GUNDAM WAR -Shine of Mebius-

PHASE-47「オーブの理念」

 

 

 イオリが目論んだ世界への追い込み。それは各国への決断の要求だった。

 カオスサイドに敵対するなら、あるいはどちらの回答も示さないなら、その国はカオスサイドの標的とされる。迎撃を考えるも、並の武力ではダークカオスにまるで歯が立たない。

 世界に与えられた猶予は1日。各国はカオスサイドに対して決断を急がされていた。

 

 急遽開かれた各国要人による緊急集会。議題はもちろんカオスサイドの要求に対する打開策についてだ。

 だが多くの国家はダークカオスに対抗できる力と手段を持ち合わせておらず、カオスサイドに対して抗うこともままならなかった。

「いったいどうしたらいいんだ・・このままでは、イオリという小僧の思うがままに・・・!」

「しかし、向こうにはダークカオスという強力な兵器がある。あれを何とかするだけの力も策も、保持している者は限りなく少ない。」

「このまま、カオスサイドに従って、参入したほうがいいのでは・・・?」

「バカなことを言うな!カオスサイドの行為は明らかな侵略行為・・いや、制圧だ!これを野放しにすれば、世界はヤツらの思うがままだ!」

 各国の代表たちが議論を交わしていくが、いずれもカオスサイドの制圧に対する打開の糸口を見出せないでいた。

「ユキノ殿、オーブ代表として、この状況、どう見ておりますか?」

 要人の1人が、落ち着きを崩さないでいるユキノに見解を求める。議会にいる全員が彼女に注目する。

「カオスサイドがどのような要求を持ちかけようと、どのような策略を巡らせようと、私たちの考えは変わりません。この侵略行為に対して、断固たる態度で臨みます。」

「相変わらず意固地ですね。さすが中立国。」

 ユキノの見解に要人の1人が皮肉を返す。

「しかし今回ばかりは、そのような執着に似た信念を振りかざしてばかりはいられませんよ。」

「もしもカオスサイドの格好の標的となれば、いい見せ物となってしまいますよ。」

「それにオーブもライトサイドも、ダークカオスに攻撃できないでいる。ニナというかつての軍人を盾にされているから。」

 好き放題に言ってくる者たち。そのとき、ユキノは腰を下ろしていた席を突然立ち上がる。そして真剣な面持ちで、要人たちに呼びかける。

「他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない。それが私たちオーブが長年に渡り掲げてきた理念です。」

 語りかけるユキノに、要人は固唾を呑む。

「オーブは中立国として、その信念を貫いてきました。故に私たちは、いかなる他国の強要にも屈しません。もしもそれに屈せば、人々は自身の信念を見失い、強いものに屈服するだけの弱肉強食の国と化してしまいます。そう。このオーブという存在は、人の心そのものであると、私は考えています。」

「ユキノ殿・・・」

「だから、カオスサイドの申し出を、私たちは受け入れるわけにはいきません・・あなた方も、どの選択が賢明な判断なのか、よく考えてください。」

 ユキノの言葉に、要人たちはさらなる動揺の色を見せる。だが冷静さを崩さないでいた要人が、彼女を問い詰める。

「それはオーブ代表としての言葉ですか?それともユキノ・ジェラード個人としての言葉ですか?」

 圧迫するような質問だが、ユキノは落ち着いたままだった。

「それだけではありません。これはライトサイド党首、マシロ・ブラン・ド・ヴィントブルームの言葉でもあります。」

「マシロ女王の?」

 その言葉に要人が眉をひそめる。

「マシロ女王はお亡くなりになっておられる。現在活動している“マシロ女王”は、替え玉として呼ばれたジュン・セイヤーズであることは、我々はご存知のことですよ。」

「確かに・・ですが彼はジュン・セイヤーズであり、マシロ・ブラン・ド・ヴィントブルームでもあるのです。彼は偽者であることを承知の上で、それでも世界の平和と人々の幸せのために尽力を注いできたのです。それを近くで見てきた私には、それが分かります。」

