-乙HiME –Crystal Energy-

1st stepDreamWing

 

 

目覚めを待つ国のむかしのはなし

ささげましょう胸に宿るひかり

星になるきぼう、あしたが見える

愛するひとよ、待ってておくれ

 

 

 宇宙移民時代に人類が発見した惑星のひとつ「エアル」。地球の文化を継承しつつ、新たな近代科学を開発し、発展を繰り返してきた。

 その科学力の結集とされているのが「乙HiME(オトメ)」の存在である。王族や貴族とマスターとして契りを交わし、命を賭けて闘いを舞うオトメは、少女たちの憧れとなっていた。

 そのオトメを育成する学園「ガルデローべ」。オトメになるために、多くの少女たちが学園の門を叩いてきた。

 そして特例を受けてこの学園に入学した1人の少女、アリカ・ユメミヤ。アリカは同じ夢を目指す親友やクラスメイトたちと、親交、協力、対峙、そして喜怒哀楽を分かち合ってきた。

 だがその絆は、世界レベルの反乱の中で大きく揺らいだ。

 学園内で競い合い、また親友として分かち合ってきた少女、二ナ・ウォン。世界の反乱の中、ニナはアルタイ王国大公、ナギ・ダイ・アルタイと契約を交わし、「漆黒の金剛石」の力を解放してアリカと対峙した。

 ヴィントブルーム女王、マシロ・ブラン・ド・ヴィントブルームと契約し、「蒼天の青玉」の力を解放したアリカと、漆黒のオトメとなったニナが衝突した。互いの力は拮抗していたが、アリカもニナも互いに剣を向けることに対して、無意識のうちに躊躇していた。

 だが国の存亡と世界の命運を背にして、2人は一歩を踏み出した。それでも闘いの優劣に変化は見られず、体力だけが費やされていった。

 そんな2人の闘いも決する瞬間が訪れた。2つのエレメント、アリカのブルースカイスピアとニナの大剣が激しくぶつかり合った。

 周囲はまばゆい閃光に包まれ、世界は一瞬白んだ。そしてその光の中から現れたのはアリカだけだった。

 二ナの姿はどこにもなかった。行方が分からなくなった親友に対し、アリカは涙をこぼしていた。

 そしてナギの耳に付けられていた漆黒のピアスが砕けた。だがナギに何の異常は見られず、二ナの消息は生死も含めて分からなくなってしまった。

 

 こうして、竜王戦争以来の抗争に発展した世界は平穏を取り戻し、各国は安泰を取り戻していた。

 人々のために全身全霊を賭けることを決意したマシロの先導の元、ヴィントブルーム城に新たなシンボルが掲げられた。太陽を連想させる華をかたどったものである。

 そのシンボルから新たな女王の決意と情意を感じて、人々は次第に安らぎを覚えだしていった。そして改めてシンボルを見上げたマシロも、満足げに頷く。

「ようやく城が再建した。街も笑顔が戻ってきておるし。」

 そしてマシロの笑みに真剣さが宿る。

「あのシンボルに恥じぬよう、この国の女王として務めなければ・・・」

 改めて決意を胸に秘めるマシロ。その横に並んだ少女、アリカに眼を向けて、マシロはムッとした面持ちをしてみせる。

「アリカ、いつまでそんな顔をしておるつもりじゃ?」

「マシロちゃん・・・」

 マシロの声に反応するアリカに、普段見せている元気が見られない。

「ニナの行方が分からなくて辛いのはわらわも同じじゃ。じゃがいつまでもそんな調子じゃと民にまで伝達してしまうぞ。」

「でもマシロちゃん、私、やっぱりニナちゃんのことが・・・」

「それにニナがもし帰ってきたとき、そなたはそんな顔を見せつつもりか?」

 マシロのこの言葉に、アリカはハッとする。二ナはこの世界のどこかに生きていて、必ず帰ってくる。あのときは生死を賭して争ってしまったが、必ず分かり合えると信じている。

 アリカもマシロも、心の中でそう願っていた。

「さて、女王としての仕事はまだまだ残っておる。アリカ、ミコト、行くぞ。」

 マシロの言葉にアリカが笑顔で頷き、マシロの飼い猫のミコトが気のない鳴き声を出していた。

 

