舞-乙HiME -Wings of Dreams-
9th step「ユキノ・クリサント」
ガルデローべの休日。チヒロはチエ、イリーナとともにエアリーズに戻ってきていた。チグサとの騒動で寮にて謹慎していた彼女だったが、ユキノとナツキからの特別許可を受けたのだった。
「久しぶりの故郷だね。いつ戻っても悪い気はしないよ。」
チエがエアリーズの街を見下ろしながら、大きく腕を伸ばす。チヒロとイリーナが苦笑いを見せながらも頷く。
「本当・・久しぶりですね、チエお姉さま・・・」
チヒロはすぐに物悲しい笑みを浮かべていた。彼女の様子にチエとイリーナも笑みを消す。
チヒロはエアリーズのユキノとハルカの保護を受け、助けられた。その恩に感謝し報いるために、彼女は目指している。
思いつめている彼女の肩を、チエが笑みを見せながら軽く叩いた。
「こんなところで立ち話も何だから、とりあえず歩こう。」
「・・・はい、チエお姉さま。」
チエの呼びかけにチヒロは笑顔を取り戻した。彼女の心が和んでいく様子に、イリーナも笑みを見せた。
チヒロ、チエ、イリーナはこのままエアリーズの官邸に到着した。その前で彼女たちを、ハルカが悠然とした様子で出迎えてくれた。
そして彼女たちはユキノの待つ大統領室にやってきた。彼女たちの到着に、ユキノも笑顔で迎えた。
「お待ちしていました、チエさん、イリーナさん、チヒロさん。」
ユキノが挨拶をすると、チエたちは一礼をする。微笑を見せるチヒロを見てから、ハルカが頷いてみせる。
「さぁて、前途多難の我が国のオトメの卵のご帰還よ。」
「それをいうなら前途洋洋だよ、ハルカちゃん・・」
ハルカの間違いにユキノが困り顔で訂正を入れ、チヒロとイリーナが苦笑いを浮かべる。
「と、とにかく!チヒロやみんながこうして顔を見せに来てくれたことは喜ばしいことであって・・!」
ハルカが必死に見解を述べようとするが、ユキノだけでなくチヒロやイリーナまで呆れさせる結果となってしまった。
ガルデローべ内にある霊廟(れいびょう)。そこでは真祖、フミをはじめとしたオトメたちの墓標があり、全世界の様々な歴史も禁書庫と呼ばれる場所に保管されている。
その入り口の前で、カタシは立ち尽くしたまま霊廟を見つめていた。彼の手には1つの花束があった。
「お墓参りですか?」
そこへマリアがカタシに声をかけてきた。カタシは彼女に振り向かずに頷き、そして答える。
「霊廟の中には入れない決まりだ。だからせめて、ここで弔いをさせてくれ・・」
カタシの言葉に、マリアは何も答えず、頷きもしない。
霊廟内の墓標は、今も多くのマイスターオトメが眠っている。その眠りを妨げることに対する配慮のため、霊廟はオトメや高貴の人間でさえ足を踏み入れることがはばかられる場所とされている。
その墓標の中には、「流水の透輝石」の異名を持つオトメ、モニカ・ユーレンも埋葬されている。マリアは学生だったときのモニカのお部屋係をしており、またモニカはカタシの祖母の幼馴染みでもあった。
しかし彼女は竜王戦争におけるオトメ同士の戦いの中でその命を散らし、マリアもその戦いを眼に焼き付けていた。
「直接の関わりはないものの、あの人にあなたも魅力を感じていたのでしたね。」
「正確にはばあさんがな。しつこいくらいにモニカさんの話を母さんやオレにしてくれてたからね。」
小さな笑みを浮かべるマリアに、カタシが笑みを見せて答える。
「初めて会ったときのあなたは、心に強い憎悪を宿していましたね。」
「そうだったな・・あのときのオレは・・・」
カタシは幼い頃の自分を思い返していた。戦争への憤りを覚えていたときの自分を。
14年前に起きたヴィントブルームの事件。何者かの襲撃を受けたこの事件で、かつての蒼天の青玉の持ち主であったマイスターオトメ、レナ・セイヤーズが消息不明となった。
当時、カタシとチグサたちの家族はかつてこのヴィントブルームにいた。しかしこの事件の騒動のさなか、彼らの両親は襲撃の犯人たちによって命を奪われた。
カタシとチグサは命からがら逃げ延びることができた。そして彼らはアルタイの保護を受けたのだった。
それから数日後、カタシは再びヴィントブルームを訪れていた。両親の死が信じられなかった彼は、その衝撃の場となった広場に来ていた。
