舞-乙HiME -Wings of Dreams-
10th step「二ナ・ウォン」
「仮面舞闘会!?」
チグサとイリーナの話を聞いたアリカが驚きの声を上げる。
ガルデローべでは様々な厳しい講義や舞闘が行われる。だがその息抜きの意味を込めて、いくつかのイベントが設けられている。
そのガルデローべの主催で小さなパーティーが行われる。その中の企画として、特殊な志向の舞闘の話が持ち出されたのだった。
「もちろんGEMはそのとき専用のものを使うことになるんだよ。階級が分かっちゃうと仮面の意味がなくなっちゃうってのが大きな理由みたいだけど・・」
チグサが期待に胸を躍らせながらアリカに説明する。
「今回は少し早いハロウィンパーティーらしいんだって。みんなどんな格好になるんだろうねぇ。」
「うわぁ・・何だか面白そうだなぁ。でも、その専用のGEMって、どういうのなの?」
アリカも喜びをあらわにしながら、イリーナに詰め寄ってくる。苦笑いを見せながらもイリーナは続ける。
「初心に戻る意味も込めまして、私たちのコーラルローブをちいっとばかり改良したものを使うらしいのよ。」
彼女の言葉にアリカは満面の笑みを見せて喜ぶ。その傍らで二ナは無関心を装い、他の生徒たちもいろいろな様子を見せていた。
ハロウィンという形で盛り上がりを見せるパーティー。しかしマリアは腑に落ちない面持ちでいた。
「私には理解しかねます。この時期、オトメたちが全力を注ぐとき。このような戯れをしているときでは・・」
「この時期だからこそいいんだ。」
マリアの言葉に、ナツキが微笑みながら答える。
「みんな厳しい授業や試験で疲労もたまっているだろう。その合間の息抜きをさせてやるのも、彼女たちのためだ。」
「とか何とか言って、ほんまはナツキがしたかったのとちゃいます?」
そこへシズルの声がかかり、ナツキの髪に何かを挿した。仮装で使われる犬の耳の付けものである。
「シズル・・!」
「冗談どす。」
ムッとしながら犬耳を外すナツキに、シズルは満面の笑みを見せる。
「けっこう面白いことを考えるもんだな、なっちゃんは。」
そこへ気さくな態度を見せるカタシが声をかけてきた。彼はいつの間にか、この学園長室に入り込んでいた。
「だからなっちゃんと呼ぶな。それに、部屋に入るときはノックをするように。」
ナツキがさらにムッとしながらカタシに言いかける。
「いやはや、中が楽しそうな雰囲気だったもんで、邪魔しちゃ悪いと思いまして。」
「そういうカタシ殿は、ここで油を売っていてよろしいのですかな?」
ナツキのからかうような言葉に、カタシは一瞬眉をひそめる。しかしすぐに気さくな笑みを浮かべる。
「殿下がこことヴィントブルームの様子を見に行って来いって。マシロ女王なら、センとかいるから大丈夫だって言ったんスけど、全く聞く耳持たない感じで・・」
「あの殿下を相手にするのも、骨が折れるということか・・」
彼の言葉を受けて、ナツキがため息混じりに答える。
そのとき、彼の眼に1つのギターが眼に留まった。他国から送られてきたものだが、ここにいる誰も使わないまま、放置同然にこの部屋に置かれていた。
「へぇ、ギターじゃないか。懐かしいなぁ。」
カタシが心を躍らせながら、そのギターに近寄って手にする。そしておもむろに弾いてみる。
彼は軽やかで思いやりの感じられるメロディが、彼の弾くギターから響き渡る。そのメロディに、ナツキもシズルもマリアも安らぎを覚えていた。
しかしカタシは曲の途中で弾くのをやめる。その行為にナツキが眉をひそめる。
「ワリィ。久しぶりなんであんまり調子よく弾けなかったッス。」
「そうか?その割にはなかなかのものだったと思うが・・」
一息つくカタシに、ナツキが戸惑いながら答える。しかし彼女はすぐに落ち着きを取り戻す。
「ともかくその腕前・・以前にやっていたようだが・・」
「・・・オレにも夢があったんだよ・・」
カタシは物悲しい笑みを浮かべながら答えた。両親を亡くす前まで追い続けていた夢がギターであることは、マリアは以前に彼から聞いていた。
ガルデローべで開かれるパーティー。それはヴィントブルームの要人たちにも伝わっていた。もちろんマシロの耳にも。
