舞-乙HiME -Wings of Dreams-
14th step「イリーナ・ウッズ」
ガルデローべが吸血鬼事件の騒然さから落ち着いた頃、センはチヒロとともに東方の果ての国「ジパング」を訪れていた。
センは国籍はエアリーズとなっているが、出身はジパングである。ハワード夫妻がジパングへ交流を持ちかけていた最中に、センが生まれたのである。
ジパングに到着したところで、センとチヒロはそこで仕事を済ませていたシスカとドギーと合流する。彼らはジパング王子、鴇羽巧海頭忠頼(ときはたくみのかみただより)と、彼を守護するくの一、尾久崎晶(おくざきあきら)と面会した。
礼儀を重んじるジパングにおいても、センの礼儀とはかけ離れた態度を見せていた。この様子にチヒロもシスカもドギーも緊迫の連続だった。
何とか問題を起こさずにシスカと巧海の会談は済み、つかの間の休息を取ることとなった。城内の廊下でため息をついているセンに、晶を連れた巧海が声をかけてきた。
「あなたのような自由奔放な人と話ができて、僕は嬉しかったです。」
巧海が満面の笑みを浮かべてセンに呼びかけるが、センは憮然とした態度を崩さない。
「ジパングの王族がよ、オレなんかに馴れ馴れしくしてんじゃねぇよ。」
「貴様、若に向かって何という無礼を!」
「まぁまぁ、晶くん。」
センの態度に憤慨した晶を、巧海が笑顔でいさめる。
2人の姿を見て、センは昔を思い返していた。ルシフェルに身を置いていた時期。ケインとの友情を。
しかしその友はもういない。自分が手にかけてしまったのだから。
ムッとする晶に笑みをこぼした後、巧海はセンに声をかけた。
「ところでセンさん、あなたは、オトメについてどう思いますか?」
「あ?」
突然の質問にセンが眉をひそめる。
「・・別に深くは考えちゃいねぇよ。ただ、オトメってのが、小娘どもの夢だってことぐらいしかな・・・」
ぶっきらぼうに答えるセンに、巧海は思いつめた面持ちを浮かべた。
このジパングでは、1人のオトメが行方不明となっている。巧海の姉、鴇羽舞衣(ときはまい)である。
彼女はガルデローべにおいて優秀な生徒であり、五柱「炎綬の紅玉(えんじゅのこうぎょく)」にも選ばれるほどであった。しかし彼女は「オトメ」という夢と恋にさいなまれ、結果消息を絶ってしまった。
オトメと恋はナノマシンの性質から相容れないものとされている。それが彼女の心を大きく揺さぶってしまったのである。
その出来事がきっかけで、巧海をはじめとしたジパングの人々は、オトメの力に対して疑念を抱くようになった。依然として舞衣の行方が分からず、その疑念は解消されていない。
「センさん、チヒロさんのことを、どう思っていますか?」
巧海がチヒロについて聞くと、センは彼女のことを思いながら答える。
「アイツのことはアイツが何とかするだろ。いろいろ覚悟した上でオトメになろうとしていたんだろ?」
センのいい加減に答えた言葉に、巧海は困惑の色を見せる。
「恋を取れば、オトメとしての力を失うことは、ヴィントブルームに身を置いているあなたもご存知のはずでしょう。僕の姉、炎綬の紅玉は、恋と夢に打ちひしがれ、今も行方が分からないのです。」
「・・・オレには・・理解できても実感はわかないな・・・オレはオトメじゃねぇし、それに、オレには夢がねぇからな・・・」
「たとえオトメ、夢や恋でなくとも、苦渋の選択を迫られるときが、あなたにもあったはずです。」
巧海のこの言葉に、センは答えることができなかった。彼もかつて友の死という苦渋の選択を選んでしまった経験を持っていた。
こうしてジパングでの面会は終わり、一路ヴィントブルームの港に到着したセンたち。そこでセンとチヒロは、エアリーズに帰還するシスカとドギーと別れることとなった。
