細川ライムの受難

 

 

細川(ほそかわ)ライム。

恋の相手、本田(ほんだ)ブライトを追ってグレイシティにやってきた17歳の少女。

彼女が街に来た目的は、ブライトとの仲を取り戻すことと、ブライトや警察が追い続けている怪盗、シャドウレディを追い払うためだった。

ライムは専用のスーツや装備を身につけて、「スパークガール」としてシャドウレディに挑戦した。しかし後一歩というところまで追い詰めながらも、最後は罠にはまり、衣服を引き裂かれてしまった。

正体に気付いたブライトに止められても、ライムはシャドウレディに挑むことをやめようとはしなかった。それだけ彼女は彼に一途であり、彼女の中にある正義感がシャドウレディを許せなかったのだ。

それから数日後、グレイシティで不可解な事件が起こった。

1週間の間に20人もの美女が行方不明となるものだった。警察は誘拐事件として街に警戒網を張ることとなった。

それとは別に動き出そうとしていたライム。世間を騒がせる女の敵に対して、彼女の正義感に火が着いた。

そしてついに、スパークガールに扮した彼女は、その誘拐犯と思しき黒ずくめの男と対峙するのだった。

 

 

(ついに見つけた。あれがあの連続誘拐犯ね・・アイミちゃんを狙うなんて・・・!)

 黒ずくめの男をじっと見つめるライム。そばには彼女の親友、小森(こもり)アイミがいた。

 多くの女性や平和を脅かすだけでなく、アイミにまで手を出す敵に対して、ライムの怒りが爆発する。

「アンタは女の敵!スパークガールが成敗してくれる!」

 ライムは男に向けて鋭く言い放つ。しかし男は全く動じる様子を見せない。

「私に対する言葉遣いではないぞ、女。」

「アンタ、何様よ!」

 鋭く言い放つ男に向かってライムが飛びかかる。シャドウレディを追い詰めた、ワイヤーと自身の軽い身のこなしを駆使した動きで男に迫った。

 ライムが男に向けて一蹴を繰り出す。その攻撃が男の頬をかすめる。

 だがライムが立ち続けに繰り出す攻撃が、男に軽々とかわされてしまう。

(何てヤツなの・・あたしの攻撃が当たらないなんて・・・!?

 男の力量に毒づくライム。だがアイミを助けるため、彼女は諦めるわけにはいかなかった。

(ダメ!あたしがやられたら、アイミちゃんがさらわれてしまう!だから、絶対負けられない!)

 思い立ったライムが、男に向かってさらに攻撃を仕掛けていく。しかしそれでも男に決定打を与えられないでいた。

(せめてアイミちゃんを逃がすことができれば・・まずはこのことを第一に・・!)

「キャッ!」

 アイミを気にかけたときだった。この場から離れようとしていたアイミが、伸びてきた男の髪に捕まってしまう。

(アイミちゃん!?

 ライムがアイミの聞きに気を取られた。その隙を突かれて、ライムは男に首をつかまれてしまう。

「し、しまった・・!」

「捕まえたぞ、うるさいハエめ。」

 うめくライムに向けて、男が哄笑を上げる。だが男の顔からすぐに笑みが消え、苛立ちの面持ちになる。

「私の顔に傷を付けおって・・お前はもういらん!」

 鋭く言い放つ男が全身に力を込める。その凄みにライムは思わず息を呑む。

 

    カッ

 

 そのとき、男の眼からまばゆい光が放たれた。

 

   ドクンッ

 

 その光を受けたライムが強い胸の高鳴りを覚える。男が自分に何をしたのが、彼女は動揺のあまりに分からなくなっていた。

(何、今の感じ・・呼吸が止まりそうなくらいに胸が凄く響いて・・・)

 思考を巡らせるライムだが、その答えを導き出せない。男がライムの首をつかんでいた手を引いた直後だった。

  ピキッ ピキッ ピキッ

 突如、ライムのスパークガールとしての衣服が弾け飛んだ。あらわになった左手、左胸、下腹部が冷たく固まり、ところどころにヒビが入っていた。

「私のコレクションに加わる資格もない!終わることのない昼と夜のくり返しを見守り続けるがいい!」

「な、何なの、コレ!?

 男が言い放つ前で、ライムが驚愕する。自分が人でない別のものへと変化していたからだ。

(手が、体がいうことを聞かない!・・これって石!?そんなこと、現実に起きるなんて!?・・それに、服が破れてる!?・・イヤッ!アイツに、あたしの裸を見られてるってこと!?・・ダメ!体が動かせない!・・裸を隠せない・・・!)

 様々な動揺を覚えて、ライムが思わず頬を赤らめる。

(もしかして、さらわれた女性たちも、同じように・・だったら、このまま見逃すわけにはいかない・・・!)

 ライムは力を振り絞って、石化の及んでいない右手を動かす。男はアイミに眼を向けていて、彼女の動きを気にも留めていない。

  パキッ

 その間にも石化は彼女の体を蝕んでいた。衣服がさらに崩壊し、さらにかつらも崩れ始める。

(どんどん、広がってる・・体に、力が入らない・・・でも、これだけは・・・!)

