舞-乙HiME -Wings of Dreams-
7th step「マシロ・ブラン・ド・ヴィントブルーム」
センと対峙する黒いコートの女性、ミユ。アリカを侮辱したとして、彼女は彼に敵意を向けていた。
「おもしれぇじゃねぇの。さっさとかかってこいよ。」
センが手招きをして、ミユを挑発する。しかしミユはそれに流されることはなく、表情を変えない。
一気に駆け出して左手を突き出すミユ。センはこれを右手で受け止める。
「ぐっ!」
そのとき、センは激痛を感じて顔を歪める。スレイブとの戦いの際で痛めた右肩が悲鳴を上げたのだ。
「やめて、セン、ミユさん!」
そこへアリカの悲痛な声が響き、ミユが動きを止める。センはミユから離れつつ、痛めている右肩を押さえる。
「センもミユさんも優しい人なんだから、争っちゃダメだよ!」
必死の思いで呼びかけるアリカに、ミユは当惑を見せていた。そしてアリカは、肩を痛めているセンに眼を見開く。
「セン、大丈夫!?どうしたの!?」
アリカが慌ててセンに駆け寄る。しかしセンは彼女の介抱を受けようとしない。
「気にすんな。こんなもん、たいしたことはねぇ。」
「でも・・!」
アリカはセンの容態が気がかりでならなかった。そこへミユがセンの後ろに回り、彼の右肩をつかむと力を込めた。
湧き起こった激痛にセンは一瞬硬直する。だがその直後、彼は肩から痛みを感じなくなっていた。
「肩が外れていたようですが、もう大丈夫です。」
振り向いたセンに、ミユは微笑みかけてきていた。彼女の微笑に、彼は戦意をそがれていた。
気を落ち着けて、ひとまずの休息に入っていたセンたち。ミユによって応急措置は取られていたが、まだムリができる状態とは言い切れなかった。
「それにしても、またミユさんと会えるなんてね。」
「私はいつでも、アリカのことを見守っていますから。」
笑みを見せるアリカに、ミユも微笑んで答える。
「そうだ。この人はセン・フォース・ハワードさん。ガルデローべに通うチヒロちゃんのお兄さんだよ。」
「ケッ!馴れ馴れしく、しかも勝手にオレを紹介してんじゃねぇよ。」
アリカに紹介されたセンが不機嫌そうに言い放つ。ただ悪ぶっているだけだということはミユにも分かっていた。
「セン、この人はミユさん。いろいろなところを旅して回っているんだよ。」
アリカが今度はセンにミユを紹介した。ミユが再び微笑みかけるが、センは相変わらずの憮然さだった。
ミユはアリカがガレリアにいた頃に出会った旅人で、金色の飼い鳥であるアリッサを連れて世界中を回っている。旅の賜物なのか、GEMの取り外しなど、様々な知識を持っている。アリカはミユに信頼を寄せていて、ミユもアリカをよく気遣っている。
「あなたがクサナギの所持者なのですね、センさん?」
「フン。風の便りってヤツで聞いたのか?」
ミユの問いかけに、センは淡々と答える。破邪の剣、クサナギを持つ青年の噂は、少なからず世界に広がりつつあった。ミユの耳に届くのも不思議ではなかった。
「よろしければ、クサナギを少し拝見したいのですが・・?」
ミユの頼みに、センは何も言わずにクサナギの柄を手渡す。アリカとマシロがきょとんと見守る中、ミユがクサナギを観察する。
「これが、クサナギですか・・なるほど・・」
破邪の剣の1本を見るなり、ミユは笑みをこぼしていた。
「噂には聞いていましたが、実際にお眼にかかれるとは・・」
「そんなにすごいもんなんだぁ・・」
ミユの感想を聞いて、アリカは感心するばかりだった。
「もういいだろ。そろそろ返してもらおうか。」
センに言われ、ミユが微笑んでクサナギを彼に返した。
「とにかくどうすんだ?このまま契約したままでいるつもりか?」
「そ、そんなわけなかろう!すぐにでも契約をナシにしたいくらいじゃ!」
センがアリカに向けて問いかけると、マシロが抗議するように突っかかってくる。
オトメにはいくつかの制約があるが、主なものは2つが表立つ。
1つは、オトメは男と交わってはいけないことである。オトメの体内にあるナノマシンは、男性固有の染色体とPSA(前立腺特異抗原)に弱く、それらが体内に入るとナノマシンは無力化し、またナノマシンに対する抗体を生み出してしまうため、2度とオトメとしての力を使えなくなってしまう。
