舞-乙HiME -Wings of Dreams-
1st step「チヒロ・ゲイ・ハワード」
王族や貴族にとって有力とされている存在、乙HiME(オトメ)。その力は一国の軍事力に値し、待遇もかなりいいとされている。少女たちの夢の最高峰である。
そのオトメの育成を行っている唯一の学校、ガルデローべ。
ガルデローべではオトメに関する情報だけでなく、オトメの力の源となっているナノマシンの扱いも管理していた。
だがある日、ナノマシンの製造技術、ナノテクノロジーを結集させた発明品を狙って、1つの部隊が襲撃してきた。その発明品は、「破邪の剣」と呼ばれるビームサーベルである。
破邪の剣は、使い手の精神エネルギーに作用して発動される光の剣である。2本作られていた破邪の剣のうち、1本をその部隊に奪われてしまった。
ガルデローべとそれを領土内に収めているヴィントブルームは必死に奪われた破邪の剣の行方を追っていたが、部隊の行方も含め、依然として見つかってはいない。
ガルデローべはオトメ養成のために、様々な厳しい制度や課程が敷かれている。
2年制。14〜16歳までが受験可能。容姿を含む能力と可能性が入学の基準となる。在学中はオトメに必要な基礎を徹底的に叩き込まれる。
2年制のうち、1年目に相当する生徒をコーラル(予科生)、2年目をパール(本科生)と呼び、パールに進級できるのは約半分である。生徒の番号は、コーラル内、パール内の成績順に相当する。
そしてガルデローべを卒業し、オトメの資格を得た者をマイスターオトメを称する。ただしマイスターになれるのは、ガルデローべ入学者の中のほんのひと握りである。
オトメへの道は、厳しく険しいいばらの道なのだ。
「どうしてあなたはそこまでわがままなの!」
「アンタはいちいち私にうるさいのよ!」
ガルデローべの校舎の教室棟の中で、2人の女子がいがみ合っていた。
チヒロ・ゲイ・ハワード。ガルデローべのコーラルの1人。長い黒髪と落ち着いた雰囲気をしている。入学当初から好成績を収め、今もオトメになるために努めている。
チグサ・シエル・ボガード。同じくコーラルの1人。青いショートヘアと活発さが特徴。オトメになりたくてガルデローべを志願したが、入学は際どい成績だった。
普段は冷静沈着で、他のオトメたちからも評されているチヒロだが、ひとたびチグサと顔を合わせるとケンカを始める。2人は一触即発の犬猿の仲なのである。
この険悪さの最大の理由は、オトメに対する考え方の違いである。オトメは優雅で冷静に振舞わなければならないと考えるチヒロに対し、オトメは何事においても柔軟に対処するものだとチグサは考えていた。
2人の争いを聞きつけて、他の生徒たちが集まりだし、チヒロとチグサが取っ組み合いになりそうになると、数人の生徒が慌てて2人を止めたのだった。
ガルデローべの高台に位置している学園長室。教室棟、女子寮が見渡せるこの場所の室内では、1人の女性が調べものをしていた。
ナツキ・クルーガー。ガルデローべの学園長であり、マイスターオトメの中でも「五柱」と呼ばれる伝説のオトメである。
有数の王族や貴族と契約と交わす本来のオトメと違い。五柱は史上最初のオトメである真祖と契約を交わすため、マスターを持たず、単独でのオトメの力の認証と発動を可能としている。ナツキ、そして彼女の傍らで休息を満喫している女性、シズル・ヴィオーラが五柱に属している。
ナツキは今、依然として行方不明となっている破邪の剣の調査に関する報告書を黙読していた。
「まだ、見つかりまへんの、破邪の剣?」
シズルが唐突にナツキに問いかける。ナツキはひとまず報告書を机に置いて、シズルに視線を向ける。
「あぁ。破邪の剣は、オトメの力をも凌駕するとされているが、極めて危険なものだ。オトメにとっても、そうでない者にとっても・・」
ナツキが淡々と答えて見せると、シズルは微笑んで再び紅茶を口にした。
