舞-乙HiME –Crystal Energy-
5th step「ETERNAL BLAZE」
こころの窓に立つさだめの横顔
ともしましょう夢を守るひかり
星はただひとり選べと告げる
愛するひとがわたしを呼べば変わる
ニナは生きていた。その知らせを聞かされたアリカは、エルスティンとともに学園長室に向かった。そこには既にマシロとアオイが到着していた。
「来たか、アリカ・・・エルスティンも来たのか・・・?」
アリカとともについてきたエルスティンを眼にして、ナツキが一瞬当惑を見せる。
「はい。私もニナちゃんのことが心配だから・・・」
「そうか・・・先ほど、アルタイの捜索部隊から連絡が入った。黒い谷付近の砂漠地帯で、ニナ・ウォンを保護。アルタイ城に運び、一命を取り留めている。」
ナツキが改めてニナの無事を告げる。アリカとエルスティンが安堵の笑みを浮かべる。
「ウォン少佐からニナに会ってほしいと申し出があった。私とアリカが向かうよう答えたのだが・・・」
ナツキは言いかけて、エルスティンに眼を向ける。その好意を察したエルスティンが笑顔を見せる。
「これよりアルタイに赴く。アリカ、エルスティン、一緒に来てくれ。」
「はい。」
ナツキの呼びかけに、アリカとエルスティンが答える。
「シズル、ここは任せた。まだ近くにあのワルキューレたちがいないとも限らないからな。」
「ナツキの頼みやったら、断るわけにはいかんよね。」
ナツキの言葉にシズルが笑顔で頷く。彼女に笑みを見せてから、ナツキはアリカ、エルスティンを連れて、ニナが保護されているアルタイへと向かった。
ニナの発見と無事は、革命を進めつつあるイオリの耳にも届いた。
「何?ニナ・ウォンが?」
「はい。捜索部隊が彼女を発見し、現在、治療を終えて眠っております。」
眉をひそめるイオリに、報告に訪れた兵士が答える。
「やれやれ。我が国のオトメの生還だ。これが吉と出るか凶と出るか。」
ハイネがからかい半分で口を挟んでくる。するとイオリが上着の内ポケットから1つの箱を取り出した。その箱を開けると、そこにはピアスと指輪が1つずつ入っており、それぞれ漆黒の貴石が取り付けられていた。
「GEMじゃないか・・それにしても黒いな。他のGEMと比べても真っ黒だ。」
「“邪なる黒曜石”。蒼天の青玉と同一であり、相対的存在といえるマイスターGEMだ。その特質と潜在能力のせいで、いじくることが全然できない代物だ。」
じっと見つめるハイネに、イオリが不敵な笑みを浮かべる。彼らは自分たちの所有するGEMの多くを加工しているが、この「邪なる黒曜石」だけはそれができなかった。
「ナギに知られなくてよかったぜ。コイツはワルキューレや、強化前の漆黒の金剛石よりも強力だからな。」
「それで、誰と誰に付けさせるんだ?大抵のオトメは、ワルキューレGEMか改良を加えたGEMを使ってるだろ。」
ハイネから指摘を受けるものの、イオリは笑みを消さなかった。
「この力にあのオトメ・・これ以上ない取り合わせだ。そうは思わないか?」
イオリの言葉にハイネも眉をひそめていた。
「さて、オレたちもニナの様子を見に行くか。これから忙しくなるぞ。」
イオリは言いかけると、ニナの様子を見に部屋を後にした。ハイネも呆れ気味の様子のまま、イオリの後を追った。
ガルデローベを発って数時間、アリカ、ナツキ、エルスティンはアルタイに到着した。そこで彼女たちは、黒のツインテールをした1人の女性に迎えられる。
「赤朱の琥珀」の異名を持つマイスターオトメ、有間凛(ありまりん)。ジパング出身だが、在籍はアルタイとなっている。
「お久しぶりですね、ナツキお姉さま。」
「あぁ、本当に久しぶりだ、凛。ジパングがガルデローベに赴き、オトメに対しての干渉の拒絶を告げてきてから、お前もジパングに戻っていたのだったな・・」
気さくな態度で挨拶をする凛に、ナツキが微笑みかける。
「あれ?もしかしてこの子が、あの蒼天の青玉のマイスターオトメになったっていう・・」
凛がアリカに眼を向けてナツキに言いかける。するとアリカが凛に笑顔を見せる。
「はじめまして、アリカ・ユメミヤですっ!」
アリカが元気よく挨拶すると、凛は微笑んで彼女の髪を撫でる。
「かわいいオトメね。聞くところじゃ、中途入学という形でガルデローベに入ったとか。」
「え、あ、はい・・」
凛が微笑みかけると、アリカは少し照れながら答える。
「シズルも、エアリーズのハルカ・アーミテージ准将も、アリカの将来性を賞賛している。そしてこうしてマイスターオトメとなった・・学ぶべきことはまだまだあるが。」
「アハハハ・・・」