「おおっ!それは面白そうではないか!」
マシロが今にも躍り出そうな勢いでアオイに声をかける。しかしアオイの顔に笑みはなかった。
「ダメですよ、マシロ様。まだ書類が残っているんですからね。片付けるまでは許しませんからね。」
「ブーッ!アオイのケチー!」
アオイの言いつけにマシロがふくれっ面になる。その傍らで、センが憮然とした態度を見せている。
「やるべきことを済ませちまえばいいだけのことだろ。だったら、さっさと済ませちまえよ。」
「・・わ、分かっておるわ、そんなこと!」
センの言葉にマシロが吐き捨てるように言い放つと、そそくさに書類に手をかけ出した。その様子を見て微笑んだアオイが、視線をマシロからセンに移す。
「センさんはパーティーに参加しないのですか?チヒロさんも顔を出すのでは?」
「オレは群れるのも、にぎやかなのもゴメンだ。アイツならガルデローべのオトメたちがいるだろ。」
アオイの呼びかけにセンはぶっきらぼうに答える。するとアオイはどこから持ち出したのか、猫耳の被り物を取り出した。
「たまにはお兄さんらしいところを見せたほうがいいです、よ!」
言いながらアオイはその猫耳をセンに被せた。センは苛立ちをあらわにすると、その猫耳を取り外して床に叩きつける。
「ふざけたマネすんな!オレはガキの遊びに付き合うつもりはねぇ!」
憤慨したセンは、そのまま部屋を飛び出してしまった。冗談が通じなかったと、アオイは沈痛の面持ちを浮かべていた。
憤慨を抱えたまま部屋を飛び出したセン。王城の廊下の真ん中で、彼は幼い頃の自分を思い返していた。
幼い頃は彼も探究心を働かせていた。パーティーにも関心を持ち、眼を欠かさない心境だった。
しかしハワード家はそれを許さず、センは普通の子供と同じ幸せを感じることはできなかった。
厳格の中に潜む重い十字架を背負わされたため、センは自由の身になったにも関わらず、彼は自由に飛び込むことに抵抗を感じていたのだ。
「気晴らしに行ってみてはいかがですか?」
過去を思い返しているセンに、通りがかったサコミズが声をかけてきた。
「マシロ様の護衛の任務としてなら、気をとがめることもないでしょう。マシロ様のために、チヒロさんのために、あなた自身のために・・」
「・・・ケッ!仕方ねぇな。アイツの護衛としてじゃ、行くしかねぇってわけかよ・・」
微笑むサコミズの言葉に、センは愚痴をこぼしながらも、ヴィントブルームに向かう準備に向かった。
しかし身支度を整えても、未だにマシロの書類処理が終わっていなかったため、センは街に赴くことにした。
街は平和を思わせるようなにぎわいを見せていたが、彼にとってその騒がしさが不快に思えた。この群集の中で、彼の心は当てもなく彷徨っていた。
そんな彼の前に、1組の男女が姿を見せた。アカネと、彼女と親しい間柄にあるカズヤ・クラウゼクである。
オトメは体内のナノマシンの性質上、恋愛が禁止されている。しかもアカネの出身国のフロリンスとカズヤの祖国のカルデアの仲は険悪である。それでも2人は、互いを想い合う気持ちを捨てきれず、都合が合う時間にはこうして2人の時間を楽しんでいるのだ。
そんな2人の姿を、センは不快には思えなかった。彼はこのまま2人を見守ることにした。
とある広場の脇にある林の中に足を踏み入れたアカネとカズヤ。人目につかないところを選んだ結果だった。
「アカネちゃん、僕は・・・」
「分かってる、カズくん。私はカズくんと一緒にいられるこの時間が、1番幸せだから・・・」
戸惑うカズヤに、アカネが優しく微笑みかける。しかし彼女はすぐに笑みを消す。
「でも、私はオトメという夢も捨てることができない・・・カズくん、私・・・」
「いいよ、アカネちゃん。アカネちゃんの夢なんだ・・だけど、僕はそれでもアカネちゃんのことを・・・」
「カズくん・・・」
互いへの想いの導かれるまま、ひかれていくアカネとカズヤ。そのとき、人の気配に気付いたアカネがセンに振り向いた。
「あ、あなたは・・・」
センの登場にアカネが困惑を見せる。センは照れくさそうな素振りを見せながら、2人に声をかける。
