舞-乙HiME -Wings of Dreams-
8th step「シホ・ユイット」
一触即発といえるほどの犬猿の仲であるチヒロとチグサ。この日も小さなことから言い争いとなり、またしてもトリアスによる2人への指導が行われていた。
「相変わらずよくやるね、君たち。ある意味感心してしまうよ。」
チエが苦笑しながら、うつむいたままのチヒロとチグサを見つめる。
「そんな楽観視もできなくなってしまうよ、このままじゃ・・」
アカネが沈痛の面持ちでチエに答える。今は口論や子供のケンカで済まされてはいるが、いつ学園全体に及ぶ大問題になるか分からない。
「この人がしっかりと面倒みないからいけないんですわ!」
そこへシホが怒鳴りながらドアを開けて入ってきた。彼女は1人の女生徒を部屋の中に引きずり込んでいた。
「えっ!?ルナお姉さま!?」
彼女たちの登場に、チヒロとチグサが声を荒げる。
短く蒼い髪をしたパールオトメ、ルナ・ゼロス。彼女は成績が芳しくなく、その天ではトリアスからはかけ離れている。しかしガルデローべの生徒の中でも面倒見が人一倍よく、生徒指導の際にはよくトリアスに呼び出されることが少なくない。
パール生はお部屋係を担当したコーラル生に様々な指示を与えることができるが、普段からやる気を見せないルナは、自分から指示を出すことはない。周りの考えを察し、周りの意見を尊重しようとする性格が、彼女をそうさせていたのである。
今回も生徒指導のために彼女はトリアスから呼ばれたのである。彼女のお部屋係を担当しているチヒロとチグサが発端の問題であることが1番の理由だった。
「いきなり何なんですか?私はあなたたちトリアスのように成績がいいというわけじゃないんですから。」
「何なんですか、じゃないですわよ!ルナ・ゼロスさん、あなたがしっかりとチヒロさんとチグサさんを注意しないから、いつもいつもこのような問題が起きるのですよ!」
気のない言い訳をするルナに、シホが憤慨して突っかかる。
「またやったの、チヒロ、チグサ?あんまりみんなに迷惑かけるのはやめてちょうだい。面倒なことになるから。」
ルナが気の抜けた態度で、チヒロとチグサに注意をかける。しかし2人とも唖然とするばかりか、シホの憤りをさらに煽ることになった。
「あなたって人は・・・自分の私利私欲のためだけに指導を行わない!」
シホの叫び声が部屋中に響き渡る。しかしそれでもルナのやる気は出ず、彼女は迷惑そうな面持ちを浮かべるだけだった。
ひとまずチヒロとチグサの指導を終えたトリアスの面々。しかしシホは腑に落ちない不快感を抱えたまま、取り巻きのコーラル生たちに囲まれていた。
「チヒロさんとチグサさんは最もだけれど、ルナさんにも問題はあると私は考えるますわ。」
シホの言動にコーラル生たちが頷く。
「面倒見がよく、生徒指導にも適しているほどと評されてはいますが、成績は私たちとはまさに天と地の差。やる気も成果もない人に指導を任せるのは滑稽ですわ。」
「それで、チヒロさんとチグサちゃんたちをこれからどうするのですか?」
ミーヤの声に、シホは少し考えてから答える。
「そうね。このままトリアスとしての務めを続けるわ。2人を何とかしないと、遅かれ早かれ大問題に発展しかねませんからね。」
(あの2人の言動にはいい加減ウンザリしてきたところよ!いつか必ずまきまきしてやるんだから!ついでにやる気ゼロのルナにもね・・!)
