-乙HiME -Wings of Dreams-

17th step「アオイ・セノー」

 

 

 突如、ギースから仲間になるように誘われたセン。彼らが属している組織「ルシファー」の存在に、センは当惑を覚えていた。

「ルシファー・・何くだらねぇ名前付けてんだ、テメェ!」

 言い放つセンに対し、ギースは不敵な笑みを崩さない。

「不快に感じたなら詫びよう。我々の中に、ルシフェルのメンバーがいるものでな。」

「ルシフェル・・・どういうことだ・・・!?」

 次第に苛立ちを募らせるセン。

「いたぞ!セン・フォース・ハワードだ!」

 そのとき、センの姿を発見した兵士の声が響いてきた。その声にセンが舌打ちをすると、ギースに視線を戻した。

「後で必ず聞きだしてやるからな!そして気に食わねぇヤツなら、ブッ潰す!」

「ほう?このCEMの力を得た我々に、お前だけで太刀打ちできると?」

 吐き捨てるセンに、ギースが悠然とした態度を見せる。

「その思い上がりがオレに通じると思ってるのか・・・!?」

 センは再び言い放つと、駆けつけてくる兵士に気付いて、この場を後にした。不敵な笑みを浮かべたギースとカナデも、音もなく姿を消した。

 駆けつけた兵士たちが銃を構えるが、そこにセンの姿がなかった。そこにいたのは、裏路地から姿を見せてきたカタシだった。

「何なんだ、この騒ぎは?オレは別に悪いことはしてねぇよ。」

 カタシが苦笑を浮かべて兵士たちに呼びかける。するとサコミズが兵士たちの前に姿を見せ、カタシに呼びかける。

「カタシさん、ガルデローべ、ナツキさんがお呼びです。」

 サコミズの深刻な言葉に、カタシも真剣に頷いた。

 

 ナツキに呼ばれて、カタシはガルデローべ学園長室に到着した。ナツキ、シズル、マリアがカタシに眼を向けていた。

「今、ガルデローべとヴィントブルームが探しているのはセンだろ?いくらアイツと親しいからって、オレが連行されるってのはヘンじゃないか?」

 カタシが気さくに笑みを見せながら答えてみせるが、ナツキたちは真剣な面持ちを崩さない。

「オレはナギ殿下のボディーガードだ。このままじゃ仕事ができない。正当な理由を聞かせてくれないなら、オレは帰らせてもらうぞ。」

「殿下と少佐には許可をもらっている。カタシ、この手紙を見てくれ。」

 カタシの不満に対して、ナツキは手紙を差し出した。ガルデローべに送られてきた、Kと名乗る人物からのものだ。

 カタシはその手紙を手にして、その文面を黙読する。その内容に彼は驚きを覚える。

「破邪の剣を狙ってるのか・・・だから、オレをここに・・・」

 カタシが問いかけると、ナツキは静かに頷いた。

「我々に挑戦状を叩きつけてくる輩だ。相応の能力を備えていることは間違いない。だから最善策として、お前とセンの保護を最優先に・・」

「ふざけないでくれ・・!」

 ナツキの言葉にカタシが苛立ちをあらわにする。

「目的のものを持ってるからって、オレたちだけ守られて、周りが傷ついていくのを黙って見ていろとでも言いたいのか、アンタは!センも危険に巻き込まれてるっていうのに、オレだけ安全な場所にいるわけにいかねぇだろ!」