「パールNo.1のアンタにしちゃ、らしくねぇんじゃねぇのか・・?」
ぶっきらぼうに言いかけるセン。カズヤが戸惑いを見せているアカネの前に立ち、センを見据える。
「アカネちゃん、彼は・・?」
「カズくん・・この人はセン・フォース・ハワードさん。チヒロちゃんのお兄さんで、今はマシロ様の護衛をしているわ。」
カズヤの問いかけにアカネが答える。センは2人から視線をそらす。
「テメェらがどうしようとオレには関係ねぇ。けどいいのか?テメェらのそんな姿を見たら、他の連中が黙っちゃいねぇんじゃねぇのか?」
センの言葉に、アカネもカズヤも答えることができなかった。
「確かオトメってヤツには、道は1つじゃねぇって聞いてる。このままオトメの道を選ぶか、恋ってヤツを選ぶか。」
「それは・・」
「テメェには選ぶことが十分できる。テメェにはそれだけの力があるんだからな・・いざとなりゃ、そいつのオトメになるって手もあるしな。」
「えっ!?わ、私が、カズくんのオトメに・・・!?」
センの淡々とした口調での言葉に、アカネがカズヤの顔を見て思わず赤面する。センはきびすを返し、2人に背を向けてから続ける。
「オレはテメェらと違って、地位も名誉もねぇからな・・・」
(ハワードのそれらなんか、もう過去の栄光でしかねぇんだ・・・)
センは忌まわしき過去を再び思い返していた。ハワードを出て行く前の栄光は、今の彼にとっては見せかけだけのものであり、何の意味もないものでしかなかった。
彼はそれを口にせずに、アカネとカズヤに小さく笑みを見せてからこの場を後にした。
そしてその夜、ついにパーティーは始まった。
普段は凛々しく毅然としているオトメたちも、安らぎのひと時を過ごしていた。中にはハロウィンを思わせる仮装を着飾ったり、談話や食事を楽しんだりしていた。
そしてアリカやチグサはテーブルに並べられた料理に手を出していた。
「こういうイベントの時間が、私の1番の幸せの時間かもー♪」
チグサが満面の笑みを浮かべて喜びを振りまいていた。アリカも満足げに微笑んで頷いていた。
「いくらパーティーだからって、少しはしたないわよ。」
そんな2人に、二ナが落ち着いた態度で注意を入れる。するとアリカが含み笑いを見せる。
「もう、二ナちゃんったら、ホントは楽しみたいくせに♪」
「ああっ!」
アリカが二ナの背中を指で撫でると、二ナがハレンチな声を上げる。彼女はくすぐられることに弱く、それを知ったアリカによくくすぐられることがあるのだ。
「ほら。二ナちゃんも笑って、笑って♪」
「アーリーカー!」
満面の笑顔を見せるアリカに、二ナが眼をつり上げて突っかかってくる。慌てて逃げ出すアリカを二ナも追いかけ、その様子を見てチグサ、エルスティン、イリーナも笑顔を浮かべていた。
そんな彼女たちの様子を、人気のないところから見守って微笑んでいるオトメがいた。ナオである。
にぎやかなのが苦手な彼女を見つけて、チヒロが近寄ってきた。気付いたナオがチヒロに振り向く。
「アンタは一緒にいないのかい?」
「チグサがいるからイヤなんですよ。ナオお姉さまだって、シホお姉さまと一緒だと気分悪いでしょう?」
ナオの問いかけにチヒロは淡々と答える。チヒロの答えにナオも納得の素振りを見せる。
「まぁ、こういうにぎやかなのもいい気分じゃないんだけどね。そういえば、ヴィントブルームの女王の護衛で、アンタのお兄さんが来てるってさ。」
「お兄さんが、ですか!?」
ナオの言葉にチヒロが血相を変えて笑顔を見せる。
「予定変更です!私、すぐにお兄さんのところに行ってきます!」
ナオに一礼すると、チヒロはそそくさに駆け出していった。彼女の姿を見送って、ナオは微笑を浮かべていた。
その頃、舞闘場では仮面舞闘会が始まろうとしていた。ヨウコの指示の下、オトメたちは専用のGEMを身につけ、仮面をつけて舞闘に臨もうとしていた。
「まさかあなたが参加するとは・・」
ヨウコが専用GEMをつけている相手、シズルに関心の声を上げる。
「ちょっと生徒さんを驚かせようと思いはりまして。それに初心に帰るのも悪い気分ではあらしまへんし。」
するとシズルは笑みをこぼす。しかしヨウコはため息混じりに呆れていた。
