GUNDAM WAR -Shine of Mebius-

PHASE-48「絶望への反抗」

 

 

 マシロ姫は偽者だった。それは全世界を大きく震撼させた。

 幼い少年が姫を偽り、世界の中心にいたことに、人々は動揺の色を隠せなくなった。

 そんな人々の不安や激情を予感しながらも、ジュンは真剣さを崩さずに話を続ける。

「この事実を聞いて、驚いている人が多いと思います。マシロ姫を偽るなと、怒りを感じている人もいるでしょう。でもせめて今だけは、僕の話を聞いてください・・・」

 ジュンの切実な言葉に、人々は再び注目する。

「僕はこれまで、たくさんの出来事を見てきました。マシロ姫としてだけでなく、MSパイロットとして戦ってきました。マシロ姫として、僕自身として何をすべきなのか、ずっと考えてきました。」

 数々の出来事を思い返して、ジュンは一瞬沈痛の面持ちを浮かべる。

 母、レナの思い、ミナミとの出会いと別れ、ニナとの決別と衝突、シスカとジョージの再会、アリカ、マイ、ナツキ、多くの仲間たちとの絆。様々な喜びと悲しみが彼の心の中で渦巻いていた。

「そこで気付いたんです・・平和や幸せは、まずは自分自身で見つけなくてはならないことに。」

 ジュンの言葉に、人々が困惑を募らせていく。

「自分から動き出さなければ、本当の幸せはつかめない。何も変わらない。たった一歩を踏み出す勇気が、平和を作り出す原動力になるのです・・・」

 ジュンは呼びかけを続けながら、自分の胸に手を当てる。

「僕も始めは弱く臆病でした。戦いの怖さから逃げ出したこともありました・・でも僕はたくさんの人たちに励まされて、僕は一歩を踏み出す勇気を持つことができました。」

 自身の思いを振り返って、ジュンは微笑む。

「だから僕は、みなさんの気持ちを知る勇気を持ちたい。人間の様々な心を、僕はしっかりと受け止めたい・・そして、カオスサイドの脅威から、僕はみなさんを守りたい。」

 そして再び真剣な面持ちに戻って、ジュンはさらに呼びかける。

「確かに僕は、マシロ女王を偽ってきました・・だけど、この気持ちは、決して偽りではありません!」

 涙が込み上げてくるのを、ジュンは必死にこらえていた。

「勇気を持ってください!どんな脅しにも、どんな力にも屈しない、強い勇気を!僕は、みなさんの心の中に、勇気の炎が燃え盛っていることを信じています!」

 ジュンは人々に全力で呼びかけると、深々と頭を下げた。そして真剣な面持ちのまま、カメラの前から立ち去っていった。

 会見を終えて会場を後にしたジュン。その廊下に出た途端、ジュンはこらえていた涙をこぼした。

 その涙には決意と願いが込められていた。自分の今の切実な気持ちが、世界に、人々に伝わってほしい。そしてそのために全身全霊を賭ける。そう伝わってほしい。

 ひたすらに涙を流すジュンを、アリカが優しく抱きとめる。

「ありがとう、マシロちゃん・・・」

「アリカちゃん・・僕の気持ち・・ちゃんと、伝わってるかな・・・?」

「うん・・・ちゃんと伝わってるよ・・マシロちゃんの言葉・・マシロちゃんの気持ち・・・」

 ジュンの言葉にアリカは静かに頷く。すると緊張の糸が切れたのか、ジュンはアリカにすがって泣きじゃくった。

 

