GUNDAM WAR -Shine of Mebius-
PHASE-37「兄への想い」
ジョージの挑戦を受けたシスカを乗せて、クサナギから発進したバルディッシュ・ザンバー。立ちはだかった金色の機体に、デッド・ライダーズは固唾を呑んでいた。
「何、あの金の機体・・あれで相手をするって・・・!?」
バルディッシュを目の当たりにしたマーヤが驚きの声を上げる。だがジョージは冷静さを保っていた。
「あれはバルディッシュだ。だが以前のものと差異が見られる。何らかの強化、改良が施されていると見るのが妥当だろう。」
「強化されているというなら、ブラッドでも油断はできませんね。」
ジョージの分析を聞いて、カナデが答える。バルディッシュを見据えて、ジョージがデッド・ライダーズのメンバーに呼びかける。
「ブラッドの発進準備は完了しているか?」
「はいっ!」
メンバーの1人が答えると、ジョージはきびすを返してボトムズに向かう。
「お前たちは待機していろ。何が起ころうと、絶対に手を出すな。」
ジョージはメンバーに呼びかけると、ボトムズにて待機しているブラッドに乗り込んだ。そのコックピットで、ジョージは込み上げてくる意思を噛み締める。
(この戦いに全てがかかっている。ここで敗れれば、私だけでなく、私についてきた者たちの全てが終わる・・)
決意を強く胸の中に留めて、ジョージは最大の戦いに赴く。
(たとえこの命が燃え尽きようとも、私は必ずこの戦いに勝利する!)
「ジョージ・グレイシー、ブラッド、出るぞ!」
ジョージの掛け声とともに、ブラッドがボトムズから発進する。紅と金の巨人が、勢力の命運を背負って対峙していた。
「またお前か・・どのような力を手にしようと、お前のような気構えでは私を止めることはできない。」
「私はもう迷いません。みんなのため、私自身のため、私は戦う!」
鋭く言い放つジョージと、真剣に言いかけるシスカ。ブラッドとバルディッシュがゆっくりと上空に飛翔し、間合いを取って相手に出方を伺う。
2機の対立を、オーブ軍、星光軍、デッド・ライダーズが見守っていた。
(シスカさん・・シスカさんなら大丈夫。自分自身を信じれば、どんな気持ちだって届けられるはずですよ・・・)
ジュンもシスカを信じ、この戦いをじっと見つめていた。
「覚悟はできているな・・では、全力でいかせてもらうぞ!」
ジョージが言い放つと、ブラッドがバルディッシュに向けて飛びかかってきた。シスカがとっさに反応し、バルディッシュが大きく飛翔する。
ブラッドがビームショットを、バルディッシュがビームライフルを手にして、互いに向けて発砲する。2つの光線はすれ違い、互いの標的の横をすり抜けていく。
バルディッシュ・ザンバーは、以前シスカが搭乗していたバルディッシュの性能を大きく凌駕している。クリスタルチャージャーが搭載されているのが大きな要因となっている。機動力や武装が改良されているが、中でも攻撃力が最も向上している。
だがシスカはジョージに対して攻め切れないでいた。兄に対する感情が、彼女を無意識に攻撃を躊躇させていたのである。
「どうした?まだ迷いが感じられるぞ。戦いで迷いを抱くことは、己の寿命を縮めることに相当するのだぞ。」
ジョージが言いかけると、ブラッドがビームサーベルを引き抜いて、バルディッシュに向けて攻撃を仕掛ける。振り下ろされた一閃を、バルディッシュがビームシールドで防ぐ。
「確かにMSの性能は上がっているようだ。だがお前自身の戦い方はまだ甘い!」
ジョージが眼を見開き、ブラッドがバルディッシュに一蹴を見舞う。蹴り飛ばされたバルディッシュが体勢を崩す。
「シスカさん!」
ジュンがたまらず声を上げる。シスカが毒づき、バルディッシュが空中で体勢を整える。
再び向き合う2体の巨人。冷静であるジョージと違い、シスカは劣勢を感じていた。
「まさか、まだ私と対することを迷っているのか?」
ジョージが冷徹な口調でシスカに問い詰める。
「相手はお兄さんなのよ・・迷いを捨てきれるほうがおかしいよ・・」
