GUNDAM WAR -Shine of Mebius-
PHASE-46「カオスサイドの制圧」
イオリの呼びかけは、全世界を震撼させた。
カオスサイドの絶対的な力に加え、ダークカオスに手を出せないライトサイドとオーブに対する不信感から、人々の中からカオスサイドに従おうとする者が出てきていた。しかし人々の多くはこの現状を飲み込むことができず、途方に暮れる者がほとんどだった。
急遽開かれた、各国要人による会議の議題は、カオスサイド、イオリの動向と、それに対する行動の選択だった。しかしあまりにも大きな問題のため、答えを出すことができないでいた。
結局、その議題に結論を出すことができず、カオスサイドの出方を伺うことで落ち着くしかなかった。
同じ頃、カオスサイドでも世界の動向を伺っていた。自分たちに世界が傾きかけていることに、イオリは不敵な笑みを浮かべていた。
「これはこれは。ずい分大胆な手を打ちましたね。」
スミスが悠然とした態度でイオリに言いかける。
「今まで過激な手を打ってきたんだ。今回など他のものと比べれば、過激の内に入らない。」
「そうですか。では果たして、世界はどう動くでしょうかね?」
「ライトサイドとオーブはこっちに傾かないだろうな。アイツらはかなり意固地だからな。」
スミスの問いかけに、イオリは世界各地を映し出しているモニターたちに眼を向けたまま答える。
「まぁ、そんな意固地な国は、おそらく彼らだけではないでしょう。」
「かもしれないな。だがダークカオスがある限り、恐れることはない。」
イオリは答えると、各国の状況をチェックしているオペレーターに声をかける。
「各国の動きはどうなっている?」
「はい。あまりに突然のことと捉え、どちらにつくべきか決めかねているのがほとんどです。拒否を表明しているのは、ライトサイドとオーブ、トルクスの3国です。」
オペレーターの1人が各国の状況を報告する。するとイオリは不敵な笑みを浮かべて、オーブ、ユキノの表明会見を映しているモニターに眼を向ける。
「やはり意固地だな。さすが中立国家と褒めてやるべきか。」
「この様子だと、まだ我々の要求を拒否する国も現れることでしょう。いかがいたしますか?」
「反乱分子が湧いて出ることは先刻承知だ。もちろん、そいつらを黙らせる手立てもちゃんと用意している。」
イオリが自信を見せると、席を立って言い放つ。
「ダークカオス、発進準備!まずはトルクスを狙い、敵を黙らせる!」
「了解!」
オペレーター、兵士たちが答え、イオリはダークカオスが待機している整備ドックへと向かった。
カオスサイドの申し出に対し、ライトサイド、オーブを代表して拒否の意思を示したジュンとユキノ。だがジュンは自分の戦う意味を見失ったままだった。
人々は何を求めているのか、何を望んでいるのか。人々の考えが分からなくなり、彼は途方に暮れていた。
「カオスサイドのこの申し出を受け入れるわけにはいきません。でも、僕はこれからどうすべきなのか分かりません・・・」
唐突にもらしたジュンの言葉に、ユキノが眉をひそめる。
「人の心は複雑です。見方も考え方も、人によって千差万別です。それでも私たちは、答えを見つけて進んでいかなくてはならないのです。」
「ユキノさん・・・」
ユキノの言葉にジュンが戸惑いを見せる。
「マシロさん、いいえ、ジュン・セイヤーズさん、あなたが世界に望むものはなんですか?」
「僕の、望むもの・・・」
