-乙HiME –Crystal Energy-

6th stepINNOCENT SORROW

 

 

 ナツキの言葉を受けて、医務室に戻ったニナ。しかし悲しみが心の中に広がり、彼女はなかなか寝付けなかった。

 自分たちをかばって命を落としたエルスティン。彼女の思いが、ニナに大きな揺らぎを与えていた。

 そこへドアがノックされ、ニナがベットから起き上がる。だが彼女が開ける前にドアが開いた。

 その先にはセルゲイとイオリの姿があった。

「お、お父様・・・?」

 突然のセルゲイの来訪に、ニナが戸惑いを見せる。そこへイオリが不敵な笑みを浮かべて彼女に声をかける。

「お前には初めて顔を合わせることになるか・・オレの名はイオリ・パルス・アルタイ。ナギの弟だ。」

「殿下の弟・・・?」

 自己紹介するイオリに、ニナが当惑を見せる。

「といっても、オレは別にナギのことは兄でも何でもないと思ってる。昔から考えが合わなかったからな。」

 イオリが苦笑を浮かべながら言いかけるが、その笑みの中にはナギに対する憤りが込められていた。

「それで、私に何か用でしょうか?」

 ニナが問いかけると、イオリはひとつの箱を取り出し、そのふたを開ける。そこには邪なる黒曜石が埋め込まれたピアスが入っていた。

「ニナ・ウォン、これからもお前はアルタイのオトメとして戦ってもらう。この邪なる黒曜石を使ってな。」

「これを私が・・・それで、私のマスターは?」

 ニナがさらに問いかけると、イオリは笑みを強めてセルゲイに眼を向ける。

「お前のオヤジ、セルゲイ・ウォン少佐だ。」

「私と、お父様が・・・!?

 イオリが告げた言葉に、ニナは驚愕する。彼女は動揺をあらわにしたまま、セルゲイに眼を向ける。

「このGEMを得て強大な力を得るだけじゃない。ニナ、お前とオヤジはまさに一心同体となるんだよ。」

 イオリが淡々と告げる言葉に、ニナは思わず笑みをこぼす。彼女の中の困惑は、次第に父と運命を共にするという喜びに変わりつつあった。

「ニナ・ウォン、オレたちは平和へと向かいつつあるこの世界から完全に混乱をなくすために奮起している。セルゲイもそのための作戦に参加することとなった。」

「お父様が、ですか・・・?」

「あぁ。といっても作戦の立案と指揮がほとんどだね。あとはお前に認証を与えることぐらいか。」

 再び当惑するニナに、イオリは淡々と告げる。

「だがオレたちのその行動を妨害する輩も少なくない。お前はその連中を撃退してもらいたいんだ。」

「やってくれるか、ニナ・・・?」

 イオリに続いてセルゲイが微笑んで訊ねる。少し考えあぐねてから、ニナも微笑を浮かべた。

「分かりました。お父様のために、平和のために私は戦います・・・!」

 ニナが決意を告げて、イオリからピアスを受け取る。しかしこれはイオリの最大の作戦の幕開けだった。

 そしてこのときのセルゲイは、イオリがつけたピアスによって思念を送り込まれていた。それはイオリの目指す平和への尽力を出すことだった。

 その思念に駆られていること以外、セルゲイには何の変化もない。従って、ニナはセルゲイに疑いを持たなかった。

(これで全ての準備は整った。後は実行に移すだけだ・・・)

 イオリは胸中で不敵な笑みを浮かべていた。

 

 レムス消滅の知らせは世界中に飛んだ。各国での討議や多国間での議論が重ねられたが、国ひとつを一瞬にして葬り去った威力を備えたヴァルキリーが各国の腰を重くしていた。いつ自分たちの国に、ヴァルキリーの銃口が向けられるかもしれないのだ。

 その中で、その砲撃を止めるべく動き出す国やオトメの存在もあった。

 エアリーズではシスカとドギーの訃報を受けてガルデローベに向かっていたユキノとハルカが、そのスピードを上げていた。また、ジパングもこの事態に備えて陣営を整えると同時にある人物が先陣として出撃していた。