ナツキが補足すると、アリカが苦笑いを浮かべる。
「そういえば、お姉さまはニナちゃんのことで来たんでしたね。私が案内しますよ。」
凛がアリカたちをアルタイ城へと招き入れた。敬礼を送る兵士たちを横目にしながら、彼女たちは城内の医務室にたどり着いた。
凛が医務室のドアをノックして開ける。そこにはベットの上で上半身だけ起こしているニナと、彼女の看病に来ていたセルゲイの姿があった。
「ウォン少佐、ナツキ・クルーガーがお越しになりました。」
凛が声をかけると、セルゲイが振り向き微笑みかける。顔を合わせたアリカとニナが互いに戸惑いを覚えていた。
「ニナちゃん・・・」
「アリカ・・・本当にアリカなのね・・・」
眼に涙を浮かべるアリカとニナ。アリカがたまらず飛びつき、ニナが受け止める。
「ニナちゃん、無事だったんだね・・・よかった・・・」
「相変わらずね、アリカ・・でも、懐かしい・・・」
親友との再会に喜ぶアリカと、彼女から懐かしさを感じていたニナ。2人の姿を見て、エルスティンも喜びを感じていた。
「ゴメンね・・ニナちゃん・・・ニナちゃんの気持ちを考えなかったばっかりに・・」
「いいのよ、アリカ・・私の気持ちが、あなたにも理解してもらえたから・・・」
「私もニナちゃんも寄り道にそれちゃったね・・だけど、間違ったとしても、またやり直していけばいいんだよ・・・」
互いに気持ちを通わせていくアリカとニナ。
「そのことに、やっと気づいたんだよ、ニナちゃん・・・」
強い絆を確かめるように抱擁する2人。その姿を見かねたのか、セルゲイが苦笑を浮かべて口を挟む。
「お取り込み中悪いんだけど、そういうのは場所をわきまえてやってほしいね。」
その声に我に返り、アリカとニナが赤面する。その様子にセルゲイだけでなく、エルスティンもナツキも凛も笑みをこぼしていた。
そのとき、ナツキが所持していた携帯用の通信機が振動し、彼女がポケットに入れていたそれを手にする。
「はい・・シズルか。どうした・・・?」
ナツキが応答し、シズルからの連絡に耳を傾ける。その内容に、ナツキはたまらず眼を見開き、動揺をあらわにする。
「そうか・・分かった・・・」
連絡を終えたナツキを、アリカたちが緊張を覚えながら見つめてきていた。
「あの、何かあったのですか、学園長・・・?」
ニナが声を振り絞ってナツキに問いかけた。
「・・・レムスが・・消滅した・・・」
その言葉に、アリカたちは緊迫と戦慄を覚えた。
レムスの消滅。それは全世界に戦慄を走らせることとなった。
様々な情報が飛び交う中、多くの国々は、それが大気圏圏外を浮遊しているレーザー衛星の砲撃によるものだと断定した。
早急に手を打たなければならない事態であったが、迂闊な行動を取るわけにも行かず、国々は他国への連絡の取り合いに留まっていた。
現状と打開策を見出すため、ナツキたちはしばらくアルタイに留まることとなった。その王城の傍らの庭に、アリカ、ニナ、エルスティンは出ていた。
「んー、やっぱり夜の空はいいよねー。」
アリカが夜空を仰ぎ見て、満面の笑みを見せる。
「あなたがそんなことを言っても、全然ロマンチックにならないわよ。」
「もう、ニナちゃんってばー・・」
ニナに指摘されて、アリカが肩を落とす。2人のやり取りを久しぶりに見た気がして笑みをこぼすエルスティンだが、すぐに深刻な面持ちを浮かべる。
「でもニナちゃん、安静にしなくてもいいの?今まで黒い谷の砂漠の中にいたのに・・」
「ありがとう、エルス。心配してくれて・・でも大丈夫よ。医者も見た目ほど大きなケガじゃなかったって言ってたし・・」
エルスティンの心配に、ニナが微笑んで答える。そして2人もアリカのように星空を見上げる。
「アリカちゃん、ニナちゃん、2人がまた会えたこと、私、本当に嬉しく思ってるよ。」
「えっ・・?」
エルスティンの言葉に、アリカとニナが疑問を投げかける。
「ナギ殿下がシュバルツと組んで侵攻したとき、アリカちゃんとニナちゃんは争いあった。ぶつかり合っていく2人の姿のひとつひとつ、そしてニナちゃんがいなくなってから、私は心の中に穴が開いてしまったような気分から抜けられなくなってしまって・・」
「エルスちゃん・・・」
切実な思いを口にするエルスティンに戸惑いを見せるアリカ。するとエルスティンがアリカとニナの手を優しく握る。
「またみんなと一緒にいたい。小さく何気ないことでもいいから、みんなとの時間を大事にしたい。私はそう思ってる・・・」
「エルス・・・」
眼に涙を浮かべながらも微笑むエルスティンに、ニナも戸惑いを見せる。
「そうだね・・私もみんなと一緒にいたい。ニナちゃんとも、エルスちゃんとも・・・」