表面的には笑顔で答えているシホだが、心の中ではチヒロたちに対する憤りが渦巻いていた。
「噂をしていたら、何とやらですよ、お姉さま・・・」
ヤヨイが指差したほうへシホが眉をひそめながら振り向く。その先から、チグサが切羽詰った面持ちで駆け込んできた。
「ど、どうしたの、チグサちゃん?そんなに慌てて・・・」
ヤヨイがそわそわした面持ちでチグサに声をかける。呼吸を整えてから、チグサが真剣な面持ちでシホに声をかけてきた。
「シホお姉さま!お姉さまに折り入って、頼みたいことがあるんです!」
「えっ・・!?」
意気込みのこもったチグサの呼びかけに、シホは一瞬唖然となった。
コーラル生たちと別れ、シホはチグサと2人だけで話をすることにした。
「それで、頼みたいということは、いったい何なのかしら?」
シホが悩ましい面持ちでチグサの相談に乗る。するとチグサはしばらく間を置いてから口を開く。
「実はシホお姉さま・・私をお部屋係にしていただけませんでしょうか!?」
「は、はいぃ!?」
チグサの突然の言葉にシホが驚きの声を上げる。
「パールのお姉さまたちの中でも・・ううん、トリアスの中でも生徒たちを気にかけているシホお姉さまを、私は心の底から尊敬してました!ですから、私をお姉さまのおそばに置いていただけないでしょうか!?」
「・・といってもねぇ・・私にはヤヨイとミーヤがお部屋係についてるし、第一あなたにはルナさんがついているでしょう?」
褒め称えるチグサにシホが困り顔を見せるが、胸中ではまんざらでもないと思って喜びを感じていた。
「でも私を頼りにしたいというなら、ムリに断ることもないでしょう。でも、どういう経緯でこうなったわけですか?」
「チヒロとよく反発するし、ルナお姉さまもあんな感じだということは、シホお姉さまもよく分かっていると思います。だから私、シホお姉さまと一緒に頑張っていこうと思いまして・・」
「なるほどね。ところで、そのチヒロさんはどうしているの?」
シホが問いかけると、チグサは不快そうな面持ちを浮かべる。
「チヒロは・・ナオお姉さまのところに行きました。」
「ジ、ジュリエットのところに!?」
チグサの言葉にシホがこれまでにない驚きを見せた。
一方、チグサと喧嘩別れしたチヒロは、パールオトメのナオのところにやってきていた。チヒロから事情を聞いたものの、ナオは彼女の相談に真剣に取り合おうとはしなかった。
ナオは生徒指導や公的なリーダーシップを不快に感じている。そのため、本来はシホ以上あるはずの実力を見せず、トリアスに上がらないようにしているのだ。
「まぁ、あたしのバイトに付き合ってくれるなら、断らないでもないんだけどね。」
「本当にすみません、ナオお姉さま。」
微笑をこぼすナオに、チヒロが感謝の言葉をかける。
「それで、そのチグサって子はどうしてるの?」
ナオがぶっきらぼうな態度でチヒロに訊ねる。
「あの子ならシホお姉さまのところに行きましたよ。自分と意見が合うのはシホお姉さまだって言って・・」
「あのうずまきと?・・ハァ・・厄介なことになりそうねぇ・・・」
チヒロの答えに、ナオはため息混じりに言葉を返す。
そのとき、部屋のドアがノックされ、ナオとチヒロが振り向く。
「はいはい。どちら様で?」
ナオはやる気のない面持ちで立ち上がり、ドアを開ける。そこにはヤヨイの姿があった。
「誰かと思ったら、あのうずまきの取り巻きじゃないの。何の用?」
ナオがため息混じりに答えると、ヤヨイが苦笑いを見せながら1枚の手紙を渡してきた。
「あの、シホお姉さまから、チヒロさんとナオお姉さまに・・」
「あたしに?」
眉をひそめるナオに手紙を渡すと、ヤヨイはそそくさに立ち去っていった。ナオが、そして駆け寄ってきたチヒロが手紙の内容に眼を通すと、とてつもない憤りを覚えた。
「いい度胸じゃないの、うずまき。」
苛立ちのこもった笑みを浮かべるナオ。手紙に書かれていたのは、シホとチグサからの挑戦状だった。
チヒロとチグサの争いに、ナツキは悩まされていた。マイスターオトメや講師たちの力を持ってしても、2人の仲を取り持つことは簡単ではなかった。
「ここまで続くと、まさに一大事だな・・」
「一緒の部屋、一緒のお部屋係にすれば、2人ともいいオトメになれる思うてはりましたのに・・なかなかうまくいきまへんなぁ・・」
ため息をつくナツキの横で、シズルが落ち着いた面持ちで語りかける。
「せめてルナがやる気を出してくれれば、少しは良好に向かうとは思うんだが・・・」
