夏の固めシリーズ
「黒い時雨」
ここはとある女子高。
この学校とこの周辺には、様々な奇怪な事件や出来事が起こっている。
この出来事も、そんな事件の1つである。
学校から少し歩いたところに小さな山が点在している。そこでは今、奇妙な出来事が起こっていた。
その山に入っていった人たちが、下山しないままになっていた。登山した人たちが行方不明となり、忽然と消えてしまったのである。
そんな話が周囲に広がり、その山に足を踏み入れようとする人は激減していた。
その恐怖の山に果敢にも挑もうとしている2人の女子がいた。ウェーブのかかったふわりとした栗色の髪をしたハルカと、藍色のツインテールをしたユキである。
2人は登山同好会の一員であり、いろいろな山を登ってきていた。ちなみに会員は彼女たち2人だけである。
「ここね。人間喪失が立て続けに起きている恐怖の山っていうのは。」
「やめましょうよ、ハルカ先輩。何かあったら大変ですよ。」
ハルカが山を仰ぎ見て満面の笑みを浮かべ、その傍らでユキが不安の面持ちを見せている。2人ともTシャツとジーンズを着用、念のための非常食や非常用具を入れてあるリュックを背負うなど、ラフな格好をしていた。
「何を言ってるのよ、ユキ。先輩や先生方は、この山の頂上から見る景色は最高だと言っていたのよ。こんな穴場を見逃していたのは失態だったけど、今日こそこの山を制覇してやるわよ。」
「でも昔は何事もなく安全だったから、みなさん登っていたんですよ。」
「そんな噂話に怖気づいたりしないわよ、あたしは!」
そわそわしているユキの言葉を受けても、ハルカは引き下がる様子はない。
「それに、その喪失の謎を突き止めるなんてことがあったら、あたしたちの行動は勲章ものよ!山を制して有名にもなれる!まさに一石二鳥よ!まぁ、その喪失が事実だったらの話だけど。」
言い放った後に落ち着きを取り戻すハルカ。
「さぁ、ユキ。あたしたちの一歩を、あの山に刻み付けるのよ。」
「ハルカ先輩・・・分かりました。」
手を差し伸べるハルカの言葉に、ユキもついに山に入る決心をした。ハルカ先輩が一緒なら、山登りに限らず、どんな苦難も乗り越えられる。ユキはそう信じることができた。
腕時計を見ると、時刻は午後の1時を過ぎたころだった。天気は快晴だが、山の中の林が日差しをさえぎっていた。おかげで涼しい風と爽やかな空気が通っていた。
「立て札とかはないみたいですが、ほとんど1本道なので助かりますね。」
分かりやすい山の道順に安堵の笑みを見せるユキ。
「でもこの分じゃ、周りが騒いでいたような事件が起きる気配はなさそうね。やっぱりただのデマだったようね。」
ハルカが首を傾げつつ、うっすらと笑みを見せる。
「ま、何があっても、あたしとユキが乗り越えて見せるわよ。」
「そうですね、先輩。」
視線を向けてくるハルカに、ユキが笑顔で答える。
しばらく歩いていくと、突然空が陰ってきた。木々に日の光がさえぎられているものの、山道を照らすには十分な光だったが。
「一雨来るのかしら?」
「ヘンですね。今日はこの辺りの降水確率は0%って聞いたのですが・・」
「山の天気は変わりやすいってことね!」
雲行きを確かめて、ハルカが足を速め、ユキも彼女に続く。大きな大木の木陰に避難する直前、彼女たちは振り出した雨に少し濡れてしまった。
「ふぅ。危機一髪って感じね。」
「でも少し濡れてしまいましたね。」
一息つくハルカ。上着をはためかせて雨を弾き飛ばすユキ。
「すぐに止みそうもないわね。しばらくここで雨宿りをしましょ。」
ユキに告げるハルカ。休憩も兼ねて、2人はこの大木の下で足を止めることにした。
「ねぇ、先輩・・・?」
「何、ユキ?」
声をかけてきたユキにハルカが生返事をする。
「この雨、何かヘンじゃないですか?」
「え?」
その問いかけにハルカが眉をひそめ、降り注ぐ雨に眼を凝らす。
「あ、黒い雨・・・」
呟いたとおり、その雨は黒かった。地面や木々を黒く染めてはいなかったが、雨は紛れもなく黒かった。
「どうしましょう・・もしかしたら酸性雨でしょうか?」
ユキが不安の面持ちを見せるが、ハルカはきちんとした面持ちを見せる。
「雨が弱まるのを見計らって、とりあえずは下山しましょ。これじゃ山登りどころじゃないわ。」
「そうですね、先輩。」
ハルカのこの言葉にユキは思わず安堵を見せる。
「それにしても、人間喪失の原因が分かった気がするわ。」
ハルカが降りしきる黒い雨を見つめながら、真剣に語りかける。
「この強い酸を含んだ黒い雨のせいで溶けてしまったのよ。その点、あたしたちは不幸中の幸いってところね。」