「まだそんなことを・・私はお前の兄ではない。デッド・ライダーズを指揮する者、ジョージ・グレイシーだ。」
シスカの切実な言葉を、ジョージが否定する。
「お前に世界は救えない。平和はつかめない。過去を思い求めているお前に、未来は切り開けない・・!」
ジョージが言い放ち、ブラッドが素早く飛び込んでビームサーベルを振りかざす。バルディッシュも即座にその攻撃を防いでいくが、ブラッドに押されているのは明らかだった。
(お兄さんは優しかった・・私がどんな辛い思いをされても、どんなときでも私に優しくしてくれた・・その優しさと気持ちは、今でもまだ消えてはいない・・そうでしょ、お兄さん・・・)
戦いの中で、シスカは兄への想いを募らせていく。しかし眼前の仮面の男に、彼女の想いは届いていなかった。
「過去を求めないと、進めない未来もある!せめてお兄さんとの思い出を取り戻さないと、私は先へは進めない!」
「それがお前の未来なら、絶望の末路を辿る以外にないぞ!」
思い出を大切にしようとするシスカと、それを否定するジョージ。
「過去の記憶、思い出などという過去の産物に意味などない!私はこの仮面を身につけたときから、それを切り捨てた!」
「思い出は意味のないものなんかじゃない!思い出まで消したら、人は人として生きていけないよ・・・!」
必死に呼びかけるシスカの言葉に、ジョージが眉をひそめる。だがすぐに冷静さを取り戻し、バルディッシュを見据える。
「私はお前の求める存在ではない。私はジョージ・グレイシー。過去を捨て、真の平和を追い求める者だ・・・!」
ジョージがシスカに鋭く言い放つと、ブラッドが機動力を増してバルディッシュに飛びかかる。速さと信念を兼ね備えた光刃の攻撃が、次々とバルディッシュを捉えていく。強度のある装甲で破損はしなかったが、バルディッシュはブラッドに手も足も出ないでいた。
「シスカさん、しっかりして!シスカさんはこんなことで挫ける人じゃないよ!」
アリカがたまらず呼びかけるが、シスカとジョージの耳には入っていなかった。
(どうして、伝わらないの・・・?)
戦いの中で、シスカは悲痛さを募らせていた。
(これだけ願っても、呼びかけても、お兄さんにはもう届かないの・・・?)
非情さと悲しみのあまり、シスカの眼に涙があふれる。
(私には、お兄さんとの幸せな時間さえ、つかむことはできないの・・・?)
この上ない絶望感に駆られ、シスカは戦闘意欲を失う。そこへジョージの駆るブラッドのビームショットの光線が、バルディッシュに命中する。
装甲の耐久力に守られたものの、シスカを乗せたバルディッシュは力なく地上に落下する。この事態にジュンたちもマイたちも深刻さを隠せなかった。
(せっかく私が担架を切ったっていうのに、これじゃ不様としかいいようがないわね・・みんなに、申し訳がないよ・・・)
どうしたらいいのか分からなくなり、呆然となるシスカ。ハンドルを握る手に力が入らない。
(こうなったら、私の手でお兄さんの命を奪い、私も死ぬ・・そうすれば、お互い幸せになれるかもしれないね・・・)
シスカが自分が求めていた希望を切り捨て、絶望に向けて走り出そうとしていたときだった。
“諦めないで、シスカさん!”
バルディッシュのコックピットに、ジュンの声が響いてきた。その呼びかけを耳にして、シスカが閉ざしていた眼を開く。
“シスカさんは今、みなさんの思いを背負って戦っているんです!その思いだけは、絶対に裏切ってはダメです!”
「みんなの、気持ち・・・」
“あなたには僕がいます!みんながいます!僕やオーブだけじゃなく、ライトサイドのみなさんもついています!シスカさん、あなたがみんなを大切にしているのなら、ここで立ち止まらないで!立ち上がってください!”
ジュンの呼びかけに、シスカは戸惑いを覚える。自分に多大な信頼が寄せられていることを、彼女は痛感していた。
「私には、みんながついている・・・」
“シスカさん、諦めないで!僕たちのため、あなた自身のために立ち上がってください!”