既にいくつか花が添えられていた。しかしカタシはそれが不快に思えてならなかった。
もしもその光景を認めてしまえば、両親の死さえも認めてしまうことになると思ったのだ。心から許せなくなったカタシは、花のひとつを握りつぶそうとした。
「何をしているのです?」
そこへ1人の初老の女性が声をかけ、カタシは花を握りつぶそうとしていた手を止める。立ち上がって振り向き、その女性に振り返る。
「花も生きて、きれいに咲き誇っているのですよ。それを無闇に手にかけてはいけません。」
その女性、マリアが淡々とした口調で語りかける。しかしカタシは苛立ちのこもった面持ちを見せるばかりだった。
「いくらきれいに花が咲いても、人はまた吹き飛ばす・・・!」
その言葉にマリアは戸惑いを覚えた。戦争を目の当たりにしてきた彼女には、カタシが口にした状況が痛いほど理解できた。
50年前の竜王戦争では、多大な犠牲が生まれていった。家や草木ばかりでなく、多くの人々や、オトメたちの情や命さえも。
彼が今回の事件で大切な何かを失ったことは、マリアも理解することができた。
「あなたは強く生きていけるでしょう。あなたは争いの辛さを、その心身に刻み付けている。
「奇麗事はやめてくれ。アンタほどの人なら争いが、いいや、戦争がどういったものなのか分かってるはずだ・・こんな小さな事件よりも、被害は大きかったんだろ・・・」
カタシの言葉は、次第に争いに対する愚痴へと変わっていた。人は争うことで何かを勝ち得るが、それ以上に失うものが多い。彼もそれを身に染みて分かったと、マリアは思った。
「もしも竜王戦争が・・あんな戦争がなければ・・きっとモニカさんだって・・・!」
「モニカ、お姉さま・・・!?」
カタシの言葉に、マリアが始めて動揺を見せる。
「お姉さまを・・モニカ・ユーレンお姉さまをご存知なのですか・・・!?」
「直接は会ってないけど、ばあさんがよくモニカさんの話を聞かせてくれたんだ・・そういうアンタこそ、モニカさんの知り合いなのか?」
「お姉さまは、私がお部屋係をしていたお姉さまです。私の憧れの人でした・・・」
「もしかしてアンタ、ガルデローべの生徒だったのか・・・?」
カタシの問いかけに、マリアは静かに頷いた。するとカタシは憎しみを抑えて、笑みを浮かべた。
「後輩たちを、導いてやってくれ・・・」
「・・あなたも精進なさい。あなた自身のために、あなたの中にある何かのために・・・」
マリアの言葉にカタシは励まされた。これをきっかけに、彼は彼女を恩師として敬うことにした。
「始めはあんな反発的な出会いだったな・・・」
昔を思い返して、カタシが照れ笑いを見せる。
「それからアンタにはいろいろ世話になったよ・・厳しかったけど、優しかった・・・ありがとう、ミス・マリア・・」
カタシの感謝の言葉に、マリアは微笑んで頷いた。しかしカタシはすぐに笑みを消す。
「けど、やっぱ戦争はイヤだって気持ちは変わらない。オレは絶対に、戦争なんか起こさせるつもりはない・・・!」
「そうなればどんなにいいことか・・・」
争いを嫌うカタシに対し、マリアが笑みをこぼして皮肉を口にする。その言葉に、彼はあざけるような態度に感じて不愉快に思えた。
恩師としている彼女に対する彼のすれ違いは、戦争に対する見解だった。戦争の過酷さを実際に見ている彼女の見解にこれ以上の説得力はないが、彼はそれでも受け入れることに抵抗があった。
マリアに恩義は感じているが、カタシはその点だけは受け入れようとはしなかった。
チヒロたちオトメ候補たちの帰還に、ユキノは素直に喜びを感じていた。イリーナが小さな発明品を疲労して見せるが、設計どおりに機能せず、彼女は愕然となり、周囲は苦笑を浮かべていた。
「失敗と経験は成功への積み重ねよ、イリーナ・ウッズさん。」
落ち込んでいるイリーナに向けて声がかかってきた。シスカだった。
彼女の隣にはそのマスター、ドギーの姿もあった。彼もここでの様子に気さくな笑みを見せていた。
「まぁ、君は大物になる。この調子で精進することだな。オトメとしても発明家としても。」
ドギーが励ましの言葉をかけるが、イリーナには逆効果の様子だった。
「本当に、いいですね・・こうして私も笑っていられる・・・」