 そしてガルデローベも、シズルがマシロを連れて、アリカやナツキたちと合流するため先行していた。

 だが、慌しくなっている世界の行動を予測していたイオリも、指をくわえて待っているわけではなかった。

 ハイネを筆頭とした部隊を編成し、ワルキューレたちも臨戦態勢を整えつつあった。その部隊の中には、トモエと凛の姿があった。

「先に言っておくわ。私の邪魔をするなら、誰であろうと容赦しないわ。」

 トモエが妖しい笑みを浮かべて凛に言いかける。だが凛も悠然さを崩さない。

「おやおや、怖いこと。でも誰を狙ってるの?邪魔をしない意味で、教えてくれないかしら?」

「いいわ。あなたには特別に教えておいてあげる・・あのアリンコは、この私が踏み潰してやるわ・・・!」

 凛の問いかけに、トモエが笑みを強めて答える。

「アリンコ?もしかしてアリカってオトメのことね・・よかったわ。私が相手したいのはその子じゃないから。」

「そういうあなたは誰を狙ってるの?あなたもちゃんと答えてもらわないと。」

「そうね。それでこそギブ・アンド・テイクというものよね・・氷雪の銀水晶、ナツキお姉さまよ・・」

 トモエの問いかけに答えると、凛は先に歩き出した。そしてトモエに見せ付けるように、髪をかき上げてピアスを見せる。

「それじゃ、お互いに自分の目的が果たせることを祈ってるわよ。」

「油断してやられないようにね。」

 凛とトモエが言い放つと、それぞれのGEMに呼びかける。

「マテリアライズ!」

 トモエの漆黒の金剛石、凛の赤朱の琥珀が輝くと、2人はそれぞれのマイスターローブを身にまとう。2人が飛び出していくと、ワルキューレたちもオトメたちの迎撃のために出撃した。

 

 イオリに従う兵士たちに追われ、ナツキとアリカはアルタイ城の外に出ていた。五柱ゆえに真祖の認証によってオトメの力を発動できるナツキと違い、アリカはマシロの認証を得られず戦えないでいた。

「すみません、ナツキさん。力になれなくて・・」

「気にするな。今は時間を稼いで、シズルたちと合流するんだ。」

 詫びるアリカに、ナツキがエレメントの銃砲を兵士たちに向けて答える。

「まさかイオリがこの付近に潜伏していたとは・・ワルキューレなどという忌まわしき武力だけでなく、レーザー砲による上空からの攻撃まで・・・」

 ナツキは毒づきながらも、これからの行動を算段する。

「ここにいましたか、ナツキお姉さま。」

 そのとき、アリカとナツキに向けて声が飛び込んできた。その声に聞き覚えがあったナツキは眼を見開き、そのほうに振り返る。

 そこには紅のマイスターローブをまとっている凛の姿があった。

「凛・・お前、どういうことなんだ・・・!?

 驚愕するナツキに、凛は悠然と微笑む。

「ナツキお姉さま、私は今、イオリの統括する部隊の一員として行動しています。よってお姉さま、イオリに反抗するあなたを倒させていただきます。」

「お前・・!?

 言いかける凛にナツキが声を荒げる。

「アリカさん、私はあなたと同じ、国や資産家の援助も身よりもなかった。だからはじめはオトメになる夢を持ちながら、それを叶えるチャンスさえもらえなかった・・イオリに会うまではね。」