ジュンの切実な言葉に、シスカはこれまでの、オーブの軍人としての戦いを思い返していた。
(そうよ・・私にはいつも仲間が、マシロさんがついていたじゃない・・お兄さんばかりを追い求めて、私はそれを忘れて・・・)
仲間たちの思いと、彼らに対する後悔を感じて、シスカは悲痛さをあらわにする。こらえていた涙があふれ、ついに彼女の頬を伝う。
(仲間を信じる気持ちと、お兄さんに向ける想い・・それは、どちらも見放してはいけないもの・・・だから、私はこんなところで立ち止まっているわけにはいかない・・・)
「申し訳ありません、マシロさん・・・私は、私は・・・」
“シスカさん・・・負けないでください、シスカさん。眼の前の相手ではなく、自分自身に・・自分の気持ちを強く持てば、必ず伝えたい相手に伝わります・・・”
謝罪するシスカに、ジュンは優しく言いかける。彼の言葉に励まされて、シスカは迷いを振り切った。
奮い立ったシスカの意思を受けて、バルディッシュが立ち上がる。その前に、上空からブラッドが降り立ち、完全と立ちはだかる。
「立ち上がったか。だがそれでも私は負けない。負けるわけにはいかないのだ。」
ジョージは冷静な態度でシスカに言い放っていた。シスカは迷いを振り切り、ジョージに呼びかける。
「ジョージ・グレイシー、あなたは過去を捨てたと言いましたね?・・でも人である以上、培ってきたものは絶対に捨てることはできません。」
「何が言いたい?」
「つまり、過去も記憶も捨てられるものではない。なくなっていると思っていても、それは心の奥に封じ込められているだけ・・」
シスカの言葉にジョージが眉をひそめる。腑に落ちないとしながらも、彼は彼女の言葉に引っかかりを感じていた。
「あなたは自分の過去と、人としての心を封じ込めている・・封じ込めたあなたの心、必ず解き放ってみせる!」
揺るぎない決意を抱き、シスカがジョージに想いを向ける。バルディッシュが右の腰にセットされている柄を手にする。
その柄の先端から、金色の光刃が出現する。その大きさは従来のビームサーベルより太く、長さもバルディッシュの全長とほぼ同じだった。
バルディッシュ・ザンバーに新たに装備された武装、大型ビームソード「ザンバーブレード」である。その威力は、マイスター・ブルースフィアのエクスカリバーさえ凌駕するとされている。
「これが、あなたの心の氷を切り裂く剣です・・・!」
「そうか・・ならば切り裂いてみるがいい。私はその剣ごと、お前の浅はかな希望を打ち砕く!」
互いに言い放つシスカとジョージ。バルディッシュとブラッドが同時に飛び出し、光刃を振りかざす。
2つの刃がぶつかり、2体のMSがすれ違う。ジョージは相手の大剣を見据えて、勝機を見出そうとしていた。
(機体自体の速さは並外れている。このブラッドに勝るとも劣らない。いや、それ以上かもしれない。だがあの剣は大きく威力はあるが、振ったときの隙が大きい。かわしたところを一気に叩く!)
思い立ったジョージが、相手の動きを鋭く見定める。向かってくるバルディッシュに対して、ブラッドも加速して対応する。
ザンバーブレードを振り下ろしてくるバルディッシュ。ブラッドがその一閃を紙一重でかわす。
(よし。そこを・・)
ジョージが隙を捉えたと見て、攻撃を狙う。
そのとき、ザンバーブレードの刀身から電撃がほとばしり、ブラッドの動きが鈍る。
「何っ!?」
その現象にジョージが驚愕を覚える。そこへバルディッシュがザンバーブレードを振り下ろす。
(そうか・・ビームソードの刃から放たれているエネルギーが、ブラッドの動きを一瞬封じ込んだのだ・・・)
ジョージが謎の答えを見出した直後、バルディッシュのザンバーブレードが、ブラッドの左肩を切り裂いた。
体勢を崩されたブラッドが地上に落下。戦闘力を奪われて、立ち上がることができなくなっていた。
「ジョージさん!」
カナデやマーヤ、デッド・ライダーズのメンバーたちが声を上げる。彼らの見つめる先で、ジョージがブラッドを操作しようとするが、ブラッドは彼の操作が利かなくなっていた。
そのブラッドの前にバルディッシュが降り立ち、ザンバーブレードの切っ先を向ける。だがとどめは刺さず、シスカはジョージに呼びかける。
「これで終わりです。機体から出てください・・・」
シスカが落ち着いた口調で警告を送る。敗北を認めたジョージが、ブラッドから姿を見せた。
デッド・ライダーズの最後の挑戦は終わった。自分たちが見据えていた未来を絶たれ、ジョージをはじめとしたメンバーたちは落胆していた。
その彼の前に、バルディッシュから降りてきたシスカが歩み寄ってきた。シスカは沈痛の面持ちを浮かべて、ひざを付いているジョージに手を差し伸べる。
「もうやめよう・・心を封じ込めての戦いなんて、悲しみを増やすばかりだよ・・・」
「忌まわしき過去は切り捨てなければならない・・でなければ、その者は過去に囚われたまま、未来を歩むこともできない・・・」
言いかけるシスカの言葉を、ジョージは頑なに拒む。