そこへチヒロが喜びを思わせる言葉を口にして、ハルカたちが彼女に眼を向ける。
「ユキノさん、ハルカさん、あなた方には、心から感謝をしています。あのとき、あなた方が手を差し伸べてくれたから、今の私があるんです。」
「チヒロさん・・・」
チヒロの言葉にユキノは微笑んで頷いた。兄と離れ両親を亡くしたチヒロは、ユキノとハルカをはじめとしたエアリーズの保護に、心からの感謝の意を抱いていた。その恩に報いるため、彼女はオトメを目指して努力を続けているのだ。
「まぁ、オトメの卵であるあなたたちはまだまだこれから。マイスターになっても同じことが言えるんだけどね。」
シスカも笑みを見せて同意する。
「そして私の人生もまだまだこれからよー!ドギーと一緒にお金を稼いで、リッチな幸せをこの手につかむのよー!」
彼女はお金への執着心を見せつけ、ドギーをはじめとした周囲が引き気味になっていた。
そこへ1人の女性が、慌しく大統領室に飛び込んできた。ハルカはムッとした面持ちで、前のめりに倒れこんできたその女性に声をかける。
「どうしたの、騒々しい。お客が来ているのよ。」
「も、申し訳ありません、ハルカ様!・・ですが大変なのです!」
女性の緊迫した様子に、ユキノも真剣な面持ちになる。
「じ、銃を持った男が銀行を襲撃して・・!」
「なぬっ!?銀行!?」
その報告に真っ先に驚きを見せたのはシスカだった。お金に眼のない彼女は、銀行襲撃は放っておけない事件としていたのだ。
「それで、その銀行ってのはどこなの!?」
「えっ!?・・エアリーズ総合銀行ですが・・・」
切羽詰る面持ちで問い詰めてくるシスカに、女性が圧倒されながらも答える。するとシスカは本能むき出しと言わんばかりの怒りの形相でドギーに詰め寄る。
「ドギー、認証を!」
「えっ!?」
突然の彼女の言葉にドギーが当惑を見せる。
「一階の兵士たちに任せてはおけないわ・・私自ら出向いて、エアリーズの鉄槌を下してやるわ〜・・・!」
国や正義のためではなく、お金のために行動しようとしている。そう思いながらも、ドギーはそれを口にすることができなかった。
「わ、分かった・・シスカ・ヴァザーバーム。霹靂の金水晶よ。ドギー・バウンディの名において、汝の力を解放する。」
ドギーはシスカのピアスの金色の宝石に口付けをすると、彼女は自信のある笑みを浮かべて大統領室を飛び出した。
「だ、大丈夫なんでしょうか・・・?」
チヒロが半ば呆れながら、小さく呟く。
「それでは、私たちも行きましょうか。」
ユキノはこの緊迫をものともせず、笑顔を見せて現場に赴こうとしていた。ハルカやチヒロたちも彼女に続いた。
エアリーズの商店街の脇にある総合銀行。そこでは一般の講座はもちろんのこと、世界的権威の人物の利用者も少なくない。
そこは今、突如やってきた武装集団の襲撃を受けていた。目的はもちろん銀行のお金である。
「ようし!このケースに入るだけ金を入れろ!」
集団のリーダーである中年の男が銀行員に銃を向ける。
集団は数人。銃だけでなく、バズーカ砲やバルカンを武装しており、警備員だけでは歯が立たなかった。
外で突入の準備を済ませている兵士たちだが、中にいる人々を人質にされることを恐れて、なかなか踏み込めないでいた。
やがてお金を積み終えると、集団はバズーカ砲を兵士たちに向けて撃ち込み、逃走路を開く。そして銃やバルカンを連射しながら、集団は車に乗り込んで逃走していった。
陣形を崩された兵士たちは、体勢を立て直すばかりで、すぐに追跡をすることができないでいる。
「大収穫だったな、へへ!次はもっとどでかいところを狙いたいところだけどな。」
リーダーが満足げに語りかけ、仲間たちも頷き合っていた。
そんな彼らの前を走る車の前に、シスカが立ちはだかっていた。
「な、何だ、あの娘は・・!?」
「構わず突っ込め。あんなとこに飛び込んでくるアイツが悪いんだ。」
集団の車たちはスピードを緩めることなく走り込もうとする。そこへシスカが指を突きつけて、高らかと叫ぶ。
「あなたたちの悪行三昧、霹靂の金水晶であるこの私、シスカ・ヴァザーバームが、正義の鉄槌を下してやるわ!」
シスカの叫びに武装集団が唖然となる。
「マテリアライズ!」
彼女の掛け声とともに、ピアスの石が光りだす。彼女の体を、金色に輝くローブが包み込む。