「ならば彼を、ジュン・セイヤーズをここに連れてきてください。この場で、その信念を彼の口から直接聞きたい。」

「それはできません。彼も様々な立場の中で苦悩しています。ですが必ず、その決意と意思をあなた方に、世界の皆様にお伝えできるでしょう。」

「・・ではその機会、是非立ち合わせていただきますよ。」

 要人の言葉に頷くと、ユキノは席に戻る。他の要人たちも落ち着きを取り戻して着席し、集会は再開される。

 だが各国各々の見解を持ち出すばかりで、結局合意には至らなかった。

 

 ダークカオスの宝玉の中に閉じ込められているニナを目の当たりにして、セルゲイは愕然となった。

「バカな・・・カオスサイド・・ニナにこんなことを・・・!?

「彼女は今、ダークカオスのコアとして活動しているのです。」

 そんな彼に向けて、スミスが悠然さを浮かべて声をかけてきた。

「まさかあそこから脱出してくるとは。混沌軍も少しばかり有頂天になって、やるべきことを怠けているようですね。困ったものです。」

 スミスは困った素振りを見せる。セルゲイは振り返らずにスミスに答える。

「すぐにニナを解放しろ・・彼女にこんなことをさせるなど・・!?

「それは不可能ですね。今やニナさんはラグナログと、ダークカオスと完全に同化しています。無理に引き剥がせば、彼女の命を奪いかねません。」

 声を荒げるセルゲイだが、スミスは悠然さを崩さない。

「ニナ!眼を覚ませ、ニナ!お前はイオリの策略に乗せられているんだ!オレはイオリの考えには賛同してはいない!」

「残念ですが、今の彼女は完全に絶望している。偽者の父親を本物と思ってしまい、罪もない人々を手にかけた自分を深く責めています。たとえ本物の父親であるあなたの声さえ、彼女には届かない。」

 ニナに呼びかけるセルゲイに、スミスは淡々と語りかける。助けたいという希望と助けられないという絶望が、セルゲイの心の中で錯綜していた。

「これはオレが招いた悲劇だ。オレがお前たちの策略に陥れられ、ニナを守れなかった結果だ。」

「そうですね。でも恥じることはないですよ。そうなるように、私やイオリさんが段取りを行ったんですから。」

「そうか・・だがそれでも、娘を守れなかったことは、父親として恥ずべきことだ・・心が、痛い・・・」

 セルゲイが振り返り、自身への皮肉を込めた笑みをこぼす。

「あなたはもう用済みです。“父親”というよりどころを持ちかける必要もなくなりましたからね。いずれここに兵士が駆けつける。そうなれば、あなたの希望の火は完全に潰えます。ですが・・」