「だが勝負は私の負けだ・・今更私が何を言おうと、ただの言い訳にしかならない・・」
「ジョージ・・・」
「私の仮面を取れ、シスカ・ヴァザーバーム・・お前が、オレの心を解き放ちたいというなら・・・」
ジョージに促されるように、シスカが彼の顔を隠している仮面に手を伸ばす。兄に対する想いを巡らせてから、彼女はその仮面を外す。
明かされた素顔は、間違いなく兄の顔。離れ離れになるまで一緒にいた兄の優しい顔だった。
「やっぱり、間違いなかったのね・・・お兄さん・・・」
兄の面影を目の当たりにして、シスカは言葉をもらした。だが彼女に笑顔はなかった。眼の前にいる男が、自分の知っている兄ではないことを理解していたからである。
「私を兄としてくれるお前の心、理解できないわけではない。だが私は、ジョージ・グレイシー。真の平和を求める者だ・・」
「真の平和・・・なら、私たちと一緒に、平和への答えを見つけよう・・一緒に平和を求めたほうが、みんなのためになる・・・」
「ムリだ・・我々がデッド・ライダーズとして戦場に赴いたのは、各国が掲げる平和に疑念を持ったからだ。平和を偽り、傷ついた者に救いの手すら差し伸べなかった者たちに代わり、真の平和をつかもうとしたのだ・・」
改めて手を差し伸べるシスカだが、ジョージはそれでもその手を取らない。
「それに我々はもはや敵対勢力だ。お前たちが我々を受け入れれば、国民の反感を買うことになる・・・気持ちはありがたいが、我々に構うな・・・」
「ジョージ・・お兄さん・・・」
ジョージの言葉にシスカは言葉を失う。彼は自分たちにもう頼るべきものも後戻りもできないと感じていた。
そのとき、ジョージはシスカの背後に向けて眼を凝らした。その先には、ゆっくりと近づいてくるジュンの姿があった。
「マシロ・ブラン・ド・ヴィントブルーム・・・」
ジョージは眼を見開いて、ライトサイドの党首の姿をじっと見つめていた。ジュンは彼らの前で立ち止まり、真剣な面持ちを見せてきた。
「デッド・ライダーズ指揮官、ジョージ・グレイシー、あなたたちに対する僕たちの仕打ち、本当に申し訳ありません・・ライトサイドの党首でありながら、感情に流されて周りが見えなくなってしまった・・あなたたちの悲劇は、全て僕が招いたことです・・・」
「マシロ・・お前は・・・」
「ジョージさん、僕はみんなが幸せになれる平和を築きたい。築かなければならない・・みんなのために、僕自身のために・・もしもあなたたちが僕に機会を与えてもらえるなら、僕はそれに応えてみせる・・この命に賭けても・・・」
ジュンは決意を告げて、ジョージに手を差し伸べる。
「僕たちと一緒に、希望をつかみましょう・・もう、誰も傷つけさせたりしませんから・・・」
「信用していいのか・・その言葉に偽りはないのか・・・?」
「はい・・この願いが壊れるときは、僕自身を裏切ることになりますから・・・」
揺るぎない決意を告げるジュン。この言葉を聞いたジョージに、カナデとマーヤが近づいてきた。
2人やデッド・ライダーズのメンバーたちの気持ちは決まっていた。その気持ちを汲んで、ジョージも心の中の混迷を振り切った。
「いいだろう・・マシロ・ブラン・ド・ヴィントブルーム、お前たちに、我々の未来を託そう・・・」
ジョージはジュンの意思を受け入れ、差し伸べられた手を取った。そこへシスカも手を差し伸べてくる。
「帰ろう・・私たちの家に・・・」
「家か・・・懐かしい響きだな・・・」
ジョージはシスカの手も取り、彼女の気持ちを受け止めた。
ライトサイド、オーブに対するデッド・ライダーズの戦いは終わった。その終止符を打ったシスカが、ジュンとともにユキノたちの前に戻ってきた。
「申し訳ありませんでした、ユキノさん。私の勝手な判断で、オーブやライトサイドを危険にさらしてしまって・・」
シスカがユキノに向けて謝罪し、深々と頭を下げた。大国の崩壊を引き起こしかねない運命の選択といっても過言ではなかったのだ。
「本来ならあなたを厳罰に処すところです。でも、この戦いで未来が開けた気がします。オーブにとっても、ライトサイドにとっても、デッド・ライダーズにとっても・・もちろんシスカさん、あなたも・・・」
「ユキノさん・・・」
ユキノに励まされて、シスカは顔を上げる。そして真剣な面持ちを見せているジョージに眼を向けて、彼女は微笑む。
(そう・・まだ私の戦いは終わっていないけど、未来は開けてきている・・そのうち、私とお兄さんの心が、再び結びつけるときが来る・・・私は、そう信じる・・・)
シスカは胸中で兄への想いを募らせ、微笑む。するとジュンが彼女に笑顔を見せてきた。
「よかったですね、シスカさん・・・」
「マシロさん・・・はい。」
ジュンの言葉に、シスカは笑顔で答える。彼女の心には、兄妹のわだかまりはなかった。
次回予告
「いよいよアレを動かせるのか・・・」
「たまには羽休めも大事ですよね。」
「こうした時間を、またみんなと過ごしてみたいね・・・」
「私、ホントはマシロちゃんのこと・・・」
「・・好き、なのかな・・・?」