舞-乙HiME -Wings of Dreams-
11th step「カタシ・エージ・ボガード」
ガルデローべの生徒たちを圧巻させたシズルと謎のオトメの舞闘。結果制限時間いっぱいとなり、両者引き分けに終わった。
2人とも肩の力を抜き、互いの相手を見つめる。挨拶を終え、すれ違うところで、シズルがオトメに小声をかけてきた。
「こんなとこに顔見せてくれたんどすか、カナデさん・・」
「・・気付いていたのね。さすがね、シズル・ヴィオーラ・・」
シズルの声にオトメが落ち着いた口調で返す。
「積もる話は別の場所にしようか。ここは少し騒がしいからね。」
「そうやね・・」
「今度はあなたの本当の力、見せてもらうわよ。嬌嫣の紫水晶としての力を。」
2人だけの会話を終え、シズルとカナデは舞闘場を後にした。
「どうだった、初心に帰ってみた感想は?」
特別更衣室に戻ってきたシズルを、ヨウコが優しく語りかけてきた。素顔と髪を隠していても、ナノマシンのエネルギー数値を感知しているヨウコには、誰がどこにいるのか筒抜けだった。
「ウフフ、楽しませてもらいましたわ。いろいろと・・」
「いろいろ?」
ヨウコが眉をひそめるが、シズルは気にせずに更衣室に入る。
「ところで、1つ気になることがあったんだけど。」
「気になること?」
真剣な口調で声をかけてくるヨウコに、シズルは顔色を変えずに聞く。
「仮面舞闘会に賛参加したオトメの中に、ガルデローべの生徒以外の人が、あなたの他にいたのよ。」
「うち以外に?」
その言葉にシズルが疑問の声を返してみせる。しかし彼女はそれがカナデであることに気付いていた。
「その人は体内のナノマシンをオトメのものに変化させて、GEMやローブに順応させていたみたいなの。侮れないスパイが忍び込んだものね。さっきあなたが相手をしたオトメよ。」
「それやったら、心当たりがありますわ。」
驚きを見せずに答えるシズルに、逆にヨウコが驚きを見せる。
「ナツキには、少ししてから伝えてもらえます?ちょっとお話したいんで。」
着替え終わったシズルは、ヨウコに告げてから更衣室を出て行った。ヨウコは彼女の言葉を受け入れて、少し間を置いてからナツキへの連絡を入れた。
未だに賑わいと興奮の収まらないガルデローべ。その傍らの森の中に、シズルは1人やってきた。
森は人気がなく静かだったが、彼女はその中に潜む影を察知していた。
「約束どおり、改めてお話しましょうか。かくれんぼの時間はおしまいどす。」
シズルが淡々と呼びかけると、1人の女性が姿を見せてきた。オトメに成りすましてガルデローべに入り込んできたカナデである。
カナデは先ほどのオトメの正装ではなく、非常にラフな普段着を着ていた。宮廷や城に入るにはあまりにも場違いな格好である。
「ここならお互い、顔を見せ合ってもいいわね・・本当に久しぶりね、シズル。ガルデローべの卒業試験以来かしら・・」
カナデがシズルに向けて妖しい笑みを見せる。だがシズルは全く物怖じしていない。
「まさかあなたが、またこうしてここに現れるとはね。そうやね。近いうちに同窓会でも開かなあかんかな?」
「いつまでもクラスメイト感覚で話をしないでもらいたいわ。私がここに来たのは、シズル、あなたをしとめることよ。」
カナデは言い放つと、シズルに鋭い視線を向ける。
「あなたと私は同期で、コーラルでもパールでも1、2を争っていた。トリアス内でもけっこう意見を交わしていたよね。でも必死に努力してきた私と違って、あなたはあまり努力を見せていなかった。踏破試験でも、ハルカに荷物運びやら料理やら、全部押し付けてたらしいじゃないの。」
カナデが苦笑気味に言ってのける。しかしすぐに彼女から笑みが消える。
「だけど最後は、努力した私はオトメになれず、あんなあなたはオトメになり、結果五柱の1人として活躍している。そんな不条理が許されるはずがないわ・・」
「あんまり感心できまへんなぁ。それでうちを倒そうというん?」
カナデの言葉にシズルが呆れた反応を見せる。その答えがカナデの感情を逆撫でする。
「ずい分な口を叩くじゃないの。夢を絶たれた私の前で、あなたはのうのうとオトメの舞を見せている。」