破邪の剣は強大な力を発揮する武器だが、使い手の体力、精神力をエネルギーにして発動される。双方が発動するに達していない者が使えば、その者の体力の浪費や精神の混乱を引き起こし、死に至らしめることになりかねない。たとえ扱えたとしても、使い方を誤ればあらゆるものを破壊することにもつながる。高い威力とリスクで、まさに諸刃の剣である。
「2本の破邪の剣のうち、現在我々が保管しているのはミロクだけ。クサナギはあの襲撃事件以来、そのグループも含めて行方がわからなくなっている。」
「せやけど、大きな力を持った武器やさかい。使えばすぐに分かりますやろ。」
シズルの言葉にナツキが小さく頷く。彼女たちが出した結論は、引き続き調査を続行しつつ、クサナギの発動によるエネルギーの感知を待つという平凡なものだった。
そのとき、学園長室の机に置かれた電話のベルが鳴り、ナツキが受話器を取る。
「私だ・・またあの2人が・・・」
受け答えするナツキがため息をつきながら受話器を置いた。
「どうかしはったん?」
「チヒロとチグサだ。あの2人がまたケンカを始めて騒動になっている。」
シズルに答えて、ナツキは顔をしかめながら立ち上がる。
「あらまぁ、またどすか?チヒロさんはそんな騒動を起こす人やあらしまへんのに。チグサさんも元気やけど、そこまでは・・」
「2人同士だと特別らしい。シホとナオの関係と似ているが、彼女たちより厄介かもしれない。」
2人のパールオトメを例に挙げるナツキ。
「今回はうちが行きますえ。叱り付けてばかりでは逆効果になるだけやから。」
「そうか。じゃ、頼む。」
ナツキに代わってシズルが騒動の解決を受け持ち、学園長室を後にした。
他の生徒たちに取り押さえられたチヒロとチグサは、生活指導室に連れて行かれた。そこで2人は、3人のパールオトメからの注意を受けていた。
パールオトメの成績上位3人は「トリアス」と称され、ガルデローべの生徒の生活指導を任されている。現在のトリアスは、おしとやかな雰囲気を持つアカネ・ソワール、少年のような風貌をしているチエ・ハラード、カールのかかったピンクのツーテールをしたシホ・ユイットである。
「全く、あなたたちはいつも。オトメにとって恥ずべき行為を毎度毎度・・!」
シホが呆れながらチヒロ、チグサに注意する。
「それで、今回はどちらが悪いのです?」
「こっちです!」
シホの指摘に、チヒロとチグサが互いを指差す。いい加減とも取れる2人の言動に、ついにシホが憤慨した。
「いい加減にしなさい!もう、少しは仲良くできないのかしらね。」
シホのこの言葉に、チエが思わず笑みをこぼす。
「シホくん、君とナオくんも、彼女たちのことを言えるとは思えないんだけど?」
「私は何も。ジュリエットが勝手に言いがかりをしてくるのよ。」
チエの言葉に、シホが清楚な態度を振りまく。彼女とパールNo.4のジュリエット・ナオ・チャンは犬猿の仲で、ナオに「うずまき」と言われては憤慨し、彼女自身気に入っていない「ジュリエット」という呼び名を返している。
「とにかく、このままケンカしたままにするのはよくないわ。ルナさんを呼んで協力してもらいましょう。」
アカネが微笑を浮かべて、チエとシホに促す。しかしシホは腑に落ちない様子を見せた。
ルナ・ゼロス。パールNo.25。総勢25人のパールの中では最下位の生徒である。普段はあまりやる気のない様子を見せているが、トリアスにも勝るとも劣らない能力を内在しているという見方をするオトメも少なくはない。
彼女のお部屋係を担っているのがチヒロとチグサである。「お部屋係」とは学園における風習のひとつで、パール生1人が2人のコーラル生を選び、そのコーラル生はそのパール生の身の回りの世話をすることになる。その内容はパール生によって異なる。コーラル生はその代わり、そのパール生に勉強を教わったり相談を持ちかけたりする。
「それは了承できかねますわ。トリアスの私たちがあのような人を頼りにするのはいかがなものかと思いますわ。第一、ルナさんがあのような態度ですから、この2人がオトメとしての自覚をもてないのですよ!」
「でもルナさん、同級生や後輩に対して面倒見がいいから。」