もう1つは、オトメは契約したマスターと命を共有することになる。オトメが傷つけば、その痛みが契約者にダイレクトに伝わってしまう。オトメは命を賭けて、主を守り抜く責務を背負うのである。
現にアリカとマシロは一心同体の状態にあるのだ。
「言っとくが、オレはその契約を取り消す方法は知らねぇぞ。オレは男だし、契約なんて全然興味はなかったからな。」
突き放すように答えるセン。アリカは契約の解約に対して、再び困惑を感じていた。
しばらく沈黙が続くと、マシロがその沈黙を破って声をかけてきた。
「ところでセン、お前には何かしたいことはないのか?」
「あ?何だ、突然?」
マシロの問いかけにセンが眉をひそめる。
「わらわは、そうじゃな・・まずこの国をよくしてみせるぞ!そのためにもまず、城を早く修復せねばならんな。」
「修復するのはマシロちゃんじゃなくて、私や工事をする人たちだよ。」
アリカが口を挟むと、マシロがムッとした面持ちを見せた。2人のやり取りにミユが微笑む。
「オレにはそんな小さなことにも必死になれねぇんだよ・・・」
「ち、小さなこと・・じゃと・・・」
センの言葉にマシロが反論しようとするが、彼の沈痛な面持ちを目の当たりにして言葉を濁す。
「オレは家柄から、いろんなことをさせられてきた。みんな他の連中よりはこなせてた。けどな、どれもこれもやる気がしなくなっちまうんだよ。むなしくなっちまうんだよ・・・」
センの心の内を垣間見て、アリカたちは沈痛の面持ちを浮かべる。
彼はハワード家の後継者として、幼い頃から様々な勉学を厳しく教えられてきた。結果、彼は何事にも好成績を残せるほどの力を備えた。しかしそれが彼に飽きっぽさを与えてしまっていた。何事に対しても真剣に打ち込めず、最後まで続かない。
完璧に仕立てられたが故の虚無感が、センに苦悩を植え付け、夢を見失わせていた。
「そういえば、テメェは帰らなくていいのか?城のヤツらがやかましくしてたぞ。」
「何!?・・よいのじゃ。あやつらはわらわを政治の代表みたいな扱いしかせんのじゃ。少しわらわが外におれば、あやつらも気持ちが変わるじゃろう。」
センの唐突な問いかけに、マシロはムッとしながら答える。するとセンは空を仰ぎ見て、
「そうか・・で、テメェはどうすんだ?」
「このままヴィントブルームを出ても構わんじゃろう。」
「ち、ちょっと、マシロちゃん・・!」
マシロの答えにアリカがたまらず口を挟む。
「だったら行けよ。テメェはどこまで行けるのか・・」
そこへセンが突き放すような言い方をする。
「言いおったな!よし!後で吠え面かくなよ!」
マシロが自信たっぷりに言い放ち、きびすを返してセンの前から駆け出した。
「マ、マシロちゃん!・・いいの、このまま行かせちゃって・・!?」
アリカが切羽詰った面持ちでセンに呼びかける。ミコトが再び頭の上に乗りかかったところで、彼は答える。
「3分たったら追いかける。アイツの足じゃたかが知れてる。」
すると、ミユの肩にとまっていた金色の鳥、アリッサが羽ばたき、センの肩に飛び移った。アリッサは彼の肩で、心地よさそうにしていた。
「うわぁ、ビックリ〜!私とミユさん以外の人に、アリッサちゃんがなつくなんて・・」
アリカがこの光景に感心の声を上げる。寄り添ってくるアリッサを、センが手の指にとまらせる。
「とりあえずダチのとこにいろ。」
センが指にとまっているアリッサを、ミユの元へと返す。アリッサが彼女の肩へと戻り、さえずりを響かせていた。
「そろそろ時間か・・・」
少し時間を置いたところで、センはミコトを頭に乗せたまま、森の中心の大木を駆け上がった。その天辺にたどり着き、マシロが向かった方向を見定める。
「さて、テメェの主人のとこに行くぞ。」
センが言いかけると、ミコトが鳴いて答える。彼は木の上から大きく飛び上がった。
持てる力の全てを使って、マシロはヴィントブルームの街を駆け抜けていた。しばらく駆け込んだところで、彼女は足を止めて振り返る。
「ずい分走ったもんじゃ。我ながらあっぱれじゃな。」
マシロが自分自身の力量に感服し、笑みをこぼす。
「これだけ来れば、いくらあやつでも追っては来れんじゃろう。」
「もうおしまいか?」
