マネキンのひみつ
見本や展示のための服を着せられているマネキン人形。
その姿は本物と大きく違っていないように見えることもある。
だが、そのマネキンが、元々は人間だったのではないだろうか・・・
とあるデパートの洋服売り場。時刻は夜中。警備員や関係者以外が店内にいるはずがなかった。
だが売り場には1人の少女が入りこんでいた。彼女はデパートの洋服に目を付けていた。
「まさかあんなところから中に入れるなんて、ビックリしちゃったよー♪」
喜びを抑えきれなくなり、足取りを軽くする少女。デパートの裏口が偶然にも鍵がかかっていなかったのである。
「お店にあるようなすごい服・・1度でいいから着てみたいと思ってたんだよねぇ・・でもあたしの所持金じゃ高すぎて・・・」
デパートや洋服店で売られているような服を着ることを夢見ながらも、それが叶わないと思っていた少女。だがその夢が叶うことになり、彼女は喜びと興奮を膨らませていた。
「まずはお姫様やお金持ちが着ているようなキラキラしたのにしようかな〜♪お姫様気分を味わってみたかったんだよね〜♪」
さらに足取りを軽くして店内を進んでいく少女。だが夜のデパートは開店中の活気が全くなく、暗さと不気味さをかもし出していた。
「う〜・・まるでお化け屋敷だよ〜・・何が出てくるか分かんない〜・・・」
少女が怖さを感じて体を震わせる。そんな気分のまま、彼女は洋服売り場にたどり着いた。
「これでいろんな服を着ることができるよ〜♪」
怖さが一気に吹き飛んで、少女は喜びを抑えきれなくなる。
「さ〜て、どれから着ちゃおうかな〜?」
着ようとする服を選んでいく少女。そのとき、彼女はふと前に立っているマネキンに目を向けた。
「ビックリしたよ〜・・本物じゃなくてマネキンか〜・・・」
少女がマネキンであることを確かめて、安堵を浮かべた。
「それにしても、こうもハッキリ見えていないと、本物かマネキンか一瞬分かんないもんだねぇ・・・」
少女がマネキンを見て呟きかける。明かりがなくはっきりと見えないマネキンは、本物の人間と見間違えても不思議ではなかった。
「夜のマネキンはホントに怖いね。いきなり動きだしたりして・・」
少女がきびすを返して苦笑いを浮かべたときだった。
突如物音がして、少女は一気に緊張を覚える。恐る恐る後ろを振り返る彼女だが、何もなかったように見えた。
「気のせい、かな?・・・てっきりマネキンが動いたかと・・・でも、警備の人が来るかもしれないから、着てみるなら急いだほうがいいかも・・」
少女は気持ちを引き締めて、自分の目的を進めようとした。
するとまた、少女のそばで物音が響いた。今度は少女は不安を拭えなくなっていた。
「誰?・・・誰かいるの・・・?」
思わず声を上げる少女。だが彼女の声に答えるものは何もない。
「ホントに誰もいないの?・・・いるなら姿を見せてくれたほうがいいんだけど・・・」
不安の声をかける少女だが、それでも何かが動いた様子は見られない。
「やっぱり出たほうがよさそうかな・・ホントに怖くなってきた・・・」
少女が気持ちを切り替えて、デパートから退散しようとした。
彼女は突然右肩をつかまれて、恐怖を一気に膨らませた。
「も、もしかして、警備の人・・・!?」
少女が恐る恐る振り返るが、そこには警備員らしき人はいなかった。いたのはマネキンの1体。その右手が彼女の肩に乗っかっていたのである。
「マネキン・・・ビックリさせないでよ・・・」
少女が肩に乗っかっているマネキンの手を払いのけようとした。するとそのマネキンの手が動き、伸ばしてきた少女の左手をつかんできた。
「えっ!?」
不可解なことに少女が驚きを浮かべる。たまらず距離を取った彼女の前で、マネキンがぎこちないながらも動作を見せてきた。
「ウソ!?・・・マネキンが、動いた・・・!?」
少女の恐怖は頂点に達した。動くはずのないマネキンが、自分で勝手に動き出していた。
「これって夢だよね!?・・・でなきゃ、オオ・・オバケ・・・!?」
悲鳴を上げそうになるのを、少女は必死にこらえる。マネキンがゆっくりと彼女に近づいてくる。
「ちょっと、来ないで!いくらなんでもマネキンに襲われるなんてありえないって!」
少女が後ずさりして、マネキンから離れようとする。
そのとき、マネキンの目から突如光が発せられた。その光を見た瞬間、少女は金縛りになったかのように動けなくなった。
(どうなってるの!?・・・体が、動かない・・・!?)
体を動かせず、声も出すこともできず、心の声を上げる少女。マネキンの眼光が少女に宿り、彼女の体を硬直させていた。
さらに少女の体に変化が起こった。人から無機質のものへと徐々に変質していった。変化は徐々に広がり、やがては全身へと到達していった。
硬直した格好のまま、少女は完全に動かなくなった。彼女のその姿を見て、マネキンは元々立っていた場所へと戻っていった。
(全然動かない・・・あたし、ホントにどうなっちゃったの・・・!?)
心の中で声を上げる少女。だが本当の声を出すこともできず、この場に佇むことしかできなかった。
「おいおい、こんなマネキンあったか?」
少女の耳に男の声が入ってくる。彼女のいるデパートの店内には明かりが灯っていた。
(あれ・・もう朝になってる・・まだ動けない・・・)
意識を取り戻した少女が、自分がまだ自分が動けないことに気付く。
「ホントだ。こんなマネキン、覚えがないぞ・・」
「でもなかなかいいマネキンだなぁ・・まるで人間みたいだ・・」
「いきなり動きだしたりして・・」
「おいおい、おっかないことを言わないでよ・・」
男たちが少女の前で屈託のない会話をしていく。
(ちょっと・・ホントに何言ってるの!?・・・あたしはマネキンにおかしなことをされて・・・!)
心の声を上げる少女だが、周囲には全く伝わらない。
「何にしても、このままここに置いとくと邪魔になる。隅にでも移動しようか・・」
「そうだな。早く運ぶとしようか・・」
男たちが突然少女を抱えて、別の場所に移動しようとした。
(ち、ちょっと!あたしをそんなふうに持っていかないで・・!)
運ばれていく少女が悲鳴を上げるが、男たちには全く届かない。
男たちに運ばれていく中、少女は驚愕した。鏡に映った自分に彼女は目を疑った。
それは人ではなくなっていた。人の形をした人でないもの。マネキンそのものだった。
(どうなってるの!?・・これって、マネキン・・・!?)
少女はこの事実が信じられなかった。昨晩動いたマネキン人形によって、彼女もマネキンにされていたのだった。
(そんな・・・あたし、あのマネキンに・・・!?)
驚愕と困惑を膨らませていく少女。だがその声が周りに届くことはなかった。
それから少女は彼女の意思に反して、デパートに飾られることとなった。
少女を目にする人、通り過ぎていく人も、彼女が元が人間だったとは思いもしなかった。
(みんな、気づいて!このデパートには、勝手に動くマネキンがいるの!そのマネキンに、あたしはマネキンにされたの!)
必死に呼びかける少女の声も、店員や客には全く届かなかった。彼女はマネキンとして過ごすこととなり、しばらくこのデパートで飾られて立ち尽くすだけだった。
デパートなどで立ち並んでいるマネキン。
しかしその全てが完全なマネキンなのだろうか?
もしかしたら、マネキンにされてしまった人間なのかもしれない。