「多分、それは心配あらへんと思いますわ。」
シズルの言葉にナツキが眉をひそめる。シズルは笑顔を崩さずに続ける。
「ルナさんはほんまに面倒見のいい人やさかい。うちなんかよりもずっと・・・」
言い終わると、シズルは何かを企むような笑みを浮かべる。ナツキはその笑みの意味が気になったが、あえて聞かないことにした。
そこへ学園長室の扉がノックされた。音に気付いたナツキが見つめる中で、シズルが扉に向かう。
扉を開けたその先にはカタシの姿があった。彼は深刻な面持ちを彼女たちに見せていた。
「あら。カタシさんやないですか。どないしはりました、そんな怖い顔して?」
シズルがきょとんとした面持ちでカタシに訊ねる。するとカタシは笑みを作って答える。
「今オレ、そんなに怖い顔してましたっけ?」
気さくな言動を見せながら、カタシは学園長室に足を踏み入れる。そしてナツキの眼前で足を止めて、思い切って訊ねてみる。
「なぁ、なっちゃん、ひとつ、気になったことがあるんだけど?」
「なっちゃんって呼ぶな。」
カタシの言葉にナツキがムッとする。
「それで、気になることとは何だ?」
「あぁ・・オトメの契りってのは、1度契約しちまうと、引退するまでずっと解約はできないものなのか?」
カタシのこの問いに、ナツキは深刻な面持ちを見せる。するとシズルが笑顔で口を挟んできた。
「それは企業秘密どす。」
「うぇ?」
「冗談どす。」
意味深な返答に戸惑いを見せるカタシに、シズルが笑顔を崩さずに弁解する。
「もしかして、アリカとマシロ女王に関係することか?」
「い、いや、それは・・」
ナツキに逆に問われて、さらに動揺を見せるカタシ。するとナツキは微笑んで続ける。
「私も断定しているとは言い切れない。何しろ、あの2人はあれでも隠しているようだ。だからしばらく様子を見ようと思っている。」
ナツキの言葉にカタシは落ち着きを取り戻すと、改めて深刻な面持ちに戻る。
「アリカちゃんはまだコーラルな上に、まだガルデローべに入ったばかり。それなのに契約を交わすなんて・・・早急にあの子たちを・・・!」
カタシがきびすを返して飛び出そうとすると、シズルが彼の前に立ちはだかる。
「あんまり急いでも、結果がよくなるとは限りまへん。今はまだ様子を見ることにしましょう。」
カタシを言いとがめるシズルだが、カタシは腑に落ちない面持ちを浮かべていた。
そのとき、学園長室の電話が鳴り出し、ナツキが受話器を取った。
「どうした?・・・何!?・・分かった・・」
ナツキが驚愕の面持ちを浮かべて、受話器を置いた。
「どうしたんだ?」
カタシの声に、ナツキが顔を強張らせたまま振り向く。
「シホとチグサ、ナオとチヒロが、決闘をすると・・・」
「えっ!?チグサとチヒロちゃんが決闘!?」
カタシが驚きの声を上げる。チグサとシホが組んで、チヒロとナオに挑戦してきたことが、ナツキたちマイスターオトメたちの耳に入ったのだった。
シホとチグサからの手紙に呼び出される形で、チヒロとナオは学園の裏庭にやってきた。にらみ合い、一触即発の雰囲気を漂わせるチヒロとチグサ、そしてナオとシホ。
「まさかこんなことをしてくるとはね、チグサ。」
「そろそろ決着をつけるからね、チヒロ!」
冷淡な口調で呼びかけるチヒロと、憤慨を見せるチグサ。
「いい加減ウザいと思ってたとこだったのよ、うずまき。」
「うずまきって言うな!」
同様に低い声音で言いかけるナオに反論するシホ。
「どこまであなたって人は・・ジュリエット!私を本気で怒らせたこと、まきまきして後悔させてやる!」
「ジュリエットって呼ぶな。」
怒りの叫びを上げるシホに冷淡に返すナオ。ついにチヒロとチグサ、ナオとシホの対決が勃発してしまった。
4人のオトメの抗争は、たくさんの生徒たちを集めていた。その中にはアカネ、チエ、そしてルナの姿もあった。
「これまたすごいことになってしまったようだね。」
「感心している場合じゃないよ、チエさん!早く止めないと・・!」
感心そうに見つめるチエに、この事態に心配しているアカネが反論する。
「でも僕たちよりも先に止めに入ってる人がいるみたいだよ。」
チエが眼を向けたほうへアカネも見つめる。チヒロたちの抗争へ、ルナがたまらず飛び込んでいった。
「お願いだから4人ともやめて。みんなに迷惑がかかるから・・」
ルナがしどろもどろの様子で呼び止めようとするが、チヒロたちには届いていない。
