GUNDAM WAR -Shine of Mebius-
PHASE-45「ライトサイドの失墜」
ダークカオスには、ニナが捕らわれていた。彼女はラグナログに取り込まれ、動力源としてその生命力を利用されていた。
「そんな・・・ニナちゃんが、カオスサイドに・・・!?」
この事実にジュンたちは驚愕の色を隠せなかった。
「そうだ!ニナ・ウォンはラグナログと一体化し、ダークカオスの動力源として機能している。ダークカオスを撃つことは、彼女の命を奪うことになる。」
イオリが不敵な笑みを浮かべて、ジュンたちに言い放つ。イオリの勝利を確信していたのは、ニナが手中にあったからだったのだ。
「どうする?このままニナもろともオレを撃つか?できるわけがない。お前たちは情に厚いからな。」
歯がゆさを覚えるジュンたちを、イオリは高らかとあざ笑う。憤りを覚えるジュンだが、ニナが人質とされているため、ダークカオスに対して手も足も出なかった。
「まずいわね・・このまま戦えばニナちゃんが危ない。だからって、このままここにいれば、イオリの格好の的にされるだけ・・・」
ミドリがこの戦況の不利に毒づき、次の手を模索する。どの手を打つにしろ、すぐに決断して実行しなければ、全てが終わりかねない。
状況を見据えたミドリが下した決断は、
「一時撤退!ひとまず戦線を離脱する!」
その決断にジュンたちが驚愕する。
「撤退って・・・何を言っているんですか、ミドリさん!?」
ジュンがたまらずミドリに反論する。
「ダークカオスには、ニナちゃんが捕まっているんですよ・・このまま彼女を助けずに、引き返すつもりですか!?」
“このまま全滅なんてことになったら、ニナちゃんを助けるどころか、何もかもおしまいよ!”
ミドリに言いとがめられて、ジュンは言葉を返せなくなる。
“ニナちゃんを助けたい気持ちは私も、みんなも一緒よ・・でも、だからこそ、ここは体勢を立て直して、即急に戦略を練って、出直すしかないのよ・・・!”
「ミドリさん・・・分かりました・・・」
ミドリの言葉を、ジュンは渋々受け入れた。だが、退こうとする動きを見せている彼らを、イオリは見逃さなかった。
「このまま逃がすオレだと思っているのか?お前たちはここで、オレに撃たれるんだよ!」
イオリが言い放ち、ダークカオスがビームを放つ。アテナがそのビームの雨を回避するが、ジュンの動揺で動きが鈍っていた。
そしてビームのひとつが、アテナの左翼に命中する。その爆発と衝撃で、アテナは体勢を崩す。
その隙を狙い、ダークカオスがビームを放つ。
「マシロちゃん!」
追い込まれるジュンにアリカが叫ぶ。マイスターがアテナに向かうが、混沌のビームに間に合わない。
そのとき、体勢の崩されたアテナの前にカナデのドムトルーパーが割って入り、ビームバズーカで迎撃する。しかしダークカオスのビームを跳ね返すには至らず、その余波がドムの右腕を撃ち抜く。
「うっ!」
「カナデ!」
「カナデさん!」
うめくカナデにジョージとジュンが叫ぶ。負傷したドムトルーパーが、体勢を立て直したアテナに支えられる。
「カナデさん、大丈夫ですか!?」
「えぇ、私は平気です・・・でもここは、みなさんの言うとおり、1度下がったほうがよさそうです。」
ジュンの呼びかけに、カナデが微笑んで答える。彼女の言葉にジュンは小さく頷いた。
「逃がさないと言ったはずだ!」
「チャージフラッシュマテリア!」
イオリが追撃を加えようとしたところで、ナツキの駆るデュランが閃光弾を放つ。まばゆい光がイオリの視界をさえぎり、さらにダークカオスのカメラにジャミングをかける。
「今です!みなさん、撤退を!」
ユキノが呼びかけ、ジュンたちが即座に撤退する。閃光で視界をさえぎられ、イオリはジュンたちを見失う。
光が治まった後には、既にジュンたちの姿はなかった。