「アリカちゃん・・・」
その思いを受け止めたアリカの言葉に、エルスティン自身は励まされていた。この友情と絆が、エルスティンにとってかけがえのないものだった。
「私とニナちゃんは先にマイスターになったけど、エルスちゃんもマイスターになれるよ。絶対なれるって私は信じてる。」
アリカの励ましの言葉を受けて、エルスティンはついに涙をこらえることができなくなった。すがりついてきたエルスティンを、アリカは優しく抱きとめる。
「あらあら。相変わらず仲良しだこと。」
そのとき、アリカたちは声をかけられて振り返る。その先の物陰から、マイスターローブをまとっているトモエが姿を現した。
「トモエちゃん・・・!?」
アリカが身構えながらトモエを見据える。トモエは妖しい笑みを浮かべてアリカに言いかける。
「不便よねぇ。マスターの認証がなければ、あなたはオトメの力を使えない。でも今の私は違うわ。実在するマスターも真祖様も必要とせずにオトメの力を使うことができる・・・」
笑みを強めていくトモエが眼を見開き、感情をむき出しにする。
「だから今のアンタを仕留めるのは簡単なことなのよ!」
いきり立ったトモエがエレメントの短剣を握り締めて飛びかかる。明確に見えてきた彼女のローブに、ニナは驚愕し、判断が遅れた。
(戦えないけど、このままじゃみんなが・・・!)
ニナとエルスティンを守ろうとするアリカだが、トモエに対抗する術がない。
「アリカちゃん!」
そのとき、エルスティンが飛び込み、アリカを抱えて飛びのこうとする。だがトモエが突き出してきた短剣がエルスティンのわき腹に突き刺さった。
「エルスちゃん!」
激痛に顔を歪めるエルスティンにアリカが叫ぶ。ニナはとっさに突進を仕掛けて、トモエを横から突き飛ばす。
不意を突かれて横転したものの、トモエはすぐに体勢を立て直し、ニナを睨み付ける。
「よくも邪魔してくれたわね、ニナ・ウォン・・傷だらけの分際で!」
憤慨するトモエが短剣を振りかざす。だがそこへ一条の砲撃が飛び込み、トモエの突撃を阻んだ。
アリカ、ニナ、トモエが振り返った先には、エレメントの銃砲を構えたナツキの姿があった。
「トモエ・マルグリッド、ここで何をしている!」
ナツキが言い放って、トモエに向けて銃砲の銃口を向ける。だがトモエは妖しい笑みを崩さない。
「これはこれは、学園長もいらしてたんですか。ですがたとえあなたでも、革命と私の行動は止められませんわ。」
トモエはナツキに言い放つと、飛び上がってこの場から姿を消したエレメントを消失させたナツキが、エルスティンに駆け寄っているアリカとニナに眼を向ける。
「エルス・・・!」
「エルスちゃん!しっかりして!」
ニナが愕然となり、アリカが涙ながらに呼びかける。するとエルスティンが閉ざしていた瞳を開き、2人に微笑みかける。
「アリカちゃん・・無事だったんだね・・・」
「エルスちゃん・・よかった。すぐに学園長さんとセルゲイに頼んで、何とかしてもらうから・・!」
笑みをこぼしたアリカがエルスティンを抱えようとする。だがエルスティンは首を横に振った。
「私も、アリカちゃんやニナちゃんの力になれたんだね・・こうして、アリカちゃんを助けることができた・・・」
「エルスちゃん、ダメだよ!これからみんなでオトメになって、一緒に頑張るんでしょ!」
エルスティンの言葉に、アリカが再び悲痛の叫びを上げる。
「心配しないで、アリカちゃん、ニナちゃん・・・どんなことがあっても、私はずっとそばにいる・・ずっと一緒だから・・・」
「エルスちゃん・・・」
「アリカちゃんとニナちゃんに会えて・・本当に嬉しかった・・・」
アリカたちに笑顔を見せたエルスティンの手から力が抜け、アリカが握っていた手から滑り落ちる。その手が地面にだらりと落ち、エルスティンからの呼吸が途切れた。
「エルスちゃん・・・エルスちゃん!」
命を閉じたエルスティンを抱きしめて、涙を流すアリカ。ニナも悲痛さを噛み締めて、自分の胸を強く押さえていた。
ナツキもこの事態に憤りを感じずにはいられなかった。
「ひとまず客室に運ぼう。アリカ、そばについていてほしい。」
「ナツキさん・・・」
悲しみを噛み締めてのナツキの言葉に、アリカは涙を見せながら頷く。
「ニナは医務室に戻れ。ウォン少佐を心配させてはいけない・・学園には私が連絡しておく・・・」
「分かりました、学園長・・・」
ニナも沈痛の面持ちのまま頷く。マイスターローブを解除したナツキが、トモエが去ったほうに振り返り、考えを巡らせていた。
(しかし、イオリの部隊に所属しているトモエが、なぜアルタイに・・・?)
