仮面ライダーオメガ 第25話
海道竜也。これまで信じてきた正義に裏切られ、絶望し、その復讐に燃える男。
竜也は正義にまつわる全てのものに憎悪を向けていた。警察や刑事を世界を脅かす敵と見て、次々と手にかけてきた。
これを罪とは思っていない。むしろ罪悪感を感じるべきなのは、自分が手にかけてきた敵のほうである。
竜也の心には、常に正義への断罪が存在していた。
ある日、竜也は街中である光景を目にした。ゲームコーナーにて、仮面ライダーを題材にしたカードゲームを楽しむ子供たちの姿だった。
(世界を守る正義のヒーロー・・そんなものはただのまやかしだ・・あの光輝もオメガも、正義というまやかしに取り付かれた愚か者に過ぎない・・)
正義にあふれたその姿を愚かしく思う竜也。世界を正すにはその正義を覆す必要があると、彼は思っていた。
「泥棒!誰かその人を捕まえて!」
そこへ声がかかり、竜也が振り返る。1人の男が駆け込み、1人の女性が追いかけていた。
竜也は興味を示さず、騒々しさを嫌ってこの場から去ろうとした。
「止まりなさい!」
逃げる男の前に1人の少女が立ちはだかる。苛立ちを見せながらも、男は構わずに突き進む。
その男に向けて、少女がパンチを繰り出す。その一撃を顔面に受けて、男が昏倒して気絶してしまった。
「ハァ・・あ、ありがとうございます・・・」
「ううん、困ったときはお互い様ですよ・・」
感謝の言葉をかける女性に、少女、くるみが弁解する。男は警察に連れて行かれ、女性はくるみと別れた。
「くるみさんも、ムチャするようになりましたね・・」
そこへヒカルが姿を見せて、くるみに微笑みかける。するとくるみが不満げに言いかける。
「これも光輝のせいね。アイツの暑苦しい正義のせいでこんなになっちゃったのよ・・」
「悪いことではないですが・・これも正義の味方が発端ですけどね・・」
肩を落とすくるみに、ヒカルが笑顔を見せる。
「お前たちも、正義を信じているのか・・・?」
その2人に向けて、竜也が声をかけてきた。見知らぬ人物にくるみもヒカルも当惑を覚える。
「それほど信じてるわけじゃないけどね・・でも知り合いにバカみたいに正義を信じてるヤツがいるけどね・・」
くるみが光輝のことを思い出しながら答える。
「ところであなたは誰?どこの誰か分からない人に真面目な話をされてもね・・」
「オレは海道竜也だ。お前たちの口にする正義を憎んでいる・・」
くるみに訊ねられて、竜也が名乗る。彼の言葉を聞いて、ヒカルは困惑を感じていた。
「どういうことなの、正義を憎んでるって・・・?」
疑問を投げかけるくるみに、竜也は胸の中に抱えていたものを打ち明けることにした。
「竜也さんに、そんなことが・・・」
竜也の話を聞いて、ヒカルが動揺をあらわにする。彼が権力による差別や排他を生み出す正義に絶望し、その憎悪をたぎらせていることに、彼女は平穏さを保てなかった。
「最近増えてきたよね・・自分たちの都合ばかり考えて、好き勝手なことばかりやってる人・・」
竜也に話を聞いて、くるみが世の中の理不尽への不満を口にする。
「このままヤツらを野放しにすれば、世界は取り返しがつかなくなるほどにまで朽ち果てる・・そうなる前に、オレがヤツらを・・」
「えっと・・あたしが言えたもんじゃないんだけど・・復讐って、失敗しても成功してもいい気分がしないのよね・・」
怒りを募らせて拳を振るわせる竜也に、くるみが言葉をかける。
「だがやるしかない・・やらなければ、いつまでたってもいい気分にはならない・・・」
「それでもいい気分にならない・・あたしも、経験したことがあるから・・・」
くるみは微笑みかけると、竜也とヒカルに幼い頃の話を打ち明けた。
光輝は子供の頃から正義感の強かった。曲がったことが嫌いで、いじめやいたずらをする子に注意することも多かった。
だがそれに不満を持つ子供たちから、光輝は暴力を振るわれることになった。自分の正義を決して曲げようとしなかったが、光輝は子供たちにボコボコにされてしまった。