憮然とするシホにアカネが弁解する。生徒指導は本来彼女たちトリアスの務めとされているが、面倒見のよさから時折ルナが呼ばれることもあるのだ。
「そこまでです、あなた方。」
そのとき、彼女たちのいる部屋に、1人の初老の女性が入ってきた。マリア・グレイスバード。オトメの指導を担っている現役最高齢のマイスターオトメであり、ナツキのお目付け役である。厳格な性格であり、その指導も厳しいものがある。
「ミ、ミス・マリア・・」
マリアの登場にチヒロとチグサが緊迫を覚える。
「ご苦労様です。後は私とシズルさんが引き継ぎます。」
淡々と告げるマリアに、アカネが声をかける。
「ミス・マリア、ルナさんは・・」
「ルナさんへは報告だけで構いまへん。」
言いかけたアカネに答えたのは、後から部屋に入ってきたシズルだった。
「シズルお姉さま・・」
シズルの登場にチヒロが安堵の笑みをこぼした。チヒロの憧れの対象となっているオトメはシズルなのである。
「シホさん、とりあえずはこのくらいで堪忍してくれはりますか。後はうちがやっとくさかい。」
「しかし、シズルお姉さま・・」
シホが反論しようとすると、シズルが微笑を向けてきた。その笑顔にシホは押し黙るしかなかった。
「うちも生徒さんの面倒を見とうなりましたわ。」
冗談めいたシズルの態度に、アカネたちは返す言葉がなかった。その様子に構わずに、シズルはチヒロとチグサに視線を向けながら続ける。
「あの2人のように、うまく競い合って成長してくれると思ってはりましたんやけど、なかなかうまくいかんようどすなぁ。」
そういってシズルは唐突に部屋の扉を開く。すると2人の女生徒がなだれ込み、1人が床に突っ伏す。
アリカ・ユメミヤと二ナ・ウォン。2人ともコーラル生である。二ナはコーラル生の中でトップの成績を誇り、アリカも優れた能力と才能を秘めていると他のオトメたちから認められている。
顔を上げたアリカと二ナを、マリアが厳格な面持ちで見下ろしていた。アリカは苦笑いを浮かべるしかなかった。
「盗み聞きとは感心しませんね、二ナ・ウォン、アリカ・ユメミヤ。」
「申し訳ありません、ミス・マリア。」
鋭い視線を投げかけるマリアに、二ナが謝罪の言葉をかける。
「そうや。アリカさんと二ナさんには、ひとつ頼みごとをお願いしますわ。」
「頼みごと?」
突然のシズルの申し出に、アリカがきょとんとなる。
「ホントはチグサさんを行かせたかったんやけど、こんな事態やさかい・・頼まれてくれはりますやろか?」
「分かりました、シズルお姉さま。」
言葉を濁すようにも取れるシズルに、二ナは何も反論せずに受け入れた。
「これからアルタイのある人がヴィント市にやってきます。迎えに行ってもらえますやろか?」
「アルタイ?ナギ殿下かウォン少佐ですか?」
アリカがヴィントブルームの北に位置するアルタイ王国の大公と大使館の名を口にする。
「いいえ。ナギ殿下の護衛役を任されていた方どす。先日まで別の任務でエアリーズに赴いていて、本日帰国するとのことや。」
シズルの言葉を受けて、アリカと二ナは指定された場所へと向かうこととなった。その傍らで、チグサが戸惑いを浮かべていた。
ところが彼女たち2人の他に、先にその場所に向かっている人たちがいた。
マシロ・ブラン・ド・ヴィントブルーム。このヴィントブルームの幼き女王だが、おてんばな性格と言動で、いつも従者たちを困らせている。
今回、そのアルタイの護衛役を直に迎えに言ってほしいという申し出を受けて、衛兵長のサコミズ・カージナルとメイドのアオイ・セノーに連れられてヴィント市を車で移動していたが、マシロは不満さを満面に浮かべていた。
そして車が赤信号のために停車したときだった。
「ミコト!」
マシロが飼い猫のミコトを呼ぶと同時に車のドアを開け放つと、なりふりかまわずに車から通りへ飛び出した。
「あっ!マシロ様!」
突然のことにアオイが慌てて車から降り、サコミズも続く。しかし2人はマシロとミコトの姿を見失ってしまった。
「マ、マシロ様、また・・・!」
マシロの言動に半ば呆れながらも、サコミズとアオイは必死に彼女の行方を追った。