「霹靂の金水晶」の異名を持つシスカの舞の姿である。
シスカはエレメントの杖を手にして身構えると、杖から電撃がほとばしった。杖が媒体となって電気を放出し、砲撃に使用したり様々な形の武器に変化させることができるのだ。
電撃の形状を鎌に変えるシスカ。電撃の鎌を振りかざし、彼女は車のタイヤのみを切り裂いた。
タイヤを潰されて地面をこすりながら、車が停止する。武装集団が苛立ちをあらわしながら車から出てくる。
「コ、コイツ・・やってくれやがったな・・!」
リーダーがシスカに憤慨を見せ付けるが、他のメンバーは動揺を浮かべていた。
「ア、アニキ・・!」
「な、何だ、こんなときに・・!?」
「あ、あの女、エアリーズの霹靂の金水晶でっせ!」
部下の言葉にリーダーが愕然となり言葉を失う。シスカの異名は、彼らにとっても脅威だったのだ。
「思い出したようだけどもう手遅れよ。あなたたちは私に対する最大の禁忌を犯してしまったのよ。」
シスカが杖を集団に向けて不敵な笑みを浮かべる。しかし彼女はすぐに笑みを消す。
「それは、私がお金を預けている総合銀行を襲ったってことよ!」
シスカの表情が憤怒に彩られる。鎌にしていた電撃を収束させる。そのエネルギーを放出し、集団が乗っていた車の1台を破壊する。
「や、やばいぞ!とにかく逃げろ!」
危機感を覚えたリーダーが指示を仰ぎ、集団はシスカから逃げ出す。だがその先では、長身の剣を向けているドギーの姿があった。
「百鬼夜行をぶった斬る!ドギー・バウンディ、参上!」
ドギーが武装集団に向けて言い放つ。もはや逃げることも叶わないと悟った集団のメンバーは愕然となってその場に座り込むしかなかった。
そしてドギーの横にユキノが並び立ち、集団に言い放った。
「彼らの行った行為・・これは、平和を守るための正義です!」
それから武装集団は、エアリーズの市警によって連行された。街の平和はシスカによって守られた。
はずだった。
シスカが放った電撃が、街の建物のいくつかを損傷させてしまっていた。彼女はその修復費用を支払う羽目に陥った。
「ふえ〜・・わたしのしきんが〜・・・」
手痛い出費を余儀なくされて、シスカが涙眼になっている。迂闊に励ますと逆効果になりかねないと思い、ドギーは困り顔を浮かべるばかりだった。
「まぁ、オトメになってもいろいろなことがあります。あなた方の未来は、あなた方自身でお決めになってください。」
「は、はぁ・・」
ユキノの微笑みながらの言葉に、チヒロが当惑していた。シスカの姿を目の当たりにしては、今ひとつ説得力に欠けているように思えてならなかったからだった。
砂漠地帯に点在する岩場。その中のひとつに、2つの人影が点在していた。
「なるほどねぇ。これが破邪の剣なのね?」
男から2枚の写真を渡された女性が、興味津々そうに答える。
白い滝の流れのような水色の長い髪。男性だけでなく女性をも魅了しそうな長身とスタイル。彼女の名は、カナデ・エリザベート。
2枚の写真にはそれぞれ2本の破邪の剣、クサナギとミロクが写されていた。
「それを私たちで奪えと?」
「その通り。一方でも奪い取り、こちらに渡してくれれば、お前たちが望む見返りを提供することを約束しよう。」
カナデの言葉に男が不敵な笑みを浮かべて頷く。ところがカナデは含むような心境を振りまく。
「その件だけど、あなたが私にその用件を持ち出した時点で、その見返りはもらってるだけど?」
「ほう?それはどういったものか?」
カナデの言葉に男が聞き返す。するとカナデは微笑む自分の口元に指を軽く当てる。
「あのマイスターオトメと戦えることよ・・嬌嫣の紫水晶、シズル・ヴィオーラとね・・・」
「なるほど。お前はあのマイスターに対する因縁が・・・」
男が言いかけると、カナデは人差し指を自分の口元に当てる。すると男はその件に触れることをやめ、本題に戻る。
「まぁ、それを見返りと思うならそれで構わんが、目的を見誤るなよ。」
「あなたに言われなくても・・・」
そういうとカナデはきびすを返し、ヴィントブルームへと向かった。
次回
「仮面舞闘会!?」
「オレにも夢があったんだよ・・」
「お久しぶりね、シズル・ヴィオーラさん。」
「あなたは・・・」
「お養父様のためにマイスターになる。それが私の夢よ!」