舞-乙HiME -Wings of Dreams-
15th step「トモエ・マルグリッド」
センが持つクサナギの光刃とミドリの駆る顎天王の突進。両者の激突によって周囲が揺れ、アリカたちがふらつく。
「す、すごい勢いだよ・・・う、うわっ!」
あまりの荒々しさに倒れそうになりながらも、何とか踏みとどまるアリカ。センと顎天王の姿は、まばゆい閃光に包まれて確認できない。
そのとき、ミドリの左手のREMに亀裂が生じ、彼女が眉をひそめる。REMの起動時間の300秒が経過したのだ。
「ちっ!限界か・・・」
舌打ちするミドリの左手からREMが弾け飛び、粉々に砕け散る。同時にセンと顎天王が反動で弾き飛ばされ、互いの突進が相殺された。
これがREMの欠点のひとつだった。制限時間のある使い捨ての段階だった。
「今回のところはここまでだ。勝負とクサナギは次のお預けだ。」
「テメェ、逃げる気か!?」
笑みを見せずに告げるミドリに、センが苛立ちの表情で言い放つ。その声に構わずに、彼女は2本の太刀を収める。
「我らには果たすべき崇高なる悲願がある。我らはここで潰えるわけにはいかぬ。」
センに向けて言い放ったのはミドリではなく、彼女の仲間の1人、ラドである。彼女たちはセンを見据えながら退散し、彼女も顎天王とともに飛翔して飛び去っていった。
「ちっ!ふざけやがって・・・!」
センが舌打ちしながら、クサナギの光刃を消す。アスワドが去ったのを見て、アリカたちが顔を出してきた。
「セン、大丈夫!?ケガとかしてない!?」
アリカがセンに心配の声をかけるが、センは聞いていない様子でクサナギをしまう。
(あの女、なんてバケモンを使いやがる・・オレの攻撃と互角なんてよ・・・!)
ミドリと顎天王の脅威に、センは胸中で呟き毒づく。ここまで相手を驚異的に思えたのは、シズル以来だと彼は感じていた。
ガルデローべ、ヴィントブルームの混乱と、破邪の剣の奪取を目論んでいるカナデとギース。彼らはヴィント市の口外で、ある同士がやってくるのを待っていた。
「全く、あの人は何をしているのかしら。」
カナデがため息混じりに呟く。ギースは無言で東方を見据えていた。
するとその先の道を歩く1人の男の姿が見えた。黒を主としたライダースーツに黒のサングラス。黒を強く現しているが、髪は逆立った白髪だった。
「ようやく来たようだな。」
男の到着にギースは不敵な笑みを浮かべた。男はサングラスを外し、ギースとカナデに視線を向ける。
「待たせたな。オレの力はテメェらと違って扱いきれてねぇからな。」
「いや、気にするな。お前のその力の強大さ故に問題はない。」
低く言いかける男に、ギースは淡々と答える。
「フン。テメェが何を企んでいるのか、オレには関係ねぇ。オレはオレのやるべきことをするだけだ。ここにやるべきことをな。」
「そのやるべきこととは何だ?お前の邪魔をしたくはないのでな。」
ギースが訊ねると、男は少しの沈黙を置いてから答える。
「オトメ制度とともに、ヴィントブルームを潰すことだ・・・」
それだけを告げて、男はギースとカナデの前から立ち去っていった。彼も同士として認知されているが、孤立し単独行動を取ることが多かった。
「いいの?勝手にさせといて・・」
カナデが問いかけると、ギースは淡々と答える。
「こういう男だというのは、お前も分かっているはずだろう・・・だが、その力に偽りはないはずだ・・・」
ギースの言葉にカナデは納得する。するとギースは不敵な笑みを見せる。
「体感するがいい、オトメたちよ。あの男、“K”の力を・・・」
トモエからの言葉を受けて、センに関する情報の捜索を行っていたナツキ。そこで彼女は驚愕の真実を目の当たりにした。
「まさかセンが・・あれに属していたとは・・・!」
襲い掛かってくる動揺を何とか抑えようとするナツキ。そんな学園長室に、シズルが入ってきた。
「ヴィント市で、交戦が行われたみたいどす。」
シズルの声に我に返り、ナツキが彼女に眼を向ける。
「交戦・・戦闘が行われたのか・・・で、誰が・・・?」
「それが・・センとアスワドどす・・・」
シズルの報告にナツキは眉をひそめた。
「今は戦闘が終わって、アスワドが撤退したようですわ。」