「セン・・・」

 感情的になるセンに、ナツキが戸惑いを見せる。センやたくさんの人々を思う彼の心境を知って、彼女は微笑を浮かべた。

「どうやら、私はお前たちを過小評価していたようだ・・お前もセンも何かを追い求めて、その危険を覚悟しているのだな・・」

「伊達にオレもナノマシンを体に入れてるわけじゃないってことだ。オレをあまり甘く見ないでくれよ。」

 悪ぶってみせるカタシに、ナツキは苦笑を浮かべた。

「だが現状が危険にあることは分かっているだろう。少なくともセンの居場所を把握しておきたい。」

「センならエアリーズに向かったぞ。中立国のエアリーズなら、何とか力になってくれるかもしれないから。アイツの国籍もあそこだし。」

「エアリーズに?だが、エアリーズに向かう船のある港には、ヴィントブルームの兵がいるはずだ。強行突破を考えたとしても、騒ぎにはなるはずだ。」

「確かにアイツなら・・・けど、アイツもルシフェルのリーダーだったヤツだぜ。忍び込むのはわけないはずだ。」

「ならカタシ、お前もすぐにセンの捜索に向かってくれ。我々も可能な限り助力しよう。」

「分かった。いろいろすまないな、なっちゃん。」

「だから“なっちゃん”と言うな!」

 気さくに微笑むカタシの言葉にナツキが眼をつり上げる。センの捜索のため、カタシは学園長室を飛び出した。

「よろしいのですか?力ずくでもカタシを止めるべきだと思いましたが。」

 マリアが声をかけると、ナツキは微笑みかけた。

「止めたところで、アイツは指をくわえてじっとしていられる性格ではない。それは、彼との付き合いの長いあなたのほうがご存知のはずですが。」

「ですが、単独行動をさせるのはさすがに・・誰か同行させるべきかと。」

「せやったらうちが行きますわ。カタシさんと一緒やったら、センさんもすぐに見つかるかもしれませんし。」

 そこへシズルがカタシの同行を買って出た。ナツキが頷いて了承すると、シズルは微笑みかけてから学園長室を後にした。

 

 ヴィント市で起こっている騒動に、マシロも気になっていた。

「アオイ、街で何が起こっておるのじゃ?」

 窓から外を見つめたマシロがアオイに問いかける。ミコトは現状などお構いなしとばかりに、大の字になっている。

「私も詳しくは聞いておりませんが、センさんが深く関わっているようですが・・」

「センが・・・!?」

 その言葉にマシロが眉をひそめる。

「センさんがルシフェルのメンバーだったとかで・・」

「そんなバカなこと、あるはずがなかろう!」

 沈痛の面持ちで語るアオイに、マシロが食って掛かる。

「センは無礼じゃが、悪いことに手を染めるヤツではないはずじゃ!・・・アオイ、わらわは今、どうすればよいのじゃ・・?」

 切実な気持ちをあらわにするマシロ。かけがえのない絆を得たことに喜びを感じながら、アオイはマシロに語りかける。

「センさんたちを助けたいと思うなら、そのための対策を練りましょう。私も力になりましょう。」

「アオイ・・・じゃが、じっくり考えるのはわらわが苦手じゃ・・いくぞ、ミコト!」

 思い立ったマシロが一気に駆け出した。彼女の呼びかけを受けて、ミコトも走り出した。

「あっ!マシロ様!」

 アオイが呼び止めるが、マシロとミコトは止まることはなかった。はじめはいつものように困り顔を見せるも、アオイは胸中で喜びを感じていた。

 

 カタシの呼びかけを受けて、センはエアリーズを目指そうとしていた。しかし港にはヴィントブルームの兵士たちが警戒していて、迂闊に近づくことができないでいた。

(チッ!このままじゃらちが明かねぇ!いっそのこと、突っ切るか・・!)

 いきり立つセンが飛び出しのために身構える。

「ずい分と無鉄砲なことだな。彼の言っていた通りの性格だな。」

 そのとき、センの背後から声がかかった。振り返らずに身構えている彼の後ろで、ギースが不敵な笑みを浮かべていた。

「わざわざテメェからやってくるとはな。そんなにオレを仲間にしたいってことかよ・・・!?」

「私はこれでも律儀なんでな。約束は守らなければと思って。」

 センが眉をひそめると、ギースは彼の前に出て続ける。

「元ルシフェルのメンバーだった我々の仲間・・もっとも、彼にとっては我々をただの協力者としか見ていないようだがな。」

「テメェ、まだふざけたことを・・・!」

「ふざけてはいない。ただ、事実を述べているだけだ。」

 苛立つセンにギースは淡々と答える。

「その同士とは、ケイン・シュナイダーだ。」

 その言葉にセンは絶句する。重苦しい沈黙を置いてから、センは再び苛立ちをあらわにする。

「どこまで・・どこまでオレをコケにするつもりだ!・・ケインが・・アイツがテメェらの仲間になど・・!」

「なら確かめるといい。私の言葉が信じられなくとも、その眼に映るものなら信じられるだろう・・彼は今ガルデローべにいるはずだ。そろそろ襲撃を開始するだろう。」

 ギースの言葉にセンはガルデローべの方向へ振り向く。

(そんなバカな・・・ケインが、本気で・・・!)