 ガルデローべでは、この日も未来のオトメの育成のための授業が行われていた。その敷地内にある学園長室では、学園長、ナツキ・クルーガーが報告書に眼を通していた。

 ヴィントブルームを中心とした世界情勢やガルデローべの生徒の情報だけでなく、ニナの行方も彼女は気にかけていた。

 オトメとそのマスターは契約において一心同体である。一方が倒れればもう一方も倒れることになる。二ナの生存はその主であるナギの健在が証明しているはずだったが、その契約の証である漆黒の石は粉砕し、その証明を示すことができない状況にあった。

「何だか、切羽詰っとるようやなぁ。」

 そんな学園長室に1人の女性が入ってきた。「嬌嫣(きょうえん)の紫水晶」の異名を持つマイスターオトメ、シズル・ヴィオーラである。シズルはアリカがオトメを目指すきっかけとなった人でもあり、シズルも時折アリカに親切に接してきた。

 シズル、そして「氷雪の銀水晶」の異名を持つナツキは、伝説のマイスターオトメ「五柱」のうちの2人である。五柱は真祖と契約を交わしているため、実在するマスターを持たない。

「世界の情勢は次第に安定化しているが、まだまだ不安要素は残っている。」

「不安要素?あの女王様やったら心配いりまへん。しっかりしてきてるし、アリカさんもついてますさかい。」

「それは私もさほど気がかりにはしていない。お前と同じように、私も信じているからな。」

「せやったら、ニナさんのことですか・・・?」

 シズルが改めて問いかけると、ナツキは深刻な面持ちになる。何も答えない彼女の反応を、シズルは肯定と察した。

「漆黒の金剛石は砕け散り、二ナの行方は依然として分かっていない。ナギが生きていることが、二ナの無事につながることにならない・・」

 ナツキがさらに深刻に考え込むと、シズルが微笑んで答える。

「あんまり根詰めすぎても疲れるだけです。少し休んだほうがよろしいわ。」

「そうだな・・少し羽休めをするのも悪くないな・・・」

 シズルの言葉を受けて、ナツキも微笑みかけて頷く。

「ひとまず学園を見て回るとしよう。未来のオトメたちの頑張る様を直に見ようと思う。」

「初心に帰るのも、いいかもしれまへんし。」

「べ、別にそんなつもりじゃ・・」

 笑みを見せるシズルに、ナツキが声を荒げて赤面する。

「ウフフフ。失礼。うちも付き合いますわ。」

 席を立ったナツキに、シズルも後に続いていった。学園長室前の通りを進むところで、ナツキは再び口を開いた。

「ナギはアルタイの牢獄に幽閉され、今ではウォン少佐がアルタイをまとめようとしている。だがそこへ、ナギの弟と名乗る者が現れた。」

「弟?」

 眉をひそめるシズル。ナツキは真剣な面持ちで続ける。

「ここ数年アルタイを離れ、ナギとは別の政略を行っていたようだ。イオリ・パルス・アルタイ。ナギと同じ風貌をしているが、黒髪をしていてナギ以上に残忍な性格の持ち主だ。」

「そのイオリさんがアルタイを?そんな様子は見られないみたいやけど・・」

「アルタイの状勢には直接は関与していない。ナギの擁護を行っている様子もない。何度か面会はしているようだが。ウォン少佐はイオリの動向に関して、少し様子を見るそうだ。」

 ナツキの説明を受けてシズルが頷く。

「とにかく、私たちも様子見することにしよう。こちらもこちらでやらなくてはならないことがあるからな。」

 ナツキはオトメのため、世界のために行動することを改めて決意するのだった。

 

 ヴィントブルームの北方に位置する軍事国家、アルタイ。世界混乱を目論んだナギが拘束され、現在ではセルゲイの指揮の元、国民は復興に向けて奮起していた。

 その下層に点在している牢獄。その奥の独房に1人の少年が捕らわれていた。

 ナギ・ダイ・アルタイ。アルタイ王国大公だったナギは、漆黒の金剛石によるニナとの契約を果たし、世界制圧を目論んだが、ニナはアリカとの戦闘によって行方が分からなくなり、戦力を失ったナギは逮捕。このアルタイの牢獄に身を委ねることとなった。

