舞-乙HiME -Wings of Dreams-
6th step「ナギ・ダイ・アルタイ」
アルタイ王国城内。ナギに呼び出されたカタシは、王室へと赴いていた。
「こんなところにオレを呼び出して、いったいな何の用なんです、大公殿下殿?」
カタシは王室に入るや否や、気さくな態度でナギに声をかける。
「やぁ、カタシ。君が来るのを待ってたんだよ。」
すると、窓から街を眺めていたナギがカタシに振り返る。
「実はね、君に頼みたいことがあってね。」
「頼みたいこと?どっか出かけるから、その護衛をやってほしい、ですか?」
「いいや。ちょっとヴィントブルームに行ってほしいんだけど。」
ナギの言葉にカタシが眉をひそめる。
「ちょっとセンくんの様子を見に行ってほしいなぁっと思ってるんだけど。そろそろ彼にひと波乱ありそうな気がしてね。」
「セン?アイツならそんな弱いヤツじゃないですよ。破邪の剣、クサナギも持ってるわけだし。」
カタシが言葉を返すが、ナギは笑みを浮かべたままだった。
「分かったよ。分かりました。けど、ホントに見に行くだけですよ。あと、アンタにひとつ言っておくよ。」
「ん?」
「オレはあくまでアンタのボディーガードだ。アンタの直属の部下というわけじゃない。セルゲイや他の連中はともかく、オレは絶対にアンタを裏切らないとは限らないから。」
そう言って、カタシは王室を出て行った。彼を見送ってから、ナギは苦笑いを浮かべた。
「やれやれ。人を扱うっていうのは苦労がかかるねぇ。」
ナギは独り言を口にすると、再び窓から街を眺めた。
「あの2人、けっこう面白い出会いをしそうだね。さぁて、どんなことになることやら。」
奇妙な期待感と喜びを感じながら、ナギは街を見続けた。
アルタイ王城から外に出たカタシを待っていたのは、ナギの側近、セルゲイだった。
「わざわざ大使館殿が、こんなところで何の用ですか?」
カタシが気さくな態度でセルゲイに呼びかけるが、セルゲイは思いつめた面持ちを浮かべている。
「まだセンのことが気がかりですか?大丈夫ですよ。アイツはああ見えてけっこうしっかりしてますから。」
「いや、それもあるんだが・・・」
セルゲイが切り出せずにいると、カタシは彼の心境を悟って続ける。
「蒼天の青玉、レナ・セイヤーズさんのことですか?」
カタシの口にした言葉に、セルゲイはさらに困惑を見せる。するとカタシは笑みをこぼして、
「オレもあの人はすばらしいオトメだったと思ってますよ。あなたと違って、実際には会っていませんが・・未だに彼女も、蒼天の青玉も行方が分からなくなっているみたいで・・」
「・・いや、蒼天の青玉の行方は分かっている。」
唐突にもらしたセルゲイの言葉に、カタシが眉をひそめる。
「アリカ・ユメミヤ・・ガルデローべに編入してきたあの子が持っている。」
「えっ!?あの子が!?」
カタシが思わず大声を上げるが、周りを気にしてとっさに両手で自分の口を押さえる。そして気を落ち着けてから、真剣な面持ちで答える。
「オレ、殿下の言いつけで、今からヴィントブルームに向かうんで。センの様子を見に行って来いってことなんですけど、アリカちゃんの様子も見てきますよ。」
「カタシ・・!」
「大丈夫。マジで遠くから見るだけですから。そこまで追求するつもりはないですよ。」
カタシはそう告げてから、改めてヴィントブルームに向けて出発した。
ヴィントブルームでは、ひとつのよからぬ噂が漂っていた。それは、現在の王女が偽者ではないかというものだった。
14年前に起きた争乱で、王女は1度行方不明になっている。それから必死の捜索によって王国の王女、マシロがヴィントブルームに帰還したのである。
しかしマシロが偽者の王女ではないかという噂が密かに囁かれていた。それがマシロの耳にも入り、一抹の不安を植えつけてしまった。
それからもその不安と寂しさを紛らわせるため、彼女は虚勢を張ることもあった。
そんな不安と噂が表面化することがないまま、現在に至っていた。
「偽者の王女?」
その噂はセンの耳にも届いていた。アオイからそのことを聞かされていた彼は眉をひそめていた。
「けどアイツは正式な女王になったんだろ?だったら誰も文句はねぇはずだろ。」
「そうは思いますけど、なかなか割り切れないところがあって・・」