 毒づいたセンはギースの眼前から駆け出した。エアリーズへは進まず、彼はガルデローべへと引き返していった。

 だがその途中、センは1人の中年の男に行く手を阻まれる。

「テメェ、そこをどけ!オレは急いでるんだ!」

 足を止めて叫ぶセンだが、男は笑みを浮かべたまま動こうとしない。

「悪いがこれも仕事なんでな。お前を行かせるわけにはいかんのよ!」

 言い放つ男が黒ずんだクリスタルを手にし、指にその先を突き立てる。すると男の前に異様な姿をした怪物が出現した。

「こいつ・・スレイブを・・!」

 毒づいたセンがクサナギを取り出し、光刃を出現させる。完全と立ちはだかるスレイブを前に、彼は身構えた。

 

 ガルデローべへ予告状を送り、ケインはガルデローべ内の霊廟に向かっていた。真祖をはじめとしたオトメたちが祀られているこの場所をオトメのナノテクノロジーの根源と見た彼は、そこをまっすぐ目指していた。

 だがあまりに堂々と行動していた彼は、すぐにマリアに発見される。

「あなた、ここで何をしているのですか?」

 マリアが呼びかけると、ケインは足を止めて振り返る。

「あなたが向かおうとしているのは、高貴な方々でも足を踏み入れることもはばかられる神聖な場所なのです。即刻立ち去りなさい。」

「オトメにとっての神聖な場所か・・オレが叩くには好都合だな。」

 淡々と告げるマリアに対し、ケインが右手をかざす。その手から炎が出現する。

「あなた・・・!?」

 眼を見開くマリアに向けて、ケインが炎を解き放つ。だがその炎は、一条の光刃に阻まれる。

 マリアとケインが振り向くと、ミロクを構えたカタシと、彼と同行したシズルの姿があった。

「大丈夫か、ミス・マリア!?」

 カタシはマリアに呼びかけながら駆け出し、ケインと対峙する。ケインは2人の乱入に動じる様子も泣く、鋭い視線を向けていた。

「破邪の剣、ミロクの使い手か・・・」

「アンタか、Kってヤツは・・!?」

 低く呟くケインに問いかけるカタシ。ケインは顔色を変えずにカタシたちに言い放つ。

「オレはもはや破邪の剣などに興味はねぇ。オトメのナノテクノロジーもろとも、オレが始末してやる。」

 右手に炎を灯すケインに、カタシがミロクを構える。だがカタシの前にシズルが立つ。

「カタシさんはチヒロさんたちを追ってくれやす。ここはうちが・・」

「けど、ヤツは・・!」

 シズルの申し出にカタシが反論する。2人の前で、ケインがかけていた黒のサングラスを外す。

「お、お前・・・!?」

 その素顔にカタシが驚愕する。彼もケインのことは知っていたのだ。

「ケイン・シュナイダー・・・生きていたのか・・・!?」

「知っているのですか?」

 マリアの問いかけにカタシは息を呑んで答える。

「ルシフェルのメンバーだった男ですよ・・・けど、破邪の剣におぼれたアイツは、センにやられたはず・・センは全然不本意でしたけど・・・」

「おぼれたのは昔のことだ。今のオレにとって、破邪の剣などどうでもいい。」

 説明するカタシにケインが口を挟む。

「オトメのナノマシンとともに、破邪の剣も破壊してやる。」

 ケインが再び右手から炎を解き放つ。次の狙いはカタシの持つミロク。

「マテリアライズ!」

 その炎を前に、シズルがGEMを発動させる。彼女の体を紫のマイスターローブが包み込む。

 長刀状のエレメントを振りかざし、炎を振り払うシズル。しかしケインは顔色を変えない。

「五柱・・嬌嫣の紫水晶か・・」

「カタシさん、あなたはチヒロさんを!急いでくれやす!」

 シズルの言葉に、カタシは無言で頷く。

「ミス・マリア、あなたはなっちゃんに知らせてやってくれ!」

 マリアに呼びかけてから、カタシはチヒロたちを追って駆け出した。去っていく彼に狙おうとするケインだが、シズルが立ちはだかる。

「そんなに慌てなくても、アンタの相手はうちどす。」

「フン。いいだろう。まずはテメェから始末してやる。」

 互いに不敵な笑みを浮かべるシズルとケイン。ナノマシンの力で生み出される彼の業火が、オトメに迫った。

 