 その牢獄の前にやってきた1人の男。アルタイ王国大使館であり、ナギのかつての側近であったセルゲイ・ウォンである。

 セルゲイはニナの養父であり、世界が安泰へ向かっている現在も彼女の捜索に全力を注いでいた。

「やぁ、セルゲイ。久しぶりだね。」

「お久しぶりです、殿下。」

 牢屋の中のナギに対して、セルゲイが頭を下げる。するとナギが気さくな笑みを浮かべて答える。

「僕はもう殿下じゃないよ。王座も名誉も剥奪されたからね。ところでどう?世界の様子は。」

「状勢は回復傾向にありますが、まだ問題は山積みです。引き続き全力で解決に当たるつもりです。」

「そう。ところで、イオリが戻ってきてるんだよね?」

「はい。今はこの国の行く末を見守っているようですが・・」

 落ち着きを崩さないナギに、セルゲイも淡々と答える。

「しばらく会わないうちに、ずい分と見下げ果てた姿になってしまいましたね、お兄さま。」

 そこへ1人の少年が下りてきて、ナギに声をかけてきた。ナギと同じ顔だが、白銀の髪のナギと違う黒髪。イオリ・パルス・アルタイである。

「君は相変わらずって感じだね、イオリ。」

 ナギは顔色を変えずにイオリに答える。

「念のため言っておくけど、オレはアンタと違って征服や地位や名誉に興味はない。アルタイをはじめとした世界の成り行きを見守っていくつもりさ。」

「そうかい?まぁ、僕が口出しすることじゃない。というより、口出しできる立場でもないしね。」

 始めの礼儀など微塵も感じさせないような大きな態度を見せるイオリだが、ナギは笑みを返すだけだった。

「それでは私はそろそろ失礼します。イオリ様もあまり長居なさらぬようお願いします。」

「分かってるよ、ウォン少佐。オレもそろそろ出て行くから。」

 ナギと別れて牢獄を出て行こうとするセルゲイに、イオリが憮然とした態度で答える。するとセルゲイが足を止めて振り向かずに告げる。

「それと、そのような態度は周囲の反感を買いかねませんよ。仮にもあなたは殿下の弟と名乗り出た人間。軽はずみな言動は慎んでください。」

「それはちょっと聞けないかもね。お兄さまと違って、オレのこの態度は生まれつきの筋金入りだから。」

 注意をするセルゲイだが、イオリは全く聞き入れようとしない。さほど気に留めずに、セルゲイは改めて牢獄を後にした。

(ニナ、早く戻って来い。オレはお前が無事でいることを信じている。だからお前も元気な姿で、オレのところに帰って来い・・・)

 胸中でニナを思い、セルゲイは自分のやるべきことに向けて歩き出した。

 

 世界で有数の中立国「エアリーズ」。その大統領、ユキノ・クリサントは、世界情勢の回復に全力を注いでいた。

 その大統領室に1人のオトメが入ってきた。「珠洲の黄玉」、ハルカ・アーミテージ。ユキノの幼馴染であり、彼女のマイスターオトメである。シズルをライバル視しており、ガルデローべ時代では彼女に対して負けん気を見せていた。

「今帰ったわよ、ユキノ。全く、他国の王や貴族といったら度胸のない連中ばっかなんだから。」

 世界情勢の視察から戻ってきたハルカが、呆れながら愚痴をこぼす。そんな彼女の愚痴をユキノが笑顔で聞き入れる。

「ダメだよ、ハルカちゃん。みんな一生懸命にやってるんだから。」

「だからって何の考えも対策もないような態度を見せてくれちゃって!“やくも”にやればいいってもんじゃないのよ、政治は!」

「“闇雲”だよ、ハルカちゃん・・・」

 ハルカの間違いを、ユキノが落胆の面持ちで指摘する。

「世界が良好に向かっても、行き当たりばったりなのは相変わらずですね、ハルカお姉さま。」

 そこへ1人のオトメと1人の男が大統領室に入ってきた。

 「霹靂の金水晶」の異名を持つマイスターオトメ、シスカ・ヴァザーバームと、そのマスター、ドギー・バウンディである。2人はエアリーズ公認の賞金稼ぎであり、国の要請で指名手配犯を捕まえる職務を受け持っている。