 ジュンの会見と彼が告げた真実。それはカオスサイド、イオリも拝見していた。その言動をイオリはあざ笑っていた。

「とんだ茶番とはまさにこのことだ。これでは世界はますます混乱する。ま、こっちにとっては好都合なことだがな。」

「それにしても驚きましたね。まさかマシロ女王が偽者だったとは。」

 兵士の1人が悠然とした笑みをこぼして答える。

「このことは前もって知ってたんじゃないのか?マシロ女王が替え玉による偽者だって。」

「それはあなたも同じことではないのでは、イオリ様?あなたも以前からマシロ様の正体に気付いておられた。そんな面持ちを時折見せていましたよ。」

「確かにな。前にミナミを連れてきたときにな。映像にあったマシロ姫と雰囲気が似すぎてたからな。」

 兵士の言葉に、イオリは淡々と答える。

「さて、どういう風に転がることやら。国民がジュンを非難すれば、それはそれで一興だな。」

 イオリは不敵な笑みを浮かべて、席に着いていた腰を上げる。

「ダークカオスの最終チェックを行う。何か起きたら知らせろ。」

「分かりました。」

 イオリは兵士に告げると、オペレータールームを後にして、研究施設の整備ドックに向かおうとした。

 そのとき、オペレータールームに突然、人々の歓声が響いてきた。その声を耳にして、イオリが足を止める。

「どうした?」

「イオリ様、各国の国民たちが・・・!」

 イオリが問いかけると、オペレーターが声を荒げる。イオリが部屋に戻ると、そこで驚愕を覚えて眼を見開く。

 モニターには、歓喜と期待をあらわにした人々の姿が映し出されていた。人々はジュンの切実な思いに心を打たれ、非難や憤りではなく、ジュンへの声援を送っていた。

 このような反響が起こったことに、イオリは驚きを感じずにはいられなかった。

「イオリ様、まさか、こんな・・・!?

「ジュン・セイヤーズの呼びかけに、国民が引き付けられるなど・・・!」

「うろたえるな!」

 動揺の色を見せるオペレーターたちを、イオリが叫んで一喝する。彼の顔には狂気に満ちた笑みが浮かび上がっていた。

「他の連中が何をしようと、何を考えようと、何も変わりはしない!オレたちの力が、新たな理想郷を築き上げていくことに!」

 眼を見開いて哄笑を上げるイオリ。その鬼気迫る姿に、オペレーターたちは思わず息を呑んだ。

「だがまだタイムリミットはある。それまでじっくり考えさせておくとしようか・・・」

 イオリは哄笑を浮かべたまま、改めてオペレータールームを後にした。

 

 覚悟と決意を告げた会見を終えて、ジュンはクサナギとジーザスに戻ってきた。そこで彼は各艦のクルーたちに感謝の意を示していた。

「ありがとう、みなさん・・みなさんがいたから、僕は勇気を持つことができたんです・・」

「いやいや、そんなことないよ。私たちは私たちの戦いをしてきただけなんだから。」

 ジュンの言葉を受けてミドリが照れ笑いを見せる。

「お前の決意、しっかりと受け止めさせてもらった。」

「これで偽りなく、カオスサイドに挑めるというものだな。」

 ナツキとジョージがジュンを賞賛する。

「あたしも全力で戦う。みんなの居場所を守りたいから。」

「私も。ニナちゃんを助けて、みんな一緒に帰ろう。」

 マイとアリカも自身の決意をジュンに告げる。

「一歩を踏み出す勇気・・それが平和を築くことができると、私も信じています。」

「勇気、願い、絆・・様々な思いが集まれば、可能性は無限に広がる。」

 ユキノ、シスカも続けて言葉をかける。仲間たちの思いを受け止めて、ジュンは微笑んで頷いた。

「僕は戦います・・みなさんの心を消さないために・・・!」

 ジュンが強く告げて、右手を差し伸べる。すると、アリカ、マイ、ナツキ、シスカがジュンの手に自分の手を乗せる。

 様々な思い、それぞれの決意が交錯しているのを、5人は感じ取っていた。その結束は、やがて大きな希望となる。ジュンはそう感じ取っていた。

「みんな心は決まったみたいだね。それじゃジュンくん、君にちょっと託したいものがあるんだけど。」

「僕に、託したいもの・・?」

 そこへミドリが声をかけると、ジュンが当惑を見せた。

 

 そして、運命の日の朝が訪れた。カオスサイド、イオリが布告した最終回答期限まであとわずかとなった。

 世界各国はカオスサイドの申し出を受け入れる者と拒む者に分かれていた。中には未だに決断できないでいる国もあった。

 そんな情勢の中、クサナギとジーザスはライトサイド、オーブの合同ステーションを訪れていた。2国の協定の証の意味も込められたこのステーションには、様々な施設が設けられていた。

