舞-乙HiME –Crystal Energy-
2nd step「Wings of Words」
この日もヴィントブルームをはじめとした各国の報告書の山と格闘していたマシロ。手伝いをする羽目となっているアリカの横で、ミコトはあくびをしてのん気にしていた。
「全く減らんのう。いくら世界が平和に向かってるといっても、この事態はどう見てと平和とは言えんぞ!」
頭を抱えて愚痴をこぼすマシロ。その横でアリカは窓からガルデローべのほうを見つめていた。
「コラ、アリカ!外を眺めてないで、少しは手伝ったら・・・」
怒りかけたマシロも、おもむろにアリカと同じほうを見つめる。そしてアリカの心境を察して笑みを見せる。
「ガルデローべが気になるのか?それならわらわも同じじゃ。」
「ゴメンね、マシロちゃん・・私もマシロちゃんもみんなも、まだまだ忙しいっていうのに・・」
気持ちを落ち着けて言いかけるマシロに、アリカが笑みを作る。オトメという夢を目指して生活や学業をクラスメイトたちと分かち合ってきた学び舎。親友たちがどうなっているのか、アリカは気になって仕方がなかったのだ。
ため息をひとつついてから、マシロはアリカに笑みを見せる。
「しょうがない。気晴らしに学園に行ってみるとするか。」
「マシロちゃん・・?」
「わらわもガルデローべのことが気になっておったところじゃ。そなたのような無礼者がいないかどうか見ておかないとな。」
「もう、マシロちゃんったら意地悪いって〜・・・」
からかうマシロにアリカが不満を見せる。その反応に笑みをこぼし、マシロは頷く。
「さて、そうと決まったら行くぞ。アリカ、マシロ。」
「でもマシロちゃん、まだお仕事が・・」
「ボヤボヤしていると置いてくぞ。」
不安を口にするアリカの言葉を無視して、マシロがミコトともに部屋を出て行った。アリカは思わず笑みをこぼしてから、彼女を追いかけた。
それからしばらくしてから、マシロのメイド、アオイ・セノーの声が響き渡ったことは、アリカたちは知らなかった。
時刻は正午となり、ガルデローべでは昼休みとなっていた。昼食を取っている生徒だけでなく、オトメを目指して精進する生徒も少なくなかった。
そんな学園を訪れていたアリカ、マシロ、ミコト。かつて夢を目指して奮起していた場所に久しぶりに訪れて、アリカは思わず喜びを感じていた。
そしてアリカの眼に、かつての旧友たちの姿が飛びこんできた。エルスティン・ホー、イリーナ・ウッズである。
「あっ!エルスちゃーん!イリーナちゃーん!」
アリカの声にエルスティンとイリーナが振り向き、アリカの姿に笑みを浮かべる。駆け寄ってきたアリカは、親友との再会に喜びを見せた。
「アリカちゃん、久しぶりだね。」
「どう、アリカちゃん?マイスターとしてうまくやってる?」
エルスティンとイリーナの歓迎に、アリカが照れ笑いを見せる。
「なに、他の者と比べたらまだまだひよっこじゃ。じゃが心配はいらん。わらわがしっかりと面倒を見るから。」
「コラ、マシロちゃん!私だってやるときはちゃんとやるんだから!」
マシロにからかわれてアリカがふくれっ面になる。そのやり取りにエルスティンとイリーナが笑みをこぼしていた。
「ところでアリカちゃん、ニナちゃんは・・・?」
エルスティンの突然の問いかけに、アリカたちから笑みが消える。その様子にエルスティンが後悔を覚える。
「ゴ、ゴメンなさい・・私、そんなつもりじゃ・・」
「ううん、気にしないで、エルスちゃん。エルスちゃんはニナちゃんを心の底から心配しているんでしょ?大丈夫だよ。ニナちゃんは必ずどこかで元気でいるよ。」
「そうだよね・・ありがとう、アリカちゃん・・・」
弁解するアリカに、エルスティンは微笑んで感謝した。
イオリはワルキューレ部隊を引き連れて、ある国家を目前としていた。彼が狙いを定めているのは、高度な科学技術を狙って野心を秘めている帝国「カルデア」である。