「全く。あなたの言動には冷や冷やさせられっぱなしでしたよ、センさん。危うく心臓が止まるかと思いましたよ。」
冗談混じりに告げるシスカに、センは憮然とした態度を見せる。
「ジパングがオトメに懐疑的であることは否めないが、オレはシスカのことはオトメとマスターの関係ではなく、相棒同士という関係を取っているつもりだ。」
「つまりよき同僚。表面的はともかく、内面的に主従関係はないのよ。」
ドギーの言葉にシスカも頷く。2人の心境を知って、チヒロは笑顔を見せる。
「そういった点では、ユキノさんとハルカお姉さまと同じですね。」
「ま、まぁそういうことになるわね。というよりは、私がハルカさんにひかれて、いろいろ教わったって言うのが正解かもね。」
チヒロの言葉にシスカは照れ笑いを見せる。話し込んでいるうちに、シスカたちの乗る予定の船のものと思われる汽笛が鳴り出した。
「あ、そろそろ時間ね。それじゃ、私たちはこれで失礼するわ。これからも日々精進するのよ、オトメの卵さん。」
「はいっ!今回はありがとうございました、シスカお姉さま、ドギーさん。」
笑顔のチヒロと憮然さを見せるセンに見送られて、シスカとドギーはエアリーズへと戻っていった。
「あちゃー・・シスカさんとドギーさん、行っちゃったかぁ・・・」
そんなセンたちに、アリカとイリーナが駆けつけてきた。彼女たちはシズルの指示を受けて、センたちを迎えに来たのである。
「誰が迎えに来いなんて頼んだんだよ。」
「いいじゃないの、お兄さん。こんな親切をしてくれるのは、やはりシズルお姉さまでしょう?」
センをなだめるチヒロが訊ねると、アリカが笑顔で頷いた。
「それで、ジパングの王子様は元気だった?」
「うん。元気といったら元気だけど・・・お兄さんの態度に、私もハラハラしてしまったよ・・・」
イリーナの問いかけにチヒロが答えると、アリカとイリーナが固唾を呑んだ。
ジパングが礼儀を重んじる国ということは、アリカたちも知っていた。センの言動がジパングにとってまさにご法度であったことは、彼女たちにも予測できることだった。
その頃、ガルデローべを訪れていたナギ、セルゲイ、カタシ。ナギの気まぐれにつき合わされながらも、セルゲイは二ナを、カタシはチグサを様子見していた。
「いやぁ、悪いねぇ、学園長さん。僕のオトメ候補が気になっちゃって。」
気さくな笑みをこぼすナギに、学園の案内をしていたナツキも作り笑顔を見せていた。
「セルゲイ、カタシ、僕はナツキちゃんと少し話をしてくるから、しばらくその辺りをブラブラしてきていいよ。」
「へいへい、殿下殿。」
ナギの言葉にカタシが気のない返事をする。ナツキとともに移動するナギを見送って、セルゲイとカタシはひとまず校舎の外に出た。
「ふぅ。殿下の気まぐれはドッと疲れるぜ。」
「そう文句を言うな、カタシ。お前は殿下直属の護衛役なんだからな。」
ため息をつくカタシに、セルゲイが苦笑を浮かべながら答える。
「直属って言っても、アンタや他の兵士よりも契約の力は弱いはずだぜ。利害の不一致ですぐに契約破棄になりうるんだから。」
反論を口にするカタシだが、唐突に気さくな笑みを消して真剣に語り始める。
「セルゲイ、アンタは二ナちゃんをどう思ってる?」
「えっ?」
二ナについて聞かれてセルゲイが眉をひそめる。
「二ナちゃんはアンタが助けたアンタの娘だ。けどアンタが二ナちゃんをガルデローべに入れたのは、ナギ殿下のオトメにするため・・アンタはそれでいいのか?」
「・・・殿下と、アルタイの未来のためならばな。オレも納得するし、二ナも分かってくれるだろう。」