「それじゃ凛さん、イオリさんはあなたの・・」

「そう。イオリは私の命と夢の恩人。だからイオリの目指す平和を実現するために、私は戦うのよ。たとえ相手が、ガルデローベでずっと慕っていたお姉さまでも・・」

「でも、イオリさんがやろうとしているのは、みんなを押さえつけようとすることなんですよ!こんなの、間違ってる!」

「間違っていてもいい!イオリに報いることができるなら、世界がどうなっても構わない・・・!」

 反論するアリカに対して、凛は自分の思いを曲げない。凛はエレメントである2本の短刀を手にして、ナツキとアリカを見据える。

「あなたたちは他のオトメたちの迎撃に備えなさい。お姉さまたちは、私と・・」

 凛は兵士たちに指示を送りかけると、彼女の横をすり抜けて、トモエが姿を現した。

「これはこれは、学園長とアリカさん。2人とも一緒だったのね・・・」

 トモエが2人に眼を向けて妖しく微笑みかける。

「あら、アリカさん、マスターの女王様がいなくて戦えないみたいねぇ・・・タップリかわいがってやるわよ!」

 トモエが眼を見開いて、アリカに向かって飛びかかる。そこへナツキが割って入り、銃砲でトモエが繰り出した2本の小太刀を受け止める。

「アリカ、逃げろ!ここは私が・・!」

 アリカを逃がそうとするナツキだが、そこへ凛が飛びかかり、ナツキを突き飛ばす。妨害から解放されたトモエが、焦りを覚えるアリカに妖しい笑みを向ける。

「これで邪魔はいなくなったわ・・思う存分、あなたを痛めつけられるわね!」

 トモエが身構えると、アリカは慌ててこの場から駆け出した。トモエは苛立ちを見せて、アリカを追っていった。

 

 イオリたちワルキューレ部隊の猛威を止めるべく駆けつけたシズルとマシロ。だが2人はイオリに従う兵士とワルキューレたちに行く手を阻まれる。

「な、何じゃ、この者たちは・・!?

 驚愕を上げるマシロと、エレメントの長刀を手にして構えるシズル。飛びかかる兵士たちを、シズルが一閃を繰り出して撃退する。

「うちが活路を開きます。マシロ様はアリカさんのところへ。」

「そなた・・・うん、任せたぞ!」

 言いかけてワルキューレを見据えるシズルにマシロは頷き、開けた道を迷わずに駆け出し突き進んでいった。混乱するアルタイの敷地を駆け抜けながら、マシロはアリカの行方を追った。

(アリカ、いったいどこにいるのじゃ・・・!?

 アリカを追い求めるマシロは、庭園にたどり着いていた。そこで彼女は、トモエに追われているアリカを発見する。

「アリカ!」

「あっ!マシロちゃん!」

 マシロの声を耳にしてアリカも声を荒げる。2人は駆け寄り、合流を果たす。

「アリカ、全くそなたはどこまでも心配させおって・・!」

「ゴメン、マシロちゃん・・今度はこっちの番だよ。」

 不満をぶつけるマシロに詫びると、アリカは認証を求めてくる。

「しょうがないヤツじゃ。負けたら許さんぞ・・・」

 半ば呆れながら、マシロがアリカのピアスにある蒼い貴石に口付けをする。すると貴石に輝きが宿り、ローブの展開に備える。

 アリカが振り返ると、その先には小太刀を構えているトモエが立ちはだかっていた。

「マテリアライズ!」

 アリカの呼びかけで蒼天の青玉が起動し、彼女はマイスターローブを身にまとう。オトメの力を発動させた彼女が、トモエを見据えて身構える。

「まぁいいわ。私がアンタを始末することに変わりはないですもの!」

 いきり立ったトモエが飛びかかるが、アリカは拳を繰り出してトモエに殴りかかる。その打撃を体に受けて顔を歪めるも、トモエはすぐに体勢を整える。

「やってくれるじゃないの・・力が入っちゃって。そんなにエルスティン・ホーを殺されたのが憎いの?」

 トモエが哄笑を上げて言いかけるが、アリカは顔色を変えない。

「そんな気持ちでいたって、きっとエルスちゃんは悲しむよ。だから私は、エルスちゃんの気持ちを大事にして、頑張っていくことにしたの。」

「気持ちを大事に?・・・気分の悪くなる話ね・・気分が悪すぎて吐き気がするのよ!」

 憤慨をあらわにしたトモエと、友の絆を胸に秘めるアリカ。エレメントのブルースカイスピアを手にしたアリカが、トモエが振り下ろした小太刀の攻撃を受け止めた。

 