アオイが困惑気味に答えるが、センは淡々とした態度を崩さない。
「そんなことにこだわる必要がどこにある?女王とか偽者とかいう前にも、アイツがアイツだってことに変わりはねぇだろ。」
センの言葉に、アオイは返す言葉がなくなってしまった。腑に落ちない心地だったが、彼の言葉が間違いでないために反論できないでいた。
そんな沈黙を破って、パールオトメ、チエが2人の前にやってきた。
「やぁ。相変わらず尖った態度をしていますね、センさん。」
気さくに声をかけてくるチエだが、センは視線を向けるだけだった。それを気にすることなく、チエはアオイに眼を向ける。
「はい。頼まれてたミルフィーユ。丁度良質な出来なのが入荷していたよ。」
「わぁっ!ありがとう、チエちゃん!わざわざ買ってきてもらっちゃって・・」
チエが差し出した箱に、アオイが大喜びする。チエは再びセンに眼を向ける。
「あなたもどうですか?同じエアリーズのよしみですし。」
「オレはケーキはあんまり食わねぇんだ。」
ミルフィーユを勧めるチエに、センはぶっきらぼうに答える。
「た、た、大変だぁっ!」
そこへサコミズが慌しく駆け込んできた。センたちの前で足を躓き、前のめりに倒れ込む。
「だ、大丈夫ですか!?」
アオイが血相を変えながら、サコミズを体を支える。気を落ち着けたサコミズが、改めて声をかける。
「大変だ!ま、またマシロ様が・・!」
「えっ!?またですか!?」
サコミズの言葉にアオイも驚きを見せると、2人は肩を落としてため息をつく。
「ケッ!落ち着きのねぇお姫様だな。」
センは愚痴をこぼしながら、アオイたちから離れていく。
「お、おい、どこへ・・!?」
「オレが連れ戻してくる。」
声を荒げるサコミズに答えながら、センは王城を飛び出した。
兵士たちの眼を盗んで、マシロはミコトとともに城を飛び出し、ヴィント市の街中を歩いていた。
「全く!問題と報告書の山は増える一方!城はまだ元通りにならない始末!何ひとつ、わらわの思い通りにならぬ・・・!」
様々な状勢と私情に不機嫌になりながら、マシロは街の通りを進む。ミコトがきょとんとした面持ちで、彼女の後をとてとてとついてくる。
「っと、街に繰り出してはみたものの、特にしたいこともないのも事実じゃ・・どうする、ミコト?」
マシロが問いかけるも、ミコトは気のない鳴き声を上げるだけだった。
しばらく通りを歩き、そして彼女たちは街中の公園にたどり着いていた。園内は少数の人々が戯れを見せており、とても和やかな雰囲気だった。
「そろそろ飽きてきたのう。戻るとするか・・」
「もうおしまいか?」
近くにベンチに腰を下ろしたところへ、マシロは背後から声をかけられた。驚いて振り向くと、そこにはセンの姿があった。
「セ、セン!?」
マシロが驚きを見せて立ち上がり、後ずさりする。ミコトがセンの体を駆け上り、彼の頭の上に上る。
「わ、わらわを連れ戻しに来たのか!?」
「テメェがそのつもりでいるならな。」
声を荒げるマシロに、センは淡々と答える。彼女が座っていたベンチに彼は腰を下ろす。
「テメェはこの国の女王なんだろ?こんなところで油売ってていいのかよ?」
「よ、よいのじゃ!女王だからといって、どいつもこいつもわらわに難癖を押し付けてくる!もしかしたら、わらわを本当の女王だと思っていないと思ってる輩も・・・!」
センを前にして、マシロが歯がゆさをあらわにする。偽者の女王ではないかという不安に押しつぶされないよう、必死の思いで虚勢を張り続けているのだ。
「偽者の女王か・・そんなくだらねぇ噂が出てるみてぇだな・・・」
「・・・そんな世迷言・・・わらわはこの国の・・・ヴィントブルームの女王じゃ・・・!」
淡々と言ってのけるセンに、マシロが悲痛な声を振り絞る。
「あ、マシロちゃんじゃない。」
そこへ1人の少女の声がかかり、センとマシロが振り向く。そこにはガルデローべの制服を身にまとったアリカの姿があった。
「もう、こんなところにいたんだ。お城の人たちが探してたよ。」
「アリカこそこんなところで何をしておるんじゃ?わらわに構っている場合ではないはずであろう?」
マシロの言い草に、アリカがたまらず抗議する。
「何よ、その言い方!せっかく心配してここまで来たっていうのに!」