「チッ!逃がしたか・・・まぁいい。」
舌打ちするも、イオリはすぐに不敵な笑みを取り戻す。
「オレにはこの強大な力と切り札がある。今回のように不利になろうとも、ヤツらはオレを撃てない。」
イオリは勝利が揺るぎないことを確信し、哄笑を上げる。そこへ施設にいるスミスからの通信が入る。
“お疲れ様でした。十分楽しんでおられたようですね。”
「スミスか。あぁ、楽しいさ。これほど楽しいのは初めてのことかもしれないな。」
互いに悠然とした口調で言いかけるスミスとイオリ。
“しかし解せませんね。ダークカオスの性能なら、たとえ視界もカメラもさえぎられたとしても、周囲の敵を一掃することは可能だったはずでしょうに。”
「それも考えてはいたんだがな。それでは、恐怖と絶望の底なし沼に沈んで朽ち果てるヤツらの顔も断末魔も見れなくなるからな。」
“そうですか。それはそれで一興ですね。”
イオリの言葉に同意して、スミスが微笑をこぼす。
「これより帰還する。部隊は別名あるまで待機だ。」
イオリは部下に呼びかけ、ダークカオスが研究施設の格納庫へと戻っていった。
クサナギ、ジーザス艦内ではいたたまれない空気で満ち溢れていた。ニナを助け出せなかったことに、ジュンは自分自身に憤っていた。
「こんなに辛い気分なのは、生まれて初めてかもしれない・・ニナちゃんが、こんな・・・!」
歯がゆさを隠せないでいるジュンに、アリカもシスカも沈痛さを感じていた。
「イオリには、ニナさんという切り札がある・・・こちらが攻撃できないことで、彼は勝利を確信していることでしょう・・」
ユキノが落ち着きを払いながら、呟くように言いかける。しかし彼女から深刻さが表れていたのは、誰の眼にも明らかだった。
「でも、このままニナちゃんを放っておくこともできませんよ!・・何とかしないと・・・!」
「分かってます。何か策を講じなければ、ニナさんだけでなく、世界がカオスサイドに・・・!」
ジュンの声にユキノは答える。ジョージも打開の糸口を必死に探るが、すぐにその答えは出なかった。
「ユキノさん、オーブの人々が・・・」
「えっ・・・?」
そのとき、イリーナからの唐突な報告が入り、ユキノが眉をひそめた。
オーブでは国民が非難の声を上げていた。強大な力を持っていた相手であるが、それでも優位に立っていた戦いで突然離脱し、逃亡したことに、人々は腑に落ちないでいた。
着陸したクサナギから降りてきたジュン、ユキノたちに、人々が不満の声を上げてきた。
「どうして・・どうしてカオスサイドを止めないんだ!」
「連中はオーブだけじゃなく、世界まで攻撃の矛先を向けてきているんだぞ!」
「あのまま押し切っていれば、絶対に勝ってたはずなのに!」
人々の非難がオーブ軍の胸に鋭く突き刺さる。その不満に耐えかねて、ジュンはたまらず声を上げた。
「違うんです!カオスサイドのあの機体には、ニナちゃんが閉じ込められているんです!」
「えっ?ニナ?」
ジュンの言葉に人々が眉をひそめる。
「ニナって、あのニナ・ウォンだろ?」
「だけど、ニナはオーブを裏切って、カオスサイドに行ったって聞いたぜ。」
「もしかして、彼女がいるから攻撃できなかったって言うんじゃないだろうな!?」
人々の非難の意味が違うものへと変貌していく。
「ニナちゃんは僕たちの仲間です!どんな状況に置かれても、彼女はこのクサナギのクルーなんです!」
ジュンがさらに呼びかけるが、人々の憤りを募らせるばかりだった。
「たとえ仲間だとしても、その仲間が人質にされてるから、カオスサイドに手を出せない・・そう言いたいのか!?」
「仲間が捕まってるから、ライトサイドもオーブも、本気でアイツを倒そうとしないんだ!」
「世界の人たちは、逃げ惑ってるっているのに!」