「あなたは誰よりも、人の幸せを強く願っています。私は・・あなたの周りのみなさんは、そう信じています。あなたは私たちに、何を望みますか?」
ユキノの問いかけに、ジュンは自分の胸に手を当てて、自身の気持ちを確かめる。彼の脳裏に、ともに戦いを潜り抜けてきた仲間たちの姿がよぎる。
「僕もみんなを信じたい・・ううん、アリカちゃんやユキノさんたちだけじゃない。世界中の、辛い境遇の中にいる人たちを助けたい・・・」
ジュンの言葉にユキノが微笑んで頷く。だが彼女はすぐに真剣な面持ちに戻る。
「願いを叶えることは、相当する覚悟も付きまといます。世界を揺るがすことになるその願い、叶える覚悟はありますか?」
「はい・・僕を信じてくれている人たち、僕を遠くから見守ってくれている人たちが、僕の背中を押してくれていますから・・・」
ジュンが真剣な面持ちで決意を告げる。彼の心に、これまで出会った人たちの面影が蘇る。
(母さん・・ミナミちゃん・・僕はみんなを助けたい・・僕の眼の届くだけでも、絶対に助けたい・・・)
その決意を呟いたとき、ジュンはレナとミナミが眼の前にいたような感覚を覚える。微笑みかけてくる2人がその思いを受け入れ見守ろうとしていると感じて、彼は微笑んでいた。
だが我に返った彼の眼には、ユキノ姿が映っていた。
「覚悟はできています。多分、僕が本当の“マシロ様”でないことを、世界の人たちに知らせることになるでしょう・・・」
「ジュンさん・・・」
「確かに僕はマシロ様の代わりで、偽りのものです。でも平和と幸せを願うこの気持ちは、絶対に偽りではありません。」
ジュンの切実な願いを聞いて、ユキノは小さく頷いた。
「マシロちゃん、ユキノさん、大変、大変!」
そこへアリカが駆けつけ、ジュンとユキノが振り返った。
カオスサイドの要求を聞き入れず、敵対の意思を示したトルクス。トルクス軍はカオスサイドの奇襲に備え、迎撃の準備を進めていた。
そんな国家の境界線を突破し、飛び込んできた機影。それはイオリの駆るダークカオスだった。
「思い知らせてやるぞ。お前たちが下した決断が、実に滑稽であるかを。」
イオリが眼を見開き、トルクスの市街に狙いを定める。ダークカオスが胴体からビームを放ち、街に攻撃を加える。
突然の襲撃に人々は逃げ惑い、軍は慌しくなった。ダークカオスを迎え撃つべく、MSが続々と出撃する。
だがダークカオスの圧倒的な力の前では、彼らはあまりにも無力だった。混沌の機体の放つ閃光によって、トルクスのMSたちは次々と撃ち抜かれていく。
さらにダークカオスの砲撃が、トルクスの軍備施設を直撃した。反撃に転じようとするトルクス軍だが、イオリの猛攻の前にもはやなす術がなかった。
ダークカオスによって、トルクスはわずか十数分で壊滅的な打撃を被ってしまった。崩壊の国家を見下ろして、イオリは不敵な笑みを浮かべていた。
「理解したか?これがお前が選んだ道の末路だ。」
トルクスの決断をあざ笑い、イオリが世界に向けて言い放つ。
「思い知るがいい、ライトサイド、オーブ。全てのものを救い出すことのできるオレの理想郷。それを敵に回すことがどのようなことになるのか。」
イオリが言い放つと、ダークカオスが胸部の宝玉からビーム砲を発射し、トルクスにとどめを刺す。
「よく考えることだな。オレに従う以外に、世界に生き残る術はない。」
世界の制圧を目論むイオリの哄笑が、黒き虚空に響き渡っていた。
