-乙HiME –Crystal Energy-

3rd stepChange The World

 

 

 シズルたちがトモエと対峙していた頃、ナツキは一通の連絡を受けた。それはイオリがこのガルデローべに赴いたという知らせだった。

 整列する少女たちの前に立つイオリとハイネと、ナツキは邂逅を果たす。

「お出迎え感謝します、ガルデローベ学園長、ナツキ・クルーガー。」

「これはどういうことですか、イオリ・パルス・アルタイ?何の事前の連絡もなく、あのような部隊を引き連れてくるとは。」

 会釈をしてみせるイオリに、ナツキがいぶかしげに問いかける。するとイオリは笑みを崩さずに答える。

「この度は兄のナギ大公の引き起こした無礼と失態、心からお詫びいたします。その償いとして、私は世界の復興に全力を注ぐ所存です。」

「尽力には感謝いたします。ですが、この部隊は・・?」

 ナツキが少女たちに眼を向けると、イオリは不敵な笑みを浮かべて答える。

「彼女たちはオトメの科学力を元手に生まれた新たなる力を備えた精鋭たち。ワルキューレとお呼びください。」

「ワルキューレ?」

「何物、何事においても日々進化、発展していかなければなりません。もちろんオトメたちも。ナツキ・クルーガー、あなたたちオトメの力を貸してほしいのです。これからの世界のために。」

 イオリがナツキに向けて手を伸ばし、協力を求める。だがナツキはその受け入れることができなかった。

「イオリ殿、あなたの行動には賛同できません。」

 ナツキの返答にイオリが笑みを消す。

「あなた方がしようとしているのはおそらく、武力による阻害勢力の排除。その手段では決して世界が安定することはありません。」

「つまり、オレたちの行動に賛同できないと?」

 次第に口調が冷淡になるイオリだが、ナツキも態度を変えない。

「お引取り願いましょう。ここはガルデローベ。少女たちがオトメという夢をつかむための場所です。あなたの考えている力による平和は受け入れられません。」

 イオリの申し出を拒むナツキ。するとイオリはおもむろに笑みをこぼす。

「あなたは思っていた以上に頑固なようだ。もっとも、そんなことは些細なことに過ぎないがな。」

 イオリが指を鳴らすと、その背後に控えていた少女たちの眼つきが鋭くなる。

「マテリアライズ!」

 彼女たちの呼びかけを受けたピアスの石が輝く。そして彼女たちの体を漆黒の甲冑が包み込む。

「これは・・!?

「彼女たちは平和への改革のために行動する漆黒のオトメ、ワルキューレ。オトメの科学力と能力を分析して、その力が開花したのだ。」

 驚愕するナツキに、イオリが不敵な笑みを浮かべて答える。ワルキューレとしての力を発動させた少女たちは、散開してその猛威を振るう。

 突然の襲撃にガルデローベは騒然となった。その事態に生徒、講師たちが窓から顔を見せてきた。

「なになに!?何なの!?

 窓から顔を見せるイリーナが驚きの声を上げる。

「アリカちゃん・・・」

 遅れて外の慌しさを眼にしたエルスティンが不安の面持ちで呟く。彼女たちの見つめる先で、漆黒の鎧をまとった少女たちが、学園内の建物や敷地に向けて刃を向けてきた。

 

「マシロ様、大変です!ガルデローベが・・!」

 ワルキューレによるガルデローベへの襲撃を、マシロとアリカもアオイを通じて耳にした。2人は私室の窓からガルデローベを見つめ、煙が上がっている学園を目の当たりにした。

「大変!エルスちゃんやイリーナちゃん、みんなが・・・!」

「待て、アリカ!そなた1人で突っ走っても何にもならんじゃろう!」

 きびすを返すアリカをマシロが呼び止める。躓きそうになりながらも、アリカは何とか踏みとどまる。

「そなたがオトメとしての力を発揮するのは、わらわの認証があればこそじゃ。わらわも行くぞ。」

「マシロちゃん・・」

 マシロの言葉にアリカが安堵の笑みをこぼす。

「我らも行きますぞ、マシロ様!マシロ様たちだけに向かわせるわけには行きません!」

 そこへ衛兵長、サコミズ・カージナルが飛び込んできた。だがマシロは微笑んだまま、首を横に振る。

「それはこっちのセリフじゃ。わらわもそなたらを危険に飛び込ませるわけにはいかん。」

「マシロ様・・・!」

「今ガルデローベを襲っている連中が、城に攻め来ぬとは限らん。そなたらは城の警備を怠るな。」

 指示を送るマシロに、サコミズは涙をこらえながら敬礼を送り、部屋を飛び出した。

「それじゃアリカ、私たちも行くぞ!」

「うんっ、マシロちゃん!」

 駆け出すマシロの呼びかけにアリカは頷く。駆け出していく2人を、ミコトも追いかけていった。

 