「く、くそっ・・・!」

 ライムは石化に抗いながら、右手をヘアバンドに向けて動かす。そのスイッチを押すと、その発射口から発信機が飛び出す。

「安心したまえ。お前はまだオブジェにはしないから。」

 アイミに向けて悠然と声をかける男に、発信機が命中する。そのことに男は全く気付いていなかった。

(やった・・でもあたし、もうどうにもなんない・・・)

  ピキッ ピキキッ

 一瞬の安堵を感じた瞬間、石化がライムの右胸を固める。

(・・これが、石になるってこと!?・・体中の感覚がなくなってくみたい・・・力が、抜けてく・・・)

  ピキキッ パキッ

 脱力していくライムの手袋とブーツが弾け飛ぶ。彼女の手足の先まで石に変わり、首元までひび割れていく。その影響で、ヘアバンドについていた発信機のレーダーが剥がれ落ちる。

(アイミちゃん・・・)

  パキッ ピキッ

 頬までも石になっていく中、困惑の面持ちを浮かべているアイミを眼にして、ライムが戸惑いを覚える。

「・・・ゴ・・ゴメン・・・タ・・タスケ・・ラレ・・・ナ・・・」

 ライムがアイミに向けて、助けられなかったことへの謝罪の言葉を発しようとする。

「ヒッヒッヒッヒ、ヒッヒッヒッヒ・・」

  ピキッ パキッ

 男が不気味な哄笑を上げる前で、必死に声を振り絞っていたライムの唇が固まる。そのため、彼女は声を発することもできなくなる。

(・・声も出ない・・体も全然動かない・・・あんなヤツに敵わず、アイミちゃんも助けられず、裸にされるなんて・・・イヤだよ・・悔しいよ・・・)

 様々な感情にさいなまれたライムの眼に涙があふれ出す。

    フッ

 その涙が流れ出し、崩れたヘアバンドが落ちた瞬間、ライムの瞳にヒビが入った。彼女は完全に石化に包まれたのだった。

「スパークガール!」

 その涙を眼にしたアイミの悲痛の叫びがこだまする。男がアイミを連れて、発せられる白い煙とともに姿を消した。

 その場にはライムだけが取り残されていた。彼女は背中にくっついたワイヤーに吊るされたまま、その場から微動だにしなくなっていた。

 

 誘拐犯に挑んだものの、その眼からの光を受け、石化と同時に衣服を剥がされて全裸の石像にされてしまったライム。彼女はワイヤーに吊るされたまま、石の裸身をさらけ出すこととなってしまった。

 だが石化されてしまった後も、ライムの意識は残っていた。

(これが石になるってことなんだね・・体が全然動かない・・何も感じない・・前しか見ることしかできない・・しかも裸・・イヤァ・・こんな姿、人に見られるなんて・・・!)

 思考を巡らせる中、ライムが動揺を膨らませていく。

(ブーちゃんには見られたくないよ〜・・絶対にヘンな眼で見られちゃうよ〜・・・)

 特に想いを寄せているブライトにその姿を見られることを、彼女は最も不安に感じていた。

 そして、彼女の不安は現実のものとなった。

「ライム・・・」

 聞き覚えのある声を耳にして、ライムは悪寒を感じた。ブライトが現れ、彼女を見ていたのだ。

「こりゃ、どういうことだ・・・?」

 変わり果てたライムの姿を目の当たりにして、ブライトが驚きを見せる。

 ブライトは事前に、スパークガールのヘアピースに発信機を仕掛けていた。その反応を追ってここまで来たのだ。だが彼が目撃したのはライムでもスパークガールでもなく、彼女の姿をした全裸の石像だった。

(まずいよ〜、ブーちゃんだよ〜・・ブーちゃんにこんな姿を見られるなんて〜・・)

 自分の裸を見られて恥ずかしさを覚えるも、ライムにはどうすることもできなかった。

 ブライトは足元にあったものを見つけ、拾う。それはスパークガールが装備していた発信機のレーダーである。ライムが石化した際に衣服が崩壊し、それに巻き込まれて地面に落ちたのである。

 レーダーはしっかりと発信機の位置を示していた。

「いったい何が起こっているんだ・・・」

 深刻な面持ちを浮かべるブライトが、その反応の指し示す地点に向かって駆け出していった。

(ブーちゃん、誘拐犯を追っていったんだね・・・こうなったら仕方がない。ブーちゃん、あたしをこんなにした犯人を捕まえて・・アイミちゃんを助けて・・・)

 ブライトに全てを託したライム。未だ彼女は身動きが取れないままだった。

 

 それからもライムは石化したままその場に留まっていた。ブライト以外の人がここを通らなかったのがせめてもの救いだった。

(あれからどのくらいたったのかな・・あたし、ずっとこのままなのかな・・・アイミちゃんも、あたしと同じように石にされちゃってるのかな・・・)

 時間がたつごとに不安が強まっていき、ライムは困惑する。このままではいずれ朝となり、人も通ることになる。その人に自分の一糸まとわぬ姿を見られたら、どれほどの恥ずかしさを覚えることになるだろうか。