トルクスの壊滅は、再び全世界を震撼させた。これはもはや完全な支配、制圧に他ならない。誰もがそう思えてならなかった。
イオリたちの暴挙に対し、各地で討議が重ねられていたが、ダークカオスの脅威が各国の腰を重くしていた。カオスサイドの申し出を拒否すればその洗礼を被り、トルクスの二の舞になるかもしれない。
世界は混迷を極め、世界規模の大戦争への発展を示唆するかのように、二分化に向かおうとしていた。
「自分に従えだと!?・・こんな馬鹿げたこと、受け入れられるわけが・・・!」
イオリの要求に対し、ナツキが憤りをあらわにする。
「言うこと聞かないヤツは皆殺しにする・・それで平和だなんてお笑い種よね。」
「これはただの制圧、独裁政治ってヤツだぜ。こんなの受け入れちまったら、世界が無茶苦茶になっちまう・・」
ミドリとユウもイオリの行動に不満を口にしていた。
「でも、こんな脅しをされたら、力のなさを痛感した国は従うしかないと思ってしまうでしょう・・」
続けてシスカが言いかけ、ミドリとユキノが深刻さを募らせる。
「何とかしてカオスサイドを止めないと・・このままでは世界はイオリの制圧下に置かれることになる・・・」
「でも、ダークカオスの中にはニナちゃんが・・・」
ジョージに続いてジュンが言いかける。彼らの最大の障害がそれだった。
迂闊に攻撃すれば、ニナを死に至らしめてしまう。彼女を盾にされて、ジュンは攻撃をためらっていた。
見張りの兵士を欺き、牢獄からの脱出に成功したセルゲイ。彼は天井裏の通気口を通って、ニナの行方を追っていた。
牢獄の外とは完全に隔離されていたため、見張りが口にしたこと以外の情報が限りなく不足していた。現状を確かめるべく、セルゲイは急いだ。
(イオリの企みによれば、ニナはこのカオスサイドに身を置いていることになる。一刻も早く探し出し、ここから脱出しなくては。)
予断を許さない状況と判断しながら、セルゲイはさらに通気口を進んでいく。
やがて廊下を確認できる場所にたどり着く。そこで彼は兵士たちの会話を耳にする。
「いよいよオレたちカオスサイドが、世界を牛耳ることになるわけだ。」
「そうだな。イオリ様のダークカオスがある限り、カオスサイドに敵はないってことだ。」
兵士たちが勝利を確信して笑みをこぼしていた。
「それにしても、カオススーツやオレイカルコスでも敵わなかったライとサイドやオーブまで黙らせられるとはな。さすがダークカオス様様って感じだ。」
「いいや。ダークカオスの中には、元オーブの軍人がいるらしいぜ。」
(元オーブの軍人!?)
兵士たちが口にした言葉にセルゲイが耳を疑う。
「その仲間を人質にされて攻撃できませんでしたってか?ハハ、お笑い種だぜ。」
「どっちにしてもこっちの有利なんだ。これで他の国の連中は、こっちに尻尾を振ってくるか、叩き潰されるかしかないってことだな。」
「そういうことなら、悠長にしていてもバチは当たらないわけだな。気楽でいいぜ、ハハハ・・」
兵士たちは笑みをこぼしながらその場を後にした。その会話を耳にして、セルゲイは固唾を呑んでいた。
(まさか、ニナが人質にされて、星光軍やオーブ軍が攻撃できないでいるというのか・・・イオリ、何ということを・・・!)
セルゲイは不安を覚えて、イオリに対して憤りを秘める。
(ともかく、そのダークカオスからニナを助け出さなくては。ニナをイオリの企みに利用されるわけにはいかない・・・!)