 センを追って学園を飛び出したチヒロ、チグサ、アリカ。市街に赴いたものの、手がかりが全くなく、途方に暮れていた。

「どうしよう・・セン、いったいどこにいったの・・・?」

 アリカが困惑の面持ちで周囲を見回す。

「あのセンのことだから、必ず何か騒ぎになってると思うんだけど・・・」

 街にはヴィントブルームの傭兵が何人か見られるが、騒動は今のところ起きてはいないようだった。

「とにかく、ここで立ち止まっていても仕方ない。夢と同じように、進んでいかないと・・」

 チヒロの言葉にチグサもアリカも頷く。ひとまず通りから離れ、身を潜めていると予測して裏路地に駆け込む。

「あらあら。誰を探してるのかしらね?」

 そのとき、彼女たちの背後から声がかかる。彼女たちが振り返ると、カナデが妖しい笑みを浮かべていた。

「あなた、この前学園に・・!」

「あら。覚えててくれたのね。嬉しいわ。そんなので悪いと思うんだけど、あなたたちをセンに会わせるわけにはいかないわ。」

 驚愕を見せるアリカたちに、カナデが笑みを強める。

「あなたたちはコーラル。マイスターの認証がなければたいした力は発揮できない。」

 カナデの指摘にアリカは毒づく。カナデの言うとおり、マイスターオトメからの認証を得なければ、オトメの力を発動することができない。蒼天の青玉を使用するにしても、マスターであるマシロがそばにいないため、使うことができない。

「あなたたちはここで足止め。物騒なことをしなければ何もしないわ。」

 微笑むカナデを前にして、チヒロたちは危機感を覚えていた。

「チグサ!」

 そこへミロクを持って駆けつけたカタシが、上空からチヒロたちとカナデの間に割って入ってきた。

「お兄ちゃん!」

 チグサが声をかけて駆けつけようとすると、カタシが左手を出して制する。

「チグサ、センを追ってくれ!コイツはオレが何とかする!」

「カタシさん・・・ありがとうございます!」

 チヒロはカタシに感謝の言葉をかけてから、裏路地の中へ向かっていった。

「逃がさないわよ!」

 カナデが彼女たちを追おうとするが、カタシに行く手を阻まれる。

「悪いがここは通さないぞ。」

「そう。ならあなたにも見せてあげる。私に埋め込まれているナノマシンの力を。」

 カナデは笑みをこぼすと、右腕を金属質に変えてカタシに向けて伸ばす。カタシはミロクの光刃でその打撃を受け止める。

 そしてその腕を振り払い、駆け込んで間合いを詰める。光刃を振り下ろし一閃するが、カナデは体を金属に変化させて攻撃をはね返す。

 カタシは毒づきながらもさらに攻撃を続ける。カナデも右手を金属の刃に変形して迎え撃つ。

 裏路地で繰り広げられる一進一退の攻防。薄暗い小道で火花が散る。

 その最中、カタシは眼を見開く。同時にミロクをカナデの胸元に突きつける。

「くっ!」

 その瞬間、カナデは悠然さを消してミロクの光刃を弾く。カタシがナノマシンを制御している核「CEM」を狙ったことに気付いたのだ。

 とっさに後退して距離を取り、カタシを見据えるカナデ。

「まさかCEMを直接狙うなんてね。でも、そう簡単に狙わせる私ではないわよ。」

「ずい分と言ってくれるじゃないか。けどオレを甘く見ないでほしいな。」

 互いに言い放った後、カナデとカタシが再び飛び掛った。

 

 男が召還したスレイブに行く手を阻まれたセン。だが彼の振りかざすクサナギは、怪物を一気に追い込みつつあった。

「バケモノを呼び出したってな、テメェ程度じゃ話にならねぇんだよ!」

 激情に駆られるセンが、クサナギの光刃を怪物の頭部に突き立てる。絶叫を上げて昏倒する怪物が、彼の手によって息の根が止まる。

 剣を引き抜いてセンが飛びのくと、怪物は爆発して消滅する。

「テメェの相手をしてる暇はねぇんだよ。オレにはいろいろと・・・」

 苛立ちを口にしながら振り返ったセンだが、スレイブを召還した男が苦悶を浮かべ、倒れこむ。事切れた彼の体が光の粒となって消滅していく。

「これは・・・!?」

 その光景にセンは驚愕する。その背後でギースが不敵な笑みを浮かべていた。

「まさかここでシュバルツと対峙するとはな。」

 男の消滅に愕然となっているセンを見て、ギースは笑みを強める。

「スレイブに関する知識がないようだな。スレイブを呼び出した者、スレイブロードは、呼び出したスレイブと一心同体。オトメとそのマスターと同様に。スレイブを倒せば、スレイブロードも死に絶え、消滅する。」

 言い放つギースの前に、センは完全に動揺しきってしまっていた。命の尊さを重んじる彼は、人間を手にかけたことに混乱してしまっていた。

 

 

次回

18th step「シスカ・ヴァザーバーム」

 

「オレは・・いつの間にか人殺しをしちまってたのか・・・!」

「久しぶりだな、セン・・」

「テ、テメェは・・・!?」

「何をしておるのじゃ、セン!」

「サイボーグであるあなたたちが、私の電撃に耐えられるかしら?」

 

 

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