傷ついた光輝を見て、くるみは怒った。彼女は仕返しのつもりで、子供たちを打ち倒して観念させた。
仕返しは成功した。だがくるみの気持ちは晴れなかった。
いいことをしたはずなのに気分がよくならない。なぜ嫌な気分になってしまうのか。それが分からず、くるみは不安を募らせていった。
塞ぎこんでしまったくるみに、光輝が声をかけてきた。
「仕返しや復讐は、悲しみしか生まないよ・・」
光輝が口にした言葉に、くるみはきょとんとなる。
「やっつけた人を悲しませた・・そんな気持ちが入ってきて、辛くさせちゃうんだよ・・怒ったって、いい気分になるわけがない・・・」
「・・・それで、光輝は今、嬉しいの?悲しいの・・・?」
「とても悲しい・・・くるみちゃんが、とても悲しそうにしているから・・・くるみちゃんには、元気を見せてほしい・・・」
光輝の切実な言葉に、くるみが戸惑いを覚える。気持ちが揺らぐ中、彼女は顔を上げて光輝に振り向く。
「もう1度、元気な姿を見せてほしいなぁ・・」
光輝がくるみに笑顔を見せて、手を差し伸べてくる。無邪気な彼を見て、くるみが肩を落とす。
「光輝くんに慰められるようじゃ、あたしももうおしまいね・・」
「ちょっと、ひどいよ、くるみちゃん・・・」
くるみの言葉を聞いて、光輝が落ち込む。
「でもありがとう・・光輝のおかげで、元気を取り戻せたよ・・」
くるみは感謝の言葉を告げると、光輝の手を取って立ち上がる。彼女は元気を絶やさない決心をするのだった。
仕返しや復讐は心を満たさない。その虚無感をくるみは知っていた。
だが、くるみの話を聞いても、竜也は正義への憎悪を消そうとしなかった。
「そんなことで、オレの考えが変わると思ってるのか・・・?」
竜也がくるみに対して冷淡な態度を見せる。
「言ったはずだ。オレがやる以外にもはや術がないと・・たとえこの先に絶望しかなくても、オレはヤツらを叩きのめす・・」
「・・けっこう頑固なんだね、竜也くんも・・」
自分の考えを貫き通そうとする竜也に、くるみが笑みをこぼす。
「さっき言ったあたしの知り合い・・竜也くんの嫌いな正義の味方が大好きな人だけど、頑固なところなのは同じね・・」
「頑固か・・揺るがない決意と覚悟を持たなければ、何も成し遂げられない・・そんなヤツらがぶつかり合ったとき、確実にどちらが破滅することになる・・」
再び語りかけるくるみに、竜也が思わず苦笑をこぼす。
「その正義の味方に言っておけ。オレに会わないように祈れ、と・・」
竜也は言いかけると、くるみとヒカルの前から立ち去っていく。
「竜也さん・・・」
心配を隠せなくなったヒカルが、たまらず竜也を追いかけていった。
「ちょっと、ヒカルちゃん!」
くるみが呼び止めるのを聞かず、ヒカルは竜也を追いかけていった。
1人街中を歩いていく竜也。だが近づいてくる足音を耳にして、彼は足を止める。
「お前か・・まだ用があるのか・・?」
「すみません・・・ただ、あなたのことが心配になってしまって・・・」
息を絶え絶えにするヒカルの言葉に、竜也が眉をひそめる。
「オレに情けをかけようとしても無意味だ。オレはこの考えを変えるつもりは全くない・・」
「何でも1人で背負い込もうとしてもムリですよ・・みんなと一緒なら、力を貸してあげることも止めてあげることもできます・・」
「仲間、とでも言いたいのか?・・だがその仲間ですら疑わしいものだ。愚か者は平気で他人を裏切り利用する。お前たちもオレを欺こうとしているのではないのか?そんな失態をさらすくらいなら、オレは1人でやる・・」
「そんなことないです・・私やくるみさんは、本気であなたのことを・・・」
「騙そうと企んでいるヤツは、すぐにそんなことを口にする・・その手には乗らないぞ・・」
あくまでヒカルや他人を信じようとしない竜也。正義に裏切られたことで、彼の中に周囲への疑念が渦巻いていた。
「・・・くるみさんたちがいなかったら、私はどうなっていたか分からなかったと思います・・・」
「ん?」
ヒカルが口にした言葉に、竜也が再び眉をひそめる。