 スミスはセルゲイに言いかけると、上着の内ポケットから銃を取り出した。

「私自ら引導を渡してやるのも一興でしょうね。」

 悠然さと笑みを崩さずに、スミスが銃口をセルゲイに向ける。

「まだ終わりではない。オレにはニナを、未来を担う者たちの道を確立させなくてはならない。それがオレの償いであり、オレのやるべきことだ。」

「あなたのすることはありません。ここで朽ち果てる、それだけです。」

「ニナもアリカも、“マシロ姫”も、これからの世界のために全身全霊を賭けて動いている。だからオレも、オレのできることを、全力でするだけだ。」

 セルゲイが言い放つと、スミスが笑みを消していきり立つ。セルゲイに向けていた銃の引き金が引かれる。

 だがその直後に倒れたのはスミスのほうだった。彼が放った弾丸は外れ、同時にセルゲイがとっさに取り出した銃に撃たれたのだった。

「お前たちの野望は叶わない。ライトサイドとオーブが叶わせない。オレはそう信じている・・」

 セルゲイは事切れたスミスを見下ろして、自身の決意を告げる。そしてニナの捕らわれているダークカオスに振り返る。

「ニナ、オレは諦めないぞ。わずかでも可能性が残されている限り、オレはお前を救うことに全力を注ぐぞ・・・!」

 セルゲイが何とかしてニナを助けようと思い、ダークカオスに近づこうとしたときだった。

 鋭い轟音を耳にした直後、セルゲイは右肩に激痛を覚えた。その痛みに耐え切れず、彼はその場でひざをつく。

「全く。さすがはオレのオリジナルというべきか。ずい分と手間をかけさせる。」

 セルゲイの耳に、鋭い声が響いてくる。セルゲイ・オーギュストだ。

 セルゲイを撃ったのはオーギュストだった。オーギュストは警報を受けた兵士たちを連れて、この整備ドックにやってきたのだ。

「お前はここで終わりなんだよ。これからはイオリ様が新しい世界を築く。世界を完全統一させてしまえば、戦争もなくなる。もう誰も辛い思いをすることもなくなるんだよ・・・」

「そんなのは、ただのまやかし・・偽りの平和でしかない・・・!」

 不敵な笑みを浮かべて言い放つオーギュストに、セルゲイが撃たれた肩を押さえて声を振り絞る。

「誰かに・・何かに従うだけの世界など、本当の平和ではない・・生きていることにならない・・・」

 オーギュストに必死に反論するセルゲイ。そこへオーギュストの銃から弾丸が放たれる。

「うぐっ!」

 その弾丸を右の太ももに受けて、セルゲイがうめき、顔を歪める。

「ならどうする?イオリ様が築く争いのない世界よりも、争いと混乱に満ちた世界を望むとでも言うのか?」

「世界は変われる・・人の心が、世界を突き動かしてきた・・これまでも、これからも・・・」

 笑みを強めるオーギュストだが、それでもセルゲイは呼びかけを続ける。

「人の心は定まらず不安定だ・・そして世界を築き上げるのはあくまで人だ・・オレたちが正しい道を進めば、世界も正しく進んでいける・・戦争のない平和な世界に・・・」

「そんな保障がどこにある?誰も、そんな保障など持ち合わせてはいない。だからイオリ様は、制圧という形で世界をひとつにまとめようとしているのではないか。」

「オレは信じている・・彼らが、世界を平和へと導いてくれることを・・彼らも、平和の世界を願って、戦っているんだ・・私も、そしてニナも!」

 叫ぶセルゲイがオーギュストに向けて銃を構える。だがオーギュストも即座にセルゲイに向けて発砲する。

 だがセルゲイはこれを紙一重でかわし、銃の引き金を引く。放たれた弾丸がオーギュストの頭に命中し、頭から血が流れる。

「バカ、な・・・!?

 頭部を撃たれたオーギュストが脱力し、その場に倒れ込む。だが重傷を負っていたセルゲイには、もはや余力は残っていなかった。

「ニナ!オレはお前を信じているぞ!お前が、カオスサイドの野望に立ち向かうことを!」

 ニナに向かって力の限り叫ぶセルゲイ。最後の力を振り絞った彼に、兵士たちが容赦なく発砲した。

 その光景を前にしていたダークカオスの中に取り込まれていたニナが、眼から一条の涙があふれていた。

 

 混迷に満たされていく中、ジュンは思いを巡らせていた。彼の脳裏にミナミの姿が蘇ってきていた。

(ミナミちゃん・・ミナミちゃんだったら、今のこの状態をどう思うのかな・・・?)

 ジュンが胸中で、そのミナミの姿に問いかける。

(僕は神様じゃない。全員を守り抜くことはできないもかもしれない。だけどせめて僕は、僕の眼の前にいる人たちだけでも救いの手を差し伸べたい。みんなが心の底から笑っていられる。そんな世界を作りたい・・・)

 ジュンが自身の決意を告げると、ミナミは優しい笑顔をジュンに向けてきた。

「私は信じてるよ。ジュンくんなら、みんなを幸せにできるって。」

(ミナミちゃん・・・)

「できれば私も、ジュンくんの目指す世界にいたかった・・だけどこれだけは忘れないで。私はいつでもジュンくんのそばにいるから・・・」

(ミナミちゃん・・・ありがとう・・ミナミちゃんと出会ってなかったら、僕は勇気が持てなかった・・ここまでたどり着けなかった・・・)