セルゲイは改めて決断し、ニナ救出のために行動を開始した。
侵入する前から、彼はこの研究施設に関する情報を収集していた。そのため、施設内の構図をある程度理解していた。
その記憶を頼りにセルゲイは通気口を進む。そして彼はついに、施設の整備ドックの天井裏にたどり着いた。
整備ドックはこのときは見張りの兵士が1人いるだけで、彼は巨大な鉄の扉の前に立ったままだった。
(おそらくあの扉の先にダークカオスがあるのだろう。見張りが1人だけということは、特定の人物でしかあの扉を開けることができないのだろう。)
胸中で分析をして、セルゲイが再び整備ドックに眼を向ける。そして彼は意を決して、通気口から整備ドックに飛び降りた。
「なっ!?貴様は!?」
セルゲイの登場に、兵士が驚愕しながら銃を構える。だが銃が火を噴く前に、セルゲイは兵士に打撃を見舞い、後ろを取って銃を落とさせる。
「貴様はセルゲイ・ウォン!バカな!?・・貴様は地下牢獄に幽閉されているはず・・・!?」
「残念だが脱出させてもらった・・ダークカオスは、その扉の向こうだな?」
毒づく兵士にセルゲイが鋭く言いかける。携帯していた警報装置を鳴らそうとするが、それを見逃さなかったセルゲイがそれを奪い取る。
「余計なことはしないほうがいい。お前も命は惜しいはずだろう。」
再び鋭く言い放つセルゲイに、兵士は毒づくばかりだった。
「すぐに扉を開けろ。オレはダークカオスに用がある。」
「残念だがそれはムリだ。この扉はイオリ様の持つ鍵がなければ開けられない。しかもダークカオスはイオリ様以外に扱えないようロックがかかっている。ダークカオスを奪取しようと企んでいるのだろうが、それは不可能だ。」
「ウソだ。もしもイオリ以外に開けられないのなら、わざわざ見張りをつける意味はないだろう。お前も何らかの事態に備えて、鍵を持っているはずだ。さぁ、早く開けろ。」
セルゲイの的確な指摘に、兵士は反論できなかった。セルゲイに引っ張られて、兵士は取り出したカードキーで扉を開けた。
「扉の開閉を行えば、アザトースに自動的に伝わるようになっている。この事態は既に筒抜けになっているぞ。」
兵士が不敵な笑みを浮かべて言い放つと、セルゲイはいきり立って拳を叩き込み、兵士を気絶させる。そして扉の奥に進み、そこにそびえ立つ混沌の機体を目の当たりにする。
その胸部の宝玉の中を眼にして、セルゲイが驚愕した。そこには体が金属のように硬質化した裸身のニナの姿があった。
「バカな・・・まさか、これは・・・!?」
自分の娘がカオスサイドの破壊兵器の動力源に利用されていることに、セルゲイは愕然となっていた。
トルクスの殲滅を終えたイオリは、満足げな表情を部下に見せていた。そして彼はさらなる侵攻と制圧に向けて、行動を開始しようとしていた。
「すばらしいですよ、イオリ様。あのトルクスをこうも簡単に壊滅させてしまうとは・・」
「これで他の国の連中も我々の要求を呑むことでしょう。」
兵士や研究員たちが喜びを口にする。
「全世界に向けて中継を回せ。もう連中は十分理解できているはずだろう。」
イオリも不敵な笑みを浮かべて言い放つ。アザトース所属のオペレーターが中継回線を開く。
「世界各国の国民たちよ、私はカオスサイド党首、イオリ・パルス・アルタイ。」
イオリが不敵な笑みを崩さずに、世界に向けて呼びかける。
「もう耳に入れている者も多いと思うが、トルクスが壊滅的な打撃を受けた。だがそれは私たちが築こうとしている理想郷に対する敵対意思の結果である。」
イオリの言葉に、世界の人々は騒然となる。だがイオリは笑みを消さずに続ける。
「私たちは全ての者たちが苦痛を伴わない理想の世界の構築を望んでいる。それを敵と見ることは、世界の敵となることを意味する・・カオスサイドに加わることを勧める。そうすれば私が、お前たちの永久不変の平和を保障しよう。だがそのためには、お前たちの明確な決断が必要となる。」
イオリは人々に呼びかけ、自分に引き込もうとする。
「曖昧な考えでは、敵対すること以上に厄介な状態になりかねない。せめてお前たちの意思と決断を、私に示してほしい。タイムリミットは24時間後。それまでに決断がなければ・・」
言い放つイオリの眼つきが鋭くなる。
「その国家も敵対の意思ありと判断する。」
その言葉が響き渡ったことで、全世界に戦慄が走った。これはカオスサイドの服従を要求するものに他ならなかった。
ユキノもミドリも、そしてジュンも、この混迷に向かう情勢に緊迫を覚えるしかなかった。イオリの最大の侵攻が、今まさに開始されようとしていた。
次回予告
「他国を侵略せず、他国の侵略を許さず、他国の争いに介入しない。」
「オーブは中立国として、その信念を貫いてきました。」
「カオスサイドの申し出を、私たちは受け入れるわけにはいきません。」
「僕は・・僕は・・・」