「お前たち、どういうつもりだ!?

 ナツキがたまらず声を上げると、イオリは不敵な笑みを浮かべたまま彼女に言いかける。

「これは平和への改革だ。世界は混乱の芽を摘まなくてはならないんだよ。」

「平和への改革!?・・お前、何を企んでいる!?

「平和は全ての共有によって成り立つもの。わずかでも敵対の意思のある反乱分子は叩き潰さなければならない。そうしなければ再び世界に混乱が起こることになる。」

「バカな・・!?

「ナツキ・クルーガー、お前のこの選択はあまりにも軽率かつ滑稽だったな・・」

 憤りを覚えるナツキに、イオリが笑みを強める。

「さて、どうする?考えを改めるなら、攻撃を中断させてもいいが・・・降伏か崩壊か、どちらを選ぶ?」

 イオリがナツキに選択を迫る。するとナツキも不敵な笑みを見せる。

「選択肢はもうひとつある。」

「何?」

 ナツキのこの言葉にイオリが眉をひそめる。

「マテリアライズ!」

 ナツキの呼びかけを受けて、彼女の左耳のピアスに付けられた石が輝く。マイスターGEMが起動し、彼女は銀色のローブを身にまとう。

「ナツキ・クルーガー。五柱の1人にして、“氷雪の銀水晶”の異名を持つマイスターオトメ・・」

 イオリがナツキの姿を見て不敵に笑う。ナツキはエレメントの銃砲を構え、イオリに告げる。

「イオリ・パルス・アルタイ、すぐに攻撃を中止せよ。さもなくば、私がお前たちを止める!」

「ワルキューレを止めるか・・ならやってみるんだな。ワルキューレと五柱のマイスター、どちらが上なのか確かめさせてもらおうか。」

 ナツキの警告を聞き入れず、イオリはワルキューレたちの進攻を見つめる。警告を聞き入れないと判断したナツキは、ワルキューレに向けて銃砲の銃口を向ける。

 そのとき、彼女の視界に1人の青年が飛び込んできた。刀身に電光を宿した剣を振りかざすハイネだった。

 ハイネはナツキに向けて一閃を繰り出す。ナツキは後退してかわし、ハイネの光刃は草地を削り取った。

「そのエレメント、どう見ても遠距離向きだ。いくら五柱でも、不利な状況に追い込めば倒すのは簡単だ。」

「たとえどんな逆境に立たされようと、私はお前たちの勝手にはさせない!」

 剣を構えるハイネに対し、ナツキが眼つきを鋭くして銃砲を構えた。

 

 ガルデローベの襲撃を察したアリカとマシロ。学園に到着した2人は、ワルキューレたちの猛威を目の当たりにする。

「こ、これはいったい・・!?