イオリはトモエ、ハイネを含むワルキューレたちの力の確認を兼ねて、進攻に邪魔なカルデアを排除しようと企んでいた。
「ホントに攻め落としてもいいのかい、イオリさん?相手は一応一国家ですよ。」
ハイネが冗談混じりに問いかけると、イオリは不敵な笑みを浮かべて答える。
「アルゴスの謀略は目障りになってきてな。放っておいても別にいいんだけど、オレたちの力を試すには丁度いい相手だ。」
「そうですの?では遠慮しなくてもいいですね。」
そこへトモエが歩み出て微笑みかける。彼女の左耳のピアスには漆黒の金剛石がつけられていた。
「オレの予想では多分1時間もしないうちに片付くと思うけど、自分たちのペースでやってちょうだい。」
イオリが言いかけると、ワルキューレたちが一礼する。それを見て頷くと、イオリは改めてトモエに眼を向ける。
「トモエ・マルグリッド、お前は塊麗(れんめい)の縞瑪瑙(しまめのう)、フィア・グロスの相手を頼む。あまり弱い相手だと、お前のほうが不満になるだろうから。」
「かしこまりました、イオリ様。私に任せてください。」
イオリの言葉を受けてトモエはカルデア王城を見据え、歓喜と狂気を掛け合わせた笑みを浮かべた。
「見ていなさい。この私が、全てを掴み取るのよ。シズルお姉さま・・・マテリアライズ!」
シズルへの想いを胸に秘めて、トモエは漆黒のGEMに呼びかける。彼女の体を漆黒のマイスターローブが包み込む。本来は契約を交わしている主の承認を得なければ、オトメはその力を発揮することはできないのだが、改良を加えているこの漆黒の金剛石は承認なしで力を発現することができた。
周囲のオトメたちもワルキューレローブを具現化し、身にまとう。
「すごい・・これが漆黒の金剛石の力・・・体から力があふれてくる・・・」
漆黒の力に歓喜を覚えるトモエ。その力をかみ締めて、彼女は改めてカルデアを見据えた。
「では行くぞ。戦闘開始だ。カルデアを徹底的に壊滅させるんだ。」
イオリの指揮を受けて、トモエ、ハイネを始めとしたワルキューレたちが行動を開始した。
突然でありながら堂々とした襲撃にカルデアの兵士たちは驚きを覚えるものの、すぐに迎撃に出る。しかしワルキューレの驚異の力を受けて、兵士たちが次々となぎ倒されていく。
「こんなものか、カルデアの衛兵は!」
悠然さをあらわにしてあざけるハイネ。
次第に劣勢になっていくカルデアの防衛のため、マイスターオトメ、フィア・グロスが姿を現す。だが彼女の前に、漆黒のローブをまとったトモエが立ちはだかる。
「悪いですね。あなたの相手は私です。」
「我が国と我が主のため、お前たちのこれ以上の侵攻を許さん!」
妖しく微笑むトモエに対し、フィアは鋭い眼差しを向けてポールウェポンを構える。
オトメは「エレメント」と呼ばれる武具を具現化する力を備えている。コーラルオトメは共通の棒のエレメントだが、パールオトメ、マイスターオトメは各々形状の異なるエレメントを使用している。
2本の短刀を手にして、トモエがフィアに向けて飛び出す。トモエの一撃目をエレメントで受け止め、二撃目を飛翔してかわすフィア。
「ウフフフ。なかなかやるわね。でも私の力は、こんなもんじゃないわよ!」
トモエが2本の短刀を結合させ、さらに力を注いで巨大な剣へと変貌させる。その脅威にフィアが眼を見開く。
「もう誰も、私を止めるなんてできないのよ!」
歓喜の笑みを浮かべながら、トモエが飛びかかり、大剣を振りかざす。その加速化された勢いで繰り出された一閃が、フィアの体を貫いた。
「今までありがとう、お姉さま。そして、さようなら・・・」
優しく、そして妖しく微笑みかけるトモエの前で、フィアが息絶え、光の粒子となって消滅した。同時にフィアのマスターであるアルゴスも運命をともにして消滅した。
突然の襲撃によって、カルデアは崩壊の末路を辿ったのだった。
カルデアの突然の崩壊は、瞬く間に世界中に知れ渡った。平和へと向かっていた情勢に支障が起こり、ナツキは頭を抱えていた。