「バレたら大騒ぎよ。ナツキさんもビックリ間違いなしね。」
「そんときはそんときどす。今は楽しむことだけを考えますえ。」
心配するヨウコだが、シズルはそれでも笑みを絶やさなかった。仕方なくヨウコは、シズルの舞闘会の参加を認めてGEMをつけることにした。
その間にも、会場では舞闘が行われていた。仮面の中に素顔も髪も隠したオトメたちが、自身の力の確認や、勝負を楽しむために舞を疲労していた。
そしてついにシズルの出番となった。だが仮面に素顔は隠され、彼女の登場に誰も気付いていない様子だった。
そんな彼女の相手として、1人のオトメが立ちはだかった。そのオトメはシズルに手を差し伸べ、握手を求めてきた。
「どちらの方かは分かりませんが、よろしくお願いしますね。」
「こちらこそ、よろしゅう。」
そのオトメの手を取るシズル。そこで彼女が、オトメが笑みをこぼしていることに気付く。
「お久しぶりね、シズル・ヴィオーラさん。」
「あなたは・・・」
小声で語りかけてきたオトメに、シズルが眉をひそめる。しかしあえてそれを気に留めず、舞闘のために間合いを取る。
審判の合図で舞闘が開始され、シズルとオトメが同時に飛び込む。
今回使用されているGEMから展開されるエレメントは、コーラルと同じ棒である。双方の階級の差を見た目で判断させないという意味合いが込められている。
シズルとオトメの舞闘は、今までこの場で行われたものの中で最大レベルと呼べるほどだった。他の生徒たちが唖然となっていた。
(この人、なかなかやりますわ・・)
相手の力の強大さを認めて、シズルが笑みを浮かべた。
その頃、カタシは再びマリアと会っていた。本来はガルデローべのパーティーを聞きつけてやってきたナギの護衛のために来ていたが、1人で楽しみたいという彼の申し出を受け入れて、カタシは単独行動に出ていたのだ。
そこへ彼はマリアと対面していたのだった。
「このような戯れ、私は受け入れがたいのですが・・・」
「あなたならそう考えていると思いましたよ。」
淡々と告げるマリアに、カタシは苦笑いを浮かべながら答える。そして彼はおもむろにギターを手にした。学園長室に置かれていたものだ。
「なっちゃんやシズルさんの前では、調子がよくないって言ったけど、ホントはちゃんと弾けたんですよ。だけど、途中で昔の自分を思い返してしまうような気分になって・・」
カタシは過去からの辛さを思い返していた。追い求めた夢と争いでの悲劇にさいなまれそうで、不安を抑えきれないと無意識のうちに思っていたのだ。
「あなたになら、ちゃんと弾き切って見せられる。」
カタシはそういってから、ギターを弾き始めた。昼間にナツキたちに聴かせたものと同じ曲である。
今度は途中でやめようとはせず、きちんと奏でることを心がける。その音色にはカタシの夢に対する思いが込められていた。
やがて曲を弾き終わり、カタシは閉じていた瞳をゆっくりと開く。気がつくと周りにはマリアだけでなく、セルゲイ、アリカ、二ナ、マシロ、センの姿があった。
「カタシ、そいつは・・・」
センは戸惑いを覚えながらカタシに声をかける。するとカタシは小さく笑みを作る。
「路上でバカみたいに弾いてみたかった・・それがオレの夢だったんだよ・・・」
そしてカタシはセルゲイ、アリカ、二ナに視線を巡らせる。
「人には必ず夢を持ってる。君たちだってそうだろ?」
アリカと二ナに視線を向けて、カタシが優しく語りかける。
(お養父様のためにマイスターになる。それが私の夢よ!)
二ナは胸中で、オトメを目指す自分の決意を呟いた。しかしそれを声にはしなかった。
アリカはセルゲイに対して、少なからず想いを感じ始めている。彼の心と彼女の想いに当惑し、二ナは自分の気持ちを切り出せないでいた。
(オレにも、夢があるのだろうか・・・)
センも夢への気持ちと決意に戸惑い、その心は未だに虚無をさまよっていた。
次回
「こんなとこに顔見せてくれたんどすか、カナデさん・・」
「今度は真剣勝負よ、シズル。」
「私たちは、こんなところで負けるわけにはいかない!」
「お前はまだ夢を捨てちゃいない。あのギターのように、心のどっかに放り出してるだけなんだ。」