セルゲイの苦笑気味の言葉に、カタシはため息をついた。
「オトメが世界や国を左右する。それは大使館のアンタもよく知っていることだ。けど、裏を返せば、オトメの力を行使の手段とした覇権争い、最悪、戦争にもなりうるってことだ。もしも、殿下がそんな馬鹿げたもんに手を出そう何てことになったら・・」
「言うな・・!」
カタシの言葉をセルゲイはさえぎった。
「確かにお前の言うとおりだ、カタシ。だがその力で世界が安泰しているのも事実だ。二ナも、そのために・・・」
セルゲイの言葉を耳にするも、カタシは腑に落ちない心地だった。
「それより、センは大丈夫なのか?」
「えっ?」
突然セルゲイからセンのことを聞かれて、カタシは思わず笑みをこぼした。
「チグサのことを聞き返されると思ったんだけど・・大丈夫だよ。アイツはあれでもしっかりしてる。オレたちが心配しなくても平気だよ。」
「いや。アイツはかつて・・・」
セルゲイが聞いたのは、センの過去に関わることだった。それは、ガルデローべにとっては忌まわしき事件の1つに大きく関わりのあることだった。
そんな2人だけの話を盗み聞いている、1つの影があった。
ヴィントブルーム城へ帰還しようとしていたセンたち。彼らはヴィント市を通過していた。
「ところでアリカちゃん、二ナさんとエルスさんは?」
「二ナちゃんはアルタイに呼ばれて、エルスちゃんはアカネさんのお手伝いだよ。」
チヒロの質問にアリカが笑顔で答える。イリーナがそれに付け加える。
「ホントは私がアカネお姉さまのお手伝いをすることになってたんだけど、エルスちゃんが代わりにやるって言って。」
「なるほど。」
納得するチヒロに、イリーナが寄り添ってきた。
「向こうで何かいろいろあったみたいだけど、大丈夫。センさんは、チヒロちゃんの自慢のお兄さんだって、私は信じてるよ。」
「イリーナちゃん・・・」
イリーナの励ましの言葉に笑みをこぼすチヒロ。そんな和やかな雰囲気の一行の中、センが足を止めた。
「どうしたの、セン?」
その様子にアリカが声をかけるが、センは鋭い眼つきで背後を気にしているようだった。
「・・・誰かつけてきてるな。」
「えっ?」
センの言葉にアリカたちが疑問符を浮かべる。彼女たちの様子を気にせず、センは振り返った。
「いつまでオレたちをついてきてるつもりだ。いい加減姿を見せろ。」
センが鋭く言い放つと、黒いマントに身を包んだ人物が5人、姿を現した。
「気付いていたなら、単刀直入に言おう・・破邪の剣、クサナギを渡してもらおうか。」
「こ、この人たち・・・!」
黒マントの人々のうちの1人が声をかけると、アリカが緊迫の面持ちを見せる。その声色から女性と思われる。
「誰だ、テメェら?誰に向かって指図してんだ・・・!?」
センが黒マントに向けて反論する。
「セン、この人たち、アスワドの人たちだよ・・!」
「アスワド?・・サイボーグか・・」
アリカがかけてきた言葉にセンが低く呟く。
「アスワド」は古の機械技術の最高を目指す集団で、自らを「黒き谷よりの使い」と名乗っている。肉体を義体化している者が多く所属している。
「おもしれぇじゃねぇの。ちょっくら遊んでやるよ。」
センが不敵な笑みを浮かべ、クサナギの柄を取り出し光刃を出現させる。すると黒マントの女性が笑みをこぼす。
「いいだろう。貴様の挑発、乗ってやろう。」
言い放ったその女性、ミドリは身にまとっていたマントを脱ぎ捨ててその顔をあらわにする。
「お前たち、手を出すな。この男とは私だけで相手をする。」
ミドリが告げると、後ろにいた4人が無言で後退する。
「テメェらは邪魔だ。どっかに引っ込んでろ。」