「・・そうか・・・」
「センさんがどうかしはりましたん、ナツキ?」
シズルが唐突に問いかけてきた。彼女には何でもお見通しと観念しながら、センに関することを話した。
その話を聞いて、シズルは深刻な面持ちを浮かべた。話の当事者であるセンに対してだけでなく、その話を聞いたと言ってきたトモエに対しても困惑を覚えていたのだ。
「それで、ナツキはどうするつもりなん?」
「・・私も正直のところ、まだ迷っている・・だが、センの身柄は確保しておかなければ・・・」
ナツキの言葉を受けてシズルは微笑み、センの元へと向かった。
アスワド、ミドリとの交戦を終えたセンは、ガルデローべでチヒロ、アリカ、イリーナと別れ、ヴィントブルーム城に戻ろうとしていた。だがその途中、彼の横で1台の黒い車が停車してきた。
その車へと視線を向けるセン。車の窓が開き、アルタイ大公、ナギが顔を見せてきた。
「やぁ、偶然だね、センくん。お城に向かうなら一緒に乗っていきなよ。僕も丁度マシロちゃんの顔を見たいと思ってるからさ。」
「誰に向かって指図してんだ、小僧?」
気さくに声をかけてきたナギだが、センは憮然とした態度で返すだけだった。
「カタシとセルゲイも一緒なんだけど?みんな一緒だと話が盛り上がるし、楽しいと思うんだけどなぁ。」
ナギの言葉どおり、車内にはカタシとセルゲイの姿が伺えた。それを確認したセンだが、態度を改めない。
「オレは馴れ馴れしいのが嫌いだ。これ以上くだらねぇことをぬかすと、ブッ潰すぞ。」
そう言い放って、センはナギの前から立ち去っていく。
「お、おい、セン!」
それを見かねたカタシが車から降り、センを追いかけていった。
「おー、コワイ、コワイ。触らぬ神に何とやら、だね。」
あくまで気さくな態度を崩さずに呟くナギ。彼の眼に、外に眼を向けているセルゲイの姿が飛び込む。
「君は追いかけないのかい?」
「殿下、私はアルタイの大使館。あなたから離れるわけにはいきませんよ。」
ナギの質問にセルゲイが淡々と答えてみせる。セルゲイが裏切らないことを見据えつつも、ナギは彼に思わせぶりな言動を見せたのだった。
センとチヒロの迎えに向かい、センと別れたアリカとイリーナ。チヒロとともに学園に戻ると、丁度学園に戻ってきていた二ナを見つける。
「あ、二ナちゃんだ。二ナちゃーん♪」
アリカが満面の笑みを浮かべて大きく手を振ると、二ナは呆れ顔で視線をそらした。
そんな屈託のないやり取りを終えてから、アリカたちは教室へと戻る。教室内では生徒たちの噂話で持ちきりになっていた。
「あれ?どうしたのかな、みんな・・・?」
アリカが疑問符を浮かべていると、丁度トモエが教室に入ってきた。
「アリカさん、二ナさん、イリーナさん、帰ってきたのですね?」
「トモエちゃん、今帰ったところだよ。」
朗らかに声をかけてきたトモエに、アリカが笑顔で答える。
「ところでトモエちゃん、みんな何の話をしてるの?」
アリカが質問を投げかけると、トモエは困惑の面持ちを浮かべてチヒロに眼を向ける。
「チヒロさん、実はあなたのお兄さんのことで、あまりよくない噂を耳にしてしまって・・・」
「よくない噂・・?」
トモエの答えにチヒロが疑問を投げかける。その噂の内容を耳にするとチヒロの表情が凍りつく。
「お兄さんが・・強盗団のリーダー・・・!?」
「真に受けないで。私もそんな噂を聞いただけだから・・・」
驚愕を覚えるチヒロに、トモエがすまなそうに弁解を入れる。しかしチヒロの困惑は治まらなかった。
「トモエさん、アリカさん、ゴメンなさい・・私、お兄さんに会ってくる!」
「あっ!待って、チヒロちゃん!私も!」
突然教室を飛び出したチヒロを追いかけるアリカ。2人の姿を、教室を訪れたチグサが見つける。
「あれ?チヒロとアリカちゃん、どうしたの?」
「チグサさん・・」
きょとんとなっているチグサにも、トモエは噂とあわせて現状を話した。
「そんなことが・・・全く。相変わらずなんだから、チヒロは。」
歯がゆさを浮かべたチグサが教室を出ようとするが、そこへ二ナが呼び止める。
「どこに行くの、チグサ?」
「私もチヒロを追いかけるよ。あのバカ、お兄さんのこととなるとムチャするから。」