 ジュンもこの合同ステーションについては聞いていた。だがその施設の全てを知っていたわけではなかった。

 今、ジュンが足を踏み入れようとしていたのは、まさにその場所のひとつだった。

「ミドリさん、ここは何ですか?・・僕はこのステーションには何度か来たことがあるんですけど、ここは初めてです・・」

「あぁ、それは“ジュンくん”として来たんじゃないかな。ここは関係者以外立ち入り禁止だからね。」

 ジュンの問いかけにミドリが気さくな態度で答える。

「ここはライトサイドとオーブの共同武装開発部なんだ。ここに、ジュンくんに託したいものがあるんだ。」

「それはいったい何なんですか?」

「それは見てのお楽しみ。今言えるのは、それはアテナ専用の武装ユニットだってこと。」

 ミドリの言葉を聞いて、ジュンは当惑するばかりだった。

 2人が訪れたのは、施設内のコンピュータールームだった。ミドリは眼下のキーボードのボタンのひとつを押す。

 すると眼前のモニターにひとつの巨大なユニットが映し出された。位置からしてステーションの下部に設置されているのだろう。

「これは・・・」

「MS専用巨大武装ユニット“ミーティア”。これを装備した機体は、戦艦並みの攻撃力と武力を持つことができるようになるのよ。」

 驚きを浮かべるジュンに、ミドリが微笑んで説明する。

「本来は核エンジン以上の動力源の機体なら何でも装備できるんだけど、1機を造るのがやっとだったからね。それに重量もそれなりにあるから、装備した機体のスピードを半減させたり、周囲の圧力に流されやすくなるっていうリスクもあるのよ。」

「では、なぜ僕に・・アテナに・・・?」

「アテナはMSの中でも最も機動力に優れている。だからミーティアを装備しても、スピードを殺されても戦闘にさほど支障をきたさないってこと。」

 ミドリの説明を受けて、ジュンはようやく納得した。アテナなら、ミーティアを十分に活用できると、ミドリは考えていたのだ。

「そろそろイオリの最終回答期限になる。だからシュミレーションや練習をしている時間はない。だけど、ジュンくんなら大丈夫だとも、私は思ってるから。」

「ミドリさん・・・ありがとうございます・・僕を信じてくれて・・・」

「いいのよ、いいのよ。製作サイドも、はじめはアテナ専用を狙ってたみたいだから。」

 ジュンが感謝の言葉をかけると、ミドリが再び気さくな笑みを見せる。そしてジュンは真剣な面持ちを浮かべて、ミドリに言いかける。

「僕は行きます。みんなも、この戦いのために準備をしているでしょうから・・・」

 ジュンが言いかけると、ミドリは微笑んで頷く。ジュンは振り返ると、アテナの待つクサナギへと戻っていった。

「さて、私も戻らないとね。それじゃ、ここはお願いね。」

 ミドリは近くのオペレーターに言いかけると、ジーザスへと戻っていった。

 

 迫り来るカオスサイドへの迎撃に備えて、アリカたちはそれぞれの機体の発進に備えていた。緊張と決意の交錯を感じながら、彼女たちは落ち着きを浮かべていた。

 そのクサナギの整備ドックに、ジュンが駆けつけてきた。彼は「マシロ」としての装飾や髪を身に付けておらず、パイロットスーツを身にまとっていた。

「ユキノさん、みなさん、お待たせしました。すぐに発進準備を行います。」

 ジュンがユキノたちに呼びかけて、アテナのコックピットへと乗り込んだ。

「マシロちゃん、アテナのチェックはイリーナちゃんが見てくれたよ。もう念入りにね。」

 そこへアリカが声をかけると、ジュンは照れ笑いを浮かべる。

「僕はもう“マシロ”じゃないよ。」

「あ、そうだったね・・慣れちゃうって、何だか困っちゃうね・・・でも、私にとっては、マシロちゃんはマシロちゃんだよ♪」

 ジュンに弁解されて、アリカも照れ笑いを浮かべる。

「ありがとう、アリカちゃん・・助けよう、ニナちゃんを、みんなを・・」

「うん・・みんな生きて、一緒に帰ろう・・」

 ジュンの言葉にアリカが頷く。そして最終決戦に向けて、発進に備える。

“カタパルト接続。ハッチ開放。針路クリア。システム、オールグリーン。全セーフティ解除・・”