トモエはガルデローベの生徒であり、アルタイとは直接的な関係はない。それがなぜイオリの下で、漆黒の金剛石を使用していたのか。
(まさかイオリがこのアルタイに・・・!?)
思い立ったナツキが駆け出し、城内に飛び込んだ。その様子に疑問を感じつつも、ニナは彼女に言われたとおりに城に戻った。
レムス消滅に関する情報を、セルゲイも細大漏らさずに情報を探っていた。しかし彼の単独での捜索だったため、作業は難航していた。
そんな中、部屋のドアがノックされ、セルゲイは作業の手を止めて席を立ち、ドアを開ける。
「大使館のお前がこんな時間に作業とは、ずい分と頑張るものだな。」
その先にいたのはイオリだった。セルゲイは今日起こったガルデローベへの襲撃と、その首謀者が誰なのか知っていたため、イオリに不審を抱いていた。
「そう怖い顔しないでくれよ。オレはお前をどうかしちまうわけじゃねぇんだ。」
「では、何の用ですか?」
苦笑をうかべるイオリに対し、セルゲイは険しい顔を崩していない。
「セルゲイ・ウォン、お前にコレを渡しておこうかと思ってな。さっきも言ったが毒や爆弾じゃねぇよ。」
イオリはセルゲイに対して1つの箱を見せてふたを開ける。その中にあったのは、「邪なる黒曜石」のGEMの付けられたピアスと指輪だった。
「これは、マイスターGEM!?・・それも、邪なる黒曜石・・・!?」
驚愕するセルゲイを見て、イオリは笑みを強める。
「セルゲイ、お前にはオトメのマスターになってもらう。その邪なる黒曜石は、あらゆるオトメを凌駕する力を発揮するだろう。」
「しかし、それを誰が・・・!?」
「それはお前が1番よく分かっていると思うが?」
言い放つイオリの言葉に、セルゲイはさらに驚愕を募らせる。思い立ったセルゲイがイオリに詰め寄る。
「あなたはニナに、さらなる過酷を与えるつもりなのですか!?ナギ殿下が起こした侵攻の中、ニナはアリカとの戦いを強いられてしまったんですよ!」
「だからその悲劇が起きないようにセルゲイ、お前がニナのマスターとなるんだよ。そうすれば大切な娘と運命をともにすることになるんだよ。」
反論するセルゲイだが、イオリは考えを変えようとしない。
「すみませんが、あなたのその申し出を受けることはできません。どうしてもこの貴石の力を発動させたいなら、他の者を・・」
セルゲイがイオリの言葉を拒んだ直後だった。突如背中から痛烈な打撃を受け、セルゲイは倒れて意識を失う。その背後には剣を手にしているハイネの姿があった。
「この人も見た目と違って、けっこう頑固だからね。」
剣を収めたハイネがセルゲイを見下ろして悠然と言いかける。
「かつて“ノースハウンド”といわれていても、今は誠実な大使館だ。反抗されることは予想のつくことだ。」
イオリも不敵な笑みを崩さず、淡々と語りかける。
「だがこういうときに備えて手立ては用意してある。」
イオリはセルゲイに眼を向けて、箱から指輪を取り出した。そして彼は邪なる黒曜石とは別に、もう1つピアスを取り出した。