チグサは吐き捨てるように二ナに言い放つと、アリカとチヒロを追いかけていった。
3人のオトメの言動に戸惑いを隠せないでいる二ナたち。だがその中で、トモエは小さく微笑んでいた。
(これでおしまいよ、セン・フォース・ハワード。シズルお姉さまを傷つけたあなたを、私は許さない・・・)
胸中でセンに対する憎悪をたぎらせるトモエ。センに対するひとつの企みが、今まさに動き出そうとしていた。
センを追いかけて車を飛び出したカタシ。彼が追いかけてきたので、センは不機嫌そうに振り返る。
「わざわざオレについてくんな。オレは群れるのが気にいらねぇんだよ。」
「待てよ、セン!お前、そうやっていつまでも1人で突っ走るなよ。」
悪ぶるセンに、カタシが声を荒げる。
「セン・・・お前、まだあのときのことを気にしているのか・・?」
「・・何のことだ?」
センが眉をひそめると、カタシが憮然とした面持ちを見せる。
「分かってるんだぜ。お前がルシフェルの、ケインのことを今でも気にしてるってことを。」
「・・何を言ってる・・・?」
「とぼけんなよ。ケイン・シュナイダーは、アルタイ出身だってことはお前も知ってるだろ。」
カタシの指摘に、センは鋭い視線を向けるだけで反論できないでいた。
「お前がアイツに勝ってルシフェルのリーダーになったことは、メンバー以外じゃオレしか知らないはずだ。オレはお前のしたことを、絶対に悪いとは思ってない。」
「・・別にオレが悪くないとは思ってねぇよ。ただ・・人殺しが許せねぇだけなんだよ・・・」
センを弁解するカタシに、センは歯がゆい心地で答える。
ハワード家での厳しい生活の影響で、彼は命令や指図を極端に嫌っている。それだけではなく、彼は命の大切さ、尊さを抱いていた。だからその命を奪う人殺しや戦争に対しても嫌悪的であるのだ。
「けどガルデローべやヴィントは、未だにルシフェルを犯罪者集団という見方を視野に置いてる。お前がルシフェルのリーダーだったと知れ渡れば、お前はここに居場所をなくすだけじゃなく、チヒロちゃんにまで迷惑がかかるかもしれない。それは覚悟しているんだろ・・・!?」
緊迫の面持ちのカタシに、センは何も答えなかった。どんな逆境に立たされてもチヒロは負けないと思っているものの、センは実際には自分の気持ちがはっきりしていないと感じていた。
「さて、オレはそろそろ帰らせてもらおうかな。でないと殿下からいやみを言われそうだから。」
「フン。食えねぇヤツだ、あの小僧は。」
センが憎まれ口を叩くと、カタシは一瞬気さくな笑みを見せる。だがすぐに真剣な面持ちを浮かべてセンに語りかける。
「どうしても心の内に隠しておきたいことも、いつか誰かに知れ渡っちまうときが来る。そのとき、覚悟を決めといたほうがいい・・・」
そういってカタシはセンから立ち去っていった。センも吐息をひとつついてから、カタシとは違う方向に向かってこの場を離れた。
それから数分後、最悪の事態が始まった。
ヴィントブルームの兵士たちが続々と駆けつけ、センを取り囲んだ。この事態にセンは眉をひそめる。
「何のマネだ、これは・・・!?」
低い声音で言い放つセンの前に、衛兵長、サコミズが姿を現した。
「セン・フォース・ハワード、我々と一緒に来てもらおうか。」
サコミズがセンに呼びかけるが、センは鋭い視線を返すだけだった。
「誰に向かって指図してんだ?テメェらに捕まるほど、オレは甘くはねぇんだよ・・・!」
取り囲む兵士たちにも動じず、センは真っ向から対立しようとしていた。
「どういうことなんですか、これは!?」
そこへセンを心配して駆けつけてきたチヒロが兵士たちに呼びかけた。この場にいた全員が眼を見開いて彼女に視線を向ける。
「チヒロちゃん、待ってよ・・・!」
そしてチヒロを追いかけてきたアリカが駆け込んできた。そこで彼女はこの現状が分からずきょとんとなる。
「あれ?これは、どういうことなの・・・?」
疑問を投げかけるアリカだが、兵士たちは視線をセンに戻すだけで彼女の問いに答えない。
「センくん、君がかつてガルデローべを襲撃した“ルシフェル”のリーダーだったということが判明した。よって君の身柄を拘束させてもらう。」