「私、記憶がないんです・・今の名前も、くるみさんたちにつけてもらったんです・・・」
「記憶喪失なのか・・・?」
「みんな協力してくれているんですけど・・まだ何も思い出せなくて・・・」
沈痛の面持ちを浮かべるヒカルに、竜也が戸惑いを覚える。冷徹に徹してきてから初めて感じる動揺だった。
「お前は失われた記憶を、取り戻そうと思っているのか・・?」
「えっ?・・はい・・取り戻せるなら・・・」
竜也が投げかけた問いかけに、ヒカルが当惑しながら頷く。
「だったらどんなことがあってもやり遂げようとしなければ叶わない・・記憶というのはそれほど重いものだと思う・・・」
「はい・・それは私も十分に分かっています・・・」
言葉をかける竜也に、ヒカルが小さく頷く。そのとき、竜也はヒカルに対する自分の言動に違和感を感じていた。
(どういうことなんだ・・・オレが、信じているわけでない相手に、こんな言葉をかけるとは・・・)
揺れ動く気持ちに、竜也はさらなる困惑に襲われる。
(惑わされるな・・そこを付け込んでくるヤツもいるんだぞ・・・)
迷いを振り切ろうとする竜也。その後ろ姿を目にして、ヒカルも困惑していた。
「ずい分と仲のいいことだな、お前ら・・・」
そこへ1人の男が現れ、竜也とヒカルに声をかけてきた。
「ちょっとお金に困ってんだ・・金を貸してくんねぇか?」
「何だ、お前は?いきなり図々しいな?」
手招きしてくる男に、竜也が目つきを鋭くする。
「そんなこと、お前らの知ることじゃねぇんだよ・・ずべこべ言わずにさっさと金出せ・・・!」
「思い上がるな・・お前のような愚か者が、この世界を壊しているんだよ・・・!」
脅してくる男に、竜也も鋭く言い返してくる。その態度に男が苛立つ。
「何ワケ分かんねぇことぬかしてんだ!?」
いきり立った男が竜也に殴りかかる。だが男が繰り出した拳を、竜也は軽々と受け止める。
「お前のようなヤツが、オレの憎悪をねじ伏せられると思ってるのか・・・!?」
鋭く言い放つ竜也が、男の拳を握り締める。すると男の頬に異様な紋様が浮かび上がる。
「本気でオレを怒らせたいようだな・・・!」
男の姿に異形の怪物へと変化する。バッファローに似た姿の怪物となった男が、竜也の手を振り払う。
(コイツ、ガルヴォルスだったのか・・・!?)
驚きを感じて目を見開く竜也。バッファローガルヴォルスの出現に、ヒカルが恐怖を覚える。
「こんなところにまで・・・竜也さん、早く逃げましょう!」
「逃げるのはお前だけだ!お前がいると邪魔だ!」
呼びかけるヒカルに、逆に竜也が言い放つ。
「ですが、それでは竜也さんが・・!」
「早くしろ!それともやられたいのか!?」
さらに竜也に怒鳴られて、ヒカルはやむなくこの場から離れる。その後、ヒカルは携帯電話を取り出して、光輝を呼んだ。
「女を守ろうとするとは、王子様気取りか?」
「ふざけるな。そんな甘い考えなどオレにはない。本当に邪魔だっただけだ・・」
あざ笑ってくるバッファローガルヴォルスに、竜也が冷淡に告げる。彼の頬にも紋様が走る。
「ま、まさかお前も・・!?」
声を荒げるバッファローガルヴォルスの前で、竜也がドラゴンガルヴォルスに変身する。竜也は具現化した剣を手にして、その切っ先を男に向ける。
「調子に乗りすぎた報いと思うがいい。お前の思い上がりも今日で終わりだ・・・!」
敵意をむき出しにする竜也。憤慨したバッファローガルヴォルスが、竜也に向かって突進を仕掛けた。
竜也に促されて逃げてきたヒカルからの連絡を受けて、光輝が駆けつけてきた。ヒカルはその前にくるみと合流していた。
「ヒカルちゃん、くるみさん、大丈夫!?」
「私たちは大丈夫です・・でも、私を守ろうとして、竜也さんという人が・・」
光輝の呼びかけに、ヒカルが不安を浮かべながら答える。
「竜也って・・もしかして・・・!?」
たまらず声を荒げる光輝。竜也の危機を感じて、光輝は駆け出していく。
(まさか竜也くんがガルヴォルスに襲われるなんて・・・急がないと・・・!)