 押し寄せる不安に押しつぶされそうになり、ライムは泣きたい気分に陥っていた。

 そのとき、ライムは突然身の軽さを覚えた。その異変に彼女は一瞬当惑を覚える。

 その直後、ライムは下へと落下した。再び起きた突然のことに驚くライムが地面に落ちた。

「イタッ!・・もう〜、何がどうなって・・って・・体が動く・・体が元に戻ってる・・・」

 痛がった後、ライムはふと自分の体に眼を向ける。それは紛れもなく生身の自分の体だった。

「石じゃない・・あたしの体だ・・・やった・・やったー!」

 石化から解放されたことに喜ぶライム。だが突然悪寒を覚えて、自分の体を抱きしめる。

「さ、寒い!・・・そういえばアイツに石にされたとき、衣装みんな破られちゃったんだっけ・・・これじゃ、マジで風邪をひいちゃうよ・・・!」

 道の隅に移動してうずくまり、震えるライム。石化が解かれたものの、剥がされた衣服が復元するわけではない。

「アイミちゃんを助けないといけないのに・・・これじゃまともに動けないし、こんな姿を誰かにまた見られでもしたら・・・」

 再び様々な動揺を覚えて頬を赤らめるライム。

「ま、まずはこの状態を何とかしないと・・このスパークガールが、今度こそ正義の鉄槌を下してやるから・・・!」

 気恥ずかしさをあらわにしたまま、ライムはこの場から離れた。彼女は何とか人の眼をすり抜けて、事なきを得た。

 

 ライムがこのような事態に陥っていた間、事件は終息を迎えていた。

 連続誘拐犯、花山(はなやま)クラインが屋敷の中で死亡。彼にさらわれて全裸の石像にされていた女性たちは、石化を解かれて解放された。

 事件の終結した翌朝、何とか無事に帰還したライムはアイミの無事を確かめた。アイミはマンションの自分の部屋で何事もなかったかのようにいた。

「アイミちゃん、大丈夫!?何かおかしなことされてない!?

「ラ、ライムちゃん・・う、ううん。特に何もされてないけど・・」

 声を荒げるライムに驚きながら、アイミが口ごもりながら答える。その様子を見て、ライムが我に返る。

「ゴメン、いきなり大声出して・・でも聞いた話じゃ、誘拐された女性たち、すごくおかしなことをされたって。何でも、体が石になって、しかも服を破られたって・・」

「えっ!?ライムちゃん、どうしてそんなことを聞くの?・・ホントに大丈夫だって。あたしはこの通り平気だって。何もされていないって。」

 ライムの発言に答えるアイミだが、どこか後ろめたい感じがするとライムは思えてならなかった。

「実はあたしも、アイツにやられちゃって・・アイツの眼が光ったと思ったら、あたしの体が石になって・・ホントに体だけ石になって、一緒に服が破れて・・裸の石になったまま、どうなっちゃうんだろうって・・・」

 ライムが自分が経験してきたことをアイミに説明する。自分がスパークガールであることを隠すため、一部違ったことを含んでいるが。

「ホントだって!信じられないかもしれないけど、ホントに石にされたの!間違いなくアイツの仕業で!・・正直、ホントにあんなことが起きるなんて、今でも信じらんないのが本音だけど・・」

「そ、そうなんだ・・確かに誘拐された女性、みんな石にされてた・・あたしを助けようとしてくれたスパークガールも・・」

 切実に言いかけるライムに、アイミは口ごもりながら答える。その言葉を聞いて、ライムは昨晩の出来事を思い返してしまった。

 誘拐犯に対して歯が立たなかったこと。その誘拐犯にかけられた力。スパークガールとしての衣服や装備を引き剥がされしまうが、同時に体が石になり、それを隠すこともできなかった。

 力を振り絞って発信機を付けたが、裸身をさらすことになり、またアイミを助けることができず、ただただ涙することしかできなかった。

 その後身動きが一切できず、石化が解けるのをじっと待っているだけだった。ライムにとって正義の味方として、女としてこの上なく恥ずかしいことだった。

「どうしたの、ライムちゃん・・?」

 考え込んでいたライムに、アイミが心配の声をかけてきた。我に返ったライムが慌てて気持ちを戻す。

「と、とにかく無事でよかったよ、アハハハ・・」

 とっさに作り笑顔で場を和ませようとするライム。だが彼女の正義感は大きく蠢いていた。

(このままじゃ絶対に済ませないから・・必ず正体を暴いてやるから・・シャドウレディも、あのとき起きた出来事の謎も・・・!)

 

 

細川ライムの身に起きた不可解かつ非現実的な出来事。

全裸の石像にされて一晩を過ごすことになった彼女の実体験。

そこには彼女自身しか知らない感情が存在していた。

自分の体に降りかかった石化の謎を暴くため。

街を騒がせる怪盗を捕まえるため。

正義と平和を守るため。

想いを寄せる相手の心を取り戻すため。

スパークガール、細川ライムの挑戦は続く。

 

これは石化と全裸を同時に経験した正義のヒロインの心の内を描いた、「もしもの世界の物語」である。

 

 

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