 シスカはハルカの後輩であり、彼女のお部屋係を受け持ったこともある。ハルカの信念である気合と根性を叩き込まれ、現在では有力のオトメとして活躍している。

 シスカの言葉に対して、ハルカがムッとなり、ユキノが再び笑顔を見せる。

「おかえりなさい、シスカさん、ドギーさん。」

「平和になってるっていっても、犯罪が全くなくなったとはいかないようだ。小さいながらも犯罪者が沸いて出て、賞金首になってくる。」

 ドギーがため息混じりに愚痴をこぼす。しかしシスカは笑みを絶やさない。

「そうカリカリしないで、ドギー。おかげでこっちに仕事が舞い込んでくるんだから。」

「それでシスカさん、ニナさんの消息はつかめましたか?」

 本題に入るユキノの言葉に、シスカも真剣な面持ちになる。シスカとドギーは本業の賞金稼ぎの傍ら、ニナの捜索を行っていた。しかしニナは依然として発見されていない。

「分かりました・・引き続き捜索を続けてください。」

 ユキノの言葉にシスカは頷き、ドギーとともに大統領室を後にした。

 

 アルタイ近辺に停止している大型艦。イオリが移動の際に利用しているものであり、何者かの襲撃に対する武装も多く備えている。

 そのモニタールームにて、整列している少女たちの前に立つ1人の青年がいた。イオリ直属の特殊部隊を統率する隊長、ハイネ・ヴェステンフルスである。

 ハイネはイオリから新たに結成した部隊の指揮を任されていた。しかし堅苦しいのに不満を持っていたハイネは、いつもの気さくな態度を振舞っていた。

「まぁ、そんなピリピリすんなよ。みんな気楽にいこうぜ。」

 気楽に言いかけるハイネだが、少女たちは慄然とした態度を崩さない。その様子にハイネが肩を落としたところで、イオリが姿を現した。

「みんな揃っているようだな。とりあえず準備は整ったってところか。」

 少女たちを見渡して、イオリが不敵な笑みを浮かべる。彼の横に1人の少女がいることに気づいて、ハイネが眉をひそめる。

「イオリさん、その子は?新しい入隊者なわけ?」

「まぁね。それもただの入隊者じゃない。この部隊の戦場での指揮を務めるリーダー格だ。」

 ハイネに少女を紹介するイオリ。すると少女は一礼して不敵な笑みを見せてくる。

「ガルデローベ、コーラルNo.2、トモエ・マルグリッド。ニナ・ウォンが不在だから、事実上ではトップということになるけど。」

 イオリが少女、トモエを紹介すると、トモエは周囲の少女たちに眼を向ける。

「イオリ様、ヴェステンフルス隊長、みなさん、よろしくお願いしますね。」

 トモエが挨拶を交わすが、少女たちは一礼するだけで慄然とした態度を崩さない。その中でハイネが気さくな笑みを見せる。

「オレのことはハイネでいいよ。オレ、あんまり堅苦しいのは苦手なんだよね。」

「そうは参りません。隊長は私たちワルキューレ部隊を指揮する方ですから・・」

「ハーイーネ。」

 かしこまるトモエに対して、ハイネは気さくな言動を改めようとしない。

「ではハイネ隊長と呼ばせていただきます、ハイネ隊長。」

「ハイネ隊長かぁ・・まぁ、いいか。」

 互いに観念したような言動を見せるトモエとハイネ。イオリは2人のやり取りを見て半ば呆れるも、すぐに気持ちを切り替えて少女たちに呼びかける。

「それではそろそろ始めるとしようか。平和のための前進、進攻、攻撃をね・・・」

 少女たちに呼びかけるイオリの表情が狂気に満ちる。彼は懐からひとつの貴石を取り出した。漆黒に染まった石だが、邪な力を宿していると想像できた。

「イオリ様、これは・・!?

 驚きを見せるトモエにイオリはその石を見せる。

「“漆黒の金剛石”。ニナ・ウォンがナギと契約して力を発現させていたマイスターGEMさ。損傷を受けていたものを、呪詛の黒曜石と掛け合わせて改良を加えている。真祖や実在のマスターを必要としないで、オトメの力を発現できるというわけさ。」

 説明を告げるイオリが、思わず笑みをこぼしているトモエに石を差し出す。

「トモエ、お前が使うといい。1度破損しているこのGEM(ジェム)は、ニナとナギの契約が解除されている状態にある。心置きなく使える。」

「イオリ様・・・ありがとうございます。」

 漆黒の石を手にしてトモエがイオリに一礼する。彼に見えないように、彼女は不敵な笑みを浮かべていた。

 ひそかに野望を抱いているイオリと、漆黒の力を手にして歓喜を覚えているトモエ。彼らの平和という名の進攻が、今まさに開始されようとしていた。

 

 

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