認証もなく、ローブをまとえないことが、4人の抗争を激化させることに歯止めをかけていて、幸いしていた。
「前々からあなたのことが気に食わなかったのよ!」
「それはこっちのセリフよ。やっぱアンタ、サイテー。」
組み合って口論を繰り広げるシホとナオ。
「いちいち私のすることに口を挟まないでよ!」
「あなたが間違っていることをしているから、私が注意してあげてるんでしょう!」
チグサとチヒロも互いに感情をぶつけ合っていた。
「あの、2人とも仲良く・・・」
説得を試みるルナの言動が、4人の怒号に飲まれていくように弱々しくなる。
やがてこの騒ぎを聞きつけて、マリアが顔を見せてきた。
「これは何の騒ぎですか?」
「あっ!ミス・マリア!・・チ、チヒロさんたちが・・・」
マリアの声に、ヤヨイが驚きながら説明する。彼女の話を聞いて小さく頷いてみせてから、野次馬となっている生徒たちの前に出る。
「何をやって・・!」
「何をやっているの、アンタたち!」
そのとき、マリアの声をさえぎって、かん高い声が響き渡った。その声はルナのものだった。
態度が一変した彼女の声に、抗争を繰り広げていたチヒロたちの動きが止まる。4人が振り向くと、ルナは先ほどの様子からは想像できないような憤慨の表情を浮かべていた。
「いつまでもくだらないことで争わないの!みんな迷惑してるじゃないの!」
ルナが憤ったまま、組み合ったまま動けないでいるシホとナオに詰め寄った。ルナの形相にシホが畏縮し、ナオが唖然となっている。
「あなたたちはパール!しかもシホさん、アンタは生徒指導を請け負っているトリアスの1人でしょ!そのアンタたちがこんなことをしてどうするのよ!」
迫力のあるルナの態度に、シホもナオも反論できず押し黙るだけだった。そしてルナは今度はチヒロとチグサの前に立ちはだかる。
「チヒロ、チグサ!アンタたちもいつまでもケンカばかりしてないの!みんなまで迷惑するのは、分かってるはずでしょ!」
「は、はい、ルナお姉さま・・・」
ルナの言葉に、チヒロもチグサも反論することができず、ただただ頷くしかなかった。するとルナは2人の腕をつかんで、強引に2人を引っ張り出す。
唖然となっている生徒たちに、ルナが鋭い視線を向ける。
「アンタたちもいつまでも見ていない!見せ物じゃないのよ!」
彼女の言葉に気おされるように、アカネとチエを除て、この場にいた生徒全員がそそくさに退散していった。
騒然となっていた状況を一喝で静まらせてしまったルナは、チヒロとチグサを連れてこの場を立ち去っていった。
その騒動の結末を、ナツキ、シズル、カタシも目撃していた。
「な、何なんだ、いったい・・・」
カタシがこの光景に唖然となっていた。しかしシズルは笑みを浮かべたままで、ナツキも照れくさそうな様子を見せていた。
「そうだったな。あれがルナだったな・・」
「そういえばカタシさんには話してなかったわ。ルナさんは普段はやる気のない見えはりますけど、豹変すると人が変わってしまうんよ。」
ナツキが思い出したような素振りを見せ、シズルがそれを察して微笑みかける。
「あれが出てしまうと、あの2人はおろか、トリアスでさえ止められなくなる。」
「あ、あのまま元に戻らないってことはないよな・・・!?」
ナツキの解説にカタシが不安のこもった問いかけをする。するとシズルが笑みを崩さずに答える。
「心配あらしまへん。しばらくしたらすぐに元に戻りますわ。」
彼女の言葉にカタシはそっと胸を撫で下ろしていた。
そして騒ぎとなっていた場所に視線を戻したカタシの視界に、彼らに気付いて振り向いてきたマリアの姿が映った。
「ミス・マリア・・・」
カタシはマリアを見るなり、沈痛な面持ちを浮かべていた。彼女は彼の心境を悟りながら、ゆっくりと彼らに近づいてきた。
「久しぶりですね、カタシ・エージ・ボガード。」
「相変わらずというか何というか・・とにかくお久しぶりです、ミス・マリア・グレイスバード。」
淡々と声をかけてきたマリアに、カタシが一礼する。
「知り合いなのか?」
ナツキが2人に問いかけると、カタシが笑みを見せて答える。
「あぁ。オレが子供だった頃に会ってな・・」
カタシがおもむろに物悲しい笑みを見せていたことを、シズルは見抜いていた。
次回
「前途多難の我が国のオトメの卵のご帰還よ。」
「前途洋洋だよ、ハルカちゃん・・」
「あなた方が手を差し伸べてくれたから、今の私があるんです。」
「ドギー、認証を!」
「これは、平和を守るための正義です!」