「全く、どこの誰の仕業だ!?いきなり国家を襲撃するとは・・・!」
「そんなに気、張り詰めたらあきまへん。これでも飲んで。」
苛立ちを隠せないナツキに、シズルが紅茶を差し出す。そこでナツキは気を落ち着けてから紅茶を口にする。
「シズル、お前はカルデアに向かってきてほしい。こちらもこちらで状況の把握を続ける。」
「ナツキの頼みやったら気兼ねなく引き受けます。せやけどエアリーズも動き出すんとちゃいます?」
「ユキノ大統領が動かないはずがないだろう。ハルカやシスカに会うことがあるかもしれない。そのときはよろしく。」
ナツキの言葉にシズルは微笑んで頷くと、カルデアに向けて出発した。
同じ頃、エアリーズにもカルデア崩壊の知らせが舞い込んできていた。ユキノも深刻な面持ちになり、ハルカは苛立ちを隠せないでいた。
「いきなり何なのよ、やぶから蛇に!」
「やぶから棒だよ、ハルカちゃん・・」
憤慨しているハルカの間違いを指摘するユキノ。
「とにかく、カルデア襲った連中見つけ出して、おしりペンペンしてやるんだから!」
「カルデアに向かうなら、私たちが行きますよ。」
ハルカがいきり立ったところへ、シスカが大統領室に入ってきた。
「私とドギーは賞金稼ぎで磨いてきた腕がありますからね。調査ぐらいならお安い御用です。でも安い仕事は何だか気が引けてしまいますね・・」
意気込みを見せた途端にシスカが肩を落とす。だがハルカは引く様子を見せない。
「それにハルカお姉さまのマスターはユキノ大統領でしょ?もしも戦闘になったら、認証を得られないあなたはどうするのですか?」
シスカに言いとがめられて、ハルカは押し黙ってしまう。シスカは笑みを崩さずに話を続ける。
「ユキノさん、ここは私たちに任せてください。必ず正体を突き止めて、情報をお送りいたします。」
「分かりました、シスカさん。ですがくれぐれも気をつけて。戦闘も極力避けてください。」
ユキノの言葉にシスカとドギーが頷く。そして2人はエアリーズの使者として、カルデアへと向かった。
カルデア殲滅を成功させたイオリ。モニタールームにいる彼の前には、3人の女帝の立体映像が姿を現していた。
「よくやった、イオリ・パルス・アルタイ。お前たちの力、見事だった。」
「これで平和への革命の幕が切って落とされた。そなたらが希望への架け橋をかけてやるのじゃ。」
女帝たちがイオリに向けて褒め言葉をかける。だがイオリはその言葉を鼻で笑う。
「勘違いしないでくれ。確かに平和への革命をオレたちは起こしている。だがその平和はお前たちが思い描いているような理想郷なんかじゃない。」
「言葉を慎め、イオリ。お前は我々の描く革命のために動けばよい。それが真の平和への一歩となるのだ。」
女帝の1人が言いとがめるが、イオリは不敵な笑みを崩さない。
「お前たちこそ言葉を慎むことだな。オレは革命の指揮者。平和の先に人々が敬うのは、そのために尽力を注いだ、このオレのほうだ・・・」
イオリは女帝たちに言い放つと、きびすを返してこの場を後にする。女帝たちが彼の言動に憤りを覚える。
「おのれ、小童の分際で・・!」
「放っておいてもよかろう。答えはおのずと出る・・」
イオリの言動に対し、女帝たちはしばらく様子を見ることを決め込んだ。
カルデアの崩壊を、アリカもマシロも耳にしていた。2人は動揺の色を隠せず、困惑を見せていた。
「全く、どこの無礼者じゃ!せっかく世界が安泰に向かっておるというのに!」
憤慨するマシロがたまらず机を叩く。その拍子で、机の上の書類の何枚かが床に落ちる。
「落ち着いて、マシロちゃん。私もこんなことが起きて、辛いんだから・・・」
「分かっておる・・とにかく、犯人を見つけ出して取り押さえねば・・アリカ、すぐにカルデアに向かうのじゃ!」
「えっ!?私も!?ダメだよ!いざというとき、認証がないと戦えないし・・それにシズルさんがカルデアに向かったって聞いたし・・」