「アリカ・ユメミヤ、マイスター、いきます!」

「マイ・エルスター、カグツチ、いきます!」

「ナツキ・クルーガー、デュラン、GO!」

「シスカ・ヴァザーバーム、バルディッシュ、いきます!」

「ユウ・ザ・バーチカル、グフ、出るぞ!」

「ジョージ・グレイシー、ブラッド、出るぞ!」

「マシロ・ブラン・ド・ヴィントブルーム・・いや、ジュン・セイヤーズ、アテナ、いきます!」

 アリカ、マイ、ナツキ、シスカ、ユウ、ジョージ、そしてジュンがクサナギ、ジーザスから出撃していった。そして合同ステーションに設置されていた巨大な武装ユニットが起動する。

「ミーティア、リフト・オフ。」

「了解。ミーティア、リフト・オフ。」

 ミドリの指示にアオイが答え、キーボードを操作する。するとミーティアがステーションから切り離される。

「これより、ミーティアとのドッキングを行います。」

 ジュンが呼びかけ、アテナがミーティアの前に移動する。

「アテナ、ミーティアとのドッキングを開始します。」

 イリーナの呼びかけの中、アテナがミーティアとの距離を縮める。そしてアテナの肩にミーティアが接続される。

「アテナ、ミーティアとのドッキング、完了しました。」

 イリーナからの報告を受けて、ユキノが頷く。そして虚空に浮遊しているMSたちを見据えて呼びかける。

「これより、カオスサイド侵攻に対する防衛作戦を開始します。まず、アテナが前線の敵MSを退け、バルディッシュとブラッドが追い討ちをかけます。そしてマイスター、カグツチ、デュランで一気に活路を開きます。ユウさんはオーブの防衛ラインを敷いて下さい。」

 ユキノがジュンたちに指示を送る。その中でユウは苦笑を浮かべていた。

「やれやれ。何だかオレだけのけもの扱いされてるな。」

「文句言わないの。おめおめと的になりたいの?」

「あはは、それは勘弁・・」

 マイに言いとがめられて、思わず苦笑するユウ。

「こっちはオレたちに任せろ。だから、絶対帰ってこいよ。」

「分かってる。ちゃんと戻ってくるから・・」

 ユウが真剣に言いかけると、マイも微笑んで頷いた。

「それじゃみなさん、僕が先陣を切ります!援護を頼みます!」

 ジュンがアリカたちに呼びかけると、アテナがミーティアを伴って、迫り来るカオスサイドを迎え撃った。

 

 ついに訪れた最終回答期限。カオスサイドの要求を呑んだ国は、カオスサイドのオペレータールームにリストアップされていた。

「同意したのは約半分ほどか。やはりジュンの呼びかけで大きく動いたな・・」

 そのリストに眼を通したイオリが眉をひそめる。だがすぐに不敵な笑みを浮かべる。

「だがオレたちのやることに変わりはない。むしろ後悔すべきなのは、オレたちの目指す理想郷に背いた連中のほうだ。」

 イオリは哄笑を上げて、モニターに眼を向ける。モニターは切り替わっており、迎撃体勢を整えているオーブ、ライトサイドを映し出していた。

(ナギや黒曜の君がたどり着けなかった境地。オレはそこにたどり着き、オレを中心に全てを統一してやるぞ!)

「ダークカオス、発進準備!まずはオーブ、ライトサイドの連中を根絶やしにするぞ!」

「はっ!」

 イオリの呼びかけにオペレーター、兵士たちが答える。いきり立ったイオリは、ダークカオスの待つ整備ドックに向かった。

(覚悟はできているだろうな!?お前たちが選んだことだ!後で後悔するなよ!)

 狂気に満ちた笑みを浮かべて、イオリは最大の制圧を開始しようとしていた。

 

 

次回予告

 

「もはやこれは、数でも戦力でもない。」

「平和をつかむこと、それだけか・・」

「僕の背中には、僕を信じてくれているみんなの願いがある。」

「だからその願いに応える。僕の全てを賭けて!」

「ジュンくん!」

 

次回・「最期の力」

 

 

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