「それはずい分な逆恨みどすなぁ。たとえオトメになれなかったとしても、いい仕事に就くことだってできたはずですわ。それなのにアンタは・・」
カナデが臨戦態勢を取ると、シズルは左手をかざす。
「先ほどの続きをするのも悪くないわね・・今度は真剣勝負よ、シズル。」
カナデが構えを取るが、シズルはローブをまとおうとはしていない。
「早くマテリアライズしなさい。それとも、その姿で勝てるっていう自惚れのつもり?」
「素手の相手に、あんまり本気を出すのは忍びないと思いましてな。」
「その心配は無用よ。遠慮せずに本気を見せなさい。」
「せやったら、遠慮はなしで・・」
シズルは本気になることを決意し、髪をかき上げる。
「マテリアライズ!」
彼女の呼びかけで紫のGEMが起動すると、彼女に紫のローブをまとわせる。そして彼女は長刀のエレメントを手にして、カナデを見据えた。
「オトメの力は世界で高く評価されとるんは、アンタも分かってるさかい。それでも丸腰で戦うつもりなん?」
「丸腰かどうか、すぐに分かるわよ・・・」
シズルの忠告に、カナデは淡々とあしらう。するとシズルはエレメントを振りかざし、カナデに向かって飛びかかる。
振り下ろされた長刀の刃だが、カナデはそれを右腕で簡単に受け止めていた。眼を見開くシズルが、カナデのその腕が金属質に変化していることに気付く。
「私の中にあるナノマシンは、私の体の形や質を金属的に変化させることができるの。いくら五柱のマイスターオトメでも、生半可な攻撃は通用しないと覚悟したほうがいいわよ。」
不敵な笑みを浮かべるカナデ。金属の腕と長刀の刃が弾かれ、カナデとシズルが間合いを取る。
「久しぶりに本気で舞えますね。それじゃ、行きますえ。」
シズルがカナデに対し、全力を出すことを決意する。その彼女の姿にカナデも笑みをこぼしていた。
ギターによる独奏を行い、夢について問い詰めたカタシ。彼の視線は、困惑を隠せないでいるセンに向けられていた。
「そういえばお前も、ギターやってたっけか?」
カタシが問いかけるが、センはぶっきらぼうな態度を見せるだけで何も答えない。
するとカタシは、持っていたギターをセンに渡そうとする。
「たまにはやってみたらどうだ?オレ、いっぺんお前が弾くのを聞いてみたいんだ。」
「言ってくれるじゃねぇの。今のオレは、テメェほどうまくねぇよ。」
「それでもいいから。こいつにお前の気持ちを、夢を込めりゃいいんだから。」
カタシの言葉にセンはため息をつく。
「お前はまだ夢を捨てちゃいない。あのギターのように、心のどっかに放り出してるだけなんだ。」
「フン。そこまでやってほしいなら仕方ねぇな。」
センはふてくされながら、カタシからギターを受け取る。そして弦に指を当てた。
カタシが弾いたものとは違う曲だが、アリカ、二ナ、セルゲイ、マリア、そしてカタシの心に響かせるものだった。センは奏でるこの曲に、今の自分の心境を込めた。
彼はハワード家にいた頃、双方の親に内緒でカタシからギターを教えてもらったことがあった。そこからギターのノウハウをある程度覚えたが、飽きっぽさのためにすぐにやめてしまった。
しかしカタシが見た限りでは、センはギター演奏の飲み込みも早く、長続きしていれば必ず夢の実現につながったはずだと思っていた。
やがて曲を弾き終えたセンが一息つく。彼の奏でた音色に、アリカは完全に魅了されていた。
「こんなオレでも、いつの間にかこんなに弾けちまってたってことか・・・」
未だに困惑の色が抜けないまま、センは小さく呟いた。そしてカタシに視線を向けると、彼にギターを突き返した。
「やっぱ、オレの趣味じゃねぇよ。テメェのほうがうまい。それでいいだろ・・」
そういうとセンはカタシたちに背を向ける。夢に対する葛藤にさいなまれているセンに、カタシは何も言えないでいた。
「ひとつでもできるものがあるなら、やっぱりそれを追いかけたほうがいいと思うよ・・」
そんなセンを呼び止めたのは、彼の曲に心打たれたアリカだった。センは足を止め、彼女に振り向かずに話を聞く。
「私たちにはオトメっていう夢がある。センにだって、必ず夢があるはずだよ・・・!」
アリカの悲痛な呼びかけに、センは答えようとしない。