 学園で巻き起こっている惨劇に、マシロが眼を見開く。

「とにかくやめさせなくちゃ!マシロちゃん、認証を!」

 アリカの呼びかけを受けて、マシロが気を落ち着けて頷く。

「アリカ・ユメミヤ、我が名において、汝の力を解放する。」

 マシロがアリカの耳のピアスの蒼い石に口付けし、認証する。

「はい、マスター!」

 認証を受けたアリカが、混戦の中のワルキューレたちを見据える。

「マテリアライズ!」

 アリカの呼びかけで、彼女の体を蒼い輝きをまとった衣が包み込む。蒼きマイスターGEM「蒼天の青玉」の力を発動させて具現化したマイスターローブである。

「みんな、やめて!もう誰かを傷つけるようなことはしないで!」

 アリカが真剣な面持ちで呼びかけると、ワルキューレたちが攻撃の手を止めて彼女に振り返る。

「あれはマシロ女王のオトメ、アリカ・ユメミヤじゃない。」

「新米のマイスターオトメなら、私たちなら十分に遊べるわね。」

 アリカに眼を向けた漆黒の少女たちが、勝気な笑みを見せて向かってくる。彼女たちはエレメントの槍を振りかざして、蒼天の乙女に攻撃を仕掛ける。

 アリカは飛翔してその攻撃をかわすが、他のワルキューレの打撃を受けて苦痛を覚える。そしてその痛みは、彼女のマスターであるマシロにも伝達する。

 契約を交わしているオトメとそのマスターは一心同体であり、それがオトメが主を命を賭けて守る存在である要因ともなっている。

 アリカはマシロの身を案じながら、ワルキューレへの反撃を開始する。打撃と衝撃波を駆使しつつ、彼女はエレメントであるブルースカイスピアを出現させる。

 蒼き輝きを帯びた槍を振りかざし、ワルキューレの槍をなぎ払っていく。攻撃の手を失った少女たちが歯がゆさを浮かべながら後退していく。

「もうやめて・・どうしてこんなことするの・・!?

 アリカがブルースカイスピアの切っ先を向けて問いかけるが、ワルキューレたちは焦りを浮かべるだけだった。

「答えたくないならそれでもいい。だけど今すぐここから出てって!」

 感情をむき出しにするアリカ。そのとき、ひとつの黒い影が飛び込み、アリカを突き飛ばす。

「キャッ!」

 苦悶を浮かべるものの、アリカはすぐに体勢を立て直す。突っ込んできた相手を見て、彼女は眼を疑った。

「ニナちゃ・・」

「やっぱり来ていたのね、アリカさん。」

 アリカが言いかけたところで、乱入してきた少女、トモエが妖しく微笑み、彼女に声をかけてきた。トモエがまとっているのは、かつてアリカの親友、ニナがナギとの契約によって発揮した「漆黒の金剛石」である。

「トモエ、ちゃん・・・!?

「馴れ馴れしく呼んでくれちゃって・・・前々からアンタのことが気に入らないんだよ、私は!」

 困惑を見せるアリカに対し、トモエが憤慨をあらわにする。その憤りの理由、そしてなぜニナが持っていたGEMをトモエが持っているのか、アリカは分からなかった。

「アンタたちは失せるのよ!このおバカさんは私が仕留めるから!」

 トモエが感情をあらわにしたまま、周囲のワルキューレに呼びかける。そしてエレメントである2本の剣を振りかざし、アリカに向かって飛びかかる。

 その一閃をかわすものの、アリカはトモエに対する疑問を拭えずにいた。

「トモエちゃん、どうしてニナちゃんの・・!?

「そう。これは間違いなく、ニナさんが使ってた漆黒の金剛石。私はそれを改良したものを使ってるの。」

 アリカの問いかけにトモエが淡々と答える。

「どうしてこんなことを!?どうしてみんなを!?