勝ち誇ったところで背後から声がかかり、マシロの笑みが凍りつく。振り返ると、そこにはミコトを頭に乗せたセンが立っていた。
「い、いつの間に・・!?」
マシロがセンの出現に驚きを見せる。しかしこのままおめおめと引き下がれないと気張り、きびすを返して再び駆け出した。
川沿いの道、工場地帯の横、公園。彼女は様々な場所へと走りこんでいった。しかしその行き着く先々で、センがことごとく先回りしていた。
そしてついに彼女は、海沿いの公道へとたどり着いていた。しかしそこでもセンが待ち構えていた。
体力を使い果たし、マシロが愕然となりながら彼の前で座り込む。走り回った疲れよりも、センから逃げられなかったことへの非情さを強く感じていた。
「これで分かったろ。テメェはオレから逃げられねぇって。」
センがマシロを見下ろして淡々と言葉をかける。ミコトがようやく彼の頭から飛び降り、彼女に寄り添う。
「どんなに自分を強く見せたってな、意味なんてねぇんだよ。テメェはテメェなんだからな。」
「うるさい・・わらわはわらわの思い通りにしたいだけなんじゃ・・そのためにわらわは一生懸命なんじゃ・・・!」
必死に声を振り絞るマシロの言葉に、センは戸惑いを感じた。彼女とて何かに必死になっていることに、彼は何かを感じ取っていたのだ。しかしそれが何なのか、彼自身分かっていなかった。
「夢ってのは、オトメってのは何なんだ・・・?」
センは唐突にマシロに問いかけた。しかしそれは本当は自分自身に向けての問いだった。
そのとき、海岸のほうで轟音が鳴り響いた。センとマシロがそのほうへと振り向くと、そこには鮫ともサイとも思えるような体格をした怪物が咆哮を上げていた。
「ちっ!また出やがったか、バケモノめ・・!」
センが愚痴をこぼしながら、マシロの髪に軽く手を乗せる。
「テメェはここにいろ。今度はオレがバケモノをブッ潰す・・・!」
マシロに呼びかけてから、センがクサナギの柄を取り出す。光刃を出現させて怪物に向かって駆け出す。
怪物が気付くと同時に、センはクサナギをその顔面に向けて振り下ろす。しかし光刃は怪物の鼻から突起したノコギリ状の角にぶつかり、彼の攻撃は通用していない。
怪物がその角をセンに向けて突き出す。その突進に押されて、彼は空中で体制を崩す。
そこへ怪物がさらなる突進を繰り出す。センはこれをクサナギで防ぐが、その痛烈な衝撃でクサナギを弾かれてしまう。
何とか体勢を立て直して着地するセン。そこへ怪物が前足を上げて襲いかかろうとしていた。
そのとき、怪物の左眼に光刃が突き刺さった。眼を見開いたセンが振り向くと、マシロのそばにはアリカとミユの姿があった。
怪物に向けて飛んできたのはクサナギで、それを投げたのはアリカだった。オトメとしてナノマシンを体内に宿している彼女も、破邪の剣を扱うことが可能だった。
「セン、マシロちゃん、大丈夫!?」
アリカが怯む怪物を見据えながら呼びかけてくる。マシロが肩を落としながらも、彼女に反論を口にする。
「遅いぞ。もう少し早く来れなかったのか?」
「これでも急いで来たんだから!でもミユさんがいなかったら、ここまで来れなかったかも。」
彼女の文句に抗議しながらも、アリカは怪物とセンを見つめていた。2人の行方をいち早くつかんでいたミユの助けを受けて、彼女はここまでたどり着いたのだ。
「マシロちゃん、一気に決めちゃおう。認証を!」
「わ、分かっておる!」
アリカの呼びかけにマシロがムッとしながらも、立ち上がる。アリカの耳のピアスの蒼い石に口付けをし、オトメとしての認証を完了する。
「セン!オトメは女の夢じゃ。命を賭けられるくらいのな・・」
マシロが不敵な笑みを見せてセンに呼びかける。センは当惑を見せながらも、彼女とアリカの決意を受け止めていた。
「それじゃ行くよ・・マテリアライズ!」
アリカの呼びかけを受けてGEMが反応し、蒼天の青玉のマイスターローブを形成する。蒼い輝きを帯びたピンクのローブを身にまとうアリカ。
「どんな相手が来たって負けたりしない!私たちは無敵なんだから♪」
勝気な振る舞いを見せた後、アリカが蒼い双刃の槍を握り締める。彼女を次の標的に定めた怪物が前足を踏み鳴らし、その拍子で左眼に刺さっていたクサナギが抜けてセンの前に突き刺さる。