サコミズが口にした言葉にセンが驚愕を覚える。
“どうしても心の内に隠しておきたいことも、いつか誰かに知れ渡っちまうときが来る・・・”
カタシの言葉がセンの脳裏によぎる。彼がルシフェルのリーダーだったと知ったヴィントブルームは、彼を捕らえるべく行動を開始したのだった。
「セン・フォース・ハワードを拘束しろ!」
サコミズの命令を受けて、兵士たちが武具を手にしてセンに詰め寄ってきた。
「逃げて、セン!」
身構えたセンに向けて、アリカが切羽詰った面持ちで呼びかける。その声で戦意をそがれたセンは、ひとまずこの場を野が得ることを考えた。
襲い掛かってくる兵士たちを、跳躍して大きく飛び越えるセン。ヴィントブルームの包囲網をかいくぐり駆け出そうとしたセンだが、その先にはシズルの姿があった。
「テメェ・・・」
「堪忍な。アンタをこのまま行かせるわけにいきまへん。」
低い声音で言いかけるセンに、シズルは淡々と答える。
「シズルさん・・・」
「どうして、シズルお姉さまが・・・!?」
センと対峙するシズルに、アリカが戸惑い、チヒロが驚愕する。2人の様子を気に留めず、シズルはセンを見据える。
「マテリアライズ!」
シズルの呼びかけにGEMが反応し、紫のローブを形成する。嬌嫣の紫水晶、シズル・ヴィオーラがセンの前に立ちはだかる。
「フン。この前のケリをつけるってか。いいぜ。相手してやるよ。」
不敵な笑みを浮かべるセンがクサナギを取り出し、光刃を出現させた。このような形での2人の対立に、アリカもチヒロも気が気ではなくなっていた。
ナギ、セルゲイを追ってヴィントブルーム城に向かっていたカタシ。だがその途中、彼はガルデローべから出てきたナツキの姿を目撃する。
「あれは・・なっちゃん、どうしたんだ?」
カタシが呼びかけると、ナツキがムッとした面持ちを見せてくる。しかし真剣な面持ちに戻って、彼の質問に答える。
「カタシ、お前には酷なことかもしれないが、協力してほしい・・・」
ナツキの深刻な面持ちでの申し出に、カタシは一抹の不安を覚えていた。
「やめて!」
再び繰り広げられたシズルとセンの勝負。それを見かねたチヒロが、2人の間に割って入ってきた。
「やめてください、シズルお姉さま!お兄さんも!」
必死の思いで2人を止めようとするチヒロ。しかしシズルもセンも戦いをやめようとはしない。
「さがりなさい、チヒロさん。邪魔せんといて。」
「邪魔すんじゃねぇよ、チヒロ。ここから離れてろ。」
「・・・イヤッ!」
鋭い眼つきで相手を見据えるシズルとセンに対し、あくまで退こうとしない。
「そこまでだ、セン!」
そこへナツキも駆けつけ、センとシズルの交戦を中断させる。
「セン、お前はルシフェルの元リーダーであることは調査済みだ。ガルデローべが、お前の身柄を預からせてもらう。」
「が、学園長・・・!?」
ナツキもセンを拘束しようと考え、彼女の言葉にチヒロはさらなる驚愕を覚える。いくらクサナギを扱うセンでも、五柱のマイスターオトメ2人を相手にしては勝ち目がない。
だが、毒づくセンに対してナツキはシズルとの連携を取ろうとはしていなかった。代わりに彼女は1人の人物を差し向けようとしていた。
その人物、カタシの登場にセンが驚愕をあらわにする。
「カタシ・・・どういうつもりだ、これは・・・!?」
センが低い声音で問い詰めるが、カタシは重く口を閉ざしたまま答えない。カタシの右手には筒のようなものが握られていた。
「セン、悪いが・・お前の持つクサナギを返してもらう・・・」
「あれって、まさか・・・破邪の剣・・・!?」
カタシが見せた破邪の剣の柄に、アリカが驚きの声を上げる。彼が手にしていたのは、破邪の剣の1本「ミロク」である。
「抵抗するなら、命を奪うことになりかねないぞ・・・!」
低い声音、鋭い視線をセンに向けて、カタシが敵意を浮かべていた。彼の言動にセン、アリカ、チヒロは愕然さを隠せなかった。
次回
「センの行方を追うんだ。」
「罪を犯した人はいつか裁かれるものなのよ。」
「まさか少佐にまでのし上がっていたとはな。」
「お前、生きてたのか・・・!?」
「信じてやらないと、お兄さんを。」