竜也を助けようと躍起になる光輝。だが彼がたどり着いた場所には、2人のガルヴォルスが交戦していた。
「アイツ・・ガルヴォルスと戦っている・・・!?」
ガルヴォルスの1人、ドラゴンガルヴォルスを目の当たりにして、光輝が憤りを覚える。
「変身!」
水晶をベルトにセットして、オメガに変身する光輝。組み付いている竜也とバッファローガルヴォルスの間に割って入る。
「オメガ!?・・こんなところにまで・・・!」
憎悪をたぎらせた竜也が、攻撃の矛先を光輝に向ける。2人は力を振り絞って、一進一退の攻防を繰り広げる。
「オレの邪魔してくるとはいい度胸じゃねぇか・・2人まとめて叩きのめしてやる!」
さらに苛立ったバッファローガルヴォルスが、光輝と竜也に向かって突っ込んでくる。その突進に光輝が突き飛ばされる。
「ぐっ!」
突き飛ばされて横転する光輝。バッファローガルヴォルスは次に竜也に攻め立てる。
「コイツもオレの前に立ちはだかるのか・・どいつもこいつも!」
いきり立った竜也がバッファローガルヴォルスに剣を振りかざす。その一閃が、バッファローガルヴォルスの角とぶつかる。
さらに突進を仕掛けるバッファローガルヴォルス。竜也は剣を掲げて、その角を受け止める。
「こうなったら、一気に畳み掛けるしかない・・・!」
立ち上がった光輝が、ベルトの水晶を右手の甲にはめ込む。
「ライダーパンチ!」
精神エネルギーを集束させたパンチを繰り出す光輝。その一撃は、バッファローガルヴォルスの突進を受け止めている竜也の体に叩き込まれる。
「ぐあっ!」
絶叫を上げる竜也が突き飛ばされる。ドラゴンガルヴォルスに一打を当てた光輝に、バッファローガルヴォルスが襲い掛かってくる。
「とことん邪魔しやがって!こうなったらお前から!」
バッファローガルヴォルスがさらに突進を仕掛けてくる。何とかその角を受け止める光輝だが、バッファローガルヴォルスの勢いに押されていく。
その勢いのまま、バッファローガルヴォルスが光輝を持ち上げて投げ飛ばす。壁に叩きつけられて、光輝がうめく。
「くっ!・・何とかしないと、やられてしまう・・・!」
そこへバッファローガルヴォルスが飛び込んでくる。その強烈な突進を、光輝はジャンプしてかわす。
だがバッファローガルヴォルスはすぐさま突進を仕掛けてくる。
「メガブレイバー!」
呼びかける光輝だが、バッファローガルヴォルスの突進を受けて突き飛ばされる。倒れた光輝からオメガの装甲が消失する。
「オレの邪魔をしなければ、ボロボロにならずに済んだのになぁ・・」
倒れている光輝を見つめて、バッファローガルヴォルスが哄笑を上げる。
「とどめだ・・派手に突き飛ばしてフィニッシュを決めてやる・・・!」
バッファローガルヴォルスがとどめを刺そうと走り出す。光輝は意識を失っており、立ち上がることができなくなっていた。