ふくれっ面になるアリカとマシロ。センは気に留めていない様子でこの様子を見つめ、ミコトはその上でのんきにしていた。
そのとき、公園内で突如轟音が轟き、周囲が揺れた。アリカがふらつきそうになり、ミコトがセンの頭から落ちそうになる。
「な、何じゃ!?何事じゃ!?」
マシロが辺りを見回して、現状を確かめようとする。彼女が振り返った先の広場に、トカゲのような怪物が姿を現す。
「チッ!次から次へと出てきやがる・・!」
センは毒づきながら、クサナギの取り出す。トカゲの姿をしたスレイブは、マシロを標的にして臨戦態勢を取る。
「テメェらは邪魔だ。さっさと消え失せろ。」
センはアリカたちに突き放すような言葉をかけると、クサナギの光刃を出現させてスレイブに飛び掛る。スレイブが長い尾をセンに向けて振りかざす。
センはその尾をクサナギでなぎ払う。断ち切られた尾の先端が、公園の街路樹に落ちる。
しかし怪物は痛みを感じる様子を見せず平然としている。切られた尾の部分から、新たな先端が生えてきた。
「何っ!?」
驚愕を見せるセンに、怪物が再び尾を振りかざす。尾はセンを横から叩きつけ、彼はその衝撃で横転する。
「セン!」
マシロが声を荒げると、スレイブが彼女に振り向いてきた。
「逃げるよ、マシロちゃん!」
アリカはとっさにマシロの腕をつかみ、彼女を連れてこの場から駆け出した。人気のないところを目指して走り出す彼女たちを求めて、怪物も後を追いかける。
「くっ・・あのヤロー・・!」
苛立ちを見せながら、センは起き上がる。そのとき、彼は右肩に激痛を覚え、一瞬怯む。
(くそっ・・肩をやられたか・・・!)
センは押し寄せる痛みを跳ね返しながら、アリカたちと怪物を追った。
アリカ、マシロ、ミコトは、公園から離れた工場地帯に逃げ込んでいた。現在、この工場は使われておらず、人のいる気配はなかった。
「こ、ここなら隠れる場所がたくさんあるよ・・・」
アリカが呼吸を整えながら周囲の工場を見渡す。立ち並ぶ建物のどこかに隠れれば、そう簡単に見つかることはほとんどないだろう。
近くの建物の中に身を潜め、怪物の様子を伺うアリカたち。追いついてきた怪物が、彼女たちを求めて周囲を見渡す。
だが、怪物は突如尾を振りかざし、建物を次々となぎ払い始めた。
「ウソッ!?」
アリカが驚いてたまらず立ち上がる。こんな粗暴なやり方をされたら、どこに隠れていても意味がない。
彼女はマシロとミコトを連れて、身を潜めていた建物を飛び出す。その眼前に怪物が立ちはだかっていた。
「い、いつの間に・・!?」
マシロが怪物を目の当たりにして、驚愕の声を上げる。
(掟破りを気にしてる場合じゃない・・マシロちゃんと仮契約という形で、戦うしかない・・・!)
毒づいたアリカが、怪物と戦おうと考えていた。
「仕方がない!アリカ、あの蒼いGEMを使うのじゃ!」
マシロの突然の呼びかけに、アリカは一瞬戸惑う。しかし背に腹は代えられないと思い、彼女は胸元からペンダントを取り出した。
このペンダントは、彼女の当初の目的で探していた母の手がかりとなるもので、かつてマイスターオトメ、レナ・セイヤーズが使用していたGEM「蒼天の青玉」が収められている。ペンダントが淡い光を放つと、2つの蒼い石が出現した。
アリカは左耳のピアスから、マシロははめている指輪からそれぞれ赤い石を外し、その蒼い石をはめる。
「よーし!これでOKね。」
「相変わらずムチャするヤツじゃのう・・・ではアリカ・ユメミヤ、我が名において、汝の力を解放する。」
「はい、マスター!」
マシロの言葉にアリカが真剣な面持ちで頷く。そしてマシロはアリカのピアスにはめられた蒼い石に契約としての口付けをする。
すると蒼い石がさらなる光を宿す。アリカは改めて怪物を見据える。
「マテリアライズ!」
アリカの呼びかけで、彼女の体を蒼い輝きをまとった衣が包み込む。オトメが舞闘の際に具現化して身に着ける「ローブ」である。
しかし彼女が身にまとっているのはコーラルローブではない。蒼天の青玉の力を発動させて具現化した、アリカだけのマイスターローブである。
「鬼ごっこはおしまい!今度はこっちの攻撃の番だよ!」
アリカは怪物に言い放ち、双刃のブルースカイスピアを手にして構える。蒼天の青玉のエレメントである。