人々がいっせいにオーブやライトサイドを責め立てる。その態度にジュンは愕然となる。
「マシロ女王は、仲間と世界とどっちが大事だっていうんだ!?」
「それは・・!」
「いけません、マシロさん!」
人々に反論しようとしたところでユキノに制されるジュン。ジュンが振り向くが、ユキノは首を横に振るだけだった。
それからジュンたちは、人々の非難と怒号を背にして、このまま引き下がるしかなかった。その中でジュンは、人々に対して疑念を抱き始めていた。
星光軍やオーブ軍への非難。それは世界各地で巻き起こっていた。
ニナを人質とされ、攻撃ができないジュンたちに、人々は不満を膨らませていた。仲間か平和か。どちらを尊ぶのか。世界は彼らにその答えを問い詰めてきていた。
この人々の態度に、ジュンも不満を募らせていた。
「どうしてみんな、カオスサイドを攻撃できない僕たちに、あんな・・・」
その不満を隠しきれないでいるジュンに、アリカたちも不安を感じていた。
「カオスサイドの暴挙を止めようとした僕たちを、期待を寄せて見送ってくれたっていうのに、仲間が人質にされてそれができないと、徹底的に非難をぶつけてくる・・・!」
「マシロちゃん・・・」
アリカが心配になってジュンに歩み寄る。しかしジュンは彼女の接近に気付いていなかった。
「みんなそのときの状況で、簡単に手のひらを返す・・いったい僕たちは何のために戦ってきたんだ・・・!?」
ジュンのこの言葉にアリカは困惑する。彼は人々のために戦うことに疑念を覚え、自分の戦う意味を見失いかけていた。
「マシロちゃん、そんなこと言っちゃダメだよ・・ライトサイドのお姫様が、そんな・・・」
アリカがたまらず言いかけるが、ジュンの感情は治まらない。
「アリカちゃん・・・でも、このままじゃニナちゃんも、僕たちも・・・!」
「ダメ!マシロちゃん、ダメ!」
アリカがジュンを背後から強く抱きしめる。悲痛の面持ちを浮かべている彼女の抱擁を受けて、彼は戸惑いを覚える。
「アリカ、ちゃん・・・」
「辛いのは分かる・・でも、だからこそみんなを信じてあげないと・・・」
弱々しく言いかけるアリカに、ジュンは言葉を返せなくなる。
「そうでないと、ニナちゃんがかわいそうだよ・・・」
「アリカちゃん・・・ゴメン・・ニナちゃんを助けられない自分が悔しくて・・・」
アリカの切実な思いに、ジュンは謝る。だが再び今のこの現状に不条理を募らせる。
「僕に勇気が足りないっていうなら強くなってみせる。力が足りないっていうなら、力を手にしたい・・でも、今回だけは・・・」
「マシロちゃん・・・」
「生半可じゃない相手の上、ニナちゃんを人質にされてる・・これじゃ、何もできないじゃないか・・・」
今度はジュンの言葉にアリカが言葉を返せなくなる。彼女はこのまま彼を抱きしめることしかできなかった。
同じ頃、シスカもこの現状にいたたまれない気持ちにさいなまれていた。廊下の壁にもたれかかっている彼女。
そこへジョージが通りがかり、彼女の姿に気付く。
「どうした、シスカ?ここで1人で・・・」
「お兄さん・・・」
ジョージに声をかけられて、シスカが顔を上げる。ジョージはシスカの心境とこの現状を理解していた。
「正念場、というべきか・・・仲間を盾にされて攻撃できず、人々はその敵を退けることを望み、手が出せない我々を非難している・・・」
「あまりにも不条理に感じられる状況ですね・・もっとも、マシロさんが1番苦痛に思っているはずでしょうに・・・」
淡々と語りかけるジョージに対し、シスカは物悲しい笑みを浮かべた。
「命は、絶対に失ってはいけないたったひとつの大切なもの。絶対に何かと比べられるものじゃない・・・」
「だが、人は無意識に何かを比べてしまう。自分にないものを求めたり、自分にできないことを期待したりする・・私も、お前も、この世界の誰もが・・・」