 向かってくる兵士とワルキューレたちを次々と撃退していくシズル。嬌嫣の紫水晶の力に脅威を覚え、ワルキューレも戦意を揺さぶられていた。

「諦めるんなら何もしませんえ。せやけどまだ続けるなら容赦しませんえ。」

 笑みを保ったまま目つきを鋭くするシズル。彼女を相手にして、兵士もワルキューレも前に踏み出せないでいた。

「お前たち、そんな逃げ腰でどうすんだよ?」

 そこへエネルギーを帯びた剣を手にしたハイネがやってきた。ハイネは臆している兵士とワルキューレを不甲斐なく思いつつ、シズルの前に立つ。

「ガルデローベでの借りを返しに来た。氷雪の銀水晶は、今頃別のオトメが相手してるだろうぜ。」

「アンタが次の相手どすか?心配は要りません。うちはナツキを信じてますさかい・・」

 不敵な笑みを浮かべるハイネと、笑みを崩さないシズル。2人はそれぞれの武器を構えて互いを見据える。

「うちはアンタと、決着が付けられるというもんやね・・・」

「それはよかった・・だがオレはここで負けるつもりはない。オレは五柱1人とは十分渡り合える。それはナツキ・クルーガーとの戦いで確証となった。」

「なら、アンタがどこまでやれるか、試してみましょか。」

 シズルが言いかけると、ハイネが飛びかかり、剣を振りかざす。シズルは長刀で剣を受け流し、ハイネに向けて一閃を繰り出す。

 それを身を翻してかわし、ハイネが距離を取って着地する。シズルが長刀を振りかざすと、その刀身が分割されて鞭のような動きを見せる。

 ハイネはその刃をかいくぐり、再びシズルに詰め寄る。シズルはハイネの振り下ろした剣を長刀で受け止め、2人は力比べに入る。

「お前も接近戦が得意なようだな。だが生憎オレも接近戦が得意でな!」

 眼を見開いたハイネが切り返し、シズルを突き飛ばす。何とか踏みとどまったシズルだが、ハイネがさらに追撃を繰り出してくる。

 速さではシズルが上回っていたが、力ではハイネが押していた。

(これはちょっと厄介やねぇ。せめて少し軸をずらせれば・・)

 表には出さないものの、胸中で焦りを覚え始めるシズル。そしてついに、彼女はハイネの猛攻撃に体勢を崩される。

「あっ・・!」

「もらった!」

 倒れそうになるシズルに、ハイネが剣を振り上げる。その攻撃は避けられないと、シズルは覚悟する。

 そのとき、突如鉄球が飛び込み、ハイネが横から突き飛ばされる。思わず眼を見開くシズルが、鉄球の飛んできたほうに眼を向ける。

「こんな相手に苦戦してるなんて、アンタらしくないじゃない。」

 その彼女に声をかけてきたのは、黄緑をメインカラーとしたマイスターローブを身にまとったハルカだった。ユキノからの認証を得たハルカが、シズルの危機を救ったのだ。

「あなたに助けられるようでは、うちもまだまだ甘いみたいやね。」

「弱気なこと言う余裕があるなら、さっさと終わらせなさいよね。」

 苦言を呈すシズルに、ハルカがエレメントのモーニングスターを構えて不満をぶつける。

「また新しくオトメが来たか・・エアリーズの珠洲の黄玉。また2人を相手にしろってことか・・」

 シズルとハルカを見据えるハイネが、毒づきながら剣を構える。すると2人も彼に眼を向ける。

「オレは負けるわけにはいかない。1人でも多く、マイスターオトメを叩く!」

「敵ながらいい度胸じゃないの!たとえ“断行不落”の相手でも、気合と根性で叩き伏せるわよ!」

「“難攻不落”だよ、ハルカちゃん!」

 ハイネに対抗するハルカの間違いを、エアリーズ部隊の指揮を行っているユキノが、スピーカーでツッコミを入れてきた。その指摘を気に留めず、ハルカは不敵な笑みを見せていた。

「相変わらずやねぇ。何だか負ける気がしなくなりましたわ。」

「アンタに褒められても、おだてられてる気がしてならないんだけど。」

 シズルとハルカは言いかけてハイネと対峙する。ハイネもさらなる覇気を放って、2人を迎え撃とうとしていた。

 

 

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