その様子を建物の裏から見つめる不気味な影があることにも気付かずに。
アオイたちからの干渉から逃れ、マシロは上機嫌で市街の通りを駆けていた。
「たましてもうまくいったぞ。あやつらもけっこう鈍いのう。」
してやったりという心境でマシロが笑顔を浮かべる。そんな彼女にミコトが淡々とついてくる。
浮かれ気分で街中を駆けていると、マシロは何かにぶつかり、その拍子でしりもちをつく。
「あぅ、いたたた・・危ないではないか・・」
愚痴をこぼしながら前を見るマシロ。その眼前には、逆立った銀髪と鋭い眼つきをした青年が立っていた。
「あぁ?危ないのはどっちだ?」
青年は低い声音でマシロに声をかけてきた。彼の前でマシロは立ち上がり、外出着についた砂ぼこりを手で払う。
「わ、わらわはこれでも急いでおるのじゃ。あやつらがいつ追いついてくるか分からんからのう・・」
「フンッ。どこかの家のお嬢様みたいな態度だな。」
気恥ずかしく言いかけたところを青年に言われ、マシロはムッとなる。
「“みたいな”ではない。お嬢様、いや、女王じゃ。」
「女王?」
「そうじゃ!聞いて驚け!わらわはこのヴィントブルームの女王、マシロ・ブラン・ド・ヴィントブルームじゃ!」
自信満々に名乗るマシロ。本来ならこれを聞いて誰もが頭を下げるものだが、青年はそれどころか敬意すら見せない。
「国の女王?ケッ!くだらねぇ。オレは国や王族の間柄でエラソーにしてるのが気にいらねぇんだよ。」
「なっ!?」
青年のこの態度にマシロは驚愕する。そしてその驚きは次第に苛立ちへと変わる。
「わ、わらわに対して何という態度じゃ!この無礼者が!」
「どこまでもナメた口叩いてんじゃねぇよ、小娘。オレは気に食わねぇ相手だったら、女子供でも容赦しねぇぞ。」
「この無礼極まりないヤツめ!少しはわらわに誠意を見せよ!」
ムキになってマシロが言い放つと、青年がさらに鋭い視線を投げかけてきた。
「誰に向かって指図してんだ・・・!?」
威圧するような彼の言葉に、マシロは追い込まれたような面持ちを浮かべて押し黙ってしまう。
そのとき、青年が背後にある何かを感じ取り、身構える。そして何事かと眉をひそめるマシロの体をつかみかかると、その場を飛び出す。
その直後、彼らのいた場所の石畳が突然強い衝撃を受けてえぐれる。
「な、何をする、いきなり!?」
いきなり突っかかられたことにマシロが憤慨するが、青年は自分たちが元いた場所に振り向いている。
そこには巨大な怪物がうなり声を上げていた。機械的、人工的に思えるその形状は、サイに近かった。
高次物質化兵器、スレイブである。
「ス、スレイブ・・!?」
マシロの表情が一変して緊迫を見せる。逃げ出す人々をよそに、スレイブが高らかと咆哮を上げる。
「何だ、あのバケモノは?」
青年が憮然とした態度でスレイブを見つめている。彼らに眼を向けたスレイブが、インプットされている標的、マシロを捉える。
「お、お前、わらわを助けてくれたのか・・・?」
マシロが戸惑いを見せながら、青年に声をかける。
「勘違いするな。オレはテメェを助けたわけじゃねぇ。よけたところにテメェがいただけだ。」
青年が言い放つと、マシロが再びムッとなる。
「それに、オレは“お前”じゃねぇ。センだ。」
「セン・・・」
青年、センの言葉にマシロが黙り込む。彼の前でスレイブが咆哮を上げ続けている。
「チッ!うっとうしいヤツが。」
センが舌打ちをすると、腰につけていた1つの筒のようなものを取り出した。何かの機械のようだったが、マシロにはそこまでしか分からなかった。
センが意識を集中し、筒を握り締めて構える。
するとその筒から光の刃が出現する。光刃のまばゆい輝きに、マシロは呆然と魅入られる。
その光刃こそ、ガルデローべが追い続けていた破邪の剣、クサナギだった。
次回
「これは破邪の剣、クサナギ・・!?」
「お、お兄さん・・!?」
「このままあなたを行かせるわけにはいきまへん。」
「コイツはオレのものだ。テメェらに返すつもりはねぇ。」
「あんな人がお兄ちゃんだなんて、アンタもけっこう大変なんだねぇ。」