「私は信じてる。センが必ず夢を見つけて、実現することを。」
「アリカ・・・勝手にしろ。オレがどうなることでもねぇ・・・」
切実な心境のアリカに、センは突き放すような言葉を返した。
そのとき、2つの人影がアリカたちの前に飛び込んできた。戦いを繰り広げているシズルとカナデである。
「シ、シズルお姉さま!?」
二ナがシズルの登場に驚きを見せる。シズルは体勢を立て直し、不敵に笑っているカナデを見据えている。
「カ、カナデ・・!?」
マリアがカナデの登場に驚きを感じていた。彼女の声にカナデが軽く一礼してみせる。
「お久しぶりです、ミス・マリア。まさかこんな形で、あなたとお会いすることになってしまうとは・・」
淡々とした態度で挨拶するカナデ。マリアは落ち着きを取り戻し、彼女に呼びかける。
「これはどういうことなのですか?カナデ・エリザベート、あなたはオトメとしての夢を絶たれ、ガルデローべを去った後、行方が分からなくなっていましたが・・」
「そう。確かに私はマイスターになりきれず、学園を去った。でもそれから私は、オトメとは別のナノマシンの力を得たのです。」
カナデはマリアにそう告げると、視線と右手をシズルに戻す。
「アリカさん、二ナさん、あなたたちはセルゲイさんを!」
「分かりました、お姉さま!」
シズルの指示に二ナが答える。アリカも二ナに続いて、セルゲイのそばに駆け寄る。
「これはどういうことだ?テメェは誰だ?」
カナデの前に、クサナギの柄を握り締めたセンが前に出てきた。
「あなたがクサナギの持ち主、セン・フォース・ハワードですね?私はカナデ・エリザベート。ガルデローべのOG、シズルと同期よ。」
彼に対してカナデが妖しい笑みを浮かべて自己紹介をする。するとセンが苛立ちを見せる。
「胸くそワリィ口を叩きやがって、ブッ潰すぞ・・!」
「ウフフ。かわいい坊やねぇ。そのクサナギ、いただかせてもらうわよ。」
妖しい笑みから一変、カナデが鋭い視線を向ける。右手を金属の刃に変えて、センに向かって飛びかかる。
センは即座にクサナギの光刃を出現させ、振り下ろされた刃を受け止める。金属質の音が2つの刃から響き渡る。
「さすが破邪の剣といったところね。私の攻撃を簡単に受け止めるなんて。」
不敵な笑みを見せるカナデを、センが力任せに突き放す。後退し、彼との距離を取るカナデ。
「テメェ、誰だ?人間じゃねぇな?」
「アッハハハハ。私はれっきとした人間よ。といっても、こんな姿を見せちゃ信じるはずないわよね。」
センの声にカナデが苦笑を浮かべる。彼女は彼らに右手を見せる。
「私の中には、オトメとは違う種類のナノマシンがインストールされているわ。それも、世界的に危険視されているもののね。」
その右手が変化し、再び刃へと変形する。
「それは体の形を変えるもの。でもこのナノマシンはまだ未完成で、私でも体の一部を変えるだけ・・それでもあなたたちを制圧することはできるわ。」
カナデはその刃を鞭のように振るい、センを狙う。身構えるセン。そこへシズルがエレメントを振りかざし、その刃を鞭のように振りかざしてきた。
2つの刃が絡み合い、このまま引き合いへと持ち込まれる。慄然とするシズルの見つめる先で、カナデが笑みをこぼす。
「そういえば私の相手はあなただったわね、シズル。」
「あんまり他に気、取られてると、痛い目見ますえ。」
シズルも小さな笑みを見せ、2人が互いに刃の切っ先を向ける。そこへセンがクサナギを振りかざして前に立ちはだかる。
「コイツの相手はオレだ。攻撃されて黙って見ているつもりはねぇ。」
「彼女のことはうちがよく分かってはります。せやからうちが相手をします。」
センの言葉に対しても、シズルは引こうとはしない。それでもカナデを見据えていることは同じだった。
「私はどちらでも構わないわよ。どちらから来ても、同時に来ても。2人がかりのほうが、私としては楽しめていいんだけど?」
「なめてんじゃねぇぞ、テメェ!」
センが先にカナデに向けて仕掛けてきた。右肩を突いたはずだったが、金属となったカナデの肩は光刃を完全にさえぎっていた。
(チッ!やっぱ普通にやってたらキリがねぇな・・!)