センも当惑を見せているアリカ、チヒロ、気まずい展開を感じているイリーナを退けた。そしてクサナギの切っ先を、二刀の太刀を構えたミドリに向ける。
「セン、大丈夫かな・・・?」
「アスワド・・聞いたことはあるよ。体はサイボーグだし、戦闘能力も高い。でもお兄さんなら・・・!」
近くの物陰に隠れたアリカたち。アリカが口にした言葉に、チヒロがセンへの信頼を告げる。
互いを見据え、先手の機会をうかがっているセンとミドリ。相手の出方に合わせて迎撃しようとするセンと、クサナギの力を見計らっているミドリ。
しばしの沈黙が続き、静寂がこの場を支配したかに思えてきた頃だった。
センとミドリが同時に飛び出した。クサナギと刀の1本が激しくぶつかり合う。
その痛烈な衝撃に顔を歪めるセンとミドリ。そこへミドリがもう1本の刀を振りかざす。
「ちっ!」
センは舌打ちをして後退し、ミドリの追撃をかわす。距離を置いて着地し、センはミドリを見据える。
「女のくせにやるじゃねぇかよ。まさか何か仕込んでじゃねぇよな?」
センが挑発を言い放つが、ミドリは不敵な笑みを崩さない。
「破邪の剣は我らの再興に絶対的な礎となる。ガルデローべに置くわけにはいかぬ。」
「ガルデローべは関係ねぇ。こいつは誰にも渡すつもりはねぇ。」
「フン・・ならば強硬手段もやむなし・・クサナギ、貰い受ける!」
言い放つミドリの左手の甲に付けられた宝石が起動する。体内のナノマシンの制御をつかさどる「REM」である。
REMはGEMを解析してアスワドが作り出したもので、ナノマシンの活性化と戦闘能力の向上を引き起こす。だが完成度はGEMには至っておらず、欠点や問題点がいくつかある。
「ナノマシン活性化開始。ブースト限界まで300秒・・」
ミドリの呟きと同時に、REMがカウントを開始する。
「いでよ!鋼の牙、顎天王(ガクテンオー)!」
彼女の呼びかけの瞬間、上空の空間が歪み、サイの姿を思わせる紅の怪物が姿を現した。
「スレイブ・・・!?」
「顎天王を甘く見るな。」
眉をひそめるセンに、不敵に言い放つミドリ。顎天王が咆哮を上げながら、頭部の角をセンに向けていた。
「だったらこっちもつまんねぇマネはしねぇほうがいいな・・一気にケリを付けてやる・・・!」
センが低い声音で言い放つと、クサナギを構えて顎天王を見据える。短時間で決着を付けたかった緑は思わず笑みをこぼしていた。
「あの構え・・・ストリウム・ランスエッジ・・・!」
センの構えを見てアリカが呟き、チヒロとイリーナも固唾を呑む。
センの握るクサナギの光刃がさらなるエネルギーを放出する。ミドリもセンに対して全力の勝負を挑む。
「行くぞ・・顎天王、吶喊!」
「ストリウム・ランスエッジ!」
ミドリの駆る顎天王と、光刃を振りかざしたセンが同時に飛び出した。最大出力で突進する2つの刃が、激しい轟音を轟かして周囲を揺るがした。
その頃、ナツキはある事件について検索、調査を行っていた。生徒からの報告を耳にしたのがきっかけだった。
パソコンのデータ、保管していた報告書などを照らし合わせながら、調査を続けるナツキ。そして彼女は求めていた答えにたどり着くと、その内容に驚愕を覚えた。
「これは、まさか・・・!?」
彼女の眼に飛び込んできたもの。それはヴィントブルームにたどり着く以前のセンとその詳細だった。
そしてその件に関する報告をしたのは、チヒロに対する策をセンに見破られたトモエだった。
次回
「お前、まだあのときのことを気にしているのか・・?」
「どういうことなんですか、これは!?」
「セン・フォース・ハワードを拘束しろ!」
「逃げて、セン!」
「シズルお姉さまを傷つけたあなたを、私は許さない・・・」