センに向けてその魔手を向けつつあった。
次回
「このCEM(シェム)の力を得た我々に、お前だけで太刀打ちできると?」
「オレだけ安全な場所にいるわけにいかねぇだろ!」
「わらわは今、どうすればよいのじゃ・・?」
「センさんたちを助けたいと思うなら、そのための対策を練りましょう。」