「それは当たり前なんだけど・・・気に入らない考え方になりますね・・・」
「あぁ。そうだな・・・私もそういう考えは受け入れがたい・・・」
シスカの答えにジョージも同意する。
「マシロさんは、これからどうするつもりなのでしょうか・・人々はライトサイドへの信頼に疑念を持ち始めている・・このままでは、世界はさらに混乱する・・・」
「だが、我々ができるのは彼女の・・いや、彼の背中を押してやることだけだ・・・」
ジョージのこの答えに、シスカが戸惑いを覚える。
「知っていたのですか・・マシロさんの正体を・・・!?」
「これでも私は洞察力がいいほうでな。相手の心理状態を見抜くことに慣れてしまっているのでな・・・」
ジョージが苦笑を浮かべると、シスカも微笑みかけた。
「なら・・私の心も見抜いているのですか・・・?」
「お前の機体を裏切るようで悪いが、私が見抜けるのは表面上だけだ。」
ジョージが質問に答えると、シスカが彼に寄り添ってきた。するとジョージが戸惑いを覚える。
「今ここで、私がお前を抱きしめても、誰も恨まないだろうか・・・」
「恨みませんよ。なぜなら、あなたは私のお兄さんなんですから・・ジョージ・グレイシー・・いいえ、ジョージ・ヴァザーバーム・・・」
シスカの切実な心境を受け止めて、ジョージは彼女を抱きしめた。妹の実感を、彼は久しぶりに確かめていた。
世界が混迷に包まれていく中、イオリはさらなる侵攻に向けて動き出そうとしていた。彼はスミス、オーギュストを伴って、全世界に向けて呼びかけようとしていた。
「全世界、各国に申し上げる。オレはカオスサイド党首、イオリ・パルス・アルタイだ。」
イオリの呼びかけにカオスサイドだけでなく、世界各国の人々が耳を傾ける。
「お前たちも既に知っていると思うが、オレはついに最強の力を手に入れた。世界をひとつにまとめ上げることのできる、絶対的な力をな。」
イオリが眼を見開き、人々に言い放つ。
「ダークカオス・・強靭なエネルギーを発する動力源、ラグナログを組み込んだ、カオスサイドの最強のMSだ。これに敵う力はこの世界に存在しない。現にライトサイドもオーブも、オレを追い込みながらとどめを刺すことができなかった。」
この上ない自信を世界に見せ付けるイオリ。
「もはや世界は、このオレの手に委ねられたといっても過言ではなくなっている。オレはこの争いを終結、収束するべく、ひとつの要求を申し渡す。」
イオリの言葉を耳にして、人々が動揺の色を見せ始める。
「オレたちカオスサイドに加われ。そうすればお前たちを、オレが全力で守ってやる。強大な力に守られていく未来を、お前たちはほしくはないか?」
この発言に世界が震撼した。カオスサイドの強大な力に加え、ライトサイドとオーブへの不信感が重なり、人々の中に、イオリに賛同する者が出てきていた。
「求めるなら来るがいい。お前たちが求めているものを、オレが手に入れ、オレが与えてやろう。世界がひとつに収束すれば、もう血で血を洗う戦争をすることはなくなる・・来るがいい、オレのところへ!カオスサイドへ!」
イオリの呼びかけに世界は揺れ動く。カオスサイドの支配が、世界を侵食しようとしていた。
イオリの突然の発言。それはクサナギとジーザスにも届いていた。その呼びかけにジュンたちは驚愕していた。
「これは、まさか・・・!?」
「イオリ、何を考えて・・・!?」
ナツキとマイがイオリに対して声を荒げる。
「まずい・・これは、大変なことになった・・・!」
ジュンも揺れ動く世界に、不安の色を隠せなくなっていた。
次回予告
「理解したか?これがお前が選んだ道の末路だ。」
「こんな馬鹿げたこと、受け入れられるわけが・・・!」
「思い知るがいい、ライトサイド、オーブ。」
「オレに従う以外に、世界に生き残る術はない。」