「どうして?シズルお姉さまに気に入られているアンタが、私は気に入らないのよ!」

 問い詰めるアリカに、トモエが怒号を上げながら言い放つ。

「シズルお姉さまは私だけのもの!私だけが気に入られればそれでいいのよ!それなのに、アンタばかり眼をかけられて・・許せない!ええ、許せるものか!」

「そんな勝手なこと、シズルさんもみんな、喜ぶはずないよ!」

「だから馴れ馴れしくするな!・・どうして、どうしてこんな小娘が、シズルお姉さまに気に入られるのよ!」

 激昂するトモエが、必死に訴えかけるアリカに打撃を見舞う。その衝撃で降下していくものの、アリカは空中で体勢を立て直す。

「私はシズルお姉さまをものにする!そのためにアリカ・ユメミヤ、アンタを叩き潰す!」

 トモエは2本の剣の柄を合わせて、アリカに向かって飛びかかる。戦いの中で葛藤にさいなまれ、アリカは反撃することに迷いを抱いていた。

「何をしておるのじゃ、アリカ!反撃しなければやられてしまうぞ!」

 アリカの受ける痛みを感じながらも、マシロが彼女に呼びかける。だがそれでもアリカの迷いは振り切れなかった。

 やがてトモエの一閃を受けて、アリカが地上に叩きつけられる。満身創痍に陥った彼女の前に、トモエが悠然と降り立つ。

「こんなものなの?お城の暮らしに慣れすぎちゃったとか。ちゃんと乳酸菌取ってる?」

 傷ついた体に鞭を入れるアリカを、トモエがあざ笑う。

「それとも、私を哀れんでるって、くだらない考えでも起こしてるのかしら?」

 トモエの妖しい笑みが次第に消えていく。

「アンタに哀れみかれられると、はらわたが煮えくり返るのよ!」

 怒号を言い放つトモエに呼応するかのように、彼女の持つ剣が巨大化する。その刀身に漆黒の稲妻がほとばしる。

「感謝しなさい!アンタは私の全力で始末してあげる!せめて華々しく散りなさい!」

 トモエが哄笑を上げながら剣を構えて、アリカにとどめを刺すべく飛びかかる。

 そのとき、アリカの眼前に稲光が轟き、金色の壁が出現する。障壁はトモエの突進を受け止めるが、その突進力に突き崩されて大爆発を起こす。

 その爆発に吹き飛ばされるトモエとアリカ。そのアリカを受け止めたのは、シスカとともに駆けつけたドギーだった。

「大丈夫か?」

 眼を開けたところでドギーに声をかけられ、アリカが驚きを覚えつつ振り返る。そこで彼女は、不敵な笑みを見せているドギーの顔があった。

「ドギーさん・・!」

「アリカ!」

 声を上げるアリカに、マシロが駆けつけてきた。ドギーに支えられていたアリカが地面に足をつける。

「何とか追いついたようだな。オレを運ぶためにシスカとシズル殿の手を煩わせてしまった。」

「シスカさん、シズルさん・・」

 苦笑を浮かべて言いかけるドギーに、アリカが当惑する。視線を移した先には、エレメントの杖を構えてトモエを見据えているシスカの姿があった。

「遅くなってしまったわね、アリカさん。後は私とドギーに任せて、あなたは生徒たちの避難に向かって。」

「でも、シスカさん・・!」

 シスカの指示に声を荒げるアリカだが、シスカはアリカに微笑を見せて諭す。

「ホントはお金が絡んでないとやる気がなくなるんだけど、乙女の卵たちの危機を黙って見過ごすわけにはいかないからね。」

「シスカさん・・」

 シスカの言葉を受けて、アリカは気持ちを落ち着けて真剣な面持ちを見せる。シスカとドギーにこの場を任せ、アリカはマシロを連れて生徒たちの避難の援護へと向かった。

「さて、久しぶりの大勝負になりそうだ。他の連中はオレに任せろ。シスカはあのオトメを相手にしてくれ。」

「分かってる。あの子の力、私が止めてみせる。だからドギーもしくじらないでよ。」

 互いに声を掛け合って頷き合い、身構えるドギーとシスカ。2人に対し、トモエは憤りをあらわにしていた。

「みんな好き勝手なことを・・・たとえお姉さまだとしても、決して許してはおけない!」

 いきり立ったトモエが2人に向かって飛びかかる。するとドギーが剣を引き抜き、地面を円状に切りつけて砂煙を巻き上げる。

 視界をさえぎられたトモエが動きを止める。舞い上がる砂塵からシスカが飛び出し、エレメントの杖をトモエに向けて振りかざす。

 トモエは剣を構えて杖を受け止める。力比べとなり、トモエとシスカがエレメントをつかむ手に力を込める。

「あなたは、コーラルのときではN0.2だったらしいじゃない!普通に頑張っても、十分正式なマイスターオトメになれたはずなのに!」

「それだと私の求めるものは手に入らない!私がほしいのは絶対の力と、シズルお姉さまの全て!」

 シスカの問いかけに、トモエが感情をあらわにして答える。

「私は全てを手に入れてみせる!邪魔をするものは何であろうと、私の手で全て破壊する!」

 トモエはシスカを力任せに押し付け、突き飛ばす。地面に衝突しそうなところで、シスカは踏みとどまって衝突を回避する。

(さすが漆黒の金剛石。一筋縄ではすぐに跳ね返される。)

 地に足をつけたシスカが、憤りをあらわにしているトモエを見据えた。

 

 

4th step

 

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