「でも何かおかしいですよ。よく考えたら、酸性雨なら木や草が枯れているはずですよ。」
ユキの返答で、さらに疑問が深まってしまった。人間喪失はこの黒い雨が原因なのだろうか。
雨が弱まるのを待ちながら考えていると、ユキがふと視線を止める。
「ハ、ハルカ先輩・・・!」
「どうしたの、ユキ?」
驚きを含んだユキの呼びかけにハルカが振り向く。
「あ、あれ・・・」
「ん?」
ユキが指し示したほうへハルカが眼を凝らす。
その先には何体もの灰色の石像が並んでいた。様々な体勢をした石像たちだが、いずれも恐怖や不安の表情を浮かべていた。
「石・・・?」
「何でしょう、これは・・・?」
ハルカとユキがこの異様な光景に眉をひそめる。
「どうしてこんなところに石像ばっかり置いてあるのかしら・・・?」
「それに・・」
「それに?」
不安の面持ちを見せるユキに、ハルカが疑問符を浮かべる。
「この石像たち、何だか生きているように見えるんです・・・」
「ち、ちょっと悪い冗談はやめなさいよ、ユキ。石像が勝手に動くはずないんだからね・・・」
怯えだすユキに、ハルカが焦りの表情を見せる。
その間にも雨は降りつづけ、一向に止む気配が見られない。
「止みませんね、雨・・」
「そうね・・そろそろ下山しないと夜になって危険だわ。背に腹代えてる場合じゃないわね。行くわよ、ユキ!」
「あ、はい、先輩!」
いきり立つハルカにユキが驚きを感じながら返事をする。2人が木陰から動き出そうとした瞬間、
「あれ・・?」
「どうしたんですか、先輩?」
突然動きが鈍くなったハルカに、ユキが問いかける。
「か、体が、思うように動かせないの・・・!」
「えっ?そんなこと・・・」
ユキが疑いの気持ちで一歩間に出る。そこで彼女は眼を疑った。
「せ、先輩!?」
「どうしたのよ、ユキ・・?」
「先輩、体・・・!」
驚愕するユキに促されてハルカが自分の体に眼を向ける。
その体の所々が灰色に変わっているのを見て、ハルカが驚きを見せる。
「ちょっと・・何よ、コレ・・!?」
灰色に変化していく両手を見て愕然となるハルカ。
「ハルカ先輩!・・・えっ!?」
彼女に駆け寄ろうとしたユキだが、体に違和感を覚えて立ち止まる。
「せ、先輩・・!?」
悲鳴染みた声を上げるユキにハルカが振り向く。ユキの体も灰色に変色し始めていた。
「先輩、コレって・・・!?」
冷静さを欠いているユキ。ハルカが驚愕しながら眼を凝らす。先程から降りしきっている黒い雨。その雨に触れたものが灰色に変色していた。
「もしかして、この雨は酸性雨じゃなく、触れたものを石に変えてしまうものじゃ・・・それじゃ、そこの石像たちは・・・!?」
ハルカが視線を移した先の石像たち。それは元々は人間で、この黒い雨に降られて石化したのである。
「それじゃ、私たちもこの人たちのように石に・・・先輩!」
「惑わされないで、ユキ!こんなヘッポコ手品なんかで、あたしたちが負けるなんてバカな話、あるわけないじゃないの!」
混乱するユキをハルカが激励する。その間にも灰色は徐々に彼女たちの体に広がっていた。
「ユキ・・・!」
「ハルカ、先輩・・・!」
ハルカとユキが必死の思いで互いに手を伸ばす。石化による束縛が2人の体の自由を奪う。
それでも2人は諦めなかった。互いを思う心が2人を突き動かし、ついに差し伸べられた手をつかむ。
その瞬間、満面の笑顔を見せるハルカとユキ。近づくのが困難になっていた中、やっとのことで互いに触れられたことが喜ばしいことに感じたからだった。
そして黒い雨の石化が2人の体を完全に灰色に染め上げた。ここに、手を取り合った2人の女子の石像が立ち並んだ。
友情ともいえる信頼の笑顔を留めたまま、ハルカとユキはこの山の中にい続けることになった。
それから数分後に、この黒い雨は止み、木々の木陰を突き抜けてまばゆい日光が差し込み、微動だにしない石像たちを虚しく照らしていた。
それから、この山は立ち入り禁止区域として指定された。もしも中に入れば、必ず外に出られず行方不明になることが明確になったからである。
徹底した調査を行いたいと思っていた警察だが、被害者の二の舞になることは必死だったため、断念せざるを得ないという苦渋の決断をしたのだった。
それ以後、この山には誰も踏み込んではいない。この中に、黒い雨に降られて石像にされた人々がいることは、外の人々は誰も知らない。
ここはとある女子高。
この学校とこの周辺には、様々な奇怪な事件や出来事が起こっている。
それらの事件に巻き込まれた人々。その犯人。その真実。
それらは現在も暴かれてはいない。