アリカの不満を込めた言葉に、マシロが顔を引きつらせるも、渋々頷いた。
「そ、そうか・・じゃが万が一ということもある。それなりの準備だけはしておいたほうがよかろう・・」
マシロの言葉に、アリカは微笑んで頷いた。
崩壊したカルデアにたどり着いたシズルは、その状況を把握していた。そこで彼女は、同じく調査のためにカルデアを訪れていたシスカとドギーと会った。
「あなた方も来てはりましたのやね。エアリーズの指示ですか?」
「といっても、半分はビジネスみたいなものだ。本職はバウンディハンター、賞金稼ぎだからな。」
微笑んで言いかけるシズルに、ドギーは気さくに答える。だがこの場の現状を目の当たりにして、彼らは笑みを消す。
「これは相当のやり手の仕業だな。」
ドギーの言葉にシズルが無言で頷く。
「カルデアは高い軍事力を誇っている。特に塊麗の縞瑪瑙、フィアお姉さまは強いオトメです。それを・・・」
「スレイブの仕業ではないようやね。アスワドの仕業とも・・・」
シスカの言葉に答えるシズル。ナギが引き起こした一件を機に、アスワドはヴィントブルームと表向きに協定を結んでいる。無意味な破壊行為は行わないものとオトメの多くは信じていた。
「私は少し現状を調べてから、ガルデローベに戻ります。シスカさん、あなたたちは?」
「私たちは少しこの近辺にとどまって、情報を調べてみます。何か分かりましたら、ガルデローべにも報告を入れておきますね。」
「あらあら。わざわざカルデアまでお越しになられたのですね、シズルお姉さま。」
シズルとシスカが言葉を交わしていたところへ、別の声がかかってきた。振り返ったシズルたちの前には、トモエの姿があった。
「トモエさん・・・?」
「コーラルNo.2、いいえ、もうNo.1ね。トモエ・マルグリッドさんね?」
眉をひそめるシズルの横で、シスカがトモエに問いかける。するとトモエは妖しい笑みを浮かべる。
「お久しぶりですね、シスカ・ヴァザーバーム。でも私がここにいるのは、シズルお姉さまに会うため。」
「あら。私にわざわざ会いに来てくれはったん?これは光栄やね。」
シスカに対しては一瞥の態度を見せるトモエだが、シズルは笑顔を崩さずに言いかける。
「お姉さまには特別に教えて差し上げますわ。カルデアをこのようにしたのは私たちですわ。」
「トモエさん・・・!?」
トモエの言葉にシスカが驚愕を覚える。だがトモエは悪びれる様子もなく、話を続ける。
「私、イオリ様からすばらしい力を授かりましたの。この、漆黒の金剛石を。」
トモエは髪をかき上げて、左耳につけられている漆黒の貴石をシズルに見せる。シズルは落ち着いた面持ちであったが、シスカとドギーは驚愕をあらわにしていた。
「そんなものを身に着けて、何を考えてはるん?あなたは、あなたが所属している一団は・・」
シズルは笑みを崩さずに、突き刺すような鋭い視線をトモエに向ける。
「申し訳ありません。今は詳しくは教えられません。代わりに別のいいことをお話しましょう。」
「いいこと?」
「私たちの次の標的はヴィントブルーム、風華宮ですわ。」
トモエのこの言葉を聞いて、シズルがようやく笑みを消した。
「トモエさん、少しおいたが過ぎますね。お仕置きしましょうか。」
「シズルお姉さまにお仕置きされるなんて光栄の極みですわ。ですが私にもやることがありますので・・マテリアライズ!」
トモエの呼びかけを受けて、耳のピアスの石が起動する。物質化された漆黒のローブが彼女を包み込む。
「どうして・・真祖や実在のマスターの認証もなく、ローブを身に着けるなんて・・!?」
シスカの驚きを尻目に、トモエは笑みを浮かべて両手を握り締める。
「これが私が新しく手に入れた力、漆黒の金剛石ですわ・・私はこの力を使って、全てを手に入れてみますわ。もちろんシズルお姉さま、あなたも・・」
トモエはそういうと眼を見開き、大きく飛翔していった。その眼には野望と欲望が秘められていた。