 ミナミとジュンが満面の笑顔を見せあう。

(ミナミちゃん、本当にありがとう・・・僕の気持ち、母さんやミナミちゃんにもちゃんと届けるから・・・)

 ジュンが真剣な面持ちで頷くと、ミナミも微笑んだまま頷く。そして彼女の姿は、彼の前から霧散するように消えていった。

(本当に・・本当にありがとう・・・ミナミちゃん・・・)

 自身の決意とともに、ミナミの想いを胸に秘めるジュン。彼の眼から、うっすらと涙が流れていた。それは友との別れなのか、それとも出会いへの喜びなのか。後者であってほしい。それがジュンの切実な願いだった。

「ジュンさん、会見の準備が整いました。人々が、あなたを待っていますよ。」

 そこへユキノが声をかけ、ジュンが振り返る。そのとき、彼の眼から涙が流れていたことに気付き、彼女は当惑を見せる。

「どうしたのですか、ジュンくん・・?」

「えっ・・・?」

 ユキノの突然の問いかけにジュンがきょとんとなる。そこで彼は、自分が涙を流していたことにようやく気付く。

「あ・・・す、すみません。僕は・・・」

 ジュンは慌てて涙を拭い、ユキノに微笑みかける。彼の心境を察して、彼女も微笑む。

「みなさんがお待ちです、ジュンくん・・いいえ。マシロ・ブラン・ド・ヴィントブルーム。」

「はい、ユキノさん。」

 ユキノに改めて声をかけられて、ジュンは頷いた。彼はマシロとして、会見の場へと赴いた。

 会場にはマイやミドリたちジーザスのパイロットたちや、アリカやシスカたちクサナギのパイロットたちの姿もあった。ジュンは彼らに小さく頷きかけると、マイクの前に立つ。

 この会見は全世界に向けて報道されるものであり、各国の要人から国民までもがこれを注目している。マシロとしてのジュンの言動が、世界各国にさらされることになるのだ。

 もちろんカオスサイドにも、この会見は伝わることになるのだ。

 様々な決意、思い、覚悟を胸に秘めて、ジュンは自分に向けられているカメラに眼を向ける。

 カメラマンがジュンに向けてカウントを示す。そのカウントが放送開始を知らせ、ジュンは世界に向けての呼びかけを開始した。

「全世界のみなさん、私はライトサイド代表、マシロ・ブラン・ド・ヴィントブルームです。」

 ジュンが真剣な面持ちで人々に呼びかける。その真剣さに、人々は固唾を呑んで彼の言葉に耳を傾ける。

「様々な情勢と思惑の交錯によって、みなさん、とても混乱していることでしょう。ですがどうか、私の話に、どうか耳を傾けてください。」

 ジュンは言いかけて、少しの沈黙を置いてから再び口を開いた。

「まずみなさんに、打ち明けなければならないことがあります・・・実は私は、マシロ・ブラン・ド・ヴィントブルームではありません。」

 ジュンが口にした言葉に、人々が騒然となる。

「そう・・僕は・・僕は・・・」

 ジュンは言葉を振り絞りながら、髪に手をかけた。そしてその鮮明な髪を頭から外した。

 報道カメラに写されたのは本物の姫ではなく、姫の姿を借りていた少年の姿だった。その光景に人々は絶句する。

「僕の本当の名は、ジュン・セイヤーズ。マシロ女王の替え玉として、ライトサイドに呼ばれました・・・」

 ジュンが打ち明けた真実。それは世界をこの上なく震撼させることとなった。

 

 

次回予告

 

「僕はこれまで、たくさんの出来事を見てきました。」

「人間の様々な心を、僕はしっかりと受け止めたい。」

「カオスサイドの脅威から、僕はみなさんを守りたい。」

「この気持ちは、決して偽りではありません!」

 

次回・「絶望への反抗」

 

 

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