エレメントはアリカの心に呼応するように、徐々に巨大化を遂げていく。それを目の当たりにしても、怪物は怯む様子は見せていない。
「さて、一気に決めるとしますか。」
微笑むアリカの手にしている槍がさらに宿す輝きを増していく。同時に彼女のピアスの蒼い石がカウントを刻む。
やがてそのカウントがゼロとなると、槍の輝きが最大限に達する。解き放たれる光の出力が、アリカを加速させる。
光の速さに到達するほどの突進が、怪物の体を真っ二つにする。怪物の背後でアリカが着地すると、怪物は爆発を引き起こした。
「イエイ♪」
アリカが振り向き様に、マシロとミコトに向けてVサインを見せる。
「全く。どこまで人をハラハラさせれば気が済むのじゃ・・」
マシロもアリカの姿を見て苦笑を浮かべていた。
だがその直後、マシロの笑みが凍りつく。その様子に疑問符を浮かべたアリカが背後に振り返ると、そこにはセンの姿があった。
「セ、セン・・・!?」
マシロが愕然となり、アリカが慌しい様子を見せる。2人が契約を交わしていることは、2人だけの秘密にしていることだった。
しかしマイスターローブを身に着けたアリカの姿を、センに見られてしまったのだ。
怪物の出現で慌しくなってきていると判断したアリカたちは、ひとまず工場地帯を離れて近くの森の中にたどり着いていた。
「全く、心と体が休まる時間もないのう・・・!」
大きく息をつきながら、マシロが愚痴をこぼす。アリカも呼吸を整えている傍らで、センが憮然とした態度を見せていた。
「あ、あの、これは、つまり・・・」
アリカがセンに対して弁解をしようとするが、なかなか言葉が切り出せないでいる。
「こんな小娘とはいえ、まさかいっぱしのお姫様が、転び立てのオトメと契約してるとはな・・」
センは憮然とした態度のまま、アリカとマシロに視線を向ける。
「お、お願い!私とマシロちゃんの秘密なの!だから誰にも言わないで・・・!」
アリカが切実な面持ちでセンに頭を下げる。マシロもムッとした面持ちで彼をじっと見ている。
するとセンは彼女たちに背を向けて答える。
「テメェらのことを言って、オレに何の得があるんだ?オレはくだらねぇことはしねぇんだよ。」
その一言に、アリカは安堵を見せる。センはきびすを返し、マシロに近づいて声をかける。
「さっき言ったな。テメェが偽者の姫だと噂されているって・・・」
センの言葉にマシロが思いつめた面持ちを見せる。
「オレはそいつの身分とか、どこで生まれて何をしてきたかなんて関係ねぇ。姫だとか偽者だとか言う前によ、テメェはテメェだろ?」
その言葉にマシロが戸惑いを覚える。彼女は姫やヴィントブルームの王族である前に、1人の人間、マシロ・ブラン・ド・ヴィントブルームである。彼のこの解釈に、なぜか彼女は共感していたのだ。
「それにしても、テメェもテメェだ。なりふり構わずに契約しちまうんだからな。」
「し、仕方なかったんだよ。成り行きで・・・」
突き放すような言い方をするセンに、アリカは困惑気味に答える。
「だからテメェはバカなんだよ。そんな簡単に命を賭けちまうなんてよ。」
「アリカを侮辱することは許しません。」
センが愚痴をこぼしたところへ、淡々とした声が飛び込んでくる。センたちが聞こえてきたほうへ振り向くと、そこには黒いコートと帽子に身を包んだ女性がいた。
「ミ、ミユさ・・!」
「誰だ、テメェは?」
アリカの喜びの声をさえぎって、センがその女性に低い声音で言いかける。
「事情がどうあれ、この小娘は契約を交わして、自分の命を相手に預けちまってる状態にしちまったんだ。こんな馬鹿げたことがあるか・・」
愚痴を言い放つセン。かれの言動に憤りを覚えたのか、女性が突如彼に向かって飛び掛ってきた。
センはとっさに身を翻して、彼女の打撃をかわす。そして再び間合いを取って、彼は彼女を見据える。
「実力行為か・・上等じゃねぇか・・」
不敵な笑みを浮かべるセン。不吉さを思わせる状況に、アリカがそわそわし出す。
センと、黒いコートの女性、ミユが互いを鋭く見据えていた。
次回
「お前には何かしたいことはないのか?」
「これが、クサナギですか・・」
「私たちは無敵なんだから♪」
「夢ってのは、オトメってのは何なんだ・・・?」
「オトメは女の夢じゃ。命を賭けられるくらいのな・・」