センは毒づきながら、再びカナデとの距離を取る。そこへシズルが飛び込み、カナデに長刀を振りかざす。
2人の刃が二撃三撃と入り乱れ、周囲を踏み込ませる隙さえも与えない。その中でセンは、クサナギの光刃の威力を増大させていた。
「巻き添え食らっても知らねぇぞ!」
言い放つセンにシズルが微笑み、カナデが眼を見開いた。カナデはクサナギのエネルギーが強大に高められていることをつかんでいた。
「ストリウム・ランスエッジ!」
シズルが攻撃を中断して間合いを取ろうとした瞬間、センがカナデに向かって飛び込んできた。威力を最大限に高めた光刃が襲い、カナデが金属に変えた右腕を広げて鉄の盾にして防ぐ。
しかし研ぎ澄まされた光刃は、その鉄の盾に亀裂を生じさせた。危機感を覚えたカナデが後退を余儀なくされる。
シズルとセンから距離を取って着地するカナデ。右腕は腕の形に戻っていたが、金属から戻らず亀裂が入ってしまっていた。
「まさか私のナノマシンの力が、ねじ伏せられるなんて・・・」
傷ついた腕を見つめて、カナデが小さく呟く。そしてシズルとセンに視線を戻す。
2人の横には、彼女を見据えているアリカと二ナの姿があった。
「私たちは、こんなところで負けるわけにはいかない!」
二ナがカナデに対して言い放つ。するとカナデは不敵な笑みを浮かべる。
「少し自分を過信していたようね。今回はここで退散させてもらうわ。でも覚えておきなさい。私はこれからもあなたたちを狙うわよ。シズルも、クサナギも。」
そう言い放つと、カナデは飛び上がってセンたちの前から姿を消した。敵意が消えたことで、シズルたちが肩の力を抜く。
「カナデさん、かなり強力なナノマシンと力を手に入れましたね。」
未だに笑みを崩さないでいたが、シズルはカナデに脅威を感じていた。オトメであることを完全に捨て去り、人間であることさえも切り捨て、自分の目的のためにオトメたちを狙ってきたのだ。
「お姉さま、お怪我はありませんか・・!?」
二ナがシズルに駆け寄り、心配の声をかける。シズルは微笑んで二ナに答えると、彼女も安堵の笑みを浮かべた。
「ところで、カタシさんとセルゲイさんは?」
「お養父様は、カタシさんのそばにいます。自分がそばにいるから、センさんとお姉さまのところに行けって・・」
「そうどすか・・あの人はえらい心配性やからな。うちやセンさんのことが気になったんやろな。」
二ナの説明を聞くと、シズルは含み笑いを浮かべてみせる。しかし彼女はすぐに笑みを消して真剣な面持ちに戻る。
(これはナツキへの連絡は必死やな。何か、とんでもないことが起きそうやな・・・)
これから起こる事態に、シズルは少なからず不安を感じていた。
彼女の一抹の予感をよそに、パーティーは滞りなく終わりを迎えたのだった。
シズルとセンの攻撃に撤退し、ガルデローべの外に退散してきたカナデ。着地した彼女の前に、彼女の仲間である男が姿を現した。
「ずい分派手にやられたようだな、カナデ。」
「今回は小手調べよ。シズルだけじゃないわ。ガルデローべには、強いオトメたちが集まっているようね。」
皮肉を言ってのける男に、カナデが不敵な笑みを浮かべて答える。
「そうか。だがまだ勝算があるという言い草だな。だが、私にもそろそろ出番をよこしてもらおうか。」
「それは構わないけど、シズルとクサナギという手柄まで横取りしないでちょうだいね。」
念を押すカナデに、男は笑みを浮かべて頷く。
「宴は今宵で仕舞いだ。次は暗黒の舞を披露してもらおうか。このヴィントブルームを舞台として。この私、ギースの演出でな・・」
男、ギースがカナデに代わり、オトメに対する策略を開始しようとしていた。
次回
「吸血鬼が出たって!?」
「ガルデローべに内紛を起こし、混乱を引き起こす。」
「何なのよ、あなたたちは!?」
「相手がエルスちゃんたちじゃ戦えないよ・・・!」
「あたしらのシマで、ずい分ナメたマネしてたじゃないの・・」