センはクサナギを取り戻し、怪物に向けて再び斬りかかる。振りかざした光刃は怪物の顔に傷をつけたが、怪物が振りかざした頭の角の刃が彼の上着をかすめる。
うまく身を翻しながら、センはアリカの隣に着地する。
「全力で行くぞ。こんな相手に手こずるわけにはいかねぇんでな。」
センの指示にアリカも頷く。クサナギが宿す光を強め、蒼天の青玉もその輝きを増していく。
「ストリウム・ランスエッジ!」
「いっけえっ!」
センとアリカが同時に飛び出し、それぞれの武器を怪物目がけて突き出す。2つの巨大な光刃の突進を受けて、怪物の五体は切り刻まれ、鋭い角も叩き折られた。
撃退した怪物を振り返り、センとアリカが力を抜く。各々の武器の刃から光が消える。
「ありがとう、セン。マシロちゃんを守ってくれてたんだね。」
アリカがセンに笑顔を見せて手を差し伸べる。しかしセンはこの手を取らない。
「言っただろ?馴れ馴れしいのは気に入らねぇって。」
そういってセンはアリカから離れていく。悪ぶってはいるが、本当は信頼して受け入れていることを彼女は分かっていた。
しかし彼の先で当惑の様子を見せていたカタシの姿に、アリカが笑みを消す。カタシもマイスターオトメとしての彼女を目の当たりにしていたのだ。
「いつから知っていた?」
すれ違ったところで、カタシが鋭い声音でセンに問い詰める。
「オレもさっき知ったばっかだ。」
センは動揺せず淡々と答える。カタシは強張った表情のまま、アリカの前に詰め寄る。
「あ、あの、これは・・・」
「何をやっているんだ、君は・・まだコーラルなのに、ヴィントブルームのマシロ様とマイスターとしての契約をしてしまうなんて・・!」
アリカが弁解しようとしたところで、カタシが悲痛な声を上げる。
「まだマイスターとして認められていないのにこんなことをして・・見つかったら大問題だぞ!」
「だから秘密にしておるのじゃ!」
切羽詰るカタシに、マシロが突き放すように答える。
「お願い、カタシさん!見つかったら退学じゃ済まなくなっちゃうの!だからみんなには内緒にして!」
アリカが沈痛の面持ちでカタシに頭を下げる。彼女の気持ちを目の当たりにして、彼は困り果てる。
マシロも真剣な面持ちで彼の答えを待っている。
「みんなに内緒にしていたら、契約を解く方法が分からずじまいだぞ。それでも秘密にしたいなら、オレは構わないけど。」
カタシが苦笑気味に言いかけると、アリカとマシロが満面の笑みを浮かべる。
「で、君たちのことを知っているのは?」
「えっと・・ここにいる私たちと、あと二ナちゃん・・」
「二ナ?・・セルゲイさんの娘さんの二ナ・ウォンさんか?」
眉をひそめたカタシの問いかけにアリカが頷く。
「そうか・・オレも秘密にはしとくが、早めにマイスターに相談して、解決しといたほうがいいぞ。このまま契約したままにするわけじゃないんだろ?」
「も、もちろんじゃ!こんなヤツとこのまま一心同体なんてまっぴらじゃ!」
笑みをこぼすカタシに、マシロが突っかかってくる。再び苦笑いを見せて、カタシは振り返ってこの場を立ち去っていく。
だが憮然と立っているセンとすれ違ったところで、
「これだけの事態だ。ガルデローべが気付いていないはずはない。オレもできる限りのことはするから、アンタもあの子らがムチャしないように見ててくれないか。」
と、小声でセンに呼びかける。
「誰に向かって指図してんだ?」
センはカタシに低い声音で答える。カタシはこれ以上何も言わずに、再び歩き出した。
(アリカちゃんたちだけの秘密というだけじゃない。こいつはあんまり事を荒立てるのはよくない。なっちゃんやシズルさんたちに相談して、解決策を練ったほうがいい・・)
カタシは胸中で、アリカとマシロの交わした契りの解約について考えを巡らせていた。しかし彼にはオトメに関する知識を詳しいほど持ち合わせているわけではなく、ガルデローべのマイスターオトメからの情報を求めざるを得なかった。
次回
「いい度胸じゃないの、うずまき。」
「あの、2人とも仲良く・・・」
「チグサとチヒロちゃんが決闘!?」
「そろそろ決着をつけるからね、チヒロ!」
「私を本気で怒らせたこと、まきまきして後悔させてやる!」